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災禍渦巻く宴

第62話

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「ぶはっ! ぶははっ! スヴェンって頭いいのにちょっと抜けてるよな」
「ふ……ふふっ……スヴァンテ様は、見た目のようにおかわいらしいですね」
 なに? 何だよ? ローデリヒだけじゃなくてイェレミーアスまで馬鹿にしてぇぇぇ! 穿いてない子扱いの次は、あほな子認定ですよ納得いかない。しかし悪巧みをした四人全員揃っている時に、やっておかねばならないことがある。ごほん、と咳払いをしてローデリヒ、イェレミーアス、ジークフリードを見回した。
「とにかく、ここに居る皆様揃ってジーク様の生誕祝いの宴へ出席することになるわけです。どこにラウシェンバッハ辺境伯を陥れた人間や、協力者が潜んでいるか、そもそもラウシェンバッハ辺境伯の死自体が事故であったかも分からないので、ぼくたちは口裏合わせをしておく必要があります」
「ふむ。そうだな」
「つまりこうです。『イェレ様と友人であるリヒ様がジーク様へ助けを求め、ちょうど離宮から引っ越すことになっていたぼくがイェレ様ご一家をお預かりすることになった。それ以外のことは知らない』」
「ふむ。その辺りが妥当か」
 ジークフリードが頷く。イェレミーアスも同意した。
「そうですね、殿下」
「殿下などと堅苦しい。オレのことはジークと呼んでくれオレもイェレと呼んで……」
 しばしイェレミーアスの顔を眺めた後、ジークフリードは小さく首を振りながら、頭を抱えた。それから何かを悟った表情で顔を上げると、イェレミーアスへ声をかける。
「オレもリヒに倣ってアスと呼ぼう」
「はい、ジーク様」
 イェレミーアスはにっこり微笑んで胸へ手を当てた。なんだろう、いつの間にか二人が仲良くなっている。
「しかしスヴェン、一般貴族に開放された宴の方への出席で本当にいいのか?」
「大丈夫です。ぼくがまだ離宮に居るのならばご遠慮しましたが、今は逃げ場がありますから」
「何だ? 誰かにいじめられてんのか、スヴェン」
「……バルタザール伯と、ちょっとありまして」
「……ミレッカー宮中伯は、フリュクレフ公爵家と因縁のある家門ですからね」
「因縁?」
「知らないのか、リヒ。その……」
 言いにくそうにイェレミーアスの視線がぼくへと向けられた。頷いて口を開く。
「ぼくの高祖母が先々代の皇王に捕まったのは、ミレッカー宮中伯の高祖父殿の裏切りがきっかけでしたので」
「あ。悪ぃ……」
「いいんですよ。ぼくは高祖母も、初代ミレッカー宮中伯のことも、知らないので。ただ、そのせいかやたらとぼくに当たってくるのですよ」
 とほほ、と眉を下げて笑って見せた。仁義に厚そうなローデリヒより先に声を上げたのは、意外にもイェレミーアスだった。
「なんと卑劣な。高祖父の仕打ちを恥じるどころか、まだスヴァンテ様を陥れようとするとは。ご安心ください。私がスヴァンテ様をお守り申し上げると誓います」
「わたくしも一緒に行くから、大丈夫だよ」
「バルティだけではなく、父上もスヴェンに嫌味の一つも言いたいと思っているだろうから、父上対策としては、一般貴族の宴に出る方が嫌な思いをすることは減るだろうが、それ以外がな。アンブロス子爵も、フリュクレフ公爵も、リヒテンベルク子爵や子爵令嬢も参加するだろう」
 そりゃ皇国唯一の王太子の生誕祝いだもの、ラウシェンバッハからも代理で誰かが来るだろうし、よほどの理由がなければ出席を断る貴族など居ないだろう。目を横へやると、ルクレーシャスさんと視線が合った。困ったものだ、と言いたげに肩を竦めた師匠へ、えへへと笑って見せる。
「実はぼく、精霊様の加護があるので物理攻撃も魔法攻撃も毒やらなにやらも効かないんです。なので、ダメージは心の方のみなんですけど、それは帰って来てラルクと一緒にお風呂でアヒルちゃんと遊んでルカ様に抱っこしてもらって皆さんに甘やかしてもらったら復活するので大丈夫ですよ」
 部屋の中が静まり返る。フレートとルクレーシャスさんだけがいつも通りである。侍女たちは動揺したのか一瞬動きを止め、それから意味もなくポットを持ち上げたり下ろしたりしている。
「スヴァンテ様、えっと……、アヒルちゃん、ですか……」
 この世界、お水は貴重なので貴族でも一人でお風呂に入るのは贅沢である。なので兄弟が居るところでは兄弟二、三人で一緒に入浴なんていうのは普通だ。だからぼくが乳兄弟であるラルクと一緒にお風呂に入るのも、別に不思議はない。なのでイェレミーアスの疑問はアヒルちゃんに集中しているのだろう。ぼくは至極真面目に、アヒルちゃんについて答えた。
「そうです。アヒルちゃんです。ぼくが木で彫ったんですよ。かわいいんです。お風呂でちゃぷちゃぷ浮かぶんですよ。ラルクもお気に入りです」
「ぶわははははは! スヴェンお前、そんなとこだけ子供らしく……っヒッ……腹いてぇ……ブ、ククッ……!」
 ローデリヒの大きな笑い声が、タウンハウスに響き渡った。何だよぅ、いいだろアヒルちゃん。かわいいんだぞ、アヒルちゃん。無邪気なラルクとかわいいアヒルちゃんのリラックスバスタイムで癒されたいんだよ、そうでもなきゃやってらんない日もあるんだよ。ふん、だ。

 芽吹き月の十五の日には、ぼくがまだ離宮に居た頃、ジークフリードが誘ってくれた皇族のみで宴を催すことが決まっている。だから今、ぼくたちが諸々の準備をしている貴族たちが呼ばれる宴は十五日の二日前、十三の日に開かれる。そう、ジークフリードのお誕生会だ。ケーキに年齢と同じ数のロウソクを立ててみんなでお祝い、なんてことはしない。そもそもこの世界にはまだ生クリームが存在しないから、ケーキと言ったら素朴なアップルパイとか、パウンドケーキみたいなものばかりだ。嫌いじゃないけど、生クリームが恋しい。
 何より宴なんて言われても、庶民のぼくにとって恐怖しかない。豪華な宴だよ! レッツパーチーですよ! 宴って言ったらそう、嫌でもちゃんとしたおべべを着なくてはなりません! すごいやだ! だって白タイツとかアリの世界なんだもん、前世日本人は羞恥心で死ねます! ベッテがにっこり微笑みながらカボチャパンツと白タイツ出した時、泣きそうになったもん。断固拒否です!
 ぼくは今まで自分のお金で衣装を買うことが少なかったので、大体の場合は皇后が衣装を作る時、一緒に作ってもらっていた。それを今回は一切自力で、しかも初めての宴席用の衣装を作ることになったんだ。何故かやる気満々のベッテの指示で何度も採寸と試着を繰り返してぼくはもう、くたくただった。本来なら何カ月も前から衣装を作る予約をしておかなければならないのだが、今回はデザイン見本として既にある程度作られたものの中から選ぶことにした。だからこその試着である。
 ちなみに今日のテーラーを紹介してくれたのは、マウロさんである。ぼくが初めてこのタウンハウスに来た日、ルチ様に抱き抱えられたぼくが浮いているのを見て倒れてしまった。お付き合いもこれまでかと思ったが、あの後改めて正直に説明した。汗を拭き拭き「なるほど……」と呟いていたが、本当に納得したかは定かではない。帰りに玄関まで見送ったマウロさんは、考えることをやめた人の顔をしていた。申し訳ない限りである。
 申し訳ないといえば、今この状態も申し訳ない限りなのではあるが。だからぼくは、素直に謝った。
「……ごめんなさい、イェレ様。巻き込んでしまって……」
「いいんですよ、スヴァンテ様。私も衣装は作らねばならなかったので。私こそ、スヴァンテ様に甘えてばかりでお礼のしようもありません」
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