月が導く異世界道中extra

あずみ 圭

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extra45 漫画28話支援SS 偉大なる開拓者の第一歩

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「せぇあぁっ!!」

 戦斧が大型の魔猿の腹を引き裂いた。
 派手な流血とともに、糸が切れたように魔物が倒れる。
 決着の一撃だったのだろう、最早痙攣しかしないその姿は戦いの終わりを告げていた。

「ふむ、まあそんなもんじゃろ。お主らは一人一人が非力でも、その分スキルやらジョブやらで役割を柔軟で分担できる。個々の実力を伸ばす事にやっきになるより、パーティの総力を高める事を意識するのが強くなる近道じゃろうな」

「レベルに拘るなって事ですか?」

「いんや、まあ無理に拘って危険に突っ込むのはアホじゃ。だがこの分ならお主らの場合、レベルも勝手についてこよう。儂と違ってな……」

 手を出す事はなく口だけ出して一行の戦いを見守っていた青髪の侍、巴は彼らに及第点を与える物言いをしつつ、助言を口にしていた。
 ここは荒野、一つ目のベースである「暗土」から分岐するルートの一つ。
 進む先には荒野で五番目に作られたベースの「血穴」があるが、距離はかなり遠い。
 荒野においてベースとベースの距離が開けば開く程そのルートの危険度は基本的に上がる。
 事実、この地に挑んだ冒険者がまず一息つく暗土から先のルートを検討する場合、ここはまず候補に上がらない。
 依頼の都合でごく少数がうろつくだけだ。
 ちなみに一番選ばれるルートは一番短く、二番目に作られたベース「臨河」に続くルートだ。
 では何故彼女たち、トアとその仲間達がここにいるのか。
 それは依頼の採集が一番、そして巴による戦闘指南を受けるのがやはり一番。
 そして通常冒険者が死にたがりの道と揶揄するこのルートを巴が指定したのは、人目の少なさが理由だった。
 半ば公然の秘密となりつつあるが、トア達は巴と澪という現状ツィーゲで最強と目されている二人から可愛がられている。
 それでも荒野で実地訓練を直々にやるとなると、他の冒険者達には悪い刺激となりかねない。
 これが真であれば普通に道中で訓練をしただろうが、一応巴は配慮した訳だ。
 依頼で必要な採集を終えたトア達。
 そこを笑顔で更に奥に誘う巴の言葉は最初彼女たちの腰を引けさせたが、今後は今ほどには構ってやれないかもしれないから、と口にした巴に何かを感じたのか意を決して奥に進んだのだった。
 案の定まだ立ち入った事がない死にたがりの道はその名に違わぬ凶悪さでトアらに襲い掛かってきた訳だが、巴の助言と時に助力を得て、今も何とか戦いを切り抜けていた。
 魔猿の巣と呼ばれる、冒険者殺しの地獄としか表現できない状況での戦いから見事生還したという訳だ。

「巴様と違ってって……」

「レベルに拘って戦いまくっても、ちょこっとしか上がらんからのう。大体お主ら冒険者の本分は未知の踏破じゃろ? ならば殺しの実績を数値化したレベルに一番に拘るのは筋が違おう。レベルは結果として必要な力を身に付けた結果、副産物でしかない。そういう事じゃ。考えるのを止めるな、最善を尽くせ。単純じゃよ」

 冒険者にとってステイタスの代表格でもあるレベルを悪意ある言葉で例える巴。
 先日までの武者修行の成果が全く面白くないものだったのが主な理由だろう。

「千を超えるレベルから一度の遠征で何十もレベルを上げるのはちょこっとじゃありませんけどね」

 トアが苦笑する。
 巴はトアと、仲間達が一様に笑みを浮かべた事に目を細めた。
 
(さっきのは相当限界に近い戦いじゃったが……中々の精神を持っておる。構ってやれるうちに少しは形にしてしておかんと若のお心を無駄に煩わせる荷物になる。短期集中でしごいてやるから覚悟せい)

「でもまさか、私たちがこれだけのシャドウテイルを倒せるなんて……」

 エルフの射手ルイザがまじまじと己の戦果、死屍累々の戦いの跡を見つめて呟く。
 この魔猿、シャドウテイルは単体でも荒野に挑む冒険者にとって脅威になる存在だった。
 数種の魔術を扱う高い知能、俊敏な動きと毒を塗った爪、鋭い牙。
 加えて時に仲間を呼び寄せたり、待ち伏せや奇襲を仕掛けてくるなど荒野に慣れた冒険者でさえ彼らを嫌がる者は非常に多い。
 トアのパーティで言えば、真と一緒に行動するようになった直後であれば全員で一体を倒すのなら何とか、という相手だった。
 だが今日はそのシャドウテイルをパーティで四十頭以上倒しきった。
 いわゆるモンスターハウスと化した危険領域に巴の先導で奇襲を仕掛け、お膳立てに彼女の助力は得たものの戦闘そのものはトア達だけでやり遂げたのだ。
 これは自信になる。
 トアも仲間達も皆、自分の戦果を確かめ各々感動を味わっている。
 特に先ほどドワーフの戦士ラニーナがとどめの一撃を振るった個体はシャドウテイルの群れの長、ロードの名を冠する特殊な個体。
 見た目も戦闘能力も通常のシャドウテイルとは一線を画した相手だった。
 死に物狂いだった。
 しかし、確かに得たモノは大きい。
 ……現実的な意味でも。

「シャドウテイルはねーー! この尾が良いんですよ! こいつが高く売れるんだ! それから奴らが使う毒が染みて色が変わった爪!! こいつも実はお宝です!!」

 錬金術師のハザルは早速素材の回収にかかる。
 シャドウテイルはその名の由来にもなっている特徴的な尾が一番有名な素材だ。
 生きている間は黒い靄がかかったような実体と非実体の間のような奇妙な尾だが、死ぬとタールをチューブに詰めた感の実体で固定される。
 強力な護符の材料になる他、特殊な武具の素材にもなる。
 二本の尾を有していたロードのものは、恐らく今回一番の値が付くかもしれない。
 そしてハザルが続けた爪。
 シャドウテイルがヒューマンを含め獲物を殺す時に使う毒が長い時を経て爪に染み、色を変えたものが稀に存在する。
 これが錬金術師には製薬材料として貴重だった。
 更に長く生きた個体の爪であれば硬度も上がり武器の素材にもなる。
 このパーティであればルイザの矢かトアの剣として加工すれば心強い武器になってくれるだろう。

「ロードの爪は色付き以外も回収してね。ただの武器としても優秀だから」

 ニコニコしながら一番にロードの解体にかかったハザルに声を掛けるとトアも他の個体の解体を始める。
 何しろ数が数だ。
 幸い持ちきれないという程ではないが、間違いなく一仕事。
 日が暮れれば荒野に危険度は全般的に上がる。
 今回トア達は夜にしか出現しない特殊な魔物を倒さなくてはいけない事情はない。
 ならば疲れていようが早速作業を始め、速やかに立ち去るのが一番だった。

「うむ、急げよ。この後はもう少し面倒な場所で夜を明かしてもらうからの」

「……は?」

 ラニーナが思わず解体の手を止めて巴を見上げる。
 そこには猿の巣に殴り込みをする、と言い出した時と全く同じ満面の笑顔を浮かべていた。
 即ち、冗談ではないという事だった。

「あの、巴様? 今回の御指南はこの戦いでは?」

「これは前哨戦じゃ」

『ぜ!?』

 パーティの言葉が見事に重なった。
 見事なパーティの練度である。

「とりあえずまともに巣を壊せるだけの力があるかどうかを知りたかった。お試しじゃよお試し」

「……あの、私たちは一体どこで夜営をするんでしょう、か?」

 問うハザルの顔が引きつっている。

「何、水場もほど近いキャンプには恰好の場所じゃよ。ここから……飛ばして三時間ほどか」

「……まさか」

 ルイザの表情から血の気が引く。
 巴が口にしたヒントから彼女が一つの場所を導き出したのだ。

「そ、そこって確かに野宿向きだけど前に一見ってつきませんか、巴様」

「うむ、お主らが墓場と呼んでおる場所の一つじゃな。素材もたくさん、儂からのボーナスさ」

「あそこか……おおぉ……」

 ラニーナが低く響く絶望の呻きを漏らした。
 昼は比較的安全、夜になると危険度が跳ね上がる墓場と呼ばれているスポットの一つが頭に思い浮かんだ。

「で、朝になったらこれと同じ猿の巣をお主らだけで潰してもらう」

『!?!?』

「儂からの戦闘指南はこの試しをもって一段落とする。さて、早く素材を回収せい。あまりグズグズしておると夜営をする前に魔物討伐がもう一度加わるぞ?」

 一切意見を変える気がない巴の口調と表情を見てトア以外のメンバーが悲壮な顔をしつつ素材回収の手を早める。

「……巴様」

「なんじゃ、トア」

「いくらなんでも、それは流石に無茶かと。今だって巴様が一度に相手にするシャドウテイルの数を調整してくれたからこそ勝利を掴めたんですよ?」

「……」

「しかも夜営までそんな危険な場所でなんて。私たちは強くなれてる気がしますけどまだそこまでの力は――」

「ある」

「っ?」

「お主らにはもう十分それだけの力は備わっておるよ。後は力の使い方と意識の持ち方、そして覚悟の問題じゃ」

 巴は不安を口にするトアに答える。
 慰めでも鼓舞でもなく、巴は事実を口にしていた。
 先ほどの戦闘では一度に戦うシャドウテイルの数を巴が状況に応じて調節はしていたが、同時にトア達の現状引き出せるであろう潜在能力を見極めてもいた。
 シャドウテイルの巣を一パーティで討伐する。
 それだけの力は既に持っていると、巴は言っていた。
 同時にその為にまだ欠けている要素をも指摘する。
 つまり今夜それを身に付けろと巴は言っているのだった。

「力、意識、覚悟……」

 勝つために必要なのは友情と努力だと言われているような微妙な顔をするトア。
 冒険者にとって正義は勝つなどという言葉は幻想の筆頭である。

「心配せずとも無理やりにでも引き上げてやるとも。それに今回の場合、街がそろそろ慌ただしくなるでな。こちらも少し急がんといかん。まったく、せわしない事じゃが」

「??」

「……ふむ。まあ何も教えぬというのもちと酷かもしれん。知る立場にない、という言葉が全てを説明しもするが若が目を掛けておるお主には少々の役得があってもよかろ」

「え?」

「箔じゃよトア」

「……」

「今のお主らに適当な魔物という意味では確かにあの猿よりもぴったりのがおる。それに夜営の場所についてもここから一時間程の場所にも似たような条件の場所がある。しかし今回はそこでは駄目なんじゃ」

「駄目、ですか?」

 最適ではないがシャドウテイルと、ここからだと移動にかなりかかる墓場での夜営が必要だという巴。
 その理由が箔とも。
 しかしトアも仲間達もその情報から巴の真意が掴めずにいた。

「……良いか? ツィーゲとこの周辺にある四つのベースにおいて冒険者に最も忌み嫌われておる魔物とは今そこに転がっておる猿どもじゃ」

「はい。シャドウテイルは群れも作りますし習性を無視した襲来も多いですから。他の魔物と組む事さえありますしイメージとしては超進化したゴブリンなんですよね」

 厄介な魔物であり、非常に好戦的。
 個体でも協力で群れも形成する。
 シャドウテイルは冒険者に甚大な被害をもたらす厄介な魔物だった。
 もっとも荒野における高位の冒険者にとってはお小遣い稼ぎの相手となり下がるが。
 最奥のベースにいた事もあるトアにとって自然とこの答えが出てきたのは、彼女たちがいかに場違いな場所で危険に挑んでいたかの証明でもある。
 一方巴は低位から中位の冒険者にとって一番忌み嫌われている魔物の存在を彼らの記憶を覗き見してリサーチし、シャドウテイルの存在を突き止めた。

「だからその巣を破壊し、その言葉を裏付ける素材を持ち帰る事はお主らの評価を高める。冒険者として街の者から受ける評価ではないぞ。今回得てもらうのは同じ冒険者からの尊敬と感謝じゃ」

「あ」

「そしてついでに鍛錬を兼ねて夜営中にツィーゲから一番近い墓場で魔物を狩るのもな。儂らと違ってお主らの功績は冒険者どもには身近なんじゃよ。無用な嫉妬、敵意を育む程にな」

「っ……」

「これから街が拡大し冒険者を含めて人が大勢流れ込んでくる中で、お主らがこれまで通りの功績を上げているだけの冒険者では危なっかしくて仕方がない。実力と振る舞いを併せ持ったエースにならねば……お主らは早晩潰される。例えギルドから特段の支援を受けられてもな」

『……』

「同業者から一目置かれるわかりやすい実績を幾つか積め。その上で限界に挑み続け、かつ無謀になるな。己らが街で同業者から、住民からどう見られるかを考えよ」

「そっか。巴様の御指南はレベル上げはおまけ、でしたね」

 トアが神妙な顔で頷いた。
 そして最初に巴が口にした言葉の意味を思い知る。
 絶好調な冒険とその成果が生むマイナスの財産について、自分たちが些か無自覚であった事を恥じてもいた。
 無理もない。
 トアのパーティは再起後あまりにも好調過ぎたのだから。

『……』

 他の仲間達も一瞬作業の手を止めて真剣な面持ちで頷く。

「じゃから手っ取り早く憎まれものを成敗して尊敬されておけ。要は一味違うとわからせてやればよい。運だけの癖に、ではいかんのさ。……まあそこはウチの若にもご進言したい事でもあるがの。あの方に限っては、無理やりがぶりよって問答無用で背負い投げーっとやれてしまう方だけにどう言ったものか……」

「あ、あはは……」

 真について悩みを漏らす巴。
 巴の主である真の実力についてもその一端を知っているトア達は苦笑するしかない。
 確かに大概のトラブルは笑って乗り越えそうな得体の知れなさも有している。
 さて真の話題でほんの少しだけふんわりとした空気の中。
 
「おっと、忘れとった。明日仕掛ける巣は群れが百近い上、ボス猿は尾が三本あった。今日のような無駄な戦いぶりではあっという間に数に圧し潰されて殺されるぞ。夜の内にきちんと対策を練っておけよ」

「ちょ!? 夜って今夜ですか!?」

「おいおい、一日に夜は二度なかろう? 当然じゃ」

 後にトア達の冒険は数々の物語にまとめられ、大人気を博す事になる。
 ごく初期の、このシャドウテイル討伐も人気の題材の一つである。
 しかし、これとは他にまとめられた回顧録においてこの時のシャドウテイル討伐について全員が共通して挙げているのが彼女たちの師について。
 彼女たちを導いた二人の師、英雄と呼ばれる力を既に備えていたとされる謎多き女性は何故か名は伏せられ青の師、黒の師とだけ残されている。
 その青の師が課した苛烈な試練の始まりはシャドウテイル討伐だった、と全員が述べている。
 いや、率直に正確にこの時の各々の言葉を訂正するのなら。
 生きていたのが不思議、である。
 物語では師の存在は精霊などに例えられる事も多いが。
 表面上冷たい態度ながら、時折ほんの少し優しいグルメな黒の師と。
 そして表面上親しみやすくにこやかながら、一つや二つ死線を超えた位では許してくれない無茶ぶりの青の師。
 その真実は未だ闇の中なれど
 偉大なる開拓者、トアをリーダーとする冒険者パーティ『アルパイン』の研究者の間では、この二人の師の存在こそが非常に興味深い存在なのだった。
 頭を抱えるトア達の絶叫とにこやかに前進しか許さない巴。
 これはトア達がただのラッキーな冒険者からツィーゲのエースとして認められていく、ほんの数日前の出来事だった。

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