月が導く異世界道中extra

あずみ 圭

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extra43 漫画26話支援SS 魔境ツィーゲ捕物帖エピソード0

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[すべて手作業なのか。丁寧な仕事をしているんだな]

「……」

[失礼。事情があって言葉が話せないんだ]

「……そう、お気の毒。それと私の仕事を褒めてくれてありがとう」

[木の細工なら何でもやるのか?]

「まさか! まだまだそこまではとても。そうね……この位までのものを主に手掛けているわ」

 キャロは突然声を掛けてきたおかしな風体の男からの問いに比較的すんなりと答えた。
 実のところその正体は知っていたものの、そうと知られたくない。
 その彼女の思惑が最初の対応にわずかばかりのぎこちなさを生んだが、男の方は魔力を用いた筆談に対する何度も見た対応だと思ったのか気にもしていなかった。
 両手でサイズを示した彼女は男が怪しんでいない様子である事に安堵する。

[食器に雑貨、といったところか]

「食器も殆どは趣味の品よ。金属を魔術で弄った方が簡単で丈夫だもの」

[なるほど。とう、土製はあまり使われてないのか?]

「つ、土? 土で食器って、貴方どこから来たの?」

[そうか。忘れてくれていい。つまり貴女は木材加工の専門家、になりつつある職人という訳か]

「そんな大したものじゃないわ。木材加工とはいえ荒野から入ってくる様な木はもちろん、鉱樹こうじゅ宝樹ほうじゅの類もまだ触れないから。なに? 褒め殺しても安くはならないわよ? ……少ししか」

 男、マコトは日本酒のますに酷似した容器の一つを手にすると表面を撫で、木目を見つめる。
 次いで継ぎ目の細工、同型の他の品との寸法の差異を見比べて何度も頷いては感嘆の吐息を漏らした。
 もしキャロに日本語はわかれば、彼はしきりに「凄い」と呟いていたのがわかっただろう。
 もっとも時折マコトが口にする言葉はキャロには意味不明な言語であり、本当に共通語も話せない不幸な人物なのだとしか彼女の感想は生まれなかった。
 ただ短い感嘆の声が意味するところは彼の態度からも読めるのか、キャロの心中に喜びを生んだ。
 原価割れを起こすつもりはないが、欲しいと言ってくれるのなら多少の値引きとサービスはしよう。

[凄く丁寧に作られた良い品だと思う。ここは露店のようだが、場所はいつも決まっている?]

「あ、ありがとう。ええ、多少動く事はあるけど商品を売る時はこの辺りか、後はどこかに卸す事もたまに、かしら」

[木製の容器と食器を全てもらう。幾らだろうか]

 キャロがマコトにとって嬉しい判断を下した直後。
 更に嬉しい言葉が男の方から発された。

「え、ええと……少し待って」

[ああ]

 多少歪んだ関係だが父代わりでもあるビルキの紹介以外でこれほどの取引は滅多にあるものじゃない。
 正確に計算していくのなら金貨一枚と少しの金額になるが、ここは銀貨での支払いで収まる程度にしておくべきだとキャロは考えた。
 
「お待たせ。銀貨で」

[ところでこれは、すべて手作業とみたが合っているだろうか]

「もちろん」

 マコトは頷く。
 暗い世界の、知り合いの知り合いを介したような関係で多少の縁をもった相手だが、今のキャロは職人としてマコトに接していた。

[まだなり立てだが、私は商人だ。これは君という木工職人との今後の縁を持ちたいという意味で払う。釣りはいらない]

「へ?」

[ではもらっていく。ああ、君の名前は? 私はマコトという]

「あ、私はキャロといいます」

 マコトが木製の器を手あたり次第に袋の中に放り込んでいく。
 マジックアイテムなのか全てを投げ入れてなお、袋は膨らみもしない。
 渡された代金は金貨で二枚。

「お、マコトさん!? 多過ぎますよ!?」

[そうは思わなかった。また来る]

「あ……」

 キャロが目で後を追うも彼は向かいの書店に姿を消した。
 こちらを向かずとも会話が出来る、不思議な筆談を少し良いなと彼女は思った。

「というか。あの人、例のレンブラント商会の依頼を受けたあの人でしょ? 『長老』のとこに何の用? いやただの本探し? いやいや? いやいやいや?」

 ひとしきり首を傾げたキャロがやがて納得したのか金貨を大切にしまった頃。
 マコトは本屋にいた。
 立ち読みお断りの店である。
 まあ、この世界に立ち読み歓迎どころか許可してくれる本屋はほど存在しないのではあるが。

[失礼。少々取り扱っている本についてお聞きしたい事があるのだが]

 ツィーゲで一番の品揃えを誇る本屋の裏の顔。
 もちろんそんな事を知らないマコトがこの店の常連になっていくのはこれからの話だ。


◇◆◇◆◇◆◇◆


「ふーん、じゃあそのマコトって冒険者が瞳を全部持ってたんだ。ライムのやつ、ざまーだね」

「だな。にしてもキーマ。俺は一応お前のボスのビルキと同格の立場なんだが? 年も一回りよりずっと上だが?」

「ボス、引退したから。だから私がこれからの……同じ名前はまだ背負えないから『給仕』の名前で仕事するの」

「『給仕』って。にしてもビルキが引退か。やられたな」

 周囲を見渡した中年の男が若い女を見つめ直して溜息をつく。

「何が?」

「お前にだよ、キーマ。小賢しい奴だとは思っていたが、最初から上手く立ち回るじゃないか。それで? 俺にモリスさんへの繋ぎを頼みたいって事か?」

「……へへ。当たり。父さ、ボスはあれで甘ちゃんなとこがある人だから。もう無理って感じよ。その点私は若くてピチピチ、冒険者としても有能。レストランのホールでは完璧なウェイトレス! どう、この万能さ!」

「……根回しの協力はしてやる。だがクーマとジョナがどう出るかまでは責任なんぞ持たんぞ。ま、上手くやれ」

「あっれ。ジオにはもう少しごねられるかと思ったんだけど?」

「本当に運が良いぞ、お前……ら。実は商会の仕事が滅茶苦茶忙しくなってきていてな。しばらくそっちの仕事に関わっている時間も惜しい。大体俺は常々裏切りの意味を知っている奴の足抜けは構わんと思っているんでな」

「お仕事ねえ」

「キーマ、お前も冒険者やってた方が良いんじゃないか? 良い機会だろ? オヤジも辞めるんならよ」

「……考えてみるー。じゃ影無しさんへの根回しよろしく! レンブラント商会はずっと贔屓にしてますって言伝もおなしゃっす!!」

「ああ、いけいけ。ったく、ウェイトレスやってる時のあれは美しくそつがない、理想の女に近いんだが。幸か不幸か早い内に素を見れたのは……どうなんだろうな。さてと! 仕事だ仕事! レンブラントさんから振ってもらった仕事が山積みだぞっと!」

 給仕姿のキーマが給仕らしからぬ活動的な態度で商会の裏口から駆け抜けていく。
 残されるのはジオ。
 荒野の素材を扱う、レンブラント商会と関係も深い中堅商人が一人。

「見逃すんだ、あの娘もビルキも。ふーん……キーマか、私のとこでも働けそうな娘よねぇ」

「ジョナか……妙な事を喚くと、殺すぞ?」

「凄い扱いの差。これだからパトリック様以外の男なんて屑なのよね」

「……自分を棚に上げてよく言う」

「……ロリコンが今更カッコつけて様になるとでも思ってるわけ?」

「……」

「……」

 ジオとジョナが壁と壁の間、薄暗い商会の裏手でお互いに薄い笑みを浮かべる。

「……ああん? ばらされてえのか?」

「……毒のフルコースをご馳走しましょうか? えぇ?」

 中堅辺りの冒険者でも顔を青くしそうな殺気が二人しかいない空間に溢れる。
 数十秒の睨み合い。
 この場に第三者がいたら絶対にそんな短い時間じゃなかったと断言する濃密な時間はそれでひとまずは終わった。

「鼻の下伸ばしたレアなあんたが見られたし……今日は別件で来たの。やめましょ」

「ああ、わかった。出来ればあんたにもキーマの件頷いてくれると助かるんだが?」

「それね。ええ、いいわよ。別件ってその事だもの。本当に冗談が通じないんだから」

「その事? まさかお前の所にももう?」

「まさか。あの姉妹は私には近寄りもしないわ。ライム=ラテの件と関連して少しね。レンブラント商会と関わる事、でもあるわ」

「!?」

「貴方がモリスから受けたオーダーストップ、それに少し続きがあるの」

「何でお前がそれを俺に伝える?」

「お仕事が忙しいから、かしら?」

 蠱惑の笑みでジオの商会での仕事の内情を知っている事を伝えてくるジョナ。
 自分の知らない情報網も目の前の女は持っている。
 知ってはいても気分がいいものではない、とジオは苦虫を嚙み潰したような顔を浮かべた。

「……続きは?」

「依頼ではないわ。これはあくまでお願い、善意の助言。しばらくは後ろめたい方の仕事を控える事、そして備える事」

「それはレンブラント商会、パトリック様からの言葉だな?」

「ええ。それから最後にもう一つ……クズノハ商会とその関係者をレンブラント商会は庇護する、だそうよ」

「……っ! 俺は個人的にレンブラント商会に恩義ある身だ。もちろん、承った」

「じゃ、伝えたわよ。とりあえず私はしばらく表の仕事だけに集中する。定例集会だけは出席するわ。じゃ、よろしければお店へも是非。ジオ様のお好みにあった娘をご用意しておきますわ」

「伝言どうも。絶対行かないが死ぬ程むかつく同業者に限り紹介する事にするよ」

 不快から顔を背けたジオが再びジョナを見ようとした時には既に彼女の姿は消えていた。
 キーマが消えた時とはまったく違う不愉快な気分を抱え、何となく損をした気がするジオ。
 上を見上げれば、細く伸びる青い空が見える。
 大きな通りに出れば広くどこまでも広がっているものと同じ空。
 なのに随分と違って見える。
 監獄のような狭苦しさを感じさせる。
 ジオにとってレンブラントと出会う前の商人の世界そのもの。
 そして今またパトリック=レンブラントの庇護を受ける商会が現れたという。
 
「ライム=ラテの幸運にも驚いたもんだが、その商会ってのも大したもんだ。ようこそツィーゲに、クズノハ商会」

 ジオはその新たな商会の力になってやろうと思っている。
 かつて恩人に受けた恩を返す為に。
 それがツィーゲをこれから襲う大嵐への備えにもなっていたという事を彼が知るのは、まだ先の話だ。
 クーマ、ビルキ、ジョナ、ジオ、そしてキーマにキャロ。
 誰もが少しずつ『彼』と彼の作った商会に関わっていく。
 表でも裏でも。
 巴、澪、ライム、トア一行……。
 真のあずかりり知らぬところでツィーゲも動き出していくのだった。
 
 
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