月が導く異世界道中extra

あずみ 圭

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extra39 漫画22話支援SS 這い寄る報い

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「ライム=ラテか。困ったものだな、彼にも」

 深澄真がうっすいバナナジュースに妙な魅力を感じ始めていた頃。
 ツィーゲ中央区、或る高級レストラン。
 紹介無しでは入る事さえできない一般人には全く縁がない店内で会合が行われていた。
 彼らの他に客の姿はなく、貸し切りだ。
 年配から若手まで様々な年齢層のヒューマンが四人、運ばれてくる食事に感想一つ漏らさず話が続いていた。
 苦虫をかみつぶしたような表情で男が呟く。
 その中で挙がったのはライム=ラテという人名。
 現在ツィーゲの冒険者ギルドにおいて最高のレベルとランクを有する男だ。

「消すにしても代わりが利きませんから。今は黙認するほかないでしょうね」

 紅一点、三十路にかかろうかという女性が苦笑を浮かべ頷いてみせる。
 とはいえこの中では彼女が最も若い。
 他三人は三十後半が一人、残る二人は五十代という構成なのだから。

「しかし今回の商人ギルドの決定は彼ら冒険者にとっては大きな意味を持つ。トップとはいえ所詮は現場の冒険者、反抗も無理からん事だ」

「冒険者ギルドを通さない素材の調達。ライムら冒険者の主張としては冒険者が育つ土壌を奪うもの、だそうですが……」

 この中では若手の二番目になる男が白い髭を蓄えた最年長の老人の言葉に続いた。
 誰もあまり明るい表情は浮かべていない。
 楽しい議題でないのは明らかだった。

「だが安価な素材を値段、機会ともに安定して調達できるようにする為には確かに必要な事だよ、これは。確かに一部の未熟な冒険者からは仕事を奪うかもしれんがね」

「当のライム=ラテにはまるで関係のない決定だったというのに、困った所から文句が出て来たものだ」

「そもそもこの街に低位の冒険者など必要かと口にする者もおる。世界中から荒野を目的に高位の冒険者が集う、ツィーゲはそれでいいのではないかとな」

「生活の上でのちょっとした依頼を、冒険者ギルドを介さずにサービスとしてお金で買えるのであれば……その方が便利ですし。私たちとしては低位の冒険者の皆さんも大切なお客様ですけど、いなくなって母数が減るのではなく高レベルの方々が入れ替わるのなら何も問題はありませんし」

「つまり極めて合理的で優れた提案だったのだ。だからこそ案も通った。その結果淘汰される連中にしても近隣の街に紹介状まで与えるのだぞ! 一体何が不満なのだ、奴らは!」

「本当に、誰もに益がある。あの方らしい素晴らしい提案ですよね」

「……うむ」

 あの方、という言葉が出た時だった。
 一瞬の沈黙の後、髭の男が同意を示す。
 
「なのにあの男は息のかかった連中と結託して荒野の依頼の半分近くを放置、更に今回の提案の中心となったレンブラント商会に関係する依頼については完全無視ときた」

「そこまでならこの街のランキング一位として、まあ我らが集まるほどでもなかったが」

 大目にみる事も出来た、と述べているようにも聞こえる口調だった。

「どこまでとち狂ったか、どこの馬の骨とも知れんヤツと組んで呪病まで使いおったからな。しかも神殿でもお手上げの……眠りの呪病だったか」

「……さてレンブラント氏は対外的にはそう公表しておりますが、どうでしょうかね。その程度の呪病なら神殿で治療できない事はないでしょう」

「あれ以来誰も奥様とご息女を見ていませんものね。外見に影響ある呪病という可能性もありますわ。だとすれば氏が将来の事を考慮して症状を偽ったのも頷けます。年頃の娘さんがお二人ですから」

「相変わらず詳しい情報は出てきていないか」

「ええ。世話をしているのは忠義の厚い従業員ばかりのようで、本当に羨ましい事」

「術師の方は?」

「駄目だな。痕跡が途絶えて久しい。レンブラント商会が既に確保したか……どこかでのたれ死んだか」

「前者ならまずいな。術師を確保して尚完治の報が無いとなれば、事態は深刻だぞ」

 深刻という言葉通りの重い雰囲気で話は続く。
 料理のコースは先ほどデザートが供され既に終了していた。
 紅茶のカップが湯気を立て、せめてもの良い香りを場にもたらしている。
 残念ながら話の出口は大団円とはとても言えない代物になったが。

「いずれにしてもライムの排除は確定だ。代わりになる冒険者が育てば時を待たずに決行する。時が来れば代わりがいなくとも、というのが先方の意向だが」

「わかりました。丁度荒野帰りで期待できそうなパーティが一つありますから意外とかからないかもしれません」

「あら? それは初耳」

「トアという女の闇盗賊が頭らしきパーティだ。つい先日とんでもない量の希少素材を気前よく売っていった。かなりの実力者であるのは間違いないし今後にも期待できそうだ。依頼の受領も積極的で今のところケチのつけようがない」

「では近々という事で、肝心のライムへの対策は? 正面からの正攻法では間違いなくこちらにもかなりの損害が出るが」

「手持ちの暗殺者で一番の駒を使っても荒野での暗殺は無理がある。かといって街で奴を仕留めるとなると、こちらも下準備と根回しがどれほど必要か。頭が痛いな」

「それでしたら、面白い情報が。ライム=ラテのお金の動きを監視していましたら、用心深く、でもかなりの額を送金している場所がありまして」

「おお、どこだね。金融機関であれば金を抑えられる。女や隠し子であればそのまま人質に出来るかもしれん。奴の弱みが判ればやり様は増える」

「場所は――」

 女が一瞬言葉を止め、そして最高で最低な笑みを湛えた。

「ウェイツ孤児院」

 施設の名が女の口から放たれると、その笑みは全員に伝播した。


◇◆◇◆◇◆◇◆


「ふぅ……」

 ただ一人残された男が重い溜息を吐き出した。

(もう何度こんな会合を開いた事か。まったく、裏の顔なんてものは持つものじゃないな。特に人の命を奪うようなモンは。重いモンが腹の底に溜まっていきやがる。溜まって溜まって消えやしねえ。女神様も俺なんぞはお許しにならんだろうな)

 四人の内の一人。
 五十代の内、髭のない方の男だった。
 他の三名と違い、彼は用事が終わっても店を去らなかった。
 否、帰る必要がなかったのだ。
 ここは彼が所有する店なのだから。

「お話は、上手く運びませんでしたか?」

 男の前に酒が出され、供した女が口を開いた。
 いつの間にか男の両脇には同じ顔の女が二人。
 先ほど料理を出していたのもこの二人の女性だった。
 男からすれば自分の裏の顔まで知っている、秘密を共有する存在でもある。
 ただ。

「いや、ライム始末の目途は立った」

「……そう、ですか。おめでとうございます」

「ジョナ=ファーレンが突き止めたよ。奴がウェイツ孤児院に多額の送金をしていると。巧妙にやっていたようだが、あの女の情報収集網からは逃げられんかったようだな。毎度の事ながら大したもんだ」

 ジョナと呼んだ女を褒めつつ、その彼女の網でさえ捉えられなかったレンブラントの妻と娘を襲う呪病の詳細、この事実の裏にいる人物への怯えが心に浮かぶ。

『!?』

「……俺がお前たちを拾い上げたのも、そこだったな? 支障が出る前に聞いておくぞ。知っていたか?」

 男の口が淡々と言葉を紡ぐ。
 責めるような口調ではない。
 
「いえ。ライム=ラテとウェイツ孤児院に関係があった事など全く知りませんでした……が」

「が? なんだ?」

 重ねられる質問。

「定期的に多額の寄付をしてくれる富豪がいる、というのは噂になっていました」

「孤児院に寄付か。全く、奴には不似合いな事だ。なるほど、その富豪の正体がライムという訳か」

 双子の姉妹が沈黙する。
 謎の富豪イコールライムなのは間違いないだろう。
 心中は複雑だが、その口からライムの排除、つまりライム暗殺への否定的な言葉は出てこない。

「俺はあの孤児院からお前たちを連れ出した。キーマだけのつもりだったが、姉妹一緒に泣き縋るお前に免じて姉のキャロもな。結果としてあの時の判断は大正解だったが」

 どちらも非常に優秀な仕事をするようになったからだ。
 男からすれば嬉しい誤算だった。

「はい。本当に感謝しておりますビルキ様」

「ああ。だが俺の前にお前たちを救い、生き長らえさせたのはライムの助力を受けた孤児院だった。そう判明した訳だ。それでも、まだ俺に感謝し仕えられるか? 人として外道ともいえる仕事を仕込まれて、その手を汚す事を強要された上で――」

「ビルキ様は私達にきちんと表の仕事も教えてくださいました。それに宣言された通り、引き取られたその日から私も姉も衣、食、住、どれも不自由なく与えてくださった。私たちの長も親も、ビルキ様です」

「……そうか。わかった、下がっていい」

「失礼します」

 姉のキャロは一言も発する事なく妹への同時を態度と表情で示し、一緒に姿を消した。
 長い付き合いだ。
 ビルキにはそこに偽りや躊躇いがなかった事を確信する。
 最初に浮かんだ不安はこれで消えた。
 後は、僅かな怯えだけが残る。
 僅かだが、消えないしこりだった。

「モリス、か。パトリック=レンブラントの執事にして商会の闇の担い手。当主レンブラントはあの通り慈悲深い男だが、それだけで一代で大商会などに成長できるものではない。相応の汚れ仕事を、闇を、あのモリスが仕切ってきた。元は自身も凄腕の暗殺者……相変わらず底知れんな」

 ビルキが今回の依頼主の名を呟いた。
 モリスと関係を持つのは今回が初めてではない。
 それどころか、ビルキが今の仕事のスタイルを築く前から、モリスは先達として時に彼を導く存在でもあったのだ。
 彼が依頼主となればビルキに拒否する事など出来ない。
 
「違う、俺だけじゃないか。『長老』クーマもレンブラントの名に何か覚えがあるようだった。若造の『素材屋』ジオはレンブラントにはハナから好意的だった。あの方ときたもんだ。『手帳屋』ジョナなんぞ今のクラブを開く前はレンブラント商会の従業員だしな」

 となればこの依頼がレンブラント商会のモリスから依頼された段階で、もう断る選択はなかった様にも思えてくる。
 結果はもちろん、スムーズに依頼受諾となった。

「キーマとキャロの素養を見出したのも、元々はモリスだしな」  

 ビルキは昔世話になった身でありながら、当人のいない場所ではモリスに敬称をつける事がない。
 それはモリスの現役時代の実績への妬みであり、そして恐れ、さらには嫌悪も含まれた上での無意識の態度だった。
 どちらかならキーマだが、二人とも相当な殺しの才がある。自分がまだ本職ならば是非磨いてみたい原石だ。
 そうビルキに呟き、後に優秀な殺しのプロとなるキーマとキャロの姉妹の存在を教えてもくれた。
 それでもなお。
 ビルキはモリスとあまり深く関係を持ちたいと思わない。
 こうして表の世界で会員制の高級レストランを持ち、最近は更に強くそう考えるようになった。
 二人の弟子には隠れ蓑にもなるからと、殺しに頼らずとも十分に稼いでいけるよう手に職もつけさせた。
 隠れ蓑というのも事実だが、そうしたのはビルキの心に溜まったモノが主な理由だった。
 このレストランの元手となったのは裏の仕事の収入だ。
 けれど、ここだけで食っていけるのなら、と。
 ビルキの胸中には引退の二文字がよく浮かぶようになっていた。
 耐えられなくなってきたのだ、とも彼自身は考えている。
 ここは、人がそうそう長くいられる世界じゃないと。
 だからいつか、姉妹がそう思った時に足を洗っても十分に生活できる術を身につけさせた。
 せめてもの贖罪の気持ちでもあった。
 そんな考えを根底から破壊する存在がビルキにとってはモリスだった。
 執事として間違いなく優秀であり時に主に代わり交渉事もこなし、レンブラント家を公私ともに支え。
 公益に繋がるレンブラント商会の出資の何割かはモリスの提案とも言われている。
 さらに私財をもって様々な施設に寄付も行っている。
 殊更に公言もしていないがライムの様に隠してもいないので調べるのは容易な事だ。
 そして……。
 商会や主の妨げになるモノを合法、非合法、有情、無情を問わずに秘密裡に潰してきた。
 いや、今も潰している。
 今回の様な裏の依頼も初めての事ではない。
 全部が融合して、モリスは自然体でああなのだとビルキは震える。
 孤児院に優れた暗殺者の原石がいる事だって、彼は寄付のついでに知ったようだった。
 恵まれない子に救いをと寄付を行っておいて、同時に暗殺者に目をつけた原石の存在を教える。
 どうやってその存在を知ったのかとモリスに尋ねた際、寄付の礼に呼ばれた時に、と平然とモリスは答えた。
 理解し難い。
 ああいう存在だけが、きっとずっとこの世界で生きていける化け物なのだろう。
 彼の心に妙な納得が生まれた。

「ライム=ラテも馬鹿なやつだ。ただの大商会ならともかく、お前は絶対に喧嘩を売っちゃいけない相手に挑んじまったんだぜ……影無しモリスは死ぬまで健在か……」

 かつて、現役のモリスが全盛期に無影と呼ばれるジョブを有していたらしいという噂からついた名前。
 ビルキはライムを哀れみ、そしてモリスを恐れ。
 グラスの残りを一気に喉の奥へと流し込むと席を立ったのだった。
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