月が導く異世界道中extra

あずみ 圭

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extra67 アニメ化記念SS 巴、ご満悦の巻

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※注意
このお話はいわゆるメタ要素を含む完全なる番外編となります。
例えばですが登場人物と会話する作者、現実の視点を持つ作中キャラなどを見たくない方は読まない事をオススメ致します。
このお話が本編の裏設定などに関わる事は一切ありませんし、読まずとも理解に困る描写は本編に登場しません。
別に番外編であれば問題ない、という寛大な方は下にスクロールして頂いてお話を楽しんでいただければ幸いです。
それではどうぞ!
























「んーんー! んーんんー、ふーふふーん!」

 とても、非常に、信じられない位に上機嫌な巴が先頭を歩いていた。
 言うまでもなく世界有数の危険地域、通称荒野を鼻歌まじりの我が物顔で全身中だ。
 後ろに続くのは現場の危険性を十分に理解している冒険者二名。
 名をトアとハザル。
 真達に窮地を救われた冒険者であり、巴にも相当な恩がある身の二人だ。
 そして満面の笑みを浮かべた巴に頼みたい事があると切り出されたら、断るという選択肢が無い二人でもある。
 
「トア、我々はどこに連れていかれて何をするんでしょうか?」

「私に聞かないで。命には関わらない、と約束してもらえた以上後はどうとでもなれ、よ」

「はいしか選べない選択肢。絶野で一生分味わった気でいたのになぁ……」

「そういえばこの辺り、絶野にいた頃に見覚えがあるような? ないような?」

「……しっかりしてくださいよ、トア。昨夜ツィーゲを発ったんですから精々最初のベース付近までしか来てないはずでしょ。いくら巴さんとはいえ後ろに私達がついてるんですから非常識にも多少加減が効いてますって」

「ハザル……よく気軽に巴さんなんて言えるわよねー私無理」

「様って呼んでも扱いが変わる訳でもないですからね。好きに呼べと言われてる事ですし」

「結構……大物よね。ライドウさんと距離詰めるのも上手いしさ」

「うっかり体質が功を奏し――お、おお?」

「? っ、なんか……いるぅ……」

 まだまだ体力には余裕があるはずのトアとハザルはどこか遠い目をしながら巴の後に続く。
 お互いの顔を見てもいない、前方のどこかを見つめている様子から彼女たちの精神状態が何となくわかる状況だ。
 そんな二人が会話を止め、視界に入ったナニカを見て表情を引き攣らせた。

「んー! 良いな、皆揃っておる!! わざわざここまで歩かせて悪かったのう、トア、ハザル! 何、ちぃと半日ばかり儂の道楽に付き合ってくれれば良い。めでたい事があったから、儂も動かんことには我慢ならん次第でな!」

「と、巴様の、お役に立てるなら喜んで、ええ。お世話になりっぱなしですから、ふふ、ふふふ……」

「私たちなんかで何か力になれれば良いんですが、は、ははは」

 本当に、これほど機嫌が良い巴を見るのは初めてのトア、それにハザル。
 何が待っているのか、前方に見える結構な魔物たちの群れからは良い予感は一切しないが愛想笑いで返答するほかない。
 やがて魔物の群れとの距離は縮んでいき、ほどなくゼロになる。
 複数どころか一対一でも逃げの一手しかなさそうな個体がちらほらいる状況にトアは絶望する。
 身軽な動きと手数を武器にする前衛であるトアにとって圧倒的な数の差もまた、大きなマイナス要素だった。
 ハザルは元々後衛専門の錬金術師クラス。
 トアをサポートするにしても状況が最早戦闘がどうのというレベルに無い事を悟ったのか、表情は無であった。

「皆の衆、ご苦労」

『はっ!!』

 巴の言葉に魔物の群れが即座に反応し、直立、各々の敬礼の姿勢を取った。
 亜人と魔物が混在した集団なのだとハザルは気付いたが、うんだから何といった様子で行動を起こす気は皆無だ。
 トアは顔面蒼白であるにも関わらず顔には穏やかな笑みを浮かべていた。
 二人とも、大分様子がおかしい。

「それでは、これより試験的動画作成を行う! これはクズノハ商会の今後に大いに役立つかもしれぬ重要な作戦となる! 皆の若への献身を見せる絶好の好機、期待しておるぞ!!」

『はい!!』

「はい、ハザル。……シケンテキドーガサクセーってなに? 危険?」

「全く聞き覚えがありませんね。とりあえずクズノハさんの役にも立つらしいってのはわかりましたけど」

「冒険者に声かけて、荒野に連れ出して……安全って事は……ないかー……」

「腹をくくりましょう。死にはしないそうですよ。私だって、気軽に声を掛けられたと思ったらレンブラント商会のトップの御屋敷で秘薬を作る羽目になりました。後は気合です」

「気合……」

 げんなりしている冒険者チームとは裏腹に魔物の群れチームは物凄くやる気に満ち溢れている。
 この場に集っているのがハイランドオークにミスティオリザード、エルダードワーフにアルケーといった亜空の住民である事を知っていれば彼らがクズノハ商会に属する存在なのだと多少は安心できた可能性もなきにもあらずだが、現実にはほぼ見た事がない魔物と亜人の混成集団。
 冒険者としては中々にハードな、生きた心地がしない状況に違いない。

「よし、トア!」

「は、はい!!」

「ちょっとな、そこ、そうその辺りに立て。ああ、武器は預かる」

「え、武器、え?」

「無い方が雰囲気が出そうじゃ」

「ふんっ!? へ?」

 巴に手を引かれるまま移動させられたと思ったら、あっという間に武器を没収されるトア。
 フル装備ではない、中途半端な防具もまた巴の指定だった。
 何となく不安を纏いながら居心地悪そうにしているトアは自分に集まる注目の視線に緊張感を高める。

「っ!!!!」

 息を呑んだトアから何メートルか先。
 そこにはトアにとってトラウマそのものの魔物がいた。
 リズー。
 双頭の大型犬とでもいうべき魔物。
 漆黒の体毛はリズーの中でもとりわけ肉体が大きく、強い個体の特徴。
 一匹見たら即座に仕留めないと命に関わる魔物でもある。
 リズーは群れを作る魔物でもあり、速攻で仕留められなければ集団で襲い掛かってくる。
 群れとなったリズーとの戦闘は個々を相手にした時とはまるで違う、比較にならないほどに強力で危険な魔物と化す。
 個体としての難易度は低い事から荒野でもやや狩り易い魔物としても知られるが、同時に多くの冒険者を殺してきた魔物としても知られている。
 大概リズーの素材というのは巣や群れを大規模パーティで計画的に潰した時のものか、群れを離れたはぐれ、群れから偵察に出ている単独行動中の個体を運よく、或いは素早く仕留めたものが多い。
 追い詰められ、判断力も鈍ったかつてのトアがうっかりリズーの群れと交戦する事になり命からがら敗走したのは決して珍しい光景ではない。
 そして多くの幸運にも逃げる事が出来た冒険者らにとってそうであるように、トアもまたリズーという魔物に深いトラウマを植え付けられていた。
 その魔物が目の前にいる。
 二つの口から涎を垂らし、凶暴な牙が剥き出しになっている。
 無意識に両手で肩を抱き、震える身体を守ろうとするトア。

「あ、ああ……!」

 思考が恐怖で染まる。
 巴に連れ出されては凶悪な修業を課されているトアたち。
 彼女の今の実力を考えれば単独のリズーなら倒せなくもない。
 しかし心理というものは厄介だ。
 更にトア自身武装が心許ない現状、彼女の頭からリズーを倒すという考えは全くなくなってしまっている。

「おっと、トア! そのリズー殺すでないぞ」

「……」

「うん? なんじゃ棒立ちしおって。まあ良い、取り合えず押し倒されつつちょいと抵抗してみてくれるか」

「? っ!!」

 巴の合図でリズーがトアに襲い掛かる。
 恐怖で硬くなった体は思う様に動かず、くしくも巴が指示したように乾いた地面に叩きつけられたトアは思うように動かない体で必死になって出来る限りの、逃げる為の抵抗をした。

「おお! 中々演技派ではないかトアよ!」

 言葉を失っているハザルを後目に巴は両手の親指と人差し指で四角を作りながらそれを広げたり縮めたりしてトアとリズーを眺めている。
 周囲の魔物や亜人も真剣にトアが襲われる様を見学していた。

「あのう、巴殿」

 不意に巴を呼ぶ声がして、完全に放心していたハザルが巴に視線を移す。
 するとそこには何故今まで気づかなかったのか、という禍々しく恐ろしいオーラを放つ骸骨がいた。
 
「ひ、っ?」

 明らかに普通のアンデッドとは格が違う。
 リッチ、それもかなり長く活動している危険な存在ではないかと思い至るハザル。
 ごく短い悲鳴で自分を律しそのアンデッドを観察した彼は間違いなく有望な冒険者だろう。

「なんじゃ」

「どうせなら苦戦の構図の方がよくありませんか?」

「ふむ、というと?」

「もっと女に擦り傷やら汚れを付けさせて、フラフラの状態でこう右方向から――」

「ほぅ! うむ、うむうむ! それで?」

 何やら乗り気で話し出す二人の様子にハザルの目が点になる。

「で、男の方も折角なら同じ場面で――」

「じゃがハザルは魔術師じゃ。どうせなら派手な魔術を何か、それこそお前に代わりに詠唱させてじゃな――」

「いや、それなりに良い身体をしております。ならどうせ虚構なのを活かしていっそ剣などをですね」

「なるほど、その手があったか! 確かに派手なとこなら儂の剣や澪の術でも代用できるか」

「はい、なので若様や他の記憶から持ってきて合成を――」

「!! やるではないか、それは面白いぞ!」

「恐縮です」

 もう、何がなんだかわからないな。
 ハザルはリズーに襲われながらも逃げる事も倒す事もかなわず、されど何故か重傷を負う事もないトアの様子に首を傾げ、そして巴と意気投合して盛り上がっているリッチを見て結論を出した。
 激流の先にどんな落差の滝があろうと最早小舟に乗った自分にやれる事など無いのだと。

「来てくれ、ハザルよ!」

 巴から呼ばれて従順に傍まで近づくハザル。
 さあ、何でも来いという悟りの境地である。

「はい、私は何をすれば」

「うむ! ちとプランを変える事にした。ほれ、これを持ってくれ」

 巴から差し出されたのはごくごく一般的な片手剣。
 そう、剣である。

「け、ん?」

 ハザルは錬金術師である。
 当然、武器は杖と呼ばれるもので剣などナイフくらいしか持った事がない。
 無理矢理持たされた片手剣は重く、明らかに持っていて違和感があった。
 一瞬で悟りの境地が解除されてしまったハザル。
 泣き喚いているトア、いつの間にか距離を取って彼女から離れているリズー。
 その向こう側に剣を持ったハザルが配置された。

「あの、まさか私にリズーを剣で倒せ、とでも?」

 絶対に不可能な事しか想像できなかったハザルは、それでも唯一思い至った事を口にしてみた。

「まさか」

「ですよねー!」

「ほれ、剣を構えてみせい。おう、なっとらん。全くダメじゃな。違う、もう少し上に、そう! よし、トアと一緒に押し倒されてみよ」

『へ』

 がたがた震えて泣いていたトアが半立ちに。
 言われるままに構えたハザルと彼女から短い声が漏れた。
 直後、二匹のリズーがトアとハザルに襲いかかる。

「カーット! くぉら、ハザル担当の方! お前は時間差と言ったろうが!!」

 巴の怒声でリズーがビクリと震え、その耳がパタンと後ろに倒れた。
 伏せの姿勢で巴をジッと見ている様子は凶暴無比な荒野の魔物とは思えない有様だ。
 
「では巴殿、その方向で何度かリテイクしながら宣伝動画の質を上げて参りましょう」

「うむ!」

「私は少しアルケーと話をしてまいります」

 場を離れる旨を伝えるリッチ。

「む?」

「次からの構図も伺っておりますので先に私が皆に伝えてこようかと」

「なるほど、助かるぞ」

「恐れ入ります」

「じゃが、何故にアルケーなんじゃ?」

「何故か、彼ら増えてますから」

「……増えとるな、確かに」

「ホクトが操る傀儡の様ですが、他の種族に張り合ったのか澪殿に何か命令されたのか……確認を兼ねて行って参ります」

「まあ、澪も張り切るじゃろ。もしアレの指示であればそのままで良い。確かに絵面だけじゃとアルケーだけ数は劣るからのう」

「それを補って余りある力の持ち主ですから気にしなくとも……」

「気にするじゃろ、澪は」

「……しますね、あの方は」

「ま、お前がおって意外と助かる。では、若の活躍をより多くの者に見てもらえるよう我らなりの宣伝をして見せようではないか、今日は頼むぞ識よ!!」

「は、亜空映像班に加えて頂いた事、決して後悔はさせません。全力を尽くします!」

 巴と識が高らかに笑い、際限なく盛り上がっていく。
 この世の終わりのような顔を浮かべるトア、全てを諦めた筈の顔に冷や汗をだらだらと流すハザル。
 軍の規律を思わせる動きで圧倒的な迫力を生むオークとリザードマン。
 世界の混沌を一か所に集めたような初現場である。
 亜空映像班は二名ほどの犠牲者を巻き込みながら、特報宣伝動画を作るべく奮闘するのだった。
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