月が導く異世界道中extra

あずみ 圭

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extra53 ビル=シートの蜃気楼都市滞在記④ビル、常連となる

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 蜃気楼都市への再訪。
 まさか、叶うとは思わなかった。
 ローニンの戦い方に覚醒し、武器をカタナに持ち替えた私はツナ師に更に鍛えてもらい。
 ドワーフのジエルには駄目にしまくった刀たちの料金を請求され。
 ゴルゴンのレイシーとアコスはいつの間にか良い仲になっていた。
 ラナイはロニーとミトさんに監視されながら、いや面倒をみてもらいながら支援の幅を広げた。
 ギット?
 彼女は私と同じくツナ師に水について、海について、自分が出来る事について、今後の可能性について、時に私と同じく体で覚えさせられ、時に頭に叩き込まれながら歯を食いしばって一歩一歩強くなっていった。
 ……。
 私も当然のように水魔術ではギットは世界最高峰の使い手だと思っていた。
 何せユニークジョブ、オーシャンズワンなのだ。
 しかも数少ない最終段階。
 だが、私は同時に知っていた筈だった。
 最高峰、最終段階。
 それは、同じ場所に分類される者の中での実力の境界までも無くすものではないのだという事を。
 アルパインや他のSランクパーティの比較で、知った気でいたのだ。
 ツナ師の種族である海王とギットのオーシャンズワンはどちらも水を司る最高峰だが、やはり差があった。
 しかもツナ師は海王の中で最強という訳でもないらしい。
 スピードだけなら自信はあるそうだが。
 魚体を大地と並行にして構える「回遊の型」を披露してもらった時など、あのユニークな体を完全に見失い何度かれたことか。
 転移を常用してるんじゃなかろうかと思ったが、確かに、何度も轢かれ続けたのだ。
 あれは未だに信じがたいが、あくまで高速なのだ。
 そんな濃密な時間は過ぎ、ある時私はジョブの進化をプレートから告げられた。
 冒険者ギルドで手続きと儀式を終える必要があった。
 しかし帰るのも惜しい。
 ここで得られる物は決して他では得られないと確信していたからだ。
 だが蜃気楼都市の住民は私の迷いに、ツィーゲへの帰還を口々に勧めた。

「お前にはまだカタナ代半分も働いてもらっとらん。さっさと新しいジョブになって戻って来い」

 ジエルは帰りがけにそう言った。
 ここを訪れた多くの冒険者の様に沢山の土産をもらった私たちは見送りにきてくれた住人たちに礼を述べ、私が蜃気楼都市を訪れた時同様にハイランドオークのサイサリスに送ってもらい、ツィーゲからほど近いティナラクと名付けられた森が見える場所に送り出された。

「この場所を覚えておけ。他言無用だが、しばらくの間、三日おきに俺はここに来る」

「日を合わせて会う事が出来れば、またあの街に迎え入れてくれるのか?」

 他の三人も口にはしなかったが同様の疑問を持ったようだった。
 サイサリスは確かに頷いて、岩山に消えていった。
 それから五日。
 私についていえば選択肢は二つあった。
 ケンカクとクロバカマ。
 どちらもまだ先に成長していけるようだが、より攻撃と受け流しに特化していくのがケンカク、攻撃重視には変わりないが防御スキルや指揮スキル系統も覚えていくのがクロバカマ、らしい。
 ツィーゲのローニン会にはその先のノウハウが無いので、選んだ職については私が第一人者として道を拓いていかなくてはならない。
 サイサリスとの約束を反故にして蜃気楼都市への再訪を断念する選択?
 そんなものはない。
 逡巡の末ケンカクにクラスアップを果たし、素材を売り払い、金と装備を得た。
 探せば意外にカタナはあるもので、中でもクズノハ商会に見せてみたところ、修繕も受けられるとの事だった。
 カタナは壊れやすく手入れが欠かせない。
 日常のメンテナンスは私が覚えたもので事足りるが、拠点に戻った時にはきっちりと職人に見てもらいたい。
 再び荒野入りを予定していた日。
 門の前にはギット、アコス、ラナイがいた。
 ……実はラナイに限ってはもう来ないだろうと思っていたんだが、何故かいた。
 しっかりと素材を売却して装備もがっつり整えている。
 また何かを企んでいるのだろうか。
 しかし、再訪する道を選んだというのならここからは同志。
 きっちりと道を踏み外さない様に面倒を見なくては。
 それはラナイにというよりもあの都市の住人への仁義でもある。

「……行き先は同じ、でいいんだな?」

「おう、レイシー様が俺を待ってるんでな」

 様……か。
 一体お前らはどういう関係になっているのやら。
 元ロシナンテの仲間として一抹の不安があるぞ、私は。

「ツナ、先生と他の海王にもまだまだ教えてもらう事あるからね。それにこれって今までで最高の冒険だし。行かない手はないでしょ!」

 他の海王か。
 イワシとかタイとかがいるんだろうか。
 ……ならせめてイワシとは良い勝負がしたい所だな、人として。

「……考えてみたらこんな美味しい交易に関われるチャンスって滅多にないもの。ビルのおかげってのが少し癪だけど、この際そこには目を瞑る事にしたの。という事で、今後ともよろしくビル、アコス、ギット」

 ?

「ああよろしくラナイ?」

 何やら言いたげな様子のラナイ。
 しかし何の事か私にはよくわからんのだが。

「ニブイわね、察しなさいよ! パーティよパーティ!!」

「ラナイ、私たちのパーティは全部壊滅してしまったじゃないか」

「そうよ! だから! この四人で再結集、パーティを組みましょう! って言ってんのよ!!」

 おお。
 確かに。
 四人ならパーティとしては不足もない。
 バランスもまあ悪くはない。
 弓使いかレンジャータイプがいれば、言う事なしのバランス型ではなかろうか。

「うん、いいんじゃないの」

「右に同じく」

「だな。バランスも良い。リーダーが生き残ったのはラナイのとこのシルベだけだからそこに合流するか」

「嘘でしょ、何であんたってそこまで察しが悪いの? バカなの? カラッポなの?」

 ギットもアコスも賛成のようだし私も異論はないからパーティをまとめようって話で、ラナイがその話題を振ってきて我々が応じた。
 このどこに私がバカになる要素があるというのか。
 
「バカではないとも、ラナイ。一番しっくりくる方法を提案しただけのつもりだが」

「……ねえアコス、ギット。こいつマジよ、マジで言ってるわ」

「ビルはなぁ、ローニンなんて選ぶくらいの変人だから。普通なら確実にあの時ローニンじゃなくてバスタードナイトを選んでるし。ローニンはレアじゃなくて過疎だっての」

「初めて会った時からこんな奴ね、ビルだもの」

「……」

 おいおい、意味不明にも程があるぞ。
 何故皆が皆私を糾弾する雰囲気に賛同している?

「壊滅したパーティの名前なんて縁起が悪いっての。キリの良い人数だし、リーダーになってパーティを作んなさいって言ってんのよ。わかった?」

「私がリーダー? 前衛だしつい先日そちら向きでない方のジョブを選んでしまったばかりなんだが」

「……なんですって?」

 ラナイの目が怖い。

「指揮系スキルがある方より純粋な前衛向きなケンカクになる事にしたんだ」

「ケン……カク? それどんなジョブよ、聞いた事ないわよ!? あ、あとクラスアップおめでと!」

「流石、ビルはぶれないね。ケンカクねえ、完全に初耳だな」

「私は人の事は言えないけど、私たち位の実力で指揮系スキル捨てるって結構勇気あるよね」

 ……この面々、この話題でおめでとうを言ってくれたのがラナイだけとか。
 リーダー的な視野を戦闘中も維持するのは、正直しんどいんだが。
 歩法スキルの維持だけでもう頭の容量が一杯に近い。
 現在は溢れながら何とかスキルで戦っているというのが正しいのだし。

「何故か私がリーダーという話になっているようで申し訳ないんだが、そういう訳だから」

「……ま、リーダーが指揮しなきゃいけないって事もないか」

 え、ラナイ。
 お前何言って。

「僕らならラナイかギットが指揮担当もするのが妥当かもな」

 え、アコス。
 お前何言って。

「そだね、ビル君は珍職のマスコットリーダーって事で良いんじゃない?」

 え、ギット。
 お前何言って。

『で、なんてパーティはどうする?』

 三人が三人とも私の言葉を待っていた。
 主にギットの言葉に全く納得できてない私だったが。
 ふむ。
 我々の縁といえばやはりあれしかあるまい。
 さほど長くもないし、しっくりくる。

「わかった。我々のパーティ名は」

『……』

「ミラージュだ!」

「もういるよビル君!」

「何なら同じAランクパーティなんだが」

「バカだわ、バカがいるわ!」

 ……。
 
「……ならば!」

 カタナ隊。
 お前だけだと却下。
 ツナトレヴィ。
 トラウマをパーティ名にしてどうする。
 オーシャンズフォー。
 もう三人オーシャンズワン連れて来いや。
 …………。
 ……。
 …。
 信じられん。
 次から次へと何故そこまで即座に切って捨てるんだ。
 結局全部却下したぞ、こいつら。
 
「ビル君のセンスは壊滅的だね。私としては雪月花とか花燕風月かえんふうげつは悪くないと思ったけど、ローニンの連携スキルだもんなぁ使わなくなった後もその名前続けるの悲しいよね」

 最初に連携スキルに目覚めた時には、雪、花、月で使ったのだが、これが雪月花で繋げてみると個々の攻撃力も跳ね上がり連携全体で見ても流れが良くなった。おまけにスキルを全て使用後に防御力と反射神経が少しの間上がる「残心」なる新スキルも増えた。
 レアというのもあるんだろうが、ローニンには隠しスキルのようなものまであるようだった。
 隠しスキルなんぞはっきり言って都市伝説レベルの|胡乱(うろん)な与太話だとばかり思っていたのに、まさか我が身に起ころうとは。
 太刀スキルの多くが発動中に重ねる事が出来るなど、それ以上の発見だったがな。

「終わりの方なんてジエル、ミト、サイサリス……。人名じゃんよ、しかも最近会った」

「……この四人で組めば良くも悪くも目立つのってビルとギットなんだから、二人の名前くっつけてビルギットで良いんじゃないの、もう」

 馬鹿め。
 それは私が既にビラナコスットで提案済みだ。
 全員の名前を繋げてダメだった前例があるのに、応用力にかけているぞラナイ。

『中々良い!』

 なんでだ。
 二人分の名前を略しもせず繋げただけじゃないか。
 カタナ隊とオーシャンズフォーがダメでビルギットが良くなるセンスこそわからん。
 というかもうパーティ名で悩みたくない。
 ロシナンテ、だってどんな意味でつけられたのか私は全く知らんし興味もないんだ。
 なんでもよかろう、パーティ名なんて。

「皆が賛成ならビルギットで決まりだな、それじゃ荒野入りしようか、みんな!」

「パーティ登録! ほら先にギルドよリーダー!」

 私と逆方向に歩き出す三人。
 ラナイが即座に私の襟後ろを掴んで冒険者ギルドを目指してずんずん進んでいく。
 ああ、早く荒野に、蜃気楼都市に戻りたいのに!
 大体こんな感じになるならラナイがそのままリーダーをやれば良かったんじゃないのか!?
 そんなすったもんだで大分時間を無駄にした我々だが、その後は順調に荒野を進み、約束の場所に到着。
 半信半疑な所はあったが、その日の夜更け、約束の場所にサイサリスが現れた。
 会えた。
 あの街にまた行ける。
 これは冒険者としては初めての一歩になるかもしれない。

「数日ぶりだな、ビル。ギット、アコス、ラナイ」

「ああ、本当に来てくれたんだなサイサリス」

「そう伝えた筈だが?」

「あの、蜃気楼都市だぞ? また行けるなど、信じ切れずともおかしくないさ」

「そうか。だが全員迷いは無いようだ。それは嬉しく思う」

 サイサリスは我々を見て意思を確認する。
 そして、私ビル=シートと三人の仲間は蜃気楼都市への再訪を果たした。
 前に訪れたのと同じ場所に通され、今度はミナトと名乗る魔術師風の雇われ冒険者に出会い。
 客人から常連いつづけと呼ばれ方が変わり。
 今はまだ、それだけ。
 だが近い内に必ず私は門を越えてみせる。
 雇われと呼ばれているあの冒険者たちとも刃を交わせる程に力を身につけてみせる。
 この都市が我々に何を望むかはわからないが全力で挑もう。
 いつかきっと、全貌を拝んでやるとも!
 
 ところで。

「何故今回は誰もがどこでもセキハンとゾウニを勧めてくるんだ、サイサリス」

 美味そうな匂いではある。
 ライスとスープのようだが。

「振舞い酒もあるが、それは祝いの食事だな。中央から次々に贈られてくる。ヒューマンの味覚にも合うと思うが……」

「ああ、美味いんだが」

 相当美味い。
 これはいける。

「ビル君、もうセキハンオニギリが持ちきれないんだよ! ビル君も持って持って!」

 量が、尋常じゃないぞ?
 ギットが大量の紫っぽい飯の塊に埋もれかけている。
 見ればアコスもラナイも、食いねえ飲みねえと前回以上の歓待を受けていた。

「……良い事があったのだ。この地にとって、本当に良い事がな。だから、しばらくはこの雰囲気が続くだろうが何とか慣れていってくれ、常連のビルよ」

「……わかった。改めて今後ともよろしくなサイサリス!」

 ローニン改めケンカクのビル=シート。
 この地の住人に認めらるるべく、奮闘中の身だ!
 我々の蜃気楼都市滞在記はまだまだこれからだ、である!

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