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extra52 ビル=シートの蜃気楼都市滞在記③ビル、ツナの洗礼と目覚めの時
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「と、特訓? お前たちがか?」
すっかり親しくなったエルダードワーフのジエルに酒を御馳走しながら相談を持ち掛ける。
そこまで驚く事を提案したつもりは無いんだが、カウンター越しのレイシーとロニーも珍しい生物を見る目で私を見ていた。
あの日、門番に挑んだアコスとラナイを回収してから。
私とギットはここを訪れた冒険者のもう一つの末路(の可能性)について丁寧に丁寧に一晩と少しかけてじっくりと、それはもうじっくりと教えてやった。
自業自得の負傷を負った二人も脂汗をだらだら流して我々の説得にすっかり納得してくれたので、翌日の昼前には寝る事を許可、いや説明を終えてやる事とした。
ハイランドオークの門番、ミトは約束通り薬と医者であろう小さな妖精を寄越してくれ、結果としてアコスもラナイも後遺症無く完治するのだが。
ああ、完治だ。
ラナイには良い薬だから腕の一本くらいは諦めてもらおうかと思っていたのに。
治りやがった。
あの女の悪運、いや豪運はどうなっている。
わかってはいるが世の中は不公平過ぎるぞ。
「ああ、ついては君らは普段どんな訓練をしているのか。仕事や狩りといったものについて知りたいと思っている」
至って真面目にジエルに応じる。
幸い、お詫びのつもりで冒険者プレートの解説などをしたところ、中々好評を得られた。
特に冒険者の持つジョブという仕組みは彼らの興味を引くものらしい。
私の戦士職ローニン。
アコスの戦士職ブローニングランサー。
ギットの魔術職オーシャンズワン。
ラナイの魔術職ビショップシエスタ。
四人が皆、本流からは外れたレア職だったのも一役買ったかもしれない。
私とアコスのはレアはレアでも当たりではない気もするが……こればかりは次にもっと強力なジョブに繋がっているに賭けるしかないな。もちろん、私とアコスが使いこなせていないという可能性もある。
私のローニンというジョブは、速度重視の戦士職で速さと攻撃力は同レベル帯ではかなり高い。
一方防御が脆く、補おうにも盾系のスキルは無い。
加えると一撃の威力は確かに高いんだが、移動と攻撃がセットになったスキルが多くて連撃に向かない。
アコスは私と同じAプラス、ブローニングランサーは防御よりのランサーで、数々の防御スキルの他に使用するまでに時間がかかる高威力攻撃スキルがいくつもある。
反面使い勝手の良い、手軽に使っていける攻撃スキルは一切無い。
ギットは文句なしの強力なユニークジョブだ。既にジョブが成長限界を迎えていて現状で最終段階らしい。
個人でのSランクに限りなく近いAプラスで、精霊に頼らない水属性攻撃特化。
ラナイは回復と防御に特化したビショップのレア派生職。
個人では既にSランクになっており、あれだけ性格に難があっても戦闘にラナイが加わるだけで勝率が跳ね上がり死者が出る率も相当下がる。優秀なスキルが揃っているだけでなく、保有する魔力、戦況の判断力も高い。
非常に不本意ではあるが、パーティでの自分の役割もはっきりしていてスキルも魔術も使いこなしている女性陣二人に比べ、私とアコスはまだこのジョブについてから数か月程度で、未だ手探りな所があるのも事実だ。
「……儂らについてはそれぞれの種族で訓練したり、種族混合で模擬戦をやったり、戦士であろうとする者はコロシアムでしのぎを削ったりしておるが……どれでも都市の住人の為のものでな。お前たちを参加させる事は出来ん」
「コロシアム、というのがあるならそこで戦う事は出来ないのか?」
「無理じゃな。足切りされる。お前さんらは門番とまともに戦う事さえ出来んようだし。コロシアムは中にある。つまり中にいる者たちの為のものじゃ。ちなみにミトはコロシアムには参加しとらんぞ? レヴィは真ん中位におる」
死ぬな。
コロシアムは無しだ。
「では誰かに短期間でも構わないから師事する事は可能だろうか」
この際、ジエルでもレイシーでもロニーでも構わないんだが。
気心が知れている分、多分、容赦なく殺すような訓練はしない、と思えなくもない。
「うむー」
「他の子はともかくビルとギットはちょっとねぇ」
ん?
どうして問題児どもは良くて私とギットが弾かれる?
逆じゃないのかレイシー?
「だよね、ビルは下手に触れたくないし。ギットも海王がなあ」
私は危険物じゃないぞロニー。
そしてカイオウってなんだ。
またしても初耳な言葉が出てきたな。
「ふうむ。かといって何人も適任者を探すんも面倒じゃ。上に意見を仰ぐか」
上。
門の向こうという事か。
ジエルの言葉に、やはり、という気持ちが湧いてくる。
私たち冒険者、いやヒューマンは。
この都市の主に現在進行形で見定められている最中ではないか、という気持ちだ。
「初めてのケースだし、賛成ね。暇人は探せばいるでしょうけど、鍛えるとなると適任かどうかも大切だから」
「後で絡まれたくないし、僕も賛成。ビルとギットについてはミトからもう報告いってるし、案外すぐ方針はもらえるんじゃない?」
私とギットを別に報告?
ギットはオーシャンズワン、ユニークジョブを持つのだからわかる。
だが私はレアであるが、まだ最終段階にもなっていない派生職でしかないし、ランクもSですらない。
私の何が報告の対象になったのだろう?
「というわけでオレだ」
ひたり。
私の首に冷たい何かが触れた。
言葉は後ろから。
気配は無かった。
今、突然に湧いて出た。
「ツナ殿、驚いた。貴方がここに来るとは、初めての事ではなかろうか」
ジエルの言葉には口にした通りの驚きがあった。
殺気は無い。
意を決して振り返り、声の主を確かめる。
……。
魚、だな。
人と同じ位の大きさの、魚だ。
下に尾があり、上に頭。
エラ辺りから人の手が左右に一本ずつ。
下びれ辺りから人の足が左右に一本ずつ。
「ナニコレ?」
思わず魚を見つめたまま言ってしまった。
荒野でも見たことがない、これまでの人生で聞いた事もない、喋る魚。
明らかに後付けとしか思えない人の手足。
割と落ち着いた渋い声。は今はどうでもいいか。
女神が冗談で創造なさった哀れな道化、としか表現できない。
まばたきを何度か、目の前の異形が幻ではないか確認する。
輪郭はブレもしない。
彼は、実在する。
「……海の王と書いて海王。名は都名。海の名を持つ冒険者と、浪人なる職を持つ冒険者がいると聞いて中央より参上した」
「つ、ツナ殿。その、失礼した。私はビル=シート。この街に滞在させてもらっている冒険者だ」
ナニコレはいくら何でもまずかった。
全くその気が無かったのに失言が勝手に口から出てしまった。
「あっちの街からここに来るってだけでも初めてなのに、海王のツナさんだなんて。これは珍しい回に立ち会ってるかも、私」
レイシーはツナの登場に明らかにテンションが上がっている。
感覚的に、私がアルパインと食事で同席した時の様な若干の興奮さえ感じる。
……つくづくここは常識が通じん。
「ビル、知っているとも。浪人、だな?」
「あ、ああ」
「丁度良かった。ツナ殿、実はこのビルと他三人の客人なんだが」
「うむ、鍛錬を希望とか」
ジエルの相談の先を既に知っていたらしいツナは鍛錬の事に触れた。
「聞いておられたか」
「別件でこちらに用があってな、そうしたらエマ殿と御方々の話を耳に挟んだ。ローニンというジョブを持つ冒険者が蜃気楼都市に来ていると。そして唯一職だとか固有職だとか言われている珍しいジョブ持ちも混ざっていて、それがオーシャンズワン、となっていると」
ツナの目が私を見る。
正直、インパクトが凄い。
率直な感想としては気持ち悪い。
しかし慣れるしかあるまい。
外見など記号だ、価値が云々というのはこの際限界まで忘れろ、ビル=シート。
だが、やはりというか私よりもギットのユニークジョブの方が気になっているようだ。
……偶然にもこの魚類、いや人が海魚だから、とかだろうか。
「ええ、間違いなく」
レイシーがツナ殿の言葉を肯定する。
「それでオレが名乗り出てな。見極めを任された。戦闘も許可されたが、これは鍛錬も場合によってはしても良いという事だと判断している。故に彼らはオレが預かりたい」
!?
この魚類、あーいや、ツナに師事せよと!?
あまりにも種族が違い過ぎて師事もクソも。
大体からして冒険者ですらないだろう、ツナは!
明らかに人と共存する種族に見えんぞ!
「確かにローニン、は最終段階じゃないよね。色々やって死なせちゃうよりも、丁寧に見極めた方が良いか。場合によっては僕らにも冒険者ギルドに登録する指示は出るかもしれないしさ」
「大体、次に来るローニンはいつになるかわからないものね」
ロニーもレイシーもツナの方針に納得しているようだ。
ジエルも頷くばかり。
この三人が揃って同意しているのなら、このツナという魚類は確かな実力者なんだろうが、しかし……。
何より自然と実験台として見られている事に慣れない。
「よーし、それではビル」
「え、ああ、何だ?」
「外に出るぞ。仲間たちも連れて来い。聞けば中々バランスの良いメンバーのようだし、折角だからまとめて面倒をみてやろう」
「ええ!?」
「案ずるな、代わりの槍なら用意してやろう。レヴィに腕を飛ばされた女も既に治っているのだろ? 何を悩む事がある。考えてもみろ、上手くここでの出来事を吸収出来ればお前はもっと強くなれる。それは冒険者にとって得難い財産になるんじゃないのか?」
「……」
確かにその通りだ。
私は気合を入れる為に両頬をパンパンと何度か叩いた。
割りと力を込めたのでかなり痛い。
しかし冷静に考えれば考えるほど、ツナの提案は私に、我々にメリットしかない。
「ジエル、試作の槍を一本見繕ってくれ。それからオレには見た目が凄いヤツを頼む」
「見た目、つまりハリセン的なヤツと?」
「そう! 好みとしてはごっつい棍棒が良いな!」
「ノリノリですな、ツナ殿」
「はははは、だって楽しそうじゃあないか。ツィーゲの冒険者と遊ぶのは我らが主の利にも繋がろうしな!」
「やれやれ、では」
ジエルが席を立ち酒場から出ていく。
かと思えば、入り口で振り返り私を見た。
「そういえば、ビル」
「ん?」
「お前さんの武器はあるのか?」
「? ああ、前に見せた事があったかと思うが……それがどうした?」
「違う違う、予備の剣じゃない。愛用の武器、いつも使っとる武器の方じゃ」
「??」
ジエルは何を言っている?
予備も何も俺が使っているのは普段からあの剣なんだが。
ドワーフの目で見たら見劣りするかもしれないが、ツィーゲで買い求められる中ではそれなりの高級品だぞ。
「……刀じゃ刀! さては荒野で落としてきたのか?」
「カタナ? あの妙な剣か? あんなもの、私は今まで一度も使った事は無いが」
『はぁ!?』
!?
何で酒場中から突っ込みが入る!?
手入れに手間と金ばかりかかって、いざ戦いの場ではすぐ曲がるわ折れるわ。
あの武器をまともに使いこなしてる戦士なんて見た事がない。
使ってるやつはそれなりにいるが、正直他の剣で十分、やせ我慢で意地になって使ってるとしか思えない。
私の場合、ただでさえ防御に不安があるんだ。
受けにも使える頑丈な、それでいて使い慣れている片手剣が一番合ってる。
「……信じられん。ローニンなのにロングソード?」
「カタナは命だから大切に部屋に保管してるか、マジックバッグの類があるのかと思ってた」
「ロングソードでどうやって居合とかやるの? 嘘でしょ」
どうやってって、上段から普通に。
いやロニーは何で私のスキル居合がどういうスキルなのかまで詳細に知ってるんだ?
今の口ぶり、明らかに居合を知っている人物のそれだぞ。
全員が大馬鹿野郎を見る目で私を見ている。
何故だ。
ローニンは刀を使うのが普通とでも?
私が知っているローニン仲間や先輩、後輩で刀なんて使ってる奴は一人もいないぞ!
ツィーゲのローニン探究会に勝る知識がこの都市にあるとでも!?
そんな馬鹿な話は無い!
あってたまるか!
「あージエル。済まないが打刀を……」
ツナは私の背と体格を確かめるように目測すると言葉を続けた。
私の身長は190ほどで普通より少し高い程度だが、それにウチガタナとは?
刀にそんなに種類などあるのか?
「二尺から三尺までで適当に何振りか用意してくれるか」
「三尺はちと大きいのでは? ヒューマンで、しかも初めて刀を手にするというのに」
「一応、な」
「ツナ殿が仰るなら、わかりました。用意してご一緒しましょう」
「ジエル、助かる」
最早私が刀を使わされるのは確定しているようだ。
蜃気楼都市、ここは一体なんなのだ。
ツナに急かされるまま、私は三人を呼びに部屋に走る。
これまで何とかこらえて保ってきた常識が、いよいよひび割れていく。
そんな得体の知れない恐怖を感じながら。
◇◆◇◆◇◆◇◆
「ほらほらどうした! ランサーは意地を見せてスキルを使って見せたぞ!」
そいつは代償に全身の骨を粉砕されてビクンビクンするだけの物体Xになっている!
浜に打ち上げられたお魚みたいに!
ツナに体当たりされただけでこのざまだよ!
ロニーが死なないように治癒をしてくれたらしいが、あれは今間違いなく死ぬような激痛にのたうち回っている。
最低限しか助けてないぞ、ロニー!
「居合に歩法に太刀! そういうスキルがあるのだろう? かかってこい!」
だったら見える速度で、動、け!!
歩法疾風と歩法柳を使い分けて辛うじてツナの動きを追う。
明らかに手加減されているのに、相手の影を追うので精一杯だ。
「既に使ってる!」
「状況に応じて使うな、トロイぞ」
「ガハァッ!」
背骨に鈍く強烈な衝撃が広がる。
殴られた。
丸太をそのまま切り出して作成したような、原始的で巨大で異様な棍棒に。
何度目だ。
もうわからない。
ラナイの治癒がすかさず私を癒す。
ギットが私が体勢を整える間の牽制で氷の雨をツナに浴びせるが、ツナは首を横に振るばかり。
氷の雨は彼に届く前に全て砕け散った。
そしてツナは、追撃をしてこない。
これももう何度目か。
「ほんっと貧弱よねローニンって。毎回死にかけられては魔術を使わされる身にもなりなさいよ! 全く相手になってないじゃない!」
ラナイの愚痴。
悪かったな、耐久力なくて!
だけどな、ツナが相手じゃ私だろうがアコスだろうが向こうの加減次第で毎度こうなるわ!
「だったら支援魔術の一つも使ってくれるとありがたいんだがな!」
「使ってますー! もう手厚くあんたを守ってやってますー! 攻撃力と速度は私の専門外だけどね、わかってんでしょ? もう見事にこっちの手札ばっかりオープンさせられていくの勘弁してほしいんですけどー!!」
わかっている!
そうしなければ死ぬであろう状況を何度も作られてきたのはわかっている!
生きたまま体を切り開かれて隅々まで観察されている気分だよ!
だがこっちも必死なんだ、的確に味方にダメージを入れてくる愚痴はやめろと言いたい!
「っ!」
背後にツナの気配。
今の今まで正面に立っていたはずなんだがな!
「ぐ、ぬっ」
棍棒を受ける刀が折れる。
当たり前だ。
こんな貧弱な武器であんな鈍器を受けられる訳がない!
せめて愛用の剣でもあれば!
「あのぬるりと動く歩法、柳だったか。あれを使っていればオレの側面に回れたろうに」
咄嗟に切り替えてなど使えるものか!
さっきまで疾風の方で散々鬼ごっこをやらされたんだぞ!
まだ背中には鈍い痛みが残っているような気さえする。
ラナイの治癒はしっかりと身体を治癒させてくれたというのに。
「ビルー、新しい刀よー」
レイシーが私の手元に的確に刀を投げてくる。
投擲技術が暗殺者並みだな、彼女。
ただ、励ますでも応援するでもなく、妙な棒読みなのはどうしてなのか。
「試作品とはいえどれだけ折るつもりじゃ、あのドヘタが」
ジエルがきつい。
私の技量が問題だと言わんばかりだ。
どんだけ刀を信奉してるんだ、あんたらは。
「今の一撃は柳の動きと同じく流して受けろ。刀の特性をまるでわかってない」
「刀の特性など! よく斬れるというだけが長所だろう! 雪太刀!」
ツナが良い距離で解説を始めた所にローニンのメイン攻撃スキルである太刀の一つを使って仕掛ける。
「零点だが、連携は即興にしては見事」
後方から放たれたギットの攻撃魔術に合わせてスキルを発動。
気配が消えツナの後ろに高速移動してからの薙ぎ払い。
凍気を纏わせた斬撃とギットの魔術は相性が良い。
なのに。
ツナはあのごつい棍棒で軽々と斬撃を受け止め、ギットの魔術は片手で受け止めた。
強力な酸で象られた螺旋の槍。
あれはギットの術の中でも相当高威力だというのに。
「オーシャンズワン、か。これで海を、海洋を冠するとは真に、情けなし」
「っ、魚風情が。私こそは、全ての水を、即ち海をも操る者!」
「水の行きつく先に海を見据える視点は良し。才能も無いとは言わぬよ」
「上から上から! 負けないわよ、ビル君、時間稼いで!」
……無茶いうな。
悪いが待ってくれる事を、気まぐれを祈ってくれ。
お前が自分のユニークジョブをどれだけ誇りに思っていたかはよく分かったが。
私にしてやれる事は正直、もう破れかぶれの特攻しか思いつかん。
「歩法は常に発動し、状況に応じてスイッチを切り替えるように使い分けろ。その程度の集中や体力の消耗を賄えないのは甘えだ。せっかく頼りになる後衛が揃っているのに、お前とあの槍使いが未熟だ。特にあのヒーラー。大したものだ。生まれ持った大量の魔力、そしておそらくは周囲の者の生命力を何らかの能力で見ている。実に的確な治癒の加減は称賛に値する」
……。
「……ちっ」
ラナイの舌打ち。
顔色が悪い。
魔力が尽きかけているのか。さっきのは精一杯の虚勢、か。
しかし、そうだったのか。
こいつ、俺たちが死に対してどのくらいダメージを負っているか、見えていたのか。
だからあんなに的確に回復を。
状況に対して最善を選べたのか。
……ああ、いいよなあ、持つ者ってのは。
ラナイと自分との差に嫌な感情が湧き上がる。
歩法の常時発動?
くそが、こんな集中が必要な者を実践で常時使うなんて正気の沙汰じゃない。
それが、その考えが甘えかよ。
「私はオーシャンズワン。水をもって滅ぼす者――」
ギットが最大火力を叩き込む準備に入った。
長い詠唱を中断させる気は、ツナにはないだろう。
そしてアレも多分、通じない。
だからといって見ているだけ、など出来ない。
この街に来てから、私は出来る限り善人であろうと努めてきた。
それが生存への最適解だと思ったからだ。
常に理性的に、冷静にと。
捨てろ。
リミッターを外せ。
絞り出せ。
――歩法柳発動。
――歩法疾風発動。
刀を鞘に納める。
こうしないと居合は発動しないからな。
左手に鞘を持って腰の高さに整える。
即興で使わされてる刀の鞘を背中に固定するのは難しい。
次善の策だが、不思議とあるべき場所に収まったような不思議な感覚が身を包む。
上半身から無駄な力を抜く。
どうせ、アレで殴られたら反撃など出来ない。吹き飛ばされる。
なら避け、流す事だけに意識を向ける。
――捨身の心得、習得。能力値に補正。
頭の中に新しいスキルが浮かび勝手に効果を示す。パッシブスキル?
まあいい。
今は、全部を叩き込むだけだ。
普段は押し込めている狂暴なる我を呼び起こす。
勝てる勝てないではない。
目の前のツナを、三枚に下ろす。
その気概だけを胸に満たす。
「ほう」
ギットの詠唱を眺めていたツナが私に注意を向けた。
威勢が伝わったらしい。
「お望み通り」
「ん?」
「全部、叩き込んでくれる!!」
歩法疾風優先!
出来た、やれる!
思い描く通りに二つの歩法を同時に使える確信が湧く。
数分も持たない確信も湧くがどうせもう数分も必要ない。
こちらに高速で迫ろうとしたツナよりも一呼吸早く私の方が攻勢に移る。
ツナが無造作に棍棒を横に振る。
不思議だ、全く見えなかった攻撃が辛うじて見える。
これなら、合わせられる。
私の持つ最高威力スキル、居合を。
「居合!」
「おお」
ツナの感動したような声音が耳に届く。
私の目はヤツの顔など見ていない。
横から迫る棍棒に全神経を集中し歩法疾風で迫った勢いのままに居合を放つ。
刀に加わる鈍い衝撃も何もかも、力任せに振り切る。
折れた。
だがツナの手からも棍棒が消えた。
半ばまで棍棒に食い込んだ刀が、ツナの手から棍棒を奪いつつ、耐えきれずに折れて私の手からも離れた。
痛い。
全身が痛い。
雷に打たれたような、痺れが痛みを伴って身体を駆け回る。
最後まで刀を持っていられなかった。
しかし想定内だ。
歩法柳優先。
「!」
「雪太刀!」
ぬるりとツナの側面に回り、何本目か忘れたが曲がってダメになった刀を拾う。
そのまま雪太刀を発動。
ツナの後ろを取って薙ぎ払いを加える。
自分の身体が語り掛けてくるのがわかる。
歩法と同時に太刀を使うと、スキルが体に馴染む。
そして刀がこのスキルに最適なのだと、同時に教えてくれる。
「やるではないかビル」
「まだまだ!」
「!?」
雪太刀が初めてツナの身体に当たった!
まだだ。
まだ私は全部を出してない。
「花咲太刀!」
「え?」
柳のままにツナの正面を避けて無理やり次の太刀スキルを放つ。
相手の動きに合わせる様に流れ沿う連撃がツナに当たる。
だが手応えがない。
構わない。
気づけば今までの愛剣に比べれば軽い刀を両手で持って、私は更に太刀スキルを重ねる。
歩法を疾風に切り替えてツナの正面に初めて立つ。
「月太刀!」
鋭い突きをツナに、体ごとにぶつける!
だが……刀が動かない。
両手を合わせたツナ。
刀身がその間でピクリとも動かない。
届かない。
ならば!
「太刀はまだある、全部見せ――」
距離を取ってまた転がっている刀を手にすればまだやれる。
レイシーがまた放ってくれたとしても反応できる!
私は、まだ!
「いや、一皮向けたじゃないか。今日はこれで十分だ」
なに?
「合格合格、良い顔も出来るじゃないかビル」
声は目の前でした。
巨大な岩石が高速で全身を打った。
違う、これ、はアコスの食らった……体当た……り。
ツナの姿が遠い。
ああ、違う。
私が、吹っ飛んだんだ。
ダメだ、これはもう体が動いてくれない。
思考が凄い勢いで痛みで埋め尽くされる。
ただのタックルでこれなのか。
ほんの一筋の斬傷すら、残せないのか。
「よくもビル君を!」
「あとはお前だけだな」
「ビル君の死は無駄にはしないから! 塵となって海に還りなさい、ケイオスシュトローム!」
ギット、私は、一応、生きてる。
「ほっほう、これは」
「後悔しても遅いわよ! ……え?」
「丁度良い波ではないか」
ツナ、それは、渦だ。
黒く、禍々しい、進む先、全部を無に帰す、ギットの、奥義。
「なみ?」
「とうっ」
「自分から飛び込んだ―!?」
ギットが、狼狽して、いた。
「はっはっはー! 心地よいなあ、揺り籠のようだぞギット!」
「お、泳ぐな! 悠々と滝登りみたいに昇るなー!!」
ああ、ギット、泣いて。
わかる、ぞ。
「さて、実に良い気分だ。では返礼といこう!」
「うわーん! 私のケイオスシュトロームが波乗りされて取られて、魚が落ちてくるよう!! 嫌だ、こんなの嫌だよーー!」
「会心の、ヘッドバットである!」
黒き、破壊の渦を纏った、ツナが、地に突き刺さる。
痛みが、消えていく……。
記憶はここで途切れた。
すっかり親しくなったエルダードワーフのジエルに酒を御馳走しながら相談を持ち掛ける。
そこまで驚く事を提案したつもりは無いんだが、カウンター越しのレイシーとロニーも珍しい生物を見る目で私を見ていた。
あの日、門番に挑んだアコスとラナイを回収してから。
私とギットはここを訪れた冒険者のもう一つの末路(の可能性)について丁寧に丁寧に一晩と少しかけてじっくりと、それはもうじっくりと教えてやった。
自業自得の負傷を負った二人も脂汗をだらだら流して我々の説得にすっかり納得してくれたので、翌日の昼前には寝る事を許可、いや説明を終えてやる事とした。
ハイランドオークの門番、ミトは約束通り薬と医者であろう小さな妖精を寄越してくれ、結果としてアコスもラナイも後遺症無く完治するのだが。
ああ、完治だ。
ラナイには良い薬だから腕の一本くらいは諦めてもらおうかと思っていたのに。
治りやがった。
あの女の悪運、いや豪運はどうなっている。
わかってはいるが世の中は不公平過ぎるぞ。
「ああ、ついては君らは普段どんな訓練をしているのか。仕事や狩りといったものについて知りたいと思っている」
至って真面目にジエルに応じる。
幸い、お詫びのつもりで冒険者プレートの解説などをしたところ、中々好評を得られた。
特に冒険者の持つジョブという仕組みは彼らの興味を引くものらしい。
私の戦士職ローニン。
アコスの戦士職ブローニングランサー。
ギットの魔術職オーシャンズワン。
ラナイの魔術職ビショップシエスタ。
四人が皆、本流からは外れたレア職だったのも一役買ったかもしれない。
私とアコスのはレアはレアでも当たりではない気もするが……こればかりは次にもっと強力なジョブに繋がっているに賭けるしかないな。もちろん、私とアコスが使いこなせていないという可能性もある。
私のローニンというジョブは、速度重視の戦士職で速さと攻撃力は同レベル帯ではかなり高い。
一方防御が脆く、補おうにも盾系のスキルは無い。
加えると一撃の威力は確かに高いんだが、移動と攻撃がセットになったスキルが多くて連撃に向かない。
アコスは私と同じAプラス、ブローニングランサーは防御よりのランサーで、数々の防御スキルの他に使用するまでに時間がかかる高威力攻撃スキルがいくつもある。
反面使い勝手の良い、手軽に使っていける攻撃スキルは一切無い。
ギットは文句なしの強力なユニークジョブだ。既にジョブが成長限界を迎えていて現状で最終段階らしい。
個人でのSランクに限りなく近いAプラスで、精霊に頼らない水属性攻撃特化。
ラナイは回復と防御に特化したビショップのレア派生職。
個人では既にSランクになっており、あれだけ性格に難があっても戦闘にラナイが加わるだけで勝率が跳ね上がり死者が出る率も相当下がる。優秀なスキルが揃っているだけでなく、保有する魔力、戦況の判断力も高い。
非常に不本意ではあるが、パーティでの自分の役割もはっきりしていてスキルも魔術も使いこなしている女性陣二人に比べ、私とアコスはまだこのジョブについてから数か月程度で、未だ手探りな所があるのも事実だ。
「……儂らについてはそれぞれの種族で訓練したり、種族混合で模擬戦をやったり、戦士であろうとする者はコロシアムでしのぎを削ったりしておるが……どれでも都市の住人の為のものでな。お前たちを参加させる事は出来ん」
「コロシアム、というのがあるならそこで戦う事は出来ないのか?」
「無理じゃな。足切りされる。お前さんらは門番とまともに戦う事さえ出来んようだし。コロシアムは中にある。つまり中にいる者たちの為のものじゃ。ちなみにミトはコロシアムには参加しとらんぞ? レヴィは真ん中位におる」
死ぬな。
コロシアムは無しだ。
「では誰かに短期間でも構わないから師事する事は可能だろうか」
この際、ジエルでもレイシーでもロニーでも構わないんだが。
気心が知れている分、多分、容赦なく殺すような訓練はしない、と思えなくもない。
「うむー」
「他の子はともかくビルとギットはちょっとねぇ」
ん?
どうして問題児どもは良くて私とギットが弾かれる?
逆じゃないのかレイシー?
「だよね、ビルは下手に触れたくないし。ギットも海王がなあ」
私は危険物じゃないぞロニー。
そしてカイオウってなんだ。
またしても初耳な言葉が出てきたな。
「ふうむ。かといって何人も適任者を探すんも面倒じゃ。上に意見を仰ぐか」
上。
門の向こうという事か。
ジエルの言葉に、やはり、という気持ちが湧いてくる。
私たち冒険者、いやヒューマンは。
この都市の主に現在進行形で見定められている最中ではないか、という気持ちだ。
「初めてのケースだし、賛成ね。暇人は探せばいるでしょうけど、鍛えるとなると適任かどうかも大切だから」
「後で絡まれたくないし、僕も賛成。ビルとギットについてはミトからもう報告いってるし、案外すぐ方針はもらえるんじゃない?」
私とギットを別に報告?
ギットはオーシャンズワン、ユニークジョブを持つのだからわかる。
だが私はレアであるが、まだ最終段階にもなっていない派生職でしかないし、ランクもSですらない。
私の何が報告の対象になったのだろう?
「というわけでオレだ」
ひたり。
私の首に冷たい何かが触れた。
言葉は後ろから。
気配は無かった。
今、突然に湧いて出た。
「ツナ殿、驚いた。貴方がここに来るとは、初めての事ではなかろうか」
ジエルの言葉には口にした通りの驚きがあった。
殺気は無い。
意を決して振り返り、声の主を確かめる。
……。
魚、だな。
人と同じ位の大きさの、魚だ。
下に尾があり、上に頭。
エラ辺りから人の手が左右に一本ずつ。
下びれ辺りから人の足が左右に一本ずつ。
「ナニコレ?」
思わず魚を見つめたまま言ってしまった。
荒野でも見たことがない、これまでの人生で聞いた事もない、喋る魚。
明らかに後付けとしか思えない人の手足。
割と落ち着いた渋い声。は今はどうでもいいか。
女神が冗談で創造なさった哀れな道化、としか表現できない。
まばたきを何度か、目の前の異形が幻ではないか確認する。
輪郭はブレもしない。
彼は、実在する。
「……海の王と書いて海王。名は都名。海の名を持つ冒険者と、浪人なる職を持つ冒険者がいると聞いて中央より参上した」
「つ、ツナ殿。その、失礼した。私はビル=シート。この街に滞在させてもらっている冒険者だ」
ナニコレはいくら何でもまずかった。
全くその気が無かったのに失言が勝手に口から出てしまった。
「あっちの街からここに来るってだけでも初めてなのに、海王のツナさんだなんて。これは珍しい回に立ち会ってるかも、私」
レイシーはツナの登場に明らかにテンションが上がっている。
感覚的に、私がアルパインと食事で同席した時の様な若干の興奮さえ感じる。
……つくづくここは常識が通じん。
「ビル、知っているとも。浪人、だな?」
「あ、ああ」
「丁度良かった。ツナ殿、実はこのビルと他三人の客人なんだが」
「うむ、鍛錬を希望とか」
ジエルの相談の先を既に知っていたらしいツナは鍛錬の事に触れた。
「聞いておられたか」
「別件でこちらに用があってな、そうしたらエマ殿と御方々の話を耳に挟んだ。ローニンというジョブを持つ冒険者が蜃気楼都市に来ていると。そして唯一職だとか固有職だとか言われている珍しいジョブ持ちも混ざっていて、それがオーシャンズワン、となっていると」
ツナの目が私を見る。
正直、インパクトが凄い。
率直な感想としては気持ち悪い。
しかし慣れるしかあるまい。
外見など記号だ、価値が云々というのはこの際限界まで忘れろ、ビル=シート。
だが、やはりというか私よりもギットのユニークジョブの方が気になっているようだ。
……偶然にもこの魚類、いや人が海魚だから、とかだろうか。
「ええ、間違いなく」
レイシーがツナ殿の言葉を肯定する。
「それでオレが名乗り出てな。見極めを任された。戦闘も許可されたが、これは鍛錬も場合によってはしても良いという事だと判断している。故に彼らはオレが預かりたい」
!?
この魚類、あーいや、ツナに師事せよと!?
あまりにも種族が違い過ぎて師事もクソも。
大体からして冒険者ですらないだろう、ツナは!
明らかに人と共存する種族に見えんぞ!
「確かにローニン、は最終段階じゃないよね。色々やって死なせちゃうよりも、丁寧に見極めた方が良いか。場合によっては僕らにも冒険者ギルドに登録する指示は出るかもしれないしさ」
「大体、次に来るローニンはいつになるかわからないものね」
ロニーもレイシーもツナの方針に納得しているようだ。
ジエルも頷くばかり。
この三人が揃って同意しているのなら、このツナという魚類は確かな実力者なんだろうが、しかし……。
何より自然と実験台として見られている事に慣れない。
「よーし、それではビル」
「え、ああ、何だ?」
「外に出るぞ。仲間たちも連れて来い。聞けば中々バランスの良いメンバーのようだし、折角だからまとめて面倒をみてやろう」
「ええ!?」
「案ずるな、代わりの槍なら用意してやろう。レヴィに腕を飛ばされた女も既に治っているのだろ? 何を悩む事がある。考えてもみろ、上手くここでの出来事を吸収出来ればお前はもっと強くなれる。それは冒険者にとって得難い財産になるんじゃないのか?」
「……」
確かにその通りだ。
私は気合を入れる為に両頬をパンパンと何度か叩いた。
割りと力を込めたのでかなり痛い。
しかし冷静に考えれば考えるほど、ツナの提案は私に、我々にメリットしかない。
「ジエル、試作の槍を一本見繕ってくれ。それからオレには見た目が凄いヤツを頼む」
「見た目、つまりハリセン的なヤツと?」
「そう! 好みとしてはごっつい棍棒が良いな!」
「ノリノリですな、ツナ殿」
「はははは、だって楽しそうじゃあないか。ツィーゲの冒険者と遊ぶのは我らが主の利にも繋がろうしな!」
「やれやれ、では」
ジエルが席を立ち酒場から出ていく。
かと思えば、入り口で振り返り私を見た。
「そういえば、ビル」
「ん?」
「お前さんの武器はあるのか?」
「? ああ、前に見せた事があったかと思うが……それがどうした?」
「違う違う、予備の剣じゃない。愛用の武器、いつも使っとる武器の方じゃ」
「??」
ジエルは何を言っている?
予備も何も俺が使っているのは普段からあの剣なんだが。
ドワーフの目で見たら見劣りするかもしれないが、ツィーゲで買い求められる中ではそれなりの高級品だぞ。
「……刀じゃ刀! さては荒野で落としてきたのか?」
「カタナ? あの妙な剣か? あんなもの、私は今まで一度も使った事は無いが」
『はぁ!?』
!?
何で酒場中から突っ込みが入る!?
手入れに手間と金ばかりかかって、いざ戦いの場ではすぐ曲がるわ折れるわ。
あの武器をまともに使いこなしてる戦士なんて見た事がない。
使ってるやつはそれなりにいるが、正直他の剣で十分、やせ我慢で意地になって使ってるとしか思えない。
私の場合、ただでさえ防御に不安があるんだ。
受けにも使える頑丈な、それでいて使い慣れている片手剣が一番合ってる。
「……信じられん。ローニンなのにロングソード?」
「カタナは命だから大切に部屋に保管してるか、マジックバッグの類があるのかと思ってた」
「ロングソードでどうやって居合とかやるの? 嘘でしょ」
どうやってって、上段から普通に。
いやロニーは何で私のスキル居合がどういうスキルなのかまで詳細に知ってるんだ?
今の口ぶり、明らかに居合を知っている人物のそれだぞ。
全員が大馬鹿野郎を見る目で私を見ている。
何故だ。
ローニンは刀を使うのが普通とでも?
私が知っているローニン仲間や先輩、後輩で刀なんて使ってる奴は一人もいないぞ!
ツィーゲのローニン探究会に勝る知識がこの都市にあるとでも!?
そんな馬鹿な話は無い!
あってたまるか!
「あージエル。済まないが打刀を……」
ツナは私の背と体格を確かめるように目測すると言葉を続けた。
私の身長は190ほどで普通より少し高い程度だが、それにウチガタナとは?
刀にそんなに種類などあるのか?
「二尺から三尺までで適当に何振りか用意してくれるか」
「三尺はちと大きいのでは? ヒューマンで、しかも初めて刀を手にするというのに」
「一応、な」
「ツナ殿が仰るなら、わかりました。用意してご一緒しましょう」
「ジエル、助かる」
最早私が刀を使わされるのは確定しているようだ。
蜃気楼都市、ここは一体なんなのだ。
ツナに急かされるまま、私は三人を呼びに部屋に走る。
これまで何とかこらえて保ってきた常識が、いよいよひび割れていく。
そんな得体の知れない恐怖を感じながら。
◇◆◇◆◇◆◇◆
「ほらほらどうした! ランサーは意地を見せてスキルを使って見せたぞ!」
そいつは代償に全身の骨を粉砕されてビクンビクンするだけの物体Xになっている!
浜に打ち上げられたお魚みたいに!
ツナに体当たりされただけでこのざまだよ!
ロニーが死なないように治癒をしてくれたらしいが、あれは今間違いなく死ぬような激痛にのたうち回っている。
最低限しか助けてないぞ、ロニー!
「居合に歩法に太刀! そういうスキルがあるのだろう? かかってこい!」
だったら見える速度で、動、け!!
歩法疾風と歩法柳を使い分けて辛うじてツナの動きを追う。
明らかに手加減されているのに、相手の影を追うので精一杯だ。
「既に使ってる!」
「状況に応じて使うな、トロイぞ」
「ガハァッ!」
背骨に鈍く強烈な衝撃が広がる。
殴られた。
丸太をそのまま切り出して作成したような、原始的で巨大で異様な棍棒に。
何度目だ。
もうわからない。
ラナイの治癒がすかさず私を癒す。
ギットが私が体勢を整える間の牽制で氷の雨をツナに浴びせるが、ツナは首を横に振るばかり。
氷の雨は彼に届く前に全て砕け散った。
そしてツナは、追撃をしてこない。
これももう何度目か。
「ほんっと貧弱よねローニンって。毎回死にかけられては魔術を使わされる身にもなりなさいよ! 全く相手になってないじゃない!」
ラナイの愚痴。
悪かったな、耐久力なくて!
だけどな、ツナが相手じゃ私だろうがアコスだろうが向こうの加減次第で毎度こうなるわ!
「だったら支援魔術の一つも使ってくれるとありがたいんだがな!」
「使ってますー! もう手厚くあんたを守ってやってますー! 攻撃力と速度は私の専門外だけどね、わかってんでしょ? もう見事にこっちの手札ばっかりオープンさせられていくの勘弁してほしいんですけどー!!」
わかっている!
そうしなければ死ぬであろう状況を何度も作られてきたのはわかっている!
生きたまま体を切り開かれて隅々まで観察されている気分だよ!
だがこっちも必死なんだ、的確に味方にダメージを入れてくる愚痴はやめろと言いたい!
「っ!」
背後にツナの気配。
今の今まで正面に立っていたはずなんだがな!
「ぐ、ぬっ」
棍棒を受ける刀が折れる。
当たり前だ。
こんな貧弱な武器であんな鈍器を受けられる訳がない!
せめて愛用の剣でもあれば!
「あのぬるりと動く歩法、柳だったか。あれを使っていればオレの側面に回れたろうに」
咄嗟に切り替えてなど使えるものか!
さっきまで疾風の方で散々鬼ごっこをやらされたんだぞ!
まだ背中には鈍い痛みが残っているような気さえする。
ラナイの治癒はしっかりと身体を治癒させてくれたというのに。
「ビルー、新しい刀よー」
レイシーが私の手元に的確に刀を投げてくる。
投擲技術が暗殺者並みだな、彼女。
ただ、励ますでも応援するでもなく、妙な棒読みなのはどうしてなのか。
「試作品とはいえどれだけ折るつもりじゃ、あのドヘタが」
ジエルがきつい。
私の技量が問題だと言わんばかりだ。
どんだけ刀を信奉してるんだ、あんたらは。
「今の一撃は柳の動きと同じく流して受けろ。刀の特性をまるでわかってない」
「刀の特性など! よく斬れるというだけが長所だろう! 雪太刀!」
ツナが良い距離で解説を始めた所にローニンのメイン攻撃スキルである太刀の一つを使って仕掛ける。
「零点だが、連携は即興にしては見事」
後方から放たれたギットの攻撃魔術に合わせてスキルを発動。
気配が消えツナの後ろに高速移動してからの薙ぎ払い。
凍気を纏わせた斬撃とギットの魔術は相性が良い。
なのに。
ツナはあのごつい棍棒で軽々と斬撃を受け止め、ギットの魔術は片手で受け止めた。
強力な酸で象られた螺旋の槍。
あれはギットの術の中でも相当高威力だというのに。
「オーシャンズワン、か。これで海を、海洋を冠するとは真に、情けなし」
「っ、魚風情が。私こそは、全ての水を、即ち海をも操る者!」
「水の行きつく先に海を見据える視点は良し。才能も無いとは言わぬよ」
「上から上から! 負けないわよ、ビル君、時間稼いで!」
……無茶いうな。
悪いが待ってくれる事を、気まぐれを祈ってくれ。
お前が自分のユニークジョブをどれだけ誇りに思っていたかはよく分かったが。
私にしてやれる事は正直、もう破れかぶれの特攻しか思いつかん。
「歩法は常に発動し、状況に応じてスイッチを切り替えるように使い分けろ。その程度の集中や体力の消耗を賄えないのは甘えだ。せっかく頼りになる後衛が揃っているのに、お前とあの槍使いが未熟だ。特にあのヒーラー。大したものだ。生まれ持った大量の魔力、そしておそらくは周囲の者の生命力を何らかの能力で見ている。実に的確な治癒の加減は称賛に値する」
……。
「……ちっ」
ラナイの舌打ち。
顔色が悪い。
魔力が尽きかけているのか。さっきのは精一杯の虚勢、か。
しかし、そうだったのか。
こいつ、俺たちが死に対してどのくらいダメージを負っているか、見えていたのか。
だからあんなに的確に回復を。
状況に対して最善を選べたのか。
……ああ、いいよなあ、持つ者ってのは。
ラナイと自分との差に嫌な感情が湧き上がる。
歩法の常時発動?
くそが、こんな集中が必要な者を実践で常時使うなんて正気の沙汰じゃない。
それが、その考えが甘えかよ。
「私はオーシャンズワン。水をもって滅ぼす者――」
ギットが最大火力を叩き込む準備に入った。
長い詠唱を中断させる気は、ツナにはないだろう。
そしてアレも多分、通じない。
だからといって見ているだけ、など出来ない。
この街に来てから、私は出来る限り善人であろうと努めてきた。
それが生存への最適解だと思ったからだ。
常に理性的に、冷静にと。
捨てろ。
リミッターを外せ。
絞り出せ。
――歩法柳発動。
――歩法疾風発動。
刀を鞘に納める。
こうしないと居合は発動しないからな。
左手に鞘を持って腰の高さに整える。
即興で使わされてる刀の鞘を背中に固定するのは難しい。
次善の策だが、不思議とあるべき場所に収まったような不思議な感覚が身を包む。
上半身から無駄な力を抜く。
どうせ、アレで殴られたら反撃など出来ない。吹き飛ばされる。
なら避け、流す事だけに意識を向ける。
――捨身の心得、習得。能力値に補正。
頭の中に新しいスキルが浮かび勝手に効果を示す。パッシブスキル?
まあいい。
今は、全部を叩き込むだけだ。
普段は押し込めている狂暴なる我を呼び起こす。
勝てる勝てないではない。
目の前のツナを、三枚に下ろす。
その気概だけを胸に満たす。
「ほう」
ギットの詠唱を眺めていたツナが私に注意を向けた。
威勢が伝わったらしい。
「お望み通り」
「ん?」
「全部、叩き込んでくれる!!」
歩法疾風優先!
出来た、やれる!
思い描く通りに二つの歩法を同時に使える確信が湧く。
数分も持たない確信も湧くがどうせもう数分も必要ない。
こちらに高速で迫ろうとしたツナよりも一呼吸早く私の方が攻勢に移る。
ツナが無造作に棍棒を横に振る。
不思議だ、全く見えなかった攻撃が辛うじて見える。
これなら、合わせられる。
私の持つ最高威力スキル、居合を。
「居合!」
「おお」
ツナの感動したような声音が耳に届く。
私の目はヤツの顔など見ていない。
横から迫る棍棒に全神経を集中し歩法疾風で迫った勢いのままに居合を放つ。
刀に加わる鈍い衝撃も何もかも、力任せに振り切る。
折れた。
だがツナの手からも棍棒が消えた。
半ばまで棍棒に食い込んだ刀が、ツナの手から棍棒を奪いつつ、耐えきれずに折れて私の手からも離れた。
痛い。
全身が痛い。
雷に打たれたような、痺れが痛みを伴って身体を駆け回る。
最後まで刀を持っていられなかった。
しかし想定内だ。
歩法柳優先。
「!」
「雪太刀!」
ぬるりとツナの側面に回り、何本目か忘れたが曲がってダメになった刀を拾う。
そのまま雪太刀を発動。
ツナの後ろを取って薙ぎ払いを加える。
自分の身体が語り掛けてくるのがわかる。
歩法と同時に太刀を使うと、スキルが体に馴染む。
そして刀がこのスキルに最適なのだと、同時に教えてくれる。
「やるではないかビル」
「まだまだ!」
「!?」
雪太刀が初めてツナの身体に当たった!
まだだ。
まだ私は全部を出してない。
「花咲太刀!」
「え?」
柳のままにツナの正面を避けて無理やり次の太刀スキルを放つ。
相手の動きに合わせる様に流れ沿う連撃がツナに当たる。
だが手応えがない。
構わない。
気づけば今までの愛剣に比べれば軽い刀を両手で持って、私は更に太刀スキルを重ねる。
歩法を疾風に切り替えてツナの正面に初めて立つ。
「月太刀!」
鋭い突きをツナに、体ごとにぶつける!
だが……刀が動かない。
両手を合わせたツナ。
刀身がその間でピクリとも動かない。
届かない。
ならば!
「太刀はまだある、全部見せ――」
距離を取ってまた転がっている刀を手にすればまだやれる。
レイシーがまた放ってくれたとしても反応できる!
私は、まだ!
「いや、一皮向けたじゃないか。今日はこれで十分だ」
なに?
「合格合格、良い顔も出来るじゃないかビル」
声は目の前でした。
巨大な岩石が高速で全身を打った。
違う、これ、はアコスの食らった……体当た……り。
ツナの姿が遠い。
ああ、違う。
私が、吹っ飛んだんだ。
ダメだ、これはもう体が動いてくれない。
思考が凄い勢いで痛みで埋め尽くされる。
ただのタックルでこれなのか。
ほんの一筋の斬傷すら、残せないのか。
「よくもビル君を!」
「あとはお前だけだな」
「ビル君の死は無駄にはしないから! 塵となって海に還りなさい、ケイオスシュトローム!」
ギット、私は、一応、生きてる。
「ほっほう、これは」
「後悔しても遅いわよ! ……え?」
「丁度良い波ではないか」
ツナ、それは、渦だ。
黒く、禍々しい、進む先、全部を無に帰す、ギットの、奥義。
「なみ?」
「とうっ」
「自分から飛び込んだ―!?」
ギットが、狼狽して、いた。
「はっはっはー! 心地よいなあ、揺り籠のようだぞギット!」
「お、泳ぐな! 悠々と滝登りみたいに昇るなー!!」
ああ、ギット、泣いて。
わかる、ぞ。
「さて、実に良い気分だ。では返礼といこう!」
「うわーん! 私のケイオスシュトロームが波乗りされて取られて、魚が落ちてくるよう!! 嫌だ、こんなの嫌だよーー!」
「会心の、ヘッドバットである!」
黒き、破壊の渦を纏った、ツナが、地に突き刺さる。
痛みが、消えていく……。
記憶はここで途切れた。
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