月が導く異世界道中extra

あずみ 圭

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extra27 クズノハさん①

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 ライドウこと深澄真とその側近、更に店舗勤めの亜人たちが特異な商品と能力を通じてクズノハ商会の評判を作っていく中。
 そんな彼らとは別にその名を背に励む者たちがいる。
 これはそんな彼らの一人のお話。

「あークズがきたー!」

「クズさんだーー!」

 甲高い子供の声が森に響く。
 
「こんにちは」

 村の入り口である門をくぐった男を最初に迎えたのは駆け寄る子供たちだった。
 ここはどの国でもない深い森の中。
 森に面する、ではなく森の中にある村。
 そう多くも無い外部からの客である浅黒い肌の男は、にこやかに笑って子供たちに挨拶を返すと彼らにまとわりつかれながら歩く。
 細身でありながら大きな荷物を背負ってもふらついた様子はなく、男はしっかりした足取りだ。
 歩きながら出会う村人にも愛想良く挨拶をして、子供を邪険にすることもなく。
 その足は一際大きな村長の家を目指す。
 村人や子供たちの反応からもわかるように、彼はここに来るのが初めてではなかった。
 大体月に一度から二度、この村を訪れていた。

「ようこそいらっしゃいましたクズノハ商会のリリト様。祖父がお待ちです」

 村長宅の玄関前で十歳ほどに小さな女の子がペコリと頭を下げて男を迎える。
 男は名をリリトと言い、森鬼だ。もっとも、その種族の名を知る者はこの村には一人もいないが。
 そして、異世界人の深澄真が立ち上げたクズノハ商会の従業員でもある。
 今の彼はその肩書きでここを訪れていた。

「これはこれは。お嬢様、丁寧な挨拶ありがとうございます」

「未来の村長なのですから、このくらい当然なのです」

「ところで、私が来るのはどうしておわかりに?」

「それは、えーっと……この間いらした――」

「なあ隊長! おれの伝令、役にたった!? たった!?」

 リリトが村長の娘の大人を気取った挨拶を受けて、少しおどけた仕草で質問を返す。
 外から来た商会の人間でありながら、リリトは彼女と中々親しい関係を築いているようだ。
 答えに詰まった少女の代わりに、横から現れた少年が答えに近いことをいった。
 隊長と呼ばれた少女の顔が真っ赤に染まる。

「あっ!? あぅ……」

「ふふっ、なるほど。お嬢様は隊長でしたね。頼れる部下から急ぎの連絡をもらっていましたか」

「もうバカ! 上手くいくはずだったのに!!」

「ええ!? なんで!?」

 伝令役の少年は全力で走ったのか額に汗をかいていた。
 それだけ頑張ってバカとは、少々報われない伝令だ。
 ショックと驚きの声は十分同情に値する。

「さてと、それでは私は村長さんにご挨拶してきますので。また後で」

「護衛の報酬、期待してるからな!」

「お店はいつもの広場ね!?」

「よーし、村のみんなに教えて来ようぜー!!」

「ちょっと! 私は隊長なのよ!? 畑の警備の報告をしなさーい!!」

 リリトが村長の家に入っていくのと、子供たちが家の前から走って散っていくのは殆ど同時のことだった。
 村長の娘までそれに混ざって行ってしまった為に、リリトは一人で奥に進む。

「この村は変わらんな。実に明るい」

「ありがとう」

 呟くようなリリトの独り言に答えが返ってきた。
 この村の村長だ。

「村長さん。これは、つい独り言を。ご無沙汰しておりました」

「なんのなんの。こんな辺鄙な村まで行商に来てくれるのはクズノハさんだけじゃ。その上、村を気に入ってもらえたなら礼の一つも言いたくなる」

「どうかお気になさらず。我々も商売でやっていることですから」

「森の中にポツンとある村の事情も聞かず、月に一度は必ず来てくれる。こんなにありがたいことはない。深い山の中まで定期的に来る商人なんぞおらんからなあ」

「お役に立てて光栄です。また広場の片隅を貸して頂きますのでご挨拶に伺いました。それと、夜で良いのですが一つお話を持ってきましたのでお時間を……」

「夜か、わかった。そうだ、なら夕食も食べていきなさい。何なら今日は泊まっていっても構わんよ。儂も少し相談があるでの」

 村長は極めて好意的な態度で森鬼の男に言う。
 クズノハ商会は随分と、この村に愛されているようだった。
 
「ありがとうございます。あ、それから。これなんですが、よろしければお使い下さい」

 村長に差し出されたのは小さな器。
 湯呑みだった。

「ん、コップ? 初めての手触りじゃな。これは?」

「土で出来た器で陶器と言います。私が趣味で作ったもので申し訳ないのですが、出来がそれなりに良かったものですからお客様にお渡ししているものです」

「土、それはまた珍しい。さぞ特殊な魔術によるものとみた」

「……いえ、それは一切魔術を使っていないんですよ。意外と楽しいもので、休日など泥まみれになっては楽しんでいます」

「なんと! これは魔術による品ではないのか」

「ええ。鉄器に比べればどうしても壊れやすいですが、その分独特の良さがあるかと。それでは、しばらく店を開けさせて頂きましてまた後ほどお伺いします」

「ふむー、不思議な技術もあるもんだ」

「……失礼します」

 陶器の湯呑みを見て感心する村長に心の中で苦笑しながら。
 リリトは広場に向かった。





◇◆◇◆◇◆◇◆





「いや参りました。まさかお見合いを勧められようとは。思わずお釣りを間違えそうになりました」

 クズノハ商会の臨時店は盛況の内に売り切れ閉店となった。
 いつも通りに。
 辺りも暗くなり、そこかしこで火の灯りが見えてきた頃、リリトは村長の家にいた。

「クズノハさんがこのアノード村にずっといてくれるのなら、と思う村の者はおる。ここにおるのを含めて、な」

「そんなに受け入れてもらえて嬉しい限りですよ。もちろんこれからも、アノード村は私が担当させてもらいます。病気などならぬよう体調管理をせねばなりませんね」

 村長に、補佐をしている息子、その嫁、そして孫娘。
 客人であるリリトを含めて五人の食卓はにぎやかで、笑いも絶えない席になっていた。
 広場で日用品などを商う最中に起こった珍事を話すリリトも笑顔を浮かべて話をしている。

「おっと、忘れるところだった。リリトさん、何か話があると言っておったな。聞かせてもらおう」

「ありがとうございます。では少し失礼して……」

 席を立ち、部屋の隅に置いてあった荷物の包装を解くリリト。
 その包装は風呂敷と呼ばれる物で、クズノハ行商部では必携の道具の一つ。
 姿を現したのは宝箱に似た木箱だった。
 
「こちらを村長のお宅に置かせて頂きたいと思いまして」

「宝箱、いやチェスト?」

「連絡箱、と申します。我々がお得意様の村でご許可を頂けた所にだけ置かせて頂いております物で、我々への連絡が出来るようになる箱です」

「……ほう」

 村長の目に少しだが警戒が宿る。
 当然だ。
 少し考えただけでも村長という立場にあって、効果や出所がはっきりしない魔道具の類を村に置きたいかどうかはわかる。
 リリトはその疑惑が、まだ言葉になって出てきていないのならと、説明を先に進める。
 まず彼は木箱を開けて中を見せた。
 内部は仕切り板で格子状に九つに分けられていて、中身は何も入っていなかった。

「中はこのようになっております。簡単に申せば、用件に応じてこの枠内にこの」

 懐から布袋を取り出して、中から黒い玉を見せるリリト。

「黒い玉を入れて頂くと私たちにそれが伝わるというものです」

「連絡といっても言葉をかわすのではなく狼煙のようなものか」

「煙などは出ませんが、そうなりますね。例えばですが、急病の患者に薬が必要だとか、なんらかの事故や天災があり急に物資が必要になった時などに使って頂ければ遅くとも翌日には私か商会の者が参ります」

「翌日! それは早い。うむ……確かに村の用件をすぐに聞いてもらえるのは嬉しいのだが……やはり即決は、出来んな。クズノハさんのことは信用しておるが、魔道具を村に置くにはみなの意見も聞いてみなければならんでな」

「ええ、もちろん。私も回答は急いでおりません。次に来る時でも、その次でも構いませんし、置かないとなってもこれまで通りに行商には参りますのでご安心下さい」

 村長の申し訳なさそうな言葉。
 リリトは気を悪くした様子もなく、にこやかな表情のまま彼の言葉を肯定する。
 再びしばらくの談笑が続き、食事が終わっても晩酌に移行して話が終わる事はなかった。
 村長の孫娘も頑張って起きていて、リリトと両親、祖父との話を何やら頷きながら聞いていたがついにはウトウトし始め、少し前に夢に落ちた。
 母親に抱かれて居間を後にする孫娘を見て、村長はリリトに目配せをして席を立ち、自室に去る。
 村長補佐である息子に会釈をするとリリトも立ち上がり、村長の後を追った。

「すまんな。孫もクズノハさんが来るのが楽しみで随分とはしゃいでおってな。つい夜更かしなど許してしまう。甘い爺と笑ってほしい」

「私も楽しい夜を過ごさせてもらっています。ところで、何か人払いをしてお話しになるような事が?」

「……うむ。クズノハ商会はうちのような辺境や亜人の村にまで行商に回っていると聞く。リリトさんも随分と飛び回っておるのか?」

「はい。私は十ほど担当していますね。仕入れなども含めて村を回るのが仕事です」

「当然それは、この辺りの、ということで?」

「もちろん、順番に回っている関係もありますので担当する場所は近くでまとまることが多いですが」

「では、少し相談に乗って欲しい。ここから西に四十キロほど行った所に、実は村があってな」

「ええ。亜人の村がありますね。ここに来る前には、彼らの村にも立ち寄っていますが」

「……なんと、既に存在を知るばかりか入ったこともあったか。相談とはその村のことでな」

 村長の表情がかげった。

「もしや、村に何人かいた怪我人が関係するお話ですか?」

「む。うむ、その通り。これまで一切交流もなかった村で儂とごく数人が存在を知るだけの村。これからもそうであろうと思っていたのだ。だが、森に出た猟師が数人、武器による怪我を負って戻ってきておってな。傷自体はクズノハさんの薬で治るが……」

「村長はそれが亜人の仕業とお考えですか」

「武器を使うような魔物はこの辺りにはおらん。どうしても疑わしいのは彼らだけだ」

「実は……彼らの間でも被害が出ています。私は彼らにこの村のことを聞かれましたが、アノード村にはそのようなことをする理由が何もないと、疑いを晴らしてきたところです。まさかこの村でも同じことが起きていようとは」

「……彼ら亜人も、だと? それは……」

「この森は国の管轄ではない、悪く言ってしまえば無法地帯です。私もそうですが、外から何かが入り込んだということも十分に考えられますよ」

「確かに、それもあるか。亜人にもクズノハさんのような者もいる。偏見はいかんな、中々直し難いものでもあるが……」

「一度私の方でも調査してみましょう。次に来る時にご報告ということで、よろしいですか?」

「すまぬな。どうじゃろう、いくらほどかかりそうかの」

「実費のみでやらせていただきますので、それほどにはならないかと思いますが詳細な金額はまだなんとも」

 詳しい金額は伝えなかったものの、即座に実費のみと答えたリリトの言葉。
 村長は一瞬驚いたような表情をするも、すぐに何度か頷いた。

「コトがコトだけに、まずは本当に調査程度で構わんから。しかし、何でもないことのように引き受けてくれるとは。リリトさんが村に来て最初に言った、何でも承ります、とは本当に本当だったか」

「我が商会で出来ることであれば、ですが。アノード村はお得意様ですしサービス料金で急いで取り掛かりますよ。もし私の手に負えないような事態でも、クズノハには腕利きの実力者もおりますから。ご安心下さい」

「クズノハさんは傭兵さんも売ってくれるか。薬や服一つからでも注文できる細やかさといい、いやはや大きな商会は凄いものじゃ」

「主に危険地区で営業している同僚に来てもらうだけですよ。傭兵などの斡旋はしておりませんし、我々は規模で言えば……ようやく中堅の門をくぐった辺りの、駆け出し商会も同然の身でございます」

 危険地区、には元々森鬼が住んでいた世界の果てと呼ばれる場所も含まれており、下手な傭兵を上回る行商人が実はわんさかいたりするが、リリトはそこまでは説明しなかった。

「一度、偉い人とも会ってみたいものだ」

「ありがとうございます、上司に必ず伝えておきます。それから、先ほどの箱の件ですが、入れる玉は使いきりで補充は有料となっておりますので判断の材料にしてくださいね」

「ほう、有料かね」

「最初は無料でやらせて頂いていたのですが。先立って置かせて頂いたいくつかの村や町で悪戯目的の使用が続いたこともあって、表向きは定期ではなく緊急対応なのだからという理由で有料制になってしまいました。申し訳ありません。置かせて頂ければ、村でお売りしている商品を少し値引きさせてもらいますので差し引きでそちらに損が出ないようには心がけます。どうかお許しを」

「急ぎで呼ぶのはこちら、ということになるのだから気にせんよ。わかった」

「ありがとうございます。それでは、調査の件もありますので早速手はずを整えます。泊めて頂くのはまた次の機会に。ご馳走様でした」

「ん、リリトさん。そこまで急ぎやせんが……と、もうおらん」

 立ち上がったリリトを引きとめようと村長も立ち上がった。
 が、そこには既に彼はおらず。
 部屋に少し風が吹き、村長の頬を撫でた。

「村人には少し外出を控えさせるとして、畑仕事は見張りと作業を半々にしてあたらせんといかんな。クズノハさんの調査次第だが、少々騒がしくなるかもしれん。しかし単身この村にまで荷物を持ってこれるんじゃから、リリトさんも相当な実力者の筈じゃがな。その上もおるのか。この件が片付いたら、リリトさんの上司や代表の方にお会いできないか、一度ちゃんとお願いしてみようかの」

 部屋に残された老人は顎に手を当て、当面の対策を考える。
 深い深い森の中にある、どの国にも属さない小さなアノード村。
 そんな場所にまで、クズノハ商会は手を広げていた。





◇◆◇◆◇◆◇◆





「さて、と。多分どっちも同じのが犯人だろうな。俺一人でも何とか……いや、報告だな。判断は上に相談してからにしよう。丁度定期の時間だしな」

 夜の闇の中。
 森の一際高い木の枝に腰掛けたリリトが呟きを放つ。
 彼は静かに目を閉じ、念話が上司に繋がるかを確認する。

(あ、リリトです。巴様、実は少々追加の手が欲しい案件がありまして。はい、私の担当する二つの村で怪我人の出る事件が……。それで調査の人手を頂けないかと。は、翼人とゴルゴンを二名ずつ? い、いえそこまでの相手ではないと思われますが!?)

 気配はしっかりと消していたリリトだったが、上司との会話で予想外の展開があったのか樹上で少々バランスを崩す。
 幸いヒューマンが住むアノード村からも、この森にもう一つある亜人の村からもそれなりの距離があるのでその様子は誰からも見られることはなかった。

(外の慣らし、ですか。は、そういうことでしたら。はい、先方……どちらの村も私が亜人であることは承知してくれています。そこに問題はありません。わかりました。……そんな! すまんなどと仰らないで下さい。新人の教育も初めてではありませんので上手くやってみせます。え、私をロッツガルドの店舗研修にですか? ……今はまだ外回りを続けたいのですが。あ、休日のみの一日ですか。でしたら喜んで。あー……それもですか。アクアはともかく、エリスはもうあの接客を望むお客様に回したほうが無難な気もしますが善処してみます。はい、ではいつもの場所で四人と待ち合わせます。助かります、失礼致します)

 ふう、とリリトの口から溜息が漏れる。
 彼にとって上司の巴は、報告でも緊張を要する相手のようだった。
 だがそれなりに期待されてもいる。
 そんな会話だった。

「研修っていっても午前だけで、午後は俺教える側か。ま、ロッツガルドなら若様か識様の新作デザートもあるに違いないから楽しみだな。翼人が来てくれるなら調査はそんなに難航しないだろうから、俺の週末までの予定はっと……」

 クズノハ商会の行商部門で励む森鬼のリリト。
 戦闘に参加したり目立ったりといった功績は未だ多くない彼だが。
 日々お得意様の村々を回り信頼を獲得していく、クズノハ商会にとっての営業役の一人だ。
 真が店舗を通じて表のクズノハ商会の名を広めていく陰で。
 クズノハさんの愛称で親しまれる彼ら行商部隊も、日々こうして地味に各地を飛び回っている。

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