月が導く異世界道中extra

あずみ 圭

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extra25 その頃密かに

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 ここは亜空。
 エルダードワーフの工房が並ぶ場所。
 鍛冶工房に混じって窯も存在する、なんとも奇妙な区画だが、その中でも異彩を放つ建物が一つある。
 明らかに他の工房とは距離を取った郊外にそれはあった。
 何が異様なのか。
 とにかく大きいのである。
 出入り口はドワーフ用だからか、それほどおかしな大きさではない。
 しかし蛇腹のシャッターで閉められたもう一つの出入り口であろう場所は見上げる程に巨大で。
 材料の搬入口に使っている勝手口も相当な大きさだ。

「遂に原型が出来たわい。これで、長やベレン殿にも見せられる」

「やったな。この概念は発明ではなく発見だが。理論通りに形になってくるのを見るのは実に愉しいものだ」

 中でドワーフとアルケーが一つのそびえる影を見上げて満足そうに頷き合っている。
 どうやら、何かしらの作品が完成に近付いたようだ。
 ドワーフとアルケーが共同作業をするのは、この亜空でも珍しい事だ。
 彼らは互いに作品を融通し合ったりはするものの、一つの仕事を共同で行う事はあまりない者同士だった。

「あとは披露した反響次第じゃが、なんにせよ続きは明日だの。……これからも頼む」

「無論。案ずるな、ニホントウでさえ許可されたのだ。コレとて出所は同じようなもの、許可は下りる」

 二人はもう一度ベールに包まれた影を見上げた。
 ソレは、亜空どころか世界に革命をもたらす可能性がある代物だった。
 もっとも、彼らはそれをわかっていなかったが。
 だからこそエルダードワーフもアルケーも、翌日長老達から向けられた苦い表情の意味も、その後亜空の主である若様こと深澄真から正式に出された研究中止命令にも納得できなかった。
 職人としても亜空に住まう者としても、二人には、特にドワーフには受け入れ難い命令だった。
 何度も長老に食い下がったし、仲間の職人達にも賛同を得るべく見せてみたりもした。
 直接的な戦闘能力で亜空に住む他種族に比べて水をあけられる事が多々ある戦士になら賛成してもらえるかと思った二人の期待を裏切って、殆ど賛同は得られなかった。
 結果は彼らに厳しい言葉で終わってしまった。
 
 それはもう、武器ではない。

 否定的な意見の共通点はそこだった。
 真の記憶から得た画期的な発想に突き動かされていた二人にはそれが時代遅れな発言に聞こえてしまう。
 武器ではないならコレは何か。
 そう問えば兵器だと答えが返ってくる。
 だが二人は平和的な利用法だって十分考慮に入れている。
 運搬や土木作業に大きな成果を残せる仕様に出来る自信が、彼らにはあった。

「何故。この研究開発が進めば一体どれほどの力になる? 若様は何を考えておられるのか。わからぬ方でもない筈じゃ」

「むしろ好んでおられた節もあったと言うのに。澪様も巴様も詳しくは話してくれなかったが、何か理由があるのかもしれぬな。お見えにさえならないとは思っていなかった」

「……確かに。これまで大体の試作品は直接ご覧になって下さっていたのに、儂らのはおいでにさえならずに却下されてしまった。理由、理由か」

「故郷でこのような物が原因で大事な方を亡くされた、等の理由であれば研究を続けるのは困難だろう」

「む。じゃがそれなら先に禁止事項として教えられそうなものじゃが」

 鍛才に長けた男盛りのドワーフの職人と、錬金術でも特にゴーレム作成に秀でたアルケー。
 この二人の出会いは巴の手によって編集された真の記憶の一片による。
 今や資料室とまで言われている真の記憶を編集した知識を集められた場所。
 主に巴と澪、識といった直近の従者が管理しているその部屋には整理の名目で亜空の住人が呼び込まれる事がある。
 本来、資料と報告書のすり合わせをする仕事にない二人が真の記憶に触れたのはその為だ。
 彼らはそこで見た。
 巨人族よりもさらに巨大な人型に作られたゴーレムに人が搭乗して戦う姿を。
 形に残されず、消される予定の記憶の中にそれはあった。
 
「ゴーレムに、人が乗る……」

「有人機? 人が、直接操縦する……!?」

 ドワーフは他種族に劣らぬ武装を求めていた。
 アルケーはゴーレムの可能性を探求していた。
 人がゴーレムに“搭乗”する。
 有り触れたロボットアニメが二人に与えた衝撃は凄まじいものだった。
 ドワーフはそこに至高の武装の姿を。
 アルケーはそこに発想を阻む四方の壁が崩壊する程の、ゴーレムの可能性を見た。
 二人は構想を練り、困難な道をただひたすらに乗り越えた。
 そして先日、ドワーフの長老達に遂に見せたのだ。
 全長四メートルほどの二足歩行人型ゴーレムと、少し背の低い下半身が八脚タイプの人型ゴーレム。
 両機とも人の頭に相当する部分は無く、肩口辺りから上は剥き出しの搭乗者用の席が設置されていた。
 それぞれドワーフとアルケーが乗り、各種の武器を扱い、俊敏な動きも見せた。
 性能を披露するという意味ではこれ以上ない成功だった。
 が、武器とは見てもらえなかった。
 老若を問わず、少なからぬ忌避の目を向けられた。
 真は来ず、巴と識が来ていたが、彼らもあまりゴーレムに対して良い顔はしていなかった。

「大体、武器と兵器の違いとはなんだ? 私にはわからぬ」

「……儂らドワーフの中では、兵器とは戦争を見込んだ、戦争に特化した武器を指す。好んで作ろうとする者は……追放される事もある」

「馬鹿な。このゴーレムのどこが兵器なのだ。より効率的な魔力の消費で多くの物を運搬し、また性能を特化させれば監視や警護も可能、一部の例外はあるが開墾や工事にもこれ以上ない尽力をしてくれるのだぞ」

「儂らは、そう思ってやってきた。もちろん、儂が使う武器としても考えてはおったが。……そうじゃな、これは兵器などではない、断じて違う。ならば手は一つ。若様に、直談判か」

「……直接お見せして、説得か」

「それしかあるまいよ。儂はもっとこいつらの開発をしたい。これらのゴーレムは人が乗らねばただの人形なんじゃ。つまり、何をなすかは使い手次第の立派な“道具”に過ぎん。兵器などと決め付けられたまま終われんよ」

「私も行こう。こうなればどこまでも付き合う」

「ならば作戦じゃ。確実に若様に会えねば意味が無いし、長老に悟られても潰されるかもしれぬからな」

「うむ」

 二人は広い工房で企みを始めた。
 自らの手で産み出したゴーレムに諦めがつかないのが明らかに見て取れる。
 その姿は職人なら誰もが理解できるものだった。
 だから。
 長老の命で彼らを見張っていた者は、その姿を見るのを止めた。

「はぁ……やれやれ」

 耳からイヤホンらしき物体を外して、掛けていた大型のゴーグルも外す一人の男。
 
「……気持ちは痛いほどわかるからのお。若様に直談判、まあ見逃してやろうか。このベレンも、年を取ったのかもしれんなあ」

 工房からはかなり離れた場所で、エルダードワーフが亜空に住まう切っ掛けになった男は独白した。
 
「それに、ああいう“めか”っぽい物は儂も嫌いではないし。おいでにさえならなかった若様に認められる可能性は相当低いが、まあ頑張れ」

 手にしたゴーグルとイヤホンを見つめながら椅子に深く腰掛けるベレン。
 二つは彼の手製の品だ。
 彼もまた真の記憶から機械に興味を抱いた者の一人。
 方向性は違うものの、ゴーレムに情熱をかける二人には多少の同族意識を感じてもいた。





◇◆◇◆◇◆◇◆





「あんな事をしなくても話は聞くから」

「……」

「……」

 後日。
 真の部屋にドワーフとアルケーがいた。
 彼らの直談判計画は見事に失敗した。
 阻止したのは真の従者、澪だった。
 澪の眷属であるアルケーの動きは当然澪にも伝わる。
 妙な動きをしているのが察知されるのは考えるまでもない事であり、高い知性を持つアルケーがそれに気付けなかった事は、いくら彼がゴーレムに熱を入れていたからと言っても間抜けといわざるを得ない。
 澪からの質問(という名のナニカ)が始まる寸前で真の目に止まったのは彼らにとっては幸いだった。
 彼女の行なう特殊なシツモンは時に同じ従者である識をしばらく行動不能に陥らせる威力を有しているのだから。

「それで、二人がここに来たのは……ゴーレムの事?」

 真は部屋に彼らを通し、三人だけの状態にしてから話を切り出した。

「……はい。儂にはあの開発を止めろという若様の意図がわかりません」

「あれもニホントウをはじめとする若様の知識の再現の一つになります。どうしてゴーレムだけが中止命令を出されたのでしょうか」

 二人はその言葉を皮切りにせきを切ったかのように自分達の情熱やゴーレムの利点を話し始めた。
 語りに語って十数分。
 二人は肩で息をしながら、前にいる真を見て返答を待った。

「……そっか。二人は重機としての扱いもしようとしてくれていたんだね。そこまでは僕は気がつかなかった。ごめん」

 真は人が乗って操縦するゴーレム、と報告を聞いた時、ロボットアニメの人型兵器を想像した。
 それは間違いではなかったけれど全てでもない。
 むしろ亜空での運用に十分目を向けていて、彼らは真の世界でいう所の建機のような扱いをゴーレムの運用方法に含めていた。
 真がゴーレムを認める風にも取れる発言をした事で二人の表情がにわかに明るくなる。

「でも。あのゴーレムの研究も開発も。やっぱり僕は認められない」

『!?』

「あれは外の世界どころか、この亜空でも過ぎた力になり得ると思うから」

 銃器ですら危機感を持った真がロボットに危機感を抱かない筈がない。
 魔法と科学、魔法と真の世界の知識はそれだけでも危険な反応を起こすと彼は考えていた。
 現に、現代でも実現されていない人型兵器が原型とは言え短期間で存在してしまっているのも、彼の恐れを助長している。

「若様はまだ見てもおられないではないですか!」

「巴と識から報告は聞いてるよ」

「実物を見れば、必ずお考えを改めて頂けると思います!」

「……どうしてそこまで有人ゴーレムに拘るの、二人とも?」

 真は実物を見て欲しいと願う職人の言葉には答えず逆に聞いた。

「……儂らは武器を作る事には長けていても戦士としては他の種族に比べて脆弱です。だから強い武装を求めてゴーレムに望みをかけました。ですが! それは最初の動機に過ぎません。今はあのゴーレムが持つ多様な可能性を心から追求したいと思うております! もし、若様が仰るのなら武装としての利用を放棄しても構いませぬ。何卒、研究と開発を続けるご許可を!」

「私は元々ゴーレムが好きでして。ですが、これまで人がゴーレムを操縦するという発想にまるで到達できなかった。知ってしまうとその発想の先は、彼も言ったように多様な可能性が幾らでも広がっておりこの上なく魅力的に映りました。今のままの方向性ではないにしても、最早一度知ったそれを忘れることは出来ないと思います」

「前にドワーフの長老さんには銃について話していてね。多分その延長もあって今回長老さん達の段階でも止めようとしてくれたんだと思う。僕は、銃もロボット、ゴーレムもまだ必要が無いと思ってるんだ」

「まだ? まだとはどういう事でしょう。いつなら必要だとお考えですか」

「そうだね。ヒューマンでも亜人でも。彼らが自発的に辿り着いたならその時は必要な時なんだと、そう思う」

「……なら、私達は」

「君らは僕の記憶を切っ掛けにしたでしょ? それは駄目。この亜空の外でそういうものが生まれたその時は、って事だね」

「そんなもの、この先何百年かかるかわかったものでは!」

「だから、僕は必要無いと思って却下した」

『……』

 黙りこむ二人。
 確かに、この二人も真の記憶に触れなければ有人ゴーレムの開発には取り掛かっていない。
 ドワーフもアルケーも。
 この世の終わりでも来たような悲痛な表情を俯かせていた。
 
「なら、は、廃棄する前に一度だけでも。若様に見てもらえんでしょうか。せめて、それだけでも!」

「それは……」

「もし! もしもただ一目でも儂らの子を見てもらえないと仰るなら!」

「ストップ! それ以上言うなら話はもう終わりにするよ。首に当てたナイフも下ろして」

 興奮したドワーフが自らの首に腰から引き抜いた短剣を当てるのを見た真が慌ててそれを制止する。
 手を下ろしたドワーフを見て溜息を吐く真。 

「……あの部屋に出入り出来る人、本格的に絞らないとまずい時期なのかもなあ。あのさ、武器にしないで建設用とか運搬用だけでも、続けたいの?」

「っ!?」

「若様、それはっ!?」

「続けたいのか。はぁ……うーん……あ~……」

『……』

「絶対に、そういう技術は外に出さない?」

 コクコク!
 二人は子供のように首を上下させた。
 絶対。
 こんな言葉はそれこそ“絶対”にあてになどならない。
 存在するものはいつかナニカの形で必ず他に漏れる。
 それが世の常だ。
 本当の門外不出など、そうそうあるものではない。

「なら、建設用の一例を後で見せてあげるから、そっちに路線変更すること。それなら……許可する」

 どこかでそれを知りながら。
 真は二人のゴーレム作りを認めてしまった。
 必死に懇願する彼らに情を移して。
 身内には甘い。
 彼の重大な欠点の一つでもある。

『ありがとうございます!!』

「それと、以後澪に捕まるような馬鹿な事はしない。わかったね? じゃあ、もう行っていいよ」

 二人の退室を見た後に真はまた一つ重い息を吐く。
 認めるべきじゃなかったような、そんな後悔が彼の身を包んでいた。
 
「見なくて、正解だよなあ。建設用の重機だって言っただけでも完成品に期待してるんだから。乗ってみたいってさ。だったら不恰好でもロボットなんて見てみろ。絶対乗りたくなるし、兵器運用込みで許可しちゃう自信があるわ。ロボットは浪漫だからなあ。M○とかA○とかK○Fとかさあ」

 真の独白が自室に力なく響いた。
 ロボット、真もそれらのアニメを見る程には好きだった。
 だから見にいけなかったのだ。
 却下しなくてはいけないと考えているものに魅了される訳にはいかないから。
 こうして、亜空人型汎用兵器開発は亜空建設重機開発へと形を変えて継続される事になった。
 主のお墨付きを得た事でこれらの開発が進み、様々な影響を亜空にもたらす事になるのを彼はまだ知らない。
 一部のゴルゴンがタンクトップに身を包み、開墾をはじめ重機マイスターになっていく事も、極端な巨大化機構を備えた人機両用の道具が産まれていく事も。
 ロッツガルドで若いエルダードワーフが使った巨斧。
 それがアタッチメントとしての側面も持っていた事に真が気付くのはしばらく後の事である。
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