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extra23 その頃海
しおりを挟む突然だが、今、港町が熱い。
ああ、失礼。
私は学者をしている。
と言っても私は魔術言語や神学、兵法などの有名どころが専攻ではない。
街の発展とその条件。
これが私の研究テーマだ。
はっきり言って地味で、誰も見向きもしない題材。
だが、親が遺してくれた遺産を食い潰すだけの私にはそんな事はどうでもいい。
最近にわかに海に面した街の景気が良くなっており、その成長度合いは目覚しい。
どちらかと言えば私は川や湖といった、緑も豊富な場所の方が好きで、海はあまり得意では無かったが格好の研究対象となれば是非もない。
私は取材に向かった。
どうやら、アイオン王国の無駄に横に伸びた国土の果て、ツィーゲの少し北にある小さな港町コランから発生したその熱気は、海岸沿いに点在する他の港町にも伝染していき、次々に街の拡大と発展のサイクルを作り上げているようだ。
そもそも、この世界で海は未開の地だった。
ある程度沖に出て漁をする者や、海岸を伝って他の町に行く者はいたが、本格的に外洋に出る者は殆どいなかったからだ。
当然ながら海沿いに住む者達は貧しく、沿岸から得られる海の恵みで日々を暮らしている。
例外的に国や大商会が助力するなどした場合を除き、大きな港街に成長するケースは少ないと言って良い。
だが、今。
状況が確実に大きく変わった。
原因となった者がどうやら二人いる。
純粋にこの現象に興味を持った私は、ついにそれを突き止めたのだ。
今回は彼らの事を取り上げてみようと思う。
以下はコランに住むある漁師の証言だ。
まだ一部整理がついていないから乱雑な記載があるが気にしないで欲しい。
ああ。
一人は艶やかな黒髪が特徴的な、着物を着たおかっぱの女。
もう一人は、しっとりと落ち着いた紅の髪を長く伸ばした学者風の優男だった。
ん、あんたみたいな神経質そうな感じじゃねえよ。
どっちかってえと、悠々自適な貴族様みてえな余裕を感じたね。
まあ二人とも肌は俺達にくらべりゃ真っ白で、漁なんぞした事もねえって感じだった。
言うまでもねえだろう。
クズノハ商会の澪と識だよ。(澪と識、変わった表記だ。このまま敬称を排して記す)
二人ははじめ、食材を求めて港を訪れたらしい。
澪の目的は刺身に使える魚の選定、識の目的は昆布出汁をベースにした鍋に合う白身魚だ。
ああ、あんた。
昆布出汁は知ってるかい?
この街でも最近は使ってるんだが、ありゃあ役者だよ。
ゴミとして捨ててきたなんて申し訳ねえと心底思った。
海藻から取れるスープなんだ、味わう価値は十分だぜ?
と、宣伝しちまったな。
確か澪と識が来た時の話だったな。
どこの港を訪れても品揃えは貧弱極まりねえものだった。(海で取れる品々はそれほどに種類に富む訳では無い。二人が何と比べて貧弱に感じたのか、不明)
それでも最初の内は二人も手に入る食材で、出来る範囲の料理の再現を大人しく行っていた。
正に嵐の前の静けさ、凪だ。
まずは澪が食材の少なさに我慢できなくなり、漁に出る船、いや舟と呼んだ方が良さそうな小さなそれに飛び乗った。
当時帆を張るような大人数が乗る大型船は漁には使われてねえ、漁師が使うのは専ら手漕ぎの小型船さ。
竿に素潜り、そんなもんに大げさな船なんぞいらねえからよ。
澪は次々に獲物を狩った。
だが、当然積載量に限界がある。
しかも括って持って帰るにも中々思う様に進まない。
もちろん、小舟でそれほど沖に出られる筈もねえ。
舟が載せられない程の獲物が漁れるのかって?
それが漁れるんだからしょうがねえやな。
翌日だったか。
澪は不思議な、ドワーフらしい亜人達を連れて港に来た。
料理は一時中断して、澪は識と奴らを使って地元の船大工と漁船の大型化、それに改良を始めさせたのさ。
ありゃあ立場は澪の方が上だな。
海の男としちゃあ、例え他人でも女の尻に敷かれる男を見るのは見てて面白いもんじゃねえ。
が、あの人は別だ。
俺もかかあにゃ頭が上がんねえし、家じゃなく店に勤める女ってならあの二人の様子もわかるってもんだ。
第一、俺らの誰よりも魚をあげるわ、聞いた事もねえ美味え飯を作るわ。
文句のつけようがねえよ。
ほどなく旅行者を乗せる上等な大型船を凌ぐ性能を備えた海の男の愛機、その原型が生まれた。
少人数で操船できるように大きさこそ客船に比べて一回り以上は小さいが、これまでの船とはまるで別モンのゴキゲンなやつだ。
当然、優れた船があれば漁師達の漁獲量は増える。
基本的な加工技術は港町だけに元々あった、だから町の人間の仕事が増え、店に並ぶ保存用の食品も随分増えた。
この頃からだな。
生活の為の漁が、金を稼ぐ漁としての性格も持ち始めてきたのは。
他の町に加工した魚や魔術で保存した魚をまとまった量で出荷出来るようになってきた。
しかしな。
同時に、それまでさほど多くなかった海賊による被害も増え始めた。
金が動けば賊も動く。
ある意味仕方のねえ事だ。
多分、漁師だった経験のあるチンピラだとか、真っ当に漁るよりも奪う方が手っ取り早いと思った馬鹿が起こりだろう。
本来なら大海原を目指す発展は、ここでいくらか足踏みする筈だった。
だが、ここには澪がいたんだな。ああ、識も。
賊どもは、同情したくなる程にあっさりと、脅威となる前に海の藻屑になったね。
術も矢も、こっちの船に届く前に得体のしれない闇に食われて消えちまうんだよ。
気づけば相手の船は真っ二つ。
そうでなきゃ土手っ腹にまあるい大穴さ。
もし俺が賊なら、澪の姿を見たら後ろに時化の前兆があっても構わず逃げるね。
あの人らのいる船団で漁をする、そりゃあ女神像や精霊像なんて目じゃない位のご利益さ。
漁は、その後澪の乗船もあって順調に新たな獲物を見つけ、沢山の魚介類を海から引き上げていった。
海から金を引き上げるのと同じ、それ位に儲かった。
識?
はじめは澪と一緒に船に乗りはしたんだが、悲惨な位に船酔いする性質だったらしくてな。
ん、それでどうして優れた船を造れたのかって?
さあ、それはどこにも伝わってねえな。俺も知らねえ。
連れて来た亜人、多分ドワーフだとは思うんだが、そいつらが特殊な技術を持っていたのかもしれねえな。
連中、普段の住処は鉱山やら火山帯だって爺様から聞いた覚えがあるが、船作りまで出来るもんなんかね?
あんた、学者さんならあいつらの事は知らねえのかい?
専門、なるほどなあ。
俺らにも得意な獲物とそうじゃねえのがいるから、同じ話か。
それでも識についちゃ一つ逸話がある。
あいつが、凄いやり方で船酔いを克服したってのは、有名な話だ。
多分、笑い話でその辺でも聞けるぜ?
冗談どころか本当の事だけどよ。
ありゃあ、澪が漁に出て上手く狙った魚をあげられずにいた時分の事だ。
二人はちょっとした諍いを起こしたらしい。
そこで澪が識にこんな話をしたんだと。
「酔って船にもまともに乗れない癖に講釈だけは立派ですわね、識。ならばお前も漁に出てその頭の良い漁を見せてみなさいな」
「いえ、澪殿。そういう意味ではありません。ただ、一本釣りに拘らずとも網を使用するのも効率的でより沢山の……」
「そういう事は、自分で海に出て初めて言える言葉ではないの?」
「ぬ……」
どうやら二人の商会内での立場は澪の方が偉いながら、識もそれなりの立場にいるみたいだな。
結局この時は識も特に言い返す事もなく、澪に言い負かされた。
かに見えた。
識にもどこかで男の意地があったんだろうな。
何日かして、識はローブをはためかせて船上にいた。
澪の乗る船と並走する船の船首付近に悠然と立っていたんだ。
その顔には気分の悪さなんてまったく見られなかった。
数日で船酔い体質が改善する方法なんてあるのかって?
話は最後まで聞きなよ。
識は、驚く澪をしたり顔で見返したらしい。
そしてこう言ったんだ。
「揺れが駄目なら、浮いてしまえばいいんです。澪殿、沖の使用に耐える改良網の有用性、お見せしましょう」
すげえだろ?
識は何をトチ狂ったか、わざわざ船に乗ったのに、甲板から常に浮く事で船酔いを克服したんだ。(浮く。浮遊だろうか。しかし、常用するには尋常ではない魔力が必要。真偽不明としておく)
もう船の必要も無いだろうって突っ込みたくなるような、ずれた荒業だぜ。
あ?
盛ってる?
話を盛ってるってか?
がははは。
気持ちはわかる。
だがな、ここまでの事は全部俺が見聞きした事だ。
紛れもなく全部本当だ。
識は紛れもなく、海に出ている間中、ずっと浮いてた。
むしろ、色々すっ飛ばしているから大分大人しく話している方だぜ?
あんた、デュークカジキを知ってるか?
アーマードトロは?
フレーバーショットホヤは?
クラブビッグボディは?
ロブスサーティーンにアーミークラム、エクスポロアーチン……。(要調査。話しぶりから魔物に近い強さなのかもしれない)
わからねえよな。
もし、そいつらの事を調べるなり見るなりしてきたら、そっちの事も俺が知ってる範囲でなら教えてやるよ。
そうだな、あんたにわかりやすく言うなら。
今海賊がいるか?
少なくとも俺らの漁をする範囲でそんなものはいねえ。
最近、被害に遭った船を見かけた事はないだろう?
ああ、そのはずだ。
奴らもひたすら割に合わない事を理解しているからさ。
大半の海賊は漁師に転職してるよ。
残り?
残りはもうお星様さ。海底の、な。
結果、俺らはしばらく前には想像もしなかった程大きく成長した市場に魚を卸す事が出来てる。
まだ見ぬ果てに陸地や島が無いか、探しに出ようって奴らも現れてきた。
新しい漁場だってどんどん見つかってる。
我が町ながらとんでもねえ熱気だ。
信じられるかい?
生で切り身を食える美味い魚を求める女がその情熱の源だって。
寒い時期に鍋に合う白身魚を追求した男がその原動力だって。
俺は今でも夢でも見ているんじゃないかと頬をつねりたくなる事があるよ。
だが、他の港町でもそれぞれ漁が発展し、造船の技術も上がってきてる。(確かに使われている船は進歩が顕著だ。コランは中でも頭一つ抜けているが、これは彼らがオリジナルゆえか)
こいつぁ紛れもない、現実だ。
港町は貧しい所が多かったが、それはもう古い話さ。
港町は今、最高に熱い。
間違いねえな。
あの二人には足を向けて寝られねえ。
いやクズノハ商会には本当に感謝してるよ。
奴らの頼みごとなら漁師は誰でもタダで船を出す。
珍しいブツがあがったり、おかしな事がありゃあ何でも報告する。
頼まれなくてもな。
数日に一回は必ずクズノハ商会の店員は来るから、そん時にな。
ただ、頭の痛い話もあるんだ。
別に部下でも無いから呼び捨てで構わないと澪も識も言うんだがよ。
他人の前ならこうも話せるが、当人を前にしちまうとどうにもいけねえ。
つい、兄貴とか姉御とか言いたくなっちまうからな。
それに、生の魚の切り身、刺身なんて食えたもんじゃねえとも思ってたんだがよ、これが意外にイケルんだよ。
なんつったかな、変わった黒っぽいソースをつけるとまた美味い!
塩っ気が強いんだが、塩とは少し違う感じでな。
……いけね、名前ど忘れしちまった。
あとな、そうだそうだイリザケって言ってな、薄黄色い感じの汁なんだがな。
これもまたそのソースとは違うシンプルな味で魚に合うんだわ。
こっちは揚げ物にも相性が良くてなあ。
色んな物に使えるんだわ。
海辺で生きてきて、まさか外の奴に美味い魚の食べ方を教えられるとは思わなかったぜ。
どっちの調味料もクズノハ商会から買ってるんだが、町のもんにも評判がイイんだぜ。
鍋の味付けも知ってるのから知らないのまで色々教えてくれたし、本当に不思議な連中なんだ。
識が考案した丈夫な網を使った漁じゃあ見た事も無い大きなエビやカニ、それに貝も取れるようになった。
焼いてよし、茹でてよし、蒸してよしの高値で取引されるやつも少なくねえ。
この頃は夕方や休みの日になると浜辺でグリルの店をやる奴も出てきた。
鉄板でただ焼くってのも、また美味い。なにより匂いがたまらねえな。
エビやカニの類は香ばしい奴が突き刺さるように匂ってきやがるし、そこそこ大きい貝なんかは包み込んでくるみてえなとろける匂いが広がってくる。
思い出した、黒いソース。
ショウユって言ってたな。これがまた焼けると独特な匂いがしてなあ。(まったくこう言った話が多い。が、コランのシーフードは絶品である。立ち寄った時には是非、冬ならずとも鍋を頼まれたし)
……へへ、話してたら刺身を肴に一杯やりたくなっちまった。
なんでグリルじゃないのかって? こまけえこたあ気にすんな!
時間も丁度いい頃合だ。
どうだい、続きはあんたの奢りで俺の行きつけの店でってのは。
澪と識の武勇伝、まだ聞きたいだろ。
値段か?
さっきの高値ってのを気にしてんだな?
確かに、最近は有名な料理人とやらも港に来るようになったし、凄い値段がつくのもあるがよ。
ここは地元だぜ?
安くて美味い、海の幸を味わうにはもってこいの店があるのさ。
澪や識が残したレシピも結構あるから、あんたにゃ嬉しい話だろ。
そうこなくちゃ!
後悔はさせねえよ。
そうと決まりゃ、すぐに行こうぜ。
漁師の彼の証言の後、彼と遅くまで随分と飲んでしまったが、確かに美味かった。
魚介類など、肉に比べれば下かと思っていたがそれは愚かな偏見だと思い知らされた。
味覚に合わない苦手なものも少なからずあったのは事実だが、いつか海のある町に住みたいと思う程度には魅力的な料理の数々だった。
しかし、クズノハ商会。
あまり聞かない名だ。
だが、確かにいくつかの港町を回った所、必ずこの商会の名前が出てきた。
いくつもの港町が連動して急速な発展をしているのには、彼らの、特に澪と識なる人物の協力があるようだ。
だが、特に利権を確保しているようでもない。
いくつかの食品の取引をしているものの、独占的な物ではない。
他商会の台頭も気にした様子は無いし、争いも起きていない。
彼らの目的はなんなのだろうか。
建前は魚介料理の研究らしいが、まさかそれだけの筈も無いだろう。
実に不気味だ。
これからも大きくなっていくだろう港町を記録していくと共に、最近私はいつか彼らの詳細を知りたいと願うようになっている。
そう言えば、少し前に騒ぎがあったらしいロッツガルド。
私は世情に疎いから、詳しく何が起こったのか知らないが。
あそこにクズノハ商会は本店を構えていると聞いた。
思い切って訪ねてみるのも良いかもしれない。
代表のライドウ氏は話を聞かせてくれるだろうか。
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