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extra20 その頃亜空④
しおりを挟む翼人。
魔物か亜人かと言えば亜人だ。
ゴルゴンが人に近い魔物なら、翼人は魔物に近い人。
制空権を完全に掌握する事で攻防を両立させる極めて強力な種族である。
亜空においてもその力は当然発揮され、先住種族との訓練でも中々の好成績をおさめつつある。
翼人達は、未だオークやリザードに及ばないと自身を評価しているが、その実エルダードワーフの作った武具との馴染みや亜空での調練など、言わば先住の強みの部分を考えてみれば翼人は健闘していると言えた。
リザードもオークも、空を支配する新たな同胞に頼もしさと、更なる訓練の必要性を感じていた。
つまり彼らの評価は概ね高いという事になる。
……ただ一人。
亜空の主、深澄真を除いて。
「……今日は?」
「はっ! 最長の部隊で一分であります!」
「前回と殆ど変わっていないな……」
本日の訓練結果をまとめる中、翼人の長カクンは眉間に皺を寄せた。
この亜空では様々な種族がいるが、基本的に互いを尊重し共存している。
力の弱い者も強い者も、それぞれに仕事を得て中央都市の運営に尽力し、また新たな土地の開拓にも余念が無い。
翼人は事務能力も高く、ハイランドオークがほぼ一手に引き受けていた書類仕事を共同でやる事になった。
それから将来的には軍備方面や開拓メンバーにも人を送りたいと思っている。
また同時期に移住したゴルゴンと共同で放牧を中心とした動物飼育を行う話も浮上していた。
人数が多い事もあり、彼らは期待のルーキーとなっている。
しかし、翼人の中で唯一上手くいっていない分野がある。
将来的に、と先送りになっている軍備や開拓、危険が伴う場所への協力だ。
これらは基本的に真が種族単位で参加させるかを判断して、その後従者の巴と識が隊員を厳選した上で決められている。
そこで真に弾かれてしまうのだ。
真の許可が無いと全く先に進めない課題だった。
「ショナ様が動物飼育について識様から話をうけましたので、我らの戦闘力自体は若様もご理解頂けているのでは?」
会議室に同席していた翼人の一人が、難しい顔をしたカクンに意見を述べる。
「ああ、識様からもそのように言って頂けた。だが、飛べる事自体の利便性が向いているとの判断も大きいそうだ。純粋な戦闘力としては、まだ認めてもらえていないのだろう」
「我ら、あそこまで鮮やかに完敗する事など無かったですからなあ」
長であるカクンよりも年輩の男性が思わず苦笑いを浮かべる。
戦いにおいて相手の頭を抑えるのは圧倒的な有利を生む。
空から攻める手立てがあり、かつ制空権を掌握する事はこの世界でも有効な戦術だ。
真との訓練においても他種族との模擬戦同様、彼らは同じ戦術で臨んだのだが、結果は完敗。
三分と経たずに翼人の精鋭たちは真に一人残らず射落とされ、慌てふためく補給地を割り出された。
弓矢と、火、水の魔術が真の武器だった。
今は魔術だけを使う真に、分散して出た部隊が瞬殺される日々が続いている。
カクンの頭痛の種だ。
「まさか我々が弓矢や術で落とされるとは」
「これまではそのような輩は餌食だったのですが」
溜息がそこかしこから漏れ出る。
翼人の利は空を飛べる事。
そして弱点もまた空を飛ぶ事だ。
空には基本的に遮蔽物が無い。
下全てから飛び道具や魔術が襲いかかってくるのだ。
だからこそ。
彼らはそれに真っ先に対処した。
風属性に高い理解を得て耐性を高め、一番空に向けての射程が長い風属性の術を徹底的に極めていった。
また術や矢の射程そのものから逃れる様により高度を上げて飛べる精鋭を鍛えた。
普通に考えて。
地対空で空側が相手よりも高い風属性の力を持つ事は、一方的な攻撃を意味する。
相手の射程外の高度から、こちらは射程内の攻撃を撃てるのだから。
付与をつけた矢も、距離が伸びるにつれて威力は落ち、精鋭では無い翼人の兵でさえ、その風の障壁で弾くことができるケースが殆どだ。
このスタイルの確立が、彼らの翼の色による身分制にもつながっている。
高速で飛べて高度も出せる白蝙蝠羽が最も高い階級になるのは当然だったかもしれない。
彼らは身体能力こそあまり高くないが、魔力もまた種族でトップクラスであり生まれながらのエリートとして扱われている。
次に高速飛行には向かないが高度は出せる白鳥羽、その逆である黒蝙蝠羽、戦闘レベルでの飛行能力は低いものの、種族一強靭な肉体とアルカトルと並ぶ強い魔力を持つ黒鳥羽。
より戦闘による犠牲を避けられるように役割や権限を分けていった結果が今の彼らの身分制度だった。
住まう場所が絶壁の上部であり、防御の戦闘はほぼする必要が無かった事も大きい原因だろう。
この亜空では事情が異なる為に族長であるカクン自ら羽に応じた戦い方の考案などに日々睡眠時間を削って励んでいるが。
「若様に把握されぬようにより高度を上げるか……」
「そうしますと、こちらからも若様の場所を特定出来ず、意味が無いのでは?」
「攻撃を撃つ者に限界の射程まで高度をとらせて、その者に攻撃を撃つ場所を示唆する指示役を置くのはどうか? その場所に攻撃をさせる」
「となりますと、地上のどこを攻撃させるかを明確にする方法がいりますな。地図を分割して把握する時に使う座標などを取り入れると良いかもしれません」
「呼吸を合わせる必要があるし、指示役は複数必要になるぞ。無事に若様の位置を把握するまでの犠牲がどれほど出るのか」
「まぐれかもしれんが、以前ペイジが若様の放たれたブリッドをわずかながら逸らした。彼らなら上空の攻撃班と直接念話を出来る者もいる。適役ではないか?」
「それはペイジを捨て石にした戦術だ。我らは犠牲を極力減らす為に今の戦術に至ったのに、真逆の道に活路を求めるのはどうか」
「しかし、既存の戦い方でどうやってあの方に認めてもらおうというのだ。雲の上まで飛ぼうと、攻撃魔術どころか数人で防御魔術を展開している最中ですらまとめて落とされるのだぞ!?」
喧々諤々。
カクンが一言、高度を上げる案を出しただけで会議に参加している作戦担当の翼人達がそれぞれ意見を交わし始める。
残念ながら、有効な手段を確立するまでには至っていないようだ。
当のカクンとて、一案として浮かんだだけの考えだ。
実質、彼らは自分たちの支配する空へ、彼らの最も優秀な狙撃手ですら狙いをつけようと考えない距離から回避不能の攻撃を仕掛けてくる相手を想定していない。
飛び道具を無効化し、かつ一方的に攻撃を仕掛ける。
そのスタイルの徹底と成功が、彼らが荒野で種族規模を大きく保てた理由なのだから無理もない。
「……あのぅ」
議論の熱が少し落ち着いた頃合に、一人のペイジが挙手した。
この場には四種全ての翼の代表が数人出席している。
もちろん、一番身分が低く設定されている黒鳥羽の者達も例外ではない。
それぞれの翼の事はそれぞれにしかわからない。
だからこその措置だ。
それでも立場の低さは自覚しているのだろう、手をあげた少年の面立ちをしたペイジは気弱そうな顔に緊張をはり付けている。
「ん、なんだ?」
カクンは一度周囲を黙らせてから彼の言葉を待つ。
「先ほど、我々が若様の攻撃をわずかながら逸らしたとのご意見がありました」
「うむ」
「それは、事実です。私が提案して成功した事です」
「……ほぅ」
「若様の術は恐ろしく正確です。一度照準を付けられたら、恐らくはアルカトルの皆様でも回避は絶望的な程。しかも威力はかなり抑えられているとの事でしたから一撃必殺と見て間違いありません」
「……続けろ」
カクンはペイジの少年の言葉に反論しようとする三種の羽の出席者を制して彼に言葉の続きを促した。
「ですが、我々が全力の障壁のコントロールと身体能力を駆使して臨めば、一撃、もしかしたら二撃までは逸らしながら耐えられるかもしれません」
『っっ!』
「……ですから、我々が座標を把握し、連絡を密にする事で若様へのより高い空からの攻撃は可能と考えます」
少年は最後、気弱な表情に精一杯の自信を浮かべてカクンへの提案を終える。
それは既に挙がった案への肯定だが、ペイジが積極的に攻めの話に加わる事は珍しい為、周囲の注目を集めた。
「確かに、若様の攻撃を確実に凌げるのならば我々にとって素晴らしい報告だな」
「あ、ありがとうご――」
「が、甘い」
「う、え?」
「より高度なら若様の射程を外れる保証も無いからな。お前も肯定したその作戦は、かなりの訓練期間を必要とする上に、若様の射程は我々の行ける高度よりも下だと前提をおいて初めて有効となる作戦だ」
カクンは議論が交わされる中、自身が述べた事ながら、より高く飛んだ所で真の照準から逃れられるのかという所に早くも疑問を抱いていた。
「それは……その通りです」
「落ち込む事では無いよ。お前は一つ確実な事を私達に教えてくれたのだから」
「確実な事?」
「そう、若様の攻撃を、防げるんだな? お前達ペイジなら」
「兵士として戦場に出る者なら、一撃は確実に。……もちろん、若様の攻撃の威力が現状のままなら、ですけど」
最後に腰砕けになりそうな弱気が出たものの、族長の提案に頷く少年。
カクンにとっては嬉しい言葉だった。
真の従者である巴からも、真自身からも、攻撃の威力はしばらく変更なしと聞いていたからだ。
手加減の宣言も、なりふり構わない現状なら恥じてもいられない。
「素晴らしい。おい、会議は延長する。良いか、三日後の若様との模擬戦。必ずモノにするぞ。逃せば、学園祭とかにご出席なさるとかで、次の機会は一月以上後だ。我らの力、飛ぶだけでは無い事をあの方に示す!」
族長カクンの強い決意の言葉。
策を練る場だというのに、会議室には開戦前夜の如き熱気が渦巻いていた。
真との相性が悪い故に、正当に評価をしてもらえない翼人。
彼らは知らず知らずその力を高めていた。
他種族がその進化に触発され、にわかに亜空の戦力が増強されていく様子を、真はまだ知らない。
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