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extra46 漫画32話支援SS 摘み取られた才
しおりを挟む――思えば何が正解だったんだろう?
――俺はどこで間違えてたんだろう?
小さな家なら数軒敷地ごと収まりそうな豪華な部屋。
日本でもそれなりの暮らしをさせてもらっていた智樹でも入った事すらないレベル。
だが今はここが彼の部屋だった。
手狭なところだが一時的なものだから我慢して欲しいと申し訳なさそうに案内されて、これだ。
準備が整った後、一体自分はどんな部屋で生活する事になるのか。
グリトニア帝国に降臨した勇者、岩橋智樹は苦笑混じりに思考しつつもひとまずは落ち着き。
そして表情を一転して暗いものに変えると、苦い過去を思い出した。
何故自分がイジメのターゲットになってしまったのか。
彼にとっては未だ納得のいく答えが出ず、常に頭の片隅を占拠する大きな悩みだった。
それは……
どうすれば避けられたのか。
どう振る舞うのが正解だったのか。
という疑問でもある。
(いっそ整形でもすれば良かったのか?)
彼は女子にモテた。
イジメの一番の理由はこれだと智樹は考えている。
運動を得意とせず、身体は細かったものの身長は高い。
顔立ちは少女漫画に出てきそうな繊細で整った美形。
彼自身が気にした事はないが、肌も綺麗だった。
だから通っていた中学校に入る前も、小学校、幼稚園から女子に群がられてきた。
その点については、良い事ばかりでもない。
スキンシップを含めやや過剰に好意を示される事も多かった為、智樹を女性嫌いとまではいかないまでも女性がやや苦手というくらいに追い詰めもしていた。
もっとも誰か一人と付き合い始め、やがて数人との交際経験を経て、十分治していける軽度の心の傷だ。
実際のところ、智樹が女の子にモテたのは彼が考えた様に顔だけのおかげではない。
……いじめについてもまたそれだけの所為でもないのだが。
幼少からそんな環境だったからだろう。
心の奥底ではともかく、智樹は女性に優しく振る舞い、彼女たちの話題にもさも興味を持っているかのように上手に話を聞く術を身に付けていた。
そして身に付ける私服、アクセサリーのセンスは生来の天性を宿していた。
同年代の男子に比べ、女子の目で見た智樹はとても大人びた存在に見えていた訳だ。
その上智樹は小学校高学年の頃から、広告代理店で働く父の頼みを聞いて度々モデルとして紙面を飾ったりもしていた。
何不自由のない家、モデルとして声がかかる程整ったスタイルと顔立ち、更にオシャレ。
これはもう、小学校から中学校に進学し体も心も更に成長していくに従って彼が目立たない訳がない。
視野が広がる程に、智樹は魅力的な物件だった。
(それともモデルの代わりなんてやってたのがまずかったのか? だけど俺なんて親に頼まれただけの精々が代役だし、別にそれで威張ったりした覚えもないぞ? たまたま父親が芸能界に近い仕事をしてただけなんてことは俺だってよく分かってる。俺がやってたあんなのは、ご機嫌取りの小遣い稼ぎだった)
ソファから立って大きなベッドに身を投げ嘆息する智樹。
大間違いだ。
……中学生、高校生などという年代は、才能という言葉に特に敏感な頃だ。
異性からは羨望、同性からは時に嫉妬を含む……やはり羨望。
なのに当の智樹はこんなのは誰だって出来る事だと辟易するばかり。
確かに最初は親の職業故の抜擢という事だったのかもしれない。
だが、それで何度もモデルになってくれと言われる事など稀だ。
或いは親のどちらかが余程名の売れた有名人であれば、端役ならと呼ばれ続ける事もあるかもしれない。
だが。
優秀ではあったが智樹の父親はキャスティングや人事に顔が利く役職ではなかった。
そもそも代役での声がかりなどそうそうあるものではない。
周囲はとっくに気付いていた。
智樹にそちらの才覚があるという事を。
七光りの類で出ているのではないという事を。
事実、父親は幾つもの事務所から息子さんを所属させたいと契約書まで持ち込まれていた。
代役ではなく、岩橋智樹が使いたいと少なくとも彼が中学二年になってからはそう、頼み込まれていた。
だが己の才に全く気付く事なくただ面倒くさそうにする一人息子に対し、父親は苦笑交じりに小遣いを弾むから父さんの顔を立てて欲しいと、急遽の、或いは穴埋めの代役や端役として智樹に話を持っていっていたのだった。
何度か親子で話はした。
モデルとして真剣に活動してみてはどうかと。
今の学校は先生と相談してみるとして、高校はそうした活動に理解がある場所を選んでみたらどうかと。
だが、父親が横目に見る芸能界の厳しさは生半なものではなかった。
それゆえに紙面に息子が登場し出した頃には実力だと思うな、浮かれるな、勉強第一だと真逆の事を口にしていただけに父親の言葉は息子には余り響かなかった。
(勘弁してくれ。芸能界なんてモデルだろうが芸人だろうが俳優だろうが、生き残れるのなんてほんの一握り、一生才能と個性の殴り合いと削り合いの世界だ。俺なんかが生き残れる訳ねーだろ。なんで父親がそんな馬鹿話もってくんだよ。中学入る前は私立に受験しろ、成績は落とすなの一点張りだった癖に)
撮影場に足を運べば当然智樹以外のモデルとも出会う。
男だろうと女だろうと。
そこは真剣勝負の場だった。
小遣い稼ぎ、バイト感覚で来ている智樹にとっては対岸の景色に過ぎないが、それでも壮絶な凌ぎ合いには息を呑んだ。
ほんの少し良く映る。
ほんの少し長く映る。
――今ここにいる誰よりも。
その怨嗟の螺旋の如き戦いは、何の覚悟もない智樹から見れば水面下の水鳥などと例えるような穏やかな風景ではなく、金棒を持った鬼の殴り合いそのものだった。
だがその鬼どもも当初は当たりがきつい人もいたが、やがて大体は智樹には優しい兄、姉のように接してくれた。
子役の子からは兄の様に懐かれたりもした。
智樹はそれを自分が彼らの勝負の世界において眼中にない存在だと判断してくれたからだと、ほっと胸を撫でおろした。
逆だ。
この辺りで岩橋智樹は気付くべきだった。
年上の男性モデルたちの多くは兄貴面で智樹を食事に連れて行ったり、遊びを教えようと声をかけてきた。
同様に女性モデルたちの多くは世間話や流行り、趣味の話を振りながら積極的に距離を詰め、更にはランチに誘ってきたり色目を使うようになった。
それは、敵ではないと感じたからではない。
智樹が彼らと共にした数回の現場で、少ない会話で、ねじ伏せたのだ。
暴力の様な才能の輝きで。
智樹やその父親が感じている様に芸能界で生き続けるのは容易な事ではない。確かにそうだ。
ただ、時に例外がいる。
多くの、努力を重ねてその場で輝こうとする人の中で。
圧倒的な光を自然体のまま放つ例外がいる。
父親の七光りで代役の小遣い稼ぎをしているだけの、ちょっと顔が良い若者には撮影の場でポーズを、表情を自在に変化させる事など出来ない。訓練と経験が必要な筈なのだ。
事務所にも所属せず、マネージャーもいない素人に複数の雑誌から単独特集の話もくる筈もない。
何本ものドラマの出演依頼だってこない。
こんなのがあったら良いですね、とその場でスケッチしたジャケットが記者の目を見開かせ、そのまま商品になる事もなければヒットも絶対にしない。もちろん、新ブランド立ち上げの手伝いがどうこうなんて話も来ない。
しかも特集もドラマもブランドの立ち上げも、智樹は話をもらった時に周りにいたモデルを薦め自身は固辞したのだ。
ジャケットについては名前は出ていないだけで実績はしっかりと関係者に伝わっている。
なのにまだ次々仕事の話が降ってくる。
微々たる努力もしていない中学生が目の前でこんなバカげた事を次々やってのけるのを見て、その場にいた多くの同業者は降伏したのだった。
眼中にないのではなく、彼らは智樹に媚びたのだ。
(やっぱ……モデルってのはまずかったよな。変に有名になって、帰宅部で友達も少なかったし……でも告白とかは全部断ってた。誰かの彼女を盗ったりもしてない。それでも、恨まれたりするもんなのかなあ……)
校内、郊外を問わず智樹の存在は近隣で有名で、智樹の登下校を観察していれば近隣の学校の女子の制服はわかる程だった。
告白される回数も相当のものだったが、彼はその全てを断っている。
女性と付き合う事に多少の興味はあったがまだ恐れの方が強く、そしてマンガやゲーム、数少ない男友達と遊ぶ時間の方が智樹にとっては重要だった。
(誰とも付き合わない。そういう意思表示のつもりだったんだけどな。ハハ……それで結局全部無くしたようなもんだ。リュージは、俺にとって初めてできた親友だったのに)
自分にないモノを多く持ち、だが何事にも無気力で消極的。
なのにネットやSNS、雑誌、女子たちの話から伝わってくる智樹の「成果」の数々。
妬みや苛立ちから転じて始まった、校内の男子生徒からのイジメ。
そんな中でも変わらず智樹と親しくしていた同級生も実はいた。
無視を主としたイジメが表面化してきてからは、ただ一人ともいえる友人。
初めて全てをさらけだせそうな友人と出会えたかもしれないと智樹は感激した。
彼となら時間を忘れる程いくらでも話ができた。
初めて部屋に呼び、泊めた。
運動部で汗を流す、一見まるで違うタイプなのに一緒にいるのが楽しくて仕方なかった。
以前はほぼ休んでいた嫌いな体育の授業を彼と出会った後、半分は出るようになった程に影響も受けた。
彼の顔が、智樹の脳裏に浮かぶ。
同時に胸が痛みだした。
その親友、竜司から目を逸らされ無視された日から、智樹は学校に行くのが恐くなったから。
智樹は竜司が、彼が小学校の時から一緒の幼馴染に片思いしているのを知っていた。
彼女の顔も、知っていた。
竜司と一緒にいる時に何度か話をした事もある。
だから。
その彼女から、告白をされた時。
智樹は彼女を傷つけない適当な言葉を組み上げる前に反射的にこう口にしてしまった。
「ごめん、君だけは絶対に無理」
智樹の中の優先順位では竜司が一番だった。
そして彼女の方はランキングにすら入っていなかった。
結末も、言葉も。
すぐに彼女から泣きわめかれ八つ当たりされた竜司に伝わる。
更に。
部活に打ち込んでいた竜司はあまり成績が良くなかった。
そして彼と過ごす時間が何より楽しかった智樹は、やる事がないからとそれなりにやっていた学業を疎かにし、二人一緒に補習を受ける事も珍しくなくなっていた。
決して補習を受ける為に手を抜いた訳ではない。
ただ、元々好きでもなかった勉強に余計に価値を感じなくなったから真面目に取り組まなくなっただけだ。
けれど結果は一緒だ。
智樹が竜司を哀れんだ事など一度もない。羨んだ事や尊敬した事ならば幾らでもあったけれど。
だがその時の竜司の目には……そう映ってしまった。
亀裂に打ち込まれた蚤。
二人の仲は壊れた。
それでも、勇気を持って話し合えばいずれ修復が叶った関係だったであろう。
そう、すべてに投げやりになって無為の時間を過ごしていた智樹が……女神に見出されなければ。
“あら、とても素敵な才能。良いわ。生まれ持った天性のセンスね。流行に敏感なんじゃない。彼が好むファッションが流行になる。それに……うふふふ。この子なら私の世界に新しい美意識をもたらしてくれるかも。そうでなくとも良い刺激を与えてくれるに違いないわ。”
彼女は智樹の才能に惚れ込んだ。
即座に彼を取り巻く環境を情報として取得する。
都合が良い。
女神の感想はそれだけだった。
こんなにも彼女の勇者にぴったりの存在が、首を容易く縦に振りそうな状況でここにいる。
“どうせ魔族なんて人間をもう一人くらいと私の助力さえあればすぐに根絶やしに出来る。せっかくだから戦いがどうのより戦後に役立つ才能に溢れる子が私の勇者に相応しいわ。そうね、『魅了の魔眼』なんてあげればすぐ尻尾を振ってくれるんじゃないかしら”
多くの神話が示す結末では、その手の能力が所有者を幸せな最後に導く事は圧倒的に少ない。
だが女神に迷いはなかった。
有益な能力なのだ。それを授けるのは素晴らしい施し。
あとは、扱う者が力に相応しいか。或いは相応しい存在になれるかどうか。
それは神が考える事ではない。神が人に授ける試練というやつだ。
ともあれ、女神と智樹の交渉は彼女の思惑通りの答えを彼から引き出して終わった。
これが全て。
「まあ、もう全部どうでもいいか。俺は勇者になったんだ。今度こそ、ちゃんとやるんだ。俺の力で、今度こそ全部……!」
晴れ晴れと、とはとても言えない泣きそうな顔で。
帝国の勇者となった智樹は無理やり笑顔を作ると、そう言い放った。
忽然と消え、一切の手がかりもなく行方不明になった一人の少年。
推論が飛び交い、捜索には多くの協力者が名乗り出た。
けれど、何一つ状況は変わらず。
同時期に消えた女子高生の行方不明事件との関連性も疑われたがそちらも全く進展する事なく。
岩橋智樹は消えた。
彼の部屋にあった落書きを見つけた父親が必死に伝手を頼り、そこに描かれた作品をTOMOというブランドで商品化し大ヒット、両親はまるで息子の形見の様に出来上がった服を大切に飾った。
だが岩橋家に彼は戻らない。
時計の針は止まったまま。
ただ、取り残されていく。
応援ありがとうございます!
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