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終章 月と亜空落着編
幕間 日常の陰ひなた(下)
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ぼぼっとひと際大きく揺らめきながら強く光を放つ蝋燭を指して老女が口を開いた。
「コレと同じようなものでしょうね。面倒くさいのは同感よ」
とうに隠居していそうな年齢だが彼女は現役の商人だ。
流通の最大手で今日も若々しく働き続けるツィーゲの女傑、カプル商会代表カプリ氏である。
レンブラントは主だった大商会の代表と意見交換の場を設け神殿の動向を探っていた。
「そちらのにも被害は出ていますか」
「ええ。何せ私のところはほら、街の端から端まで人を遣るから」
「……対策は」
「最近は街角に出てきてそれは熱心に狩りをしているくらいなのよ。対策なんてとても追いつかないわ」
心底困った様子でカプリも頭を抱えているようだった。
狩り、とは神殿による布教活動の事だろう。
ここツィーゲではあまり見られなかった光景だ。
というよりも世界的に見てもかなり珍しい。
ここは僻地ではなく人々が多く集まる文句なしの大都市だ。
普通なら放っておいても神殿は信徒で賑わうし、金も街の規模に応じて集まってくる。
唯一神である女神を奉ずる神殿なのだ、当然の光景である。
が、冒険者と商人がその本性に忠実に活気づきまくっている今のこの国では、神殿の教え、信仰というのははっきり言って下火だった。
何よりも国となったツィーゲの上層部が神殿に積極的に協力していない。
治安も民心の掌握も彼らに依存していないからこそ出来る姿勢と言える。
しかしそれでは神殿は困る。
人が離れては金も集まらないし、発言力も弱まってしまうのだから。
ツィーゲ以外の場所では奇特な支配層によって似たようなやり方で抑えられたとしても、神殿には切り札があった。
美だ。
女神の教えの最も重要な部分にして、神殿に背を向けている人物であってもこの世界の住人であれば殆どが関心を向けざるを得ない話題。
日本人である真からすると種も老若男女をも問わず皆がそれなり以上に美への関心を持っているという状況はおかしくも感じられるが、ここでは真の考え方の方が圧倒的に異端だ。
美は善なる者も邪悪なる者にとっても尊きもの。
即ち美は善悪を超越する絶対の価値なのだと。
美しく在る事、そうあろうと努める事は何事よりも優先されて当然。
そんな考えが多数の心の根底にこびりついている以上、神殿の持つ卓越した美容商品や技術は常に強力無比なカードになってきた。
「狙いは我々ですか」
「活躍している冒険者の方や、影響力のある庶民層も優先ターゲットみたいね」
「影響力のある庶民?」
カプリの答えにレンブラントがはてと聞き返した。
耳慣れない言葉だったがゆえだ。
「いやだ。貴方が始めた事じゃないの。ほら、アイドルとかって」
「……ああ。ああ、なるほど。連中も馬鹿ではない、のか。ん、悪くない目の付け所だ」
一瞬雑な口調で独白したレンブラントが考え込みつつ、敵の狙いを褒める。
「八方に釣り竿を出して釣れた相手が狙い通りなら全力で堕としにかかる。相手が女神様の教えとなれば、ねえ、私たちとはいえ一方的に禁止もできないじゃない」
落ち目とはいえ神殿の人脈や彼らが扱う品々の魅力がなくなったわけではない。
信徒に働きかけるだけで相応の富が動くし、人ひとりの立場をそれなりに上げてしまう事だってできる。
原初の資源の一つである人そのものを動員できる神殿の力は侮ってよいものでは、決してない。
その魅力に負けて自身も女神の教えに少し熱心になっても良いかと思う者はいくらでもいる。
やがてそれが熱烈な信仰に育てられ、或いはすり替えられていく危険な一歩なのだが。
「ですね」
「お金も人もかなりばら撒いている感じね。貴方の神殿嫌いが商人全体にある程度浸透しているから、彼らも必死で生き残ろうとしているのでしょうね」
レンブラントの振る舞いを見て、それでも表立って神殿とずぶずぶに付き合う商会は少ない。
支援や寄付の形を変えるだけならばともかく、明らかにその量が減少していた。
それこそ、ツィーゲの商人全体が示し合わせたかのようにだ。
「……別に嫌ってはいませんよ。これまで通りの支援も約束していますし、結果としてもきちんと果たしています」
「これだけ都市そのものが活性、巨大化していく中でその前と同じ程度の支援じゃあ神殿も納得しないわよぉ。広がった区画に新しい神殿なんて殆ど出来てないのが冷遇の証拠」
「金だけ毟って何もしてくれない連中です、いずれはこうなっていたのではと私は思っていますが」
「奥様と娘さんたちの呪病ね」
カプリがレンブラント家のタブーを平然と口にする。
だが二人の関係は相当良好なのか、レンブラントの方に怒りの感情は見られない。
「だけではありませんよ」
「奥様への化粧品価格と量も、だったかしら」
「ひらすら下手に出る程度の真似をしてみせればまだ可愛げもありました。しかし奴らは」
「本当に泥沼ねえ。けれど神殿もその伝家の宝刀をも叩き折られた形になってしまったのだから、必死にもなろうものよ?」
クズノハ商会を介しての、謎の温泉美容体験と神殿にも勝るとも劣らない効能の化粧品の登場。
リサ=レンブラントの手によって巧妙に噂は広まり、今やツィーゲでの最高峰の美容はリサの秘密のサロンで提供されるのだ、とまことしやかに囁かれる始末。
折角呪病から解放され元の容姿を取り戻せると期待していたリサも神殿のやり口は相当腹に溜まるモノがあったらしく、今なお攻勢は緩まる事がない。
レンブラントと商会、それに神殿との関係については呪病によって最悪にこじれてしまっている。
神殿の対応だけが悪辣だった訳ではなく、レンブラントも子どもじみた仕返しやあからさまな冷遇を行ってきたのだ。
第三者であるカプリから見ればどっちもどっち、というのが正直な意見だ。
そして同時に神殿とレンブラント商会、自身にとってどちらがより重要な存在かというのも明確に位置付け出来ている。
だから彼女はここに、レンブラント商会の応接間に出向いて彼と顔を合わせているのである。
「かつては反女神を掲げた連中がこそこそと信徒集めに奔走するものでした。女神神殿も落ちたものですね、ハハハ」
乾いた笑いに同情や慈悲を一切感じさせない。
それどころか愉快そうですらない。
完全に作り物の笑いだった。
「炊き出しも化粧品も謎のエステも全部レンブラント商会がカウンターで神殿の株を奪っちゃうんだもの。……で、本気で潰すつもりなのかしら?」
「私だけではありませんよ。ほら、クズノハ商会だって同じです」
「同じ? 私には、彼らこそ貴方のお守りになっている気がするのだけど。彼ら、特に代表のライドウ君は凄く面白くて刺激的で楽しい子なのだから、あまり私怨に巻き込まないであげて頂戴」
「私が思うに、ライドウ君もまた女神や神殿には思うところがあるようですから私怨ばかりとは。しかしまあ、バトマもムゾーもそちらも、そしてウチもと。連中の必死さとしつこさとしぶとさはよくわかりました」
「あら、ブロンズマン――」
「代表自ら週の半分は荒野に出てレベルを上げるのに夢中でそれどころではない、との事です。マジックバッグのスキル版を習得した事で役立たずの非戦闘系ジョブの可能性を見たと良い目をしてらっしゃいました」
「……彼らしい。確かに、冒険者に登録してるのに何でジョブに料理人とか鍛冶師とか商人なんてのがあるのか、長年の謎だったものね」
「ライドウ君とこの澪殿はとうとうジョブを料理人にしたようですよ。大分苦労なさったとか」
「……とんでもないわねえ」
わざわざ戦闘に向く数多のジョブを無視して非戦闘系ジョブを取得し、それを嬉々として公言する。
レンブラントが言う様に取得できるジョブに料理人系統が出てくるまでかなりの苦労を伴ったのだと街の噂にも上がってきている。
何もかもあり得ない。
非常識の塊としかクズノハ商会の澪を表現する言葉が見つからないカプリだった。
「まったくです。私など彼らに比べれば凡人も凡人、足元にも及びません」
「それとこれは話が別でしょう。神殿への対応はどうするの? 私も聞いておく資格はあると思うのよ?」
「もちろん、女神の子たるヒューマンとして、心を入れ替えて神殿に相応の寄付をし信仰の場についても積極的に議会を通じて提供しようと考えています」
「……ん?」
レンブラントが笑顔で言い放った内容はカプリの思考をしばらく停止させた。
何度か反芻して注意深く耳から入ってきた言葉をなぞってみる。
わからない。
神殿を必殺しようとしている男の口から、そのつもりで吐かれているとしか思えない空っぽの笑顔を顔に貼り付けて内容としては、あまりにおかしかった。
「実は最近無視できない筋からも神殿への協力を打診されていましてね。ええ、ええ。私も頭を冷やしてこれまでの対応を反省した上で見える形でそれなりの金も出そうかと――」
「しょ、正気なの?」
「……ええ、もちろん。ただし」
「……」
ああ、やっぱりだと。
ただしという言葉にカプリはどこか安堵した。
本当にレンブラントが改心して神殿におもねるなどあり得るはずがない。
眼前の男がこれまでどうやって手を汚し成功を手にしてきたか。
その一端を知るカプリは驚きながらもやはり、彼の心変わりなど信じられなかった。
「新しくいらっしゃる『ローレルの』神殿の皆さんに、ね」
「……えげつないわね、貴方って人は。ライドウ君だってドン引いちゃう」
「女神を頂点とする神殿の信仰は否定しませんとも。応援もしましょう。金も出しましょう。例え女神よりも水の上位精霊を実質上にして祀っているローレルの神殿とはいえ、神殿は神殿でしょう。中宮様より神殿勢力の派遣はまあまあ強く求められてもいました。おや、何か問題でも? えげつない事などなにもありませんが」
「ローレルのは神殿と言っても別物みたいなもので、確実に食い合うとわかっていてやってても? しかもそっちにはレンブラント商会が格別の応援をするとなれば……ふぅ」
何が起こるかは想像できる。
レンブラントはここに長く居ついていた神殿の連中を本気で潰すつもりだと。
「ある程度大人しく、ある程度誠実であれば文句はありません。これだけ亜人も多いツィーゲであの古臭い教えのままの神殿が大きな顔が出来てしまう方が余程よろしくありません。違いますか?」
カプリは首を横に振った。
だがそれはレンブラント意見を認めたがゆえのそれか、それとも彼の意地と徹底した態度に呆れたがゆえのものだったか。
彼女の口から答えが出る事は無かった。
外来種による在来種の駆逐。
或いは蟲毒による害虫駆除。
レンブラントのやり口は実に嫌らしく、効果的だった。
女神信仰はツィーゲでは空気のような存在感のないものへと変わり果て、国の方針への発言力など全くない平和な存在に品種改良されていく、これはその最初期の話だ。
「コレと同じようなものでしょうね。面倒くさいのは同感よ」
とうに隠居していそうな年齢だが彼女は現役の商人だ。
流通の最大手で今日も若々しく働き続けるツィーゲの女傑、カプル商会代表カプリ氏である。
レンブラントは主だった大商会の代表と意見交換の場を設け神殿の動向を探っていた。
「そちらのにも被害は出ていますか」
「ええ。何せ私のところはほら、街の端から端まで人を遣るから」
「……対策は」
「最近は街角に出てきてそれは熱心に狩りをしているくらいなのよ。対策なんてとても追いつかないわ」
心底困った様子でカプリも頭を抱えているようだった。
狩り、とは神殿による布教活動の事だろう。
ここツィーゲではあまり見られなかった光景だ。
というよりも世界的に見てもかなり珍しい。
ここは僻地ではなく人々が多く集まる文句なしの大都市だ。
普通なら放っておいても神殿は信徒で賑わうし、金も街の規模に応じて集まってくる。
唯一神である女神を奉ずる神殿なのだ、当然の光景である。
が、冒険者と商人がその本性に忠実に活気づきまくっている今のこの国では、神殿の教え、信仰というのははっきり言って下火だった。
何よりも国となったツィーゲの上層部が神殿に積極的に協力していない。
治安も民心の掌握も彼らに依存していないからこそ出来る姿勢と言える。
しかしそれでは神殿は困る。
人が離れては金も集まらないし、発言力も弱まってしまうのだから。
ツィーゲ以外の場所では奇特な支配層によって似たようなやり方で抑えられたとしても、神殿には切り札があった。
美だ。
女神の教えの最も重要な部分にして、神殿に背を向けている人物であってもこの世界の住人であれば殆どが関心を向けざるを得ない話題。
日本人である真からすると種も老若男女をも問わず皆がそれなり以上に美への関心を持っているという状況はおかしくも感じられるが、ここでは真の考え方の方が圧倒的に異端だ。
美は善なる者も邪悪なる者にとっても尊きもの。
即ち美は善悪を超越する絶対の価値なのだと。
美しく在る事、そうあろうと努める事は何事よりも優先されて当然。
そんな考えが多数の心の根底にこびりついている以上、神殿の持つ卓越した美容商品や技術は常に強力無比なカードになってきた。
「狙いは我々ですか」
「活躍している冒険者の方や、影響力のある庶民層も優先ターゲットみたいね」
「影響力のある庶民?」
カプリの答えにレンブラントがはてと聞き返した。
耳慣れない言葉だったがゆえだ。
「いやだ。貴方が始めた事じゃないの。ほら、アイドルとかって」
「……ああ。ああ、なるほど。連中も馬鹿ではない、のか。ん、悪くない目の付け所だ」
一瞬雑な口調で独白したレンブラントが考え込みつつ、敵の狙いを褒める。
「八方に釣り竿を出して釣れた相手が狙い通りなら全力で堕としにかかる。相手が女神様の教えとなれば、ねえ、私たちとはいえ一方的に禁止もできないじゃない」
落ち目とはいえ神殿の人脈や彼らが扱う品々の魅力がなくなったわけではない。
信徒に働きかけるだけで相応の富が動くし、人ひとりの立場をそれなりに上げてしまう事だってできる。
原初の資源の一つである人そのものを動員できる神殿の力は侮ってよいものでは、決してない。
その魅力に負けて自身も女神の教えに少し熱心になっても良いかと思う者はいくらでもいる。
やがてそれが熱烈な信仰に育てられ、或いはすり替えられていく危険な一歩なのだが。
「ですね」
「お金も人もかなりばら撒いている感じね。貴方の神殿嫌いが商人全体にある程度浸透しているから、彼らも必死で生き残ろうとしているのでしょうね」
レンブラントの振る舞いを見て、それでも表立って神殿とずぶずぶに付き合う商会は少ない。
支援や寄付の形を変えるだけならばともかく、明らかにその量が減少していた。
それこそ、ツィーゲの商人全体が示し合わせたかのようにだ。
「……別に嫌ってはいませんよ。これまで通りの支援も約束していますし、結果としてもきちんと果たしています」
「これだけ都市そのものが活性、巨大化していく中でその前と同じ程度の支援じゃあ神殿も納得しないわよぉ。広がった区画に新しい神殿なんて殆ど出来てないのが冷遇の証拠」
「金だけ毟って何もしてくれない連中です、いずれはこうなっていたのではと私は思っていますが」
「奥様と娘さんたちの呪病ね」
カプリがレンブラント家のタブーを平然と口にする。
だが二人の関係は相当良好なのか、レンブラントの方に怒りの感情は見られない。
「だけではありませんよ」
「奥様への化粧品価格と量も、だったかしら」
「ひらすら下手に出る程度の真似をしてみせればまだ可愛げもありました。しかし奴らは」
「本当に泥沼ねえ。けれど神殿もその伝家の宝刀をも叩き折られた形になってしまったのだから、必死にもなろうものよ?」
クズノハ商会を介しての、謎の温泉美容体験と神殿にも勝るとも劣らない効能の化粧品の登場。
リサ=レンブラントの手によって巧妙に噂は広まり、今やツィーゲでの最高峰の美容はリサの秘密のサロンで提供されるのだ、とまことしやかに囁かれる始末。
折角呪病から解放され元の容姿を取り戻せると期待していたリサも神殿のやり口は相当腹に溜まるモノがあったらしく、今なお攻勢は緩まる事がない。
レンブラントと商会、それに神殿との関係については呪病によって最悪にこじれてしまっている。
神殿の対応だけが悪辣だった訳ではなく、レンブラントも子どもじみた仕返しやあからさまな冷遇を行ってきたのだ。
第三者であるカプリから見ればどっちもどっち、というのが正直な意見だ。
そして同時に神殿とレンブラント商会、自身にとってどちらがより重要な存在かというのも明確に位置付け出来ている。
だから彼女はここに、レンブラント商会の応接間に出向いて彼と顔を合わせているのである。
「かつては反女神を掲げた連中がこそこそと信徒集めに奔走するものでした。女神神殿も落ちたものですね、ハハハ」
乾いた笑いに同情や慈悲を一切感じさせない。
それどころか愉快そうですらない。
完全に作り物の笑いだった。
「炊き出しも化粧品も謎のエステも全部レンブラント商会がカウンターで神殿の株を奪っちゃうんだもの。……で、本気で潰すつもりなのかしら?」
「私だけではありませんよ。ほら、クズノハ商会だって同じです」
「同じ? 私には、彼らこそ貴方のお守りになっている気がするのだけど。彼ら、特に代表のライドウ君は凄く面白くて刺激的で楽しい子なのだから、あまり私怨に巻き込まないであげて頂戴」
「私が思うに、ライドウ君もまた女神や神殿には思うところがあるようですから私怨ばかりとは。しかしまあ、バトマもムゾーもそちらも、そしてウチもと。連中の必死さとしつこさとしぶとさはよくわかりました」
「あら、ブロンズマン――」
「代表自ら週の半分は荒野に出てレベルを上げるのに夢中でそれどころではない、との事です。マジックバッグのスキル版を習得した事で役立たずの非戦闘系ジョブの可能性を見たと良い目をしてらっしゃいました」
「……彼らしい。確かに、冒険者に登録してるのに何でジョブに料理人とか鍛冶師とか商人なんてのがあるのか、長年の謎だったものね」
「ライドウ君とこの澪殿はとうとうジョブを料理人にしたようですよ。大分苦労なさったとか」
「……とんでもないわねえ」
わざわざ戦闘に向く数多のジョブを無視して非戦闘系ジョブを取得し、それを嬉々として公言する。
レンブラントが言う様に取得できるジョブに料理人系統が出てくるまでかなりの苦労を伴ったのだと街の噂にも上がってきている。
何もかもあり得ない。
非常識の塊としかクズノハ商会の澪を表現する言葉が見つからないカプリだった。
「まったくです。私など彼らに比べれば凡人も凡人、足元にも及びません」
「それとこれは話が別でしょう。神殿への対応はどうするの? 私も聞いておく資格はあると思うのよ?」
「もちろん、女神の子たるヒューマンとして、心を入れ替えて神殿に相応の寄付をし信仰の場についても積極的に議会を通じて提供しようと考えています」
「……ん?」
レンブラントが笑顔で言い放った内容はカプリの思考をしばらく停止させた。
何度か反芻して注意深く耳から入ってきた言葉をなぞってみる。
わからない。
神殿を必殺しようとしている男の口から、そのつもりで吐かれているとしか思えない空っぽの笑顔を顔に貼り付けて内容としては、あまりにおかしかった。
「実は最近無視できない筋からも神殿への協力を打診されていましてね。ええ、ええ。私も頭を冷やしてこれまでの対応を反省した上で見える形でそれなりの金も出そうかと――」
「しょ、正気なの?」
「……ええ、もちろん。ただし」
「……」
ああ、やっぱりだと。
ただしという言葉にカプリはどこか安堵した。
本当にレンブラントが改心して神殿におもねるなどあり得るはずがない。
眼前の男がこれまでどうやって手を汚し成功を手にしてきたか。
その一端を知るカプリは驚きながらもやはり、彼の心変わりなど信じられなかった。
「新しくいらっしゃる『ローレルの』神殿の皆さんに、ね」
「……えげつないわね、貴方って人は。ライドウ君だってドン引いちゃう」
「女神を頂点とする神殿の信仰は否定しませんとも。応援もしましょう。金も出しましょう。例え女神よりも水の上位精霊を実質上にして祀っているローレルの神殿とはいえ、神殿は神殿でしょう。中宮様より神殿勢力の派遣はまあまあ強く求められてもいました。おや、何か問題でも? えげつない事などなにもありませんが」
「ローレルのは神殿と言っても別物みたいなもので、確実に食い合うとわかっていてやってても? しかもそっちにはレンブラント商会が格別の応援をするとなれば……ふぅ」
何が起こるかは想像できる。
レンブラントはここに長く居ついていた神殿の連中を本気で潰すつもりだと。
「ある程度大人しく、ある程度誠実であれば文句はありません。これだけ亜人も多いツィーゲであの古臭い教えのままの神殿が大きな顔が出来てしまう方が余程よろしくありません。違いますか?」
カプリは首を横に振った。
だがそれはレンブラント意見を認めたがゆえのそれか、それとも彼の意地と徹底した態度に呆れたがゆえのものだったか。
彼女の口から答えが出る事は無かった。
外来種による在来種の駆逐。
或いは蟲毒による害虫駆除。
レンブラントのやり口は実に嫌らしく、効果的だった。
女神信仰はツィーゲでは空気のような存在感のないものへと変わり果て、国の方針への発言力など全くない平和な存在に品種改良されていく、これはその最初期の話だ。
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