月が導く異世界道中

あずみ 圭

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終章 月と亜空落着編

英雄講師、誕生?

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「逃げっ、ええっ!?」

 遥か上空を狼に乗って駆けてきた勇者響は目的地に向けて高度を避けたところ、自身に向かってくる複数の気配を察知して警告を発するも即座に彼らが戦闘態勢にある事も感じ取り、思わず驚きを口にした。
 彼女がいた魔族の勢力圏ならばともかく、ここロッツガルドでは有り得ない反応である。
 響が他に誰もいない空とはいえ普段の冷静さを欠くのは珍しい。
 
「真君の知り合い? 悪戯に付き合ってる場合でもないんだけど」

 とはいえ響も今や死線を幾つも乗り越えた勇者。
 実力、レベルともにこの世界においてはトップクラスの強者、堂々たる英雄だ。
 
「魔族の精鋭小隊、いえ中隊ってところかしらね……この程度なら問題ないか」

 相手方の実力を一目で把握する。
 
「っ、へえ」

 何かの魔術を展開され、巻き込まれるのを響は感じた。
 微かに体が重い。
 乗っている狼ホルンは不快な感覚に牙をのぞかせている。
 珍しい初手だが響らにとって動きが鈍る程のものではなかった。
 降下スピードを緩める事なく観察を続ける響。

「空で挑んでくるのは無し。代わりに、対空仕様の魔術ね」

 複数属性の攻撃魔術が飛んでくる。
 威力を察すると響はため息を一つ。

「……優秀な学生さん、てとこ? 噂に聞く真君の生徒ね。何を思って私にけしかけたり……もう!」

 事情は何となく察した。
 しかし響に取れる選択は現実的に考えて相手、恐らくは真の望む展開だけだった。
 これまでの貸借を考えればここで響がごねる道理はない。
 必要であれば日本での縁を利用して厚顔無恥に振舞っても見せる彼女だが、その分譲らなくてはいけないところも承知している。
 真がこれを幾らかでも借した分だと、或いは利息分だと受け取ってくれるならばむしろ響にとっては美味しい展開でもある。
 そして真は状況や事情を鑑みるような事は比較的、しない。
 彼にとっては日常でも戦場でも、借りは借り、貸しは貸し。
 一つは一つなのだ。
 響は思考を戦闘に切り替える。
 剣を構え、相棒の狼と意思疎通して戦闘プランを練る。
 前衛は二人。
 二刀流と短剣、珍しい組み合わせの前衛だ。
 少し下がって大剣。
 中衛にしては位置取りがおかしい。
 
(後は後衛ね。妙な真君モドキもいる。この術を展開しているのは……二刀流の子か。ひと当てでこちらの実力を把握、貫けるならそのまま、そうでなければ二人とも一撃離脱、そして……ああ、あの大剣の子が盾なのね)

 接敵まではまだ数秒ある。
 響の驚異的な状況把握能力だった。
 響に向けられた魔術は指向性の弱いものはホルンの咆哮で、明らかに響に直撃させる意図のものは彼女の剣で既に薙ぎ払われている。
 そして、二刀流と短剣の前衛がホルンに乗った響を迎え撃つ。


◇◆◇◆◇◆◇◆


「生きた英雄と戦える機会なんて滅多にありません。良いご判断かと思います」

「しかも殺さないよう確実に手加減してくれる保証付きの人となれば、言う事なしだよね」

 ジンとダエナがまずは剣を交えようと前に出て始まった対勇者戦。
 空に一筋の線が走り、響先輩の気配が急速に近づいてきた今日この頃。
 ……まったくさ。
 予告なしの智樹は論外だけど、午後からの約束なのに午前の講義中にやってくる先輩もどうかと思う。
 こっちにこなけりゃよかったけど、来ちゃったら相手をせざるを得ない。
 先日の智樹との一件で僕まで変な目で見られてる今、学園で先輩と会うなんて最悪である。
 そしてその最悪が確実に近づいていた。
 また変な噂が増えてしまう……と思っていた僕に不意に良い事を思いついた。
 全てを解決する妙案ではないけれどせめて状況を利用できる一手である。
 ジンに向けて僕は言った。

「ジン、講義内容変更だ。残り時間でこれから降ってくる人とお前らの持てる力全てで戦ってみろ」

『っ』

 この前勇者が降ってきたばかりだから生徒の躊躇いは数秒あったけど、その後は即座に落下点を予測して全員頷き合って走っていった。
 うんうん、この講義が身に染みてるね諸君。
 なんて思った。
 
「おっと、剣も合わせてもらえないか」

「されど相手にするのは了承した様子ですね。あの娘にも貸借という概念はあったようで少しばかり安心しました」

「……響先輩はその辺りちゃんとした人だと思うよ」

「でしょうね。しかしあれは契約書なしの借金まで律義に返す性格でもありますまい。若様とは少しばかり、誠実の方向性が違う御仁ですよ」

「……あー、どうやってここまで移動してくる気なのかと思ったら狼に乗って空を単騎駆けとは先輩には驚かさせるよね」

「ええ。何らかのスキルか魔道具かで出した鎖を放ち、それを召喚した狼に駆けさせる。正確には割り出せませんがコストパフォーマンスに優れた移動法だと思います。欠点は移動できる人数が一人か、頑張っても二人といった所でしょうか」

「先輩はあれで能力的にはタイマン型なんだよなあ。指揮も出来そうなのに、相性は良くないよねえ」

 ジンとダエナがホルンごとの体当たりで吹っ飛ばされた。
 続くミスラにホルンが突っ込んでいる隙にアベリアが一秒、ユーノ三秒にシフが一秒。
 翻ってミスラをホルンと挟み撃ち、ダメージを文字通りコントロールできるミスラとは戦うのも能力も初見だろうにホルンによる制圧という形で無力化。
 ジンとダエナが復帰した時にはもう、二人の他は誰も残ってない。
 分身と界もどきを辛うじて展開したけど……残念。
 先輩は既に二人の間を駆け抜けた後だった。
 やーあの恥ずかしい格好してないのにあの速度か。
 とんでもないな、先輩。
 ライムの報告にあった超高速戦闘ってのも頷ける。
 ジンとライムの剣が宙を舞い、二人が膝を突いて崩れ落ちた。

「接敵から十秒、よくやりました、としておきましょう」

「ジュウキのダメージ限界を数秒で把握とか先輩えげつないな」

「柄で顎を砕くのは少々実戦的に過ぎますが」

「……女同士だから容赦ないのかもな。先輩は勇者だけど元々日本人な訳で。こっちのヒューマン程美にも執着してないのもあるかも」

「……アベリアなど髪を掴まれて奇妙な体技で投げ飛ばされていました」

「あれは柔道なのか合気なのか。はたまたこっちで誰かに習ったのか。凄い投げだったよね」

「しばらく見ぬうちに色々と凶暴になったものです、音無響」

「どう? 識なら勝てそう?」

「さて……負けぬようには戦えましょうが。若様が先輩とお呼びになる方相手にどれほどの戦いが出来るかはわかりませぬ」

 僕に遠慮するって事か。

「しがらみ無しなら?」

「八割勝てましょう。響の切り札、隠し持っている能力次第では……相打ちは一、負けが一、かと」

「随分弱気じゃない」

「アレからは若干の巴殿と澪殿の臭いがしますので」

「?」

 どゆこと?
 思わず心の中で呟く。
 響先輩と巴と澪。
 あまり似てるとこはないような。

「巴殿の策と澪殿の無策。どうにも私は、その両方をアレから感じるのですよ」

「策と無策、ねえ」

 わからん。

「巴殿の余裕たっぷりで待ち構える、プランを幾つも忍ばせるやり方と」

「うん」

「澪殿のいくら食らっても知った事じゃないといったあの無謀にも見えるやり方」

「いや識。先輩は受け止めるタイプじゃなくて回避するタイプだろ」

 僕の突っ込みに識がジト目を向けてくる。

「当たらなければ大したことない、などという無謀。同じでしょう」

「そ、そう?」

 澪は確かに最終的には食らっても食らっても最後に立ってれば良しってタイプだ。
 先輩はどんな強力な攻撃も避けるか撃つ前に潰せば無意味ってタイプ。
 見ようによっては一緒、なのか?
 無謀って括りで?
 識の私怨かトラウマみたいなものが影響してる気もするな。

「冷静に見れば力はまだ私の方が上でしょうが。百戦って九十九私が勝つとしても、いざまみえれば残る一を手繰り寄せる。そんな微かな恐れを捨てきれぬ。あの勇者にはそれがあります」

「……なるほど、わかる」

 っと。
 先輩と狼君がこっちに近づいてきた。
 一人と一匹でジン達をまとめて抱えて。
 中々シュールな絵だ。
 二期生たちが呆然とした様子で一連の様子を見つめている。

「お久しぶり、真君」

 さっきまで一戦してたとは思えない笑顔で先輩が言う。
 汗一つかいてない。
 僕を責める様子も一見では、感じさせない。
 流石だ。
 内心何かしら言いたい事があるのはわかりきってるんだし。

「お早いお着きですね、先輩。ご無沙汰してます」

「しばらくぶりです、勇者殿」

 僕と識も挨拶を返す。
 二期生が一転して騒がしくなる。
 先輩の正体に気付いたのがいるんだろうな。
 それどころか周囲からも気配を感じる。
 野次馬どもめ、実技用のフィールドまで押しかけてくる気でいる!?

「――」

「僕の生徒に胸を貸していただいて、ありがとうございました」

「っ、いいえ、他ならぬ真君の頼みじゃあ断れないもの。良い子良い子と撫でてはあげられなかったけど、アレで良かったのよね?」

 先輩が何か口にする前に状況を決めてしまう。
 少しばかり返してもらいました、という体にして済ませるのがいい。

「もちろん。生きた英雄と手合わせをする機会など早々ありませんから。出来れば数日ほど学園で僕の生徒を見てもらえると助かりますね」

 とまあ冗談も織り交ぜて。
 後は講義を終えて昼から店で落ち合えば良いだろう。

「あら、この世の未来を担うロッツガルドの学生さんには興味があるわ。折角だからそうさせてもらおうかしら。その代わり、今回の無茶なお願い少しばかりお代を勉強してね真君」

「……え?」

「魔力を持たない貴石鉱石なんて。あの女神も前日の夜にあれがないこれがないって騒ぎ出す小学生じゃあるまいし勘弁してほしいものよ。戦場で、敵地の奥深くまで突っ込ませておいて突然パワーストーンを探せ、だなんて。冗談じゃないわ」

「はは、は。いやそうじゃなくてですね、先輩。その戦場からお越しなんですから学生などみている場合じゃないですよ。すぐに戻られた方が」

 先輩も、言われた内容から想像したのはパワーストーンか。
 響先輩と同じ結論に達してたのってのは、こういう簡単な事だとしても何か嬉しいね。
 そして何故僕の言う冗談に限って真に受けてしまう人が多いのか。

「帝国が快進撃して今の戦況があるんだもの、私はお飾り」

「な訳無いでしょう」

「ふふ、そうね。智樹も戻ってきたから今度は私。今回はね、話がついてるの」

「智樹と先輩の間で、ですか」

「帝国と王国の間で、よ」

「……」

「帝国は本気よ。これで魔族との戦いに終止符を打つつもり。私も肌で感じた。リミアも一足遅れはしたけど、本気で戦力も物資も送り込んでる」

「決まりますか」

「帝国の勢いを思う存分利用させてもらう形だけど……決めるわ」

 魔族の難民受け入れ、やるなら急いだ方が良さそうだ。
 ケリュネオンが主になる予定だけど、一応亜空の方もサリと話して詳細を詰めないとな。
 識に目配せすると、静かに頷いてくれた。
 準備は出来てると。
 頼りになります。

「ん、少し早く来ちゃったのはごめんなさい。これだけの距離を一気に移動するのは初めてだから予定狂っちゃった」

「いえいえ」

「折角だし、このまま一緒に商会まで行くわね」

「え」

 とんでもない事を平然と先輩は言いやがりました。
 ざわ、ざわと。
 生徒どもが声を大きくし始める。
 どこからともなく増えてくる学生と言う名の野次馬ども。
 そして聞きたくない単語が幾つも界を通じて聞こえてきてしまう。

「ライドウ先生、やっぱり勇者様とお知り合いなんだな」

「帝国の勇者様に続いて王国の勇者様まで。あんなに親し気に」

「ううん、頼られてない?」

「あの黒髪、美しい……」

「実はライドウ先生も勇者!?」

「それはないだろ! けど」

「ああ、並び立つ英雄かもしれねえ」

「魔族との戦いも苛烈になってるって聞くし」

「来る日がいかなる結果に終わっても、勇者様たちは新たな希望の種を残すべしと仰った」

『!?』

「そう、かけがえのない朋友と未来を担う英雄の卵を育てて欲しいと尊き誓いを交わしたと聞く」

『!?!?』

「まさか、ライドウ氏がそうであったとは知らなかったが……間違いない」

「じゃ、じゃあ」

「ああ。ライドウ先生こそ次代の英雄を鍛える……英雄にして講師」

「英雄、講師!!」

 ……吐きたい。
 何故一から百まで嘘しかないクソみたいな噂が蔓延するのか。
 智樹の時から少しずつはびこるライドウ=英雄講師説。
 そもそも英雄講師なんて言葉はこの世界の歴史でも見た事も聞いた事もない言葉である。
 告白ラッシュの時以来の欝期到来である。
 り、理不尽である!

「いつのまにか英雄講師ライドウなんてのにクラスチェンジしたの、真君」

 耳元で小声で囁く先輩。

「わかっててやってますね、勇者殿」

 更なる誤解を招きそうな響先輩の親し気な所作。
 識が突っ込むもただす気は無さそうだった。
 うおおん。

「そして王国の勇者殿と講師の道を選んだライドウ殿は一度は別れるもこうして……今再会を果たしたのだ!」

「ええ!? 王国の勇者様は帝国の勇者様と密かにご婚約されていると聞いていたのに、まさか!?」

「という事は……!?」

 ああ、もう。
 勇者ってのはいつだって話題の中心だろうけど。
 こうして当事者に巻き込まれると面倒な立場だな、おい。
 また不本意な呼ばれ方が増えるのかと思うと憂鬱になる僕だった。

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