月が導く異世界道中

あずみ 圭

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七章 蜃気楼都市小閑編

安全装置

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 魔族とヒューマンの戦争は現在も続いている。
 魔王であるゼフ陛下は話が出来る人だったけど、今回の戦争を中途半端に停戦させる気は毛頭なかった。
 グリトニア帝国は智樹の思想がどうも理解しにくいとこがあるけど、軍拡路線は変わらず、魔族領に先陣切って進軍している状況から察するにイケイケゴーゴーというやつではなかろうかと思ってる。
 リミア王国、響先輩の意向は……継戦止む無しって感じだったな。
 今回の進軍で長年の決着がつくなんて事は無いだろうけど……帝国はそれなりに本気なんだろう。
 何を、どこを目標にしての進軍かは僕らもまだ掴んでない。
 今のとこうちので智樹の魅了にやられたのはいないとはいえ、絶対はない。
 あまり帝国の調査とかで深入りさせたくないんだよなぁ。
 あそこにいた上位竜のグロントさんもツィーゲに避難してきてるくらいだから余計にね……。
 
「あ」

 思わず声が出た。
 そういや、いた。
 ローレルに行ったときだ。
 ダンジョンの奥で傭兵団と戦った時に森鬼のシイの様子がおかしくなった。
 早めに戻らせて調べてもらったら、結果は魅了の影響下にあるというものだった。
 あの戦いに智樹の魅了にやられた人が混じってて交戦中にシイに伝染ったらしい。
 環と識に手間をかけて治療した結果、今はもう平常で心配はない。
 本人は結構落ち込んでいた。
 あの娘……エリスに憧れて珍妙なキャラ作りしてるのに本人の素の性格はどちらかといえば真面目系苦労人アクア
 に似てるから。
 いや?
 アクアもそこまで言うほどの真面目でもないな。
 堅物なとこもありつつ、そこそこに真面目系クズの匂いもしてる。
 本当に生真面目で潔癖な苦労人ならエリスと組めるわけないもんな。
 ま、そんな訳で魅了というのは面倒で厄介だ。
 シイのは伝染したパターンだけど簡単に治療、解除できるもんじゃなかった。
 そりゃ僕も前に何で更に防御力を高めるんだとソフィアに突っ込まれたさ。
 でも魅了なんて能力を更に高めるかね。
 響先輩の魅了も智樹の魅了も種類こそ違えど女神から与えられた「王権」とかの影響の一端らしいから、魅了スキルの強化以外にも何かメリットがあるのか?

「その、ライドウ殿。随分あっさりと応じてくれるんだな。私を疑ったりはしないのか?」

 ここは臨河のベースから冒険者の足で一時間ほどの距離にある石樹の森。
 名前の通り石の樹が大量に生えてる場所だ。
 石樹は鉱樹と総称されてる荒野素材の一つで、利用範囲も広くそれなりの値が付く。
 ただし重いわ魔物が面倒だわでこの場所は極めて不人気だ。
 アイテムボックス的な魔道具やスキルがもっと普及したら状況が変わる可能性はあるものの、今はまだ誰もいない。
 十中八九罠とわかるようなお誘いなら誰かを巻き込まないとこの方が良い。
 当然、ここと周辺にいる人は僕とリスイさんだけ。
 ……あとは巴と澪がこっそり隠れてる。
 やー流石にロナと一対一はねえ……何を言われて何をさせられるかわかったもんじゃない。
 戦闘能力だけが脅威ではないのです。
 しかもロナは陛下にベタ惚れである。
 識とアベリアに置き換えればわかる事だけど、何をしでかすかわかったもんじゃない。
 ロナのあの感じは、かなりやばい。
 あれは絶対に魔族や国にじゃなく陛下に忠誠を誓ってる。 

「え、別に信じてる訳でもないですよ」

「え?」

「リスイさんにはリスイさんの事情があるんだろうなとは思ってます。ロナの性格を考えれば必要ならゼフ陛下以外誰だって利用するでしょうし、脅しもするでしょうからね。言いにくい事もあるかなと」

「ありがたいが……そこまで魔族の事情に詳しいのに、戦争には興味なしなのかい?」

「どっちかにつけと?」

「普通に考えれば当然の判断だと思うが」

「それは魔族の普通ですよ。力ある者には相応の権利と責任が、って考え方」

「う……」

 魔族であって軍属を離れたリスイさんでもその辺りの思考は変わらないものなんだな。
 何の取り柄もない小さな村で暮らしてるヒューマンですら自分たちが女神の寵児であると信じて疑わないのに似てるかもしれない。
 ヒューマン様だろうと気に入らなきゃ僕みたいに扱われる事もある訳ですが?
 あいつ、女神にとって果たしてヒューマンってどれほどの存在なんだろうな。
 目覚めてからもヒューマンにそこまでの肩入れをした痕跡もない。
 女神の使徒くらいか?
 アルテ。
 雷なんて反則属性使いくさってくれやがって。
 巴との相性も大分悪くて怪我させちゃったし。

「……ツィーゲで苦労して商会の皆にまで迷惑かけてこそこそやるよりさ、こういうとこでさっさと用件を済ませた方が良いと思っただけです。で、ロナの動き次第では共闘して僕を襲ったりするんです?」

 ないと踏んでるけど確認はしておく。
 うんともいわないだろうけど。

「流石にそこまでする義理はないとも。むしろライドウ殿に協力してロナに痛い目見せる方がありえるね」

「安心しました」

 巴と澪も周囲の魔獣を掃討して配置についてる。
 さて、もういつ来てくれても良いんだけど……。

「……ところで、今日来ないって可能性はありますかね」

 数日ベースを拠点に行動するのは正直面倒臭い、などと思ってしまう。
 リスイさんは僕の不安を払拭するように首を横に振った。

「ない。あの綿密な念話を欠かさないロナが一度の緊急連絡だけで、かなり焦った様子で私でも痕跡を掴める雑さで一直線にここを目指している。魔族にとってかあいつ個人にとって最悪に近いナニカがあったのは間違いない。確実にもうじきに来るだろうさ」

「……良かった」

 リスイさんの顔色は良くない。
 脅迫でもされている?
 あまり脅せるタイプの人にも見えないけど……。

「おいおい、本当にロナはどうしたんだ?」

 もう臨河を出てたみたいだ。
 隠れて奇襲、リスイさんを使って罠を仕掛ける、どちらかは絶対に挨拶代わりにやってくると思ってたのに。
 気配だだもれ。
 隠れる気すらないぞ、これ。
 
「来たのかい? 私はまだ」

「ええ、後三十分はかからないでしょうね」

「……そうかい」

「らしくない。これじゃまるでイオみたいだ」

「四椀の魔将かい。武人にも将軍にもなれる器用な男みたいだねえ」

「本人の気質は武人よりでしょう。軍として任務に忠実である事もできても」

「巨人族の武人としての血をきちんと抑えられるだけでも大したもんさ。あれなら精霊とでも殴り合える」

 リスイさんはイオとも顔見知りか、友達である可能性あり。
 確かにイオなら素手じゃなくあの時の四属性が宿ったガントレットを装備した状態なら中位はもちろん、上位精霊相手でもそれなりに戦えそうな気はする。
 
(若、ロナです。明らかに様子がおかしいですな。制圧しても?)

(いや必要ない。ひとまずこの目で直接見てみたい)

(御意――)

 巴から見てもロナはおかしいか。

(若様。ロナが何やら妙な魔術を)

(澪?)

(ご注意ください! 何か、これ、良くない!)

(?)

 澪が危険を感じてる?
 ロナに?
 知略が売りのロナが明らかにおかしな様子で長所を失ってる状況だろうに危険だって?
 まあ、警戒は勿論してる。
 戦闘でも交渉でも。
 あいつにいい様にやられはしない。

「ら、ライドウ殿!」

 巴と澪との念話を終えて気を引き締めた僕の耳に慌てたリスイさんの声が届く。
 彼女の方を見る。

「な」

「ライドウ、お願い、死んで」

 目の前にロナがいた。
 いや、なんで?
 一瞬、当然の思いが頭をよぎる。
 ロナと目が合う。
 ああ、普通じゃあない。
 けど次いで感じ取れた、彼女の全身から漂うただならぬ雰囲気が目なんかより僕をひりつかせた。
 この感じ、まさか。
 らしからぬ動きで僕の懐に入ったロナはそのまま黒いモノを纏った左手を躊躇なく突き出す。
 回避、は無理。
 何故か障壁をものともしていない、距離を取りながら障壁の連続展開も望み薄か。
 受けるしかないな。
 ぐっと腰を落として両足で大地を踏みしめる。
 耐えて、一発殴るか。
 ロナめ、何をとち狂ってる!

「!!!!」

 こ、れ!
 突きを食らった場所が、じゃ、なく!
 全、身が、千切れ……!!
 
「が、は……っ、ふっ……」

 吐き、だす息だけ、で。
 叫び、だした、くなる。
 激痛が体と心で、暴れる。
 不意にやってくる優しい衝撃。
 
「あ、あ、ひざ、か」

 無意識に膝を突いてたみたいだ。
 くっそ、これすぐに反撃できる感じじゃない。
 アルテの赤雷の比じゃないぞ、なんだこの……黒い雷みたいの。
 間違いなく、こっちにきてから、一番痛かった。

「若!」

「若様!」

 聞き慣れた二人の声。
 見れば既にロナを制圧して巴と澪は僕を見ていた。
 ちぇ、自分でやろうと思ってたのに、予想外の威力で耐えるだけで精一杯だった。
 僕を殺せるだけの切り札を手に入れて正面から僕を殺しに来た。
 まさかそういう事なのか、ロナ。

「……なんで、生きて、だからこその、安全装置……」

「……はぁ?」

 前半は目の前の事態が全く理解できない様な表情で、後半はしてやったと言わんばかりの彼女らしい顔で、ロナは笑って……全身から血を吹いた。
 
「はぁ!?」

「ち、面倒な女狐じゃの!!」

「ばっちいです!!」

「ロナ!!」

 ああ、訳がわからない。
 わからないけど。
 ただ、痛かった。
 それこそ、今ロナがなっているように。
 全身から血を出してやしないかと自分の体を確認してしまうほど。
 ツィーゲでののんびりした時間もどうやら終わりみたいだな、と僕はどこか他人事みたいにそう思った。
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