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七章 蜃気楼都市小閑編
旅の終わりガールズサイド
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友情は恋愛の前に無力らしい。
「ちなみに姉妹の絆も役に立ちませんよ」
「心を読まないで」
「あらそんな下種な真似しません。表情だけです」
シフは妹の背を見送りながら遠くを見つめ、アベリアに話しかけた。
アベリアがシフと二言三言の言葉を交わした後に再び席に着くと、シフは氷が入ったグラスを傾ける。
香ばしさと苦みが口を洗い流す。
アイスコーヒーのブラック。
レンブラント家の長女は中々セレクトが渋い。
ちなみにアベリアはミルクと蜂蜜をたっぷり加えた女子力に溢れたセレクトである。
脳内に想定された相手が誰か、すぐに突き止められる。
元がコーヒーである必要があるかないかは別の問題として。
「ツィーゲ最新の流行スポットを回ろうとか言い出した当人が……一軒目で!?」
そしてもう一人、わざとらしく髪形を隠しサングラスを着用した女性が茫然と呟く。
まあ当然だろう。
脱兎がごとく店を飛び出していった彼女の親友にして、地元民としてガイドをしてくれと半ば無理矢理に頼まれたその人なのだから。
名をアーシェス。
冒険者ギルドの受付にして、生まれたばかりの職業であるアイドルでもある逞しい女性である。
シフもアベリアもアーシェスと直接の繋がりが無いのがいっそ清々しい。
どういった情報筋からかは謎だが、ユーノ=レンブラント本人は恋人であるミスラがリサ=レンブラントと接触するかもしれないとの情報を得て迷う事なくこの集まりを中座して駆けだしていってしまった。
「確かバトマ商会のご令嬢でしたね。姉の私が言うのもなんだけど、よくあの子の親友をやってくれているわね。ありがとう」
「そんな、シフ様。ユーノとは幼馴染みたいなものですから、こういうのにも、ええ、少しは慣れています」
「逞しいのね、アーシェスさん。うん、けど昨夜見せてもらった舞台を思えば、そのくらいの胆力というか度胸は持ってて当然なのかしら」
「あ、あれはですねアベリアさん! 成り行きで何故かアイドルって謎の職業になっちゃっただけでして! 一応! お仕事ですから! 覚悟も決まるといいますか……」
あたふたしつつもレンブラント商会長女であるシフ、それにロッツガルド学園の学生にしてクズノハ商会と深く関わるアベリアと同席している緊張に圧し潰されずに応じるアーシェス。
アベリアが評価したように、相当に図太い。
でなければライドウに頼み事などできないだろうし、ツィーゲの冒険者たちとも渡り合えないとも言う。
「お父様も時々は馬鹿になるのね、と最初は思っていたのだけれど……あの熱気を肌で感じると少し、恐ろしくなったわ」
「シフ様? あの、奇天烈衣装で歌って踊るだけの見世物ですよ、アイドル」
アーシェス自身はまだアイドルという存在の持ちうる力をあまり理解していない。
そして彼女は長らくギルド職員として、最高クラスの冒険者とそのスキルを目の当たりにしてきた。
だからこそプロの、この場合は冒険者としての踊り子や歌い女、吟遊詩人ではない何のスキルも持たない少年少女を舞台に立たせるアイドルの意味が今一つわからずにいる。
一方ある意味で先入観のないアベリアやシフは凄まじい熱気に満ちたライブ会場を直接味わった事で宣伝塔としての価値や、いずれ彼らが持つだろうファンへの発言力などを想像し得た。
更に先の独立戦争時での士気の向上や維持に果たした役割についての資料もレンブラントから見せられている。
効果は絶大だった。
ただユーノだけは友人としてのフィルターもかかっている所為もあってか、露出多めでフリルのドレスという愉快な衣装で歌っているアーシェスを見て腹を抱えて爆笑していたりする。
ユーノの指差し爆笑を思い出したのか、アーシェスが苦悩を抑えるように額に手を当てて溜め息をつく。
「もしかしたら貴女はバトマを大復活させるか、お父上を超えるようなやり手の商人になるかもしれないわ……」
「え、シフ様って真顔で冗談仕掛けてくる方でした?」
「アイドル……若い時にやっといて後のキャリアに利用するってのもありよね……。冒険者より安全だし物凄く有望な職業じゃないかしら」
「アベリア様まで!? あの、ユーノと違う方向の弄りもキツいんですけどぉ」
「知らずは己ばかりなり、か」
きりっとしたアベリアが嬉しそうに教わったばかりの言葉を口にする。
誰に教わったかは丸わかりだ。
「あら、識さん語録?」
「そうよ、悪い?」
「いいえー。ユーノは逃げたし、アベリアからは常に惚気られるし。で、アーちゃんの彼氏はどんな人なの?」
「いませんよ」
「え?」
「仕事仕事で恋愛する時間なんてありませんですよぉ!」
「その台詞、女の子でもいうものなのね」
「シフ様だって、浮いたお話なんて聞きませんけど! 良い方はいらっしゃるんですか?」
「一番はライドウ先生ね」
「……瘴気、いえ正気ですか?」
アーシェスが目を点にしてシフに聞き返す。
「レンブラント家長女としてはね」
「……ご病気から立ち直って本当にお考えが変わったんですね。ユーノもですけど」
「あら、ミスラに下手惚れのウチの妹も、もし先生から求婚されたらミスラをフって先生と結婚するわよ?」
「うぇっ!?」
「お父様もお母さまもモリスまでぐいぐい推してくる相手なんて多分先生くらいだもの。まあ私が親でも同じようにするでしょうからそこに文句はないのよね」
「徹底してるよねーレンブラント家。損得勘定が第一っていうかさ」
アベリアがシフに突っ込む。
対してシフはわかってないわねと言わんばかりに首を振って笑顔を見せた。
「そりゃ先生とクズノハ商会両方に図太いパイプが作れるから、というのも理由ですけれどね? 勘違いはしないでねアベリア。考えればすぐにわかる事、ライドウ先生が妻を泣かせる男性に見えます?」
「……見えない」
「でしょう? あの方となら一生楽しく幸せに過ごせる、そんな確信が何故かあるもの。多分両親もそう思ってます。先生はよくご自身を不運だとかついてないと仰るけれど、レンブラント家にとっては出会いから今まで徹底して幸運の精霊みたいな方なんです。淡い恋心や初恋なんてもの、比べるまでもない存在なんです」
「なるほどね、本当の損得がわかってるわけか。参りました」
アベリアがカラフルな一口サイズの菓子を口に放り込む。
マカロンによく似たその洋菓子はテーブルの中央でオシャレな丸容器に山と盛られている。
三人とも気に入ったのか、静かに山のサイズは小さくなっていっている。
「ちなみにアーちゃんもやり手ですよ? 私達が呪病に侵されていた時、彼女はそれでもお見舞いによく来てくれていたもの。お父様が面会謝絶にするまで、ずっとだったはず」
「……へぇ」
「え、友達のお見舞いくらい行きますよ、人として」
アーちゃん、アーシェスはシフに話を振られ、だが何がやり手なのかといった顔をしていた。
友人の見舞いなんて誰だって行くだろう、そう言いたげだ。
アベリアは彼女の無垢なる善性に思わず笑みをこぼし、シフはそんなアベリアを見て笑みを浮かべた。
「? なによ」
「以前のユーノとまともに付き合ってた子が見た目通りのぽわぽわ善い娘な訳が無いでしょうアベリア」
「え」
「自分で言うのも恥ですが、私も妹も学園の悪評は大体間違ってないくらいのひねくれた子でしたからね? アーちゃんもツィーゲの勝ち組っ子、呪秒で再起不能だって噂された私達姉妹にも根気よくお見舞いを続けたのは、それが一番得だとこの子が判断したからです」
「……」
「本当に駄目でも最後までお見舞いにいった健気な娘、奇跡的に再起を果たした場合でもユーノの一番の親友というステータスを確たるものに出来ますもの。むしろ影口を叩いて距離を取る事にはデメリットしかありません。ちゃんと見てるんですよ、ツィーゲの女ですもの。ね?」
シフは特に悪意を持って糾弾している訳ではない。
ただ淡々と説明するだけ。
「計算だけで動いていた訳じゃありません。本当に回復を願っておりました。ただ、レンブラント商会自体が力を失った訳でもないのにシフ様やユーノ、奥様の惨状を笑ったところで精々一時だけ自分のコンプレックスが紛れるだけ。何の得もないのは子どもながら理解できましたけど」
そしてアーシェスも悪びれるでもなくシフの言葉を肯定する答えを口にした。
アベリアの表情はそんな子ども嫌と口ほどに語っていた。
と同時にツィーゲの商人の世界は熾烈なんだな、と彼女なりに理解した。
「……でも、結構な状態になってたんでしょ? 怖くなかったの?」
「? ハゲ出して肌荒れが凄くなって、ちょっと魔物っぽい目をしてたくらいです。大した事ありません。ツィーゲなんて大通りにだってびっくり箱みたいな強くておかしなのが普通の人みたいな顔して歩いてるとこなんですよ。病気が治れば容姿なんて戻るだろうし、冒険者ストーカ―の方がよほど怖いです」
「冒険者ストーカ―……」
絶句するアベリア。
シフも苦笑している。
「ええ。Aランク以上の冒険者がこじらせると一般人じゃもうどうしようもありません。私でぎりぎり何とか助かったくらいですよ? 思い出したくないような恐怖体験だって一度や二度じゃないんですから」
アーシェスはしみじみと当時を思い出す。
つらつらと彼女が語る内容は凄絶で。
アベリアもシフも恐怖で顔をひきつらせながらも聞かずにはいられない、思いがけない辛い時間となった。
実際ツィーゲでの冒険者絡みの恋愛沙汰というものは幸せハッピーエンドばかりではない。
アベリアとシフからの問いに何度アーシェスが力なく首を横に振って「詰みです」と呟いた事か。
アイドル稼業に奮闘するアーシェスには現在進行形で危険がある話題だが、彼女もそれなりに経験豊富な身。
ストーカーだけではなく心強いファンも作る事で相殺したり、後ろ盾としてレンブラント商会やバトマ商会の名を使ったり。
今のところは彼女なりの処世術で対処できていた。
「事件だよお姉ちゃん!!」
と女子会に華が咲いていたところに、真っ先に中座したユーノが戻ってきた。
逃げた時同様の全力ダッシュで、である。
一切の断りなくアーシェスのグラスを手にして一気に飲み干したユーノ。
『……』
迷惑な嵐がやってきた、といった表情の三人。
「お母さまの肌が妙に調子良い謎、解けたの!」
「! なんですって!?」
「答えはクズノハ商会の保養施設にあり、みたい!!」
「クズ……あのねユーノ。どうやって行くのよ、それ」
出鼻をくじかれたシフの代わりにアベリアが答える。
「もちろん、管理人さんに許可もらった! ……どうする、御三方?」
答えはわかっている、と言いたげなユーノが一応質問する。
修学旅行でツィーゲに帰省して、母親であるリサが明らかに色々と若返っている事に気付いたレンブラント姉妹。
最終日にしてようやくリサがその秘密を明かしたらしく、ユーノのテンションは最高潮だった。
そしてそれは実際にリサを見たシフもアベリアも一緒だ。
アーシェスも最近のレンブラント夫人の美しさの秘密は気になっていた。
つまり。
「折角の休日に振り回された事だし、親友はお詫びを求めるわよユーノ」
とはアーシェス。
「最終日だなんて勿体ぶって、お母様」
とはシフ。
「クズノハ商会の保養施設ならいずれ私は使えるはず。だから今日先取りしても許されるはず」
とはアベリア。
お年頃の女性たちはユーノを先頭に店を飛び出した。
目指すは温泉、学園に帰ったらそうそう行けない場所である。
彼女たちに迷いはなかった。
「ちなみに姉妹の絆も役に立ちませんよ」
「心を読まないで」
「あらそんな下種な真似しません。表情だけです」
シフは妹の背を見送りながら遠くを見つめ、アベリアに話しかけた。
アベリアがシフと二言三言の言葉を交わした後に再び席に着くと、シフは氷が入ったグラスを傾ける。
香ばしさと苦みが口を洗い流す。
アイスコーヒーのブラック。
レンブラント家の長女は中々セレクトが渋い。
ちなみにアベリアはミルクと蜂蜜をたっぷり加えた女子力に溢れたセレクトである。
脳内に想定された相手が誰か、すぐに突き止められる。
元がコーヒーである必要があるかないかは別の問題として。
「ツィーゲ最新の流行スポットを回ろうとか言い出した当人が……一軒目で!?」
そしてもう一人、わざとらしく髪形を隠しサングラスを着用した女性が茫然と呟く。
まあ当然だろう。
脱兎がごとく店を飛び出していった彼女の親友にして、地元民としてガイドをしてくれと半ば無理矢理に頼まれたその人なのだから。
名をアーシェス。
冒険者ギルドの受付にして、生まれたばかりの職業であるアイドルでもある逞しい女性である。
シフもアベリアもアーシェスと直接の繋がりが無いのがいっそ清々しい。
どういった情報筋からかは謎だが、ユーノ=レンブラント本人は恋人であるミスラがリサ=レンブラントと接触するかもしれないとの情報を得て迷う事なくこの集まりを中座して駆けだしていってしまった。
「確かバトマ商会のご令嬢でしたね。姉の私が言うのもなんだけど、よくあの子の親友をやってくれているわね。ありがとう」
「そんな、シフ様。ユーノとは幼馴染みたいなものですから、こういうのにも、ええ、少しは慣れています」
「逞しいのね、アーシェスさん。うん、けど昨夜見せてもらった舞台を思えば、そのくらいの胆力というか度胸は持ってて当然なのかしら」
「あ、あれはですねアベリアさん! 成り行きで何故かアイドルって謎の職業になっちゃっただけでして! 一応! お仕事ですから! 覚悟も決まるといいますか……」
あたふたしつつもレンブラント商会長女であるシフ、それにロッツガルド学園の学生にしてクズノハ商会と深く関わるアベリアと同席している緊張に圧し潰されずに応じるアーシェス。
アベリアが評価したように、相当に図太い。
でなければライドウに頼み事などできないだろうし、ツィーゲの冒険者たちとも渡り合えないとも言う。
「お父様も時々は馬鹿になるのね、と最初は思っていたのだけれど……あの熱気を肌で感じると少し、恐ろしくなったわ」
「シフ様? あの、奇天烈衣装で歌って踊るだけの見世物ですよ、アイドル」
アーシェス自身はまだアイドルという存在の持ちうる力をあまり理解していない。
そして彼女は長らくギルド職員として、最高クラスの冒険者とそのスキルを目の当たりにしてきた。
だからこそプロの、この場合は冒険者としての踊り子や歌い女、吟遊詩人ではない何のスキルも持たない少年少女を舞台に立たせるアイドルの意味が今一つわからずにいる。
一方ある意味で先入観のないアベリアやシフは凄まじい熱気に満ちたライブ会場を直接味わった事で宣伝塔としての価値や、いずれ彼らが持つだろうファンへの発言力などを想像し得た。
更に先の独立戦争時での士気の向上や維持に果たした役割についての資料もレンブラントから見せられている。
効果は絶大だった。
ただユーノだけは友人としてのフィルターもかかっている所為もあってか、露出多めでフリルのドレスという愉快な衣装で歌っているアーシェスを見て腹を抱えて爆笑していたりする。
ユーノの指差し爆笑を思い出したのか、アーシェスが苦悩を抑えるように額に手を当てて溜め息をつく。
「もしかしたら貴女はバトマを大復活させるか、お父上を超えるようなやり手の商人になるかもしれないわ……」
「え、シフ様って真顔で冗談仕掛けてくる方でした?」
「アイドル……若い時にやっといて後のキャリアに利用するってのもありよね……。冒険者より安全だし物凄く有望な職業じゃないかしら」
「アベリア様まで!? あの、ユーノと違う方向の弄りもキツいんですけどぉ」
「知らずは己ばかりなり、か」
きりっとしたアベリアが嬉しそうに教わったばかりの言葉を口にする。
誰に教わったかは丸わかりだ。
「あら、識さん語録?」
「そうよ、悪い?」
「いいえー。ユーノは逃げたし、アベリアからは常に惚気られるし。で、アーちゃんの彼氏はどんな人なの?」
「いませんよ」
「え?」
「仕事仕事で恋愛する時間なんてありませんですよぉ!」
「その台詞、女の子でもいうものなのね」
「シフ様だって、浮いたお話なんて聞きませんけど! 良い方はいらっしゃるんですか?」
「一番はライドウ先生ね」
「……瘴気、いえ正気ですか?」
アーシェスが目を点にしてシフに聞き返す。
「レンブラント家長女としてはね」
「……ご病気から立ち直って本当にお考えが変わったんですね。ユーノもですけど」
「あら、ミスラに下手惚れのウチの妹も、もし先生から求婚されたらミスラをフって先生と結婚するわよ?」
「うぇっ!?」
「お父様もお母さまもモリスまでぐいぐい推してくる相手なんて多分先生くらいだもの。まあ私が親でも同じようにするでしょうからそこに文句はないのよね」
「徹底してるよねーレンブラント家。損得勘定が第一っていうかさ」
アベリアがシフに突っ込む。
対してシフはわかってないわねと言わんばかりに首を振って笑顔を見せた。
「そりゃ先生とクズノハ商会両方に図太いパイプが作れるから、というのも理由ですけれどね? 勘違いはしないでねアベリア。考えればすぐにわかる事、ライドウ先生が妻を泣かせる男性に見えます?」
「……見えない」
「でしょう? あの方となら一生楽しく幸せに過ごせる、そんな確信が何故かあるもの。多分両親もそう思ってます。先生はよくご自身を不運だとかついてないと仰るけれど、レンブラント家にとっては出会いから今まで徹底して幸運の精霊みたいな方なんです。淡い恋心や初恋なんてもの、比べるまでもない存在なんです」
「なるほどね、本当の損得がわかってるわけか。参りました」
アベリアがカラフルな一口サイズの菓子を口に放り込む。
マカロンによく似たその洋菓子はテーブルの中央でオシャレな丸容器に山と盛られている。
三人とも気に入ったのか、静かに山のサイズは小さくなっていっている。
「ちなみにアーちゃんもやり手ですよ? 私達が呪病に侵されていた時、彼女はそれでもお見舞いによく来てくれていたもの。お父様が面会謝絶にするまで、ずっとだったはず」
「……へぇ」
「え、友達のお見舞いくらい行きますよ、人として」
アーちゃん、アーシェスはシフに話を振られ、だが何がやり手なのかといった顔をしていた。
友人の見舞いなんて誰だって行くだろう、そう言いたげだ。
アベリアは彼女の無垢なる善性に思わず笑みをこぼし、シフはそんなアベリアを見て笑みを浮かべた。
「? なによ」
「以前のユーノとまともに付き合ってた子が見た目通りのぽわぽわ善い娘な訳が無いでしょうアベリア」
「え」
「自分で言うのも恥ですが、私も妹も学園の悪評は大体間違ってないくらいのひねくれた子でしたからね? アーちゃんもツィーゲの勝ち組っ子、呪秒で再起不能だって噂された私達姉妹にも根気よくお見舞いを続けたのは、それが一番得だとこの子が判断したからです」
「……」
「本当に駄目でも最後までお見舞いにいった健気な娘、奇跡的に再起を果たした場合でもユーノの一番の親友というステータスを確たるものに出来ますもの。むしろ影口を叩いて距離を取る事にはデメリットしかありません。ちゃんと見てるんですよ、ツィーゲの女ですもの。ね?」
シフは特に悪意を持って糾弾している訳ではない。
ただ淡々と説明するだけ。
「計算だけで動いていた訳じゃありません。本当に回復を願っておりました。ただ、レンブラント商会自体が力を失った訳でもないのにシフ様やユーノ、奥様の惨状を笑ったところで精々一時だけ自分のコンプレックスが紛れるだけ。何の得もないのは子どもながら理解できましたけど」
そしてアーシェスも悪びれるでもなくシフの言葉を肯定する答えを口にした。
アベリアの表情はそんな子ども嫌と口ほどに語っていた。
と同時にツィーゲの商人の世界は熾烈なんだな、と彼女なりに理解した。
「……でも、結構な状態になってたんでしょ? 怖くなかったの?」
「? ハゲ出して肌荒れが凄くなって、ちょっと魔物っぽい目をしてたくらいです。大した事ありません。ツィーゲなんて大通りにだってびっくり箱みたいな強くておかしなのが普通の人みたいな顔して歩いてるとこなんですよ。病気が治れば容姿なんて戻るだろうし、冒険者ストーカ―の方がよほど怖いです」
「冒険者ストーカ―……」
絶句するアベリア。
シフも苦笑している。
「ええ。Aランク以上の冒険者がこじらせると一般人じゃもうどうしようもありません。私でぎりぎり何とか助かったくらいですよ? 思い出したくないような恐怖体験だって一度や二度じゃないんですから」
アーシェスはしみじみと当時を思い出す。
つらつらと彼女が語る内容は凄絶で。
アベリアもシフも恐怖で顔をひきつらせながらも聞かずにはいられない、思いがけない辛い時間となった。
実際ツィーゲでの冒険者絡みの恋愛沙汰というものは幸せハッピーエンドばかりではない。
アベリアとシフからの問いに何度アーシェスが力なく首を横に振って「詰みです」と呟いた事か。
アイドル稼業に奮闘するアーシェスには現在進行形で危険がある話題だが、彼女もそれなりに経験豊富な身。
ストーカーだけではなく心強いファンも作る事で相殺したり、後ろ盾としてレンブラント商会やバトマ商会の名を使ったり。
今のところは彼女なりの処世術で対処できていた。
「事件だよお姉ちゃん!!」
と女子会に華が咲いていたところに、真っ先に中座したユーノが戻ってきた。
逃げた時同様の全力ダッシュで、である。
一切の断りなくアーシェスのグラスを手にして一気に飲み干したユーノ。
『……』
迷惑な嵐がやってきた、といった表情の三人。
「お母さまの肌が妙に調子良い謎、解けたの!」
「! なんですって!?」
「答えはクズノハ商会の保養施設にあり、みたい!!」
「クズ……あのねユーノ。どうやって行くのよ、それ」
出鼻をくじかれたシフの代わりにアベリアが答える。
「もちろん、管理人さんに許可もらった! ……どうする、御三方?」
答えはわかっている、と言いたげなユーノが一応質問する。
修学旅行でツィーゲに帰省して、母親であるリサが明らかに色々と若返っている事に気付いたレンブラント姉妹。
最終日にしてようやくリサがその秘密を明かしたらしく、ユーノのテンションは最高潮だった。
そしてそれは実際にリサを見たシフもアベリアも一緒だ。
アーシェスも最近のレンブラント夫人の美しさの秘密は気になっていた。
つまり。
「折角の休日に振り回された事だし、親友はお詫びを求めるわよユーノ」
とはアーシェス。
「最終日だなんて勿体ぶって、お母様」
とはシフ。
「クズノハ商会の保養施設ならいずれ私は使えるはず。だから今日先取りしても許されるはず」
とはアベリア。
お年頃の女性たちはユーノを先頭に店を飛び出した。
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