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七章 蜃気楼都市小閑編
旅の終わり③
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「そして初心に帰る」
むふーっと荒い鼻息を隠そうともしないダエナは夜更けの街に立っていた。
一人だ。
宿代わりの孤児院に残っていたイズモも誘ったが一蹴された結果だ。
ちなみにジンもミスラも既に姿はなく、彼らは誘う事すら出来なかった。
修学、とはつくものの旅行の最終日。
年頃の男がすべき事は一つだというのにどいつもこいつも付き合いが悪い。
ダエナは真顔で友達甲斐のない連中め、と考えていた。
彼が仁王立ちしていたのはとある区画の入り口。
夜更けだというのに昼の如き明るさを放つ場所だ。
色街、と一般的には呼ばれている。
ツィーゲほどに栄えた街のものとなれば規模も賑わいも大国に負けない堂々たるものである。
黄昏街が崩壊した事でその治安や娼婦、男娼の質にけちがつかないものかと一部で不安視もされたが、蓋を開けてみれば全く問題はなかった。
ダエナが少しばかり目の前の立派な門を見上げればそこにはようこそクリスタニア通りへ、と書かれている。
ツィーゲが誇る世界有数の繁華街クリスタニアは今夜も大盛況だった。
「さてさて内密に準備いたしました手元のクリスタニア細見によりますと……」
真っ先にヒューマンやよく目にするエルフやドワーフといった種族が歓迎してくれる店を除外するダエナ。
せっかく辺境に来たのである。
ここでなければ堪能できない種族にお相手願いたい。
言うまでもなくダエナという男は学生だが既婚者である。
もっとも、ヒューマンは一夫多妻であるから既に妻がいようとも女遊びをしてはいけないという決まりはない。
そのあたりの細かな取り決めはそれぞれの夫婦の間できちんと決まってさえいれば良いのだから。
例えばイズモは今新婚だが、彼は妻となったいろはに対して女遊びを絶つ事を宣言している。
彼がダエナに誘われるまま今日この場に同行していればこれは問題だ。
しかしダエナの家庭ではバレなければOKというルールが基本である。
ここはロッツガルドを遠く離れた辺境ツィーゲ。
絶対にバレる事はない、とダエナは確信している。
「おーー! 雰囲気あるねー!」
思わず口笛も発しながらテンションの上がるまま声に出すダエナ。
亜人、それも結構なレア種族の亜人が集められた店ばかりが並ぶ区画に足を向けた彼は男の欲望丸出しで右へ左へ品定めをしながら通りを歩く。
「ねえ、景気の良さそうなお兄さん?」
「? ああ悪いな、今日はヒューマンの気分じゃないんだわ」
「そんなことは言わないで、ほら」
するりとダエナの懐に入り込んだ艶やかなドレスの女。
ひと目で恐らくヒューマンだろうと踏んだダエナは彼女の誘いを断って進もうとしたが足を止められてしまった。
密着し顔を近づけられたダエナ。
見事な手腕で顔ばかりか体を密着する姿勢になる。
「美人なのはわかってる。また遊びにきた時にはお姉さんを買うからさ」
「明日には帰ってしまうのに? 嘘は悲しいわぁ」
「? っ!」
背中に回った手とは別に下腹部から下に這わされた手が股間へと進み、動きを止める。
だがダエナを驚かせたのは、細やかなテクニックで与えられる刺激ではなく手の内に忍ばせた鋭利なナニカの感覚。
そして明日には帰る事を知っていた事。
「久しぶりのお仕事が子守りだなんて寂しいけれど、スキルなしでも君みたいな若い子がまだ魅力を感じてくれたのは女として嬉しいわね」
先ほどまで溢れさせていた性的な色気とは全く異なる屈託のない笑みを浮かべて彼女はダエナを見つめる。
「あんた、誰だ」
「んー、君は……ダエナ君か」
「!?」
「ああ、遊びに来たのはいいの。若いんだし持て余す事もあるでしょう。ただクリスタニアでも場所が良くないわ。ここはまだ君には早い」
「早い? いや俺は普通に」
「どうせならちょっと変わった亜人が抱きたいってところでしょう?」
「!! そ、そうですけど。あの、貴女は?」
「ジョナよ。ふーん、ダエナ君が持ってる細見はと」
「あ」
しなだれかかる女とじゃれ合いながら通りを歩く男。
ダエナとジョナは一見そんな雰囲気を漂わせながら通りを歩く。
主導権は女の方、ジョナが握っていた。
亜人とヒューマンという種族の違いはあれどそれぞれの店で客を引く大概の女ではジョナとは張り合えない。
ロッツガルドでもそうは見ないほどの凄絶な美貌を覗かせ周囲の視線を集めながら彼女はダエナを誘導していく。
「ほら、細工されてる」
「え!?」
「ここ。数頁抜かれてるわ。中には特殊な中毒性を持つ種族もいる場所ってとこがね」
「中毒性。アルラウネみたいな?」
ダエナはふと思いつく種族を挙げる。
とはいってもアルラウネは植物と人のキメラの様な容姿をした魔物だ。
一部の好事家が戯れに捕獲して人に慣れさせ、そういう行為を楽しむ事もあると良く噂される。
それほどに人の女を模した部分が美しく、また誘引の香りが強力で最高なのだという。
要はこの世界における麻薬と性行為の良いとこどりの様なものだ。
だがジョナはアルラウネという名を口にしたダエナを鼻で笑う。
「ふふっ、アルラウネ? あんなものなら予め薬を飲んでおけば楽しいだけの相手で済むわ。私が言ってるのはもっと危険な種族の事よ」
「た、例えば?」
「サキュバスとかリリムみたいな性行為に特化した連中が代表的かしら」
どちらも魔族から派生した種族である。
ヒューマンはどちらも亜人ではなく魔物として扱っている。
繁殖方法でいえばヒューマンとも交わり子を残せる、基準によってどちらとも扱える種族でもある。
種族によって亜人として扱うか魔物として扱うかが意見も別れている。
「名前は聞いた事があるような……でも確か魔物じゃなかったっけ」
「どっちつかずね。学者なら専門的な事も知ってるかもしれないけどあまり意味はないでしょ。大事なのは連中が男を性的に堕落させるスキルや魔術を山ほど搭載してるってとこ。ダエナ君みたいな坊やじゃお話にならないの。君、一応将来の夢があるんでしょ? そういうの一晩でどうでもよくなるような堕落、本当にしたい?」
ジョナはすっと冷たい目を浮かべてダエナに問う。
将来の夢。
ロッツガルド学園の革新だ。
正直なところをいえば、ダエナの中ではロッツガルドではなく全く新しい教育機関をこのツィーゲに作るというのでも良いかと思わないでもない。
だがダエナが思う教育とその価値、理念。
先人たちが築いてきた確かな実績。
それらはロッツガルドにある。
今のところ、ロッツガルドを変えるという方向でダエナは将来の計画を立てている。
その夢がどうでもよくなるような体験。
そこまで言われれば興味を覚えるのが年頃の男として当然だった。
が。
本当になってしまったら、と考えた所でダエナは頭が醒めるのを感じた。
違うと。
楽しみたいが囚われたくはない。
ダエナの女遊びの根底だった。
「……いや」
「でしょう。頭、良いのね。芯もある。良い男だわ」
「あやすようなのは、いらない」
むすっとしたダエナ。
だが同時に感謝もしている。
不完全なガイドを売りつけて不覚にも深みにはめてしまおうという下らない策に落ちずに済んだのだから。
「そんなつもりは無いわ。さ、じゃあ行きましょう。私のとこなら安心だから。パトリック=レンブラント様の知人となれば滅多な女は抱かせないわよ」
「なんだ、女将さんなのか」
「とびっきりの店の、ね。淫魔の誘惑にも夢魔の悪夢にも対策がない人はここに来ちゃ駄目。例えば、ほらあそこのお店」
「?」
ジョナに言われて視線を向けるとそこにはサラサラした黒髪から小さな角を二本生やした幼女が女の子座りをして蠱惑的な笑みを浮かべていた。
角があっても魔族ではなく、彼女は淫魔なのかとダエナは思った。
だがダエナは幼女を好むような性癖は無い為恐らく近づいてみる事すらしない店だろう。
「幼女趣味はないから良さがわからない、と思った?」
「……ああ」
「淫魔というのは恐ろしい種族よ。あまり近づきすぎると、そういう性癖程度は軽くぶち抜いてくるんだから」
性癖をぶち抜く、とは一体。
ダエナが首を傾げていると彼女に見つめられて手招きされた冒険者風の男が一人、吸い寄せられるように店に入っていった。
黒髪の彼女が嬉しそうに外から見えるショーケースのような場所から店の方へと消える。
「ほらね」
「え?」
「彼は至ってノーマルよ。あれでも一応荒野に出れるクラスの冒険者だから実力も、魅了耐性なんかも基本的には君より上でしょ。でもお守りを持ってなかった。それだけであのザマ」
「ザマって。それにお守り?」
ダエナにも男が店に入っていったのはわかった。
だがジョナの言わんとしている事は今一つわからない。
「左手の手首。殆どの人が赤いブレスレットしてるのわかるかしら」
「あ!」
「あれが魅了系のキツい子とまともに遊ぶための必要アイテム。ちゃんとした案内所を通せば有料貸与もしてくれるのに、ケチったんでしょうね。ガイドさんもつけてなかったし自業自得ね」
「あの、どういう?」
魅了されたのだとしてもぼったくられてみぐるみはがされる程度のものだろうに。
それで最高の一夜を過ごせるなら場合によってはありだとダエナは思う。
お前それがありなのか、とこの場に彼の師であるライドウがいれば突っ込んだだろう。
「お店の名前、読める?」
ジョナに促されてショッキングな紫色に発光している店の名前に目を向けるダエナ。
「貴方に新しい世界を。大きくて可憐な男の娘のおみ……せ……インインキュ、バッス?」
「全部はわからないかもしれないけれど。簡単に言えばあそこは女装した男にお客がお尻を差し出すとこよ」
「!?!?」
ジョナが恐ろしく衝撃的な事を告白した。
「勿論お守りをつけて望んでいくお客もいるわ。料金もあくまでここ基準でだけどそこまで高くない。でも、まあお守りをつけてない男で初見なら、多分さっきの黒髪の「女の子」と遊ぶつもりで店に入るんじゃないかしら」
コクコクとダエナは頷くばかりだ。
「でも実際は全く違う。部屋で新しい世界を叩き込まれて可哀そうに人生観は一変。どこかで誰かに救ってもらえなかったら……下手をすればあそこに通うためだけにお金を稼ぐ悲惨な人生が待ってる」
「……」
「かもね」
「お、恐ろしすぎる……!」
心底恐怖を覚えるダエナ。
ジョナはまだ若い彼を怖がらせ過ぎたかと少しばかり反省する。
これですっかり気持ちも萎えて帰るのならば門まで送るし、まだ奮い立つなら先ほどの言葉通り店に連れて行き遊ばせてやれば良い。
さてこの男はどちらかなとダエナの様子を窺うジョナ。
「お、俺」
「……」
「なんて運がいいんだ!」
「……っ」
へぇ、とジョナは呆れ半分感心半分でダエナを見つめる。
「ジョナさん!」
「なにかしら?」
「是非、レンブラント商会の伝手で遊べる最高の体験ってのを、貴女のお店で楽しませてください!」
「……え、ええ」
どうやらそれなりに胆力がある。
そして今あるものを利用するのに躊躇もない。
ダエナという学生は、なるほど確かに面白い逸材のようだとジョナは思わず笑みを浮かべた。
イイ男や、その卵を見るとつい笑ってしまうのがジョナの癖の一つだった。
ダエナは彼女の見る目に堪えるだけの男だったらしい。
「あ、出来れば魅了とかやばいの抜きでその淫魔とか夢魔と遊べません!?」
「中々……大物ねえ、貴方」
「折角の機会なんで!」
「なら、見た目は人に近いけれどとびっきりのがいるわ。その娘にする?」
「最高っす! なんて種族なんですか!?」
「ゴルゴンよ」
言われるがまま答えるジョナ。
彼女の店にいる、淫魔に等しいほどの魅力に長けた種族で普通には抱けない女といえばゴルゴンだろうとジョナは客観的に選別する。
ダエナの期待にも沿うに違いないと自信もあった、のだが。
「すみません、チェンジで」
「あ、あら?」
「物凄く強いゴルゴンさんにぼこられた経験がありまして、彼女たちはまだちょっと……」
「流石はロッツガルド学園の学生さん、なのかしら。とんでもない経験をしてるのねぇ」
そうこう話をしているうちに二人は豪奢な屋敷とでもいうべき一軒の店に辿り着く。
もちろん、ジョナの店である。
それでも彼女が口にした通り、ジョナが所有する中で一番高価な店だった。
ダエナはそこで修学旅行の最終日を過ごし、朝帰りを果たした。
言葉ではとても表現できねえ、最高の夜を味わった。
修学旅行を境にロッツガルドでの女遊びを一切絶ったダエナが、それまで遊びに連れ歩いていた後輩の質問に対して語った言葉だ。
人によってはしょうもない事と切り捨てられてしまう些末な出来事ではあるが、ダエナにとってツィーゲ最後の夜は忘れがたい思い出となったのだった。
むふーっと荒い鼻息を隠そうともしないダエナは夜更けの街に立っていた。
一人だ。
宿代わりの孤児院に残っていたイズモも誘ったが一蹴された結果だ。
ちなみにジンもミスラも既に姿はなく、彼らは誘う事すら出来なかった。
修学、とはつくものの旅行の最終日。
年頃の男がすべき事は一つだというのにどいつもこいつも付き合いが悪い。
ダエナは真顔で友達甲斐のない連中め、と考えていた。
彼が仁王立ちしていたのはとある区画の入り口。
夜更けだというのに昼の如き明るさを放つ場所だ。
色街、と一般的には呼ばれている。
ツィーゲほどに栄えた街のものとなれば規模も賑わいも大国に負けない堂々たるものである。
黄昏街が崩壊した事でその治安や娼婦、男娼の質にけちがつかないものかと一部で不安視もされたが、蓋を開けてみれば全く問題はなかった。
ダエナが少しばかり目の前の立派な門を見上げればそこにはようこそクリスタニア通りへ、と書かれている。
ツィーゲが誇る世界有数の繁華街クリスタニアは今夜も大盛況だった。
「さてさて内密に準備いたしました手元のクリスタニア細見によりますと……」
真っ先にヒューマンやよく目にするエルフやドワーフといった種族が歓迎してくれる店を除外するダエナ。
せっかく辺境に来たのである。
ここでなければ堪能できない種族にお相手願いたい。
言うまでもなくダエナという男は学生だが既婚者である。
もっとも、ヒューマンは一夫多妻であるから既に妻がいようとも女遊びをしてはいけないという決まりはない。
そのあたりの細かな取り決めはそれぞれの夫婦の間できちんと決まってさえいれば良いのだから。
例えばイズモは今新婚だが、彼は妻となったいろはに対して女遊びを絶つ事を宣言している。
彼がダエナに誘われるまま今日この場に同行していればこれは問題だ。
しかしダエナの家庭ではバレなければOKというルールが基本である。
ここはロッツガルドを遠く離れた辺境ツィーゲ。
絶対にバレる事はない、とダエナは確信している。
「おーー! 雰囲気あるねー!」
思わず口笛も発しながらテンションの上がるまま声に出すダエナ。
亜人、それも結構なレア種族の亜人が集められた店ばかりが並ぶ区画に足を向けた彼は男の欲望丸出しで右へ左へ品定めをしながら通りを歩く。
「ねえ、景気の良さそうなお兄さん?」
「? ああ悪いな、今日はヒューマンの気分じゃないんだわ」
「そんなことは言わないで、ほら」
するりとダエナの懐に入り込んだ艶やかなドレスの女。
ひと目で恐らくヒューマンだろうと踏んだダエナは彼女の誘いを断って進もうとしたが足を止められてしまった。
密着し顔を近づけられたダエナ。
見事な手腕で顔ばかりか体を密着する姿勢になる。
「美人なのはわかってる。また遊びにきた時にはお姉さんを買うからさ」
「明日には帰ってしまうのに? 嘘は悲しいわぁ」
「? っ!」
背中に回った手とは別に下腹部から下に這わされた手が股間へと進み、動きを止める。
だがダエナを驚かせたのは、細やかなテクニックで与えられる刺激ではなく手の内に忍ばせた鋭利なナニカの感覚。
そして明日には帰る事を知っていた事。
「久しぶりのお仕事が子守りだなんて寂しいけれど、スキルなしでも君みたいな若い子がまだ魅力を感じてくれたのは女として嬉しいわね」
先ほどまで溢れさせていた性的な色気とは全く異なる屈託のない笑みを浮かべて彼女はダエナを見つめる。
「あんた、誰だ」
「んー、君は……ダエナ君か」
「!?」
「ああ、遊びに来たのはいいの。若いんだし持て余す事もあるでしょう。ただクリスタニアでも場所が良くないわ。ここはまだ君には早い」
「早い? いや俺は普通に」
「どうせならちょっと変わった亜人が抱きたいってところでしょう?」
「!! そ、そうですけど。あの、貴女は?」
「ジョナよ。ふーん、ダエナ君が持ってる細見はと」
「あ」
しなだれかかる女とじゃれ合いながら通りを歩く男。
ダエナとジョナは一見そんな雰囲気を漂わせながら通りを歩く。
主導権は女の方、ジョナが握っていた。
亜人とヒューマンという種族の違いはあれどそれぞれの店で客を引く大概の女ではジョナとは張り合えない。
ロッツガルドでもそうは見ないほどの凄絶な美貌を覗かせ周囲の視線を集めながら彼女はダエナを誘導していく。
「ほら、細工されてる」
「え!?」
「ここ。数頁抜かれてるわ。中には特殊な中毒性を持つ種族もいる場所ってとこがね」
「中毒性。アルラウネみたいな?」
ダエナはふと思いつく種族を挙げる。
とはいってもアルラウネは植物と人のキメラの様な容姿をした魔物だ。
一部の好事家が戯れに捕獲して人に慣れさせ、そういう行為を楽しむ事もあると良く噂される。
それほどに人の女を模した部分が美しく、また誘引の香りが強力で最高なのだという。
要はこの世界における麻薬と性行為の良いとこどりの様なものだ。
だがジョナはアルラウネという名を口にしたダエナを鼻で笑う。
「ふふっ、アルラウネ? あんなものなら予め薬を飲んでおけば楽しいだけの相手で済むわ。私が言ってるのはもっと危険な種族の事よ」
「た、例えば?」
「サキュバスとかリリムみたいな性行為に特化した連中が代表的かしら」
どちらも魔族から派生した種族である。
ヒューマンはどちらも亜人ではなく魔物として扱っている。
繁殖方法でいえばヒューマンとも交わり子を残せる、基準によってどちらとも扱える種族でもある。
種族によって亜人として扱うか魔物として扱うかが意見も別れている。
「名前は聞いた事があるような……でも確か魔物じゃなかったっけ」
「どっちつかずね。学者なら専門的な事も知ってるかもしれないけどあまり意味はないでしょ。大事なのは連中が男を性的に堕落させるスキルや魔術を山ほど搭載してるってとこ。ダエナ君みたいな坊やじゃお話にならないの。君、一応将来の夢があるんでしょ? そういうの一晩でどうでもよくなるような堕落、本当にしたい?」
ジョナはすっと冷たい目を浮かべてダエナに問う。
将来の夢。
ロッツガルド学園の革新だ。
正直なところをいえば、ダエナの中ではロッツガルドではなく全く新しい教育機関をこのツィーゲに作るというのでも良いかと思わないでもない。
だがダエナが思う教育とその価値、理念。
先人たちが築いてきた確かな実績。
それらはロッツガルドにある。
今のところ、ロッツガルドを変えるという方向でダエナは将来の計画を立てている。
その夢がどうでもよくなるような体験。
そこまで言われれば興味を覚えるのが年頃の男として当然だった。
が。
本当になってしまったら、と考えた所でダエナは頭が醒めるのを感じた。
違うと。
楽しみたいが囚われたくはない。
ダエナの女遊びの根底だった。
「……いや」
「でしょう。頭、良いのね。芯もある。良い男だわ」
「あやすようなのは、いらない」
むすっとしたダエナ。
だが同時に感謝もしている。
不完全なガイドを売りつけて不覚にも深みにはめてしまおうという下らない策に落ちずに済んだのだから。
「そんなつもりは無いわ。さ、じゃあ行きましょう。私のとこなら安心だから。パトリック=レンブラント様の知人となれば滅多な女は抱かせないわよ」
「なんだ、女将さんなのか」
「とびっきりの店の、ね。淫魔の誘惑にも夢魔の悪夢にも対策がない人はここに来ちゃ駄目。例えば、ほらあそこのお店」
「?」
ジョナに言われて視線を向けるとそこにはサラサラした黒髪から小さな角を二本生やした幼女が女の子座りをして蠱惑的な笑みを浮かべていた。
角があっても魔族ではなく、彼女は淫魔なのかとダエナは思った。
だがダエナは幼女を好むような性癖は無い為恐らく近づいてみる事すらしない店だろう。
「幼女趣味はないから良さがわからない、と思った?」
「……ああ」
「淫魔というのは恐ろしい種族よ。あまり近づきすぎると、そういう性癖程度は軽くぶち抜いてくるんだから」
性癖をぶち抜く、とは一体。
ダエナが首を傾げていると彼女に見つめられて手招きされた冒険者風の男が一人、吸い寄せられるように店に入っていった。
黒髪の彼女が嬉しそうに外から見えるショーケースのような場所から店の方へと消える。
「ほらね」
「え?」
「彼は至ってノーマルよ。あれでも一応荒野に出れるクラスの冒険者だから実力も、魅了耐性なんかも基本的には君より上でしょ。でもお守りを持ってなかった。それだけであのザマ」
「ザマって。それにお守り?」
ダエナにも男が店に入っていったのはわかった。
だがジョナの言わんとしている事は今一つわからない。
「左手の手首。殆どの人が赤いブレスレットしてるのわかるかしら」
「あ!」
「あれが魅了系のキツい子とまともに遊ぶための必要アイテム。ちゃんとした案内所を通せば有料貸与もしてくれるのに、ケチったんでしょうね。ガイドさんもつけてなかったし自業自得ね」
「あの、どういう?」
魅了されたのだとしてもぼったくられてみぐるみはがされる程度のものだろうに。
それで最高の一夜を過ごせるなら場合によってはありだとダエナは思う。
お前それがありなのか、とこの場に彼の師であるライドウがいれば突っ込んだだろう。
「お店の名前、読める?」
ジョナに促されてショッキングな紫色に発光している店の名前に目を向けるダエナ。
「貴方に新しい世界を。大きくて可憐な男の娘のおみ……せ……インインキュ、バッス?」
「全部はわからないかもしれないけれど。簡単に言えばあそこは女装した男にお客がお尻を差し出すとこよ」
「!?!?」
ジョナが恐ろしく衝撃的な事を告白した。
「勿論お守りをつけて望んでいくお客もいるわ。料金もあくまでここ基準でだけどそこまで高くない。でも、まあお守りをつけてない男で初見なら、多分さっきの黒髪の「女の子」と遊ぶつもりで店に入るんじゃないかしら」
コクコクとダエナは頷くばかりだ。
「でも実際は全く違う。部屋で新しい世界を叩き込まれて可哀そうに人生観は一変。どこかで誰かに救ってもらえなかったら……下手をすればあそこに通うためだけにお金を稼ぐ悲惨な人生が待ってる」
「……」
「かもね」
「お、恐ろしすぎる……!」
心底恐怖を覚えるダエナ。
ジョナはまだ若い彼を怖がらせ過ぎたかと少しばかり反省する。
これですっかり気持ちも萎えて帰るのならば門まで送るし、まだ奮い立つなら先ほどの言葉通り店に連れて行き遊ばせてやれば良い。
さてこの男はどちらかなとダエナの様子を窺うジョナ。
「お、俺」
「……」
「なんて運がいいんだ!」
「……っ」
へぇ、とジョナは呆れ半分感心半分でダエナを見つめる。
「ジョナさん!」
「なにかしら?」
「是非、レンブラント商会の伝手で遊べる最高の体験ってのを、貴女のお店で楽しませてください!」
「……え、ええ」
どうやらそれなりに胆力がある。
そして今あるものを利用するのに躊躇もない。
ダエナという学生は、なるほど確かに面白い逸材のようだとジョナは思わず笑みを浮かべた。
イイ男や、その卵を見るとつい笑ってしまうのがジョナの癖の一つだった。
ダエナは彼女の見る目に堪えるだけの男だったらしい。
「あ、出来れば魅了とかやばいの抜きでその淫魔とか夢魔と遊べません!?」
「中々……大物ねえ、貴方」
「折角の機会なんで!」
「なら、見た目は人に近いけれどとびっきりのがいるわ。その娘にする?」
「最高っす! なんて種族なんですか!?」
「ゴルゴンよ」
言われるがまま答えるジョナ。
彼女の店にいる、淫魔に等しいほどの魅力に長けた種族で普通には抱けない女といえばゴルゴンだろうとジョナは客観的に選別する。
ダエナの期待にも沿うに違いないと自信もあった、のだが。
「すみません、チェンジで」
「あ、あら?」
「物凄く強いゴルゴンさんにぼこられた経験がありまして、彼女たちはまだちょっと……」
「流石はロッツガルド学園の学生さん、なのかしら。とんでもない経験をしてるのねぇ」
そうこう話をしているうちに二人は豪奢な屋敷とでもいうべき一軒の店に辿り着く。
もちろん、ジョナの店である。
それでも彼女が口にした通り、ジョナが所有する中で一番高価な店だった。
ダエナはそこで修学旅行の最終日を過ごし、朝帰りを果たした。
言葉ではとても表現できねえ、最高の夜を味わった。
修学旅行を境にロッツガルドでの女遊びを一切絶ったダエナが、それまで遊びに連れ歩いていた後輩の質問に対して語った言葉だ。
人によってはしょうもない事と切り捨てられてしまう些末な出来事ではあるが、ダエナにとってツィーゲ最後の夜は忘れがたい思い出となったのだった。
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