月が導く異世界道中

あずみ 圭

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七章 蜃気楼都市小閑編

議事堂見学

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「ふぉぉぉぉ……!」

 イズモが身を震わせている。
 表情は至福、言うまでもなく恍惚としている。
 ここに来るまでの道中で建築を志す身として一分一秒が神々しいとまで言ってたもんな。
 いや、お前結婚相手からして既に為政者ルート確定でしょと。
 なんで建築学科の生徒みたいになってんだ。
 ただ言葉に嘘はないようで、ウェイツ孤児院でも一日中ここにいられるなら一人で掃除担当してもいい、いっそ掃除夫になりたいとか呟いていたとか。
 外に出れば出たで道路の造りから幅広さ、舗装に至るまで目を輝かせてるし、自由にさせたら地面に頬ずり始めてもおかしくないな。
 
「イズモじゃなくてもこれは圧倒されるわね……」

 引率が識だった時には甲斐甲斐しく手伝ってたアベリアも、今はどちらかといえばちゃんと学生側に立ってる。
 せっかくの修学旅行なんだからいつまでもこっち側にいてもよくないし、イレギュラーではあるけど今日僕が彼らを担当する事にしたのは合ってたみたいだ。
 良かった。
 アルバイトをしてる関係もあってか、どうもアベリアはクズノハ商会の一員として振舞おうとする傾向があるもんな。
 その辺りはジンを見習ってちゃんと学生して欲しいとこだ。
 案の定ソフィアを見てからは気になってしょうがないみたいだけど。
 本日はレンブラント商会で代表自らがわざわざ学生と会い挨拶をしてくれる、筈だったんだけど……指定された場所は商人ギルドのほど近く。
 区画整理とかでしばらくの間ぽっかりと結構な広さの空き地になっていた場所だった。
 何やら建てていたのは知ってたけど、また凄いのを造ったねえ。
 まるで宮殿か神殿だ。
 そりゃリミアやグリトニアの城と比べれば離れにも及ばないクラスではある。
 サイズはね。
 施された細工や意匠はどれも嫌らしくなく大金をかけてある。
 レンブラントさんの仕業だ。
 あの人はこういうのが凄く上手い。
 にしても、やったなレンブラントさん。
 雰囲気といい、明らかにツィーゲの女神神殿を参考にして作られてる。
 この二つを仮に並べれば、こっちは上品で、向こうは下品。
 少なくとも僕にはそう見える。

「神殿? でもツィーゲの神殿は他にあるんだよね?」

「うん。あるよ」

 ユーノがミスラの質問に答えてる。
 まあミスラはこの中じゃ一番神殿に近い。
 そう連想するのは自然だ。

「ここは、まあ僕も推測だが議事堂ってとこだろう。さ、中に行くぞ。レンブラントさんはお忙しい。正直なところ、彼がお前らに会う意味は僕にもわからない。娘がいる一行だから、というだけなら気楽なんだがなあ」

 場所といい、今なくてこれから必要となる場所といい。
 そしてレンブラントさんが関わっててわざわざ呼ぶと考えればあまり選択肢は多くない。

「……先生、それは多分無いかな。お父様、めっちゃ真剣モードだから私達をダシに何かするつもりだと思う」

 ユーノが珍しく謝罪口調で私見を言ってくれた。

「貴女の彼氏を検分するならお父様も十分真剣になると思うけど? 今日の予定、半日も空けたみたいよ」

「もう! 先輩が緊張するでしょ!」

 シフは惚けた様子で親馬鹿モードと真剣モードは両立すると悪の笑みを浮かべた。
 今のレンブラントさんの半日か。
 時給換算で何人が一生遊んで暮らせるんだろ。

「イズモ、目に焼き付けとくのは構わないが遅れるな」

「また今度来ればいいとは言わないんですか、先生?」

「アベリア。正直、もし議事堂ならレンブラント姉妹以外で次にここに来られるかどうかは保証できん。今後のツィーゲの中枢になるかもしれない場所だぞ。いわば王城みたいなものだ」

『!!』

 中も豪華だな、また。
 外に見せるための豪華さ。
 所々空いているスペースは今後また何かを置く予定なんだろうな。
 つまり、まだ未完成。
 スーパーな親馬鹿発動の路線もあるか?
 今にも昇天しそうなイズモはともかくとして、連れてきているのは皆それなりの教養があるロッツガルドの学生だ。誰もがここの素晴らしい出来に感銘を受けながら歩を進めてる。
 これが同年代の冒険者なら広い事にはしゃぐか、必要以上に委縮するか、早くも帰りたくなってるか。
 ……多分、僕ならそうなるから。

「随分威圧的な、いや貫禄がある扉ですね」

 ジンが若干気おされながら呟く。
 同感だ。
 両サイドに控えているのはモリスさんの部下でレンブラント商会の使用人。
 今日だけの措置か。
 少しだけど場と違和感があるし緊張してる。

「代表は中ですか」

「はい。皆様をお待ちです」

 ……一人か。
 モリスさんは……あれ、外だ。
 魔族の女性と一緒……ああ、なるほど。
 開いた扉の先、正面にレンブラントさん。
 やっぱり、議事堂だ。
 ニュースで何度か見た事あるやつに似てる。
 正面にでかい席、その左右にも幾つかの……六つか、席がある。
 あとはでかい席の正面方向に半円形で段々の席が沢山。
 二階部分というのか、バルコニーみたくせり出したところは観覧席みたいなものかな。
 議場にそんなのあったっけ?
 ……駄目だ、思えば国会議事堂の詳しい見取り図とか見た事ない。

「ようこそ、ロッツガルド学園の優秀な諸君。私はパトリック=レンブラント。このツィーゲで商人をやっている」

 威厳ある口調。
 そして冒険者とは違う種類の覇気。
 ……おお、戸惑ってる戸惑ってる。
 自分たちがこれまで見てきた強者の気配とは全く違う種類の、なのに決して無視できない強大な圧。
 なるほどね。
 レンブラントさんは権力者ってか為政者のもつ迫力をジン達に教えようとしてくれてるのか。
 僕もこの手のには経験がある。
 ヨシュア様だったりリリ皇女だったり。
 アルグリオさんもそうか。
 でも、レンブラントさんが放つそれは彼らと比較しても純粋で強い。
 あくまで僕の印象だけど。
 強さならリリ皇女も中々凄みがあった。
 ただ何というか混ざってた感じもあった。
 今のレンブラントさんは良い意味で子どもと大人が両在している。
 多分、ご自身でも絶好調だって自覚があるんじゃないかな。

「……どうした? 返事をしろ」

 ジン達を促すと慌てた様に順番に歓迎の御礼と自己紹介をしていロッツガルドの学生たち。
 こういうとこは、僕からみても年相応かな。
 この世界の若者は悪い意味で早熟なのが多い印象だから新鮮だ。

「過分な歓待、ありがとうございます。彼らの教師として御礼申し上げます」

「ライドウ君。娘たちもいるし初回だからというのもあるが、もし今後もロッツガルド学園がかような催事をやるというならツィーゲはいつでも喜んで協力するとも」

 あ、覇者モード終わった。
 これはもう親馬鹿に移行かな?

「そう言って頂けると学園も喜びます。私も肩の荷が降りましたよ」

「ははは。で、学生諸君ほど君は驚いた様子が無かった気がするんだがね、ここは何だと思う?」

「……議事堂、でしょうか。今後のツィーゲの政を担う場として御造りになったのかな、と未熟ながら推察しました」

「ほぉ!大正解だ。流石だな」

「ですが少し議席数も多いし議場も広すぎる気がするのですが」

「四六時中ここで政治を云々しているのも無駄じゃないかと考えてね。席も机も取っ払って、催事会場として広く開放するのもありだと思った。どうだろうか?」

 東京ドームとか武道館みたいな使い方か。
 催事場といえばビッグ……まあ色々ある。
 でも政治の場を兼用で使うなんて発想もあるのか……。
 結構四六時中使うもんだと思ってた。
 ……いや。
 
「商人にしか出来ない面白い発想だと思います。上の観覧席はそうした用途も見越してですか」

「ああ。無論本来の用途であっても使うぞ。住民の誰もが、まあ席に限りはあるから時に抽選にはなろうが、時の政治の議題について、またどのように政治が進行していくのかを見てもらえるよう心を尽くした」

 ……凄い理想だ。
 絶対に建前とわかる、でも間違いでもない。
 商人の常道であり、僕もこの頃はわかるようになってきたもの。
 僕の場合、この絶対に建前とわかるのを全面に出して、事実それだけだったのが軋轢の元になったんだ。
 反省。
 もっともレンブラントさん他何人かは裏の裏は表だものな、と笑ってそのままで良いのにと仰るけども。
 はっきり言って出来の悪い孫が甘やかされている印象です、はい。

「政を、民につまびらかに見せるんですか!?」

 お。
 イズモだ。
 驚くのが普通だよね。
 特にローレルは政治をある意味神聖視してる。
 てっぺんが巫女さんだから無理もない。
 一般市民が政治に関わる事なんてまずないし、知るべきでもないと思っているのが大多数だ。
 その分、民も国も正しく富める方向に進める為に為政者は全力を尽くすべきという思想も行き渡っている。
 地方の零細領主ならともかく、上にいけば行くほどに権力を握る事への責任感も強い。
 一長一短とはまさにこれではないかと。

「そうだ。このツィーゲは君主なき国家なのだからね、イズモ君。お国のローレルとは異なる面も多いだろうが、学べる事もきっとある。短い期間だとは思う、しかし存分にこの街を知っていって欲しい」

「……っ、はい!ありがとうございます!!」

 さらりと名を呼ばれ、故郷の事にも触れられ、イズモは結構舞い上がっている。
 上手いなあ、レンブラントさん。
 僕はと言えば彼の真意を読もうと頑張っている。
 議席数が多めなのにも多分意味があって、これからもっともっと多くの人と話しあって政治をしていきますよというアピール、とか。
 今空席でも意味を持たせる事はできる。
 何も置かないよりはずっとだ。
 
「……あの」

「なんだい、ダエナ君」

「そちらは限られた席数で役職を持った方の席だとお見受けします。とすると、こちら側は……これだけ多くの席に貴族や商人を迎えるつもりなんでしょうか」

「……ふむ。まず一つ、この席に貴族が座る事はない」

「!?」

「ツィーゲに貴族は存在しないからだ。だからそちら側に座って頂くのは街の住民たちから選ばれた代表者たちという事になる。まだ仮名の段階だが、私が議員と呼んでいる。リミアの貴族院に所属するメンバーをそういうらしくてね、最適な言葉だと思って採用するつもりでいる」

「住民の代表者!? さっきの、皆に政治を見せるというの別にですか?」

 よくわかってないな、ダエナ。
 住民の代表者か。
 選別方法にもうよるけど、レンブラントさんが民主主義をやるって事か?
 いやあり得ない。利益が無さすぎる。
 ……そうか。
 四六時中使わなくて、多くの住民の代表者をも議員として迎えるって事は……。
 ここは、飾りか。
 ああ、催事場。
 良くいったものだ。
 全部が見世物みたいなものって事なのか。
 ちらりとレンブラントさんの立っている議長席らしき場から左右に位置する六つの席を見る。
 思い浮かぶ幾つかの力ある商会と代表たちの顔。
 なる、ほど。
 大事な事も大雑把な枠組みを、あそこの面子で実質は決めちゃいますよ。
 でも手続き的な意味でも話は通すし、そして細かなどうでもいい事の幾つかはこうして皆で集まって公平に議論し合って決めましょうねと。
 うわ。
 おっかない。
 とはいえ、これだけの議員を集めて純粋な多数決なんてトロい事してて決断が遅れるのは本末転倒だ。
 全員の意見を一致させる、なんてのは論外。
 けれど見せるのはとびっきりの甘い夢、はぁ……。
 勉強になる。

「イズモ君もダエナ君も素晴らしいな!」

「え」

「そんな」

「いやいや、流石はロッツガルドで学ぶ優秀な学生というだけの事はある。素晴らしいぞ、ライドウ君」

「ありがとうございます。が、余り褒められると調子に乗る悪癖もありますから程々にお願いします」

「わかっている、わかっているよ! さあ、諸君! 折角議場に招いたのだ。この街とこの街が進もうとしている未来をもう少しだけ語ろう。気になる事はいつでも質問して欲しい。思い付いた事もだ。若く優秀な諸君と意見を交わせる機会など滅多にあるものじゃあない。シフ、それにユーノも。この一時だけは親子でなく商人と学生として色々な意見を聞かせてくれ!」

 時に大仰な身振りで学生たちと大小様々な議題で盛り上がっていくレンブラントさん。
 本当に、上手だなあ。
 あの人そっち方面でなら余裕でロッツガルド学園の講師できちゃうと思う。
 人の惹き込み方が半端じゃない。
 ああやって話しておいて、後から自分の言葉のどこから何を読んだのかとか冷静に観察するんだろうな。
 それにロッツガルドの優秀な学生ってのは嘘じゃない。
 これからも成績優秀者が選抜されてツィーゲや他の街に行くとしてさ。
 有力者からこんな風にもてなされて評価されて、好感を抱くのが大多数だろう。
 すると卒業生の進路にも自ずとじわりじわり、なんて……まさかな。
 仕方ない事とはいえ、されるがままにレンブラントさんに転がされて白熱した議論は続くのだった。

◇◆◇◆◇◆◇◆

「聞くと見るのじゃ大違い。シフ、ユーノ。お父上素晴らしい方じゃない」

「商人あがりとは思えない気品と教養。それに圧倒的な知識と従来に甘んじない革新的な考え方。とんでもない人じゃないか」

「あの人にユーノとご挨拶に行くとか、胃が痛い。痛いよ」

「確かに凄いよ。でもあれだけ全く前例のない構想を強力に進めるってのは、危険もあると思う。ちゃんとあの人に相応しいだけの部下は揃ってんのかな」

「商人としての部下と為政者としての部下じゃわけが違うからね。でも本当に、まるで伝え聞くダイロクテンマオウだよ、凄すぎる」

「あれ、誰?」

「被り物にも程があるわよね、お父様ったら」

 昼下がり、議事堂をでた彼らの感想だ。
 アベリアは若干うっとりとし。
 ジンはまだ熱気の余韻があるのか汗ばみ。
 ミスラは完全に呑まれ。
 ダエナはちょっと捻くれつつもあの人の事を案じてる。
 イズモはうんうんと頷きながら、何かとんでもない名前をこぼした。
 ローレルでその名前知られてんの!?
 レンブラント姉妹は意外過ぎる父親の顔に現実逃避気味だった。
 まあ君たちはこれから感動の再会をするんだけどね。

「旦那」

「ライムか。今日だったんだな」

「へい」

「シフ、ユーノ」

 ライムと短いやりとりを済ませるとシフとユーノを呼ぶ。
 手招き応じてすぐに来てくれる二人。
 顎でくいと待っている人の方を示してやると姉妹の目が大きく見開く。

「モリス! パパといなかったからどうしたのかと思ってた!」

「お帰りなさいませ、お嬢様」

 パパ。
 お父様呼び、とうとう崩れたか。
 相手が家族同然のモリスさんだ、仕方ないか。

「ええ!? ツィーゲに来られるなんて!」

「野暮用ついでだよ。よくやってるようで何よりだ」

 あの人がシフの精霊魔術を鍛えた人か。
 魔族の女性だとは聞いていたけど、見るのは初めてだ。
 目が合って、小さく会釈した。

「あんたがツィーゲの嵐の中心、クズノハ商会の代表さんかい?」

「前者はともかく、後者は僕ですね」

「……ありがとよ」

「?」

「ベースはまあ無法地帯みたいなとこもあるから私みたいなもんも住みやすい。けれどね、ツィーゲはこれでも荒野の外にある普通の街だ。色々な種族はいても奇異の目まではなくならなかった」

「……」

「それが今回ライムに言われて顔を出してみりゃ魔族がいても気にした風もない。店も使えりゃ宿も取れる。驚いたよ」

「どんな姿かではなく、どんな人かを気にするようになっただけですよ。危険人物なら昔も今も扱いは同じでしょう」

「ふふん、まあそうしとこうかね」

「折角です、シフと食事でもどうです? これから昼食の予定でして、良ければ」

「それは助かるよ。昔の面影がなくてどこで何を食おうか途方に暮れてたとこさ」

 モリスも頷いてくれた。
 彼と個人で食事を共にすることはなかったな。
 シフもユーノも喜んでいるし、ライムも本望だろ。

「さ、良い刺激を受けられただろう? 腹も減ったな? じゃ昼食だ、迷子になるなよ!」

 若干の遠足気分を自覚しながら予約してある店に向かう。
 ジン達からは実にテンションの高い返事が返ってきた。
 レンブラントさんと会った事でこいつらもそれぞれはっきりとしたこの街での目的、見聞したい事、経験したい事が定まってきたんじゃないかな。
 明日からはハザルが使えるようならそれも含めて予定を組んで……。
 あ、でも。
 イズモだけは建築フルコースみたいのを用意だけしとくか。
 学生の方が動くだけで先生の方は楽かと思いきや、こっち側も結構忙しいんだな修学旅行。
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