月が導く異世界道中

あずみ 圭

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七章 蜃気楼都市小閑編

必中にして必殺

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 クズノハ通りと呼ばれる真新しい道がある。
 今や参考には出来ないが、元からの住人には馴染みあるツィーゲの旧区画割りでいえば商店と住宅街の狭間を貫く広い路だ。
 そしてここには通りの名と同じ名を持つ店がある。
 順番からすると通りの方が後で、店の名がオリジナルなんだけど……まあ、正直こっぱずかしいので詳細な話はあまりしたくない話題だ。
 今日はロッツガルド学園からの修学旅行生がツィーゲを訪れる日で僕はクズノハ商会の前で彼らを待つ予定になってる。
 だがまだ来ない。
 理由は明白で、珍しく僕が予見した通りのトラブルで到着が遅れてる。
 もう朝一の識から入った余裕たっぷりの彼の声色が見る見るうちに消沈し、焦り、そして項垂れていく様子は気の毒で気の毒で……心の底から僕が引率してなくて良かったと胸を撫でおろした。
 ごめんな、識。
 初めてのクラスメイト、それも気の置けない友人ばかりでパーティなんて組んじゃってる学生が学園の目を気にせずともよい遥か遠方の地に来てしばらく過ごす。
 これで羽目を外さないヤツなんているだろうか。
 いやいない。
 あいつらはエリートで優秀な連中ではあるけれど、制服を着ているから学園を背負ってるとかそういう意識とは無縁なタイプだ。
 僕ははしゃぐ方にベットして、識は彼らが良識と秩序を重んじる優秀な学生である方にベットした。
 いきなり冒険者ギルドに寄り道したと思ったら冒険者に絡み、ルト達に絡まれ。
 ま、そこには今ツィーゲに来ているグロントさんと、何故か温泉で彼女と仲良くなってたレンブラントさんとこのリサ夫人の思惑もあったようだ。
 さっき識より先にリサさんから連絡が来てた。
 初日はレンブラント商会に行く予定を組んでいたんだけどね。
 どうもレンブラントさんが興奮しすぎていてジン達をまともに歓待できるコンディションじゃないとかなんとか。
 それで初日の訪問予定をクズノハ商会だけにしてもらいますね、ごめんなさいって。
 僕から見て共通語は見ていてあまり美しさは感じない文字なんだけど、それでも上手な人が書くと何故か品が出るんだよなあ。
 文字ってのは不思議だ。

「っと。あの馬車か」

 僕が店の前に出て数分、馬車の姿が見えてきた。
 やー念話ってのは便利だ。
 嬉しい事にお店の前にはお客さんがごった返してるから、邪魔にならないよう馬車を誘導して止めさせる。
 御者さんにチップを弾んで、そして色々とやらかした教え子を迎えた。

「先生、しばらくお世話になります!」

「ああ、よく来た。ツィーゲにようこそ」

 まずはジンからか。
 続いてアベリアが出てくる。
 二人はクズノハ商会本店の繁盛っぷりに驚いたのか、それともまだこの街の人口密度に慣れていないのか絶句した感じで僕の正面に立つ。

「ライドウ先生、すみません初日から私たちのわがままで……」

「大人しく実家に連行されるべきでした……」

 やや消沈したレンブラント姉妹が続く。
 
「どうやら奥様が狙った通りの展開らしい。あまり気にするなシフ、ユーノ」

『ええっ!?』

 驚きながらも動きは止める事なく下車。
 そして残るは……。

「まだ落ち着いてもいないのに、初日から、地獄を見た。ダエナの、所為で」

「やらかしたのは認めるよ。けどよ、お前は多分最初からあの人の標的、じゃなくてご指導を受ける感じだったぞ」

「じゃあ俺は言って良いよね、クソダエナ」

「……悪ぃって」

「悪いで済むか。晩御飯奢って……うおお!? これ何階建て!? クズノハ商会、凄おぉぉ!!」

 本日の逆MVPとその被害者一行だ。
 ダエナとミスラ、それにイズモ。
 全員見た目には傷一つないのに酷い疲労感を顔に滲ませてる。
 多分グロントさんの釘バットオラオラとサンドペーパーストリームでもお見舞いされたんだろう。
 ミスラはお付き合いしてる相手が相手だからツィーゲに来ればどのみち何か大変な目に遭うだろうから厳密には被害者というよりも必然の結果だな。
 イズモはまさに被害者だ。
 一瞬で興味が建築物に移る辺り、本気で恨んでるというよりもいつもの事、ってノリだけど。

「若様、初日から申し訳ありません。予定の消化も進まず……」

「ご苦労様、識。だから言ったじゃん、修学旅行って名前には悪魔めいた魅力があるんだって」

「まずレンブラント商会の品揃えを見せてかの商会の立ち位置をきちんと紹介するつもりだったのですがままならず」

「ま、そこはね。実用重視のウチから見せても別に大丈夫でしょ。しかし暴発はダエナか、ジンかダエナ、大穴でイズモ、ミスラって読みでほぼ正解だったね」

「……レベル差、やはりそこが引き金になると?」

「ローレルの経験は相当な自信になってただろうからね。ここの皆のレベルを知っていけば、浮かれてやらかすかなーって」

「正直ギルドで解説してもらうまで私には全く思い至りませんでした。戒めにこそなれ、過度な自信にしていようとは。それも、学園内ではなく外の世界でも」

「皆が皆識くらい経験豊富で賢かったらそうはならないんだけど、見ての通り僕らの教え子は皆若いからねえ」

「しかし、何故男子ばかりを暴発の候補に?」

 識はまだ引っかかっているみたいだ。
 僕らと縁がある学生が天下のロッツガルド学園を出てツィーゲに勉強をしに来るって事で、実のところジン達は注目度が高い。
 良くも、悪くも。
 彼らをダシに僕らに近づこうとする輩もいれば、エリートの坊ちゃん嬢ちゃんがなんぼのもんじゃいなんて輩もいる。
 致命的に性質が良くない黄昏街みたいのはもう排除してあるから悪い方はそこまで心配はいらないとはいえ、ツィーゲで過ごす時間は学生全員にとって、もしかしたらローレルでの命懸けの戦いよりも濃い経験になるかもしれないんだ。
 心して過ごして欲しいよね。
 多分一番傍にいる事になる識には心労をかけるけども。

「え、だってアベリアは識に惚れてるんだから引率助手みたいな事率先してやるでしょ」

「……」

「それにシフとユーノにとっては帰省でもあるけど、レンブラント商会の令嬢としても振舞わなくちゃいけないんだから学園の制服着てる分いつもより窮屈なくらいだと思うよ」

 言い終えて姉妹を見ると深々と頷いている。
 特に妹のユーノの方なんて彼氏連れで街に戻ってきてる。
 確実に両親とも対面する。
 そりゃすぐに結婚にならなくても多少の緊張はあるだろうし、街で暴れてる余裕はないよね。

「なる、ほど」

「うん。そゆこと。早速街の事と宿泊場所について……」

 学生らを見る。
 ほぼ全員、商会の中に興味津々の模様。
 うーん、初日から財布に大ダメージを受けるのは良い手ではないと思う……んだけど……。
 多分お前らにとってツィーゲの商品はお財布に必中だろうし……。
 はぁ……。

「説明するから、ま、それぞれ店を見て回りながら最上階の事務所においで。まだ初日って事、忘れるなよ?」

『! はいっ!!』

 駄目そうな元気溢れる返事だー。
 識は力なく首を横に振るばかりだ。
 
「じゃあ、識。先に上で打合せしよ。ウェイツ孤児院での過ごさ」

「ウェイツ孤児院!! 先生、俺たち聖地に行けるんですか!?」

「……イズモ。ああ、宿泊施設として使わせてもらえるよう交渉済みだよ。高級ホテルでも構わなかったんだが、どうせならここでしか出来ない体験を一つでも多くさせてやりたいと思ったからな」

「っしゃあ!! 学園都市の職人たちより先に聖地巡礼だ!!」

 ガッツポーズしたまま商会に突っ込んでいくイズモ。
 うん、喜んでもらえて何よりだ。
 高級ホテルと前置きされても即答するとこは凄いぞ、ホント。

「じゃ、行こうか」

「はい若様……階段をお使いになるんですか?」

「うん、昇降機は出る時ジン達へのサプライズにしようかと。驚きすぎて今更か」

「いいえ。どうやら私もかなり認識を改める必要がありそうです。上に来る頃の様子次第では財布の中身とおやつの金額までチェックする必要があるかもしれません……はぁ……」

 はは。
 多分なるね。
 そんな馬鹿話をしながら識と一緒に事務所へ。
 流石にアベリアも識より珍しく貴重な品に目が移っているのか、張り付くような気配はない。
 お客さんをすり抜けながらの階段も悪くない。
 僕らだけでの打ち合わせとなるとスケジュールの調整、複数用意してあるプランの継ぎ接ぎで事足りるからさして時間はかからない。
 もちろん事前の準備あっての事、十分に時間をかけた甲斐があったというべきかな。

『……』

 待つことしばし。
 ぽつりぽつりと学生諸君が事務所にやってきた。
 顔色は、想像していた中で最悪といったところ。
 最後はホクホク顔のレンブラント姉妹。
 財力の多寡が見せる残酷な現実だなあ。
 そして報告として明かされる買い物具合。
 
「……必中どころか必殺、即死級のダメージを負うかね」

「今夜にでも外出時の財布の上限額を決めさせます」

 足りない、足りない。
 帰る、お金取りに一回帰る。
 そんな悲しい、商人にとってはカモたちの鳴き声が事務所に満ちていった。

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