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16巻
16-3
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「無理、無理です、ライドウさん。この……方々は、女神様の眷属にして世界を見守る上位精霊様に相違ありません」
「ええ、上位精霊です。でも今はこの通り、僕らの協力者として来てくれているんですから」
「生贄もなしに、ほんの数日の準備だけで召喚していい――できていいわけがない方々なんです!! 皆さんの様子をご覧になれば分かるでしょう!? 私がさせているんじゃありません。自身の内から自然と湧き出てくる感情に従っているんです。……頭を垂れ、跪くべき相手だと、この身の全てが悟っているんです!」
……そんな事を言われてもな。
泣きそうになりながら訴えられても、むしろ僕が困る。
特におかしなスキルの発動なんかは把握してないんだけど。
一応、澪に確認してみるが、想像通り彼女も首を横に振る。
うん、魅了みたいな精神に干渉するスキルは使われていない。
「ライム、悪いけど皆を立たせて。これじゃロクに紹介もできやしない。それから、ベヒにフェニ、お前らも威圧とかするなよ? 水の精霊を信仰している巫女さんはともかく、商人とか貴族まで土下座しちゃってるでしょうよ」
「む、特に何もしてないが」
「心外ですね、ライドウ殿。私達は他のよりは余程親しみをもって人と付き合っています」
「もういっそ、ぬいぐるみみたいになれませんの? それなら土下座する者もいなくなるでしょうに」
ぬいぐるみか。
原形が原形だけにゲームのマスコットキャラクターじみた姿しか想像できないな。
でも確かに頭を下げる感じではなくなる、かな。
僕と澪が精霊と雑談する中、ライムが一人ずつ軽く説得しながら立ち上がらせていく。
「う、うぅ……」
「あぁ……」
ジョイさんとルーグさんは精霊の存在を目の当たりにして、まともな言葉を発せずにいる。
既に荷物らしい荷物もなくなった荷運び担当の奴隷達は顔面蒼白で、わなわなと生気なく震えている有様。
チヤさんは直立不動、合掌して祈りのポーズだ。
精霊への祈りって、仏教スタイルなのか。
……そういえば、神道の参拝って合掌するのかしないのか、どっちが正当なんだろうな。
思い切って何度か神職の方々に伺ってみたけど、皆祈る気持ちを重視していて、合掌の是非はどちらでもよいというスタイルだった。
あ、それを言うならこないだ本物の神様に会えたんだし、どっちが良いんでしょうって、それこそ思い切って聞いておけばよかったじゃないか……。
「己の矮小さが身に染みて分かりました」
「私も、ただこうせねばならないという衝動に突き動かされ、気付けば平伏していました」
ジョイさんとルーグさんが呆然と感想を呟いた。
「そりゃ、強い精霊には違いないです。ただですね、見ての通り僕らが召喚したんですから、そこまで緊張しないでください」
『……』
ベヒモスもフェニックスも沈黙したまま状況を見守っている。
いや、周囲の把握に努めている感じだな。
ここは精霊にとっても関心を寄せるだけの場所だって事だ。
僕としてはこんなホラーハウス、さっさと終わらせて帰りたい気持ちでいっぱいだけどね。
沼系ホラーアトラクションとか、勘弁だよ。
「ローレル連邦では、水の上位精霊様を顕現させるのは国家が数年単位で準備を進め、時の巫女を犠牲にしてようやく成立する一大事なのに。個人でそれを可能にするだなんて……」
緊張から少し解放されたらしいチヤさんが、今度はえらく複雑な表情で僕と澪、そしてベヒモスとフェニックスを交互に見ては、深呼吸している。
「水の巫女よ、それは単純に我らが求めるものと顕現の方法によります」
「左様。我らは同じく上位精霊としてこの世の事象を司りはする。しかしそれぞれ個として別に存在し、嗜好もそれぞれに異なる。水の上位精霊ウィナルデは特に信仰心を好む。女神の模倣でもしている気なのか、な。ゆえに、魔力よりも想いを好むのだ。たとえばわざわざ器として不十分なモノに受肉するような顕現方法を選ぶ、とかだな」
……へえ。
精霊にも好みや自我はそれなりにあるんだな。
水の精霊は信仰心を好む、と。
だから宗教みたいになっているのか。
確かに、水以外の精霊の場合、精霊神殿なんてあんまり見た事がないし、世界規模に広がっているものは存在しない。
もっとも、女神への信仰がその代わりになっているのかもしれないけど。
「フェニックス様……ベヒモス様……」
ベヒの言葉を継いで、フェニがチヤさんを慰めはじめる。
「――だから水の巫女よ、今回の我々との邂逅を理不尽に思う事はありません」
「ああ。汝も感じたように、馬鹿げた魔力を垂れ流して上位精霊を無理やり召喚するなど、恐らくコヤツら以外にできもせん。だから気にするな。汝の精霊への畏敬、信仰は、我らも快く感じておるよ」
「まったくです。たまにはアレも巫女の体など使わずに単身で魔力のみでの召喚に応じればよいのです」
「完全に同意するよ」
精霊達の話を聞く限り、ローレルでは水の上位精霊を呼ぶイコール当代の巫女が死ぬ事なのか。
性悪そうな印象だな、水の上位精霊。
女神に近い性格ではなかろうか。
しかし……もしチヤさんの犠牲が精霊降臨の条件だとしたら、ローレルの重鎮である中宮の彩律さんは絶対に首を縦に振らないだろう。
あの人が早くから魔族との戦争に対して積極的に支援し、チヤさんの事でリミアとの関係がこじれてもなおその基本方針を変えなかった理由。それは、戦局が悪くなって、精霊に顕現してもらおうという話が現実的にならないようにしたかったから?
なんとなく、僕には彩律さんがそう思っている気がする。
彼女は巫女という立場だけじゃなく、チヤさんに入れ込んでいる風に見えた。
「で、お前らはどうなんだ?」
僕の質問が唐突すぎたのか、フェニックスとベヒモスが怪訝そうな表情を浮かべた。
「なんですか、唐突に」
「そうだぞ、ライドウ――殿。いきなりなんだ?」
「精霊の嗜好ってやつ。水の精霊は信仰心なんだろう? じゃあ土と火のお前らはって話」
「似たようなものです。私は勇気が好きですね。精霊は皆強い感情を好むのですよ」
「だな。俺は揺らがぬ信念を好む。ただ一つ、己が決めた道を征く。俺にとってそんな人の生き様は最高の肴だ」
勇気に信念。
大して変わらないな……と思った。
現にこいつらは魔族にも力を貸しているし、性格もある程度似ているのかも。
しかしベヒモス、肴ってさ。
酒のつまみにするみたいでどうかと思う。
「強い感情か。ちなみに風の精霊は?」
『……』
気になって聞いてみたら、何故か突然沈黙する上位精霊ズ。
「?」
『……』
「ど、どうかした?」
再度問うと、渋々といった様子でベヒモスが口を開いた。
「あいつだけは特殊でな」
「はい。風の上位精霊は、本人曰くセンスを好みます」
「せんす?」
「ええ。美的感覚というか、洒落た仕草とか。正直、理解できませんが」
美的感覚、オシャレ?
……。
うん、僕にも理解不能だな。
感情の強弱関係ないじゃんか。
ただ、信仰といいセンスといい、水と風の精霊の嗜好は、土と火よりだいぶ女神寄りだな。
「加護を与える条件は気紛れですし、特定の国や人に肩入れもしません。ある意味究極の個人主義とも言えますが、私が思うに、あれはヒューマンにも亜人にもさして興味がないのではないかと」
「同感だ。有事となれば女神の手足として動きはするだろう。しかし誰かに、どこかに肩入れするなど、恐らく今後もせんだろう」
「なるほどねえ」
さて、そろそろ皆の気持ちも落ち着いてきた頃だろう。
雑談はこの辺にして、攻略に移ろうじゃないか……と思って次の話題を振ろうとしたが、上位精霊達の話は終わってなかったらしく、二人はそのまま喋り続ける。
「……というわけでだ」
「というわけですから」
「?」
ベヒモスとフェニックスが、立ち上がったチヤさん達に対して、厳かに、かつ優しく語りかける。
「かような精霊も絶えた地に、無力ながら足を踏み入れたヒューマン達よ」
「死をも覚悟してなお、何かを求め、足を踏み出した勇者達よ」
「我、大地を司りし精霊ベヒモスは、汝らの行いを称賛する」
「私、炎を司りし精霊フェニックスは貴方達の勇気を讃えます」
『……!』
なんだなんだ?
チヤさん達は固唾を呑んで彼らの言葉に耳を傾けている。
「ゆえに、この出会い、縁の証として、ささやかながら贈り物をしよう」
「ないよりはマシという程度の代物ですが」
「我ベヒモスと」
「私フェニックスは」
『ここに汝らを祝福し、加護を与える』
ふわりと。
僕と澪以外の全員がオレンジと赤の光の膜で包まれた。
ライムもだ。
精霊が祝福と加護を授ける瞬間か。
初めて見るな。
「なんで僕と澪はナシなわけ」
「必要なかろう」
「ええ、今更でしょう」
どういう意味なのか。
直接召喚できるからいらんだろって事なのか。
それとも、いずれ女神と戦るんだから、精霊の力なんて頼りにしても意味がないだろって事なのか。
いいけどね!
別に欲しくなかったし!?
「あ、ありがとうございます!!」
「なんと寛大な」
「……精、霊さま」
奴隷さん達が喋った!?
そこまでか、上位精霊の加護!
一体どんな効果があるんだよ!?
僕は月読様に与えられた特殊能力の『界』を展開して、彼らに起きた変化を観察する。
ふむふむ。
いや、え?
これ、この場所から生還できる超性能なんかないし、フェニックスが言った通り、そこまでの代物じゃないね。
土と火の属性魔術強化、耐性強化。おまけに精霊魔術使用可。病気や毒物への耐性、治癒力上昇。鍛錬での身体能力上昇向上。
どれも完全無効化や大上昇というわけでもなく、中程度の効果だ。
複数効果がある点や、精霊魔術に限らず土と火ならOKという幅広い魔術補助は、凄いといえば凄いけど……。
突出した何かはない。
なんで皆、名前ばっかりの祝福や加護でここまで劇的に気持ちが上向いちゃうんだよ。
ブランド?
これがブランド力ってやつなのか?
クズノハ商会の名前じゃあ、ツィーゲやロッツガルドを出たらまだ上位精霊ほどの信用はないんだな。
……まあ。当然か。
「じゃ、行きますか」
「もう少し余韻をだな……。まあいい、それでこそライドウ殿か。行き先はあの怨念を垂れ流し、精霊を捕食している、おぞましき樹だな?」
「……ああ」
ベヒモスの言葉に頷く。
怨念を垂れ流すおぞましい樹か。
僕にはそこまで感知できなかったな。
精霊を捕食していると分かっただけだ。
精霊独特の感性がなせる業なんだろうか。
「私達がいるのです。力の及ぶ限り盛大に参りましょう」
フェニックスが翼を広げる。
呼応してベヒモスが二本の角を枝分かれさせながらゆるゆると伸ばす。
角の形を見ると鹿っぽくもあるが、肉体の方は筋肉からして牛だ。
ぱっつんぱっつんに張り詰めたところが、余計にパワーを感じさせる。
ともかく、二人の上位精霊の力の発現で、沼地はたちまち乾き、石がせり出して道が造られていく。
せり上がる石でできた通路は、柱状節理の海岸を思わせる出来だった。
ある種、神秘的とでも言おうか。
これぞ土の精霊の真骨頂かも?
「凄い、沼にあっという間に立派な石廊下が」
感嘆の声を漏らすチヤさんに続き、ジョイさん、ルーグさんも笑顔になっていた。
「はは……これが上位精霊様のお力。精霊が死に絶えた地ですら奇跡を起こすのか」
「この地に如何なる怨念が潜もうと、復活の象徴たるフェニックス様と生命と豊穣の守護者であるベヒモス様がおられれば、きっと……!」
上位精霊という衝撃は余程のものだったんだろう。
奴隷さんズも顔色がかなり良く、男女ともに元気になってきているようだ。
「一直線、か。できればこのまま力押しで行けますように、と」
「さ、若様。精霊が働きますから、私達も後から付いていきましょう」
そう言われて、澪が差し出した手を取る。
ナイトフロンタルの霧を晴らした後には何が残るんだろう。
もうじき来るその時が、あまり後味の悪いものではないように……僕は月読様に祈った。
◇◆◇◆◇
クズノハ商会の面々がアルグリオの策謀で秘境探索を行っている頃。
リミア王国の深奥では、ホープレイズ家に関わる秘策が始まっていた。
結論から言えば、その作戦は大成功を収めた。
対象となった〝彼〟と〝彼女〟の相性ゆえか、もしくは作戦と二人の相性ゆえか。
勇者響はもちろん、この計画のそもそもの提案者であるリミアの第二王子ヨシュアですら目元をひくつかせるほどに、ソレは上手く進んだのである。
ホープレイズ家長男の篭絡。
始まりは、クズノハ商会が王都を訪れるよりも少し前だった。
医術や治癒属性魔術に長けている事、それなり以上の家柄である事、リミア王国における婚姻適齢期に達している事。
全貌を知らされされず、ただこれらの条件によって集められた貴族の子女は、それでも最上級の玉の輿に乗る絶好のチャンスを王家の後ろ盾付きで与えられるという稀有な機会に奮起していた。
そして満を持して……一般の負傷兵であれば容赦なく見捨てられる重傷を負いながらもなんとか命を繋ぎ、王都への奇跡の帰還を果たした〝標的〟が、目を覚ました。
これまたありえぬほどに豪華な城内の一室で。
大方の予想通り、男は変わり果てた己の肉体に絶望する。
高貴なる者としての責務を果たすため、彼は厳しい鍛錬に耐えてきた。
無論、外見も人並み以上に磨いてきた自負だってある。
だが今や見る影もなく、痩せ細った手足はまるで老人のようだ。
それどころか、利き腕そのものが失われてしまっている。
絶望するのも当然だ。
呆然としつつ、彼――オズワール=ホープレイズは記憶を辿る。
あれは王都から少し離れた砦から、王都へ向かう街道に合流する途中の出来事だった。
突如襲ってきた魔族と魔物の群れ。
獣人どもも加わって、波となった奴らの圧は凄まじく、編制の横っ腹を食いつかれた彼の部隊は、いきなり劣勢に立たされた。
そしてそのまま魔族の部隊にすり潰されたのだ。
オズワールは悔しさに歯を強く噛み合わせる。
「俺は、どうして……」
今生きているのか。
誰に聞かせるでもない疑問が湧く。
同時に、人生の中であまり感じた事がない種類の――だが次々に込み上げてくる不快な感情を抑えながら、彼はまた記憶を辿る。
馬上にいた自分に迫る、三本角の魔族。
その手に握られていたのは、なんとも禍々しい剣――いや、鉈であっただろうか。
鋸?
その辺りの詳細な形状が、今の彼にはよく思い出せない。
なんとか分かるのは、気味の悪い液で濡れる、刃こぼれした幅広の凶器だけ。
それが、鎧ごと体に叩きつけられた。
「馬から落ちた……次に奴が……」
落馬して視界いっぱいの空を目にしたオズワールが次に見たのは、三本角の顔。
嗤っていた。
「ううっ!?」
突如、彼の右腕に強烈な熱と痛みが走った。
既に失われたはずの右腕に、だ。
オズワールは驚愕で目を見開いて腕を見る。
ない。
肩口から先には、やはり何もない。
先ほど彼自身が確認した通りだ。
なのに、確かに腕が痛い。
全く理解できない現象だった。
「まさか……仇を取れと、なくした腕が俺に訴えているのか?」
彼は思い出した。
振り下ろされた凶器から身をよじって逃れた時。
右腕はその犠牲になった。
深々と斬りつけられ、何度も激痛が走った。
そして……。
「ああ、そうか。あの女性に俺は救われたのか」
もう一つ、思い出す。
それは彼が今ここにいる理由。
憎しみを宿した目で睨みつける彼の目の前で、三本角があらぬ方を見て驚いた表情を浮かべると、そのまま崩れ落ちていく。
続いて、髪の長い――恐らくは女性であろう影に見下ろされた。
負傷のせいか、光のせいか、顔までは分からなかった。
だが恐らく、その人物が彼をここまで運んでくれたのだろう。
そうとしか考えられなかった。
「っ、お目覚めになりました!?」
「うおっ!?」
突然部屋に響いた高い声に、オズワールは無様な驚きの声を上げる。
すぐに声の主を探すと、そこには興奮した様子の女性が一人。
白衣に身を包み、手にしたシルバーの盆には真新しい包帯や水差しが載っている。
発した言葉が適切であったかはともかく、彼にもある程度女性の正体を察する事ができた。
「君が、治療してくれたのか?」
「あ、はい! 私達でオズワール様の治療と看護をさせてもらっています!」
「……そうか、ありがとう」
礼を口にしたオズワールはふと首を傾げる。
二つの疑問が生まれたからだ。
こんなにも素直に礼を言ったのはいつぶりだろうかと。
そしてもう一つ。
何故、彼女は自分の名を知っているのだろうかと。
「とんでもありません! リミアのために死力を尽くされたオズワール様をお助けするのは当然の事です! 申し遅れました。私はイライザ=ピークリーネと申します」
彼女が口にした家名を聞き、オズワールは同僚の名前を思い出す。
「ピークリーネ……確か王国東部の。……ん、であれば、カイムは?」
オズワールと同じ長剣を扱う騎士カイムは、剣技、指揮ともに己を遥かに上回る、尊敬すべき相手だった。
家柄や領地の規模こそホープレイズ家の方が上だが、個の資質において見習うべき点の多い、優秀な男だ。
友人であり、いずれ家を背負った暁にはライバルとして、長く付き合っていく事になる人物だろうと、オズワールは思っていた。
彼の問いに、イライザは静かに頷く。
「……兄です」
「やはり。彼には普段から騎士仲間として世話になっている。しかし、こうして妹君にまで恩ができるとは思わなかった。それで……彼は? あれほどの力の持ち主であれば不覚を取る事などそうそうあるまいが。それに……ここは? 王都、なのか?」
友人の安否を確認するとともに、ついでに自分が気になっていた事、即ちここがどこかという疑問も一緒にして問いかけた。
一瞬、イライザは言葉に詰まり、そしてその表情が固まった。
(恐らくは王都であろうが……俺はこんな扱いをしてもらえるほどの軍功など挙げちゃいないからな。父上が手を回したか……。それこそカイムなら、あのような奇襲であっても手柄を挙げたかもしれんが)
「兄は、戦死いたしました。それから、ここはご推察の通り王都でございます。城内の最も警備の厚い区域ですから、どうぞご安心ください」
「ん?」
戦死。
その言葉が脳内を滑り、中に染みていかない。
しばらく、意味が分からなかった。
オズワールはそれまでの明るい雰囲気を少し翳らせたイライザの表情と、サイドテーブルに並ぶ白い包帯と薬などを見ながら、ゆっくりとカイムの現実を理解していく。
ついには笑みを浮かべる事も難しくなったのか、イライザは辛そうに眉をひそめながら一礼して退室しようとする。
そこでようやく、オズワールは上ずった声で呼び止めた。
「ええ、上位精霊です。でも今はこの通り、僕らの協力者として来てくれているんですから」
「生贄もなしに、ほんの数日の準備だけで召喚していい――できていいわけがない方々なんです!! 皆さんの様子をご覧になれば分かるでしょう!? 私がさせているんじゃありません。自身の内から自然と湧き出てくる感情に従っているんです。……頭を垂れ、跪くべき相手だと、この身の全てが悟っているんです!」
……そんな事を言われてもな。
泣きそうになりながら訴えられても、むしろ僕が困る。
特におかしなスキルの発動なんかは把握してないんだけど。
一応、澪に確認してみるが、想像通り彼女も首を横に振る。
うん、魅了みたいな精神に干渉するスキルは使われていない。
「ライム、悪いけど皆を立たせて。これじゃロクに紹介もできやしない。それから、ベヒにフェニ、お前らも威圧とかするなよ? 水の精霊を信仰している巫女さんはともかく、商人とか貴族まで土下座しちゃってるでしょうよ」
「む、特に何もしてないが」
「心外ですね、ライドウ殿。私達は他のよりは余程親しみをもって人と付き合っています」
「もういっそ、ぬいぐるみみたいになれませんの? それなら土下座する者もいなくなるでしょうに」
ぬいぐるみか。
原形が原形だけにゲームのマスコットキャラクターじみた姿しか想像できないな。
でも確かに頭を下げる感じではなくなる、かな。
僕と澪が精霊と雑談する中、ライムが一人ずつ軽く説得しながら立ち上がらせていく。
「う、うぅ……」
「あぁ……」
ジョイさんとルーグさんは精霊の存在を目の当たりにして、まともな言葉を発せずにいる。
既に荷物らしい荷物もなくなった荷運び担当の奴隷達は顔面蒼白で、わなわなと生気なく震えている有様。
チヤさんは直立不動、合掌して祈りのポーズだ。
精霊への祈りって、仏教スタイルなのか。
……そういえば、神道の参拝って合掌するのかしないのか、どっちが正当なんだろうな。
思い切って何度か神職の方々に伺ってみたけど、皆祈る気持ちを重視していて、合掌の是非はどちらでもよいというスタイルだった。
あ、それを言うならこないだ本物の神様に会えたんだし、どっちが良いんでしょうって、それこそ思い切って聞いておけばよかったじゃないか……。
「己の矮小さが身に染みて分かりました」
「私も、ただこうせねばならないという衝動に突き動かされ、気付けば平伏していました」
ジョイさんとルーグさんが呆然と感想を呟いた。
「そりゃ、強い精霊には違いないです。ただですね、見ての通り僕らが召喚したんですから、そこまで緊張しないでください」
『……』
ベヒモスもフェニックスも沈黙したまま状況を見守っている。
いや、周囲の把握に努めている感じだな。
ここは精霊にとっても関心を寄せるだけの場所だって事だ。
僕としてはこんなホラーハウス、さっさと終わらせて帰りたい気持ちでいっぱいだけどね。
沼系ホラーアトラクションとか、勘弁だよ。
「ローレル連邦では、水の上位精霊様を顕現させるのは国家が数年単位で準備を進め、時の巫女を犠牲にしてようやく成立する一大事なのに。個人でそれを可能にするだなんて……」
緊張から少し解放されたらしいチヤさんが、今度はえらく複雑な表情で僕と澪、そしてベヒモスとフェニックスを交互に見ては、深呼吸している。
「水の巫女よ、それは単純に我らが求めるものと顕現の方法によります」
「左様。我らは同じく上位精霊としてこの世の事象を司りはする。しかしそれぞれ個として別に存在し、嗜好もそれぞれに異なる。水の上位精霊ウィナルデは特に信仰心を好む。女神の模倣でもしている気なのか、な。ゆえに、魔力よりも想いを好むのだ。たとえばわざわざ器として不十分なモノに受肉するような顕現方法を選ぶ、とかだな」
……へえ。
精霊にも好みや自我はそれなりにあるんだな。
水の精霊は信仰心を好む、と。
だから宗教みたいになっているのか。
確かに、水以外の精霊の場合、精霊神殿なんてあんまり見た事がないし、世界規模に広がっているものは存在しない。
もっとも、女神への信仰がその代わりになっているのかもしれないけど。
「フェニックス様……ベヒモス様……」
ベヒの言葉を継いで、フェニがチヤさんを慰めはじめる。
「――だから水の巫女よ、今回の我々との邂逅を理不尽に思う事はありません」
「ああ。汝も感じたように、馬鹿げた魔力を垂れ流して上位精霊を無理やり召喚するなど、恐らくコヤツら以外にできもせん。だから気にするな。汝の精霊への畏敬、信仰は、我らも快く感じておるよ」
「まったくです。たまにはアレも巫女の体など使わずに単身で魔力のみでの召喚に応じればよいのです」
「完全に同意するよ」
精霊達の話を聞く限り、ローレルでは水の上位精霊を呼ぶイコール当代の巫女が死ぬ事なのか。
性悪そうな印象だな、水の上位精霊。
女神に近い性格ではなかろうか。
しかし……もしチヤさんの犠牲が精霊降臨の条件だとしたら、ローレルの重鎮である中宮の彩律さんは絶対に首を縦に振らないだろう。
あの人が早くから魔族との戦争に対して積極的に支援し、チヤさんの事でリミアとの関係がこじれてもなおその基本方針を変えなかった理由。それは、戦局が悪くなって、精霊に顕現してもらおうという話が現実的にならないようにしたかったから?
なんとなく、僕には彩律さんがそう思っている気がする。
彼女は巫女という立場だけじゃなく、チヤさんに入れ込んでいる風に見えた。
「で、お前らはどうなんだ?」
僕の質問が唐突すぎたのか、フェニックスとベヒモスが怪訝そうな表情を浮かべた。
「なんですか、唐突に」
「そうだぞ、ライドウ――殿。いきなりなんだ?」
「精霊の嗜好ってやつ。水の精霊は信仰心なんだろう? じゃあ土と火のお前らはって話」
「似たようなものです。私は勇気が好きですね。精霊は皆強い感情を好むのですよ」
「だな。俺は揺らがぬ信念を好む。ただ一つ、己が決めた道を征く。俺にとってそんな人の生き様は最高の肴だ」
勇気に信念。
大して変わらないな……と思った。
現にこいつらは魔族にも力を貸しているし、性格もある程度似ているのかも。
しかしベヒモス、肴ってさ。
酒のつまみにするみたいでどうかと思う。
「強い感情か。ちなみに風の精霊は?」
『……』
気になって聞いてみたら、何故か突然沈黙する上位精霊ズ。
「?」
『……』
「ど、どうかした?」
再度問うと、渋々といった様子でベヒモスが口を開いた。
「あいつだけは特殊でな」
「はい。風の上位精霊は、本人曰くセンスを好みます」
「せんす?」
「ええ。美的感覚というか、洒落た仕草とか。正直、理解できませんが」
美的感覚、オシャレ?
……。
うん、僕にも理解不能だな。
感情の強弱関係ないじゃんか。
ただ、信仰といいセンスといい、水と風の精霊の嗜好は、土と火よりだいぶ女神寄りだな。
「加護を与える条件は気紛れですし、特定の国や人に肩入れもしません。ある意味究極の個人主義とも言えますが、私が思うに、あれはヒューマンにも亜人にもさして興味がないのではないかと」
「同感だ。有事となれば女神の手足として動きはするだろう。しかし誰かに、どこかに肩入れするなど、恐らく今後もせんだろう」
「なるほどねえ」
さて、そろそろ皆の気持ちも落ち着いてきた頃だろう。
雑談はこの辺にして、攻略に移ろうじゃないか……と思って次の話題を振ろうとしたが、上位精霊達の話は終わってなかったらしく、二人はそのまま喋り続ける。
「……というわけでだ」
「というわけですから」
「?」
ベヒモスとフェニックスが、立ち上がったチヤさん達に対して、厳かに、かつ優しく語りかける。
「かような精霊も絶えた地に、無力ながら足を踏み入れたヒューマン達よ」
「死をも覚悟してなお、何かを求め、足を踏み出した勇者達よ」
「我、大地を司りし精霊ベヒモスは、汝らの行いを称賛する」
「私、炎を司りし精霊フェニックスは貴方達の勇気を讃えます」
『……!』
なんだなんだ?
チヤさん達は固唾を呑んで彼らの言葉に耳を傾けている。
「ゆえに、この出会い、縁の証として、ささやかながら贈り物をしよう」
「ないよりはマシという程度の代物ですが」
「我ベヒモスと」
「私フェニックスは」
『ここに汝らを祝福し、加護を与える』
ふわりと。
僕と澪以外の全員がオレンジと赤の光の膜で包まれた。
ライムもだ。
精霊が祝福と加護を授ける瞬間か。
初めて見るな。
「なんで僕と澪はナシなわけ」
「必要なかろう」
「ええ、今更でしょう」
どういう意味なのか。
直接召喚できるからいらんだろって事なのか。
それとも、いずれ女神と戦るんだから、精霊の力なんて頼りにしても意味がないだろって事なのか。
いいけどね!
別に欲しくなかったし!?
「あ、ありがとうございます!!」
「なんと寛大な」
「……精、霊さま」
奴隷さん達が喋った!?
そこまでか、上位精霊の加護!
一体どんな効果があるんだよ!?
僕は月読様に与えられた特殊能力の『界』を展開して、彼らに起きた変化を観察する。
ふむふむ。
いや、え?
これ、この場所から生還できる超性能なんかないし、フェニックスが言った通り、そこまでの代物じゃないね。
土と火の属性魔術強化、耐性強化。おまけに精霊魔術使用可。病気や毒物への耐性、治癒力上昇。鍛錬での身体能力上昇向上。
どれも完全無効化や大上昇というわけでもなく、中程度の効果だ。
複数効果がある点や、精霊魔術に限らず土と火ならOKという幅広い魔術補助は、凄いといえば凄いけど……。
突出した何かはない。
なんで皆、名前ばっかりの祝福や加護でここまで劇的に気持ちが上向いちゃうんだよ。
ブランド?
これがブランド力ってやつなのか?
クズノハ商会の名前じゃあ、ツィーゲやロッツガルドを出たらまだ上位精霊ほどの信用はないんだな。
……まあ。当然か。
「じゃ、行きますか」
「もう少し余韻をだな……。まあいい、それでこそライドウ殿か。行き先はあの怨念を垂れ流し、精霊を捕食している、おぞましき樹だな?」
「……ああ」
ベヒモスの言葉に頷く。
怨念を垂れ流すおぞましい樹か。
僕にはそこまで感知できなかったな。
精霊を捕食していると分かっただけだ。
精霊独特の感性がなせる業なんだろうか。
「私達がいるのです。力の及ぶ限り盛大に参りましょう」
フェニックスが翼を広げる。
呼応してベヒモスが二本の角を枝分かれさせながらゆるゆると伸ばす。
角の形を見ると鹿っぽくもあるが、肉体の方は筋肉からして牛だ。
ぱっつんぱっつんに張り詰めたところが、余計にパワーを感じさせる。
ともかく、二人の上位精霊の力の発現で、沼地はたちまち乾き、石がせり出して道が造られていく。
せり上がる石でできた通路は、柱状節理の海岸を思わせる出来だった。
ある種、神秘的とでも言おうか。
これぞ土の精霊の真骨頂かも?
「凄い、沼にあっという間に立派な石廊下が」
感嘆の声を漏らすチヤさんに続き、ジョイさん、ルーグさんも笑顔になっていた。
「はは……これが上位精霊様のお力。精霊が死に絶えた地ですら奇跡を起こすのか」
「この地に如何なる怨念が潜もうと、復活の象徴たるフェニックス様と生命と豊穣の守護者であるベヒモス様がおられれば、きっと……!」
上位精霊という衝撃は余程のものだったんだろう。
奴隷さんズも顔色がかなり良く、男女ともに元気になってきているようだ。
「一直線、か。できればこのまま力押しで行けますように、と」
「さ、若様。精霊が働きますから、私達も後から付いていきましょう」
そう言われて、澪が差し出した手を取る。
ナイトフロンタルの霧を晴らした後には何が残るんだろう。
もうじき来るその時が、あまり後味の悪いものではないように……僕は月読様に祈った。
◇◆◇◆◇
クズノハ商会の面々がアルグリオの策謀で秘境探索を行っている頃。
リミア王国の深奥では、ホープレイズ家に関わる秘策が始まっていた。
結論から言えば、その作戦は大成功を収めた。
対象となった〝彼〟と〝彼女〟の相性ゆえか、もしくは作戦と二人の相性ゆえか。
勇者響はもちろん、この計画のそもそもの提案者であるリミアの第二王子ヨシュアですら目元をひくつかせるほどに、ソレは上手く進んだのである。
ホープレイズ家長男の篭絡。
始まりは、クズノハ商会が王都を訪れるよりも少し前だった。
医術や治癒属性魔術に長けている事、それなり以上の家柄である事、リミア王国における婚姻適齢期に達している事。
全貌を知らされされず、ただこれらの条件によって集められた貴族の子女は、それでも最上級の玉の輿に乗る絶好のチャンスを王家の後ろ盾付きで与えられるという稀有な機会に奮起していた。
そして満を持して……一般の負傷兵であれば容赦なく見捨てられる重傷を負いながらもなんとか命を繋ぎ、王都への奇跡の帰還を果たした〝標的〟が、目を覚ました。
これまたありえぬほどに豪華な城内の一室で。
大方の予想通り、男は変わり果てた己の肉体に絶望する。
高貴なる者としての責務を果たすため、彼は厳しい鍛錬に耐えてきた。
無論、外見も人並み以上に磨いてきた自負だってある。
だが今や見る影もなく、痩せ細った手足はまるで老人のようだ。
それどころか、利き腕そのものが失われてしまっている。
絶望するのも当然だ。
呆然としつつ、彼――オズワール=ホープレイズは記憶を辿る。
あれは王都から少し離れた砦から、王都へ向かう街道に合流する途中の出来事だった。
突如襲ってきた魔族と魔物の群れ。
獣人どもも加わって、波となった奴らの圧は凄まじく、編制の横っ腹を食いつかれた彼の部隊は、いきなり劣勢に立たされた。
そしてそのまま魔族の部隊にすり潰されたのだ。
オズワールは悔しさに歯を強く噛み合わせる。
「俺は、どうして……」
今生きているのか。
誰に聞かせるでもない疑問が湧く。
同時に、人生の中であまり感じた事がない種類の――だが次々に込み上げてくる不快な感情を抑えながら、彼はまた記憶を辿る。
馬上にいた自分に迫る、三本角の魔族。
その手に握られていたのは、なんとも禍々しい剣――いや、鉈であっただろうか。
鋸?
その辺りの詳細な形状が、今の彼にはよく思い出せない。
なんとか分かるのは、気味の悪い液で濡れる、刃こぼれした幅広の凶器だけ。
それが、鎧ごと体に叩きつけられた。
「馬から落ちた……次に奴が……」
落馬して視界いっぱいの空を目にしたオズワールが次に見たのは、三本角の顔。
嗤っていた。
「ううっ!?」
突如、彼の右腕に強烈な熱と痛みが走った。
既に失われたはずの右腕に、だ。
オズワールは驚愕で目を見開いて腕を見る。
ない。
肩口から先には、やはり何もない。
先ほど彼自身が確認した通りだ。
なのに、確かに腕が痛い。
全く理解できない現象だった。
「まさか……仇を取れと、なくした腕が俺に訴えているのか?」
彼は思い出した。
振り下ろされた凶器から身をよじって逃れた時。
右腕はその犠牲になった。
深々と斬りつけられ、何度も激痛が走った。
そして……。
「ああ、そうか。あの女性に俺は救われたのか」
もう一つ、思い出す。
それは彼が今ここにいる理由。
憎しみを宿した目で睨みつける彼の目の前で、三本角があらぬ方を見て驚いた表情を浮かべると、そのまま崩れ落ちていく。
続いて、髪の長い――恐らくは女性であろう影に見下ろされた。
負傷のせいか、光のせいか、顔までは分からなかった。
だが恐らく、その人物が彼をここまで運んでくれたのだろう。
そうとしか考えられなかった。
「っ、お目覚めになりました!?」
「うおっ!?」
突然部屋に響いた高い声に、オズワールは無様な驚きの声を上げる。
すぐに声の主を探すと、そこには興奮した様子の女性が一人。
白衣に身を包み、手にしたシルバーの盆には真新しい包帯や水差しが載っている。
発した言葉が適切であったかはともかく、彼にもある程度女性の正体を察する事ができた。
「君が、治療してくれたのか?」
「あ、はい! 私達でオズワール様の治療と看護をさせてもらっています!」
「……そうか、ありがとう」
礼を口にしたオズワールはふと首を傾げる。
二つの疑問が生まれたからだ。
こんなにも素直に礼を言ったのはいつぶりだろうかと。
そしてもう一つ。
何故、彼女は自分の名を知っているのだろうかと。
「とんでもありません! リミアのために死力を尽くされたオズワール様をお助けするのは当然の事です! 申し遅れました。私はイライザ=ピークリーネと申します」
彼女が口にした家名を聞き、オズワールは同僚の名前を思い出す。
「ピークリーネ……確か王国東部の。……ん、であれば、カイムは?」
オズワールと同じ長剣を扱う騎士カイムは、剣技、指揮ともに己を遥かに上回る、尊敬すべき相手だった。
家柄や領地の規模こそホープレイズ家の方が上だが、個の資質において見習うべき点の多い、優秀な男だ。
友人であり、いずれ家を背負った暁にはライバルとして、長く付き合っていく事になる人物だろうと、オズワールは思っていた。
彼の問いに、イライザは静かに頷く。
「……兄です」
「やはり。彼には普段から騎士仲間として世話になっている。しかし、こうして妹君にまで恩ができるとは思わなかった。それで……彼は? あれほどの力の持ち主であれば不覚を取る事などそうそうあるまいが。それに……ここは? 王都、なのか?」
友人の安否を確認するとともに、ついでに自分が気になっていた事、即ちここがどこかという疑問も一緒にして問いかけた。
一瞬、イライザは言葉に詰まり、そしてその表情が固まった。
(恐らくは王都であろうが……俺はこんな扱いをしてもらえるほどの軍功など挙げちゃいないからな。父上が手を回したか……。それこそカイムなら、あのような奇襲であっても手柄を挙げたかもしれんが)
「兄は、戦死いたしました。それから、ここはご推察の通り王都でございます。城内の最も警備の厚い区域ですから、どうぞご安心ください」
「ん?」
戦死。
その言葉が脳内を滑り、中に染みていかない。
しばらく、意味が分からなかった。
オズワールはそれまでの明るい雰囲気を少し翳らせたイライザの表情と、サイドテーブルに並ぶ白い包帯と薬などを見ながら、ゆっくりとカイムの現実を理解していく。
ついには笑みを浮かべる事も難しくなったのか、イライザは辛そうに眉をひそめながら一礼して退室しようとする。
そこでようやく、オズワールは上ずった声で呼び止めた。
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