月が導く異世界道中

あずみ 圭

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1巻

1-3

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『ワタシはしんサマニ捧ゲラレル生贄いけにえトシテ神山しんざんニ向カウ途中デシタ』

 女神への怒りを心の中で爆発させる僕に、オーク君(仮)が言う。
 蜃サマ、生贄……うわーい、イベントフラグだ~。
 街にも村にも着いていないのに、中ボス戦っぽい感じのバトルイベントの匂いがする~。
 涙ながらに衝撃の告白をしてくれた彼女。そう、男ではなく女。とても女の子に見えないけど。
 聞けば、彼女はやっぱりオークさんらしく、その中でも高地に住むハイランドオークと呼ばれる種族なのだそうな。その村では半年に一度、神山とあがめる山の主である蜃に、若い娘を生贄に捧げる風習があるようで、生贄を怠ると村が深い霧に包まれ、作物もろくに実らなくなるらしい。
 すごいね、ハイランドオーク。略奪とかじゃなく、きちんと知恵を使って農耕としゅりょうで生計を立てているんだって。ほとんど人間と同じじゃん。外見以外。
 ところで、次々とフラグが力強く立っていくのを感じますよ?


 ・異世界に飛ばされた僕。
 ・悲鳴を聞きつけ、魔物から(オークの)女性を救う。
 ・そしてこの世界で初めて会った彼女から、蜃様(?)の生贄にされてしまうと告げられる。
 ・蜃様とやらを僕が倒して生贄などというふざけた風習を潰す(未定)。


 もうわかったかな?
 ヒ・ロ・イ・ン・フ・ラ・グさ☆ ぶはーーーーーーー!
 特にこの「(未定)」を実行しちゃってみろ! 多分本当に立っちゃうぞ、これ!!
 無理、絶対に無理。
 そりゃあ僕だって他人の見た目をどうこう言える容姿ではないよ? でも、でも、お付き合いするならせめて人(型)が良い!
(型)と言うくらいならオークもありかもしれないが、それは屁理屈ってもんだ。僕だって人並みに色々と『経験』してきてるから、偏見だの先入観だので意見を言うつもりもない。
 確かに彼女は「オーク」の単語からイメージする悪臭とかは放っておらず、むしろ花か何かの良い匂いがするよ。
 まるで憧れの先輩のような……。
 はっ! ち、違う! そうじゃなくて!
 僕のこれまでの『経験』には、当然人外もいる。
 エルフに代表される妖精さん。獣耳に肉球装備の獣人達。擬人化された精霊の皆さん。青かったり黒かったり緑がかっていたりする肌を持ち、角がえてる魔な人たち。
 見た目が良ければ機械でも良い! オールオッケーです!
 でもオークは無理。
 差別じゃない。顔立ちは人間でなくてはダメだ! そこは譲れん! 譲れません!
 いくらあらゆる男の夢をプレイしてきた『経験』を持つ僕でも、残念ながら、非常に残念ながら、オークの彼女は攻略対象にならないよ。
 と、『経験』『経験』言い放ってきましたが、言うまでもなくゲームだよ、悪いか!?
 とにかく、彼女は攻略対象には、絶対に、なりません!!

「というわけなので、ごめんなさい」
『エ、アノ、何ヲ謝ッテイルノデスカ?』

 しまった。心の葛藤が思わず……これは失敗。

「い、いいえ~なんでもございません~」

 キョトンとされてしまった。だがそれもわずかのことで、彼女はすぐに笑顔(多分笑顔)を向けてくれた。

『ソレヨリ、ヨロシケレバオ礼ヲサセテクダサイ、マコトサマ、デヨロシイデスヨネ?』

 あんな登場シーンの名乗りを覚えていてくれたなんて。うん、『シャベッタア!!』とか言って怯えきっていたのは忘れることにしよう。
 実に聡明そうめいなお嬢さんだ。惜しいなあ、人間寄りの犬っや猫っ娘なら全然良いんだけどな~。豚っ娘はな~。

「うん、僕は真だ。ちなみに十七歳。よろしくね」
『私ハ〝エマ〟デス。同ジ十七歳ダッタンデスネ』

 年齢も理想的! まさに種族の問題だけが、この出会いをただのイベントフラグにしてしまったんだね……。
 ちなみに、この世界で結婚するな、とほざいた女神の言葉はもう僕の中でなかったことになってます。月読様は好きにやって良いって言ってたし♪

『コノ先ニ、神山ニ至ル最後ノ身清メノ場ガアリマス。ドウカソコデ旅ノ疲レヲ癒シテクダサイ』

 休憩所みたいなものだろうか。本当に良い娘さんだ。
 邪推じゃすいすれば、その身清めの場までの護衛役にされているだけかもしれないけど……まあ、リズーとかいうさっきの犬程度のモンスターと遭遇するくらいなら問題なさそう。いざとなったら撃退できるだろうしな。

「ああ、ありがとう」

 僕は彼女と共に神山とやらの方角に歩き出した。


 不思議なことに、会話を重ねるにつれて彼女の言葉が次第に違和感なく理解できるようになっていった。クリアになっていく、といった感じだろうか。
 意思疎通がスムーズになったことで会話も弾み、色々と突っ込んだ話をしながら目的地へと向かった。
 平和だった頃にもよおされていた村のお祭の話をしている時のエマさんの表情は晴れやかで、これから生贄として死地しちおもむくとは思えないほどだった。ところが村の現状を語り始めた途端、さっきとは対照的にその表情はずいぶん暗くなった。一年に二人も若い娘が生贄に取られていたら、遠からず村は滅ぶだろう。
 休憩所に着いてからはどうしようか。
 山の主を倒しに行くとなると本気でフラグが立っちゃうんだよなあ……。
 彼女は性格もいいし、年齢も近い。族長さんの娘らしいから玉の輿こしみたいなもんだろうし……。
 むう、本当にどうして人間じゃないのかね、エマさん。
 良い娘なんだけど……本当に良い娘なんだけど!
 実は、誰かに呪いにかけられている美しい姫君ってことは――。
 ……といってもここは人里から離れすぎているようだし、その可能性はないか。


『ああ、あそこです』

 洞窟を指差すエマさん。見ると、人の手で造られたと思しき洞窟が口を開けていた。入り口の補強やそこに至るまでの道の様子からも、人工物だということがわかる。

『真様。申し訳ありませんが少しここで待っていてもらえますか? 真様のことを洞窟の守り人たちに説明しなくてはなりませんから』
「わかりました」

 もっともなことだ。向こうからすれば、いくら助けられたとはいえ僕はまだ正体不明の人物だ。いきなり一緒に行ったら守り人とやらに襲われかねん。
 とはいえ、エマさんの性格はここまでである程度わかっている。僕はオークたちの味方だって、ちゃんと話してくれるはずだ。
 いくらなんでも軍団を率いて襲い掛かってくることはないだろう。最悪、大勢で来ても洞窟から少し離れたこの場所からなら逃げられるし。
 エマさんの姿が洞窟に消えるのを確認しながら、これからのことを考える。
 彼女は本当に良いオークだ。しかも僕にとって最初に会話が成功した存在。
 少し意味合いは違うけど、最初の仲間と言っても過言ではない。
 できれば助けてあげたいところだが、恋愛フラグはさすがにきつい。それに敵である蜃様の能力も未知数。
 ここまでの展開から考えると、いきなりラスボス級が来てもおかしくない状態だ。間違いなくマゾゲー仕様。
 あの洞窟で上手く敵の情報を収集することができたら、エマさん達に悟られないようにさっさと抜け出して、彼女が生贄にされる前にその「蜃様」とかいうボスをぶっ倒す。結果として彼女は救われましたって形に持ってくのはどうだろう。僕はそのまま消えればいいわけだし。
 村の無事が約束されれば、彼女だって帰れるはず。
 それにぶっ倒すとは言ったものの、僕だったら蜃様とも話せるかもしれない。戦闘だけが問題解決の手段じゃないと思うんだ。

「そうだな、これだけよくしてもらってるんだ。返せる恩は少しでも返さないと」

 洞窟の入り口で手を振っているエマさんが見える。笑顔だ。交渉が成功したっぽい。
 その姿を見て、僕はほんの少しだけ、女神から不要だと言われた勇者の真似事をやってみよう、そう思った。


 洞窟の内部に案内され、すすめられた椅子に腰掛ける。周囲を見渡すと、オークたちが何気なくてのひらから火の玉を出してカマドに火を入れたり、重そうな鎧をいくつも浮かせて運搬したりしている。ファンタジーと言ってしまえばそこまでのことかもしれないけど、凄い光景だ。あれが魔法……練習すれば僕にも、できるのかな。

『どうしました? 珍しいものはないと思いますけれど』
「エマさん。あれ、魔法ですよね?」

 周りのオークたちを指さしながら尋ねる。

『え、ええ。私たちが普段使っている日常的な魔法です。ヒューマンは魔術、と呼ぶらしいですが』

 呼び方はどっちでもいいや。そこは大事じゃないし。

「エマさんも、使えるの?」
『勿論です。これでも私は村でも有数の使い手ですよ。ただ、体を動かすのはあまり得意ではなくて、一人では満足に戦闘もできませんが』
「あの……さ。無理ならいいんだけど、僕に魔法を教えてくれない?」
『……ええと。使えないのですか?』
「うん、まったく」
『あんな場所を歩いていたのに!?』
「そう……酷い話だよね」
『真様は、不思議です』

 深い溜息が彼女の口から漏れる。その後彼女は、触りだけですが、と前置きしたうえで魔法の授業を承諾してくれた。


『ではやってみてください』

 エマさんに言われるまま、精神を集中して呪文を詠唱する。
 彼女によれば、呪文とは自身の持つ魔力に様々な属性や変化を加える言葉で、魔力で魔法を発現させるための鍵を生み出す作業らしい。呪文の詠唱を終えると、魔力が鍵になって世界にある扉を開けることができる。そうして世のことわりに干渉することで魔法が発現する、という仕組み。鍵とか扉って表現は比喩であり、実際に見えたり感じたりすることはない。単に理解を助けるための表現なのだそうだ。
 呪文に使われている言葉は、オークの言語とは違うものだったけれど、僕には普通の言葉に聞こえ、使おうと意識すると自然に使えた。
 全身からありったけの力を集める感じでと言われたけれど、それはやめておこう。
 月読様から僕の体力と魔力が超人的だと教えられた手前、本気でやってしまうとまずいことになるかもしれないと思ったからだ。
 これから僕が使うのは初歩の魔法。あらゆる属性の攻撃魔法の基礎である「ブリッド」と呼ばれるもので、今回は火属性のブリッドを教えてもらうこととなった。
 発火にも使える、ということだが、広いとはいえここは洞窟。力を入れ過ぎて、万が一ごうなど出ようものなら酸欠か熱で死んでしまいかねないので、力加減には十分注意する。
 まあ僕が魔法を扱えるかどうかもまだ疑わしいけど、念には念を入れておかないと。

「『ブリッド』!」

 瞬間。
 周囲から、形容しがたい『感覚』が体に流れてきた。そして間を置かずに、突き出した右手から数センチ離れたところに、ぼっと小さな炎が生まれる。
 その炎はわずかな間そこにとどまり、揺らいで消えた。

「お、おおおお! これ、これが魔法ですか!?」

 思わず声がうわずる。
 言われたままに詠唱し、炎をイメージして発動の呪文を口にしただけで、実際に手から出るとか……。
 凄い! これが魔法か!

『え、ええ……それが火のブリッドの初期状態です。……まさか一度目でできるだなんて――』

 教えてくれたエマさんが驚きながらも認めてくれた。呪文語(仮)を理解できるのが大きいのかもしれない。
 そうか~これが魔法ってやつなのか~♪
 僕が魔法を使える日がくるとは!!
 ゲームでは定番だけど、まさか本当に……ねえ?
 うふっ、うふふふふふ、ふふふふふふ。
 自然と笑いがこみ上げてくる。

『――その炎を弾にするようなイメージを頭に描きます。火弾を、目標にぶつけるように飛ばすことができればブリッドの完成です』

 エマさんの言葉でトリップから覚める僕。
 そうか! 炎の弾を飛ばして初めて完成だよね。このまま修練を積んで、火のブリッド以外も使えるようになれば……いや、とりあえず今は火のブリッドを習得することに集中しよう。

「それではそれでは」

 上機嫌のまま、短い詠唱を終えて「ブリッド」とつぶやく。
 流れ込むナニカ。多分これが魔力なのだろう。言葉では何とも説明しにくい。エマさんから、頭で理解しようとするより使ってみたほうが早い、と言われた意味が確かに良くわかる。実際、説明を受けていた時は、さっぱりだった。
 そして再び現れる炎。
 これを維持して弾の形に、っと。
 炎が消えることなく揺らめき続ける。野球ボールくらいの大きさでイメージすると、一瞬揺らめきが大きくなり、そして徐々に球形になっていく。

『すごい……少し説明しただけでここまで』

 彼女の驚いた表情も心地いい。
 エマさんの目配せで、守り人であるオークの一人が洞窟の壁際に岩の塊をひとつ置いてくれた。結構な大きさの岩だが、オークは筋力の強い種族らしく難なく動かしている。
 距離は五~六メートルといったところだろうか。
 エマさんが僕を見て頷いたので、炎の弾を岩に向ける。
 そして『てる』イメージを強く持って、〝飛べ〟と念じる。
 炎の弾はまっすぐ岩に向かって飛んでいき、そして当たった。
 洞窟内に衝撃と熱風が起きる。と言っても、それほど大したものではない。熱風は言い過ぎだな、せいぜい温風くらいだ。
 岩は爆散し、原形をとどめていない。威力もなかなかある感じ。見掛け倒しでなくて一安心ってとこだな。

「これで、ブリッドは習得なの?」
『ソ、ソウデス……』

 彼女の口調がカタコトに戻っている。どうやら僕は結構凄いことをしたらしい。
 おー、魔法楽しい、楽しいぞ。他に今すぐ習得できそうな魔法はないのか!
 習いごとを始めた頃特有の楽しさがあるぞ、これは♪

「呪文だけでもいいから色々教えてよ」

 もうイケイケです。

『あ、はい……それでは後でまとめておきますね。ところで真様、もう魔力の感知は大丈夫ですか?』
「あ、それ何となくわかる。魔法を出す時に流れ込んでくるモノのことでしょ?」
『ええ、その通りです。さすがですね、天才的な習得速度です』
「いやー、エマさんの言う通りだったよ。使ってみたらすごく良くわかった」
 まさにそうだった。エマさんって良い先生になれるんじゃないかなあ。
『では魔力が、自分の体の中にあるのもおわかりですか?』
「ん?」

 言われて意識を自分の内に集めてみる。
 相変わらず圧倒的な存在感があるのは、使い道のわからない月読様からもらった力。
 しかし魔法を使った影響からか、それとは違う力が細く流れているのを知覚できた。
 今外に放ったものと同じ感じがするのだ。
 結構曖昧な感覚だ。流れる水を掴もうとしているような感じ。全体像はよくわからない。

「ああ、あるな。これが僕の魔力……かあ」
『あれだけの身体能力があるうえに、魔力をこんなにも早く自分のモノにされるだなんて。真様は魔法剣士系の職業なのかも知れないですね』
「職業?」

 おいおい、この世界って思っていたよりもかなりゲームっぽい?
 ジョブ補正とか特殊能力もあるのか?

『ええ、そしてきっとレベルもかなり高いはずです』

 レベルときたか。うーん、これはこの世界の認識をかなり変えなきゃダメかもなあ。
 RPGみたいなものなのかな? だとするとリズーとかいう犬は経験値をくれたんだろうか。お金は落としてないっぽいんだけど……。

「う、うん……どうだろう、よくわからないや」

 ここに来るまでに、彼女には一応自己紹介をしている。
 正直、かなり嘘をついてます。
 真実を全部話すと、エマさんはきっと僕を残念な人だと思ってしまうに違いなかったから。
 目が覚めたら世界の果てにいた。そしてどうも記憶がはっきりしなくて……と。まあ、この世界の記憶はないも同然だから、あながち嘘ではないのかも?
 エマさんが良い人だけにだますのは気が引けるけど……。

『レベルだけでよければ、こちらで大体わかりますよ』

 そう言って差し出された一枚の紙。

「何これ」
『強さを測る紙、とでも言いましょうか。まあ、おおざっな数字ですけれど。昔、ヒューマンが落としていったものなのです』

 ヒューマン……それって人のことか!?
 そういえば、人間じゃなくてヒューマンって単語は何度か聞いたな。
 まあいいや、とりあえず、先にレベルってのを測ってみよう。

「どうするのこれ?」
『掴んでみてください』
「ほい」

 言われるままに紙を掴む。白色だったソレは青色へと変わった。いや水色って言ったほうが近いか。

『あら……そんなはずは』

 不思議がっている。変な色なんだろうか。
 周りのみんなも怪訝けげんな表情を浮かべている。

「何? おかしな色なの?」
『ええっと……』
「うむ、言ってくれたまえ」

 覚悟完了。どうせ数字を言われる程度のこと。現状が変わるわけでもないしね――。

『レベル1です』

 ……そうだ、ヒューマンのこと聞かなきゃ♪


 エマさんが神山に出立しゅったつする朝。
 空気中に存在する魔力を知覚できるようになったことで、昨日とは別世界のように感じる。心地よくて爽やかな気分だ……昨日、僕のレベルが1だってことが判明しましたが。
 やはりおかしい。
 もともと高レベルだったなら、リズーって犬を倒してレベルが上がらないのはわかるんだけど、レベル1なら上がるでしょうに。それとも、あの犬はとてつもなく弱かったのだろうか?
 エマさんも僕が戦いに勝ったことは確認している。不意打ちだと経験値が得られない、とか?
 ん~、存在がチートゆえにレベルの概念からも外れた存在なんですかね、僕は。
 まあ深く考えてもしょうがないか。

「さ、やるか」

 洞窟の門番さんにはエマさんへの言伝ことづてを頼んだ。
 手紙で、ね。
 内容はそんなにたくさん書いてない。


 蜃様は僕が何とかしてみるよ。
 きっと無事では済まないだろうから、僕のことは忘れて村に帰ってくれ。ありがとう。


 って感じの文章。実際は少し世間話や説明も織り交ぜてあるけど。
 すごいよね、まさか話せるだけじゃなくて文字まで理解できるとは。読み書きもばっちりだ。
 万歳チート。女神にも少し感謝の念を覚えたね。こうなってくると、勇者は全知全能じゃないかとすら思えてくる。
 これなら人間の街に着いた後は、人外と人間の間で交易でもして稼げそうだな。お金を稼ぐのはこの世界でも必要だろうし。
 魔法を教わったうえに、この周辺のおおまかな地図を見せてもらうことにも成功したので、蜃様に話を付けた後は洞窟へ戻らず、このまま人のいるところに向かうつもりだ。
 洞窟からはまだ相当距離があるけど、世界の果てで採れるしょう物質を目的とする人や、武者修行に来た人たちが集まっている村みたいな場所があるらしい。
 最高速度で移動して一週間、途中で何かあったとしても十日見ておけば到着できると思う。
 その間にはいくつかの人外種族の集落や森がある。とは言っても人外と話せるのだから毎回戦闘、という事態にはならないだろう。
 三日絶食したけどまだ動けるから、食べ物はとりあえず大丈夫だ。この感じだと五日はいけそう。オークから食料を分けてもらえたけれど、彼らにとってもおそらく貴重なものだったろうから大事に食べないとね。
 そんなことを考えながら岩山をかいして、奥にそびえる一際高い山を目指す。神山……か。


 自分の内に秘めている魔力を解放して、エマさんに教えてもらった魔法を思う存分使ってみたいところだが、彼女が神山に出立する前に事を起こす必要があったので、火のブリッド以外を習得する余裕はなかった。ただ、明かりを生むライトの魔法は門番の詠唱を盗み聞きしたので習得済みだ!
 これから先、もらった詠唱リストを活用して魔法のストックを増やしていかないとなあ。

「とりあえず自分の『全力』だけでも試しておきたいな。ぶっつけ本番はさすがに怖いし」

 ここにはもう遠慮すべき相手はいない。一度、全力を出してみよう。
 まずは小さく呪文を呟いて、昨夜と同じくらいのブリッドを作り、ボールにして適当に飛ばす……成功。
 よし、それじゃあ次のステップ。
 試したいことその一。呪文を口に出さなくても良いかどうか。
 体の力を抜いて慎重に、ありったけの力を込めて「強い炎」を意識して詠唱する。ただし心の中で。
 そして「ブリッド」と心の中で呟く。これも成功。
 昨夜よりも遥かに強力そうな、今にも弾けんばかりの真紅の弾ができた。
 良かった。洞窟で野球ボールサイズに留めるイメージをしていなければ、大惨事になっていたかもしれない。多分、僕より一回りも二回りも大きい炎の弾ができたことだろう。
 次に標的だけど――。
 神山と呼ばれる山への道。その先、山のふもと付近に門のようなものが見える。あれでいいや。
 オークの村人たちの恨みは、僕がここで晴らしてあげよう!
 距離は数百メートルくらいといったところ。超視力に感謝だ。
 試したいことその二。ブリッドを矢のようにして放つことはできるのか。
 僕は弓道をやっていたので、球よりも矢のほうが扱いに慣れている。『矢』を強くイメージしてみると、掌のうえでブリッドが徐々に棒状になっていく。どうやら変形できるっぽい。
 狙うは鳥居のような門の根元。
 見せてもらいましょうか、僕の全力魔法の威力を――。
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