月が導く異世界道中

あずみ 圭

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七章 蜃気楼都市小閑編

辺境に眩い星密やかに

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 んん?
 散策中、奇妙な気配を察して足を止める。
 私ことハク=モクレンはただいま久々の都会を満喫中、仲間たちもそれぞれ思い思いに活動中であり、いつになく楽しい雰囲気で毎日を過ごしているといっていい。
 さて始まりの冒険者として最初のギルドを構成した身として私を語るのならそれはもう膨大な時間が必要になるし正直メンドクサイ。
 私ハクはあくまでも発展目覚ましい辺境都市ツィーゲを訪れた一人の異邦人に過ぎない、そういうスタンスが色々と都合がよく。
 ふと思いだした昭和のとある名歌を鼻歌交じりに歌いながら私はふらふらと街をまわってきた。
 冒険者や住民の皆さんからハクさんとかモクレンさんとか気軽にお声がけ頂くようになり、いよいよ街にも馴染んできた今日この頃である。
 そんな、この街の一員としての感覚を身に着けた私が、その視点と染みついた冒険者としての視点の両方を発揮しておかしいなと感じたのが先ほどの奇妙な気配、正確にはそれを放つ青年だ。
 年の頃は十代後半から二十歳程度。
 顔立ちや視線からはきちんと教育と鍛錬を受けた人物の気配が漂っているのに、身体の方は妙に頼りない。
 この街に入ってきた外からの人が見せる反応は驚きや期待に溢れるそれが一般的で、彼にもその兆候はあるのだけど……同時にどこか特定の目的を持った真剣味も放っている。
 今この街は国を名乗ったばかり、生まれたての状態といって良い。
 その割には上手に舵取りをしているのは見事と唸るほかないのだけど……それでも何が起こるかわからない危うい時期である事も確か。
 それなりにここが気に入っている私としては、声を掛けるという選択肢しかなかった訳だ。
 微妙な事に一々首を突っ込むな、とは長年の、そして唯一無二の相棒からの忠告でもあるが今彼女はここにいない。
 つまり今私を止める者は誰もいない、ということだね! GO!

「やあツィーゲは初めて? っ!?」

 これでも人との距離を詰めるのには多少の自信がある踊り子稼業のこの私。
 しかし今回は何者かの物理的な妨害によって阻まれてしまった。
 目の前まで近づいた青年の姿がふっと目の前から消えた。
 クン、……この残り香はクズノハ商会の子かぁ。
 あそこなら任せちゃっても……ううん、なんだかんだ当たり外れはあるもの、名前だけで安心しちゃ駄目よね。

「えっと、ここかな。お、いたいた!」

「!」

「……ち」

 目の前でえも、じゃなくて話す予定相手を盗まれたお返しに仲間の暗殺者仕込みの忍び足で気配と残り香の後を追い、声を掛ける。
 返ってきたのは驚きと、舌打ち。

「エリスちゃんか、こりゃ来て正解だったかも」

 優秀な子だ。
 とぼけてるようで抜けてはいない。
 ただ見た目によらず効率主義でメンドクサイ事は平気でぶん投げる子でもある。
 そしてクズノハ商会とその背後には高い忠誠心を持っているようだけどツィーゲに対しては遊び場くらいにしか思っていない節がある。

「様子がおかしいのがいれば出来るだけ早く把握しとくのがうちのやり方なんですけど、なにか?」

「んー、やろうとしてるのが強引に退去しろって感じだよね?」

「こいつは我々にとって多分良くない。忠義者の私としては若にいらぬ心労をかけたくない。客人にもわかってもらいたい」

「勘。私のそれによると、その子掘り出し物かもよ?」

「ながーーーーーーーーーー年の勘か。むー。心労はともかく、私は仕事をした。こいつは脅威にはなり得ない。ならばこのまま巡回たべあるきに戻った方が……」

 そこをわざわざ伸ばす意味に悪意を感じる。
 が、手を引く気配はある。なら。
 
「エリスちゃんが許してくれるならハクさんが引き受けるよ」

 少しだけ、こっちは退く気は無いと意思を込める。

「やだやだ。お客人みたいなのは、結局のらりくらりで引かないとみた。引き受けてくれるようなら私はひきますよーっと」

 短い杖を青年に突き付けていたエリスちゃんはひゅんっと姿を消した。
 ありゃー少しばかり警戒させちゃったかなあ。
 でも暗示の魔術が発動寸前だったし、少しくらい剣呑な雰囲気も出しておかないとあの手の子はさっさと術を発動しかねない。

「さて青年。やり直しましょう」

「??」

「やあツィーゲは初めて? 良かったらこのハクさんがガイドをしてあげよー!」

「……ああ、その」

「まずはお名前!」

「!?」

「私はハク=モクレン。最近ここに来たばかりの踊り子。以上!」

 先に自己紹介を言い切る。
 そして待つ。
 笑顔で、待つのみ!

「……俺はディオ=……いやディオだ。この街が景気が抜群に良いって話を聞いてな。今なら手ごろな仕事も多いらしいから稼げないかと思ってる」

「……」

「?」

「……」

「そんな訳だから、悪いがそれほど金づるにはなってやれんと思う。何やら助けてもらった事には礼を言う」

「そう! 別にお金は気にしなくて良いわよ。これでも引く手あまたの踊り子さんだからね! でディオ君はとりあえずどうしたいの? ただのおのぼりさんとは少し雰囲気が違うなーと思って声を掛けてみたんだけど」

 何かやらかしそうな危うい気配、というのは少しだけニュアンスを変えて嘘じゃない応答をしておく。
 切羽詰まれば一割二割の嘘を混ぜ込むのも厭わないけれど、言葉を変えるだけで穏便に済むなら当然そうする。
 ばれやすくてもばれにくくても嘘は嘘。
 露見すれば相手の信用を失う。
 そして信用というのは取り戻す手間が半端ない。
 出来る事なら失わずに済ませたいものなのです。

「……アイオンから出てきたからな。こことは戦争をしてただろう? だから少し緊張しているというのはあると思う。外に出しているつもりはなかったんだが、情けないな」

「なるほどなるほど。だったら……まずは冒険者ギルドと安飯安宿をご所望かな?」

「っ、……ああ、そうだな。正直街に入った瞬間から圧倒されてどこに行っていいか、一瞬見失っていた。俺は、冒険者ギルドに行きたい。安い飯も宿も良ければ教えてもらいたい」

 職業柄それなりに刺激的な格好をしている私を真っ直ぐ見てくるディオ。
 真面目な子だな。しかも素直。
 ふむ、私の勘は結構精度が高いんだけど今回は空振りかも。

「おねーさんにまっかせなさい!」

 世界の果てに挑む方じゃない冒険者ギルドに案内する。
 彼の持っている情報はそこそこ正しい。
 今ならツィーゲは国土に存在する魔物を根絶やしにしようとしているから、どんな冒険者にもそれなりの仕事がある。
 さほど長期に渡るものではないにせよ、割は良い。
 そんな事情を軽く説明しつつ昼食をご馳走になり、約束通り冒険者向けの宿屋を含む幾つかの店と街の大雑把な説明をして彼と別れた。

「アイオンから来たディオ何某か。やっぱ気になるなー」

 夜。
 お店で踊りと語りを披露して荒稼ぎしながら、脳裏にはやはりディオの姿が残っていた。
 まさか初日に実力を無視して荒野に不法侵入する子には見えなかったけど、あの危うさには死の気配が混じっていた。
 彼が語る当面の姿勢とは全く相容れない、嫌な臭いだ。
 
ぇした嬢ちゃんだな! まさかエルダードワーフの奇酒にまつわる御伽噺まで知ってるたぁ博識も良いとこだぜ!!」

 見るからに鍛冶師、それも腕の良い職人と一目でわかるドワーフが喝采を上げる。
 リクエストのドワーフにまつわる逸話を語りきった事への称賛だ。
 うふふ。

「ありがとうございまーす! 他にもリクエストがあれば仰ってくださいませー!」

「おお、あんたがいる間はこの店に通ってやるよ! どんだけ話持ってんだ?」

「千夜では足りぬほど。通って頂けます?」

 踊りでも語りでも。
 私が目当てで店に通ってくれると言ってくれる人は嬉しい。
 定番シリーズを回しながらリクエストに応じて客を満足させる。
 数え切れぬ程の夜をこうして過ごしてきた。
 なのに飽きないって事は、私は本当に踊り子という仕事がジョブとは無関係に好きなんだろうなと思う。

「言うな! 千夜か! なら次の店も追いかけにゃならんな」

「是非御贔屓に。ええと」

 そういえばまだこのお客さんの名前は聞いてない。

「ブロンズマンだ。よろしくな」

「ハクですー。ブロンズマンさんといえばもしかして商会の?」

 確かツィーゲで武具関係の大手にあたる商会にブロンズマン商会という名前があった。
 
「ん? そうだ、そのブロンズマンだ。ここは商会本部から近いからな」

「そうでしたか。武具のほかマジックバッグの製作もされているとか。確かな技術をお持ちの商会なんですねえ」

 適当に相槌を打ちながら会話に興じる。
 マジックバッグは超がつく高級品ではあるが作成可能な魔道具だ。
 材料費も高いし加工費も高い。
 そして成功率はそこそこ。
 うちのギルドでもメンバー全員分作ってやめちゃったっけ。
 このツィーゲにはどんな素材だって集まるから、最近製法が復活したとかでちょこちょこ市場に出ては物凄い高額で売買されていると聞く。

「っと、詳しいねえ。踊り子だってのに博識で街の事にも詳しい。あんたみたいな女がもっといれば、夜の店も楽しいんだがなあ」

「芸やお話を楽しんでくださるお客さんがいてこその私たちですよ。これからもっと大勢私みたいのは出てくるんじゃないでしょうか」

 実際、ツィーゲの夜は相当可能性を秘めている。
 一口に夜の店といっても今後細分化していくだろうし、働く男性女性に求められるものも細かく、そして高度になっていくだろう。

「マジックバッグなんてのは、俺たちとしてはさっさと手放してえ品だが……あれで金にはなるからなあ」

「便利ですけれど容量は実のところ運の要素が高いですものね。しかもさほど丈夫じゃないですし」

「……いや、とんでもねえなハク。マジックバッグにも詳しいたあ」

「長い事、色々な所を旅しておりますので」

 ちなみに私のマジックバッグは河に落として乾かしがてら焚火にあててたら焦げて壊れた。
 黒歴史ってやつね。
 流石に口に出したりはしない。
 お客を笑わせるのは嫌じゃないけど笑われるのはご免被る。

「ハクの仰る通りだ。それなりに問題もありゃあトラブルの種にもなる。それに、な」

「?」

「俺たちドワーフにまつわる伝説にな、スミスのジョブは究めるとマジックバッグに似たスキルが扱えるようになるって与太話があるんだが。俺はそれに愚かにも賭けちまった口なんだ」

「ああ、収納ですか。究めるというほど奥じゃありませんが、確かにスミスのスキルにありますね」

 それで若い時分には随分とレベルも上げたもんだ、と昔語りを始めたブロンズマンさんを横目に、私はついかつての仲間のスキルを思い出してそう言ってしまった。
 
「え」

「あ」

 気のせいだろうが、ほんの一瞬私と彼の間に無音の沈黙が生まれた。

「ハク、今なんて言った?」

「ド忘れしました」

「はははは」

「うふふふふ」

 何のことはない。
 ディオなる青年の事を気にするあまり脇が甘くなった。
 本命は彼にまつわる事だと思うけど、私はつい厄介事に自分から足を突っ込んでしまった。
 何か起こる時はまとめて起こるものなんです。
 我らがギルマスの騎士が幾度も呟いた言葉が私の心に蘇る。
 ああ、これは真君にも一報いれなきゃだな。
 エリスちゃんから青年を引き取った縁もある。
 ごめんねー。

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