月が導く異世界道中

あずみ 圭

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七章 蜃気楼都市小閑編

見敵撲滅

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 ハァハァと。
 荒く短く、そして余裕の欠片もない呼吸が鬱陶しい。
 自らのものだったとしても、今は思考の邪魔になって仕方ないと男は不快感を露わに顔を歪めた。
 走る速度は決して緩めない。
 隠形に属する、気配を隠すスキルも絶対に途切れさせない。
 彼は一流のプロだった。
 ツィーゲで三十年以上活躍し続け、亜人の身ながら裏社会で名を馳せた。
 ノーガという、成長してもヒューマンの十代ほどの外見を保ち続ける亜人であった事は彼の仕事にも大いに役立った。
 種族特性として斥候、隠密に有利な能力を幾つも有していたのも幸運だった。
 だが。
 彼はそこに甘えず、絶えず自らを鍛え続けてきた。
 だからこそヒューマンどころか速力を売りにする亜人よりも速く長く走り続ける事ができるし、一般的なノーガなら十数分の連続使用が限界の特性もその気になれば数日維持し続ける事だって可能だった。
 
(気配は完全に殺していた)

(わかりやすいほどの雑魚をけしかけてからのタイミングも完璧だったはずだ)

(襲撃ポイントと狙撃ポイントもだ。あれ以上の場所はない。物理的にも心理的にも死角をとっていた)

(そして特性の機械弓を用いての超遠距離狙撃。魔力感知もさせないよう細心の注意を払った。なのに)

 なのに――。
 彼の標的は狙撃の瞬間、確かにこちらを見た。
 時間にすれば狙撃の瞬間まで一秒未満。
 それでも極力意識を沈めたまま、確実な狙撃に至った彼は確かに一流の狙撃手、或いは暗殺者だろう。
 
(奴は初めて見る筈の速度と通常より遥かに短い矢を……手で掴んだ)

 雑魚をけしかけた事で標的の護衛だろう冒険者は炙り出せた。
 彼女の微かな気の緩みも彼には確認できていた。
 なのに結果は、狙撃する瞬間を見られ、そしてかわされ、あまつさえ必殺の矢を手掴みされた。
 如何に優秀であっても男に動揺が生まれたのは、責められない事かもしれない。
 だがそれが更なる失態を生んだ。
 標的は一連の動きの中でも一度として男から目を離す事なく。
 矢を手にした瞬間には何故か呆れたような失望したような眼をして、何でもない事のように矢をそのまま射返してきた。
 否、厳密には射撃でも狙撃でもなく投擲だ。
 しかしその矢は男が放ったものよりも遥かに鋭く恐るべき速さで機械弓をセットした右腕の上部、肩を貫き周囲の肉もろとも彼方の空に消えていった。
 あの永遠に思えるような、実際には数秒に過ぎない捕捉された時間。
 
「っっっっ!!」

 思い出すと薬で消した筈の痛覚が男の肩に蘇ってくる。
 記憶の痛みとでもいうのか、と男は自嘲した。
 放置すれば死に至るであろう落ちかけた右腕。
 後の治療よりも今死なぬ事を大事に、男も多少無茶をしている自覚はあった。

(これは、しくじった。あの初撃をもって仕留めなくては最早俺に機会は無かろう)

 状況を幾度も反芻し、次の襲撃をどう仕掛けるのかも含めて全力疾走しながら熟考した男は結論に至った。
 勝てない、と。
 それも頭に万に一つも、と付く絶望的な力量差だと男は思っている。
 悪い考えに満たされる中、屋根の上、建物の影を巧みに利用して駆けて駆けて駆け抜けた彼はようやく一つの、開け放たれた二階の窓に飛び込んだ。
 このツィーゲで『レター』の二つ名で知られるフリーの始末屋である男の、数あるアジトの一つがそこだった。
 いくらアジトとしてそれなりに揃えているアジトであっても相当な重傷である右腕は治療できない。
 それでも馴染みの治癒術師のところに行くまでにしておける応急処置の手立ては増える。
 最初に手をつけるべき事もすでに決めていたのか、真っ先に魔法薬を保管している棚に急ぐ――いや、急ごうとした。
 ピタリとその足が止まり、荒い呼吸が静まる。
 
「誰だ」

「……ほぅ、驚いた。まずは及第点をやろう」

 側方に視線を向ける男。
 隠れるでもなく部屋の片隅に置かれた椅子に腰かけ丸テーブルに片肘を置き頬杖をついた女が一人、いた。

「お前は……」

「なるほど、標的の周辺に至るまで下調べも万全か。その経験、良いではないか」

「巴、だな」

「うむ」

 標的の周辺にいた要注意人物の一人だと、男は即座に気付いた。
 依頼遂行にあたって絶対に引き離さなくてはならない人物でもある。 

「……どうやら俺は凄まじくヤバい奴らに手を出してしまった、らしいな」

「っと。敵わぬと知って自決などは止めよ。別にお主の雇い主になど興味も無いし、拷問をする気などもないからの」

「っ!?」

 思考を読まれたかのような巴の言葉に絶句する男。
 そんな事されたら手間が増えて仕方がないわ、と巴はため息交じりにぶつぶつと愚痴っている。

「おい、モンドよ」

「はっ」

「!?」

 不意に放たれた巴の言葉に、男の背から返事が返る。
 このアジトに巴がいる段階で何かがもう致命的におかしいのだと男は思っていた。
 加えて位置関係からしても男はこのモンドなる男に尾行されていた事になる。
 例えば意を決して行動に出た場合、良い目が出るか悪い目が出るか。
 男の経験と勘両方が絶対に動くなと警鐘を鳴らす。

「これなぞで丁度良いかと思うんじゃが、どうじゃ?」

「……何とか足るのではないかと」

「では……おいお前レターとか言ったかの。本名は……ルキか、なるほど」

「っ!? な……」

「ルキ。ウチの若を襲った罰じゃ。しばし付き合え。モンド、後は頼む」

「お任せください」

 巴の姿が掻き消える。
 もはや自分でさえさほど意識する事が無くなった名前をズバリ言い当てる巴の存在にルキは冷や汗が止まらない。

「お前、ら。一体、何者だ」

「見ての通り、ツィーゲで健気に頑張る何でも屋さんだ。まあ運よくこういう次第になったんだ、大人しく従ってくれ」

「お前らの行動のどこに運などというものがあった! 全て予測していたかの如き、いや全て最初から知っていたかの様な動きは一体――」

「……運よくってなぁ、お前さんの事だよルキ。襲撃仕掛けて旦那と巴様に対峙してまだ生きてるんだ、中々持ってるのは間違いねえよ」

 やや砕けた口調になった褐色の肌の男モンドがルキに話しかける。
 これから自分がどうなるのか、ルキには見当もつかない。
 が確実にわかる事はその決定権が自分にはない事。
 そして彼らが自分に何らかの使い道を見出している事。
 ルキは天を仰ぐ。
 僅かな功名心から危険すぎる仕事を請けてしまったと。
 中学生くらいにしか見えない彼の諦めの吐息は、どこか年齢相応の疲れた様子を感じさせていた。


◇◆◇◆◇◆◇◆


 見敵撲滅。
 カプリさんがさも当然の様に答えてくれた賊対策はとてもとてもシンプルなものだった。
 不当に力尽くで大切な預かりものである荷を奪おうとする輩に他にどう対処するというのか、と逆に聞き返されてしまった。
 だから輸送チームには街中を巡回するだけのルートであっても用心棒を必ずつけるんだと。
 むしろ別口で雇うというよりチームの武力担当がいると言った方が妥当ね、とカプリさんは言っていた。
 街の外に出て長い距離を移動する場合や重要な荷を輸送する場合には冒険者ギルドを介して冒険者パーティを雇ったり、懇意にしている冒険者に声を掛けてお願いしたりするという。
 ちなみに賊対策を最初に聞いたのがカプリさんなのは、ちょっと寄ったブロンズマン商会で両商会の代表同士が馬車の改良について熱の入った相談をしている所だったから。
 馬車というと大抵のやつの見た目は木材やら布が大部分なんだけど、これで意外と要所要所に使われてる金属部品ってのは多くて、多くが性能に直結するような重要な役割を果たしている。
 もちろん木材も布もより丈夫でより軽くを基本に、ツィーゲでは様々な材が研究されてる。
 馬車ってのは消耗速度も早い上に需要も多いから木と布、どっちの業界からしても超がつくお得意様になる訳で。
 商品開発についても優先的に行われていくって寸法です。
 世の原理とでも言いましょうか。
 ああちなみに。
 ブロンズマン商会に賊対策を聞いた所、やったらやり返す、だそうだ。
 職人ネットワークでとことんまで犯人や協力者を特定して追い詰め、償わせると。
 ただ鍛冶職人は特にそうらしいんだけど、よほどの名品を持ち込まれたりした時でもない限り狙われる事も少ないらしい。
 報復の習慣が知れ渡ってるからか、余程の覚悟が無いと手を出されない業界と化しているらしい。
 カプリさんが羨ましがってた。
 目には目を、歯には歯をというのが同害復讐法ってやつだろうけどツィーゲの職人版の場合同害に収まらず少しばかり過激だから余計に悪党の方が震え上がるみたいだ。
 追いかける労力や時間分も乗っけとかないと同害とは言えない、とでも言わんばかり。
 目には両目、歯なら上か下選べ。
 そんな感じだ。
 当たり前の様に商人やら冒険者、町人から見れば過激な報復で良く思われていない習慣でもあるようだけど……。
 例え後から過剰だと街から罰を言い渡される結果になろうと職人ズは止まらないらしい。
 俺らの法で裁く、ってやつだね。
 鍛冶を頂点に、ツィーゲにおいて職人がそれなりの力を持っている証左ともいえる。

「いっそ車輪にゴムを巻き付けて衝撃吸収に使えないのかしら?」

 ぶっ。
 それなんて現代なタイヤ。

「嬢ちゃん、そりゃ発想はわかるがよ。残念ながら車輪に使えそうな耐久性重視のゴム素材なんぞねえんだよ。やれと言われりゃこちとら職人よ、諸々障害は乗り越えてやってみせるが……多分その辺の町に一往復したらもうボロボロになんぞ? 使う毎に全部とっかえにならあな」

 発想はわかるんだ。
 そっか、ツィーゲに限らず確かにゴムっぽいのは比較的有るもんな。
 魔物由来の素材だって聞いた事ある。
 革素材みたいになめして使うからこっちじゃゴムは皮革職人の扱いだ。
 亜空みたいにヤシの木から謎のゴム汁が出てきたりはしないらしい。
 素材として考えると植物で何かありそうな木はするけれど……未だ発見されてないってパターンだろうか。
 ああ、魔物からだから厚みとかの自由があまり効かないってのもあるかも。

「じゃあ当面はバネをクッションの補助に使うしかないのねえ。でも色々確かめてみたいからひと揃えゴムの車輪も作ってみて下さいな……やれるのよね?」

「う……きっちり金は貰うからな。今頼まれてる専用道用の強化部材を納めたらすぐにバネってのと一緒に取り掛からあ」

「楽しみにしてます、ごめんあそばせ。じゃあライドウ君も、またね」

「あ、はい。お疲れ様です」

 杖も使わずしゃきしゃき歩いて工房を横断し帰っていくカプリさん。
 馬車専用道が出来た事で明らかに荷を扱う速度と量が変わったとこの間喜んでいたけど、早速フィードバックして改良を持ち掛けてたみたい。
 時刻表がどうのと人の輸送についても頭を悩ませていたのに、一方では乗り心地の改善にも手を付けてる。
 凄いマルチタスクっぷり、に見える。
 それ以上にあの人の場合は満ち溢れるバイタリティのインパクトが強いから、つい忘れがちになる。

「うああ、どうすんだ。車輪をゴム素材で保護する? いや言ってる事はわかるがどんだけ素材使って繋ぎゃあいいんだか……」

 改めてブロンズマンさん、正確にはブロンズマン商会代表レイダシュリンクメン=ブロンズマンさんを見ると頭を抱えていた。
 彼からは家名のブロンズマンがそのまま商会名になっていて、かつ長ったらしい名前だから名前じゃなくそっちで呼んでくれと言われてる。
 こないだ温泉に招待した時にも念を入れられたっけ。
 名前にトラウマでもあるのかな。
 商売にならない道楽の一品ものになっちまうぜ、諦めようじゃないか。
 そう持っていこうと思っていた話だったのに逆手に取られてクソ忙しいのに余計で面倒な仕事を突っ込まれた気分なんだろうな。
 自分の発言が元になってる事って中々断りにくいんだよねえ。

「ご愁傷様です」

「あんな流行りもんの服だの装飾品だのに使うゴムを俺が扱う日が来るとはなあ……ああ、ライドウ。済まんな寄ってもらって」

「いえ」

「舗装の事でちょいと魔建築周りの話が出来るのと相談してえ、いや勉強させてもらいてえ点がいくつかあってな」

「舗装ですか」

「おう、今の街の舗装なんかは大抵石畳かその改良品だろ?」

「ですね」

「だが馬車の専用道やら一口に道といってもこれからは用途によって適した素材が変わってくるんじゃねえかと俺は思う」

「あー、なるほど」

「で魔建築なんて呼ばれちゃいるが、お前んとこの技術は明らかに土木も意識した代物しろもんだろ」

「建築といっても外構部分や外との取り合いを考えると、まあ土木も関係してきますから」

「ああ。しかしなんつーかライドウよ、お前さんは物を知らんようで、だが聞けば何故か当たり前に答えられもする。面白い奴だよ。広く浅い知識なんてのはあんま商人が目指すもんじゃねえ気もするが……何でも屋ならそれが理想形、なのか?」

「は、はは……」

「済まん、話が逸れたな。今最優先して進めにゃならんのは馬車専用道だ。それも街の外に伸ばしていく、駅と駅を結ぶやつな。馬の脚を考えりゃダートが一番なんだが舗装しちまった方がこっちとしちゃ整備も楽でな」

 馬の走り易さか。
 ダートって踏み固められた土の道、みたいなもんだよな。
 つまり未舗装、地道に転圧して作っていくんだろうか。
 正直ああいう道って人や動物が歩いていく内に出来る獣道の延長みたいなイメージしかない。
 後は草原みたいな……芝か。
 いやいや芝生の道って……ないでしょ。
 公園で養生したりしながら丁寧に広げて保っている印象しかない。
 道とは到底結び付かないな。

「理想はダートと同じくらい馬の脚に負担が少なく、丈夫で崩れにくく、かつ整備が容易な素材なんだが……ムゾーんとこやら最近勢いがあるミリオノ商会やら色々当たって職人たちにも情報収集してるんだが、どうにも良くねえ」

「最適の素材、ですか。確かにそれだけの条件を満たすのは中々難しいですよね……」

「それにどうも、な」

「?」

「さっきのじゃねえがカプリ嬢ちゃんがもう二手三手先を見てるような気がしてなぁ」

「と言いますと?」

「最近の嬢ちゃんはミニチュアゴーレムにも興味津々だ。こういってはなんだが……馬車の先というか馬の代わり、上位互換の何かを見据えてるんじゃねえかと」

「っ」

 ジオラマに熱の篭った興味を向けてたのはそういう事!?
 鉄道みたいなものを導入する事も視野に入れてる?
 ……いくつまで生きるつもりなのかカプリさん。
 大体、この世界でいうなら鉄道はさほど急いで手を伸ばすようなものでもない。
 適当な魔獣を馴らした方が多分速度も出るしなあ。
 ブロンズマンさんじゃないけど、馬の完全上位互換となる種が沢山いる世界なんだからさ。
 ウチが馬として馬車とかで活躍してもらってるのもバイコーンって魔獣だし。

「ま、そんなこんなでそっちの職人にも心当たりや技術について話を聞かせてもらいてえんだ。流石にクズノハ商会が独自に育て上げた職人を無理やり職人仲間だってんで連れ込んだんじゃ義理が立たんからな」

「お気遣いありがとうございます」

「もういいか、連れてきちまうかなって何度かは思ったんだがな」

「!」

「だってよ、お前さんとこのドワーフ達ウチの目の前の酒場に堂々とやってきちゃ昼飯ついでに酒食らってわいわいやって戻ってくからよ。もう声かけちまうかなって思いもすらあな」

「……で、ですよね。きっとウチのドワーフ達も皆さんの仕事が気になってる、んじゃないかなーっと。失礼しました」

「魔建築の方じゃ随分そっちの職人たちにも世話になってるからよ。土木でも頼りにするのは申し訳ねえが、一つよろしく頼む」

 ブロンズマンさんが頭を下げる。
 昼間にご飯食べに来たりする辺り、ベレン以下エルドワ達が何かと気にかけているのは事実なんだろう。
 ここにはエルダードワーフはいないけれどドワーフの職人なら大勢いる。
 ちょっとした先輩気分もあるかもしれない。
 ギルドに伝言を残されて呼び出されたから、もっと大きなきつい問題が持ち上がったのかと思ったけどそうでもなくて良かった。
 
「わかりました。ベレンに一度話をしますので、そうですね近い内にお昼時にでもお酒を持たせてそちらに向かわせます」

「助かる。これは貸しだと、そう思ってくれて良いからな」

「ありがとうございます。そこは遠慮なく思わせて頂きますね」

 薄いゴムを厚くして車輪に使う方法となると、これからブロンズマンさんも大分しんどいデスマーチをする羽目になるんだろうなと。
 いくらか同情的な思いを抱きつつ工房を後にした時。

(若。おかげで良さそうなのが釣れました。お戻りになりましたら少しばかり報告したき事が)

 巴からの念話。
 
(了解。といっても、商会に顔出したらもう戻るよ)

 トアといい、まったく僕はエサじゃないぞと。
 結局あの後1ダースくらい賊を捕縛して職人街付近の冒険者ギルド詰所であの子とは別れたけどさ。

(では、お待ちしております。今夜は蕎麦ですぞ)

 僕の複雑な心境とは正反対、無茶苦茶わかりやすくて嬉しそうな巴の声。
 毒気が抜かれるというか、少しばかり気分が明るくなる。
 でもそうか。
 蕎麦なのか。
 良いね。
 少しばかり、足取りが軽くなった気がした。
 家に帰ろう!
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