月が導く異世界道中

あずみ 圭

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六章 アイオン落日編

どちらに似ているか

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 アイオン軍接近。
 既に外壁近くに到着、野営していた部隊から遂にその報せが届いた。
 何日か前までは大部分の兵がまだツィーゲ近辺で鍛錬していたのを思い出して大丈夫かと思ったけど、確認してみたら既に様々な方法で出兵してた。
 僕は無理に唐揚げを押し付けたあの日から少しばかりの罪悪感も手伝って毎日色々差し入れをしてたんだけど。
 直接じゃなくお願いしただけでいつまでって確認はしてなかったな。
 となると何日分か無駄になっちゃったかもしれないのか。

「しくじった。後で確認して行き違いあったら謝りに行こ」

 誰もいない空で失態を思い出してぽつりと反省が漏れた。
 もう相手が近くまで来てるなら、折角の機会だしアイオンの大軍勢を一目見ておこう。
 特に何のひねりも無い理由で外壁の上空まで足を運んできていた。
 細心の注意を払ってツィーゲやアイオンに見つからないよう高めの高度で、そしたら肉眼で地上をじっくり見られないからちゃんと望遠機能付きの眼鏡を識から拝借し準備は万端だ。
 何かこう単眼鏡のちっこい望遠鏡みたいなのを探してたら某少年探偵が持ってそうな不思議眼鏡になったのはちょっと誤算だった。
 さてさて。
 ちょおっとだけ雲にどいてもらいまして……。
 おお。
 縦長の黒い塊が蠢いてる。
 まだ望遠鏡的機能オンしてないのに凄いな。
 大軍って言うだけある。
 でも……接近?
 ええっと、黄金街道があれで、中継都市が大体あのくらいの間隔だろ。
 まだ街一つか二つくらいの距離はありそうだな。
 距離だと……40kmあるかないか、かな?
 50は無いように感じるけど、どうかな。
 軍隊って一日にどのくらい動くんだっけ。
 目的地が近いから速度が上がるとか下がるとかあっても多分誤差だよな。
 とはいっても軍隊の知識とかあんまないんだよなあ。
 あ、中国大返し。
 アレ確か強行軍らしいけど何日かの長い行軍だ。
 岡山辺りから京都まで十日位だったか?
 距離は東海道が東京と京都だから、半分くらい?
 250kmって感じで良いや。
 それを十日だから一日で25kmか。
 で強行軍って記録だからちょっと減らして20km前後は動く?
 あ、でも秀吉のは日本だから軍の規模が違う。
 確か何万って数だった筈。
 アイオンのは……界と眼鏡で拡大した視界で全貌を確認していく。
 十……二十……いや十、かな。
 軍勢の規模は十万位。
 何故か軍の中や側面、後方に武装はそこそこの、荷馬車中心の大勢の人がくっついてて彼らを全部まとめるなら二十五から六万くらいの大所帯だ。
 規模が大きくなればなるほど行軍速度は多分落ちる。
 魔術が実用されている前提である程度の水やら装備を楽に運べてるとしても……10~15km?
 15~20kmかも。
 魔術が何処まで行軍に関わるのかが測りにくい。
 まあでも良くて20だろう。
 見た限りではそこまで特殊な移動をしている訳じゃない。
 !!
 ああ、そうか。
 あの軍に紛れたり後方にくっついてたりするの、あれ商人たちか。
 なるほどね。
 そりゃ進軍するにしても腹も減る訳で。
 人と騎獣の飯、衣料品に水に……ああ、多少の娯楽もね。
 あれだけの人が生み出す需要が凄まじい。
 命がけで付いていく価値もあるって事か。
 ……あれも一種の死の商人なのかねえ。
 純粋に武具を売りさばいて戦争の長期化を願うなんて輩とは少し違う気もする……軍勢に同行する、つまり自らも命を賭けて商売しているからそう見えるだけか?
 ……あれ?
 最先端の騎馬部隊、多分話に聞いていた先発部隊だと思うんだけど、大分数が少ない?
 あ、合流した時にそれぞれ所属する舞台に戻ったとか、か?
 何か一杯旗も上がってるもんなあ。
 あの数だけ指揮系統があったら笑えるけどまさかそんな訳もないだろう。
 参加してる貴族の証明みたいなもんかな、リミアとかもあんな感じだった。
 しかし……正直ステラ砦の時よりアイオンの軍勢がかなりでかいな。
 魔族との戦争よりも国内の反乱分子の方が問題って事?
 単純に遠征する距離も桁違いだから大規模の軍を送る事が出来ないだけ?
 
「軍隊と同じかそれ以上に商人がくっついてるけど、あれでも長期の食料を維持できるものなのかな」

 やっぱり道中での補給は欠かせなくなると思う。
 その役割も商人が一端を担うんだろうか。
 まっとうな手なら途中の街も潤う、でも接収に近い形だと溜まったもんじゃないな。
 ツィーゲの外壁も含めて広く周囲を観察してみる。
 アイオン軍は縦長でほぼ一つの塊だ。
 大してツィーゲの外壁は冗談みたいに横長。
 そして外壁の内側には幾つもの野営があって、多分……把握できるだけで二万くらいの人がいる。
 でも全員が兵士ではないし、兵士枠にしても冒険者に傭兵団に練度バラバラの急造の一般兵士たちだ。
 ……あっちを見て、こっちを見る。
 レンブラントさんの自信はどこから来るのか。
 本気で首を傾げたくもなる。
 PRGだって一人で何百人も倒すような戦場を想定してはいないんだろうし。
 外壁全部に備えがあるかっていうと、黄金街道を挟んで東側は殆ど人の配置がない。
 全部に兵を展開するとなるとそれこそアイオンと同規模の軍隊があっても出来るかわからんけどさ。
 何か、ポツンポツンと部隊がある感じ。
 立派な壁以外は大国と小国の戦いそのものだ。
 一応どちらも黄金街道からは距離を取っている。
 そりゃあそこに手を出したら世界中から批判されるし冒険者ギルドも黙ってない。
 巻き込まないように気をつけてはいるんだろ、う?

「なんだあれ」

 黄金街道を辿って先を見ていくと、冒険者、それもそこそこ腕が立つ連中がたむろしてた。
 それはもう、結構な人数で。
 ツィーゲでもあんな一か所に集まるのは滅多に見ない、そういう規模だった。
 一体……。
 界で調べてみる。
 
「ぶっ壊れてるじゃないか」

 何がどうなったのか。
 どこの馬鹿が自棄を起こしたのか。
 黄金街道の壁面が結構な部分、破壊されていた。
 魔術、だろうか。
 いや物理でも魔力でもこの際どうでもいい。
 かなりの実力者が世界に喧嘩を売ったってのが重要。
 よりによって今アイオンの領土でやるかね。
 どんだけ火種燻ってんだアイオン。
 諜報戦に重きを置くのに夢中になり過ぎてどっかに大事な物を色々落っことしていそうな国なのか、アイオン。

「はい」

 念話だ。
 空で誰もいないからつい口に出して応じちゃった。
 まあ、良いか。

(お出かけ中申し訳ありません。老齢の女性が商会を訪ねてこられまして。約束はしていないから戻るまで待つわね、と仰って。お帰り願おうかと思ったのですが店の者からカプル商会? の代表で一応若様に判断してもらった方が良いと)

「カプル……。ああ、あのお婆ちゃんか。そんな強引な事をするような人には見えなかったけどな」

(次回の約束だけしてお引き取り頂きますか?)

「いや、会うよ。すぐに戻るから少しの間お願いできるアキナ?」

 どうやらアルケーのアキナが珍しく店に顔を出していたみたいだ。
 あまり商会の仕事、特に接客には関わっていない彼女だけど他に巴や澪、ライム、エマなんかがいないと立場上僕への繋ぎを頼まれる事もある。
 戸惑った感じがいかにも不慣れだ。

(はい、ではその様に)

 今日今から戦いが始まるって感じでも無い。
 カプル商会といえばレンブラントさんも一目置いてる流通のプロフェッショナル、らしい。
 格を考えれば僕を呼びつけるのが普通の相手だ。
 約束もなく押しかけてくるというのも、もしかしたら何かあるのかもしれない。
 よし、戻ろう。


◇◆◇◆◇◆◇◆


「アキナちゃんには嫌われちゃったかしら?」

「あまりそういう話に免疫のない娘でして。失礼しました」

「あらそうなの? あんなに綺麗なのに。凛として素敵だわ」

「ありがとうございます。伝えておきますよ」

 急いで商会に戻ってカプル商会の代表をお待たせしている部屋に入ると、そこにはお見合いを勧められまくって無の境地の入り口にいるアキナの姿があった。
 僕が挨拶すると我に返ったアキナは珍しく僕の後ろに素早く隠れ、そして足早に失礼しますと部屋を出て行ってしまった。
 僕に用事があって来たのにどうしてお見合いの資料を持っているのか、謎過ぎる。
 まさか常備していた?
 仲人何組目、とかに拘ってるタイプのお婆ちゃんなんだろうか。
 この人の場合大商会というバックがあるだけに影響力も半端ない。
 願わくば悲惨な被害者が出ていませんように……。

「今日はいきなり来ちゃってごめんなさいね。先日顔合わせはしたけれど、ああいう場で会ったからには一度お話もしておきたいと思っていたの」

「そう、ですか」

 いや、それだけで来ないでしょ普通。

「この通り老い先短いものだから気が逸って、ついね。でもこうして時間を作ってもらえて嬉しいわ。今をときめくクズノハ商会の代表、ライドウ君。忙しいみたいね」

 これはあれか。
 最近調子良いみたいだけどウチに筋通すの忘れてまへんか、とか。
 あらあら若いお人は本当真っすぐで元気やわあ、みたいな。
 裏が一杯ある感じなのか!?

「忙しく、はさせてもらっていますが。すみません、カプル商会さんにはお世話になっているのに挨拶にも出向かず」

「ん? あ、いいのいいの。私の所は取引先は一般の方から商会まで幅広いから。お付き合いのある皆さん全員に挨拶だなんて私も出来ないわ」

 ?
 そのルートじゃない?

「……?」

 なら一体何の用?
 正直結構業種も違うから接点もそこ以外は……。

「じゃあ、改めて自己紹介ね。カプリ=トラッド、カプル商会の代表をしているわ。仕事はご存知でしょうけど運び屋さんね」

「あ、ライドウです。クズノハ商会の代表、業種は何でも屋です」

「大体の商人は家名か将来そうする名前を商会につけるわよね。ちなみに私はね、自分の商会を設立する時に書類記入で物凄く緊張しちゃってね。トラッドって書くつもりが名前を書きだしちゃって途中で気付いたら筆先が乱れちゃって。もうおかしいわよね、間違えましたって一言を言うだけなのに妙な意地張っちゃったの。それでカプル商会なのよぉ。ライドウ君はローレル系の名前だけどライドウ=クズノハ君なの?」

「いえ、苗字はミスミです」

 !
 何してんの僕!?
 つい普通に答えちゃったぞ!?
 ……このテンポと妙な空気、気を付けよう。
 呑まれると余計な事話しそう。

「じゃあ珍しい名前繋がりねぇ。ほら、この間の会議覚えてるかしら?」

「? ええ、もちろん」

「あそこ他が全部いい年した男ばかりだもの、息が詰まりそうになる事もあるの。ブロンズマンさんとこは今でも私をお嬢ちゃんって呼んでくれるから嬉しい部分もあるのだけどねぇ」

 この人をお嬢ちゃんって呼ぶのはエルフとかドワーフじゃないと無理だろ。
 見た目は本当に縁側で日向ぼっこしてるのが超似合う御年だ。
 これで現役の商会代表、しかもこのツィーゲの一線で鎬を削ってるとか信じられない。

「身一つで男社会の流通業界で商会を起こしてね、仕事仕事でやってきて、ようやく落ち着こうかしらと思っていたらライドウ君がとんでもない大波を連れて街にやってくるんだもの。当時は凄く焦ったのよ?」

「……」

 しかも、一代でカプル商会を今の地位まで引き上げたのか。
 お婆ちゃんどころか生きる伝説じゃないか。
 彼女をお嬢ちゃんと呼べるってのも実は凄いな。

「もう毎日が必死。で、気付いたらアイオン王国から独立するって話になってるじゃない。こんな事ってあるかしら!?」

「は、あははは」
 
 無いと思う。
 まずありえない。

「レンブラント君は結婚して丸くなったかと思ってたら最近はあの頃よりもイケイケで手が付けられないし、他の商会は彼についていくのに必死か、それさえ出来てないし。ツィーゲのバランスはもうあってないようなもの」

「……」

「全部、ライドウ君の所為よね」

「え?」

「いくらあの子でもね、商売を離れたら戦争も戦術も素人よ。なのにアイオンの二十万を超える兵力を前に必勝の顔をしているなんてどう考えてもおかしいわ」

 それは本当に同意。
 正直あの人が何を見ているのか裸の付き合いを通してもさっぱりわからん。
 わかったのはあの二人はのぼせないって事だけだ。

「……」

「諜報戦、情報戦なんて部分だけなら商人にも商人の戦い方はあるけれど。いくら有名な傭兵団を抱えたって圧倒的に数が足りないの。私の集めた限りの情報ではアイオンはあと数日程であの外壁に到達する。それでね、多分元凶のライドウ君ならレンブラント君のお腹の中がわかるんじゃないかなと思って」

「えっと……すみません。僕もそこまではわかりません。レンブラントさんから頼まれ事をしたりツィーゲの一商人として協力できる部分で差し入れをしたり、なんて事は僕もしているんですが。戦争についての勝算や作戦については漏洩を警戒しているのか軍師何人かとレンブラントさんで担当しているらしくて」

「……聞いていないの?」

「ええ。ただ軍勢については正しい情報じゃないかと思います」

「どうして? ライドウ君も気にして網を張っていたのかしら?」

「そのようなものです。アイオンの軍勢は従軍する商人らを含めて二十五万程度。純粋な兵数としては十万前後で外壁から黄金街道の中継都市二つ弱位の距離まで来ているようです」

「……かなり正確ね。驚いたわ、クズノハ商会の目はアイオンをかなり正確に捉えているみたい」

 さっきこの目で確認したばかりなので。

「ただ……」

「どうしたの?」

「あれだけの軍を出してツィーゲを制圧するというのも随分と大袈裟に見えますし、あの規模だとくっついてる商人が持って行った物資だけで行軍を賄えるとは思えないんです。ちゃんと途中の都市から買っていれば良いんですけど、もし接収みたいな強引な手で奪っているなら途中の街もとんだ迷惑だろうと思ってしまって。黄金街道も一部に被害が出ているようでした。思った以上に国内が荒れているんじゃないかなって」

 実際、ツィーゲかアイオンかはわからないけど相当な恨みが生まれている気がする。
 見て感じた事を一部はぼかしながらつらつらと自分への確認を込めて話していた。
 妙に話しやすい空気を作る人だ。
 特技だと思う。
 うっかりには十分気をつけつつ、それでも多少気が抜けていくのが自覚できる。

「……思わぬ情報交換になりそうだわ」

「へ」

「実は私の掴んだ所によるとね、その途中の都市の物資なんだけど一時的に黄金街道に避難させているところもあったようなの。まさか黄金街道に手を出すなんて無茶は国の兵士にやらせはしないでしょうけど、もしかしたら意趣返しかしらね?」

「だとすれば冒険者にやらせたって事ですか?」

「彼らはまさにクズから聖人まで人材が幅広いもの。引き受ける輩もいるかも」

 人材が幅広いって、言い様だなあ。

「だとしたら冒険者ギルドは堪りませんね。手を出すなと世界に公言している側なのに身内にそんな事されたら」

 ……ほんの少しだけルトざまあ、と思ってしまったのはさておき。
 策としての上下はともかく嫌がらせだとすれば超一流だと思う。

「レンブラント君には追い風になる可能性があるわね。持ってるわねえ、あの子」

「カプル代表は」

「カプリさんでいいわよ、ライドウ君」

「……カプリさんはこの戦い、どう見てます?」

「もう勝つ方に賭けちゃったもの、勝ってもらわなくちゃこの年で処刑されちゃうわ」

「し、処刑」

「立場でいえばツィーゲの運営に深く関わる身の上だもの。レンブラント君の口車と都市国家なんて夢物語に乗せられちゃったわぁ」

 肝が据わってる。
 何かあったら逃げ出すんじゃなく、街と運命を共にする覚悟をしてるんだな。
 この人なら最後には武装して抵抗するかもしれない。
 
「で、本題はここからなのよ!」

「え、今の本題じゃないんですか!?」

「情報交換はついで。戦争の勝敗云々はライドウ君が振ってきたんじゃないの」

「そ、そうだったかもしれませんけど」

「私ね、レンブラント君を若返らせて尚且つパワーアップさせたのはライドウ君との付き合いに何かがあると思うのよ。私も年には勝てないでしょ? もうすっかりお婆ちゃん。でも気持ちだけでも若返る手があるならあと五十年くらいは皆さんのお役に立てるカプル商会を続けられると思うのよ。まず今日はね、流通って仕事を手掛ける私も驚いちゃった専用道と駅の整備っていうレンブラント君のアイデアについてライドウ君がどのくらい関わっているのかなーってところから聞きたいの。いくら黄金街道のミニチュア版とはいえ、そんな言葉だけで納得できるものじゃなかったのよねぇ……」

 そこからは怒涛の井戸端世間トーク。
 高度な商売の話やインフラの話を織り交ぜながら、外が暗くなるまで居座ったカプル、カプリさんの話に相槌を打ちながら付き合わされてしまった。
 途中ライ君とか呼び始めたのでその辺はきっちり軌道修正させてもらったけど、あの人、迎えの人がカプル商会から全力疾走してウチに来るまでほぼ話してた。
 お夕食も御呼ばれするのー、とか怖い事を言いながら三人の屈強の店員に担がれて帰るまで、ずっと。
 レンブラントさんが以前、カプル商会の代表は僕とどこか似ている所がある人だよ、と教えてくれたけど。
 いやいや。
 どっちかと言えば家族が絡んだ時のレンブラントさんのテンションに近いだろう、と思った。
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