月が導く異世界道中

あずみ 圭

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六章 アイオン落日編

悪魔の発想

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「駄目だな、乗れねえ」

「駄目かね。素晴らしい逆転の発想だと思うんだが」

 熱気が篭る鍛冶職人たちの戦場ともいうべき工房の一室で二人の商人が向かい合っていた。
 一人は職人にして親方、むしろ商人は副業になっているブロンズマン商会代表。
 もう一人は服装からしてこの場に似つかわしくない上品な仕立てに身を包んだレンブラント商会代表。
 彼らの表情から話の内容があまり楽しいものではないのが伝わってくる。

「分業ってのは出来上がる品の品質を上げる為にやるもんだ」

「それは作品に関しての分業の考え方だろう? 私は製品についての応用について話をしている。同じ見方をするのはお門違いじゃないか?」

「……」

「一人一人の知識や技術など数日で必要な分だけ教えれば良い。全体像も製品の性能も別に関心を持たなくても良い。それこそド素人、子どもでも出来る仕事を職人が監督するだけで生産能力は大幅に上がる筈だ。誰もが作品を手に入れられるとは限らないのが世の中だ、ならば安価で手に入る製品の生産も考えるのも貴方の仕事じゃないかな?」

「俺の仕事ね……あんたに回されるそんな仕事で大量に出来上がる粗悪品を管理、適正に弾くってのも俺の仕事だと思ってるよ」

「むぅ……残念だな。ま、仕方ない」

「?」

「ブロンズマンの反応としては若干期待外れだったが、お互いの領分というものもある。この件についてはまたという事にしよう」

「は? 珍しく諦めが良いかと思えば何が言いてえんですかい?」

 この男には言葉と態度だけで行う威圧や恫喝など何の意味も無いと知りつつ、つい売り言葉に買い言葉で相手への不機嫌を顔に出して文句を言ってしまう。
 まあそれで交渉が決裂したり、言葉尻一つを大仰に取り上げて見せて付けこむような付き合いをしている両者ではない。それなりの付き合いを重ねてきた自信があってこそ言える軽口のようなものだ。

「かつてのライム=ラテではなかろうに、私と貴方の関係であれば素直に職人が仕事を失うから困ると告白してくれるかと思っていた。時間が惜しい今、わざわざ余計な手間を踏む真似は貴方ほどの職人であればしないと買いかぶっていたよ」

「……たく、若僧がいつの間にやら街の顔にまでなりやがって。目も耳も鼻も、とっくに俺より鋭いと来たもんだ」

「ご協力いただけないのは残念だが、これは未来のツィーゲに目を向けると絶対に必要な生産改革になる。武具はまあ荒野の事もあるしそちらの領分だから無理に介入するつもりも無い。だが日用品の分野では、悪いが準備が整い次第仕掛けさせていただく。一刻も早いフィードバックと改良が必要だと感じているのでね」

「またってのは、こっちが根を上げて頭を下げに来るのを待ってるって意味かよ。容赦ってもんを知らねえな。冒険者どもと揉めてから大分丸くなったとばかり思ってたのによ、今度は職人衆とやらかす気かよレンブラント」

「まさか。優れた職人たちによる唯一無二の武具作成に手入れ、そしてその腕から作られる多岐に渡る作品たちも私は非常に高く評価している。彼らの仕事が私の行動で減るなんて事は有り得ん。私とて学ぶとも。冒険者との諍いについては本当に色々と考えさせられた」

「あのな、その高く評価してもらってるクラスの職人になるまでの若い職人どもがいなくなればどうなるか、火を見るよりも明らかだろうが。お前さんの言った分業の応用は優秀な職人の若木を根こそぎ殺しかねんのだ」

「……おっと、それなりの職人なら弟子を取って育てているのではないのか? 貴方の所では職人の互助組合の真似事もしていると小耳に挟んだ事がある」

「……他所様よそさまの事情もよーくご存知なこって。しちゃいるが、生活の全てを賄うような全面的な援助なんぞしとらん。そこまで甘やかして職人になっていただくようなもんでもねえからな」

 ため息をつきながらブロンズマン代表はレンブラントの問いに答える。
 他の商会の内情まで嫌味なほど把握していると呆れながら。
 ついでに実はこいつ俺の説明してる事も全部わかって聞いてきてんじゃねえの、とも思っている。
 近頃のレンブラントは恐ろしく鋭い。
 色々な意味でだ。
 既に何かの既定ルートに乗せられているような気持ち悪さすら、ブロンズマン代表は感じていた。

「だったらやはり問題ないじゃないか。監督として使ってその職人の若木君たちの小遣い稼ぎ程度の副業なら穴埋めできるとも」

「職人として何の成長も出来ないような味のしねえ副業でか?」

「ははは、だがそこまで甘やかして職人になっていただくようなもんでもねえ、んだろう? 私としては出来上がる物の質を早めに高めて一定の所まで持っていきたい。そちらから見れば未熟な若手程度でも十分役に立つ」

「……ちっ」

 本質としては間違った事は言っていないレンブラント。
 日用品の領域にある鍛冶などは厳密には修業よりも小遣い稼ぎの性格が強いのも事実。
 しかしブロンズマン代表としては、これまで職人達が紡いできた慣習、伝統というものが強引に変えられようとしている事に抵抗を感じていた。
 確かに、職人として技量を身につけ一人前にやっていき、そして名が売れるようになる為には自らを磨く事を怠るようでは話にならない。

「これはあの時も思ったが。きちんと考えをトップに伝えておく事で避けられるトラブルもある。事実ライムと私の間には実に悪意溢れる誤解があった。それが私と彼の間に仲違いを生んだ。同じ過ちなど繰り返したくはない。私としては安定した軍への武具供給でも君と仲良くしたい。そんなものまで簡易分業に頼るなど出来る事ならしたくないと考えているんだ」

 簡易分業。
 これが二人の間にある問題にしてレンブラントの提案だった。
 分業とは完成品の品質を上げる為の物といいう職人の常識を根底から否定するようなやり方。
 逆に一つ一つの工程を簡略化単純化し、これまで生産に関わるスキルを持たなかった一般人も生産に関われるようにするというレンブラント曰く画期的な逆転の発想。
 聞き様によっては職人の仕事を素人が奪う、とも聞こえ案の定ブロンズマン商会代表は渋い顔をした訳だ。

「……冗談キツイぜ。まさかあんた、ツィーゲに作る軍隊に持たせる武具までそんなやり方に頼る気か」

 ブロンズマン代表は表情を引きつらせた。
 当然の事だが今急造されているツィーゲ軍の装備一式などはブロンズマン商会が取り仕切るのだと思い込んでいたからだ。
 この点についてはうぬぼれでも何でもなく質も量も自分たちが関わらなくては不可能だと自負している。

「正式に配備される剣やら鎧にしても、どこまでの層にどこまでの物を渡すかはきちんと摺り合わせが必要なのは事実だ。ちなみに今私が考えている中でも一部は反対された素人を使う簡易分業で賄う気でいる」

「流石に正気で言ってるとは思えねえ、あんたらしくもない」

「そうかね? 例えば、矢は? これなどは全てを貴方がたに任せていたら状況によっては生産が追い付かなくなるのでは? まさか生産量は上げられないから使う矢を制限して作戦を組み立てろと軍人に注文をつける気なのかね?」

 現在の冒険者の需要に応じるにしても矢はその全てを職人が手掛けている訳ではない。
 外の商会から購入しているものも多い。

「……矢か。確かに特殊な仕様ならともかく、通常のまで職人で全部を作るってのは……現実的じゃねえな」

「だろう? 軍で扱う品には消耗品も多い。矢は回収できるようならしたいが全てを再利用など出来る訳も無い。誰が何を担当するかという問題は必ず生じてくる。後で考えてなかった、想定外だと言われてもやり直しなどできん事だしな」

「……で、日用品も含めて分業を広める、か。幾つかのパーツを別々に発注して内職や中小工房に専門で作らせ組み立て用の工房でまとめて大量に完成させてくってか」

「実に良いやり方じゃないか?」

「……吐き気がする悪魔みてえな発想だとは思うよ。魂の篭らねえ物が大量に生産されるなんてよ。しかも部品は素人の内職にも頼るときた」

 だが優れている。
 職人としての厳しい修業を経なくても、唯一つの部品さえ作れるようになれば管理できるようになればそれが仕事になり、街として国としての生産能力を圧倒的に高められる。す
 だから吐き気がするのだ、職人として長く生きてきた彼には。
 自分たちの居場所を職人ですらない何のスキルも無い日雇いみたいな存在に奪われるような気がして。
 同じ分業でも優れた作品を作り上げる為に、細かに仕事を分けそれぞれの仕事を磨き上げて誰もが同じ完成図を共有しながら唯一無二の傑作を目指すソレとは真反対。
 ただ逆の考えをするだけだとは言え、よくもこんな事を思いついたとレンブラントに呪いをかけたくなるブロンズマン代表だった。
 出来るならこの男がこの発想を得る前に時間を戻して平穏を得たい。
 偽らざる彼の本音だ。

「そう悪い所ばかり見ないで欲しい。考えようによっては、優れた品を生み出す為にこうした方法も活用できるし、専門の職人に発注する訳ではない以上設計図の組み方一つで末端の手に完成品の情報を渡す必要すらなくなる。これは機密保持の視点からみれば利点じゃないかね?」

「……」

「それに手に職を持たない者が全てを失ってしまう前にこうした仕事に就く事で助かるかもしれない。先ほど言った子どもの労働にしてもそうだ。奴隷の様な酷使などないようきちんと監視する手立てを講ずれば、孤児院への発注とて出来る。彼らが特定の商会の支援に依存しない収入を得られるのは将来的にはプラスだと私は思う」

「……そ、お前、まさか……どこまで」

 見て、いや見えているのかと口に出そうとしたが喉が何故かカラカラに乾いて言葉が続かなかった。
 まず矢の話をされた時、正直外から購入する今のやり方で何の問題があるのかと思っていたが、後から説明されるにつけ理由を見出せてしまうのが彼にとっては何ともぞっとしない。

「考えてみて欲しい。もうすぐツィーゲの壁は今見えているアレではなくなるんだ。ここから見えぬほど壁は彼方に、街は大きく広がっていく。人口も増える。人が増えれば彼らの職が必要だ。乞食などいらんし抱え込む気もないのだから当然だろう? 新たな住民には街の、いや国の力になってもらわなくては意味が無い」

「だから、雇用そのものをコレで爆発的に増やす?」

「ああ。工房から工房に部品を運ぶのはカプルさんの流通網が使える。あのお婆様、既に人員増員と育成も始めておられる。いくつまで現役でいるつもりなのか」

「ありゃ生涯現役だろうよ……」

「大体、これから先冒険者の数だって現状の数倍なんて可愛い増加では済まんだろう?」

 その位読んでいるよな、と言わんばかりのレンブラントの言葉はブロンズマン代表には大きく響いた。
 当面は数倍程度の増加に対応できるよう体勢を整えようと正に考えていたからだ。

「!」

「十倍、数十倍と膨れ上がった時に果たして今の体勢でどこまで対応できるのか。私としては今日いつも通りの工房を見せてもらって些か不安にさえなった」

「……レンブラント。お前、街の人口増加をどこまで見込んでる? この際、腹割って教えてくれや。こないだの土地やら金の事もそうだが……どうやら見てるもんが根本的に違うよな?」

「腹を割るも何も。ごく初期に既に話しているじゃあないか」

「あ?」

「我々ツィーゲは世界最大の都市になると」

「そいつあ聞いたよ。ご自身が商人を盛大に集めて宣言した事だろ?」

「世界最大の都市には当然人も一番集まるだろう。だから世界最大の人口になるに決まっている」

「何度目かになるがな、正気か?」

「まずは百倍以上」

「!?」

「それからどんな形でアイオンが独立を認めるにせよ、数年で四大国の座も渡してもらう」

「ご、五大国になるんじゃなくて、か?」

「長く付き合ってほぼわかっていた事だが、今回はっきりした。アイオン王国は図体だけの大国だ、ツィーゲにとっては手ごろな栄養と言っても良い」

「現状、魔族との戦いで疲弊しているリミアやグリトニアよりもでかい軍を維持してるアイオンが栄養だぁ?」

 ブロンズマンの言葉通り、アイオン王国がツィーゲに送り出した軍の規模は圧巻の一言。
 兵力差など考えるまでもなく、数字で比べるのも馬鹿らしいレベル。
 ツィーゲを制圧して革命軍もすり潰して都に戻ったとしても、都の民はどの位被害があったのかもわからないほどの大軍だ。
 いくら優れた冒険者の協力が得られているとはいえ、個の武で勝てる訳がない。
 確実に途中で呑み込まれ殺される。
 目の前にすれば士気を保つ事さえ難しいに違いない。

「ふむ……少しばかり言葉が過ぎたかもしれん」

「大きくは変わらねえと」

「ああ。で、どうだろうな。私としてはブロンズマン商会にも全面的に協力してもらった上で助言ももらいたいと思ってこうして秘密裏に訪ねさせてもらった訳だが」

「……カプルの嬢ちゃんにも道路整備や流通面で同じような度肝を抜く提案をしたんだろ?」

 先の会議の場で色々と彼女から話を聞き、間違いなく新しい時代が来ると彼は確信していた。
 その覚悟で舵取りも全て白紙から考え直してなお、レンブラントの思考に全く追いつかない。
 これがただの狂人なら相手にしなければ済むが、恐ろしい事にレンブラントは自身が語る未来を実現させる気でいる。
 当然カプル商会にもとんでもない事を言ったに違いないと確信するブロンズマン代表。
 
「まさか。流通についての講義を受けてこの生産方法で予想できる物資運搬量の増加を受け止められるか確認した程度だよ」

「絶対に嘘だな」

「さて、まあブロンズマン商会が損をするような話はしていないとだけ」

「……わかった、乗るよ。正直俺は今のお前がおっかないからな。ま、特に義理は無いがムゾーとバトマも出来れば拾ってやれよ」

「ムゾーは実に優秀だよ。とっくに動き出している。あの会議の後、いち早く湯水の様にギルドに使途を限らない金を入れてくれるし冒険者パーティをこれまでの枠以上に支援し始めている」

「知ってんのかよ、動き。今はちっと弱り目のバトマんとこは」

「あそこは群商会とかいう雑魚の囲い込みを止めん限り未来が無い。ま、ライドウ君に絡まれても困るから勿体ないが今度温泉に連れて行って思い出作り……ではなく最後のチャンスをやろうかな、とは思っている」

「ライドウ君ねえ。何でも屋の癖に化け物じみた建築技術も持ってやがんだよな、クズノハ商会。俺んとこも生き残りにゃあ手段を選んでられねえ状況かね、こりゃ」

 このキレッキレのレンブラントにはライドウとクズノハ商会が確実に関わっている。
 ツィーゲの他の商人にはあまり嬉しくない事だが、この二人の出会いには何かとんでもない化学反応があったという事なのだろう。
 出会わせてはいけなかったと思わないでもないが、ともすれば閉塞感さえ感じていたあの頃のツィーゲと今を比べればブロンズマン代表も今を選ぶ。
 ゆえに避けられない大波だったのだと認める他ない。

「何ならバトマと一緒に、いや皆で一度温泉に行くかね。頼んでみても良い」

 先ほどまでとは一変してニコニコ顔でレンブラントが誘いをかけてくる。

「皆……ね。入れて頂けるんならどこにでもお供しますよ。あーあ、随分と格に差がついちまったな。うかうかしてらんねーな、ほんとによ」

「湯に浸かるのは良いぞー、きっと気に入るとも」

 いわば工場ラインの原型のようなシステム。
 この日ツィーゲで密かに生産革命が起きた。
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