441 / 551
六章 アイオン落日編
囲碁と将棋とボクシング
しおりを挟む
「巴とエマが揃って外出なんて珍しい」
鳶加藤にやたら興味津々だった巴はトアの足跡を追ったんだろうと予測がつく。
でもエマはどうしたんだろうな?
普段もあまり亜空を留守にする事がない彼女だけに二人で出かけるというシチュエーションが中々思い浮かばない。
「え。うん、識は学園で……澪は厨房。ん、了解。ありがと」
エマの代わりに家に詰めてくれてた翼人から報告を受けて皆の今の居場所はわかった。
ふむ……。
冒険者が入って来てるエリアは頭に入ってるから……そこを避けて少し街を歩くのも良いか。
普段は目的地に直接転移する事が多いし、窓から見る街は今も拡張と改良を繰り返されている。
今どうなっているのか、詳細を見物したい気持ちもある。
これが日本だと一回出来上がった所の再構築には緻密な計画や交渉が必要になるけど、ここは亜空。
魔術のおかげで工期は短い、都市の所有権は僕個人にあるという事にしてあるから権利がどうので揉めない。
相当スムーズに事が進む訳だ。
僕は漠然と民主主義、自由主義なんてのが人の理想的な社会だと思ってた。
ただ考えてみると僕が生きていた日本が人類が辿り着く理想の社会、である訳もなく。
何千年かの歴史の中でたまたまそういう状態にある国に住んでただけ。
そもそも亜空は人だけが構築する社会でもない。
いや、むしろヒューマンだけがいない社会だ。
これから先どうしていくのか、近い将来には考えなくちゃいけなくなるのかもしれない。
結構な人口になってるから何らかの秩序は絶対に必要になるとして、もしかしたら社会主義や独裁といった方式が一番ハマる可能性だってあるんだよな……。
うん、今日は少し難しい事を考えつつ闘技場辺りまで散歩してみようか。
なんて思っていたら珍しい取り合わせの客が玄関にあたる大扉をくぐった所だった。
「環に、サリ? どしたの、こんなとこまで」
「これは……もしかしてお出かけでしょうか若様」
巫女姿のまま訪ねてきた環が僕を見てずばり状況を言い当てる。
「急ぎじゃないよ。何かあったなら報告を聞くけど」
「ツィーゲは今緊急事態だと伺っておりますが……よろしいのでしょうか」
サリが誰から聞いたのかツィーゲの情報を把握していて僕に確認してくる。
まあ問題無い。
出来れば幾つか誰かに話して意見が欲しいとこもあるけど、一分一秒を急ぐような件でもないから。
「一応アイオンと戦争してるとこだね。ただ僕の出る幕はもうあんまり無いみたいでね」
「……少しはある、という事であればあちらに詰めておく方が確実では?」
「両軍がぶつかった後の事だろうからね。もしも女神の使徒がしゃしゃり出てくるようなら相手して欲しいってさ」
「女神の使徒……? 勇者に合流せずアイオン王国に協力しているというのですか?」
サリは女神の使徒を知っているのか。
彼女の読みだと勇者と合流しているタイミングだった?
「みたいだよ。女神の使徒がアイオンに手を貸したから革命軍の方は一気に旗色が悪くなったとか」
「……」
「私の情報は既に最新ではありませんが、アイオン王国に女神やその使徒が拘る理由などあるのでしょうか?」
環は沈黙のまま、サリは使徒の行動に納得いかないようだった。
「謎な事ばっかりだよ。アイオンの密偵を使ってツィーゲ内部の分裂を狙ってみたり、そこに革命軍も反神教も関わってきて一見協力しているような……。もうぐちゃぐちゃ。冒険者ギルドのトップもツィーゲに来るしさ、非常識な壁も出来て……レンブラントさん曰くそろそろ終局らしいんだけど、二人ならどう見る?」
「……どう、と申されましても。私もサリも両者の情報をあまり持っていませんので。一度は戦争をひっくり返した女神の使徒につきましてもサリは何か知っているようですけど私はさっぱり」
「はい、女神の使徒は魔族にとってもいずれ相対せざるを得ない相手でしたから出来る限りの情報は集めておりました。被害は覚悟の上で、ですが幾つか策もございます」
「……魔将関係で?」
「え!?」
いやそこまで驚かんでも。
サリが何か凄い驚いてる。
「あ、いや。ほら一度魔将の皆さんと試合したでしょ? その時にね、イオはあれでほぼ全力だったと思うんだけど……モクレンさん? とロナ。あの二人何か隠してる感じがしてたんだよ。女神の使徒なんて大仰な相手にあのゼフさんが物量で攻めるとも思えないし……サリと他の子たちは正直魔将より一つ二つ落ちる。だったらあの二人のどっちかが被害を覚悟の上で使徒と対峙する気なのかなーってね」
ごく簡単な推理だ。
魔族って本当に魔王がいて魔将がいて、その下に補佐やら部隊長やら兵士が続くシンプルな組織構成だ。
で、魔将は魔王の側近で色々な意味での魔族最強がその職を務めている。
実際界で確かめた時も少なくともあの都にはゼフや魔将を超えるような個人はいなかった。
サリが使徒に対策があるというならそれは魔将が担うしかない。
対抗できるような切り札があるんだろうな。
「恐れ入りました」
「若様、素晴らしい推察だと思います。しかしそれだけ思考に慣れたのであれば、レンブラントやツィーゲの策もある程度読めるのでは? 所詮は同じ人の考える事なのですから」
「……それがさ。レンブラントさんってもう既に戦争のずっと先を見てる感じがあるんだよ。さっき話した壁……まあ良い機会か。二人にも現状でわかってる事を知ってもらって、少し意見を聞かせてもらえる?」
「……よろしいんですか? 私はもとよりサリも亜空を出ぬようきつく命じられている身ですが」
「別に外の情報を知ったからって外に出るのとは違うでしょ。まあ、僕もこれで色々思うところはあってさ。無理にとは言わないけど」
『是非』
何故息ぴったり。
亜空でも退屈するような事は無いと思ってるけど、外の情報はやっぱり知りたいものなのか。
環なんかはたまに従者との摺り合わせで外の話もそれなりに出てくるのにな。
二人を部屋に案内して巴とエマがまとめてくれている情報資料を見せる。
環は落ち着いた様子、いやそう取り繕ってるけどかなり興味があるなこれ。
サリはわかりやすく情報を貪る様に読み込み始めた。
……なんというか。
意外と似た者同士か、環とサリって。
確かに亜空から出さないと初期に宣言したという共通点もある。
あ、意外と腹黒くて何を考えてるか読み切れないとこも似てるな。
環は……まだ正直好きにさせるには得体が知れない所がある。
今のところ大人しく寺社神殿の管理に心を砕いてくれてるし、大黒天様からの贈り物の一環だ。
契約も無事に交わしてるのにな。
ただ本当に不思議なのは僕自身が環のどこか心を許し切れない所をそこまで嫌いじゃないという事。
今の不安定な関係を心地よく感じる妙な自分も確かに存在するんだ。
サリは単純に魔族で立場もそれなりにあるから彼女自身がじゃなくその立場が危うくて商会関連の仕事には出せない。
ただ蜃気楼都市に関わる分には別に構わないから、海と陸の交流の中でこっち側の街の仕事も少しずつ覚えてもらうか。
この街に魔族がいる事はこっちの好きに押し通せるし。
……となると増々ヒューマンだけがいない状況が浮くかな。
うーん、ヒューマンかぁ。
難しいよなあ。
机に肘を置いて頬杖を突きながら眺めていると、何やら親しげに話を始める環とサリ。
親しげ? いやこれは上司と部下かな。
資料を手にアイデアを詰めている午後の会議室、みたいな。
「……綱渡り……非常識で……外壁の位置……冒険者は……?」
「……迷いが無い……意味は巧妙に、でも……使徒の排除……黄金街道を巻き込む……」
ぽつぽつと漏れ聞こえる単語。
外壁の位置ね、それは僕も意味がわからない。
新たに作るにしても、何故あの位置だったんだろう。
遠すぎないか?
使徒の排除、は出てきたら僕が引き受ける話になってる。
身体がふやけるかと思う程に温泉を満喫しながらそうなった。
黄金街道もなあ、その両脇に街の外壁を作るなんて前代未聞だ。
あれは冒険者ギルドと商人ギルドも関わってる大国も公認の中立地帯。
どうしたって黄金街道を跨ぐ往来には不便だってあるだろうし……。
後は大軍にどう対処する気なのかもよくわからない。
流石に頭数はアイオンが圧倒的に上だから壁があっても正面衝突は無い。
でも相当量の物資が壁の方に送られてんだよなあ。
応戦するから必要って考えるのが普通だよね?
無い頭で先を読もうとするものの、まあ上手くいかない。
一方の環&サリはお互いに頷くとサリが一歩前に出た。
「お、何か読み取れた?」
「……はい。ただ、今この状況で終局を語るというのならレンブラントなる商人はどうかしている、という結論が出ました」
「まあ、ただ者じゃないのは確かだと思う」
見れば環も頷いてるな。
「亜空に来て将棋を教わりましたが」
「……うん、もう僕じゃ相手にならないよね。二人とも強い強い」
「これまでの流れを整理すると例えるなら互角の中盤戦、というような状況に見えます」
「互角? 中盤だって?」
「はい、ここから終局を読み切るなど最難関の詰将棋でも及ばないかと。環様に教わって私も四十手程までなら解けるようになってきましたが、その程度ではとても」
……詰将棋。
亜空には意外と囲碁とか将棋好きが多い。
実際の軍略、戦争とは全く異なる思考遊戯だと僕は思うんだけど、ハマる人多いんだよ。
僕が今日向かおうとしてた闘技場にしても、近々傍に囲碁将棋用の塔を作る話が出てきてるほど。
僕が弱いからと言って反対する気もなく、何故塔なのかとは疑問はあったものの作るの自体は許可してある。
ちなみに僕は三手詰くらいなら全力で立ち向かえる。
五手はアウト。
四十手?
この子は何を言ってんのってレベルですよ。
それを解けるのはもう一部の変態か出題者くらいだろうと、一般人の僕は力説したい。
「正直、私も同感です。レンブラントという男が頭の中でどんな絵を描いているのか、全く読めません。直接対峙し人となりがわかっていればまた少し違いますが、現状はカオスそのものです。使徒を若様が討つのだとしても、純然たる戦力差をどう覆す気なのか……」
うっそ、環でも読めないのか。
サリの話しぶりからするとこいつも四十手以上読める変態なんだろうに。
「しかし読ませて頂いた資料を見ると、確かにツィーゲは既に独立後に向けて動き出しています。冒険者に壁の内側にあたる地域の魔物の掃討を依頼していますし一部では道の舗装も。明らかに独立を果たせるという確信のもと、動いている節があります」
「壁の内側を全部街として整備してしまおうとする無茶苦茶な発想は、若様とのお付き合いがある人物なら辛うじて閃く可能性はあるかもしれません。要は日本の都市のようなものですから。しかし……幾ら冒険者と良好な関係があって優秀な傭兵団とその指導があっても、決戦に勝利する決定打とするには時間が足りません。他国からの援軍も望めませんし立地を考えても黄金街道以外からの物資が見込めないのは明らか、つまり長期戦は最初から選択肢を外れる……」
二人ともまた唸りだした。
僕だけじゃないのは安心したけど、ツィーゲは大丈夫なのかという不安がおぎゃあと生まれましたよ。
でも、勝つ気なんだよな。
僕のとこにも主に中小の商会が情報収集に来たり庇護を求めてきたりしてるけど、あまりにもレンブラントさんが自信満々で次々と策を繰り出していくから、近頃は勝てるかどうかより戦争がいつ勝って終わるのかってとこに話題がシフトしている。
まあ、あれだね。
レンブラントさんには僕らでも把握できていない秘密兵器があるって事だ。
「魔族の知将と亜空の悪巧みがこれだけ悩んじゃう状況なのかぁ」
「申し訳ありません……お力になれなくて」
「これはわからないというより、うーん……って亜空の悪巧みとは何でしょう! 酷く不名誉な通り名に聞こえますが!」
「うん。多分ツィーゲ側には僕らも掴めてない策が何かあるんだろうね。それが決定打」
「……はい、そう感じます。でもこの盤上、どんな持ち駒が増えた所で勝利が確定しているなど」
環はオープンになってない手札がまだあって、それがカギではないかと悔しそうに呟く。
しかしながらどんな手札なら切り札になるのかはわからない、とも。
だとすれば、きっと。
「なら盤上にはないかもね」
『?』
「盤外戦術って類の奇策なのかもって事。いくら例えてみても戦争は戦争、将棋は将棋だからね。同じ条件で始まりもしないし、持ち時間だって不平等――」
「っ! そうか!」
「環?」
「いえ、仔細はやはりわかりはしませんが。レンブラントは軍師でも軍人でもない。ただもし彼が商人のままでこの戦いに挑んでいるんだとしたら。考えている戦術もまた一般的な戦争の常識は通用しないかもしれません」
「?」
「律義に相手のまともな戦争に付き合って不利な戦いをする必要などない。ツィーゲは最初から冒険者を巻き込むという非常識から交渉も戦闘も戦争も始めている。街が独立するのだといいながら壁を作り領土を勝手に切り取ろうともしている。これは、若様ならご存知かもしれませんが将棋ボクシングのようなものなのかもしれません」
「将棋ボクシングって、あの超色物の……?」
何となくは知ってるけど、何でもありという意味では戦争の実態には近い気もする。
「ええ、どっちで相手を倒しても良い。アイオンも使徒も、将棋で勝負しているつもりで、気付いたら殴り倒されてKO。そんな幕引き、あり得ますよ若様」
「そりゃまた……お気の毒、だね」
「お気の毒というか、私なら発狂しそうです」
サリが知らないなりに将棋ボクシングを想像したんだろう。
将棋サイドにいる人として極めて真っ当な感想を漏らした。
そりゃそうだ。
自分は相手の次の一手、その先を読んでいるというのに。
相手は数分後に彼女をどう殴り倒して黙らせようかとイメージしているんだから。
やってられない。
「はは。いや、二人のおかげで楽しかったよ。で、今日は元々何の用でここに? 珍しい取り合わせでさ」
「あ、ええ。闘技場傍に出来る例の塔について囲碁と将棋の施設使用割合について少々提案がありまして」
あの塔絡みか。
それで途中から将棋がどうのって例えが始まったのか?
仲良く半々で使えば良いだろうに。
どっちも弱々な僕は贔屓はしないつもりでいるんだけど。
こうやって話に付き合ってもらっちゃったし、仕方ない。
覚悟を決めて将棋派の二人の提案を聞かせてもらうとするか。
鳶加藤にやたら興味津々だった巴はトアの足跡を追ったんだろうと予測がつく。
でもエマはどうしたんだろうな?
普段もあまり亜空を留守にする事がない彼女だけに二人で出かけるというシチュエーションが中々思い浮かばない。
「え。うん、識は学園で……澪は厨房。ん、了解。ありがと」
エマの代わりに家に詰めてくれてた翼人から報告を受けて皆の今の居場所はわかった。
ふむ……。
冒険者が入って来てるエリアは頭に入ってるから……そこを避けて少し街を歩くのも良いか。
普段は目的地に直接転移する事が多いし、窓から見る街は今も拡張と改良を繰り返されている。
今どうなっているのか、詳細を見物したい気持ちもある。
これが日本だと一回出来上がった所の再構築には緻密な計画や交渉が必要になるけど、ここは亜空。
魔術のおかげで工期は短い、都市の所有権は僕個人にあるという事にしてあるから権利がどうので揉めない。
相当スムーズに事が進む訳だ。
僕は漠然と民主主義、自由主義なんてのが人の理想的な社会だと思ってた。
ただ考えてみると僕が生きていた日本が人類が辿り着く理想の社会、である訳もなく。
何千年かの歴史の中でたまたまそういう状態にある国に住んでただけ。
そもそも亜空は人だけが構築する社会でもない。
いや、むしろヒューマンだけがいない社会だ。
これから先どうしていくのか、近い将来には考えなくちゃいけなくなるのかもしれない。
結構な人口になってるから何らかの秩序は絶対に必要になるとして、もしかしたら社会主義や独裁といった方式が一番ハマる可能性だってあるんだよな……。
うん、今日は少し難しい事を考えつつ闘技場辺りまで散歩してみようか。
なんて思っていたら珍しい取り合わせの客が玄関にあたる大扉をくぐった所だった。
「環に、サリ? どしたの、こんなとこまで」
「これは……もしかしてお出かけでしょうか若様」
巫女姿のまま訪ねてきた環が僕を見てずばり状況を言い当てる。
「急ぎじゃないよ。何かあったなら報告を聞くけど」
「ツィーゲは今緊急事態だと伺っておりますが……よろしいのでしょうか」
サリが誰から聞いたのかツィーゲの情報を把握していて僕に確認してくる。
まあ問題無い。
出来れば幾つか誰かに話して意見が欲しいとこもあるけど、一分一秒を急ぐような件でもないから。
「一応アイオンと戦争してるとこだね。ただ僕の出る幕はもうあんまり無いみたいでね」
「……少しはある、という事であればあちらに詰めておく方が確実では?」
「両軍がぶつかった後の事だろうからね。もしも女神の使徒がしゃしゃり出てくるようなら相手して欲しいってさ」
「女神の使徒……? 勇者に合流せずアイオン王国に協力しているというのですか?」
サリは女神の使徒を知っているのか。
彼女の読みだと勇者と合流しているタイミングだった?
「みたいだよ。女神の使徒がアイオンに手を貸したから革命軍の方は一気に旗色が悪くなったとか」
「……」
「私の情報は既に最新ではありませんが、アイオン王国に女神やその使徒が拘る理由などあるのでしょうか?」
環は沈黙のまま、サリは使徒の行動に納得いかないようだった。
「謎な事ばっかりだよ。アイオンの密偵を使ってツィーゲ内部の分裂を狙ってみたり、そこに革命軍も反神教も関わってきて一見協力しているような……。もうぐちゃぐちゃ。冒険者ギルドのトップもツィーゲに来るしさ、非常識な壁も出来て……レンブラントさん曰くそろそろ終局らしいんだけど、二人ならどう見る?」
「……どう、と申されましても。私もサリも両者の情報をあまり持っていませんので。一度は戦争をひっくり返した女神の使徒につきましてもサリは何か知っているようですけど私はさっぱり」
「はい、女神の使徒は魔族にとってもいずれ相対せざるを得ない相手でしたから出来る限りの情報は集めておりました。被害は覚悟の上で、ですが幾つか策もございます」
「……魔将関係で?」
「え!?」
いやそこまで驚かんでも。
サリが何か凄い驚いてる。
「あ、いや。ほら一度魔将の皆さんと試合したでしょ? その時にね、イオはあれでほぼ全力だったと思うんだけど……モクレンさん? とロナ。あの二人何か隠してる感じがしてたんだよ。女神の使徒なんて大仰な相手にあのゼフさんが物量で攻めるとも思えないし……サリと他の子たちは正直魔将より一つ二つ落ちる。だったらあの二人のどっちかが被害を覚悟の上で使徒と対峙する気なのかなーってね」
ごく簡単な推理だ。
魔族って本当に魔王がいて魔将がいて、その下に補佐やら部隊長やら兵士が続くシンプルな組織構成だ。
で、魔将は魔王の側近で色々な意味での魔族最強がその職を務めている。
実際界で確かめた時も少なくともあの都にはゼフや魔将を超えるような個人はいなかった。
サリが使徒に対策があるというならそれは魔将が担うしかない。
対抗できるような切り札があるんだろうな。
「恐れ入りました」
「若様、素晴らしい推察だと思います。しかしそれだけ思考に慣れたのであれば、レンブラントやツィーゲの策もある程度読めるのでは? 所詮は同じ人の考える事なのですから」
「……それがさ。レンブラントさんってもう既に戦争のずっと先を見てる感じがあるんだよ。さっき話した壁……まあ良い機会か。二人にも現状でわかってる事を知ってもらって、少し意見を聞かせてもらえる?」
「……よろしいんですか? 私はもとよりサリも亜空を出ぬようきつく命じられている身ですが」
「別に外の情報を知ったからって外に出るのとは違うでしょ。まあ、僕もこれで色々思うところはあってさ。無理にとは言わないけど」
『是非』
何故息ぴったり。
亜空でも退屈するような事は無いと思ってるけど、外の情報はやっぱり知りたいものなのか。
環なんかはたまに従者との摺り合わせで外の話もそれなりに出てくるのにな。
二人を部屋に案内して巴とエマがまとめてくれている情報資料を見せる。
環は落ち着いた様子、いやそう取り繕ってるけどかなり興味があるなこれ。
サリはわかりやすく情報を貪る様に読み込み始めた。
……なんというか。
意外と似た者同士か、環とサリって。
確かに亜空から出さないと初期に宣言したという共通点もある。
あ、意外と腹黒くて何を考えてるか読み切れないとこも似てるな。
環は……まだ正直好きにさせるには得体が知れない所がある。
今のところ大人しく寺社神殿の管理に心を砕いてくれてるし、大黒天様からの贈り物の一環だ。
契約も無事に交わしてるのにな。
ただ本当に不思議なのは僕自身が環のどこか心を許し切れない所をそこまで嫌いじゃないという事。
今の不安定な関係を心地よく感じる妙な自分も確かに存在するんだ。
サリは単純に魔族で立場もそれなりにあるから彼女自身がじゃなくその立場が危うくて商会関連の仕事には出せない。
ただ蜃気楼都市に関わる分には別に構わないから、海と陸の交流の中でこっち側の街の仕事も少しずつ覚えてもらうか。
この街に魔族がいる事はこっちの好きに押し通せるし。
……となると増々ヒューマンだけがいない状況が浮くかな。
うーん、ヒューマンかぁ。
難しいよなあ。
机に肘を置いて頬杖を突きながら眺めていると、何やら親しげに話を始める環とサリ。
親しげ? いやこれは上司と部下かな。
資料を手にアイデアを詰めている午後の会議室、みたいな。
「……綱渡り……非常識で……外壁の位置……冒険者は……?」
「……迷いが無い……意味は巧妙に、でも……使徒の排除……黄金街道を巻き込む……」
ぽつぽつと漏れ聞こえる単語。
外壁の位置ね、それは僕も意味がわからない。
新たに作るにしても、何故あの位置だったんだろう。
遠すぎないか?
使徒の排除、は出てきたら僕が引き受ける話になってる。
身体がふやけるかと思う程に温泉を満喫しながらそうなった。
黄金街道もなあ、その両脇に街の外壁を作るなんて前代未聞だ。
あれは冒険者ギルドと商人ギルドも関わってる大国も公認の中立地帯。
どうしたって黄金街道を跨ぐ往来には不便だってあるだろうし……。
後は大軍にどう対処する気なのかもよくわからない。
流石に頭数はアイオンが圧倒的に上だから壁があっても正面衝突は無い。
でも相当量の物資が壁の方に送られてんだよなあ。
応戦するから必要って考えるのが普通だよね?
無い頭で先を読もうとするものの、まあ上手くいかない。
一方の環&サリはお互いに頷くとサリが一歩前に出た。
「お、何か読み取れた?」
「……はい。ただ、今この状況で終局を語るというのならレンブラントなる商人はどうかしている、という結論が出ました」
「まあ、ただ者じゃないのは確かだと思う」
見れば環も頷いてるな。
「亜空に来て将棋を教わりましたが」
「……うん、もう僕じゃ相手にならないよね。二人とも強い強い」
「これまでの流れを整理すると例えるなら互角の中盤戦、というような状況に見えます」
「互角? 中盤だって?」
「はい、ここから終局を読み切るなど最難関の詰将棋でも及ばないかと。環様に教わって私も四十手程までなら解けるようになってきましたが、その程度ではとても」
……詰将棋。
亜空には意外と囲碁とか将棋好きが多い。
実際の軍略、戦争とは全く異なる思考遊戯だと僕は思うんだけど、ハマる人多いんだよ。
僕が今日向かおうとしてた闘技場にしても、近々傍に囲碁将棋用の塔を作る話が出てきてるほど。
僕が弱いからと言って反対する気もなく、何故塔なのかとは疑問はあったものの作るの自体は許可してある。
ちなみに僕は三手詰くらいなら全力で立ち向かえる。
五手はアウト。
四十手?
この子は何を言ってんのってレベルですよ。
それを解けるのはもう一部の変態か出題者くらいだろうと、一般人の僕は力説したい。
「正直、私も同感です。レンブラントという男が頭の中でどんな絵を描いているのか、全く読めません。直接対峙し人となりがわかっていればまた少し違いますが、現状はカオスそのものです。使徒を若様が討つのだとしても、純然たる戦力差をどう覆す気なのか……」
うっそ、環でも読めないのか。
サリの話しぶりからするとこいつも四十手以上読める変態なんだろうに。
「しかし読ませて頂いた資料を見ると、確かにツィーゲは既に独立後に向けて動き出しています。冒険者に壁の内側にあたる地域の魔物の掃討を依頼していますし一部では道の舗装も。明らかに独立を果たせるという確信のもと、動いている節があります」
「壁の内側を全部街として整備してしまおうとする無茶苦茶な発想は、若様とのお付き合いがある人物なら辛うじて閃く可能性はあるかもしれません。要は日本の都市のようなものですから。しかし……幾ら冒険者と良好な関係があって優秀な傭兵団とその指導があっても、決戦に勝利する決定打とするには時間が足りません。他国からの援軍も望めませんし立地を考えても黄金街道以外からの物資が見込めないのは明らか、つまり長期戦は最初から選択肢を外れる……」
二人ともまた唸りだした。
僕だけじゃないのは安心したけど、ツィーゲは大丈夫なのかという不安がおぎゃあと生まれましたよ。
でも、勝つ気なんだよな。
僕のとこにも主に中小の商会が情報収集に来たり庇護を求めてきたりしてるけど、あまりにもレンブラントさんが自信満々で次々と策を繰り出していくから、近頃は勝てるかどうかより戦争がいつ勝って終わるのかってとこに話題がシフトしている。
まあ、あれだね。
レンブラントさんには僕らでも把握できていない秘密兵器があるって事だ。
「魔族の知将と亜空の悪巧みがこれだけ悩んじゃう状況なのかぁ」
「申し訳ありません……お力になれなくて」
「これはわからないというより、うーん……って亜空の悪巧みとは何でしょう! 酷く不名誉な通り名に聞こえますが!」
「うん。多分ツィーゲ側には僕らも掴めてない策が何かあるんだろうね。それが決定打」
「……はい、そう感じます。でもこの盤上、どんな持ち駒が増えた所で勝利が確定しているなど」
環はオープンになってない手札がまだあって、それがカギではないかと悔しそうに呟く。
しかしながらどんな手札なら切り札になるのかはわからない、とも。
だとすれば、きっと。
「なら盤上にはないかもね」
『?』
「盤外戦術って類の奇策なのかもって事。いくら例えてみても戦争は戦争、将棋は将棋だからね。同じ条件で始まりもしないし、持ち時間だって不平等――」
「っ! そうか!」
「環?」
「いえ、仔細はやはりわかりはしませんが。レンブラントは軍師でも軍人でもない。ただもし彼が商人のままでこの戦いに挑んでいるんだとしたら。考えている戦術もまた一般的な戦争の常識は通用しないかもしれません」
「?」
「律義に相手のまともな戦争に付き合って不利な戦いをする必要などない。ツィーゲは最初から冒険者を巻き込むという非常識から交渉も戦闘も戦争も始めている。街が独立するのだといいながら壁を作り領土を勝手に切り取ろうともしている。これは、若様ならご存知かもしれませんが将棋ボクシングのようなものなのかもしれません」
「将棋ボクシングって、あの超色物の……?」
何となくは知ってるけど、何でもありという意味では戦争の実態には近い気もする。
「ええ、どっちで相手を倒しても良い。アイオンも使徒も、将棋で勝負しているつもりで、気付いたら殴り倒されてKO。そんな幕引き、あり得ますよ若様」
「そりゃまた……お気の毒、だね」
「お気の毒というか、私なら発狂しそうです」
サリが知らないなりに将棋ボクシングを想像したんだろう。
将棋サイドにいる人として極めて真っ当な感想を漏らした。
そりゃそうだ。
自分は相手の次の一手、その先を読んでいるというのに。
相手は数分後に彼女をどう殴り倒して黙らせようかとイメージしているんだから。
やってられない。
「はは。いや、二人のおかげで楽しかったよ。で、今日は元々何の用でここに? 珍しい取り合わせでさ」
「あ、ええ。闘技場傍に出来る例の塔について囲碁と将棋の施設使用割合について少々提案がありまして」
あの塔絡みか。
それで途中から将棋がどうのって例えが始まったのか?
仲良く半々で使えば良いだろうに。
どっちも弱々な僕は贔屓はしないつもりでいるんだけど。
こうやって話に付き合ってもらっちゃったし、仕方ない。
覚悟を決めて将棋派の二人の提案を聞かせてもらうとするか。
1,694
お気に入りに追加
58,388
あなたにおすすめの小説

月が導く異世界道中extra
あずみ 圭
ファンタジー
月読尊とある女神の手によって癖のある異世界に送られた高校生、深澄真。
真は商売をしながら少しずつ世界を見聞していく。
彼の他に召喚された二人の勇者、竜や亜人、そしてヒューマンと魔族の戦争、次々に真は事件に関わっていく。
これはそんな真と、彼を慕う(基本人外の)者達の異世界道中物語。
こちらは月が導く異世界道中番外編になります。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。



美人四天王の妹とシテいるけど、僕は学校を卒業するまでモブに徹する、はずだった
ぐうのすけ
恋愛
【カクヨムでラブコメ週間2位】ありがとうございます!
僕【山田集】は高校3年生のモブとして何事もなく高校を卒業するはずだった。でも、義理の妹である【山田芽以】とシテいる現場をお母さんに目撃され、家族会議が開かれた。家族会議の結果隠蔽し、何事も無く高校を卒業する事が決まる。ある時学校の美人四天王の一角である【夏空日葵】に僕と芽以がベッドでシテいる所を目撃されたところからドタバタが始まる。僕の完璧なモブメッキは剥がれ、ヒマリに観察され、他の美人四天王にもメッキを剥され、何かを嗅ぎつけられていく。僕は、平穏無事に学校を卒業できるのだろうか?
『この物語は、法律・法令に反する行為を容認・推奨するものではありません』
勇者一行から追放された二刀流使い~仲間から捜索願いを出されるが、もう遅い!~新たな仲間と共に魔王を討伐ス
R666
ファンタジー
アマチュアニートの【二龍隆史】こと36歳のおっさんは、ある日を境に実の両親達の手によって包丁で腹部を何度も刺されて地獄のような痛みを味わい死亡。
そして彼の魂はそのまま天界へ向かう筈であったが女神を自称する危ない女に呼び止められると、ギフトと呼ばれる最強の特典を一つだけ選んで、異世界で勇者達が魔王を討伐できるように手助けをして欲しいと頼み込まれた。
最初こそ余り乗り気ではない隆史ではあったが第二の人生を始めるのも悪くないとして、ギフトを一つ選び女神に言われた通りに勇者一行の手助けをするべく異世界へと乗り込む。
そして異世界にて真面目に勇者達の手助けをしていたらチキン野郎の役立たずという烙印を押されてしまい隆史は勇者一行から追放されてしまう。
※これは勇者一行から追放された最凶の二刀流使いの隆史が新たな仲間を自ら探して、自分達が新たな勇者一行となり魔王を討伐するまでの物語である※

友人(勇者)に恋人も幼馴染も取られたけど悔しくない。 だって俺は転生者だから。
石のやっさん
ファンタジー
パーティでお荷物扱いされていた魔法戦士のセレスは、とうとう勇者でありパーティーリーダーのリヒトにクビを宣告されてしまう。幼馴染も恋人も全部リヒトの物で、居場所がどこにもない状態だった。
だが、此の状態は彼にとっては『本当の幸せ』を掴む事に必要だった
何故なら、彼は『転生者』だから…
今度は違う切り口からのアプローチ。
追放の話しの一話は、前作とかなり似ていますが2話からは、かなり変わります。
こうご期待。

特殊部隊の俺が転生すると、目の前で絶世の美人母娘が犯されそうで助けたら、とんでもないヤンデレ貴族だった
なるとし
ファンタジー
鷹取晴翔(たかとりはると)は陸上自衛隊のとある特殊部隊に所属している。だが、ある日、訓練の途中、不慮の事故に遭い、異世界に転生することとなる。
特殊部隊で使っていた武器や防具などを召喚できる特殊能力を謎の存在から授かり、目を開けたら、絶世の美女とも呼ばれる母娘が男たちによって犯されそうになっていた。
武装状態の鷹取晴翔は、持ち前の優秀な身体能力と武器を使い、その母娘と敷地にいる使用人たちを救う。
だけど、その母と娘二人は、
とおおおおんでもないヤンデレだった……
第3回次世代ファンタジーカップに出すために一部を修正して投稿したものです。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる
本作については削除予定があるため、新規のレンタルはできません。
このユーザをミュートしますか?
※ミュートすると該当ユーザの「小説・投稿漫画・感想・コメント」が非表示になります。ミュートしたことは相手にはわかりません。またいつでもミュート解除できます。
※一部ミュート対象外の箇所がございます。ミュートの対象範囲についての詳細はヘルプにてご確認ください。
※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。