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六章 アイオン落日編
最初で最後の戦争を
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アイオン王国にとって独立を求める辺境都市ツィーゲは内乱分子だ。
極端にいえば革命軍と大差ない。
大国であるアイオンに隙が生まれる機会であっても、他国も魔族との戦いを片手に他国の侵略など容易く出来る訳もなく。
これまでは、あくまでも一つの国の中でのいざこざだった。
アイオンから見て国境でもあるツィーゲにかの国が大軍を派兵し勝負を決しようとした直後。
パトリック=レンブラントが動いた。
「ツィーゲ独立宣言、とは。こう来るか、あの野郎若い頃に戻ってやがるな。楽しそうにほくそえんでるのが目に浮かぶぜ」
主要なヒューマンの国家、近隣都市、黄金街道で繋がる諸都市で盛大にビラが巻かれた。
無論、アイオン王国内でも大量にだ。
為政者、権力者、豪商には直接書状として送られたそれにはデカデカとツィーゲ独立宣言と記されていた。
続く内容はアイオン王国のこれまでの無気力な統治への憤り、いわば独立の大義名分、建前だ。
そして……後にはツィーゲが独立を果たした場合の周辺都市や諸外国との付き合い方について様々な約束が箇条書きにされている。
ここが問題だった。
無事に独立が果たされた暁には何がどうなるか、つまりアイオン国内の付き合いがある都市だけではなく諸外国がツィーゲ独立によって得られるメリットについて、わかりやすく発表して見せたのだ。
支持・支援を約束してくれた場合にはこんな特典を何年は約束する、現代風に言えば世界に向けて公約を公言したようなものだ。
学園都市ロッツガルド。
名指しで届けられた書状の中身を見た旧友ザラは苦笑交じりに遠い街でレンブラントが祭りを始めた事を察する。
これはただの内乱じゃない。
独立を確たる意志で目指しているしその後のビジョンもある。
我々は新たな国になろうとしている。
他人事で傍観してても何の得もないが、こっちに協力するならこんな見返りを考えている。
ちなみに最悪ツィーゲが鎮圧されたら、これまでみたいな取引が維持できる保証なんてないぞ?
この街の商売になれた商人の多くがいなくなるんだからな。
そしてアイオンが優秀な統治者ならこんな事はそもそも起こってないんだ。
これまでより確実に得する関係か、ゼロベースでどうなるかわからない新しい関係か。
さあ、どっちにつく?
書状全体の内容はざっとこんな所だ。
まあアイオン王国への義理。
そもそもの国の規模の違い。
特に国内の都市にとってはそうだろうが、アイオン王国を支持しなかった場合、ツィーゲが独立したからといって自分たちがどうなるのか、など。
穴だらけで、しかも負ける事など一ミリも考えていない、イカれたビラだ。
だが明確なメリットを公言してもいる。
「国内へは揺さぶり。国外にはこれまでの関係が維持される保証が無い事を半ば脅しに使っての支援要請か」
本来ならアイオン王国の端にあるツィーゲが独立したとしてもアイオン王国からの数々の嫌がらせでまともな国家、いや都市運営も危うい未来が予想されるが。
ツィーゲには荒野と黄金街道という特異な武器がある。
そして金も優秀な冒険者も世界で一番集まっている。
ツィーゲでしか手に入らない素材があり、一国家が封鎖できない黄金街道という道も確保されている。
本当に独立が成し遂げられた場合、立地やツィーゲとの関係によっては確かに為政者にとっては悩ましい案件になりうる。
小さくも強大な国家が誕生するかもしれないのだ。
「ふん……この分じゃ四大国、いや中堅国家までは全部やってやがるな。だがアイオンも腐っても大国だ、策を練った所で地力で少しでも張り合えなきゃ潰されるだけだぞパット。どこから自信が出てきてんだか」
小さく溜息を一つ。
顔を上げた彼の表情にはぎらついた目と獰猛な笑みが生まれていた。
ザラは高く澄んだ音のベルを鳴らし、部屋に人を呼ぶ。
ほどなく側近の一人がノックの後入室してきた。
「御用でしょうか」
「ああ、こいつをツィーゲまで最速で届けさせろ」
「かしこまりました」
支持支援を約束する一文とサインを余白に書いて封をし直した書状を側近に持たせたザラ。
「なーにが今ならツィーゲに別荘一個建ててやるぞ、だ。素直に最後のとこだけ書いておくりゃあいいんだよ、ったく。あのみっちみちのツィーゲのどこに建ててくれるんだか……もらえるもんはもらうがよ」
おそらくはザラにだけ書かれたであろう文末の友としての言葉。
一つは、お前が支持するのはまあわかってるが早めならツィーゲに別荘を用意してやろう、というザラが口にした言葉だ。
そしてもう一つは。
俺は俺の夢の為に最初で最後の戦争をするよ。
戦争で儲けるのは御免だと若き日にお互い誓った彼らにとって酷く重い、友の決意の言葉。
「しかしあいつもタイミングが悪ぃな。ロッツガルドもまだまだ物入りな時期だ。多少の金が精一杯、残りは後払いで許せよ」
普段なら人も物資も余っているのがロッツガルド。
しかし今はまだ復興の途中。
学園も街も戦争を支援するような余力は無い。
商人ギルドとして何かしようにも知れている。
ザラはそれでも動かせる私財からツィーゲに送れる物を検討し始めた。
そして撒かれたビラからクズノハ商会に多くの応援の言葉が届き始めたのはその少し後。
学園都市ロッツガルド、実質ツィーゲ支持。
◇◆◇◆◇◆◇◆
「竜騎士隊の配置変更、ですか? この時期に?」
「はい。北方警備を全解除、西方を重点的に固めて下さい」
「……それはまた思い切った。アイオン王国が今動く兆しは確かにありませんが……」
「ツィーゲの独立を支援します」
「……は?」
「恩は早めに、楽に返せる時に返しておく主義なので。あやうく国内に帝国のスパイを溢れさせる危機から助けてもらった恩がありますからね、ツィーゲには」
「都市の独立……成ると?」
「ねえ……西の山脈、山道の整備かトンネル掘りなんて出来ないかしら」
「自分で国境に穴開けてどうするんですか中宮様」
「じゃ竜騎士隊で当面の支援活動をして下さい。よしなに」
「……」
「よしなに」
「……は。ですが、アイオンとの関係。間違いなく悪化しますぞ」
「それは政治のお話。貴方が気に病む事ではありません」
「ですな。なんだかんだと貴女は一時的にとはいえ巫女様を国に戻された。信じておりますよ」
竜騎士をまとめる男が中宮の下を去る。
ローレル連邦の中宮、彩律は書状を得る前に行動を開始していた。
ツィーゲと元々深い繋がりをもっていた彩律はいち早くアイオン王国とツィーゲを天秤にかけ、そして既にツィーゲを選び取っていた。
ツィーゲを、なのかクズノハ商会を、なのかは彼女のみぞ知るところではあるが。
彩律はアイオン王国を日の沈む国、ツィーゲを日が昇る国と見定め動いている。
「ピクニックローズガーデン、そして林檎。これらが揃っている今のツィーゲで悲劇が生まれるとはとても思えません。場合によっては戦力として竜騎士も動かしてでもツィーゲの独立を支持します」
上手くすれば外国の干渉をも生み出せるかもしれないビラの内容は早速、ただし直接それをまだ見ていない人物の所で最初に効果を見せた。
ローレル連邦中枢、ツィーゲ支持。
ところ変わってこちらは潮騒の街。
ツィーゲからほど近い港街コラン。
至近距離にありながら独立宣言のビラが撒かれる事がなかった、つまりツィーゲサイドの街だ。
「国が冒険者を戦争に徴用する事はギルドが許さない、ってのは常識だけどさ」
「ああ。冒険者の方が戦争に参加する分にはそういえば明確な規制は何も無いな」
「私はギルド云々よりレンブラント商会の方がおっかないわよ……」
「自発的ってのは依頼も含むもんな、俺、久々に札束で顔叩かれた気分だわ」
強者の雰囲気を身に纏った冒険者たちが海を眺めて話している。
その目はどこを見つめるでもなくただ遠くを見ていて、それぞれに思うところがある様子だった。
彼らは荒野で活躍するパーティだった。
本来戦争にも、何ならツィーゲにもそこまで愛着をもっていないチームでもある。
ひたすら己の力を試したい高めたい人物がパーティにいる場合、さほど珍しい例でもない。
むしろ冒険者でもネジが幾つか飛んだ変人がツィーゲでは標準的だったりする。
「蜃気楼都市でもっと力を磨きたいというのに、戦争などという些事に関わらねばならんとはなぁ」
一応このパーティ、ビルギットのリーダーであるビルが呟く。
ツィーゲで一人しかいないレアジョブであるケンカクである彼は、蜃気楼都市で修業する毎日を過ごしていた。
パーティメンバーも高い指揮能力を持つ治癒魔術師、槍使い、水属性のユニークジョブとそこそこに強力な編成であり、密かに高ランク高レベルで名前が売れてきていたビルギットは当然ツィーゲの商人ギルドでも注目された。
そして依頼を受けるという形で実質コラン防衛に配置された、という訳だ。
しばらくお金を気にする必要が無いレベルの報酬だったが、荒野に慣れた彼らにとってこちら側はやや退屈で。
「今回のは正直蜃気楼都市での鍛錬もあるだろうけど、ギットのジョブが原因よね」
「……うん、自覚はある。でもジョブとか冒険者的には一心同体だよ? どうしようもないよね?」
「そうね、悪かったわ」
「でさ。何か良い考え、浮かんだ?」
「……正直、何も。最善をひたすらとしか」
話題が変わったようだが、治癒魔術師ラナイと水属性の術師ギットは特に違和感なく話を続けている。
夕暮れの海が美しい。
コランにも戦火が迫っている事を一瞬忘れる程の赤く染まる絶景だ。
「なービル」
「……なんだ」
「お前の修業馬鹿もさ、もうちっと状況を考えてくれや。次からで良いからよ、な? 仕事とは別口でこういうのは流石にきちぃよ」
「まさかこんな事になるとは思ってなかったんだ。本当だ」
蜃気楼都市での修業にひたすらに打ち込んでいたビル。
だからこそコランなんぞに用はないと依頼ごと最初は断ったのだ。
だが思わぬ所から助言が入った。
師筋からだ。
コランが港町だと知った彼はビルにコランでの新たな修業を提案したのだ。
だからビルは仲間たちと話して、破格の報酬の依頼を受けここにいる。
レンブラント商会という恐ろしく強大な商会からの依頼だけに引き受けなかった場合どうなっていたか、比較的常識的な治癒魔術師と槍使いがひやひやしていたが事なきを得た訳だ。
そしてその修業こそ、彼らを憂鬱にさせているのだ。
「よう、お前ら! ツナさんからの頼みだ、今日も相手してやらあ」
夕暮れ時の海から二つの人影、いや魚影。
そのうちの一人が「手」を挙げてビルらに話しかけた。
ツナと同系統の海王である。
そういえば、ビルたちは浜辺とはいえ街中ながら完全武装で体育座りしていた。
「アン!」
「チョビ!」
ビルとギットが魚影の名を呼ぶ。
ライバルに向けるような口調のようで憎き仇敵に向けるような口調でもある。
「さぁて、今日はもうちっと粘ってくれよ期待の冒険者さんよ?」
「無理スジー!」
アンとチョビと呼ばれた光り物、長くスマートな身体、カタクチイワシに酷似した彼らはこう見えても海王の一員。
蜃気楼都市のツナとは知り合いの様で、このコランでビル達に稽古をつけている。
だがその戦い方、またイワシという点がビルにはどうにも気に入らない様で……。
戦闘開始の合図などなく。
アンとチョビが片手を挙げる。
すると彼らの背後、何もない空中から無数の輝く短剣、いやカタクチイワシが出現した。
「さあ、見事切り抜けてみせよ冒険者よ! 我らが秘術まずは序の口、ガトリングカタクチ!!」
「今日も序の口で終わコンー!!」
鋭い魚の群れが一斉に、容赦なくビル達に向けて撃ち出されていく。
「一対一なら多分負けんのに!! 卑怯だぞおのれら!!」
「後から自分に刺さった魚を食うのはもう嫌!!」
海での戦闘なら一人で軍にも匹敵すると言われるユニークジョブ、オーシャンズワン。
ギットが所有するジョブだ。
しかしそんな彼女であっても同じ海からの使者には無敵という訳ではないのか、必死の形相で絶え間なく降り注ぐ魚群に立ち向かうビルギットの面々。
「おー今日もたくさんのイワシを連れてきてくださった。あの冒険者さんらは凄いお人たちじゃなあ」
「何でも海の守り神みたいな特別なジョブを持った方がおるらしいよ」
「始まったかね。そしたら一時間くらいしたら皆で獲りに戻ろうかね」
「海鳥たちも集まってきた。毎日一回豊漁が増えるなんて、ツィーゲの傘下に入って良かったねえ」
荒野で戦うよりもある意味必死になっている一流の冒険者たちの戦いを前に、コランの漁師、漁民たちが見物に来たり、喝采を送ったりしている。
何とも温度差のある両者だが、コランの最近の日課となっている。
みな、慣れたものだ。
だが確実に今、コランには街の規模とも重要度ともかけ離れた戦力が結集している。
コラン防衛万全なり、である。
極端にいえば革命軍と大差ない。
大国であるアイオンに隙が生まれる機会であっても、他国も魔族との戦いを片手に他国の侵略など容易く出来る訳もなく。
これまでは、あくまでも一つの国の中でのいざこざだった。
アイオンから見て国境でもあるツィーゲにかの国が大軍を派兵し勝負を決しようとした直後。
パトリック=レンブラントが動いた。
「ツィーゲ独立宣言、とは。こう来るか、あの野郎若い頃に戻ってやがるな。楽しそうにほくそえんでるのが目に浮かぶぜ」
主要なヒューマンの国家、近隣都市、黄金街道で繋がる諸都市で盛大にビラが巻かれた。
無論、アイオン王国内でも大量にだ。
為政者、権力者、豪商には直接書状として送られたそれにはデカデカとツィーゲ独立宣言と記されていた。
続く内容はアイオン王国のこれまでの無気力な統治への憤り、いわば独立の大義名分、建前だ。
そして……後にはツィーゲが独立を果たした場合の周辺都市や諸外国との付き合い方について様々な約束が箇条書きにされている。
ここが問題だった。
無事に独立が果たされた暁には何がどうなるか、つまりアイオン国内の付き合いがある都市だけではなく諸外国がツィーゲ独立によって得られるメリットについて、わかりやすく発表して見せたのだ。
支持・支援を約束してくれた場合にはこんな特典を何年は約束する、現代風に言えば世界に向けて公約を公言したようなものだ。
学園都市ロッツガルド。
名指しで届けられた書状の中身を見た旧友ザラは苦笑交じりに遠い街でレンブラントが祭りを始めた事を察する。
これはただの内乱じゃない。
独立を確たる意志で目指しているしその後のビジョンもある。
我々は新たな国になろうとしている。
他人事で傍観してても何の得もないが、こっちに協力するならこんな見返りを考えている。
ちなみに最悪ツィーゲが鎮圧されたら、これまでみたいな取引が維持できる保証なんてないぞ?
この街の商売になれた商人の多くがいなくなるんだからな。
そしてアイオンが優秀な統治者ならこんな事はそもそも起こってないんだ。
これまでより確実に得する関係か、ゼロベースでどうなるかわからない新しい関係か。
さあ、どっちにつく?
書状全体の内容はざっとこんな所だ。
まあアイオン王国への義理。
そもそもの国の規模の違い。
特に国内の都市にとってはそうだろうが、アイオン王国を支持しなかった場合、ツィーゲが独立したからといって自分たちがどうなるのか、など。
穴だらけで、しかも負ける事など一ミリも考えていない、イカれたビラだ。
だが明確なメリットを公言してもいる。
「国内へは揺さぶり。国外にはこれまでの関係が維持される保証が無い事を半ば脅しに使っての支援要請か」
本来ならアイオン王国の端にあるツィーゲが独立したとしてもアイオン王国からの数々の嫌がらせでまともな国家、いや都市運営も危うい未来が予想されるが。
ツィーゲには荒野と黄金街道という特異な武器がある。
そして金も優秀な冒険者も世界で一番集まっている。
ツィーゲでしか手に入らない素材があり、一国家が封鎖できない黄金街道という道も確保されている。
本当に独立が成し遂げられた場合、立地やツィーゲとの関係によっては確かに為政者にとっては悩ましい案件になりうる。
小さくも強大な国家が誕生するかもしれないのだ。
「ふん……この分じゃ四大国、いや中堅国家までは全部やってやがるな。だがアイオンも腐っても大国だ、策を練った所で地力で少しでも張り合えなきゃ潰されるだけだぞパット。どこから自信が出てきてんだか」
小さく溜息を一つ。
顔を上げた彼の表情にはぎらついた目と獰猛な笑みが生まれていた。
ザラは高く澄んだ音のベルを鳴らし、部屋に人を呼ぶ。
ほどなく側近の一人がノックの後入室してきた。
「御用でしょうか」
「ああ、こいつをツィーゲまで最速で届けさせろ」
「かしこまりました」
支持支援を約束する一文とサインを余白に書いて封をし直した書状を側近に持たせたザラ。
「なーにが今ならツィーゲに別荘一個建ててやるぞ、だ。素直に最後のとこだけ書いておくりゃあいいんだよ、ったく。あのみっちみちのツィーゲのどこに建ててくれるんだか……もらえるもんはもらうがよ」
おそらくはザラにだけ書かれたであろう文末の友としての言葉。
一つは、お前が支持するのはまあわかってるが早めならツィーゲに別荘を用意してやろう、というザラが口にした言葉だ。
そしてもう一つは。
俺は俺の夢の為に最初で最後の戦争をするよ。
戦争で儲けるのは御免だと若き日にお互い誓った彼らにとって酷く重い、友の決意の言葉。
「しかしあいつもタイミングが悪ぃな。ロッツガルドもまだまだ物入りな時期だ。多少の金が精一杯、残りは後払いで許せよ」
普段なら人も物資も余っているのがロッツガルド。
しかし今はまだ復興の途中。
学園も街も戦争を支援するような余力は無い。
商人ギルドとして何かしようにも知れている。
ザラはそれでも動かせる私財からツィーゲに送れる物を検討し始めた。
そして撒かれたビラからクズノハ商会に多くの応援の言葉が届き始めたのはその少し後。
学園都市ロッツガルド、実質ツィーゲ支持。
◇◆◇◆◇◆◇◆
「竜騎士隊の配置変更、ですか? この時期に?」
「はい。北方警備を全解除、西方を重点的に固めて下さい」
「……それはまた思い切った。アイオン王国が今動く兆しは確かにありませんが……」
「ツィーゲの独立を支援します」
「……は?」
「恩は早めに、楽に返せる時に返しておく主義なので。あやうく国内に帝国のスパイを溢れさせる危機から助けてもらった恩がありますからね、ツィーゲには」
「都市の独立……成ると?」
「ねえ……西の山脈、山道の整備かトンネル掘りなんて出来ないかしら」
「自分で国境に穴開けてどうするんですか中宮様」
「じゃ竜騎士隊で当面の支援活動をして下さい。よしなに」
「……」
「よしなに」
「……は。ですが、アイオンとの関係。間違いなく悪化しますぞ」
「それは政治のお話。貴方が気に病む事ではありません」
「ですな。なんだかんだと貴女は一時的にとはいえ巫女様を国に戻された。信じておりますよ」
竜騎士をまとめる男が中宮の下を去る。
ローレル連邦の中宮、彩律は書状を得る前に行動を開始していた。
ツィーゲと元々深い繋がりをもっていた彩律はいち早くアイオン王国とツィーゲを天秤にかけ、そして既にツィーゲを選び取っていた。
ツィーゲを、なのかクズノハ商会を、なのかは彼女のみぞ知るところではあるが。
彩律はアイオン王国を日の沈む国、ツィーゲを日が昇る国と見定め動いている。
「ピクニックローズガーデン、そして林檎。これらが揃っている今のツィーゲで悲劇が生まれるとはとても思えません。場合によっては戦力として竜騎士も動かしてでもツィーゲの独立を支持します」
上手くすれば外国の干渉をも生み出せるかもしれないビラの内容は早速、ただし直接それをまだ見ていない人物の所で最初に効果を見せた。
ローレル連邦中枢、ツィーゲ支持。
ところ変わってこちらは潮騒の街。
ツィーゲからほど近い港街コラン。
至近距離にありながら独立宣言のビラが撒かれる事がなかった、つまりツィーゲサイドの街だ。
「国が冒険者を戦争に徴用する事はギルドが許さない、ってのは常識だけどさ」
「ああ。冒険者の方が戦争に参加する分にはそういえば明確な規制は何も無いな」
「私はギルド云々よりレンブラント商会の方がおっかないわよ……」
「自発的ってのは依頼も含むもんな、俺、久々に札束で顔叩かれた気分だわ」
強者の雰囲気を身に纏った冒険者たちが海を眺めて話している。
その目はどこを見つめるでもなくただ遠くを見ていて、それぞれに思うところがある様子だった。
彼らは荒野で活躍するパーティだった。
本来戦争にも、何ならツィーゲにもそこまで愛着をもっていないチームでもある。
ひたすら己の力を試したい高めたい人物がパーティにいる場合、さほど珍しい例でもない。
むしろ冒険者でもネジが幾つか飛んだ変人がツィーゲでは標準的だったりする。
「蜃気楼都市でもっと力を磨きたいというのに、戦争などという些事に関わらねばならんとはなぁ」
一応このパーティ、ビルギットのリーダーであるビルが呟く。
ツィーゲで一人しかいないレアジョブであるケンカクである彼は、蜃気楼都市で修業する毎日を過ごしていた。
パーティメンバーも高い指揮能力を持つ治癒魔術師、槍使い、水属性のユニークジョブとそこそこに強力な編成であり、密かに高ランク高レベルで名前が売れてきていたビルギットは当然ツィーゲの商人ギルドでも注目された。
そして依頼を受けるという形で実質コラン防衛に配置された、という訳だ。
しばらくお金を気にする必要が無いレベルの報酬だったが、荒野に慣れた彼らにとってこちら側はやや退屈で。
「今回のは正直蜃気楼都市での鍛錬もあるだろうけど、ギットのジョブが原因よね」
「……うん、自覚はある。でもジョブとか冒険者的には一心同体だよ? どうしようもないよね?」
「そうね、悪かったわ」
「でさ。何か良い考え、浮かんだ?」
「……正直、何も。最善をひたすらとしか」
話題が変わったようだが、治癒魔術師ラナイと水属性の術師ギットは特に違和感なく話を続けている。
夕暮れの海が美しい。
コランにも戦火が迫っている事を一瞬忘れる程の赤く染まる絶景だ。
「なービル」
「……なんだ」
「お前の修業馬鹿もさ、もうちっと状況を考えてくれや。次からで良いからよ、な? 仕事とは別口でこういうのは流石にきちぃよ」
「まさかこんな事になるとは思ってなかったんだ。本当だ」
蜃気楼都市での修業にひたすらに打ち込んでいたビル。
だからこそコランなんぞに用はないと依頼ごと最初は断ったのだ。
だが思わぬ所から助言が入った。
師筋からだ。
コランが港町だと知った彼はビルにコランでの新たな修業を提案したのだ。
だからビルは仲間たちと話して、破格の報酬の依頼を受けここにいる。
レンブラント商会という恐ろしく強大な商会からの依頼だけに引き受けなかった場合どうなっていたか、比較的常識的な治癒魔術師と槍使いがひやひやしていたが事なきを得た訳だ。
そしてその修業こそ、彼らを憂鬱にさせているのだ。
「よう、お前ら! ツナさんからの頼みだ、今日も相手してやらあ」
夕暮れ時の海から二つの人影、いや魚影。
そのうちの一人が「手」を挙げてビルらに話しかけた。
ツナと同系統の海王である。
そういえば、ビルたちは浜辺とはいえ街中ながら完全武装で体育座りしていた。
「アン!」
「チョビ!」
ビルとギットが魚影の名を呼ぶ。
ライバルに向けるような口調のようで憎き仇敵に向けるような口調でもある。
「さぁて、今日はもうちっと粘ってくれよ期待の冒険者さんよ?」
「無理スジー!」
アンとチョビと呼ばれた光り物、長くスマートな身体、カタクチイワシに酷似した彼らはこう見えても海王の一員。
蜃気楼都市のツナとは知り合いの様で、このコランでビル達に稽古をつけている。
だがその戦い方、またイワシという点がビルにはどうにも気に入らない様で……。
戦闘開始の合図などなく。
アンとチョビが片手を挙げる。
すると彼らの背後、何もない空中から無数の輝く短剣、いやカタクチイワシが出現した。
「さあ、見事切り抜けてみせよ冒険者よ! 我らが秘術まずは序の口、ガトリングカタクチ!!」
「今日も序の口で終わコンー!!」
鋭い魚の群れが一斉に、容赦なくビル達に向けて撃ち出されていく。
「一対一なら多分負けんのに!! 卑怯だぞおのれら!!」
「後から自分に刺さった魚を食うのはもう嫌!!」
海での戦闘なら一人で軍にも匹敵すると言われるユニークジョブ、オーシャンズワン。
ギットが所有するジョブだ。
しかしそんな彼女であっても同じ海からの使者には無敵という訳ではないのか、必死の形相で絶え間なく降り注ぐ魚群に立ち向かうビルギットの面々。
「おー今日もたくさんのイワシを連れてきてくださった。あの冒険者さんらは凄いお人たちじゃなあ」
「何でも海の守り神みたいな特別なジョブを持った方がおるらしいよ」
「始まったかね。そしたら一時間くらいしたら皆で獲りに戻ろうかね」
「海鳥たちも集まってきた。毎日一回豊漁が増えるなんて、ツィーゲの傘下に入って良かったねえ」
荒野で戦うよりもある意味必死になっている一流の冒険者たちの戦いを前に、コランの漁師、漁民たちが見物に来たり、喝采を送ったりしている。
何とも温度差のある両者だが、コランの最近の日課となっている。
みな、慣れたものだ。
だが確実に今、コランには街の規模とも重要度ともかけ離れた戦力が結集している。
コラン防衛万全なり、である。
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