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六章 アイオン落日編
逃した魚の巨大さを知る
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いよいよツィーゲ独立に向けて大きく動くという局面。
僕は学園に残した面倒事を先に片付けておこうと思った。
識との話し合いで講義の方針は粗方決まったし、新しい生徒にしても家庭の事情などが無ければ固まった感がある。
名前と顔が一致するのはまだユンケル君だけ。
そこはおいおい覚えていけば良いと思ってる。
残すはセイレンさんとの約束、シーマさんの処遇くらいだけど、先に済ませられるのはセイレンさんの方。
イズモにはまだしばらく迷惑をかけるけど彼の結婚には僕もそれなりに助力したので我慢してもらいたいところだよね。
なにしろダエナとは違う意味で、もうやる気満々。
毎日が充実していますと言わんばかりに学園生活を送っておられる。
魔建築にも当然の如くのめり込み、今や図書館に通っては魔術と建築の本を読み漁っている始末。
セイレンさんの専門が建築やそっち関係の魔術関連なら僕ももっと気兼ねなく頼めたのに、残念だ。
「私は今日でお暇するが……後はイズモ、お前に任せる。済まないが彼女の研究に少しばかり協力してやって欲しい」
「了解です。先生は意外と正面から頼まれると弱いとこありますよね」
「流石に今回は断っただろう。いくら何でも定期的に彼女の研究の手伝いは出来ないからな」
「……ですが、正直俺も驚きました。先生があそこまで詠唱言語と魔力干渉にお詳しいなんて」
「あれはなぁ……タネ明かしをすると詠唱への姿勢の違いというだけなんだがな」
「姿勢の違いですか?」
「ああ。イズモもその辺り薄々感づいて機動詠唱の概念を生み出したんじゃないかと思ってるんだが、詠唱は暗記するものじゃなく意味を理解し組み上げるもの、という考え方だな」
「……」
「魔力さえ込めれば意味を理解できていなくても詠唱で魔術は発動はする。ただ、それでは全ての術の発動に完全な暗記が必要になる」
「常識ですね」
「そのようだな。だが、詠唱にも当然意味はある。学園に来て詳しい事を知ったが詠唱言語にしてもチャント、という括りで色々あるだろ? なんちゃらチャント、なんちゃらチャントと」
「コモン、グラフ、ノーブル、ウェアード、一応フォルカも。先生、嘘ですよね、知ってましたよね?」
……もちろん、知ってた。
魔力体を覚えた時に色々と図書館の論文も読んだし……選ぶのは基本エヴァさんにお任せだったけど。
しかし僕が普段使ってるのはそのどれでもないし、記憶する意味はそこまで無い、かもしれない。
そんな基本中の基本を、って顔をして僕を見ないで欲しい、イズモ。
「まあ、一応知ってはいる。あまり使わない用語だから適当に流したんだ。まあそのチャントというのも言ってみれば普段我々が使う言語と大して変わりが無い訳だ」
「……いや、全く違いますが。意味を理解する、という点は確かに感覚的に掴みかけてる気はしてますけど」
「そこなんだよ、イズモ君。例えば共通語の挨拶、これだって亜人はそれぞれの母語で別の言葉を挨拶にするだろう?」
「まあ、そうでしょうね」
「エルフだってドワーフだってそうだ。アオトカゲ君たちや、あのオーク、それに先日君らをボコボコにした片割れのクロたちにも挨拶は存在する。つまり詠唱言語だって似たようなもので、どんな魔力を持った人物がどんなものに働きかけるかで適する詠唱が変わる。普通の言語と違うのは使用者の魔力も関係する所だけなんだ」
「……それだとコモンチャントが最適な魔術だってあるという事ですか? 何か納得がいかないような……」
ロッツガルドで最も頻繁に使われているのはコモンチャントだ。
学生でグラフだノーブルだに手を出す輩は少数の優秀な学生に限られる。
まあイズモはその優秀な一人なんだけどさ。
それだけに背伸びしてでもコモンからの脱却を目指す学生も多い。
大抵は逆に弱くなってコモンに戻す。
「詠唱言語の場合は誰が扱うかも問題になる。魔術適正の低い者、魔力の少ない者が扱う魔術はコモンチャントで組むのが一番良い。グラフやノーブルにだってコモンチャントの理解が無ければ組み上げ……とこれはセイレン女史の研究に足を突っ込む話題になるな。よしておくか」
「とても興味深い話になりかけているじゃないですか、お二人とも!」
おう。
まだ彼女の研究室までは距離があるというのに。
何故もう、しかも後ろにいるんだセイレン女史。
「いつもは外出など滅多になさらない方だと聞いていますが……珍しいですね」
「たまには食堂で昼食をと思いまして。帰りにお二人をお見掛けした次第です」
「なるほど」
研究員だって学園施設は利用できる。
くそう、今日はここからこの人の研究トークが始まるのか。
「……」
「何でしょう、私たちの話に何か気になる点が?」
あるんだろう。
そしていつものように牛歩の様なとにかく進まない話が……。
「ええ、山の様に! ですが……どうぞ私の事はいないものとしてお話を続けて頂きたく」
「え?」
イズモだ。
僕も同じ思いだよ。
気になった所はその場で、流れなんか彼方に背負い投げして質問、その途中からまた質問、の繰り返しがこの人のやり方だ。悪気はないんだ。ただとにかく気になった所をそのままにしないだけなんだ、良くも、悪くも。
「こうして、いらっしゃるのに?」
「はい! どうぞ!」
はい、どうぞ、じゃないよ。
無茶苦茶やりにくいわ!
しかしここで止まっている訳にもいかない。
仕方なくイズモと研究室に向かいながら、先ほどまでの話を思い出していく。
「あー……コモンチャントの話だったな」
「ですね。コモンでも使用者によっては最適な言語になると。感覚的にはわかります。グラフやノーブルだと威力や魔力消費のバランスが悪化して結局使いこなせないなんて事、よくありますし」
「感覚も大事だ。自分に合った詠唱言語の選択ももっと注目されるべきポイントだと私は思う。ノーブルはともかく、グラフとコモンはもっと融合して扱われ様々な妥協点が見つけられていくのが良いのではないかと、考えた事もある」
コモンはいわば平仮名、グラフは漢字。
日本語に例えると大体そんな感じだ。
聞けば内容をほぼ理解できるし、齟齬があればノイズ気味に聞こえる僕としては真面目に研究してる人に偉そうに講釈を垂れるのは恥ずかしくもある。
でも熱望されてるから、聞かれた事は一応、答えてる。
その結果が今。
何が正しい選択だったのか。
「コモンとグラフの間ですか。必要、になるのかな」
「皆がイズモ程優秀なら必要ないが、誰もが天才で誰もが自分で直感的に詠唱を組み上げられるものでもない。実用面だけでなく、研究という視点も必要だ。普通は、数多の研究が支えるからこそ実用化する術の幅も増えていく。そういうものだ」
「……魔術師の視点ですかね、それ」
「いや商人の視点だ。無数の発想と閃き、それらを需要と結び付ける者、両方があって新たな商品は生まれていく。研究と商売は近い様で遠く、遠い様で意外と近い存在なんだ」
「先生は魔術師で商人で先生ですもんね。そりゃ発想も奇抜になるか」
「ちなみにチャントの話に戻すと、アオトカゲ君たちは本気詠唱だとウェアードチャントになるぞ」
「!? マジデスカ!?」
「マジデス」
そんな話をしながら僕らは研究室に到着した。
道中本当にセイレンさんは一言も発さず、とてもとても不気味だった。
◇◆◇◆◇◆◇◆
イズモ=オサカベはぐったりとソファーにもたれかかっていた。
研究室のソレはさほど上質なものでもなく、結構不快な硬さが彼の身体を支えている。
空には星が輝いている。
……ずっと前から。
「ではここ! 言語理解! あそこ、聞いてた限りだとライドウ先生は詠唱言語の意味を理解した上で組み上げてるって事になりません!? ありえるんですか!? グラフ、ノーブル、ウェアードなんて高位の詠唱言語を共通語に訳すみたいな感覚で組むなんて! 発音も韻も全く違う、受け手は人ですら無い言語な訳ですよ詠唱は!」
「……できるんじゃないのー? 大体先生はロストチャントって化け物言語で魔術使ってるし、基本無詠唱だし」
「!? 新しい詠唱言語!?」
「!? がっ、やっちまった……!」
「ああ、良かった。死ぬほど途中で質問したかったけど我慢してメモするのに専念して。ライドウ先生は今日までしか来てくれない。でも聞きたい事は山ほどある。なら私は最終日に何をするべきか。先生に好きなだけ話して頂いて後からオサカベ君に質問すればいい! 革命的な発案だわ。もっと早くここに辿り着いておくべきだった……!」
自画自賛しているようなセイレンだが、実は悩みに悩んだ結果数少ない友人に昼食を御馳走する事で相談し、授けられた案に過ぎない。
毎回毎回、話をしている内にライドウの詠唱への知識や理解が何かズレている、というか突き抜けている事に気付いてしまったセイレンは毎度彼を質問攻めにし、肝心のテーマや研究そのものへの質問や議論が全く進んでいない事に悶え苦しんでいた。
彼女にとってはどちらも大事、疎かに出来ない大事なのだ。
遂に迎えてしまった最終回、セイレンは助言通りに聞きに徹し、足をパタパタさせたり回る椅子でグルグルしながら必死で情熱を抑えメモ取りに励んだ。
そして今、ライドウが帰った後。
溢れまくって心のダムが盛大に決壊したセイレンは下流域に思いの丈をぶつけまくり質問という名の濁流で彼を精神的な死に追い詰めつつある、という構図だ。
ライドウがこの有様を見たなら、じっと我慢して今季一押しアニメの最終回を静かに視聴した後、抑えが聞かなくなって深夜のSNSで大爆発するオタク、と評した事だろう。
悲惨な事に相手はネットの海ではなくイズモただ一人だが。
一つや二つ失言したってこの時の彼を責める者はきっといない。
(このままじゃジリ貧だ。何を話してもどっかで振り出しに戻る。そして時間を全く気にしない。この手の人種は昼夜が無い。あるのは課題や研究の区切りだけ。信じられない事にこの話だって俺の機動詠唱の解説から逸れた結果なんだ。大恩ある先生の頼みとはいえ、とんでもないのを掴まされた……!)
この調子だと自分はどれだけこの研究者に付き合わされるのか。
暗澹たる気分になるイズモ。
「で、ではでは! ウェアードチャントを操るらしい魔物を召喚について、ライドウ先生はそれもそのロストチャントで……」
「待った! 話を戻そう。そもそも俺はあんたの研究の一助になればと先生に頼まれてここにいる。役割は機動詠唱の概念解説。だろ?」
「……ええまあ」
明らかにテンションが下がって面白くなさそうなセイレン。
だがイズモもめげない。
こんなどうでもいい事で徹夜などしたくないのだ。
自分自身の戦闘スタイルの構想に構築、魔建築の映像分析。
やりたい事は彼にだって沢山あるのだから。
「なら、まずはそこを進めよう」
「いえ。機動詠唱は詠唱終了後のワードの再利用を軸にした技術です。その理解の為には詠唱の意味をどのレベルで理解し再利用するパーツを選別しているのか、オサカベ君の詠唱そのものへの考え方を知る必要があります」
「お、おう……」
「つまり、貴方がその技術を思いつき実用化するまでの全てに影響を与えたであろうライドウ先生の思考を知っておく必要もあるという事です」
「何故にそうなる。こじつけエグイぞ、あんた!」
「そうなるんです!! 先生がもう来てくれないなら貴方を通じて知るしかないでしょう!?」
「ならんわ! 逆ギレすんなよ! 大体な、あんたが、その、ライドウ先生をフッたんだろ!? 頷いときゃ飯時でもデート中でもベッドでも好きなだけ大好きな詠唱バナシが出来たじゃんか!? 今更俺で帳尻全部合わすのは勘弁だぞ!?」
「……」
「はぁ……はぁ……」
「……そんなのわかってますからー!! しょうがないでしょ、あんな超人だったなんてまるで知らなかったんだから! 大体ですね、聞いてますよ!? 君たちだって最初ライドウ先生の講義かなり舐めた態度で受けに行ったって!」
「関係ないねー! 大体ロストチャントも知らなかった研究者じゃ死ぬまで篭ったって先生の足元にも辿り着けんわ! あの人はマジで無茶苦茶なんだぞ!」
「そんなの最初にここに来た時に、イムニ? 炎を指示する言葉なんですよね、だったらセイレンさんならイグノアのが合ってるんじゃないですか? とかさらっと言われた時に思い知らされたわ! 効率も威力も跳ね上がったけど未だにあの変化の意味がわかんないんだよ、こっちは!!」
ライドウの前では比較的大人しくしているセイレンだが、イズモの前だと完全に素である。
時々言葉遣いも程々に乱暴である。
「はぁ!? イムニのままじゃあんたの魔力量じゃ無駄に消費するだけだからだろ? イグノアにすると……多分、あー感覚だけど炎、じゃなくてより多くの炎、的な感じになるからだよ! 知らんけど!」
「それ! それ! その感覚ってのがまだ噛み砕けないの! 私もうテーマも変える! オサカベ君がライドウ先生から感じ取ったそこんとこ詳しくよろ!」
メモ取り準備万端のセイレン。
思わず立ち上がるイズモ。
「よろ! じゃねえ! だから付き合っときゃ――」
「言うなー!! それはもう言うなー!!」
セイレンも立ち上がってイズモの言葉を全力で遮る。
逃した魚がいかほどのものだったか。
セイレンの荒れた酒はまだまだ続き、行きつけラヴィドールのマスターは予想外の展開に首を傾げる事になる。
この二人、いや四人の関係はライドウが当初思っていたよりもずっと長く、存外に深く続き。
その過程で生まれた数々の功績や発見は主にローレルに大きな利益を生み出していくのだが……当のイズモでさえ今はまだまるで他人事のようで。
ひとまず電撃学生結婚したイズモが早くも年増に手を出したらしいという不本意な噂が新たに生まれる事で、ライドウとセイレンの関係について彼女が被害を被る事は少なくなっていったのだった。
僕は学園に残した面倒事を先に片付けておこうと思った。
識との話し合いで講義の方針は粗方決まったし、新しい生徒にしても家庭の事情などが無ければ固まった感がある。
名前と顔が一致するのはまだユンケル君だけ。
そこはおいおい覚えていけば良いと思ってる。
残すはセイレンさんとの約束、シーマさんの処遇くらいだけど、先に済ませられるのはセイレンさんの方。
イズモにはまだしばらく迷惑をかけるけど彼の結婚には僕もそれなりに助力したので我慢してもらいたいところだよね。
なにしろダエナとは違う意味で、もうやる気満々。
毎日が充実していますと言わんばかりに学園生活を送っておられる。
魔建築にも当然の如くのめり込み、今や図書館に通っては魔術と建築の本を読み漁っている始末。
セイレンさんの専門が建築やそっち関係の魔術関連なら僕ももっと気兼ねなく頼めたのに、残念だ。
「私は今日でお暇するが……後はイズモ、お前に任せる。済まないが彼女の研究に少しばかり協力してやって欲しい」
「了解です。先生は意外と正面から頼まれると弱いとこありますよね」
「流石に今回は断っただろう。いくら何でも定期的に彼女の研究の手伝いは出来ないからな」
「……ですが、正直俺も驚きました。先生があそこまで詠唱言語と魔力干渉にお詳しいなんて」
「あれはなぁ……タネ明かしをすると詠唱への姿勢の違いというだけなんだがな」
「姿勢の違いですか?」
「ああ。イズモもその辺り薄々感づいて機動詠唱の概念を生み出したんじゃないかと思ってるんだが、詠唱は暗記するものじゃなく意味を理解し組み上げるもの、という考え方だな」
「……」
「魔力さえ込めれば意味を理解できていなくても詠唱で魔術は発動はする。ただ、それでは全ての術の発動に完全な暗記が必要になる」
「常識ですね」
「そのようだな。だが、詠唱にも当然意味はある。学園に来て詳しい事を知ったが詠唱言語にしてもチャント、という括りで色々あるだろ? なんちゃらチャント、なんちゃらチャントと」
「コモン、グラフ、ノーブル、ウェアード、一応フォルカも。先生、嘘ですよね、知ってましたよね?」
……もちろん、知ってた。
魔力体を覚えた時に色々と図書館の論文も読んだし……選ぶのは基本エヴァさんにお任せだったけど。
しかし僕が普段使ってるのはそのどれでもないし、記憶する意味はそこまで無い、かもしれない。
そんな基本中の基本を、って顔をして僕を見ないで欲しい、イズモ。
「まあ、一応知ってはいる。あまり使わない用語だから適当に流したんだ。まあそのチャントというのも言ってみれば普段我々が使う言語と大して変わりが無い訳だ」
「……いや、全く違いますが。意味を理解する、という点は確かに感覚的に掴みかけてる気はしてますけど」
「そこなんだよ、イズモ君。例えば共通語の挨拶、これだって亜人はそれぞれの母語で別の言葉を挨拶にするだろう?」
「まあ、そうでしょうね」
「エルフだってドワーフだってそうだ。アオトカゲ君たちや、あのオーク、それに先日君らをボコボコにした片割れのクロたちにも挨拶は存在する。つまり詠唱言語だって似たようなもので、どんな魔力を持った人物がどんなものに働きかけるかで適する詠唱が変わる。普通の言語と違うのは使用者の魔力も関係する所だけなんだ」
「……それだとコモンチャントが最適な魔術だってあるという事ですか? 何か納得がいかないような……」
ロッツガルドで最も頻繁に使われているのはコモンチャントだ。
学生でグラフだノーブルだに手を出す輩は少数の優秀な学生に限られる。
まあイズモはその優秀な一人なんだけどさ。
それだけに背伸びしてでもコモンからの脱却を目指す学生も多い。
大抵は逆に弱くなってコモンに戻す。
「詠唱言語の場合は誰が扱うかも問題になる。魔術適正の低い者、魔力の少ない者が扱う魔術はコモンチャントで組むのが一番良い。グラフやノーブルにだってコモンチャントの理解が無ければ組み上げ……とこれはセイレン女史の研究に足を突っ込む話題になるな。よしておくか」
「とても興味深い話になりかけているじゃないですか、お二人とも!」
おう。
まだ彼女の研究室までは距離があるというのに。
何故もう、しかも後ろにいるんだセイレン女史。
「いつもは外出など滅多になさらない方だと聞いていますが……珍しいですね」
「たまには食堂で昼食をと思いまして。帰りにお二人をお見掛けした次第です」
「なるほど」
研究員だって学園施設は利用できる。
くそう、今日はここからこの人の研究トークが始まるのか。
「……」
「何でしょう、私たちの話に何か気になる点が?」
あるんだろう。
そしていつものように牛歩の様なとにかく進まない話が……。
「ええ、山の様に! ですが……どうぞ私の事はいないものとしてお話を続けて頂きたく」
「え?」
イズモだ。
僕も同じ思いだよ。
気になった所はその場で、流れなんか彼方に背負い投げして質問、その途中からまた質問、の繰り返しがこの人のやり方だ。悪気はないんだ。ただとにかく気になった所をそのままにしないだけなんだ、良くも、悪くも。
「こうして、いらっしゃるのに?」
「はい! どうぞ!」
はい、どうぞ、じゃないよ。
無茶苦茶やりにくいわ!
しかしここで止まっている訳にもいかない。
仕方なくイズモと研究室に向かいながら、先ほどまでの話を思い出していく。
「あー……コモンチャントの話だったな」
「ですね。コモンでも使用者によっては最適な言語になると。感覚的にはわかります。グラフやノーブルだと威力や魔力消費のバランスが悪化して結局使いこなせないなんて事、よくありますし」
「感覚も大事だ。自分に合った詠唱言語の選択ももっと注目されるべきポイントだと私は思う。ノーブルはともかく、グラフとコモンはもっと融合して扱われ様々な妥協点が見つけられていくのが良いのではないかと、考えた事もある」
コモンはいわば平仮名、グラフは漢字。
日本語に例えると大体そんな感じだ。
聞けば内容をほぼ理解できるし、齟齬があればノイズ気味に聞こえる僕としては真面目に研究してる人に偉そうに講釈を垂れるのは恥ずかしくもある。
でも熱望されてるから、聞かれた事は一応、答えてる。
その結果が今。
何が正しい選択だったのか。
「コモンとグラフの間ですか。必要、になるのかな」
「皆がイズモ程優秀なら必要ないが、誰もが天才で誰もが自分で直感的に詠唱を組み上げられるものでもない。実用面だけでなく、研究という視点も必要だ。普通は、数多の研究が支えるからこそ実用化する術の幅も増えていく。そういうものだ」
「……魔術師の視点ですかね、それ」
「いや商人の視点だ。無数の発想と閃き、それらを需要と結び付ける者、両方があって新たな商品は生まれていく。研究と商売は近い様で遠く、遠い様で意外と近い存在なんだ」
「先生は魔術師で商人で先生ですもんね。そりゃ発想も奇抜になるか」
「ちなみにチャントの話に戻すと、アオトカゲ君たちは本気詠唱だとウェアードチャントになるぞ」
「!? マジデスカ!?」
「マジデス」
そんな話をしながら僕らは研究室に到着した。
道中本当にセイレンさんは一言も発さず、とてもとても不気味だった。
◇◆◇◆◇◆◇◆
イズモ=オサカベはぐったりとソファーにもたれかかっていた。
研究室のソレはさほど上質なものでもなく、結構不快な硬さが彼の身体を支えている。
空には星が輝いている。
……ずっと前から。
「ではここ! 言語理解! あそこ、聞いてた限りだとライドウ先生は詠唱言語の意味を理解した上で組み上げてるって事になりません!? ありえるんですか!? グラフ、ノーブル、ウェアードなんて高位の詠唱言語を共通語に訳すみたいな感覚で組むなんて! 発音も韻も全く違う、受け手は人ですら無い言語な訳ですよ詠唱は!」
「……できるんじゃないのー? 大体先生はロストチャントって化け物言語で魔術使ってるし、基本無詠唱だし」
「!? 新しい詠唱言語!?」
「!? がっ、やっちまった……!」
「ああ、良かった。死ぬほど途中で質問したかったけど我慢してメモするのに専念して。ライドウ先生は今日までしか来てくれない。でも聞きたい事は山ほどある。なら私は最終日に何をするべきか。先生に好きなだけ話して頂いて後からオサカベ君に質問すればいい! 革命的な発案だわ。もっと早くここに辿り着いておくべきだった……!」
自画自賛しているようなセイレンだが、実は悩みに悩んだ結果数少ない友人に昼食を御馳走する事で相談し、授けられた案に過ぎない。
毎回毎回、話をしている内にライドウの詠唱への知識や理解が何かズレている、というか突き抜けている事に気付いてしまったセイレンは毎度彼を質問攻めにし、肝心のテーマや研究そのものへの質問や議論が全く進んでいない事に悶え苦しんでいた。
彼女にとってはどちらも大事、疎かに出来ない大事なのだ。
遂に迎えてしまった最終回、セイレンは助言通りに聞きに徹し、足をパタパタさせたり回る椅子でグルグルしながら必死で情熱を抑えメモ取りに励んだ。
そして今、ライドウが帰った後。
溢れまくって心のダムが盛大に決壊したセイレンは下流域に思いの丈をぶつけまくり質問という名の濁流で彼を精神的な死に追い詰めつつある、という構図だ。
ライドウがこの有様を見たなら、じっと我慢して今季一押しアニメの最終回を静かに視聴した後、抑えが聞かなくなって深夜のSNSで大爆発するオタク、と評した事だろう。
悲惨な事に相手はネットの海ではなくイズモただ一人だが。
一つや二つ失言したってこの時の彼を責める者はきっといない。
(このままじゃジリ貧だ。何を話してもどっかで振り出しに戻る。そして時間を全く気にしない。この手の人種は昼夜が無い。あるのは課題や研究の区切りだけ。信じられない事にこの話だって俺の機動詠唱の解説から逸れた結果なんだ。大恩ある先生の頼みとはいえ、とんでもないのを掴まされた……!)
この調子だと自分はどれだけこの研究者に付き合わされるのか。
暗澹たる気分になるイズモ。
「で、ではでは! ウェアードチャントを操るらしい魔物を召喚について、ライドウ先生はそれもそのロストチャントで……」
「待った! 話を戻そう。そもそも俺はあんたの研究の一助になればと先生に頼まれてここにいる。役割は機動詠唱の概念解説。だろ?」
「……ええまあ」
明らかにテンションが下がって面白くなさそうなセイレン。
だがイズモもめげない。
こんなどうでもいい事で徹夜などしたくないのだ。
自分自身の戦闘スタイルの構想に構築、魔建築の映像分析。
やりたい事は彼にだって沢山あるのだから。
「なら、まずはそこを進めよう」
「いえ。機動詠唱は詠唱終了後のワードの再利用を軸にした技術です。その理解の為には詠唱の意味をどのレベルで理解し再利用するパーツを選別しているのか、オサカベ君の詠唱そのものへの考え方を知る必要があります」
「お、おう……」
「つまり、貴方がその技術を思いつき実用化するまでの全てに影響を与えたであろうライドウ先生の思考を知っておく必要もあるという事です」
「何故にそうなる。こじつけエグイぞ、あんた!」
「そうなるんです!! 先生がもう来てくれないなら貴方を通じて知るしかないでしょう!?」
「ならんわ! 逆ギレすんなよ! 大体な、あんたが、その、ライドウ先生をフッたんだろ!? 頷いときゃ飯時でもデート中でもベッドでも好きなだけ大好きな詠唱バナシが出来たじゃんか!? 今更俺で帳尻全部合わすのは勘弁だぞ!?」
「……」
「はぁ……はぁ……」
「……そんなのわかってますからー!! しょうがないでしょ、あんな超人だったなんてまるで知らなかったんだから! 大体ですね、聞いてますよ!? 君たちだって最初ライドウ先生の講義かなり舐めた態度で受けに行ったって!」
「関係ないねー! 大体ロストチャントも知らなかった研究者じゃ死ぬまで篭ったって先生の足元にも辿り着けんわ! あの人はマジで無茶苦茶なんだぞ!」
「そんなの最初にここに来た時に、イムニ? 炎を指示する言葉なんですよね、だったらセイレンさんならイグノアのが合ってるんじゃないですか? とかさらっと言われた時に思い知らされたわ! 効率も威力も跳ね上がったけど未だにあの変化の意味がわかんないんだよ、こっちは!!」
ライドウの前では比較的大人しくしているセイレンだが、イズモの前だと完全に素である。
時々言葉遣いも程々に乱暴である。
「はぁ!? イムニのままじゃあんたの魔力量じゃ無駄に消費するだけだからだろ? イグノアにすると……多分、あー感覚だけど炎、じゃなくてより多くの炎、的な感じになるからだよ! 知らんけど!」
「それ! それ! その感覚ってのがまだ噛み砕けないの! 私もうテーマも変える! オサカベ君がライドウ先生から感じ取ったそこんとこ詳しくよろ!」
メモ取り準備万端のセイレン。
思わず立ち上がるイズモ。
「よろ! じゃねえ! だから付き合っときゃ――」
「言うなー!! それはもう言うなー!!」
セイレンも立ち上がってイズモの言葉を全力で遮る。
逃した魚がいかほどのものだったか。
セイレンの荒れた酒はまだまだ続き、行きつけラヴィドールのマスターは予想外の展開に首を傾げる事になる。
この二人、いや四人の関係はライドウが当初思っていたよりもずっと長く、存外に深く続き。
その過程で生まれた数々の功績や発見は主にローレルに大きな利益を生み出していくのだが……当のイズモでさえ今はまだまるで他人事のようで。
ひとまず電撃学生結婚したイズモが早くも年増に手を出したらしいという不本意な噂が新たに生まれる事で、ライドウとセイレンの関係について彼女が被害を被る事は少なくなっていったのだった。
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