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六章 アイオン落日編
償いは十分に速やかに(後)
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「ああ、セイレン=ガルメナか」
「ご、ご存知ですか」
「お前が思わず告白する程タイプの女なんだろう? 今学園都市で暮らしてる奴なら大抵知ってる」
商人、までとは。
ロッツガルド学園関係者のみならず一般の人や商人にまで知れ渡っているとなると彼女、相当苦しかったんでは。
イズモの機動詠唱と、後は研究への支援をいくらか、僕らの関係は悪くはないって事を説明するだけでは不十分かもしれない……。
「どうも彼女、私とのエピソードで随分な目に遭っていると最近耳にしたもので」
「まあな。学園都市の救世主にして聖人の如き人格者、若くして大国から引く手あまたの商人。背と顔に目を瞑ればおよそ欠点の見当たらない、超の付く玉の輿から脱兎の如く全力疾走で逃げ出した女として笑いものと嫌われもの、両方で現状街のトップじゃないか?」
「……」
なんてこったい。
ザラさんがここまで言うなら恐らくは事実。
しかも自分への評価を聞いて背中が痒くて仕方なくなるという副産物まで付いてきた。
事実ってのは一つしかないけど、それを目にしたり聞いたりした人が正しく認識していてくれるとは限らない。
今回の場合はあの時に巴や澪、識が最大限僕らの利益を高めるように徹底的に動いてくれたから余計に都合よく印象も操作されているみたいだ。
「とはいえ、セイレンにはお前も大概な目に遭わされてるだろう。告白したら全力で走って逃げられるなんてのは、男としても臨時講師としても下手をすれば立場も危うくなっていたかもしれん。別にこの話自体お前が広めたものでもないんだ、気にするだけ損だぞ」
「その告白には色々と事情があるので私だってカウントしたくもありませんが。私自身じゃないにしろ結局内から広まったようなものでしょうから、多少の責任は感じております」
誰の指示かはわからないけど、ウチの従業員がこちらに害は出ないとみてそれとなく拡散した、ってとこだろうな。
「……いや? お前から告白されたが冗談じゃないと逃げてやった、という話は元々セイレンがお前との関係を断じて誤解されたくなくて言いふらしたはずだが?」
……セーイーレーン。
いや、ありがとう。
さっきまで罪悪感で大分気が重くなっていたところだったけど、ああそう。
セイレンさんが自分で話を広めてたんだ。
なら少しは僕も気が楽だ。
変異体事件や僕らが面倒みたジン達の成長のバックにある講義の所為で、結果として自分への風当たりが強くなったと。
なんだ、軽く自爆か。
不思議と自爆ってとこに親近感も湧いてきた。
愛情は全く感じないまま、セイレンへの好感度は何故か少し上がった僕だった。
「……」
「ライドウ?」
「てっきり、ウチの店員が言いふらしたのかとばかり思っておりました」
「エリスさん辺りか? それは無いだろう。彼女もお前への忠誠は基本しっかりしたものだぞ。もう少し部下を信じてやった方が良い」
「ええ、そうします。で、ザラさん。僕としてはセイレンさんに少しばかり、せめての詫びとして援助をと考えているんですが。学園の研究者への援助って商人が行う場合はどうするのが上手いやり方なんでしょう」
「……詫び。詫びはむしろお前がしてもらう方だ……と言いたくなるが置いておこう。別に普通に事務局から手続きをすれば問題あるまい。この場合儲けや契約の抜け道などというテクニックは関係なく、ただの謝罪の意を込めたものなんだろう? なら真正面から普通にすればいい。顔を合わせる必要もないぞ」
大概、援助だと金や物を貰えば礼状や顔を出してのお礼はあってしかるべきだが、それも本人が出ていく必要はないとの事。
商会の名前で渡したい金額や物資を事務局に預けるだけで問題なく事は済むと。
ザラさんは丁寧に教えてくれた。
「あ、それで問題なしですか。商売を意識はしてませんでしたが、もしかしたら商人がすべき作法でもあるのかと気にしてました」
「共同研究などで儲けの種が出来そうな場合なんかだと、最初に利益の分配、権利の詳細は明らかにしておかんとほぼ確実にトラブルになる。凄まじく面倒だし相手は漏れなく学園だ。手を組む相手の派閥や研究費、開発期間も細かすぎる程に詰めておかないと絶対に後悔する事になるな。そういう案件ならギルドでも契約書の作成補助をはじめとして色々とサポートは可能だ」
「いつかの参考にさせて頂きます」
「しかしだ。本当にセイレンを援助するのか? 正確には、お前が金を出すのは彼女の研究という事になるんだぞ?」
?
「ええ、その気でいますが。何か問題が?」
確かセイレンさんの専門は詠唱の基礎分野だ。
魔術の研究としては至極普通っぽいし、危険な実験とかマッドな発想も無縁じゃないか?
「研究分野を知らないのか?」
「一応把握してます。詠唱の基礎分野だとか」
「そうだ。まず一銭の金にもならん」
基礎分野の研究と聞いて儲かりはしないだろうなと思ってた。
ザラさんの口ぶりからすると大正解だったようだ。
「ああ……」
「一応、魔術という金に直結する分野の末端には存在する。しかし俺に言わせればアレは昔の文学や詩を図書館から掘り出してきて、あの表現はどうだとか執筆期の作者の背景だとか。そういうどうでもいいような事を延々と細かく細かく調べるのと何ら変わらん。皆が求めているのはその優れた作品そのものであって、考察なんぞ二の次で構わないと言っているのに耳を貸そうともしやがらん! さっさと作品を掘り出してまとめろとスポンサーが命令しているのにページの隅をつつくのに夢中になる!」
大分熱が入ってる。
これは、過去に何かあったんだな。
「……同じ人種に痛い目を見た事があるんですね」
「それはもう最悪の目にな! お前らの道楽に金を出してるんじゃない、と。こんな基本的な事すらすぐに忘れる連中だからな。金のならない研究に身を捧げる人種なんてのは」
「ちなみに、ザラさんはどんな研究にお金を?」
「俺はこう見えても読書が好きな方でな。とある過去の文豪の作品をまとめて保存しておきたくなった事がある」
い、意外すぎる。
こう見えても、がこれほどクリティカルな趣味もそうそうない。
ザラさんが読書好き。
文豪って事は小説とか読む人なのか。
ジャンルが気になる……!
「小説、お好きだったんですか」
「ん、ああ。最初は仕事の助けになるかと紀行を中心に読み漁っていた。その延長で地方の文化に精通しておく一環として有名な作家の代表作なんかに目を通している内にすっかり、という訳だ」
「なる、ほど」
「で、趣味と学問への貢献と、わずかばかりの売れ行きに期待してここの研究者に全集作成を持ちかけた」
「でも売れなかったと」
「全集なのにさっき話したような様子でまともに収集が進まなかったんだ。結局予定の半分の厚さで第一巻を出して終わりになった」
「……」
最悪すぎるな、それ。
「ま、実在も疑われるような大昔の人物だったからな。彼女の作品と特定するだけでも一苦労だったという、一応の言い訳もある」
「専門の研究者なら特定して全集も出来るだろうと見込んでいたのにそれでは、確かに怒りたくもなりますね」
「そういう事だ」
「後学の為にその作家さんの名前を教えてもらってもいいですか? 私も時間を見つけて読んでみようかと」
「……お前が、読書?」
「なんでやねん」
「ん?」
「あ、いえ。失礼しました」
僕の想定や心の声と全く逆の状況が完成したんでついツッコミが。
確かに最近読書なんてあまりしてない。
でも本来は、この世界に来るまでは結構本を読んでたんです!
だから巴も僕自身が忘れてるような本の知識を掘り返したりできるんです!
「まあいい。世辞でも嬉しいものだしな。彼女は一説にはローレルの初代巫女、伝説的な女性だったと言われていて」
ローレル?
んん?
初代、巫女?
「名をヒヅナという」
「ヒヅナ……緋綱」
「どうした、妙な顔をして」
「あ……実は最近、中宮様のお招きでローレルのカンナオイという街に出向いておりましたので」
生きてる。
生きてますよ。
その大昔の文豪さん。
「ああ。聞いている。カンナオイの領主家から直々に出入りを許されたとか」
「流石、ザラさん。はい、成り行きでナオイとカンナオイに出入りを許されまして」
「……ナオイ、首都もか。それはまだ知らなかったな。大した商売をしてきたようじゃないか」
商売、というか。
クーデターの鎮圧と言いましょうか。
お転婆姫とお婿さんのボーイミーツガールの脇役と言いましょうか。
やめとこ。
ただでさえ殲滅商人とか地雷商人とか切ない呼び方されてるんだ。
自分で傷口を広げることはない。
「周りに助けられました」
「どうだか。お前自身も巡り合わせを力に変える、そんな星の下に在る気はしてきてる」
「だといいんですが」
「ついでにな」
「はい?」
「そのクソ研究者なんだが」
「ああ、はい」
「ペンス=ガルメナと言うんだ」
「……ガルメナ」
「ああ、ガルメナだ」
「あの、もしかして」
「セイレン=ガルメナは俺の知り合いの姪だ」
「……世間って、狭いもんですよね」
「全くな。これも何かの縁だ、この件、俺からも謝罪や援助の件、良く言い含めておこう」
「本当に助かります。よろしくお願いします!」
「おう。! !? !!」
「ザラさん?」
突如、ザラさんが立派な執務机に腰かけたまま顔の前で両手でバツ印を作った。
シュバって感じで。
あ、また。
なんだ、対面する僕にクロスチョップでもかますつもりか?
何の失態もしていないのにそれはご免被りますよ?
「すまんな。少し念話の相手と話がこじれた」
「念話。ザラさん、念話を直接扱えたんですか!?」
という事はザラさんは魔術師兼商人なのか!?
凄い経歴じゃないか。
「あ、いや……まあ中継とかな、その色々、ともかく! 内密に頼む」
「? わかり、ました」
妙に端切れが悪いザラさん。
話の一つはまとまったから、まあ良いんだけど。
「そ、そうだ! ライドウ、セイレンへの援助内容はどんなものにするのか、もう決めているのか?」
「はい。そちらはもう。詠唱の基礎分野研究にかかるお金については部下の識が詳しかったもので、十分な金額をと試算してもらったところ、金貨で500枚もあれば大体のテーマを突き詰めるのに十分だろうと。あと、私が講義をしている生徒で一人、面白い詠唱理論、いや技術になるのか、それなりの形にした子がいまして。彼に確認を取った所、詠唱の研究に役立つなら詳しく説明しても構わないと了解を――」
「本当に!?!?」
「え」
「……バカが。俺の苦労を無にしやがって……」
考えていた援助をザラさんに説明していると、僕の後方左手にあるクローゼットがバンと勢いよく開いた。
同時に飛び出してきた白衣の女性。
へ?
正面のザラさんに視線を戻すと苦渋の表情。
へ?
「??」
待て。
待って欲しい。
ザラさんの部屋のクローゼットから、白衣の女?
「あー、ライドウ」
「す、すみません! もしかして、物凄く間の悪い時に来てしまってました!?」
「……断じて違う。ん? そんな気遣いがお前が出来るとなると……ライドウ、もしかしてどこぞの女と」
「え、あ、いやいや! え。じゃこの女性は、どなた? でしょうか?」
何故そういう勘を働かせるのか、この人は!
「はぁ!?」
今度は白衣の女性から大声。
なんなんだ、一体!?
「あー、ライドウ」
「はい、はい」
「これがセイレンだ。セイレン=ガルメナ」
でぃすいず、せいれん。
これがセイレン。
……おお!!
「あー……今回は、その、辛い経験をなさっているとの事で……お気の毒様です」
ひとまず、心労をいたわっておく。
自己紹介、というのもおかしな間柄だし。
「どうもご丁寧に!」
「ライドウ、お前本当にセイレンの顔忘れてたんだな……ある意味、いや、やっぱり凄いなお前は」
どういう理由かはともかく、ザラさんのとこにセイレンさんが来ている時に僕が来訪したって事か。
会うべき人に会えた、まあ良かった、のかな。
「や。告白がどうの、などという事で女性を苦しめていたとは露知らず。本当に申し訳ありませんでした。ささやかですがお詫びを受け取ってもらえれば、私も助かるのですが」
さくっと本題へ。
「あのねぇ! ……そう、それよ」
「はい?」
ヒステリックな怒りから罵詈雑言がマシンガンかと覚悟していたら、妙な雰囲気でセイレンさんが僕をじっと見る。
「イズモ=イクサベの使ってる詠唱。あれを私に、彼が、詳しく、説明してくれるの?」
一言一句を確かめるように、彼女は聞いてきた。
「え、ああ。つい先ほど、彼に頼みました。ちゃんと本人にも納得してもらえています」
「私がお願いした時は鼻で笑ったのに?」
「そう、でしたか」
「それに、研究費に金貨500? それも、本当?」
「ええ、貴女の研究に役立てて頂ければ。周囲の環境につきましても、すぐにとはいかないでしょうが責任をもってあの告白以前程度までには戻すべく努力します」
「信じられない……本当にそこまで、してくれるの? 私に、貴方が? どうして?」
主に僕の居心地が悪いから。
でも口に出さない程度には僕も学習してる。
とはいえ、ここからどう返そうかは正直よくわからない。
今まで通り、詠唱の研究に励んでくれればそれで終わりで良いと思う。
ただ、それだけだ。
「……信じ難くとも、ライドウという商人はそれをやってのけるんだセイレン。さて、こうなればお前もしなければならん事があるんじゃないか?」
「う」
「被害者が先に頭を下げて心を尽くしてくれているんだぞ? 何度も言ったが、受けた実害の大小は別にしてこの件ではライドウはむしろ被害者で、加害者がお前だな?」
「……はい。ライドウ先生、私こそ申し訳ありませんでした」
セイレンが僕に頭を下げた。
そして続けて告白にまつわる事を彼女も謝ってくれた。
ザラさんが潤滑油になってくれたようで、凄くスムーズに手打ちは終わった。
って、手打ちって!
また巴に汚染された言葉がスムーズに出てくる!
あいつの言葉遣い、時々江戸なのか任侠なのかわからなくなる時があるから下手に伝染ると怖いんだよな……。
良かった良かった。
「と言う事で、ザラさん。実はもう一つ鑑定団の事でお聞きしたい事があるんですけど」
「ネチーキトスか」
これもやっぱり知ってるか。
「ら、ライドウ先生。私も、後で構わないですから研究費と詠しょ、いえイクサベ君の事を詳しく……」
セイレンさんも居残る気か。
あれ。
イズモって結婚して、確かいろはちゃんの家に入るような事を言ってたから……今はイクサベじゃなくてオサカベなのか?
それとも学園ではこれまで通りイクサベで通すのか。
しまった、さっき聞いておけば良かった。
「ご、ご存知ですか」
「お前が思わず告白する程タイプの女なんだろう? 今学園都市で暮らしてる奴なら大抵知ってる」
商人、までとは。
ロッツガルド学園関係者のみならず一般の人や商人にまで知れ渡っているとなると彼女、相当苦しかったんでは。
イズモの機動詠唱と、後は研究への支援をいくらか、僕らの関係は悪くはないって事を説明するだけでは不十分かもしれない……。
「どうも彼女、私とのエピソードで随分な目に遭っていると最近耳にしたもので」
「まあな。学園都市の救世主にして聖人の如き人格者、若くして大国から引く手あまたの商人。背と顔に目を瞑ればおよそ欠点の見当たらない、超の付く玉の輿から脱兎の如く全力疾走で逃げ出した女として笑いものと嫌われもの、両方で現状街のトップじゃないか?」
「……」
なんてこったい。
ザラさんがここまで言うなら恐らくは事実。
しかも自分への評価を聞いて背中が痒くて仕方なくなるという副産物まで付いてきた。
事実ってのは一つしかないけど、それを目にしたり聞いたりした人が正しく認識していてくれるとは限らない。
今回の場合はあの時に巴や澪、識が最大限僕らの利益を高めるように徹底的に動いてくれたから余計に都合よく印象も操作されているみたいだ。
「とはいえ、セイレンにはお前も大概な目に遭わされてるだろう。告白したら全力で走って逃げられるなんてのは、男としても臨時講師としても下手をすれば立場も危うくなっていたかもしれん。別にこの話自体お前が広めたものでもないんだ、気にするだけ損だぞ」
「その告白には色々と事情があるので私だってカウントしたくもありませんが。私自身じゃないにしろ結局内から広まったようなものでしょうから、多少の責任は感じております」
誰の指示かはわからないけど、ウチの従業員がこちらに害は出ないとみてそれとなく拡散した、ってとこだろうな。
「……いや? お前から告白されたが冗談じゃないと逃げてやった、という話は元々セイレンがお前との関係を断じて誤解されたくなくて言いふらしたはずだが?」
……セーイーレーン。
いや、ありがとう。
さっきまで罪悪感で大分気が重くなっていたところだったけど、ああそう。
セイレンさんが自分で話を広めてたんだ。
なら少しは僕も気が楽だ。
変異体事件や僕らが面倒みたジン達の成長のバックにある講義の所為で、結果として自分への風当たりが強くなったと。
なんだ、軽く自爆か。
不思議と自爆ってとこに親近感も湧いてきた。
愛情は全く感じないまま、セイレンへの好感度は何故か少し上がった僕だった。
「……」
「ライドウ?」
「てっきり、ウチの店員が言いふらしたのかとばかり思っておりました」
「エリスさん辺りか? それは無いだろう。彼女もお前への忠誠は基本しっかりしたものだぞ。もう少し部下を信じてやった方が良い」
「ええ、そうします。で、ザラさん。僕としてはセイレンさんに少しばかり、せめての詫びとして援助をと考えているんですが。学園の研究者への援助って商人が行う場合はどうするのが上手いやり方なんでしょう」
「……詫び。詫びはむしろお前がしてもらう方だ……と言いたくなるが置いておこう。別に普通に事務局から手続きをすれば問題あるまい。この場合儲けや契約の抜け道などというテクニックは関係なく、ただの謝罪の意を込めたものなんだろう? なら真正面から普通にすればいい。顔を合わせる必要もないぞ」
大概、援助だと金や物を貰えば礼状や顔を出してのお礼はあってしかるべきだが、それも本人が出ていく必要はないとの事。
商会の名前で渡したい金額や物資を事務局に預けるだけで問題なく事は済むと。
ザラさんは丁寧に教えてくれた。
「あ、それで問題なしですか。商売を意識はしてませんでしたが、もしかしたら商人がすべき作法でもあるのかと気にしてました」
「共同研究などで儲けの種が出来そうな場合なんかだと、最初に利益の分配、権利の詳細は明らかにしておかんとほぼ確実にトラブルになる。凄まじく面倒だし相手は漏れなく学園だ。手を組む相手の派閥や研究費、開発期間も細かすぎる程に詰めておかないと絶対に後悔する事になるな。そういう案件ならギルドでも契約書の作成補助をはじめとして色々とサポートは可能だ」
「いつかの参考にさせて頂きます」
「しかしだ。本当にセイレンを援助するのか? 正確には、お前が金を出すのは彼女の研究という事になるんだぞ?」
?
「ええ、その気でいますが。何か問題が?」
確かセイレンさんの専門は詠唱の基礎分野だ。
魔術の研究としては至極普通っぽいし、危険な実験とかマッドな発想も無縁じゃないか?
「研究分野を知らないのか?」
「一応把握してます。詠唱の基礎分野だとか」
「そうだ。まず一銭の金にもならん」
基礎分野の研究と聞いて儲かりはしないだろうなと思ってた。
ザラさんの口ぶりからすると大正解だったようだ。
「ああ……」
「一応、魔術という金に直結する分野の末端には存在する。しかし俺に言わせればアレは昔の文学や詩を図書館から掘り出してきて、あの表現はどうだとか執筆期の作者の背景だとか。そういうどうでもいいような事を延々と細かく細かく調べるのと何ら変わらん。皆が求めているのはその優れた作品そのものであって、考察なんぞ二の次で構わないと言っているのに耳を貸そうともしやがらん! さっさと作品を掘り出してまとめろとスポンサーが命令しているのにページの隅をつつくのに夢中になる!」
大分熱が入ってる。
これは、過去に何かあったんだな。
「……同じ人種に痛い目を見た事があるんですね」
「それはもう最悪の目にな! お前らの道楽に金を出してるんじゃない、と。こんな基本的な事すらすぐに忘れる連中だからな。金のならない研究に身を捧げる人種なんてのは」
「ちなみに、ザラさんはどんな研究にお金を?」
「俺はこう見えても読書が好きな方でな。とある過去の文豪の作品をまとめて保存しておきたくなった事がある」
い、意外すぎる。
こう見えても、がこれほどクリティカルな趣味もそうそうない。
ザラさんが読書好き。
文豪って事は小説とか読む人なのか。
ジャンルが気になる……!
「小説、お好きだったんですか」
「ん、ああ。最初は仕事の助けになるかと紀行を中心に読み漁っていた。その延長で地方の文化に精通しておく一環として有名な作家の代表作なんかに目を通している内にすっかり、という訳だ」
「なる、ほど」
「で、趣味と学問への貢献と、わずかばかりの売れ行きに期待してここの研究者に全集作成を持ちかけた」
「でも売れなかったと」
「全集なのにさっき話したような様子でまともに収集が進まなかったんだ。結局予定の半分の厚さで第一巻を出して終わりになった」
「……」
最悪すぎるな、それ。
「ま、実在も疑われるような大昔の人物だったからな。彼女の作品と特定するだけでも一苦労だったという、一応の言い訳もある」
「専門の研究者なら特定して全集も出来るだろうと見込んでいたのにそれでは、確かに怒りたくもなりますね」
「そういう事だ」
「後学の為にその作家さんの名前を教えてもらってもいいですか? 私も時間を見つけて読んでみようかと」
「……お前が、読書?」
「なんでやねん」
「ん?」
「あ、いえ。失礼しました」
僕の想定や心の声と全く逆の状況が完成したんでついツッコミが。
確かに最近読書なんてあまりしてない。
でも本来は、この世界に来るまでは結構本を読んでたんです!
だから巴も僕自身が忘れてるような本の知識を掘り返したりできるんです!
「まあいい。世辞でも嬉しいものだしな。彼女は一説にはローレルの初代巫女、伝説的な女性だったと言われていて」
ローレル?
んん?
初代、巫女?
「名をヒヅナという」
「ヒヅナ……緋綱」
「どうした、妙な顔をして」
「あ……実は最近、中宮様のお招きでローレルのカンナオイという街に出向いておりましたので」
生きてる。
生きてますよ。
その大昔の文豪さん。
「ああ。聞いている。カンナオイの領主家から直々に出入りを許されたとか」
「流石、ザラさん。はい、成り行きでナオイとカンナオイに出入りを許されまして」
「……ナオイ、首都もか。それはまだ知らなかったな。大した商売をしてきたようじゃないか」
商売、というか。
クーデターの鎮圧と言いましょうか。
お転婆姫とお婿さんのボーイミーツガールの脇役と言いましょうか。
やめとこ。
ただでさえ殲滅商人とか地雷商人とか切ない呼び方されてるんだ。
自分で傷口を広げることはない。
「周りに助けられました」
「どうだか。お前自身も巡り合わせを力に変える、そんな星の下に在る気はしてきてる」
「だといいんですが」
「ついでにな」
「はい?」
「そのクソ研究者なんだが」
「ああ、はい」
「ペンス=ガルメナと言うんだ」
「……ガルメナ」
「ああ、ガルメナだ」
「あの、もしかして」
「セイレン=ガルメナは俺の知り合いの姪だ」
「……世間って、狭いもんですよね」
「全くな。これも何かの縁だ、この件、俺からも謝罪や援助の件、良く言い含めておこう」
「本当に助かります。よろしくお願いします!」
「おう。! !? !!」
「ザラさん?」
突如、ザラさんが立派な執務机に腰かけたまま顔の前で両手でバツ印を作った。
シュバって感じで。
あ、また。
なんだ、対面する僕にクロスチョップでもかますつもりか?
何の失態もしていないのにそれはご免被りますよ?
「すまんな。少し念話の相手と話がこじれた」
「念話。ザラさん、念話を直接扱えたんですか!?」
という事はザラさんは魔術師兼商人なのか!?
凄い経歴じゃないか。
「あ、いや……まあ中継とかな、その色々、ともかく! 内密に頼む」
「? わかり、ました」
妙に端切れが悪いザラさん。
話の一つはまとまったから、まあ良いんだけど。
「そ、そうだ! ライドウ、セイレンへの援助内容はどんなものにするのか、もう決めているのか?」
「はい。そちらはもう。詠唱の基礎分野研究にかかるお金については部下の識が詳しかったもので、十分な金額をと試算してもらったところ、金貨で500枚もあれば大体のテーマを突き詰めるのに十分だろうと。あと、私が講義をしている生徒で一人、面白い詠唱理論、いや技術になるのか、それなりの形にした子がいまして。彼に確認を取った所、詠唱の研究に役立つなら詳しく説明しても構わないと了解を――」
「本当に!?!?」
「え」
「……バカが。俺の苦労を無にしやがって……」
考えていた援助をザラさんに説明していると、僕の後方左手にあるクローゼットがバンと勢いよく開いた。
同時に飛び出してきた白衣の女性。
へ?
正面のザラさんに視線を戻すと苦渋の表情。
へ?
「??」
待て。
待って欲しい。
ザラさんの部屋のクローゼットから、白衣の女?
「あー、ライドウ」
「す、すみません! もしかして、物凄く間の悪い時に来てしまってました!?」
「……断じて違う。ん? そんな気遣いがお前が出来るとなると……ライドウ、もしかしてどこぞの女と」
「え、あ、いやいや! え。じゃこの女性は、どなた? でしょうか?」
何故そういう勘を働かせるのか、この人は!
「はぁ!?」
今度は白衣の女性から大声。
なんなんだ、一体!?
「あー、ライドウ」
「はい、はい」
「これがセイレンだ。セイレン=ガルメナ」
でぃすいず、せいれん。
これがセイレン。
……おお!!
「あー……今回は、その、辛い経験をなさっているとの事で……お気の毒様です」
ひとまず、心労をいたわっておく。
自己紹介、というのもおかしな間柄だし。
「どうもご丁寧に!」
「ライドウ、お前本当にセイレンの顔忘れてたんだな……ある意味、いや、やっぱり凄いなお前は」
どういう理由かはともかく、ザラさんのとこにセイレンさんが来ている時に僕が来訪したって事か。
会うべき人に会えた、まあ良かった、のかな。
「や。告白がどうの、などという事で女性を苦しめていたとは露知らず。本当に申し訳ありませんでした。ささやかですがお詫びを受け取ってもらえれば、私も助かるのですが」
さくっと本題へ。
「あのねぇ! ……そう、それよ」
「はい?」
ヒステリックな怒りから罵詈雑言がマシンガンかと覚悟していたら、妙な雰囲気でセイレンさんが僕をじっと見る。
「イズモ=イクサベの使ってる詠唱。あれを私に、彼が、詳しく、説明してくれるの?」
一言一句を確かめるように、彼女は聞いてきた。
「え、ああ。つい先ほど、彼に頼みました。ちゃんと本人にも納得してもらえています」
「私がお願いした時は鼻で笑ったのに?」
「そう、でしたか」
「それに、研究費に金貨500? それも、本当?」
「ええ、貴女の研究に役立てて頂ければ。周囲の環境につきましても、すぐにとはいかないでしょうが責任をもってあの告白以前程度までには戻すべく努力します」
「信じられない……本当にそこまで、してくれるの? 私に、貴方が? どうして?」
主に僕の居心地が悪いから。
でも口に出さない程度には僕も学習してる。
とはいえ、ここからどう返そうかは正直よくわからない。
今まで通り、詠唱の研究に励んでくれればそれで終わりで良いと思う。
ただ、それだけだ。
「……信じ難くとも、ライドウという商人はそれをやってのけるんだセイレン。さて、こうなればお前もしなければならん事があるんじゃないか?」
「う」
「被害者が先に頭を下げて心を尽くしてくれているんだぞ? 何度も言ったが、受けた実害の大小は別にしてこの件ではライドウはむしろ被害者で、加害者がお前だな?」
「……はい。ライドウ先生、私こそ申し訳ありませんでした」
セイレンが僕に頭を下げた。
そして続けて告白にまつわる事を彼女も謝ってくれた。
ザラさんが潤滑油になってくれたようで、凄くスムーズに手打ちは終わった。
って、手打ちって!
また巴に汚染された言葉がスムーズに出てくる!
あいつの言葉遣い、時々江戸なのか任侠なのかわからなくなる時があるから下手に伝染ると怖いんだよな……。
良かった良かった。
「と言う事で、ザラさん。実はもう一つ鑑定団の事でお聞きしたい事があるんですけど」
「ネチーキトスか」
これもやっぱり知ってるか。
「ら、ライドウ先生。私も、後で構わないですから研究費と詠しょ、いえイクサベ君の事を詳しく……」
セイレンさんも居残る気か。
あれ。
イズモって結婚して、確かいろはちゃんの家に入るような事を言ってたから……今はイクサベじゃなくてオサカベなのか?
それとも学園ではこれまで通りイクサベで通すのか。
しまった、さっき聞いておけば良かった。
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「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。
幼なじみとセックスごっこを始めて、10年がたった。
スタジオ.T
青春
幼なじみの鞠川春姫(まりかわはるひめ)は、学校内でも屈指の美少女だ。
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