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六章 アイオン落日編
月下風雲
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あーあ。
今日はもうそういうの、無しで行きたかったのにな。
少しぐらい我慢、は出来ないか。
自制や我慢が人並みに出来るなら黄昏街に好んで潜む事もない。
実際ツィーゲには仕事人らしき組織が存在するようだし、あそこの有無に問わず街には光と影が必ず存在するもんだ。
レンブラントさんが蓋をして少しばかり熟成が進んだ汚物の掃除、前後を入れ替えて手を付けるとしますかね。
上と、下。
両方から。
周囲を囲うのは六、七、かな。
次はいつになるかわからない夢の様な夕食を終え、ウェイツ孤児院は今、未来に目を輝かせる子どもと彼らを世話する職員たちが眠りについてしばらくが過ぎた頃。
まさか、とは思った。
僕らが前に出て、レンブラントさんも見学に来てお祝いを贈った。
そんな場所で、今日この時に、子どもを誘拐に来る馬鹿などいるはずないって。
ふとそんなバカバカしいにも程がある考えが頭に浮かんでしまった僕は、丁度いい撒き餌、あーいや……。
ただ、念のために人を配置した上で孤児院に残った。
時刻は丑三つ時にはまだ早い、日が変わって少し経ったくらい。
孤児院は子ども中心の生活だけに当然ながら夜は早い。
僕もいつもなら亜空でベッドに入ってる頃だよ。
後一回りして動きが無いなら僕は帰ろうかと思っていたとこだったのに。
僕は大馬鹿どもの来訪に気づいた。
十人弱でおでましだ。
侵入ってきたのは二人だけ。
下はカンタ、上はリオウ。
奴隷の表情を見るのが大好きなんてド変態と死ねない拷問をこよなく愛するマニア。
(モンド)
(はっ)
(上下から一人ずつ。包囲に七、把握できてる?)
(はい。部下を包囲している連中の捕縛に向かわせて問題ありませんか?)
(うん、よろしく。後はモンドとライムで上か下どっちか、残りを僕がやる。どっちがやりたいとかある?)
モンドとライムは中で待機させている。
あと森鬼が数人、自由に動けるように外に配置。
彼らは同じ森鬼って事で気心知れてるモンドに指揮を任せてる。
(……もしお許しがもらえるのなら上の、外道のエルフを)
(いいよ。それじゃ僕は下のをやる。庭で落ち合おう。何かあれば連絡は密に)
(では、後程)
てっきりどっちでも良い、なんて答えを予想していたら希望があった。
カンタの位置を確認して迎え撃つ場所を考える。
間違ってもここの人達と接触するようなのは避けたい。
リオウほどじゃないにしろ、トラウマ抱えてる人もいるかもしれないから。
外道のエルフ、か。
森鬼は自称エルフの祖、最も古き森の民だっけか。
それに、ライムも。
あいつもここの出身だったならリオウには何かしら思うところがあっても不思議は無いか。
「包囲はあっという間に壊滅か。森鬼の隠密行動は優秀だねえ」
小さく呟く。
まだ聞かれるような心配も無いだろうけど、闇に包まれた室内に自分だけが動いていると思うと何か声が小さくなる。
学校の怪談とか、こんな感じなんだろうか。
今ここに来てるのはそこらの冒険者よりも力を持った人売りと拷問好き、ホラーとどっちが怖いかは難しいとこだよね。
「!」
誰か動いてるな。
二人。
子どもと、大人。
しまった、子どもと職員だ。
何せあれだけの人数だ。
三階と四階がメインとはいえ、小さいのとか今日みたいに環境が整いきってない時なんかは二階で寝ているのもかなりいる。
雑魚寝組みのちっこいのと職員だ。
行き先は一階、階段を降りようとしている。
なんでこんな深夜に……あ。
トイレか!
そりゃそうだよ!
水回りは一回に集中させていると巴から聞いてる。
各階にシャワーとトイレを完備してる孤児院がどこにあるのかって訂正させた、とか。
正しい。
巴は正しいと思うけど、今夜に限ってはちくしょー!
カンタは一階の人の気配を探りながら上に上がってくる気だろう。
ちっ。
廊下を強く蹴る。
着地はせず、そのまま魔術で飛ぶ。
わざわざ走って相手に情報を一つ渡す事はない。
階段を一気にショートカット。
どうやって声を掛けても二人が声を上げない保証はない。
なら……音が漏れないようにすれば問題ない。
子どもの名前は覚えちゃいないけど、職員はセーナって子か。
あっぶな!
ライムの友達じゃないか。
「セーナさん、黙って聞いて」
『!?!?』
案の定、突如目の前に降ってきた僕から声を掛けられたセーナと子どもは肩を大きく震わせて目を見開いてる。
怖がらせてすまんこってす。
でも声は出ていない。
二人の声を少しの間だけ消したから。
「その子の、トイレ?」
相手が僕だとわかるとセーナは安堵と、それから僕へのかなり強めの抗議を込めた睨みつけを経て首を縦に振った。
「わかった。訳あって二人は今声が出なくなってるけど、すぐに治るから気にしないで。じゃ、後ろのトイレに篭って僕が良いって言うまで出てこないように」
「っ。??」
「ちょっと悪い人さらいが来てるみたいでね。追っ払ってくるから」
「!」
人さらい、のワードにセーナは如実に反応した。
神妙な顔で頷くとパニックになりかけている子どもを抱きかかえてトイレに消えていった。
よし。
トラブル回避。
ちょっと良い仕事したかも。
ほどなく、口笛を吹きながらカンタが階段にやってきた。
顔を出してリオウに連絡されたら面倒だし、ここは。
試運転だね。
僕としてはここはドワーフの頑張りを使ってクズを撃退したい。
良い気分で階段を上っていくカンタ氏。
僕は柱を指の腹で静かにトントンと二回叩く。
音もなく柱の一部がご家庭のスイッチ板くらいのサイズずれた。
赤いボタン登場。
ポチっとな。
「なっ!?」
あら不思議。
階段が滑り台に早変わり。
トゥルットゥルである。
足を取られたカンタ氏は階段下の脇にいた僕を転がり過ぎていき、正面の壁に激突。
「っ、かはっ!」
衝撃を感知して階段に連動して準備状態に移行していた仕掛けが発動。
上から見かけは金ダライのヘビートラップがカンタ氏に降下、当たり前に命中。
「っ! っ!……っ……」
カンタ、意識ロスト。
風雲ウェイツ孤児院を簡単にクリアできるとは思わん事だな。
残念無念ってね。
拷問ってのには使い道が実は多い。
それは僕だってわかってる。
でもねえ、お前のは駄目だよ。
趣味だろうが実益だろうがそこはいい。
駄目なのは、お前がそれを我慢できない事だ。
リオウに比べたらまだ利用する道もあったかな、と。
思わないわけでもなかった。
拷問は便利だからな。
蘇生、ってのが最近亜空の魔術やスキルではそこそこ身近になってきてるんだけど。
拷問で追い詰めて心底から死なせて欲しいと望んだのを殺した後で蘇生させようとすると、成功率が滅茶苦茶低いんだ。
つまり。
上手く扱えば相手の蘇生の大半を封じる事が出来る。
だからこいつのスキルは多少亜空に貢献しそうな気もしたんだよ。
ま、結果としては色々あって却下した。
主に、僕は何また自然と倫理を捨てた考え方をしちゃったかな、という理由ですが。
かなり端折ってまとめると、我に返ったんだね。
さてと!
「セーナさん、もういいよ」
ぐるぐる巻きにしたカンタを引きずりながらトイレに篭ってる人たちのところへ。
「あの、もう安全なんでしょうか?」
「ええ。終わりました」
静かに扉が開いて、眠そうな子どもと反対に眠気は完全に醒めてるセーナさんがおずおずと出てきた。
「ひっ!」
「なにー?」
二人の目にカンタが映る。
大丈夫、起きませんよ。
うん、声はすっかり出ているようで一安心だな。
「大丈夫、起きませんから」
「あ、ああ……」
「どうしたのーおねえちゃん?」
「セーナさん?」
「ライドウ、様。この、この男は獲物を逃がさないようにする……」
「ああ。はい、わかってます」
「もう一人、いるはずです!」
「落ち着いて下さい、セーナさん。ソレはウチの者が別に対応していますから」
「……え?」
「もう終わっている頃です。どうぞ、休んでください。もうこんな事はありませんから」
「いえ、いいえ! エルフがいるんです。誰も勝てない悪魔みたいなのが!」
「……」
「あいつがきた、また……また……! 連れていかれる、もう、もう!」
「おねえちゃん、いたいよ、いたい!」
セーナはカンタも見た事があったみたいだ。
この笑える様でも心の傷が開くレベルとなると、かなりの重症か。
子どもの手を強く握りしめてる。
大分面白い終わり方したのに。
あ、見てたの僕だけか。
「その悪夢も今夜でお仕舞ですよ、セーナさん。ウチのライムがリオウを仕留めましたから」
さっき念話で終わったと連絡が来た。
カンタを連れて庭に行くとしましょうか。
「……?」
「ライム=ラテが、全部終わらせてくれました」
「うそ。だって、ライムは、私と一緒にずっと、隠れて」
「隠れてた時、二人はまだ子どもだったでしょ?」
「でもリオウはずっと大人のまま! 私が子供を産んだら獲りに来るって。私がお婆ちゃんになったら目の前で孫ももらっていくって! ヒューマンの私はエルフのリオウの一生玩具だって!」
……本当に性格悪いな、あの野郎。
社会的にはヒューマン優位が揺らがぬ世界とはいえ、亜人がヒューマンに勝る点だって当然ある。
魔術や魔力は個体差もあるし祝福なんて反則もあるから除外として。
エルフなら寿命。
リオウは、自分が蔑まれる亜人である事さえ利用して獲物の表情や感情を楽しんでる。
真性すぎてコメントに困る。
……ま、手加減とか罪悪感に関しては忘れて良いね。
ここは確かだ。
「じゃ子どもを部屋に返して僕と行きますか?」
「……どこに?」
「庭です。終わった悪魔が転がってますよ」
「……行く。行きます」
「了解」
モンドに念話をしてリオウへのとどめを待ってもらう。
幸い、まだ大丈夫だったみたいだ。
ライムが大分熱くなったようで、リオウはさほどの見せ場もなく沈んだとの事。
セーナとライム、ウェイツ孤児院にとっては中々胸熱な展開じゃなかろうか。
大部屋で仲良く眠る子どもたちの中にトイレ小僧も加わり一件落着。
まだ歯がカタカタ鳴ってるセーナを連れて庭に出る。
ライムとモンドが跪いていた。
彼らの前には……うわ、生きてはいるけど大分酷いリオウが転がっている。
ボロ雑巾とはこの事か。
僕は綺麗にカンタを始末したってのに。
「よくやった」
「外道だけに刀の走りもいつもより良かったんで」
ライムが満足気に僕に応える。
すぐに脇にいるセーナに気づくも、状況は察したのか心配なんかは後回しにした模様。
良いね。
僕もそろそろ切り上げないと亜空で怒られる。
「おかげでこちらは殆ど見ているだけで済みました。外の七人は全て捕らえてあります」
「お疲れ様、モンド。それでエルドワから聞いてると思うけど」
「はい。始めても?」
「そだね、行こうか」
「そちらのも一緒に?」
モンドは訳知りの様子で会話はさくさく進む。
僕が引きずってるカンタについても処置を聞いてきた。
「いや、こっちは公園にする」
「わかりました。それでは」
ライムとモンドも連れだって四人で四階も抜けて屋上に出る。
そこには中央に丸く土が露出していた。
露出といってもここは建物の屋上だ。
当然意図的なモノってことになる。
周りは緻密にはめ込まれた石畳、道路わきの街路樹を思わせる空間。
それがまんま正解。
「何をするんです?」
セーナは屋上で何が行われるのかはまるで見当がつかない様子。
ま、見れば一発だ。
本当ならこんなのじゃなく、荒野辺りで良さげな樹を見つけるつもりだったんだけどさ。
「贖罪」
「贖罪?」
「リオウは今まで散々不幸を振りまいてきましたから。しばらく孤児院を見守ってもらおうかと思いまして」
「こいつは、死んでもそんな事はしません!」
「最初は複雑かもしれませんが、じきに慣れます。モンド、ライム」
『はっ!』
「……」
セーナはもう大人しく見守ってくれるみたいだ。
じゃあ始めよう。
樹刑を。
リオウが土の上に放られる。
ライムが刀を抜き集中。
隣にいたモンドの魔力をライムの魔力が補強するような形で強化、モンドの右手が淡く緑色に輝く。
「人としてもエルフとしても道を外れた外道が。枯れ果てるその日までこの建物を守護り僅かばかりの贖罪を果たせ」
「っ!!!!」
リオウの身体が樹木に変わっていく。
ヒューマンのそれとは大きく違う、まるで変異体の集まりをそうした時みたいに。
ぐんぐんと幹が伸び枝が広がり葉が茂った。
真夜中、月の光を浴びて休息に成長したかのように誤認しそうな勢いだ。
一人でいきなりこのサイズとは、生きた年月の長さか、魔力の量か。
治せるようになったとはいえ、そうそう気軽に試すものでもないのが樹刑の難しいところだね。
そして……ウェイツ孤児院はこれで「完成」する。
多分、職員でもごく一部の人しか知る事はないだろう風雲ウェイツ孤児院的な意味での機能面で。
「良く育つもんだ」
「これだけ頼もしい幹ならどんな恨みも受け止める立派な樹になることでしょう」
「恨みって。まあいいや。帰ろうか、モンド」
巴と澪が待ってるし。
「はい」
「ライムは今日はここで一晩待機ね」
「わかりやした」
「それじゃ、お疲れ様。セーナさん、おやすみなさい」
「……おやすみ、なさいませ」
大樹を見上げてポカーンと口を開けたセーナと、僕に軽く頷いたライムを横目に、僕らは近くに作った公園に立ち寄ってから亜空に帰還した。
あとは信者どもを駆逐して頭を潰した後の噂をコントロールしてと。
ミュラーって反神教の頭も潰したかったけど、こっちはひとまずツィーゲから追い出せるだけでも良い。
問題は建築依頼や見積もりが明日からどうなるかってとこ。
これは予想がつかない。
吐き気がする代わりにやる事は割りとシンプルな黄昏街より、真っ当な商売のがよっぽど難しいよ、まったく。
今日はもうそういうの、無しで行きたかったのにな。
少しぐらい我慢、は出来ないか。
自制や我慢が人並みに出来るなら黄昏街に好んで潜む事もない。
実際ツィーゲには仕事人らしき組織が存在するようだし、あそこの有無に問わず街には光と影が必ず存在するもんだ。
レンブラントさんが蓋をして少しばかり熟成が進んだ汚物の掃除、前後を入れ替えて手を付けるとしますかね。
上と、下。
両方から。
周囲を囲うのは六、七、かな。
次はいつになるかわからない夢の様な夕食を終え、ウェイツ孤児院は今、未来に目を輝かせる子どもと彼らを世話する職員たちが眠りについてしばらくが過ぎた頃。
まさか、とは思った。
僕らが前に出て、レンブラントさんも見学に来てお祝いを贈った。
そんな場所で、今日この時に、子どもを誘拐に来る馬鹿などいるはずないって。
ふとそんなバカバカしいにも程がある考えが頭に浮かんでしまった僕は、丁度いい撒き餌、あーいや……。
ただ、念のために人を配置した上で孤児院に残った。
時刻は丑三つ時にはまだ早い、日が変わって少し経ったくらい。
孤児院は子ども中心の生活だけに当然ながら夜は早い。
僕もいつもなら亜空でベッドに入ってる頃だよ。
後一回りして動きが無いなら僕は帰ろうかと思っていたとこだったのに。
僕は大馬鹿どもの来訪に気づいた。
十人弱でおでましだ。
侵入ってきたのは二人だけ。
下はカンタ、上はリオウ。
奴隷の表情を見るのが大好きなんてド変態と死ねない拷問をこよなく愛するマニア。
(モンド)
(はっ)
(上下から一人ずつ。包囲に七、把握できてる?)
(はい。部下を包囲している連中の捕縛に向かわせて問題ありませんか?)
(うん、よろしく。後はモンドとライムで上か下どっちか、残りを僕がやる。どっちがやりたいとかある?)
モンドとライムは中で待機させている。
あと森鬼が数人、自由に動けるように外に配置。
彼らは同じ森鬼って事で気心知れてるモンドに指揮を任せてる。
(……もしお許しがもらえるのなら上の、外道のエルフを)
(いいよ。それじゃ僕は下のをやる。庭で落ち合おう。何かあれば連絡は密に)
(では、後程)
てっきりどっちでも良い、なんて答えを予想していたら希望があった。
カンタの位置を確認して迎え撃つ場所を考える。
間違ってもここの人達と接触するようなのは避けたい。
リオウほどじゃないにしろ、トラウマ抱えてる人もいるかもしれないから。
外道のエルフ、か。
森鬼は自称エルフの祖、最も古き森の民だっけか。
それに、ライムも。
あいつもここの出身だったならリオウには何かしら思うところがあっても不思議は無いか。
「包囲はあっという間に壊滅か。森鬼の隠密行動は優秀だねえ」
小さく呟く。
まだ聞かれるような心配も無いだろうけど、闇に包まれた室内に自分だけが動いていると思うと何か声が小さくなる。
学校の怪談とか、こんな感じなんだろうか。
今ここに来てるのはそこらの冒険者よりも力を持った人売りと拷問好き、ホラーとどっちが怖いかは難しいとこだよね。
「!」
誰か動いてるな。
二人。
子どもと、大人。
しまった、子どもと職員だ。
何せあれだけの人数だ。
三階と四階がメインとはいえ、小さいのとか今日みたいに環境が整いきってない時なんかは二階で寝ているのもかなりいる。
雑魚寝組みのちっこいのと職員だ。
行き先は一階、階段を降りようとしている。
なんでこんな深夜に……あ。
トイレか!
そりゃそうだよ!
水回りは一回に集中させていると巴から聞いてる。
各階にシャワーとトイレを完備してる孤児院がどこにあるのかって訂正させた、とか。
正しい。
巴は正しいと思うけど、今夜に限ってはちくしょー!
カンタは一階の人の気配を探りながら上に上がってくる気だろう。
ちっ。
廊下を強く蹴る。
着地はせず、そのまま魔術で飛ぶ。
わざわざ走って相手に情報を一つ渡す事はない。
階段を一気にショートカット。
どうやって声を掛けても二人が声を上げない保証はない。
なら……音が漏れないようにすれば問題ない。
子どもの名前は覚えちゃいないけど、職員はセーナって子か。
あっぶな!
ライムの友達じゃないか。
「セーナさん、黙って聞いて」
『!?!?』
案の定、突如目の前に降ってきた僕から声を掛けられたセーナと子どもは肩を大きく震わせて目を見開いてる。
怖がらせてすまんこってす。
でも声は出ていない。
二人の声を少しの間だけ消したから。
「その子の、トイレ?」
相手が僕だとわかるとセーナは安堵と、それから僕へのかなり強めの抗議を込めた睨みつけを経て首を縦に振った。
「わかった。訳あって二人は今声が出なくなってるけど、すぐに治るから気にしないで。じゃ、後ろのトイレに篭って僕が良いって言うまで出てこないように」
「っ。??」
「ちょっと悪い人さらいが来てるみたいでね。追っ払ってくるから」
「!」
人さらい、のワードにセーナは如実に反応した。
神妙な顔で頷くとパニックになりかけている子どもを抱きかかえてトイレに消えていった。
よし。
トラブル回避。
ちょっと良い仕事したかも。
ほどなく、口笛を吹きながらカンタが階段にやってきた。
顔を出してリオウに連絡されたら面倒だし、ここは。
試運転だね。
僕としてはここはドワーフの頑張りを使ってクズを撃退したい。
良い気分で階段を上っていくカンタ氏。
僕は柱を指の腹で静かにトントンと二回叩く。
音もなく柱の一部がご家庭のスイッチ板くらいのサイズずれた。
赤いボタン登場。
ポチっとな。
「なっ!?」
あら不思議。
階段が滑り台に早変わり。
トゥルットゥルである。
足を取られたカンタ氏は階段下の脇にいた僕を転がり過ぎていき、正面の壁に激突。
「っ、かはっ!」
衝撃を感知して階段に連動して準備状態に移行していた仕掛けが発動。
上から見かけは金ダライのヘビートラップがカンタ氏に降下、当たり前に命中。
「っ! っ!……っ……」
カンタ、意識ロスト。
風雲ウェイツ孤児院を簡単にクリアできるとは思わん事だな。
残念無念ってね。
拷問ってのには使い道が実は多い。
それは僕だってわかってる。
でもねえ、お前のは駄目だよ。
趣味だろうが実益だろうがそこはいい。
駄目なのは、お前がそれを我慢できない事だ。
リオウに比べたらまだ利用する道もあったかな、と。
思わないわけでもなかった。
拷問は便利だからな。
蘇生、ってのが最近亜空の魔術やスキルではそこそこ身近になってきてるんだけど。
拷問で追い詰めて心底から死なせて欲しいと望んだのを殺した後で蘇生させようとすると、成功率が滅茶苦茶低いんだ。
つまり。
上手く扱えば相手の蘇生の大半を封じる事が出来る。
だからこいつのスキルは多少亜空に貢献しそうな気もしたんだよ。
ま、結果としては色々あって却下した。
主に、僕は何また自然と倫理を捨てた考え方をしちゃったかな、という理由ですが。
かなり端折ってまとめると、我に返ったんだね。
さてと!
「セーナさん、もういいよ」
ぐるぐる巻きにしたカンタを引きずりながらトイレに篭ってる人たちのところへ。
「あの、もう安全なんでしょうか?」
「ええ。終わりました」
静かに扉が開いて、眠そうな子どもと反対に眠気は完全に醒めてるセーナさんがおずおずと出てきた。
「ひっ!」
「なにー?」
二人の目にカンタが映る。
大丈夫、起きませんよ。
うん、声はすっかり出ているようで一安心だな。
「大丈夫、起きませんから」
「あ、ああ……」
「どうしたのーおねえちゃん?」
「セーナさん?」
「ライドウ、様。この、この男は獲物を逃がさないようにする……」
「ああ。はい、わかってます」
「もう一人、いるはずです!」
「落ち着いて下さい、セーナさん。ソレはウチの者が別に対応していますから」
「……え?」
「もう終わっている頃です。どうぞ、休んでください。もうこんな事はありませんから」
「いえ、いいえ! エルフがいるんです。誰も勝てない悪魔みたいなのが!」
「……」
「あいつがきた、また……また……! 連れていかれる、もう、もう!」
「おねえちゃん、いたいよ、いたい!」
セーナはカンタも見た事があったみたいだ。
この笑える様でも心の傷が開くレベルとなると、かなりの重症か。
子どもの手を強く握りしめてる。
大分面白い終わり方したのに。
あ、見てたの僕だけか。
「その悪夢も今夜でお仕舞ですよ、セーナさん。ウチのライムがリオウを仕留めましたから」
さっき念話で終わったと連絡が来た。
カンタを連れて庭に行くとしましょうか。
「……?」
「ライム=ラテが、全部終わらせてくれました」
「うそ。だって、ライムは、私と一緒にずっと、隠れて」
「隠れてた時、二人はまだ子どもだったでしょ?」
「でもリオウはずっと大人のまま! 私が子供を産んだら獲りに来るって。私がお婆ちゃんになったら目の前で孫ももらっていくって! ヒューマンの私はエルフのリオウの一生玩具だって!」
……本当に性格悪いな、あの野郎。
社会的にはヒューマン優位が揺らがぬ世界とはいえ、亜人がヒューマンに勝る点だって当然ある。
魔術や魔力は個体差もあるし祝福なんて反則もあるから除外として。
エルフなら寿命。
リオウは、自分が蔑まれる亜人である事さえ利用して獲物の表情や感情を楽しんでる。
真性すぎてコメントに困る。
……ま、手加減とか罪悪感に関しては忘れて良いね。
ここは確かだ。
「じゃ子どもを部屋に返して僕と行きますか?」
「……どこに?」
「庭です。終わった悪魔が転がってますよ」
「……行く。行きます」
「了解」
モンドに念話をしてリオウへのとどめを待ってもらう。
幸い、まだ大丈夫だったみたいだ。
ライムが大分熱くなったようで、リオウはさほどの見せ場もなく沈んだとの事。
セーナとライム、ウェイツ孤児院にとっては中々胸熱な展開じゃなかろうか。
大部屋で仲良く眠る子どもたちの中にトイレ小僧も加わり一件落着。
まだ歯がカタカタ鳴ってるセーナを連れて庭に出る。
ライムとモンドが跪いていた。
彼らの前には……うわ、生きてはいるけど大分酷いリオウが転がっている。
ボロ雑巾とはこの事か。
僕は綺麗にカンタを始末したってのに。
「よくやった」
「外道だけに刀の走りもいつもより良かったんで」
ライムが満足気に僕に応える。
すぐに脇にいるセーナに気づくも、状況は察したのか心配なんかは後回しにした模様。
良いね。
僕もそろそろ切り上げないと亜空で怒られる。
「おかげでこちらは殆ど見ているだけで済みました。外の七人は全て捕らえてあります」
「お疲れ様、モンド。それでエルドワから聞いてると思うけど」
「はい。始めても?」
「そだね、行こうか」
「そちらのも一緒に?」
モンドは訳知りの様子で会話はさくさく進む。
僕が引きずってるカンタについても処置を聞いてきた。
「いや、こっちは公園にする」
「わかりました。それでは」
ライムとモンドも連れだって四人で四階も抜けて屋上に出る。
そこには中央に丸く土が露出していた。
露出といってもここは建物の屋上だ。
当然意図的なモノってことになる。
周りは緻密にはめ込まれた石畳、道路わきの街路樹を思わせる空間。
それがまんま正解。
「何をするんです?」
セーナは屋上で何が行われるのかはまるで見当がつかない様子。
ま、見れば一発だ。
本当ならこんなのじゃなく、荒野辺りで良さげな樹を見つけるつもりだったんだけどさ。
「贖罪」
「贖罪?」
「リオウは今まで散々不幸を振りまいてきましたから。しばらく孤児院を見守ってもらおうかと思いまして」
「こいつは、死んでもそんな事はしません!」
「最初は複雑かもしれませんが、じきに慣れます。モンド、ライム」
『はっ!』
「……」
セーナはもう大人しく見守ってくれるみたいだ。
じゃあ始めよう。
樹刑を。
リオウが土の上に放られる。
ライムが刀を抜き集中。
隣にいたモンドの魔力をライムの魔力が補強するような形で強化、モンドの右手が淡く緑色に輝く。
「人としてもエルフとしても道を外れた外道が。枯れ果てるその日までこの建物を守護り僅かばかりの贖罪を果たせ」
「っ!!!!」
リオウの身体が樹木に変わっていく。
ヒューマンのそれとは大きく違う、まるで変異体の集まりをそうした時みたいに。
ぐんぐんと幹が伸び枝が広がり葉が茂った。
真夜中、月の光を浴びて休息に成長したかのように誤認しそうな勢いだ。
一人でいきなりこのサイズとは、生きた年月の長さか、魔力の量か。
治せるようになったとはいえ、そうそう気軽に試すものでもないのが樹刑の難しいところだね。
そして……ウェイツ孤児院はこれで「完成」する。
多分、職員でもごく一部の人しか知る事はないだろう風雲ウェイツ孤児院的な意味での機能面で。
「良く育つもんだ」
「これだけ頼もしい幹ならどんな恨みも受け止める立派な樹になることでしょう」
「恨みって。まあいいや。帰ろうか、モンド」
巴と澪が待ってるし。
「はい」
「ライムは今日はここで一晩待機ね」
「わかりやした」
「それじゃ、お疲れ様。セーナさん、おやすみなさい」
「……おやすみ、なさいませ」
大樹を見上げてポカーンと口を開けたセーナと、僕に軽く頷いたライムを横目に、僕らは近くに作った公園に立ち寄ってから亜空に帰還した。
あとは信者どもを駆逐して頭を潰した後の噂をコントロールしてと。
ミュラーって反神教の頭も潰したかったけど、こっちはひとまずツィーゲから追い出せるだけでも良い。
問題は建築依頼や見積もりが明日からどうなるかってとこ。
これは予想がつかない。
吐き気がする代わりにやる事は割りとシンプルな黄昏街より、真っ当な商売のがよっぽど難しいよ、まったく。
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魔王討伐後一年振りに目を覚ますと、突然王にそう告げられた。
魔王を倒したことで、俺は「勇者」のスキルを失っていた。
信頼していたパーティメンバーには蔑まれ、二度と国の土を踏まないように察知魔法までかけられた。
悔しさをバネに隣国で再起すること十数年……俺は結婚して妻子を持ち、大臣にまで昇り詰めた。
かつてのパーティメンバー達に「スキルが無くても幸せになった姿」を見せるため、里帰りした俺は……祖国の惨状を目にすることになる。
※ハピエン・善人しか書いたことのない作者が、「追放」をテーマにして実験的に書いてみた作品です。普段の作風とは異なります。
※小説家になろう、カクヨムさんで同一名義にて掲載予定です

おっさんの神器はハズレではない
兎屋亀吉
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今日も元気に満員電車で通勤途中のおっさんは、突然異世界から召喚されてしまう。一緒に召喚された大勢の人々と共に、女神様から一人3つの神器をいただけることになったおっさん。はたしておっさんは何を選ぶのか。おっさんの選んだ神器の能力とは。

ゲート0 -zero- 自衛隊 銀座にて、斯く戦えり
柳内たくみ
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20XX年、うだるような暑さの8月某日――
東京・銀座四丁目交差点中央に、突如巨大な『門(ゲート)』が現れた。
中からなだれ込んできたのは、見目醜悪な怪異の群れ、そして剣や弓を携えた謎の軍勢。
彼らは何の躊躇いもなく、奇声と雄叫びを上げながら、そこで戸惑う人々を殺戮しはじめる。
無慈悲で凄惨な殺戮劇によって、瞬く間に血の海と化した銀座。
政府も警察もマスコミも、誰もがこの状況になすすべもなく混乱するばかりだった。
「皇居だ! 皇居に逃げるんだ!」
ただ、一人を除いて――
これは、たまたま現場に居合わせたオタク自衛官が、
たまたま人々を救い出し、たまたま英雄になっちゃうまでを描いた、7日間の壮絶な物語。
少年神官系勇者―異世界から帰還する―
mono-zo
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幼くして異世界に消えた主人公、帰ってきたがそこは日本、家なし・金なし・免許なし・職歴なし・常識なし・そもそも未成年、無い無い尽くしでどう生きる?
別サイトにて無名から投稿開始して100日以内に100万PV達成感謝✨
この作品は「カクヨム」にも掲載しています。(先行)
この作品は「小説家になろう」にも掲載しています。
この作品は「ノベルアップ+」にも掲載しています。
この作品は「エブリスタ」にも掲載しています。
この作品は「pixiv」にも掲載しています。

俺しか使えない『アイテムボックス』がバグってる
十本スイ
ファンタジー
俗にいう神様転生とやらを経験することになった主人公――札月沖長。ただしよくあるような最強でチートな能力をもらい、異世界ではしゃぐつもりなど到底なかった沖長は、丈夫な身体と便利なアイテムボックスだけを望んだ。しかしこの二つ、神がどういう解釈をしていたのか、特にアイテムボックスについてはバグっているのではと思うほどの能力を有していた。これはこれで便利に使えばいいかと思っていたが、どうも自分だけが転生者ではなく、一緒に同世界へ転生した者たちがいるようで……。しかもそいつらは自分が主人公で、沖長をイレギュラーだの踏み台だなどと言ってくる。これは異世界ではなく現代ファンタジーの世界に転生することになった男が、その世界の真実を知りながらもマイペースに生きる物語である。
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