月が導く異世界道中

あずみ 圭

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六章 アイオン落日編

魔建築、興る

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「柱、てぇーー!!」

 主砲でも発射しそうな掛け声で、太く長い柱が地響きとと共にそそり立つ。
 地面が震動する独特の感覚。
 そういえばこの世界、荒野は別としてあんまり地震ってないな。
 僕はこの程度の揺れなら気にならないけど、子どもらや職員、見物人の多くは慣れない感覚にどよめいている。
 間髪入れずアイコンタクトで複数の職人たちが連携して動き、一本目よりは短い柱を次々に立てていった。

「床材壱、資材設置急げ―!」

「終わったぞ、棟梁!」

 キューブ上の資材がどかどか放られていく。
 孤児院を一瞬で分解した分だ。
 分解後には既にあの形で積まれていた。
 ハナサキが驚異のジャグリングで皆を楽しませながら一時置き場に運ぶ様は圧巻だった。
 あれ一個でも余裕で人が潰れる重さがあると思うんだけどね。
 現実離れし過ぎていて子ども達もサーカスでも見ているような盛り上がりぶりだった。
 おかげ様でうちのハナサキ君は子ども達の人気者ですよ。
 僕もその内なにか曲芸的なものを身につけてみようか……?

「転圧確認!」

「予定地、地質改良もろとも転圧完了!」

「よし! 床展開!!」

『展開!!』

 間隔を置いて設置された床材壱が全て液化して敷地一面、柱を何かの基準点として時折不自然に動きながら広がっていって……ピカピカのタイル床になった。
 うーん。
 これは、あれだな。
 魔術を使いつつ建築の基本は手作りを踏襲、両方の良いとこどりをしようっていうやつだ。
 正にハイブリッドだ。

「外壁班! 厚さぁしくじるんじゃねえぞ!」

「応! 壁材壱用意!」

「軽天班、間取りと天井わかってるな!?」

「とっかかるぜーー!!」

 ……最早言葉の意味すらよくわからんくなってきた。
 ビカービカーと輝いては壁が下からせり上がり。
 アルミみたいな感じの軽そうな金属材を加工しながら部屋の間取り? に合わせて仕切りのようなものが組み上がっていく。
 床は既に完成されていて乾きを待つとかいう雰囲気は微塵もない。
 気になる事と言えばドワーフが床の上に乗る時には可愛らしいうさぎスリッパを履いている事くらいかな。
 なぜうさぎ?
 スリッパで足元に危険が無いんだろうか。

「うさぎさんだー!」

 一人のお子様の言葉でドワーフの足元に気づいた孤児ーズが甲高い歓声を上げた。
 
「巴、あれ危なくないのか?」

「履き物の事でしたら、アキナ製ですから問題ないでしょう。あ奴の趣味全開になっているのを除いては」

 ああ、アルケーの。
 意外な趣味だな。
 まあ工事用に耐えるってんならデザインは別にいいか。
 深く考えるのはやめやめ。

「いっちょ上がりだ! ほれ青二才班わかぞうども! ジュエルウール急げ! 荷物整理以外の見せ場だぞ!!」

「半分詰める方に回れー! 残りは次の作業の資材配置!」

『オス!』

 ジュエルウール?
 壁と壁の間にキラキラモジャモジャの毛布みたいなものが詰められていった。
 
「ぶ!」

「っ!!」

 レンブラントさんとモリスさんがそれを見て噴き出し、かけたけど持ち直した。

「巴?」

「グラスウールというのから発想を得たようです。防音だか断熱だかの素材のようですが、あれは魔術の触媒として使われた後の宝石クズを繊維の様に加工したもので、まんまですがジュエルウールと名付けたと聞いております」

「……ほー。じゃあ断熱材で防音材ってこと?」

 そんなものを壁の間に仕込むのか。
 考えてるなあ。

「プラス多少の魔術抵抗と物理耐久強化ですな」

「……豪華な素材じゃないか」

「元は捨てるしかない宝石クズですからな。ウチは識もアルケーも他の連中も魔術の研究開発に実験は盛んにやっとりますから」

「クズねえ」

「例えるならランダム効果付与に失敗した後戻りできない装備品、という訳でして」

「ゴミだね、納得。再利用できるんなら喜ばしいか」

 何となく胃の痛くなる例えをされた気がする。
 しかしどういう品かはかなりわかった。
 悔しくもあり、頼もしくもあり。

「はっ」

「あーライドウ君」

「はい、何でしょうか?」

 おずおずとレンブラントさんが話しかけてくる。
 ここまで三十分ほど。
 全く言葉を発しなかったけど、なにか質問だろうか。
 できれば僕にわかる範囲だと嬉しい。

「この建築方式は、クズノハ商会流かね?」

「ウチのドワーフ達が妙に張り切って勉強をしていまして。真っ当に職人が仕上げた場合のメリットと魔術師が一気に建てた場合のメリットを良いとこどりするんだと」

「それで、職人が魔術を使って高速で建築する、という結果になるのか……見ているものが信じられん」

「あはは……」

 それは僕もです。
 想像していたのと全く違うものを見せられてますから。

「見事な建築部門と感心するばかりだが、これほどの数のドワーフを雇用しているのにも驚かされたよ」

「ああ、それは」

「?」

「ドワーフの集落数個をまとめて雇っていますので。建築部門も総数だとこの三倍はいます」

「さん、ばい……か」

 ローレルから移住してきた方々も結構な数いまして。
 建築熱いぜ、って人だけでもそれなりの大所帯になってきた。

「先ほどから湯水の様に使われている資材、特にあの羊毛に似たジュエルウールなるものですが、あれは商品として扱う予定はございますか?」

 モリスさんが珍しく口を開いた。
 レンブラントさんといる時は暴走を諫める時以外は比較的寡黙な人だから。

「今は並べてはいませんが……建築資材についても今日のこれが宣伝になるようならお得意様相手から徐々に扱っても良いかと思ってます」

 付与失敗、いや触媒後の宝石クズのリサイクルだもんな。
 売ってしまえるなら万々歳だ。
 宝石なら種類にもよるけど、亜空でガラゴロ獲れることだし。
 一部の特殊な宝石は海で貝が育むのを待つしかないから、こちらはまだ外に出す気はない。
 ジュエルウールみたいな形でなら構わないけど。

「とりあえず、後程正式な契約書を交わすとして。あのジュエルウール、もらおう」

 おお。
 レンブラント商会に売れた。
 こんな事ならもっと商人も集めてパフォーマンスチックにやるべきだったか?

「ありがとうございます! 早速宣伝になったみたいですね。職人たちを褒めておかないと」

「……ああ、彼らは大切にすべきだね。見応えがあり過ぎて、言葉もないよ」

「ありがとうございます!」

 いわゆる工事現場の様な重機の轟音は無く。
 代わりに棟梁以下職人の掛け声と指示が軽妙に飛び交っている。
 そして、彼らの動きと声に合わせて建物がどんどん出来上がっていく。
 早送りよりも早い。
 なんか例えがおかしいけど、早い。
 内部の配管も次々と手配され、完成してく。

「よーーし! お前ら最高だ! 今日は若様が一部始終を見ていて下さる! 最速で、最高の仕事でお応えする! わかってんな!?」

『かかってこいや!』

「一階総点検入るぞ! 検査班、いけるか!?」

「任せよ! ついでに昇降機と階段もやったるわい!」

「調子乗って腰やんなよ! よし! 昇降機と階段パーツも運び込め!」

『オス!』

「予定時間ばっちりだ! 外壁足場加工用意! 二階始めんぞ!」

「行けます!」

 外壁部分から飛び出すように階段やはしご状のギミックが出来る。
 ドワーフ達の一部が上に上がって合図するとハナサキから床材キューブが放り投げられる。
 キャッチ。
 放り投げる。
 キャッチ。
 このやり方で一日で建築大丈夫かって思ったけど全然平気そうだ。
 ロッツガルドの時より遥かにパワーアップしてる。

「床材展開よーい!」

 二階部分の建築が始まる。
 レンブラントさんの奥様とレストランのシェフたちが到着する。
 三階部分が始まる。
 子ども達と職員が家具のパーツを運び込み中でベッドや机の組み立てを始めた。
 うさぎスリッパを配給されていた。
 庭が全くないな、と思ってたら三階のスペースを贅沢に使って庭が出来た。
 空中庭園か、と突っ込みたくなった。
 午後の紅茶をレンブラントさん達に誘われてご一緒した。
 完成した。
 時刻は夕方前。
 本当に作っちゃったな。
 何かもう、職人に脱帽だ。

「大工に頼むのと同じ自由度と長い使用に耐える強度、魔術の使用による絶大な工期短縮。相反するのが常識だった両者の利がこんなに容易く……素晴らしい」

 職人を魔術師にするにしろ、魔術師を職人にするにせよ。
 容易くは無いんだよな、ロッツガルドでこの世界の学問を目の当たりにしている身としては痛いほどにわかる。
 魔建築とかって別の学問でも創設しないと、頭の硬いあそこの方々は動かないだろう。
 そして彼らが動かなければ世界の常識も変わっていかない。
 何だかんだでロッツガルドはこの世界のヒューマンにとっての最高学府。
 影響力は大きい。
 それにさ、建築の専門家にして魔術も扱える、そんな特殊な人材育てるのにどんだけ時間がかかるか。
 都合よく天才ばっかり集まってくれれば大国には早々に配置される、かも。
 そんなレベルの話だ。
 ……何気にそんな天才が一人いるんだけどね、今のロッツガルド。
 僕の講義を受けてるローレルのエリート君。
 現在幸せ街道真っただ中にいるイズモってのが。
 やる気もあるからなあ、今回の記憶、ダイジェストにしてまとめてもらって後であいつに見せてやるか。
 刺激になるかもしれないから。

「かなり腰を据えて育成しなければモノになるかどうか。ツィーゲなら優秀な原材料ぼうけんしゃくずれには困らないでしょうが」

「確かに! 簡単ではない。ではないが……何と鮮烈な光か」

 レンブラントさんが遥か遠くを見て、それからゆっくりと目を閉じた。
 
「レンブラントさん?」

「見えたぞ、モリス! いける、これでいける! ツィーゲは世界に類を見ない街になるぞ!!」

「……おめでとうございます、旦那様」

「ここは私と喜びを分かち合うのが先、と思われましたかライドウ様」

「い、いえ」

 真っ先にモリスさんとがっしり抱き合ったレンブラントさんを見て。
 確かに僕はそう思った。
 奥様はクスリと笑って彼らを横目に僕に話を振った。

「仕事ではあの通り。男の世界とでも言いましょうか。何か大きな展望に目途がついたようで」

「そう、なんですか」

 相棒、ってとこなのかな。
 僕にはいない。
 いないけど、気持ちは何となくわかる。

「殿方の目は時に女の私などには想像もつかぬ程遠方を見つめます。今度は一体何を見せてくれるのか。ふふふ、楽しみでなりません。その分疎かになりがちな足元は、私が。役割分担、ですね」

「……」

「とはいえこれだけの建物が一日で、しかも解体から竣工まで済むだなんて。あまり建築に興味の無い私でも途轍もないものを見た事はわかりますわ。また一つ、唯一の武器を増やされましたねライドウ様は」

「ありがとうございます。楽しんでもらえて一安心です」

「この後は新築祝い? けれど私やあの人がいては子ども達も楽しく騒げないでしょうから……後日、ささやかながらお祝いの品を送らせて頂きたいの。よろしいかしら?」

「きっと皆喜ぶでしょう」

「それではライドウ様。ウチの男二人はちゃんと連れて帰りますので」

「お疲れ様でした」

 奥様がレンブラントさんを宥めながら院長らに一声かけて去っていった。
 
「あの男、よくもまあアレを実現しようなどと思いつく。越後屋だけでは飽き足らず紀伊国屋きのくにやまで狙うか。やりおる」

 巴がスッと横に戻ってくる。

「……アレって?」

「……若はとことんあの男の閃きに貢献なさいますなあ。元を辿れば若が切っ掛けですぞ」

「……アレって?」

「やれやれ、ローレルでドワーフを増員しておいて良かったですなあ若」

「……うおおい」

「じきに相談してきよりますよ、あれは。きっと若の驚く顔を見たいでしょうから、お楽しみに、でよろしいかと」

「この孤児院みたいにか?」

 要塞にも見えるぞ、これ。
 子どもの声のおかげで辛うじて孤児院を保ってる感じ。

「良き住まいではないかと!」

「初期案を知らずに済んだ僕はまだマシ、と思っておくよ。お疲れ様、巴」

「……そう言って頂けると。なんのこれしき、寄場らしく手に職つけさせて行きますぞ!」

 上機嫌の巴を伴って孤児院に入っていく。
 ドワーフの職人たちがまだ忙しそうに動いてはいるが、彼らの作業自体はもう終わっている。
 アフターフォローに近い仕事を既に始めているみたいな感じだ。
 こまごまとした質問や修正要望に職人として対応していた。

「なるほど、クズノハ商会建築部門のモデルルームか。後で院長に相談してみるか」

 ウェイツ孤児院、解体および着工および竣工。
 本日まとめて終了!

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