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六章 アイオン落日編
腐毒が如き
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「宗教?」
そりゃ反神教は名前からすると宗教っぽい。
でもあれは略称であって、正確には女神が気に入らない団体に過ぎない。
大体あいつらには教義も教祖も、信仰すべき神に相当する存在すらない。
女神はもちろん、精霊も上位竜も誰一人あれと関わっていないんだし。
「うむ。女神信仰ならぬ反女神信仰。だから宗教、そう呼ぶのが妥当だと思っている」
細身のエルフが僕の疑問に根拠を添えて答えてくれる。
僕には外見でエルフの年齢を見分ける経験はない。
だから界で探らせてもらったところ、御年299ときた。
来年は大々的に記念パーティするんだろうか。
容姿は耳が長くて白いイケメンモデルだ。
これで299とか、人から見るとエルフってのは本当に反則な存在だ。
表情も柔和で優しげ。
普通に街を歩いていても、冒険者ギルドで依頼を眺めていても全く違和感がない。
……これが黄昏街の今のトップ。
っていつからそうなのかはわからんけどね。
レンブラントさんと交渉して相互不干渉を決めたのも彼。
「しかし反女神というのは思想であって信仰ではないような。するとトップは教祖ということになりますし」
仮にそうだと認めても、戦争まで起こしてる。
とんだテロリストのカルト集団だ。
……まあ宗教なんて綺麗事だけではないか。
でもやっぱ、あの革命軍やそのバックを宗教と見るのは何か抵抗がある。
「……そこは私たちにはどうでも良い部分だ。わかりやすければ構わない。では単なる略称として反神教と。それで進めよう」
「……気を遣わせたようで」
僕もそこまで気にした訳じゃない。
これで貸しにした気になられても困る、けど。
「君はあのクズノハ商会の代表で、同時にパトリック=レンブラントの名代としてここにいるのだろう? ならば相応の敬意は払うとも」
「レンブラントさんの名代としては力不足な身ですが。クズノハ商会の件ではそちらにも騒動を起こしている様で真参りました次第です」
「クズノハ商会が革命軍の、いや蜃気楼都市の出先機関というアレだな。そして革命軍こそが女神に変わる世界の秩序であると喚いている反神教の尖兵であり、反神教は蜃気楼都市の主であると」
口にしながらも、やれやれといった様子で首を横に振るエルフ。
長老衆といいながら、通されたこの部屋には彼一人しかいない。
特に観察している気配もない。
今いる長老は彼一人?
なら衆とつける必要もなさそうなものだけど。
「困った話です。根も葉もない」
「だが違うと断ずる証も無い。むしろ、そうだと推理する証は幾つかあるときた」
「え?」
証拠?
いや蜃気楼都市は亜空だし、僕の思い付きと巴の悪ふざけから始まったものだ。
絶対に反神教の拠点ではないし、彼らの影響は微塵もない。
……女神を信仰しないという一点だけは共通しているともいえ、なくもない。
「私は長くこの街に住んでいるが、蜃気楼都市などという街の噂はこの数年の間に突然出てきたものだ」
「……」
「そしてクズノハ商会が世界の果てから出てきてツィーゲで店を持ったのも……同じ位の時期だった」
「それは……」
「更に、クズノハ商会で扱われる珍しい素材や武具、食材の多くは冒険者が蜃気楼都市から持ち帰るものと酷似していて、蜃気楼都市の噂や持ち込まれる素材の量の波に関わらず……クズノハ商会では常に定量を扱っている」
「……」
「故に少なくとも蜃気楼都市とクズノハ商会の間には浅からぬ関係があるのは間違いない。黄昏街の情報でも不思議な事にその関係がどんなものかは把握できていないが、反神教が仕掛けている事ではないと証明する事も当然できないという事になる」
蜃気楼都市は謎の街、幻の街だ。
どの勢力に属し、どこに存在するのか。
ツィーゲで解明されている事はない。
実態はクズノハ商会も蜃気楼都市も僕ら亜空に属するものであり、反神教とは無関係だ。
名前だけは、まあ。
「代表の私が否定するだけでは不足だと?」
「個人的には信用しても良いと思う」
「?」
まあ、あっさりと。
でも彼の言葉には続きがあった。
「ただし組織として、客観的に信用するのは難しい。今の戦況を見るに革命軍に味方しています、とこの街で発信する商会などありはしないからだ」
あ。
そういう事か。
例え本当だったとしても劣勢の革命軍と協力しています、なんて。
しかもアイオンからの独立を賭けて王国側とも革命軍側とも交渉を行っている現状で。
商会の関係者が否定しても、そこまでの説得力はない。
親しい人には信じてもらえるだろうけど、反神教とは無関係なのだと皆に信じてもらうのは難しい。
しかも……ない事の証明は限りなく無理に近い。
悪魔の証明って、日本でも聞いた事がある。
「……面倒な」
つい愚痴が漏れる。
「ここ黄昏街では残念ながら反神教の言い分がかなり信じられている。女神に頼らず己の力で荒野に挑む冒険者たちに反神教の偉大なる御方が感銘を受け、自らの都市をその助けとして手を差し伸べたのだと」
いだいなるおんかた?
おいおい、それが教祖って事?
それとも信仰の対象?
カルト臭くなってきたな。
ったく、好き勝手に都合よく蜃気楼都市を、亜空を利用してくれる。
「偉大なる御方?」
ずっと黙っていた澪がエルフに聞き返す。
やっぱり澪もそこが気になったか。
というか、起きててくれたんだな。
安心した。
「ああ、反女神の旗手たる大いなる存在だそうだ」
「反神教だかのトップはただのヒューマンなのでしょう? ソレが女神に対抗するだけの力を持っているとでも?」
「革命軍のトップは御存じだと思うがアーカス、アイオンのかつての有名氏族ダグザの跡取り。とっくに零落して王位などとは無縁の男だが、反神教でそれなりの地位を得て、今回のアイオンのクーデターで役割を与えられたという所だろう」
あれ、そうだっけ?
あ、そうだ。
神輿は王位継承権の高い別のがいて、軍の実質的な指揮官、リーダーなのがそのアーカス=ダグザだ。
「反神教の方は今のトップはミュラー、ダークエルフだ。あれは定期的に事件を起こしては潰されるが、結局すぐにまた再結成されて地下に潜る。力をつけてまた事件を起こす。その繰り返しだ。ミュラーは前の前の前位までは目立たない幹部だったが、前辺りにはかなり力を持つようになって、今はトップにいる。教祖、というならミュラーがそれだろう」
これは初耳。
そっか、反神教。
定期的に潰されてんのか。
となるとアズさんとかルトも色々知ってそうだな。
前の前とか、このエルフも時間の感覚が大概みたいだし。
京都人か。
太閤はんか。
話しぶりからするにヒューマンはかなり代替わりしてるだろ、絶対。
「そのミュラーとかいうダークエルフが偉大なる御方? 蜃気楼都市の主だと? たかがダークエルフが?」
バカバカしい。
本当に馬鹿げてる。
蜃気楼都市にも亜空にもダークエルフはおらん!
森鬼ならいるけどな!
だったら、そう、蜃気楼都市を訪れた冒険者にあそこでダークエルフなんて見なかったと証言してもらえれば説得力が増すのでは。
「いや、違う」
「違う?」
「ああ、蜃気楼都市の主はもっと強大な存在だとか」
「……」
「君らも商人だ。それなりの情報網は持っていると思う。聞いていないかな。しばらく前になるが、リミアで湖が増えたという話を」
「みず……」
……ん?
「湖……星湖の事ですか?」
僕が言葉に詰まっていたら澪が応じてくれた。
「そうだ。あれは何でも女神と同じ金色の魔力柱から現れた魔人などと呼ばれている輩の仕業だそうだが」
「……」
まじん。
やから。
「神と同じ力を持ち、だが神に抗う意思を持つ救世主らしい」
「な訳あるか」
「なに?」
「え、い、いえ! 何でもありません。それで、魔人、がどう関わっているのでしょう?」
思わず突っ込んでしまった。
しかしまずい。
これはよろしくない、嫌な流れだ。
まさか、そう繋げるのか?
反神教には作家でもいるのか?
「もうわかっているだろう? 偉大なる御方とは、魔人だそうだ。魔人が蜃気楼都市の主にして反神教の神の代わり。女神の永年に渡る理不尽に終止符を打つべく、反神教に力を貸し与えると、その魔人は言ったらしい」
言ってなーい!
一言も言ってなーい!
アーカスにもミュラーにも会った事すらない!
何て事だ。
無茶苦茶な継ぎ接ぎをされた挙句途中式の全てを間違えまくって、でも正解は一致してしまっている。
数学なら問答無用で不正解なのに!
「蜃気楼都市は、言うまでもなくツィーゲでは人気が高い。荒野におけるオアシスにして黄金郷だからな。その主がリミアで力を示した魔人で、冒険者の味方で、そして革命軍を助ける存在だという。更に蜃気楼都市と同じ素材を扱うクズノハ商会はその街の出先機関であると」
水面下で物凄く面倒くさい事になってしまっている。
地味に正解がある辺りがまた嫌らしい。
何だこの上手な嘘の見本みたいのは。
「魔人……。それが蜃気楼都市の主、ですか。なるほど……それはまた」
「澪殿はライドウ殿のようにすぐに否定はしないのか」
「さあ……どうにもお話が大き過ぎて。ただ私はクズノハ商会で若様とずっと仕事をしておりますけれど、反神教なんて名前は一切聞いた事はありませんわね」
……確かに。
魔人は僕で、僕はクズノハ商会と亜空の主だけど。
僕らの間でも亜空でも反神教の名前が出た事は一度も無い。
凄い。
嘘だけど嘘じゃないぞ、澪!
凄い!
「……なるほど。だがクズノハ商会は蜃気楼都市同様ツィーゲでは人気者だ。となれば冒険者を中心にこうした噂の威力というものはゆっくりと、だが確実に中を腐らせる毒となって広がる。手を打たなければ確実にな」
それは、わかる。
「その言いぶりですと、もう腐ったのを排除するだけで済む段階ではないと?」
「残念な事だが」
「ずっと気になっていたのです。長老衆のトップは貴方で間違いないのでしょうが、他の長老は? もしかして……」
「そういう事になる」
そういう事?
「既に取り込まれた後ですか。すると発端はここで、今はスラムの貧民たち」
「……」
「から町人と冒険者にまで毒が広がりつつある、ですか」
「大した御慧眼だ。黄昏街の殆どは奴らに取り込まれた」
「!?」
このエルフはいきなり何を言い出してくれる!?
裏社会がもうやばいカルトに落ちてるとか冗談じゃないよ!?
ツィーゲピンチじゃんか!
「といってもほんの八割五分ほどだがな」
「ほぼ負けでは!」
「だがパトリックがジョーカーを寄越してくれた。カンタもその実力は間違いないと断言した」
ジョーカー。
僕らの事か。
「このような腐毒に黄昏街が染められていく日が来るなど考えてもいなかったのでな。差配は任せよう、私、リオウもお二方の駒として動く所存。どうか、黄昏街を解毒してもらいたい」
黄昏街の長老リオウが頭を下げる。
カンタは彼の右腕ってとこか。
レンブラントさんがそのつもりだったというなら、この人に頼まれるまでもなく何とかするつもりだった。
ここが揺らぐのは、まさに内憂。
こういう解毒は専門外だけど、クズノハ商会で面倒みようじゃないか。
なによりも、だ。
反神教なんぞに蜃気楼都市やクズノハ商会を好きに利用されるなんて……絶対に許せん。
そりゃ反神教は名前からすると宗教っぽい。
でもあれは略称であって、正確には女神が気に入らない団体に過ぎない。
大体あいつらには教義も教祖も、信仰すべき神に相当する存在すらない。
女神はもちろん、精霊も上位竜も誰一人あれと関わっていないんだし。
「うむ。女神信仰ならぬ反女神信仰。だから宗教、そう呼ぶのが妥当だと思っている」
細身のエルフが僕の疑問に根拠を添えて答えてくれる。
僕には外見でエルフの年齢を見分ける経験はない。
だから界で探らせてもらったところ、御年299ときた。
来年は大々的に記念パーティするんだろうか。
容姿は耳が長くて白いイケメンモデルだ。
これで299とか、人から見るとエルフってのは本当に反則な存在だ。
表情も柔和で優しげ。
普通に街を歩いていても、冒険者ギルドで依頼を眺めていても全く違和感がない。
……これが黄昏街の今のトップ。
っていつからそうなのかはわからんけどね。
レンブラントさんと交渉して相互不干渉を決めたのも彼。
「しかし反女神というのは思想であって信仰ではないような。するとトップは教祖ということになりますし」
仮にそうだと認めても、戦争まで起こしてる。
とんだテロリストのカルト集団だ。
……まあ宗教なんて綺麗事だけではないか。
でもやっぱ、あの革命軍やそのバックを宗教と見るのは何か抵抗がある。
「……そこは私たちにはどうでも良い部分だ。わかりやすければ構わない。では単なる略称として反神教と。それで進めよう」
「……気を遣わせたようで」
僕もそこまで気にした訳じゃない。
これで貸しにした気になられても困る、けど。
「君はあのクズノハ商会の代表で、同時にパトリック=レンブラントの名代としてここにいるのだろう? ならば相応の敬意は払うとも」
「レンブラントさんの名代としては力不足な身ですが。クズノハ商会の件ではそちらにも騒動を起こしている様で真参りました次第です」
「クズノハ商会が革命軍の、いや蜃気楼都市の出先機関というアレだな。そして革命軍こそが女神に変わる世界の秩序であると喚いている反神教の尖兵であり、反神教は蜃気楼都市の主であると」
口にしながらも、やれやれといった様子で首を横に振るエルフ。
長老衆といいながら、通されたこの部屋には彼一人しかいない。
特に観察している気配もない。
今いる長老は彼一人?
なら衆とつける必要もなさそうなものだけど。
「困った話です。根も葉もない」
「だが違うと断ずる証も無い。むしろ、そうだと推理する証は幾つかあるときた」
「え?」
証拠?
いや蜃気楼都市は亜空だし、僕の思い付きと巴の悪ふざけから始まったものだ。
絶対に反神教の拠点ではないし、彼らの影響は微塵もない。
……女神を信仰しないという一点だけは共通しているともいえ、なくもない。
「私は長くこの街に住んでいるが、蜃気楼都市などという街の噂はこの数年の間に突然出てきたものだ」
「……」
「そしてクズノハ商会が世界の果てから出てきてツィーゲで店を持ったのも……同じ位の時期だった」
「それは……」
「更に、クズノハ商会で扱われる珍しい素材や武具、食材の多くは冒険者が蜃気楼都市から持ち帰るものと酷似していて、蜃気楼都市の噂や持ち込まれる素材の量の波に関わらず……クズノハ商会では常に定量を扱っている」
「……」
「故に少なくとも蜃気楼都市とクズノハ商会の間には浅からぬ関係があるのは間違いない。黄昏街の情報でも不思議な事にその関係がどんなものかは把握できていないが、反神教が仕掛けている事ではないと証明する事も当然できないという事になる」
蜃気楼都市は謎の街、幻の街だ。
どの勢力に属し、どこに存在するのか。
ツィーゲで解明されている事はない。
実態はクズノハ商会も蜃気楼都市も僕ら亜空に属するものであり、反神教とは無関係だ。
名前だけは、まあ。
「代表の私が否定するだけでは不足だと?」
「個人的には信用しても良いと思う」
「?」
まあ、あっさりと。
でも彼の言葉には続きがあった。
「ただし組織として、客観的に信用するのは難しい。今の戦況を見るに革命軍に味方しています、とこの街で発信する商会などありはしないからだ」
あ。
そういう事か。
例え本当だったとしても劣勢の革命軍と協力しています、なんて。
しかもアイオンからの独立を賭けて王国側とも革命軍側とも交渉を行っている現状で。
商会の関係者が否定しても、そこまでの説得力はない。
親しい人には信じてもらえるだろうけど、反神教とは無関係なのだと皆に信じてもらうのは難しい。
しかも……ない事の証明は限りなく無理に近い。
悪魔の証明って、日本でも聞いた事がある。
「……面倒な」
つい愚痴が漏れる。
「ここ黄昏街では残念ながら反神教の言い分がかなり信じられている。女神に頼らず己の力で荒野に挑む冒険者たちに反神教の偉大なる御方が感銘を受け、自らの都市をその助けとして手を差し伸べたのだと」
いだいなるおんかた?
おいおい、それが教祖って事?
それとも信仰の対象?
カルト臭くなってきたな。
ったく、好き勝手に都合よく蜃気楼都市を、亜空を利用してくれる。
「偉大なる御方?」
ずっと黙っていた澪がエルフに聞き返す。
やっぱり澪もそこが気になったか。
というか、起きててくれたんだな。
安心した。
「ああ、反女神の旗手たる大いなる存在だそうだ」
「反神教だかのトップはただのヒューマンなのでしょう? ソレが女神に対抗するだけの力を持っているとでも?」
「革命軍のトップは御存じだと思うがアーカス、アイオンのかつての有名氏族ダグザの跡取り。とっくに零落して王位などとは無縁の男だが、反神教でそれなりの地位を得て、今回のアイオンのクーデターで役割を与えられたという所だろう」
あれ、そうだっけ?
あ、そうだ。
神輿は王位継承権の高い別のがいて、軍の実質的な指揮官、リーダーなのがそのアーカス=ダグザだ。
「反神教の方は今のトップはミュラー、ダークエルフだ。あれは定期的に事件を起こしては潰されるが、結局すぐにまた再結成されて地下に潜る。力をつけてまた事件を起こす。その繰り返しだ。ミュラーは前の前の前位までは目立たない幹部だったが、前辺りにはかなり力を持つようになって、今はトップにいる。教祖、というならミュラーがそれだろう」
これは初耳。
そっか、反神教。
定期的に潰されてんのか。
となるとアズさんとかルトも色々知ってそうだな。
前の前とか、このエルフも時間の感覚が大概みたいだし。
京都人か。
太閤はんか。
話しぶりからするにヒューマンはかなり代替わりしてるだろ、絶対。
「そのミュラーとかいうダークエルフが偉大なる御方? 蜃気楼都市の主だと? たかがダークエルフが?」
バカバカしい。
本当に馬鹿げてる。
蜃気楼都市にも亜空にもダークエルフはおらん!
森鬼ならいるけどな!
だったら、そう、蜃気楼都市を訪れた冒険者にあそこでダークエルフなんて見なかったと証言してもらえれば説得力が増すのでは。
「いや、違う」
「違う?」
「ああ、蜃気楼都市の主はもっと強大な存在だとか」
「……」
「君らも商人だ。それなりの情報網は持っていると思う。聞いていないかな。しばらく前になるが、リミアで湖が増えたという話を」
「みず……」
……ん?
「湖……星湖の事ですか?」
僕が言葉に詰まっていたら澪が応じてくれた。
「そうだ。あれは何でも女神と同じ金色の魔力柱から現れた魔人などと呼ばれている輩の仕業だそうだが」
「……」
まじん。
やから。
「神と同じ力を持ち、だが神に抗う意思を持つ救世主らしい」
「な訳あるか」
「なに?」
「え、い、いえ! 何でもありません。それで、魔人、がどう関わっているのでしょう?」
思わず突っ込んでしまった。
しかしまずい。
これはよろしくない、嫌な流れだ。
まさか、そう繋げるのか?
反神教には作家でもいるのか?
「もうわかっているだろう? 偉大なる御方とは、魔人だそうだ。魔人が蜃気楼都市の主にして反神教の神の代わり。女神の永年に渡る理不尽に終止符を打つべく、反神教に力を貸し与えると、その魔人は言ったらしい」
言ってなーい!
一言も言ってなーい!
アーカスにもミュラーにも会った事すらない!
何て事だ。
無茶苦茶な継ぎ接ぎをされた挙句途中式の全てを間違えまくって、でも正解は一致してしまっている。
数学なら問答無用で不正解なのに!
「蜃気楼都市は、言うまでもなくツィーゲでは人気が高い。荒野におけるオアシスにして黄金郷だからな。その主がリミアで力を示した魔人で、冒険者の味方で、そして革命軍を助ける存在だという。更に蜃気楼都市と同じ素材を扱うクズノハ商会はその街の出先機関であると」
水面下で物凄く面倒くさい事になってしまっている。
地味に正解がある辺りがまた嫌らしい。
何だこの上手な嘘の見本みたいのは。
「魔人……。それが蜃気楼都市の主、ですか。なるほど……それはまた」
「澪殿はライドウ殿のようにすぐに否定はしないのか」
「さあ……どうにもお話が大き過ぎて。ただ私はクズノハ商会で若様とずっと仕事をしておりますけれど、反神教なんて名前は一切聞いた事はありませんわね」
……確かに。
魔人は僕で、僕はクズノハ商会と亜空の主だけど。
僕らの間でも亜空でも反神教の名前が出た事は一度も無い。
凄い。
嘘だけど嘘じゃないぞ、澪!
凄い!
「……なるほど。だがクズノハ商会は蜃気楼都市同様ツィーゲでは人気者だ。となれば冒険者を中心にこうした噂の威力というものはゆっくりと、だが確実に中を腐らせる毒となって広がる。手を打たなければ確実にな」
それは、わかる。
「その言いぶりですと、もう腐ったのを排除するだけで済む段階ではないと?」
「残念な事だが」
「ずっと気になっていたのです。長老衆のトップは貴方で間違いないのでしょうが、他の長老は? もしかして……」
「そういう事になる」
そういう事?
「既に取り込まれた後ですか。すると発端はここで、今はスラムの貧民たち」
「……」
「から町人と冒険者にまで毒が広がりつつある、ですか」
「大した御慧眼だ。黄昏街の殆どは奴らに取り込まれた」
「!?」
このエルフはいきなり何を言い出してくれる!?
裏社会がもうやばいカルトに落ちてるとか冗談じゃないよ!?
ツィーゲピンチじゃんか!
「といってもほんの八割五分ほどだがな」
「ほぼ負けでは!」
「だがパトリックがジョーカーを寄越してくれた。カンタもその実力は間違いないと断言した」
ジョーカー。
僕らの事か。
「このような腐毒に黄昏街が染められていく日が来るなど考えてもいなかったのでな。差配は任せよう、私、リオウもお二方の駒として動く所存。どうか、黄昏街を解毒してもらいたい」
黄昏街の長老リオウが頭を下げる。
カンタは彼の右腕ってとこか。
レンブラントさんがそのつもりだったというなら、この人に頼まれるまでもなく何とかするつもりだった。
ここが揺らぐのは、まさに内憂。
こういう解毒は専門外だけど、クズノハ商会で面倒みようじゃないか。
なによりも、だ。
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