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五章 ローレル迷宮編
エア簀巻きの長
しおりを挟むルトは相変わらず人懐っこい笑顔を浮かべてこちらへの好意を隠せず示してる。
しかしながら不思議なもので。
こいつについて僕が知らなかった情報を幾つか手に入れた今、僕の方にはこれまで通りとはいかない胸がモヤモヤする何かを感じてる。
冒険者ギルド、始まりの冒険者との関わり。
そして今朝のソフィア。
どれもが僕にとって“何か納得いかない”事だったからだろうか。
他のメンバーの事はまだわからないけど、六夜さんは過去にも今にも納得しているようだった。
ソフィアも……幸せそうだった。
なのに、当事者でもない僕が気に入らないものを感じていた。
六夜さんたちは賢人、つまり日本人な訳で他人事とも思えないものがあるし。
ソフィアについてはルトとの関係だけで見るなら僕は部外者だけど、彼女の人生の執着とその決着については結構関わってる。
「とにかく、僕の部屋に来い。ちょっと話がある」
「……ねえライドウ君」
「なんだ」
とりあえずお前に気分を害する権利はないぞ。
そんな気分なんだ。
「お互いの経験値を考えると僕に対しての緊縛プレイは早いんじゃないかな。むしろ最初は僕がリードすべき。実は丁度偶然にもアイマスクとか持ってるんだけど目隠しとかって……興味ない?」
とりあえず宙に拘束したままのルトが朗らかに、かつ頬を染めて腐った事を口にした。
こういう奴だった。
ええ、思い出してきました。
「まったくない! ついでに、冒険者ギルドで言う事でもない!」
「ええ!? ここ僕の家みたいなものだから大丈夫大丈夫」
ギルドのマスターですもんねえ。
もういい。
さっさと商会に連行しよう。
っと、その前にトアにも一応アズノワールさんの事を聞いて、あわよくば調べてもらったりとか頼んでみたり。
「ええと、お取り込み中のようですし私は失礼しますね」
「ちょっと待って下さい。実は一つ、もし知っていたらでいいので聞きたい事があるんですけど」
「ライドウさんが私にですか? もちろん、何でもどうぞ?」
トアはきょとんとした様子で質問を許してくれる。
まあ先祖の短剣がどうのって件を含めて、今の彼女は僕に隠し事とかする必要を感じてないようだしね。
助かる。
今は他の人の耳もあるけど……まあアズノワールって名前について僕が口にしたって広まってもメリットのが多そうだ。
構わないな。
ルトは後で聞きただすにしろ、元々彼らとは知己。
それどころか不死である事さえ知ってる。
「騎士アズノワールという人と、何か縁があったり、もしくは関係がある人や物をご存知なら教えて欲しいんですが……」
「っ!!」
「っ!?」
ん?
トアとルトが、どっちも結構なリアクション。
雰囲気というか気配というか。
予想外の名前を聞いたって感じだ。
ただ……これは。
ルトだけじゃなく、トアもアズノワールの名前を知ってる。
レンブラントさんも知っていたしそれだけなら有り得る事かもしれない。
いや。
この驚きようは変だ。
レンブラントさんの時とは質が違う。
「ライドウ君、君……また凄い名前を持ち出すね。そりゃローレルにいれば耳にする事はある名前じゃあるけどさ」
ルトが何とも言えない表情で搾り出すように呟いた。
彼らを不死にした当事者その人だ。
苦々しい記憶も、懐かしい記憶も蘇るのかもな。
「アズノワール……。始まりの冒険者の旗手、騎士アズノワールですか……」
「知ってる、みたいですね」
「私、元を辿れば出身はそちらなんです。ローレルでは巫女と林檎を嫌う人はいません。私も」
「……へぇ」
トアの懐かしそうな言葉にルトが何やら興味を覚えたのか相槌を打った。
「連邦が成立する以前から陰日向なく民を支えいつの世にも活躍の記録が残る伝説の存在、として知っているという訳ですか」
「それもあります。ですが私にとってアズノワールという名は実は少し特別なんです。彼は始まりの冒険者の中では筋肉と無謀の代名詞の様に語られる豪快な人物でエピソードもその類のものが多いんですけど」
旗手、だよね?
リーダー的な。
僕も大概他人の事は言えないトップだけども、それでいいんだろうか。
ルトは愉快そうに微笑んでる。
アズノワールという人物らしい、という事なんだろうか。
「でも決して愚かな男性ではなかった。かつて遥か昔にローレルが国威発揚を目的として、荒野に眠るとある上位竜を降そうと愚かな野望を抱いた時、騎士アズノワールは突然国家の中枢に現れてこれを止めるよう警告しました」
トアさんは昔話をするように語る。
実際昔話だ。
ただし。
彼女にとってはその上位竜への挑戦と散々たる結果が、人生を大きく歪ませるものになったはずだから。
とある上位竜は蜃。
無敵と呼ばれ、世界の果てで惰眠を貪っていた……まあ巴だ。
あいつは言われるまで覚えてもいなかったけど結果は大失敗。
かなりの精鋭が荒野に散った。
トアの先祖もだ。
家宝だか何だかの大事な短剣もそこで失い、一族は国を追われて各地を転々とし、その挙句トアは冒険者となり荒野に先祖の短剣を探しに来た。
で、死に掛けてた所で彼女の妹であるリノンと僕が知り合い、紆余曲折を経てトアと死に掛けメンバーで組んだパーティは今やツィーゲのトップチームとして名を馳せていると。
いやー、人生何があるかなんてわからないよねえ。
今ではその短剣も無事彼女の手に戻り、トアはツィーゲをホームと決めて街に貢献しつつ冒険者として更に腕を磨いてる。
彼女的には終わりよければなんとやら、じゃなかろうか。
「結局、同時期にヤソカツイの大迷宮が噴火したので彼はそちらの被害を抑える為に行動し、その隙に愚かな遠征は決行され……で、結局は私がここにいるって感じですね。だからっていうのもあって、始まりの冒険者の中で私は騎士アズノワールが一番好きですね」
なるほどなるほど。
そんな縁があったか。
ただ当時から見て遥か未来になる今、アズノワールがツィーゲに来る理由にはならなそうだな。
一応ただ知ってる、よりは深い。
でも少し弱いような。
って。
待て。
さらっと凄い事言われた。
迷宮がなんだって?
噴火?
そりゃ火山の専売特許だろ?
「ちょっと待って下さい。あの迷宮って噴火するんですか?」
口にしてみて思った。
僕は何を言ってるんだと。
頭おかしいな、する訳ないだろうに。
常識的に……でもそれが通用しないからな、あそこ。
「私はローレルで生活した事がないのでその辺りはあまり詳しくは。ただそういう事もある場所らしいです。その時は彼のパワーの源、ボードの実を二つ食べて迫り来る溶岩の中を突き進んで深い穴を開けて事を収めたとか」
トアもリノンも帝国に近い場所で生まれたと聞いた覚えがある。
生まれてから一度もローレル連邦には行った事がないとも。
聞いてもそりゃわからないか。
入ってる最中に噴火とかされたら危ないよな。
その辺り、戻ったら皆にも聞いてみるか。
兆候とかあるなら急がなきゃだし。
にしても噴火を止めるとかセル鯨さんじゃあるまいし。
結構とんでもない人らしい。
最後の何とかの実とかの話はお伽話だろうから詳細についてはともかく、噴火の被害を食い止める何らかの偉業を成した事は間違いないんだろうな。
何故か缶詰から緑色の液体を摂取するとムキムキになる古典的なヒーローを思い出した。
「なるほど……」
「……ライドウさんって、次々に世界の謎に関わってく感じですよね。冒険者よりも冒険してます」
「結果的に、確かにそうなってます。不本意ですけど否定できないですね」
「……当時、リミア王国にはリュカという上位竜が住まい豊かな湖から恵みを与えていました。グリトニア帝国にはグロントが砂漠に住み試練を与え、乗り越えた者に祝福を。一方ローレルとアイオンは新興国の中では頭一つ抜けていましたが、大国の仲間入りをするにはまだ微妙なラインにいて……リミアとグリトニアが手にしていた上位竜の力を得る事に躍起になっていたようです。本当に……馬鹿みたいな話です」
詳しいな、トア。
一族の過去だけに語り継がれてきたのか、それとも彼女自身が興味を持って調べたのか。
短剣を自力で取り戻そうと荒野を目指すトアだけにどちらも有り得る。
ともかく、それで蜃をフルボッコにして国に連れ帰ろうとしたってのが過去の遠征の真相?
だとしたら本当に救えない話だ。
当時僕がそこにいたとしても止めとけって言うと思う。
リミアだって住処の湖が国内にあったってだけだ。
グリトニアも白の砂漠は帝国がグロントを呼んで用意した訳じゃなく、元々そこにグロントがいただけの事。
ローレルにはそもそもフツがいたはずだし、迷宮にはドマもいた筈だ。
それなのにどうして、わざわざ荒野の蜃になんて……?
待てよ、迷宮は当時もうあったみたいだ。
なのにローレルは自国内に上位竜の存在がある事を知らなかった?
そんな事、有り得るのか?
!
或いはその当時、ドマは上位竜じゃ……。
いやそれもどうだろう。
「~~♪」
ルトが僕が向けた疑惑の視線をあからさまな態度でかわす。
かわそうとしている。
いや、逃がさねえよ?
これもこいつが関わるか。
もう上位竜で何かある時は、今後も全部こいつが第一容疑者でいいや。
「そうでしたか。あまり気持ちの良い話ではないでしょうに話させてしまって申し訳ありませんでした。それでももし、彼の事で他に何か思い出した事があったら商会に連絡してもらえますか? 今関わっている件で少しでも騎士アズノワールや始まりの冒険者について知っておきたいので」
「もう全部過去の事ですから。構いません。家に戻ったら改めて調べておきます!」
過去か。
僕がおかしいのかもしれないな。
確かに既に終わった過去。
今更どうする事もできやしない。
少なくともトアは、自分の目的を果たし今こそ人生を生きようとしているんだと思う。
その姿は間違ってないし、眩しいとも感じる。
「ありがとうございます」
「では私はこれで。ヴィーガンさんも、また」
「あ、道案内ありがとう。あとごめんね、実はその名前偽名なんだ」
「え?」
「安全の為に仕方なく名乗ってて騙す気なんてこれっぽっちもなかったんだ。トア、君に会えて良かった。いやツィーゲの冒険者ギルドはスタッフもトップの冒険者も素晴らしい。どこもこのくらい活気と緊張感があればいう事なしなんだけどね。このファルス、ギルドの長として誇りに思うよ」
「ファ、おっ、えええ!?」
「あはは。もし君が望むなら冒険者ギルド直轄のスタッフとして雇う用意もある。その気になったらいつでも係りの者に伝えてね。それじゃライドウ君、クズノハ商会に行こうか」
何がこのファルス、だよ。
それも偽名だろうが。
ルトは本当に呼吸をするように嘘を言う。
実はロナと同じタイプなんじゃないだろうか。
しかし空中で拘束されてモゴモゴしたままキリッとして見せても、貫禄なんぞゼロだろ思うが。
行こうか、なんて言った所で自分じゃ動けない訳だし。
それにだ。
ルト。
鼻毛出てんぞ。
間違えた。
鼻血出てんぞ。
「……はぁ」
「ちょっとライドウ君。気になるね、そのため息。え、なんで? どうして頭下かな。あ、なんかツンときた。これ鼻血? 鼻血だよね? ライドウ君、僕鼻血出てるんだけど!?」
そりゃ、拳のめり込んだし。
多少の負傷はするだろう、お前でも。
「じゃあ、皆さん。すみません、お騒がせしました」
ペコリと一礼する。
周囲になんとも収拾のつかない空気が満ちていくのがわかる。
責任は取らない。
こっちはこれからルトとお話しなきゃならんのだから。
多分すっきりなんてしない。
でもほんの少しでも。
このモヤモヤした嫌な気分が晴れてくれれば、嬉しいんだけどな。
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