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第17章 勇者と嵐の旅立ち編
第226話 勇者と新たなる地獄
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それはS領域の片隅に座り込み、ブツブツと何かを呟きながら、指を小刻みに動かしていた。
見えない何かを両手で握り締め、凄まじいスピードで指先が忙しなく動いている。だが不思議なことに、手首から上は微動だにしない。
いや……正確にいうのなら、呼吸するために胸は上下しているが、それ以外の部位は彫像のように動かず、それは一心不乱に何かを操作していた……正座で!
「しかし……マジでキモイな! 手の動きに反して、他がまったく動いていないぞ? あとなんで正座なの⁈」
「おそらく長時間に渡るゲームをプレイするため、体にもっとも負担のかからん姿勢を模索した結果なんだろうが……いくらなんでもコレは」
白黒マダラ模様のカラスと、赤い宝石が一つ目の巨人を連想させる、白い仮面を被った裸の変態(局部モザイク有り)が、変態プレーに没頭する変態の姿に呆れていた。
「う~ん。俺もS領域に閉じ込められるまでに、いろいろな奴を見てきたが……コイツはトップクラスにやばいな」
「そ、そうか……」
妄想脳内ゲームに没頭するヒロを見た希望の災厄、エルビスの何気ない一言に、謎の変態サイプロプスの声が微かに震え動揺を見せていると――
「いいぞ……いいペースだ。これはゴラムズ最速最高得点をマークできるぞ。 イケる! きえー!」
――ヒロが奇声を発しはじめた。
「これはいつ終わるんだ? 最高得点を達成したらか?」
「ゴラムズをプレイしているとなると……終わりはないな。最高得点に到達しても、プレイミスしない限りエンドレスにプレイできる。コイツの場合、最低三日は徹夜でプレイし続けられるだろう」
「三日って……」
肩をすくめながら答えるサイプロプスに、エルビスは呆れた表情を浮かべた。
「……いくら現実世界とS領域との時間の流れが違うと言っても、時間がもったいなくね?」
「現実世界でコイツが動く時間も考えると……一晩ぐらいしか鍛える時間は割けんな」
「だよな~、傲慢に戦いを挑むのなら、せめて『オーラ』を使った防御方法くらい覚えないとな」
エルビスはヤレヤレと両手を上げながら、顔を横に振る。
「逆にオーラによる精神攻撃を防げさえすれば……」
「憤怒の坊やに勝ったヒロなら勝てる可能性は高い。プライドは直接的な攻撃にめっぽう弱いからな」
「だが……オーラを習得するには、あまりにも時間が足りん」
「そうなんだよ。とりあえず攻撃よりも防御を優先だな。お~い、ヒロ~」
するとエルビスはピョンと飛び立ち、ヒロの頭に着地すると、そのまま頭を翼でポカポカ叩きはじめる。
「そろそろゲームはやめてくれよ~」
だがいくら叩こうとヒロの手は止まらず、業を煮やしたエルビスは頭の上で団駄を踏みだすが……一向にやめる気配を見せない。
「ふむ。いくらゲームに夢中と言っても、コイツなら別の気配が近づいた時点で気づくはずだが……禁断症状か?」
「禁断症状?」
「ああ、ゲーマー特有の症状だ。長らくゲームをプレイしていなかったため、精神が限界をきたしたみたいだな。本能が妄想ゲームで精神状態を保とうとしたが、コイツの欲求が大きすぎて止まらなくなっているようだ」
「ゲームって、麻薬か何かなの?」
「まあ、近いものはあるな。適量なら薬にもなるが、度がすぎると毒になるのと一緒だ。しかしコレの場合、度を超すレベルが普通ではない。大きすぎる欲求に対して、妄想ゲームでは満たされなくなってきているな」
「砂漠にコップ一杯の水を撒いても、潤うことはないのと一緒か」
「そうだ。かなり精神的にバグってきている。少し早いが、アレを手に入れさせないとまずいかもな……先に……女……ギガ……手に入れさせ…………」
するとサイプロプスはアゴに手をやり、ブツブツと呟きながら何かを考え込む。
「ん、なんだ?」
「……いや、なんでもない。さて、時間もない。いい機会だからこうなった時の対処法を教えておく」
「対処法なんてあるのコレ?」
「ああ、俺はコイツのすべてを知っている。こうゆう場合は……」
すると、サイプロプスの右手から先にモザイクが掛かる。何回かモザイクが瞬くと、いつの間にか手に剣が握られていた。
「おい、おい、なにするつもりだ?」
「右斜め四十五度から真っすぐに……」
するとサイプロプスは、氷のように冷たい殺気を剣にまとわせながら上段に構える。
『まさか寸止めだよな』と、瞬時に希望の魔眼を発動したエルビスの脳裏に、ヒロ共々、真っ二つにされるスプラッターな未来が視えた瞬間――
「斬り殺せ!」
――裂帛の声と共に、サイプロプスは剣を振り下ろした。
「俺ごと斬るな~!」
エルビスはヒロの頭を踏み台にすると、いち早く飛び上がり頭上へ逃げる。
迫り来る剣……妄想ゲームに浸るヒロの頭に剣が振り下ろされようとしたとき、エアーコントローラーを持つヒロの手に闘気が宿り、剣が当たる寸前に両手で受け止た。
「な、なんだこの殺気は⁈ サイプロプス?」
「ほう、随分と成長したようだ。手加減したとはいえ、俺の剣を素手で受け止めるとはな」
「いきなりゲーム中に斬りかかるな! もう少しで静止状態にできず、最高得点を逃すとこだったぞ!」
「俺が斬りかかるわずかな時間で、ゲームを中断する余裕があるとはな。これは鍛え甲斐がありそうだ!」
サイプロプスの仮面の赤い宝石が怪しく光ると、真剣白刃取りで受け止めた剣から殺気と闘気が飛ばされ、目に見えない斬撃がヒロに撃ち込まれる。
「クッ⁈」
至近距離から放たれた斬撃にヒロは反応し、致命傷を逃れようと体を捻る。だが――
「なっ⁈」
斬撃の軌道上から逃れようとする体が、まるで万力で固定されたかのように動かなくなる。そして鋭い痛みが走り、そのままヒロの意識は途絶えた。
ドサっと頭のテッペンから唐竹割りにされた体がふたつに分かたれ、ヒロだった物が地面に倒れ込む。
「おい~! いきなり俺ごと殺そうとするなよ。この空間でいくら殺されようと死なないにしても、痛みはあるんだからな!」
「その痛みがあるから人は強くなれる。死から逃れようと生き足掻くことで、人は最も早く成長できるのさ」
「スパルタだな~、そんなやり方を続けていたら、いくらヒロでも持たないぞ?」
「仕方あるまい。まさかこんな序盤で憤怒に勝利するなど、夢にも思わなかった。憤怒を倒した以上、間違いなくコイツは他の災厄たちに命をつけ狙われる。俺の望む未来に辿り着くために……いまはできる限りコイツを鍛えておく必要がある」
「う~ん。俺様の望む未来にもヒロは必要だからな~。よし、ここは俺も心を鬼にして鍛えてやろう! ヒロ、俺様は決してお前が憎くてやるんじゃないからな……クックックックッ」
「そう、俺も決して楽しいからお前を鍛える訳ではないぞ……フッ」
エルビスとサイプロプスは、とてつもなく邪悪な含み笑いを浮かべた。
すると……ふたつに分たれたヒロの体にモザイクが掛かり、体を覆い尽くし消え去った後に、元通りに生き返ったヒロが現れる。
「グッ、僕は……⁈」
「ようやく復活したか」
「サイプロプス……そうだ。僕はお前に斬り殺されて……いきなり何をするんだ!」
「いきなりだと? いつから俺とお前は仲良しこよしになった? 成長したと思ったが、まだまだのようだ。殺気を感じてゲームをポーズ? 随分と余裕だな。強くなって慢心したか? その結果がいまの死だ。ここが現実世界なら、お前の命は終わっていたぞ」
「……」
ヒロに言葉はなかった。本来なら殺気を感じた時点で、すぐに動き出し攻撃を回避すれば、死ぬこともなかったかもしれない。
「いいか? いくら強かろうと、弱者に足元をすくわれ、命を落とすこともある。お前が憤怒に勝ったような大番狂わせがな。この先、その油断が命取りにならんよう、肝に銘じておけ」
サイプロプスの言葉がヒロに突き刺さり、正論に恥じて心は沈みこむ。すると……。
「まあまあ、そう厳しくいうなよ。お前もヒロを思っての忠告なんだろ? ヒロもたしかに油断しすぎだ。ココがS領域だったからいいようなものの、地上世界なら死んでいたぞ。教えてくれてサンキューくらいに軽く受け入れて、次に活かせよ」
ヒロの頭の上に降り立った希望が、暗く沈んだ空気を明るくする。
「エルビス……」
「まあ、オレ様がいれば、地上世界でなにかあっても、助けてやるから安心しろ」
エルビスは翼を広げ、自信満々にヒロを助けると豪語する。
「ちなみにソイツは、真っ先にお前を見捨てて逃げたぞ」
「頭から降りろクソガラス!」
エルビスの足をガシッと掴み、地面に叩きつけるヒロ……だが希望の魔眼で未来を視ていたエルビスは、空中で羽ばたき、ヒロの前に降り立った。
「ヒロ、なにすんだよ~」
「チッ! 仕留め損ねた」
悪びれる様子もなく、アッケラカンとするエルビスに、ヒロは舌打ちする。
「そうツンツンするなって。オレ様たちは互いの目的のために集まった仲なんだし……三人仲良くやろうぜ」
「仲良くする気は毛頭ないが、ヒロ……お前には強くなってもらわないと困る。少なくとも、これから襲い来る災厄どもを倒すほどにはな」
サイプロプスは腕を組みながらヒロに答える……全裸で!
「なぜ、他の災厄が僕を……コイツか?」
ヒロはジト目で、エルビスに視線を向けると、『人気者は辛いね~』と頭の後ろで手を組んだカラスがピ~ヒャラと口笛を吹いていた。
「いや、問題はお前が憤怒を倒し封印したことだ。自分たちを倒せる存在だけでも脅威だというのに、封印までされると知ったら……」
「遅かれ早かれ、脅威を排除しようと動きだす?」
「そうだ。憤怒を倒せたとしても、他の災厄に勝てる保証はどこにもない。だから俺は貴重な力を使ってでも、お前を鍛えなければならなくなった。さあ、時間は有限だ。構えろ。お前には、次の段階に立ってもらわぬばならないからな」
殺気と闘気を混ぜ合わせた気殺を、サイプロプスは剣にまとわせると、ヒロは即座に反応し、徒手空拳で構える。
「僕に剣は?」
「必要ない。お前はただ技を食らって覚えるだけだ……」
サイプロプスの濃厚な気殺が周囲に満ちていく。
「気殺の次のステージをな!」
「クッ、これはさっきの⁈」
周囲に満ちた気殺がヒロの体にまとわりつき、動きを固めてしまう。
「お前は『気勢』で周囲を征し、『気殺刃』で殺気を硬質化し、飛ばす段階をクリアーした。そんなお前が次に学ぶのは……この『気殺圏』の習得だ」
「か、体が……」
「この気殺圏は、自らの殺気と闘気をブレンドした気殺を周囲に放ち、物理的に固めることで相手の動きを阻害する技なのだが、コントロールが難しい。だがモノにすれば、これからの戦いに役立つはずだ」
「どうやって、この状態で覚えろと……」
サイプロプスが放つ気殺が、ヒロの体をジワジワと締め上げていく。
ヒロも力を込めて必死に抗うが、それ以上の力に体はガッチリと拘束されてしまう。
「俺の気殺圏の拘束から抜け出してみろ。これができれば、気殺圏は自ずと修得しているはずだ」
「はずってなんだよ」
「気殺は俺のオリジナルだからな。他のやつに教えたこともない我流の技だ。ゆえに、この方法で習得できるかは……わからん!」
「おい!」
「まあ俺が技を修得したときの状況を再現し。アドバイスすれば気殺圏も覚えられる……と思う」
「そこはせめて、覚えられると言い切ってくれ……グッ」
気殺による締め付けがより強くなり、さらなる苦痛がヒロを襲う。
「時間もないしさっさとやるぞ。気殺圏を使うのに今のお前ならそう難しくはない。気勢と気殺刃が使えるのなら原理は同じ。気殺を周囲に放ちそれを固定すればいい」
「クッ、気殺を周囲に……」
ヒロは、サイプロプスに言われるがまま気殺を無作為に全方向に放つと、一瞬だけ締め付けは緩むのだが――
「グァァァァァッ!」
――すぐに放出は止まり、再び体が締め上げられる。
「ただ気殺を放つだけじゃ、すぐに力が尽きてしまうぞ。この技のコツは、体から『ジワッ!』と気殺を染み出させ、薄皮一枚分で放出した気殺を留めるのがコツだ」
「こうか……」
ヒロは気殺を全身から弱く放つことで、体の締め付けが若干緩まる。
「それはチョロチョロと気殺を垂れ流しているだけだ。最初は放出する気殺を、体にまとわせるイメージでやってみろ」
言われるがままにヒロは気殺を放つと、全身を襲う痛みが和らぐ。
「ほう、やはり筋はいいようだな。よし、それじゃあ準備はこれくらいにして……本番といこう!」
「なっ⁈」
サイプロプスの声と共に、体の各部を締め上げる力がランダムに変わり、気殺の薄い部位に痛みが走る。
「さあ、どの部位が締め上げられても、気殺を最適な強さで放出し体にまとわせてみろ」
「ちょっと待て、いきなりこんなグァァァ!」
話し途中で悲鳴を上げたヒロ……左腕があらぬ方向に曲がり、苦痛で顔を歪めていた。
「少しでも気を抜けば、そうなるぞ。そらそら!」
折れた腕の痛みに構う暇など与えんと、サイプロプスは締め上げる力を、ランダムで強弱をつける。
「む、無茶苦茶すぎるぞ」
「無駄口を叩く暇があったら、とっとと技を習得しろ! 右足と頭部の気殺が足りていないぞ。一箇所に集中すると他の部位が疎かになる。意識しなくても、常に最適な強さで放出しろ」
「クッ……」
このままではと、ヒロは意識を集中し、頭の『スイッチ』をオンに切り替える。世界の流れがスローモーションのように遅くなり、思考が加速する。
(右脚、頭、左ひざ、折れた左腕⁈)
ヒロは体の各部に掛かろうとする力を、瞬時に肌で感知すると同時に最適な強さに調整した気殺を放つ。
少しでも集中を切らし、放つのが遅れれば、さらなる苦痛が襲い掛かる。
(クソ、これは気殺を込める量が少なかった。こっちは多すぎだ。殺気はともかく、闘気には限りがある。うまく節約しないと長く続かない)
地獄の締め上げから脱するため、ヒロはただひたすらに抗い続ける。すると――
「さあ、ここからはオレ様も加わるぞ」
――エルビスがヒロの肩に乗り、ヒロの耳元にクチバシを近づける。
「こんな時になんだ⁈」
「いいかヒロ、コレからの戦いで災厄の奴らと渡り合うには、オーラが絶対に必要になる」
ヒロは黒いオーラをまとった憤怒の一撃を思い出していた。南の森、外周を吹き飛ばした強大な力を……。
「だがお前はまだオーラを使えない。そこでオレ様が、特別にオーラの修得を手助けしてやる。感謝しろよ~」
「この状況でか!」
「時間がないんだよ。さっさと覚えて地上に戻らないと、リーシアって女を助けるための時間がなくなるぞ?」
「……どうすればいい? 僕はサイプロプスの方だけで、今も手がいっぱいだぞ」
エルビスと話しながらも、サイプロプスの締め付けは続き、ヒロは抗い続けていた。
「あ~、とくにヒロはすることないぞ」
「どういう意味だ?」
「まずヒロは、自分のオーラを知覚しなきゃならない」
「知覚?」
「そそ、オーラってのは別に特別なものじゃない。魂を持つ者なら必ずもつ霊的な力……それがオーラなのさ」
「霊的って、僕は霊感なんて持っていないし、幽霊も見たこともないぞ。うあぁぁぁぁ」
「オーラは魂がある者なら誰しもが持っているけど、その力に気づくことなく生を終えるのが普通だからな。幽霊みたいな幽鬼系の魔物は、オーラがないと姿を見るのはおろか、物理的に干渉することもできない」
「すると僕にも? 痛!」
「当然ある。でも、ヒロ自身が自分のオーラを知覚していないから、力が使えないんだ。まずはオーラを知覚するとこからスタートだな」
「この状態からどうやってだよ⁈」
話しながらも、サイプロプスのランダム締め上げは続いていた。ヒロは判断を誤り、ダメージを負っていたが、ギリギリのとこで抗い続けていた。
「オーラを知覚するには、魂にオーラをぶつけて、防御反応で出たオーラを感じるのが一番手っ取り早い。つまり……ヒロの耳元でオレ様がオーラを込めて囁き続ければいいのさ! というわけで第一回、オレ様美声ショーの開催だ。ボエ~♪」
「ぐああわあわあわあ、耳が! 耳がぁぁぁぁ!」
突如はじまったエルビスの歌謡ショー、耳元でエルビスの歌声が大音声で流れ、ヒロの聴覚にダメージが入ると――
「こっちを忘れてもらっては困るな。少し強めにいくぞ!」
――サイプロプスは、ヒロを締め上げるスピードと力のギアを上げる。
「まっ⁈」
『待て』と声を上げる前に、ヒロのあらゆる部位が締め上げられ悲鳴を上げた。体中の筋肉と神経が裂け、骨の砕け散る音が響き渡る。
するとヒロは頭をダラリと垂れ下げ、動かなくなると……そのまま物言わぬ死体へと変わってしまった。
「ふん。死んだか? 始めたばかりとは言え、これしか持たんとは……先が思いやられる」
サイプロプスは気殺圏を解くと、ヒロだったものは、糸の切れた操り人形のように地面に倒れ込んでしまう。
「う~ん。オレ様の美声に気を取られちまったかな。我ながら自分の才能が怖いぜ」
「……」
「それにしても、いくら時間がないといってもエゲツないな。闘気が尽きて回復する時間が惜しいからって殺すなんて」
「S領域でなら、いくら力が尽きようと、死ねば元に戻る。ここは修行をするには打ってつけだからな。キサマだってそうだろう?」
サイプロプスの言葉に、エルビスはニヤリとする。
「おまえ、オーラを知ってるの?」
「多少はな。オーラを知覚するには、オーラを当てた際に起こる防御反応を利用するくらいしか知らん」
「まあオーラの存在を知っているヤツでも、そこまでしか知らないか……オーラってのは、魂が内包する霊的な力で、本来なら肉体という器に入った魂のオーラが増えることはない」
「コップの容量以上に水が入れられないようなものか?」
「そそ、人が持つオーラの容量なんて、一滴の水ぐらいしかないからさ。そんは量じゃなにもできないし、かといって器の大きさを変えることは普通できない」
「普通か……読めてきた」
「手っ取り早く魂の器を大きくするには、肉体という器から魂を解き放つ必要があるってわけ」
「人が魂を解き放つ……つまり死か」
「その通り、死ぬことで魂はS領域に触れ、魂の容量が拡張される」
「それと同時にオーラの総量が増え、知覚しやすくなるわけか」
「そういうこと。だからこのS領域でヒロが死にまくれば、いつかはオーラに目覚めるって寸法さ」
「キサマも存外に鬼だな。ここでの死は、魂の寿命を削ることになる。何回死のうが、寿命さえあれば復活するが……」
「寿命が尽きれば魂は消滅して、その存在は無へと帰するだろ? 悪いがそんなことは知っているさ。オレ様は、目的のためなら手段は選ばないタイプなんでな。ヒロに恨まれようが構わない。お前だって同じだろ?」
「ああ、そうだ。オレは……妻と子供の仇を討てるならば、ヒロにいくら恨まれようが構いやしない」
「復讐か……まあ、邪魔はしないさ」
サイプロプスは、怒りとも悲しみとも取れる複雑な感情を込めて呟くと、エルビスは目を細め静かに応える。
「……」
それぞれの心中でさまざまな思惑が渦巻き、二人は無言になってしまう。一時の沈黙が訪れ、静かな時間だけが流れていく。
だが静寂に包まれた空間も、ヒロだったものに無数のモザイクが入り、その姿を隠していくことで終わりを迎える。
「お、生き返るな。さて、それじゃあ、またオレの美声を聞かせてやるとするか」
「待て、いきなりだと効率が悪い。歌うのは闘気が尽きた後にしろ」
「わかってるって、最初はオーラは込めずに歌うから安心しろ。何百年もS領域に閉じ込められ、暇を持てやまし鍛え上げられたオレ様の美声で、修行に華を添えてやるだけさ」
「華だと……まあいい。さあ復活だ。ヒロ、オレを恨むなら、いくらでも恨め。鬼と呼ぶならそう呼ぶがいい。奴を……創世神を引きずり出せるのなら、なんにだってなってやる。だから、オレのために強くなれ!」
無数のモザイクに覆われたヒロを見て、サイプロプスは復讐の炎を燃え上がらせるのであった。
〈地獄の特訓に、希望の美声が加わったとき……勇者の前に、さらなる地獄が現れる!〉
見えない何かを両手で握り締め、凄まじいスピードで指先が忙しなく動いている。だが不思議なことに、手首から上は微動だにしない。
いや……正確にいうのなら、呼吸するために胸は上下しているが、それ以外の部位は彫像のように動かず、それは一心不乱に何かを操作していた……正座で!
「しかし……マジでキモイな! 手の動きに反して、他がまったく動いていないぞ? あとなんで正座なの⁈」
「おそらく長時間に渡るゲームをプレイするため、体にもっとも負担のかからん姿勢を模索した結果なんだろうが……いくらなんでもコレは」
白黒マダラ模様のカラスと、赤い宝石が一つ目の巨人を連想させる、白い仮面を被った裸の変態(局部モザイク有り)が、変態プレーに没頭する変態の姿に呆れていた。
「う~ん。俺もS領域に閉じ込められるまでに、いろいろな奴を見てきたが……コイツはトップクラスにやばいな」
「そ、そうか……」
妄想脳内ゲームに没頭するヒロを見た希望の災厄、エルビスの何気ない一言に、謎の変態サイプロプスの声が微かに震え動揺を見せていると――
「いいぞ……いいペースだ。これはゴラムズ最速最高得点をマークできるぞ。 イケる! きえー!」
――ヒロが奇声を発しはじめた。
「これはいつ終わるんだ? 最高得点を達成したらか?」
「ゴラムズをプレイしているとなると……終わりはないな。最高得点に到達しても、プレイミスしない限りエンドレスにプレイできる。コイツの場合、最低三日は徹夜でプレイし続けられるだろう」
「三日って……」
肩をすくめながら答えるサイプロプスに、エルビスは呆れた表情を浮かべた。
「……いくら現実世界とS領域との時間の流れが違うと言っても、時間がもったいなくね?」
「現実世界でコイツが動く時間も考えると……一晩ぐらいしか鍛える時間は割けんな」
「だよな~、傲慢に戦いを挑むのなら、せめて『オーラ』を使った防御方法くらい覚えないとな」
エルビスはヤレヤレと両手を上げながら、顔を横に振る。
「逆にオーラによる精神攻撃を防げさえすれば……」
「憤怒の坊やに勝ったヒロなら勝てる可能性は高い。プライドは直接的な攻撃にめっぽう弱いからな」
「だが……オーラを習得するには、あまりにも時間が足りん」
「そうなんだよ。とりあえず攻撃よりも防御を優先だな。お~い、ヒロ~」
するとエルビスはピョンと飛び立ち、ヒロの頭に着地すると、そのまま頭を翼でポカポカ叩きはじめる。
「そろそろゲームはやめてくれよ~」
だがいくら叩こうとヒロの手は止まらず、業を煮やしたエルビスは頭の上で団駄を踏みだすが……一向にやめる気配を見せない。
「ふむ。いくらゲームに夢中と言っても、コイツなら別の気配が近づいた時点で気づくはずだが……禁断症状か?」
「禁断症状?」
「ああ、ゲーマー特有の症状だ。長らくゲームをプレイしていなかったため、精神が限界をきたしたみたいだな。本能が妄想ゲームで精神状態を保とうとしたが、コイツの欲求が大きすぎて止まらなくなっているようだ」
「ゲームって、麻薬か何かなの?」
「まあ、近いものはあるな。適量なら薬にもなるが、度がすぎると毒になるのと一緒だ。しかしコレの場合、度を超すレベルが普通ではない。大きすぎる欲求に対して、妄想ゲームでは満たされなくなってきているな」
「砂漠にコップ一杯の水を撒いても、潤うことはないのと一緒か」
「そうだ。かなり精神的にバグってきている。少し早いが、アレを手に入れさせないとまずいかもな……先に……女……ギガ……手に入れさせ…………」
するとサイプロプスはアゴに手をやり、ブツブツと呟きながら何かを考え込む。
「ん、なんだ?」
「……いや、なんでもない。さて、時間もない。いい機会だからこうなった時の対処法を教えておく」
「対処法なんてあるのコレ?」
「ああ、俺はコイツのすべてを知っている。こうゆう場合は……」
すると、サイプロプスの右手から先にモザイクが掛かる。何回かモザイクが瞬くと、いつの間にか手に剣が握られていた。
「おい、おい、なにするつもりだ?」
「右斜め四十五度から真っすぐに……」
するとサイプロプスは、氷のように冷たい殺気を剣にまとわせながら上段に構える。
『まさか寸止めだよな』と、瞬時に希望の魔眼を発動したエルビスの脳裏に、ヒロ共々、真っ二つにされるスプラッターな未来が視えた瞬間――
「斬り殺せ!」
――裂帛の声と共に、サイプロプスは剣を振り下ろした。
「俺ごと斬るな~!」
エルビスはヒロの頭を踏み台にすると、いち早く飛び上がり頭上へ逃げる。
迫り来る剣……妄想ゲームに浸るヒロの頭に剣が振り下ろされようとしたとき、エアーコントローラーを持つヒロの手に闘気が宿り、剣が当たる寸前に両手で受け止た。
「な、なんだこの殺気は⁈ サイプロプス?」
「ほう、随分と成長したようだ。手加減したとはいえ、俺の剣を素手で受け止めるとはな」
「いきなりゲーム中に斬りかかるな! もう少しで静止状態にできず、最高得点を逃すとこだったぞ!」
「俺が斬りかかるわずかな時間で、ゲームを中断する余裕があるとはな。これは鍛え甲斐がありそうだ!」
サイプロプスの仮面の赤い宝石が怪しく光ると、真剣白刃取りで受け止めた剣から殺気と闘気が飛ばされ、目に見えない斬撃がヒロに撃ち込まれる。
「クッ⁈」
至近距離から放たれた斬撃にヒロは反応し、致命傷を逃れようと体を捻る。だが――
「なっ⁈」
斬撃の軌道上から逃れようとする体が、まるで万力で固定されたかのように動かなくなる。そして鋭い痛みが走り、そのままヒロの意識は途絶えた。
ドサっと頭のテッペンから唐竹割りにされた体がふたつに分かたれ、ヒロだった物が地面に倒れ込む。
「おい~! いきなり俺ごと殺そうとするなよ。この空間でいくら殺されようと死なないにしても、痛みはあるんだからな!」
「その痛みがあるから人は強くなれる。死から逃れようと生き足掻くことで、人は最も早く成長できるのさ」
「スパルタだな~、そんなやり方を続けていたら、いくらヒロでも持たないぞ?」
「仕方あるまい。まさかこんな序盤で憤怒に勝利するなど、夢にも思わなかった。憤怒を倒した以上、間違いなくコイツは他の災厄たちに命をつけ狙われる。俺の望む未来に辿り着くために……いまはできる限りコイツを鍛えておく必要がある」
「う~ん。俺様の望む未来にもヒロは必要だからな~。よし、ここは俺も心を鬼にして鍛えてやろう! ヒロ、俺様は決してお前が憎くてやるんじゃないからな……クックックックッ」
「そう、俺も決して楽しいからお前を鍛える訳ではないぞ……フッ」
エルビスとサイプロプスは、とてつもなく邪悪な含み笑いを浮かべた。
すると……ふたつに分たれたヒロの体にモザイクが掛かり、体を覆い尽くし消え去った後に、元通りに生き返ったヒロが現れる。
「グッ、僕は……⁈」
「ようやく復活したか」
「サイプロプス……そうだ。僕はお前に斬り殺されて……いきなり何をするんだ!」
「いきなりだと? いつから俺とお前は仲良しこよしになった? 成長したと思ったが、まだまだのようだ。殺気を感じてゲームをポーズ? 随分と余裕だな。強くなって慢心したか? その結果がいまの死だ。ここが現実世界なら、お前の命は終わっていたぞ」
「……」
ヒロに言葉はなかった。本来なら殺気を感じた時点で、すぐに動き出し攻撃を回避すれば、死ぬこともなかったかもしれない。
「いいか? いくら強かろうと、弱者に足元をすくわれ、命を落とすこともある。お前が憤怒に勝ったような大番狂わせがな。この先、その油断が命取りにならんよう、肝に銘じておけ」
サイプロプスの言葉がヒロに突き刺さり、正論に恥じて心は沈みこむ。すると……。
「まあまあ、そう厳しくいうなよ。お前もヒロを思っての忠告なんだろ? ヒロもたしかに油断しすぎだ。ココがS領域だったからいいようなものの、地上世界なら死んでいたぞ。教えてくれてサンキューくらいに軽く受け入れて、次に活かせよ」
ヒロの頭の上に降り立った希望が、暗く沈んだ空気を明るくする。
「エルビス……」
「まあ、オレ様がいれば、地上世界でなにかあっても、助けてやるから安心しろ」
エルビスは翼を広げ、自信満々にヒロを助けると豪語する。
「ちなみにソイツは、真っ先にお前を見捨てて逃げたぞ」
「頭から降りろクソガラス!」
エルビスの足をガシッと掴み、地面に叩きつけるヒロ……だが希望の魔眼で未来を視ていたエルビスは、空中で羽ばたき、ヒロの前に降り立った。
「ヒロ、なにすんだよ~」
「チッ! 仕留め損ねた」
悪びれる様子もなく、アッケラカンとするエルビスに、ヒロは舌打ちする。
「そうツンツンするなって。オレ様たちは互いの目的のために集まった仲なんだし……三人仲良くやろうぜ」
「仲良くする気は毛頭ないが、ヒロ……お前には強くなってもらわないと困る。少なくとも、これから襲い来る災厄どもを倒すほどにはな」
サイプロプスは腕を組みながらヒロに答える……全裸で!
「なぜ、他の災厄が僕を……コイツか?」
ヒロはジト目で、エルビスに視線を向けると、『人気者は辛いね~』と頭の後ろで手を組んだカラスがピ~ヒャラと口笛を吹いていた。
「いや、問題はお前が憤怒を倒し封印したことだ。自分たちを倒せる存在だけでも脅威だというのに、封印までされると知ったら……」
「遅かれ早かれ、脅威を排除しようと動きだす?」
「そうだ。憤怒を倒せたとしても、他の災厄に勝てる保証はどこにもない。だから俺は貴重な力を使ってでも、お前を鍛えなければならなくなった。さあ、時間は有限だ。構えろ。お前には、次の段階に立ってもらわぬばならないからな」
殺気と闘気を混ぜ合わせた気殺を、サイプロプスは剣にまとわせると、ヒロは即座に反応し、徒手空拳で構える。
「僕に剣は?」
「必要ない。お前はただ技を食らって覚えるだけだ……」
サイプロプスの濃厚な気殺が周囲に満ちていく。
「気殺の次のステージをな!」
「クッ、これはさっきの⁈」
周囲に満ちた気殺がヒロの体にまとわりつき、動きを固めてしまう。
「お前は『気勢』で周囲を征し、『気殺刃』で殺気を硬質化し、飛ばす段階をクリアーした。そんなお前が次に学ぶのは……この『気殺圏』の習得だ」
「か、体が……」
「この気殺圏は、自らの殺気と闘気をブレンドした気殺を周囲に放ち、物理的に固めることで相手の動きを阻害する技なのだが、コントロールが難しい。だがモノにすれば、これからの戦いに役立つはずだ」
「どうやって、この状態で覚えろと……」
サイプロプスが放つ気殺が、ヒロの体をジワジワと締め上げていく。
ヒロも力を込めて必死に抗うが、それ以上の力に体はガッチリと拘束されてしまう。
「俺の気殺圏の拘束から抜け出してみろ。これができれば、気殺圏は自ずと修得しているはずだ」
「はずってなんだよ」
「気殺は俺のオリジナルだからな。他のやつに教えたこともない我流の技だ。ゆえに、この方法で習得できるかは……わからん!」
「おい!」
「まあ俺が技を修得したときの状況を再現し。アドバイスすれば気殺圏も覚えられる……と思う」
「そこはせめて、覚えられると言い切ってくれ……グッ」
気殺による締め付けがより強くなり、さらなる苦痛がヒロを襲う。
「時間もないしさっさとやるぞ。気殺圏を使うのに今のお前ならそう難しくはない。気勢と気殺刃が使えるのなら原理は同じ。気殺を周囲に放ちそれを固定すればいい」
「クッ、気殺を周囲に……」
ヒロは、サイプロプスに言われるがまま気殺を無作為に全方向に放つと、一瞬だけ締め付けは緩むのだが――
「グァァァァァッ!」
――すぐに放出は止まり、再び体が締め上げられる。
「ただ気殺を放つだけじゃ、すぐに力が尽きてしまうぞ。この技のコツは、体から『ジワッ!』と気殺を染み出させ、薄皮一枚分で放出した気殺を留めるのがコツだ」
「こうか……」
ヒロは気殺を全身から弱く放つことで、体の締め付けが若干緩まる。
「それはチョロチョロと気殺を垂れ流しているだけだ。最初は放出する気殺を、体にまとわせるイメージでやってみろ」
言われるがままにヒロは気殺を放つと、全身を襲う痛みが和らぐ。
「ほう、やはり筋はいいようだな。よし、それじゃあ準備はこれくらいにして……本番といこう!」
「なっ⁈」
サイプロプスの声と共に、体の各部を締め上げる力がランダムに変わり、気殺の薄い部位に痛みが走る。
「さあ、どの部位が締め上げられても、気殺を最適な強さで放出し体にまとわせてみろ」
「ちょっと待て、いきなりこんなグァァァ!」
話し途中で悲鳴を上げたヒロ……左腕があらぬ方向に曲がり、苦痛で顔を歪めていた。
「少しでも気を抜けば、そうなるぞ。そらそら!」
折れた腕の痛みに構う暇など与えんと、サイプロプスは締め上げる力を、ランダムで強弱をつける。
「む、無茶苦茶すぎるぞ」
「無駄口を叩く暇があったら、とっとと技を習得しろ! 右足と頭部の気殺が足りていないぞ。一箇所に集中すると他の部位が疎かになる。意識しなくても、常に最適な強さで放出しろ」
「クッ……」
このままではと、ヒロは意識を集中し、頭の『スイッチ』をオンに切り替える。世界の流れがスローモーションのように遅くなり、思考が加速する。
(右脚、頭、左ひざ、折れた左腕⁈)
ヒロは体の各部に掛かろうとする力を、瞬時に肌で感知すると同時に最適な強さに調整した気殺を放つ。
少しでも集中を切らし、放つのが遅れれば、さらなる苦痛が襲い掛かる。
(クソ、これは気殺を込める量が少なかった。こっちは多すぎだ。殺気はともかく、闘気には限りがある。うまく節約しないと長く続かない)
地獄の締め上げから脱するため、ヒロはただひたすらに抗い続ける。すると――
「さあ、ここからはオレ様も加わるぞ」
――エルビスがヒロの肩に乗り、ヒロの耳元にクチバシを近づける。
「こんな時になんだ⁈」
「いいかヒロ、コレからの戦いで災厄の奴らと渡り合うには、オーラが絶対に必要になる」
ヒロは黒いオーラをまとった憤怒の一撃を思い出していた。南の森、外周を吹き飛ばした強大な力を……。
「だがお前はまだオーラを使えない。そこでオレ様が、特別にオーラの修得を手助けしてやる。感謝しろよ~」
「この状況でか!」
「時間がないんだよ。さっさと覚えて地上に戻らないと、リーシアって女を助けるための時間がなくなるぞ?」
「……どうすればいい? 僕はサイプロプスの方だけで、今も手がいっぱいだぞ」
エルビスと話しながらも、サイプロプスの締め付けは続き、ヒロは抗い続けていた。
「あ~、とくにヒロはすることないぞ」
「どういう意味だ?」
「まずヒロは、自分のオーラを知覚しなきゃならない」
「知覚?」
「そそ、オーラってのは別に特別なものじゃない。魂を持つ者なら必ずもつ霊的な力……それがオーラなのさ」
「霊的って、僕は霊感なんて持っていないし、幽霊も見たこともないぞ。うあぁぁぁぁ」
「オーラは魂がある者なら誰しもが持っているけど、その力に気づくことなく生を終えるのが普通だからな。幽霊みたいな幽鬼系の魔物は、オーラがないと姿を見るのはおろか、物理的に干渉することもできない」
「すると僕にも? 痛!」
「当然ある。でも、ヒロ自身が自分のオーラを知覚していないから、力が使えないんだ。まずはオーラを知覚するとこからスタートだな」
「この状態からどうやってだよ⁈」
話しながらも、サイプロプスのランダム締め上げは続いていた。ヒロは判断を誤り、ダメージを負っていたが、ギリギリのとこで抗い続けていた。
「オーラを知覚するには、魂にオーラをぶつけて、防御反応で出たオーラを感じるのが一番手っ取り早い。つまり……ヒロの耳元でオレ様がオーラを込めて囁き続ければいいのさ! というわけで第一回、オレ様美声ショーの開催だ。ボエ~♪」
「ぐああわあわあわあ、耳が! 耳がぁぁぁぁ!」
突如はじまったエルビスの歌謡ショー、耳元でエルビスの歌声が大音声で流れ、ヒロの聴覚にダメージが入ると――
「こっちを忘れてもらっては困るな。少し強めにいくぞ!」
――サイプロプスは、ヒロを締め上げるスピードと力のギアを上げる。
「まっ⁈」
『待て』と声を上げる前に、ヒロのあらゆる部位が締め上げられ悲鳴を上げた。体中の筋肉と神経が裂け、骨の砕け散る音が響き渡る。
するとヒロは頭をダラリと垂れ下げ、動かなくなると……そのまま物言わぬ死体へと変わってしまった。
「ふん。死んだか? 始めたばかりとは言え、これしか持たんとは……先が思いやられる」
サイプロプスは気殺圏を解くと、ヒロだったものは、糸の切れた操り人形のように地面に倒れ込んでしまう。
「う~ん。オレ様の美声に気を取られちまったかな。我ながら自分の才能が怖いぜ」
「……」
「それにしても、いくら時間がないといってもエゲツないな。闘気が尽きて回復する時間が惜しいからって殺すなんて」
「S領域でなら、いくら力が尽きようと、死ねば元に戻る。ここは修行をするには打ってつけだからな。キサマだってそうだろう?」
サイプロプスの言葉に、エルビスはニヤリとする。
「おまえ、オーラを知ってるの?」
「多少はな。オーラを知覚するには、オーラを当てた際に起こる防御反応を利用するくらいしか知らん」
「まあオーラの存在を知っているヤツでも、そこまでしか知らないか……オーラってのは、魂が内包する霊的な力で、本来なら肉体という器に入った魂のオーラが増えることはない」
「コップの容量以上に水が入れられないようなものか?」
「そそ、人が持つオーラの容量なんて、一滴の水ぐらいしかないからさ。そんは量じゃなにもできないし、かといって器の大きさを変えることは普通できない」
「普通か……読めてきた」
「手っ取り早く魂の器を大きくするには、肉体という器から魂を解き放つ必要があるってわけ」
「人が魂を解き放つ……つまり死か」
「その通り、死ぬことで魂はS領域に触れ、魂の容量が拡張される」
「それと同時にオーラの総量が増え、知覚しやすくなるわけか」
「そういうこと。だからこのS領域でヒロが死にまくれば、いつかはオーラに目覚めるって寸法さ」
「キサマも存外に鬼だな。ここでの死は、魂の寿命を削ることになる。何回死のうが、寿命さえあれば復活するが……」
「寿命が尽きれば魂は消滅して、その存在は無へと帰するだろ? 悪いがそんなことは知っているさ。オレ様は、目的のためなら手段は選ばないタイプなんでな。ヒロに恨まれようが構わない。お前だって同じだろ?」
「ああ、そうだ。オレは……妻と子供の仇を討てるならば、ヒロにいくら恨まれようが構いやしない」
「復讐か……まあ、邪魔はしないさ」
サイプロプスは、怒りとも悲しみとも取れる複雑な感情を込めて呟くと、エルビスは目を細め静かに応える。
「……」
それぞれの心中でさまざまな思惑が渦巻き、二人は無言になってしまう。一時の沈黙が訪れ、静かな時間だけが流れていく。
だが静寂に包まれた空間も、ヒロだったものに無数のモザイクが入り、その姿を隠していくことで終わりを迎える。
「お、生き返るな。さて、それじゃあ、またオレの美声を聞かせてやるとするか」
「待て、いきなりだと効率が悪い。歌うのは闘気が尽きた後にしろ」
「わかってるって、最初はオーラは込めずに歌うから安心しろ。何百年もS領域に閉じ込められ、暇を持てやまし鍛え上げられたオレ様の美声で、修行に華を添えてやるだけさ」
「華だと……まあいい。さあ復活だ。ヒロ、オレを恨むなら、いくらでも恨め。鬼と呼ぶならそう呼ぶがいい。奴を……創世神を引きずり出せるのなら、なんにだってなってやる。だから、オレのために強くなれ!」
無数のモザイクに覆われたヒロを見て、サイプロプスは復讐の炎を燃え上がらせるのであった。
〈地獄の特訓に、希望の美声が加わったとき……勇者の前に、さらなる地獄が現れる!〉
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