208 / 226
第17章 勇者と嵐の旅立ち編
第208話 始まりの落日
しおりを挟む
「う~ん……」
窓から差し込む日差しの眩しさで、リーシアが目を覚ました。
「いったたたた、なんですか……この頭痛は?」
いつもの目覚めと違い頭がズキズキと痛む。いままで感じたことがない痛み……まるで頭の内側から不意にハンマーでガンガン叩かれたような頭痛に、思わずこめかみに指をそえグイグイ押していた。
「胃がムカムカして最悪な気分です。ここは……私の部屋? 私は一体? 確か昨夜は教会で私のお祝い会を開いてもらって、生まれてはじめてお酒を飲んで、それから……あれ?」
そこから先の記憶がまったく思い出せない。とりあえず起きようと上半身を起こすと、今度はズーンと響くような痛みがリーシアの頭を襲う。
「痛ぅぅ……」
痛みの余韻で動けなくなった少女は視線だけを動かし、状況を把握しようとする。どうやら体を動かさなければ頭に痛みは走らないようだった。
「ここは間違いなく私の部屋ですね。んん? なんで私は修道服のまま、ベッドで寝ているのですか?」
着替えもせずベッドに寝ていたことを不思議に思い、昨日のことを思い出そうとするが……まったく思い出せない!
頭に痛みが響かぬよう、ゆっくりとベッドの端にリーシアは腰掛ける。するとコンコンと部屋のドアを叩く音が聞こえてきた。リーシアが扉に顔を向けようと何気なく顔を上げると――
「いたぁぁぁ……」
――鋭く走る不意な頭痛に、両手で頭を抱えてしまう。
「入りますよ」
静かに渋い声がドアの向こう側から聞こえ、リーシアの返事を待たずに「ガチャッ」と扉が開くとそこにはトーマス神父の姿があった。
「ト、トーマス神父様……お、おはようございます」
「うむ、おはようリーシア……大丈夫かね?」
「はい。大丈夫イッ!……」
再び襲い掛かる頭痛に耐えるリーシア……その姿を見たトーマス神父がリーシアの側にまで近づくと、片手をベットに腰掛けるリーシアの頭の上にかざし、呪文を唱えはじめる。
「天に召します我らが神よ、願わくは我の前にいる哀れな子羊に回復の奇跡を与え給え……キュア」
すると神父のかざした手から、淡い緑色の光りがリーシアに降り注ぐ。温かでそっと染み入るような優しい光りを浴びると、頭の中から殴られていた痛みが『ス~』と引き苦しみから解放された。
「あっ! 頭痛が消えました。トーマス神父様、ありがとうございます♪」
「頭痛は治ったみたいですね。良かった」
「はい。でも、今の頭痛は……?」
リーシアは頭痛の原因に心当たりがなく、不思議に思うと……トーマス神父が苦笑いしていた。
「うむ、ワインによる二日酔いだな」
「ワイン? 二日酔い? そう言えば昨日はみんなに私のお祝いをしてもらって……? アレ? ワインを飲んでからの記憶が……思い出せません?」
「そうか、覚えていないのか……リーシアにとっては、その方がいいかも知れんな」
「その方がいいかも知れない?」
神父の言葉にリーシアの頭上にハテナマークが出まくっていた。
「リーシア、これから旅立つ君に助言しておく。お酒は控えなさい。むしろ口にしないように。止むなく飲む場合は、誰か信頼できる人がそばにいるとき以外は、お酒は飲まないように注意しなさい」
「え? なんで『いいですね?』わ、わかりました」
なんでだろうと口にしようとしたリーシアだったが、トーマス神父が有無をいわさずに約束させられてしまう。
「よろしい。では朝の礼拝に向かいましょう。身支度ができたら礼拝堂に来なさい。皆が待っている」
「え? もうそんな時間なんですか⁈ 急いで向かいます」
トーマス神父が踵を返し、部屋を出て行こうとしたときだった。バタバタと、誰かがリーシアの部屋に向かって走りくる音と振動を感じる。
「ん? この足音はリゲル? 随分と慌ただしいですが……」
「ふむ、廊下を走るのはあまりよろしくないな。朝からこれほど慌てるとは……リーシアではあるまいし」
長年、一緒に生活することで、足音と歩くリズムで顔を見なくても誰が歩いて来るのかを聞き分けた二人は、扉の前にまで走り来るリゲルの到着を待つ。
「ところでトーマス神父、まるで私がいつも慌てて走っているみたいな言い方はやめてください」
「おや? キミはよく朝の礼拝に、遅刻ギリギリですべり込むイメージがあったのでね」
「ホッホッホッホッ、そ、そうでしたっけ?」
その答えに笑って誤魔化すリーシアを、トーマス神父はジト目で見ていた。
そしてリーシアの部屋の前にリゲルが到着するやいなや、『ゴンッ! ゴンッ!』と部屋の中で寝ているであろう姉を起こそすため、乱暴に木の扉を叩く。
「リーシアお姉ちゃん! 大変だよ、早く起きて!」
「ど、どうしましたかリゲル⁈」
「なんか知らない人達がたくさん来て、リーシアお姉ちゃんを連れて来いって!」
弟の酷い慌てように、何か尋常ならざるものをリーシアとトーマス神父が感じ取ると、部屋の廊下を次々と乱暴に走る音と振動に二人は気がつく。その足音は一緒に住む家族の誰の者とも違う……聞いたことがない複数の足音だった。
「待て! キサマ、なぜ突然走り出した!」
「リーシアお姉ちゃん!」
「リーシアだと? その部屋に例の聖女がいるのか⁈ そこを退け、庇い立てするならお前も同罪だ。捕らえろ!」
「わっ! 離して!」
「コラッ! 暴れるな、大人しくしなければ、子どもといえど容赦せんぞ」
ドタバタと誰かが捕まり、それでも暴れて抵抗する音が扉の向こうから聞こえてきた。
「おのれ、我らに抵抗するのならば……腕の一本くらいは覚悟しろ!」
「逃げて、リーシアお姉ちゃん!」
リゲルの必死な声を耳にしたリーシアは、迷わず神父の脇をすり抜けて扉の前へ立っていた。木の扉一枚を隔てて感じる気配を頼りに、少女が震脚を踏む。木の床が割れ、莫大な力が小柄な体を駆け上がり、体の捻りで力が増幅されていく。そして突き出した拳が扉に触れた瞬間――
「大人しくしろ、グハッ!」
――リゲルの腕を掴み、殴ろうとしていた男の顔に突如衝撃が走り、殴り飛ばされる。木の扉越しに感じた気配に合わせ、リーシアが練り上げた気と力を扉の反対側にいた者へ解き放っていた。
リゲルの無事を感じた少女は、勢いよく扉を開け放ち、部屋から飛び出して行く。そしてリゲルを守るように背にすると、謎の気配たちと対峙していた。
床に倒れた男の他に、八人の武装した男たちが、一斉に腰に差した剣を抜きながらリーシアに切っ先を向ける。
「リーシアお姉ちゃん!」
「リゲル、ケガはありませんね?」
「うん。でも……」
対峙した男達に注意を向けながらも、チラリと肩越しにリゲルを見たリーシアは弟の無事な姿に安堵する。
「キサマがリーシアだな? 大人しくしろ!」
「あなた達は誰ですか⁈ 私の家族に危害を加えるというなら容赦はしませんよ!」
「抵抗するつもりか? ならば力ずくで取り押さえるまでだ!」
先頭にいた男が、一足飛びで腰だめにした剣を少女へと突き出す。低い天井の室内では、剣を振りかぶる戦い方はできない。その動きだけで、この男がよく訓練された者であると見てとれた。
最短最速の突き……逃げ場の少ない室内戦において、最適な解を繰り出すのだが、相手が悪すぎた。最強のオークヒーローと災厄の憤怒……強大な敵との戦いを経て成長したリーシアに、それはなんの脅威にもならない。
闘気を瞬時に身にまとい強固にしたリーシアの掌底が、突き出された男の剣を左右から打ち払うと、剣身が根本からポッキリと折れ、天井に突き刺さる。突然消えた剣身に気を取られた男の腹部に痛みが走ると、そのまま意識を刈り取られ、倒れ伏してしまう。
「手加減するな! あのオークヒーローを倒した勇者の仲間だぞ? 殺す気でやらねば捉えられんぞ」
必殺の腹キックを決めたリーシアが、右足を前に出し覇神六王流の基本の構えを取ると、二人の男が剣をコンパクトに持ち、廊下の通路を塞ぐように並びながら剣を振るう。
「大人しく捕まれ!」
左下からの切り上げと右上からの切り下げ……左右から迫る逃げ場のないコンビネーションに、リーシアは臆することなく前に踏み出る。
「覇神六王流! 双竜脚!」
前に出した左足を軸に回転させ、後ろ回し蹴りを繰り出したリーシアの足裏が、左下から迫る剣の側面を蹴り上げた。攻撃の軌道が変わると同時に、蹴り飛ばされた剣が右上から迫るもう一つの剣にぶつかっていた。
「なに⁈」
高速回転する体によって繰り出された強烈な蹴撃が、男たちの攻撃を無効化すると、間髪を容れずに蹴り放った右足を軸に、クルリと体を回転させ蹴り放たれた少女の左足が男の顔面を捉える。
回転により生まれた遠心力と絶妙な重心移動から繰り出された二連撃は、さながら凶悪な暴風のように右の男を蹴り飛ばし、左にいた男を巻き込んで、そのまま壁に叩きつけた。
「つ、強い……クッ! 女、抵抗するな。我々を誰が知っているのだろうな」
「あなた達が誰かは知りませんよ。ですが、私の家族に危害を加えるならば、容赦はしません!」
すると廊下の先から新たなる複数の知らぬ足音を感じたリーシアは、再び気を練りながら油断なく構える。
「応援か? ありがたい! あの女は手強いぞ、油断するな!」
剣を構えるリーダーらしき者が声を上げて注意を呼びかけると、増援の者が次々と剣を抜き構えるのだが、ひとりだけ剣を抜かずにいる者がいた。
「双方とも手を下ろせ!」
剣を抜かずに男が声を大にしながらリーシアの前に歩み出る。その者を見たリーシアは思わず戸惑ってしまう。
「ラングさん?」
そこにはかつて、軒先に置いてあったツボを割ってしまい、ヒロを確保し注意してくれた町の衛士、ラングの姿があった。
「すると、この人たちは……まさか……」
「ラング隊長、コイツは危険です。こちらの話を聞かず、衛士である自分たちに問答無用で攻撃を仕掛けてきました。聖女といえど油断したら殺されます」
「なっ! 先に仕掛けてきたのはそちらですよ。それに衛士だなんて名乗られてもいません」
「いいから剣を納めろ! 我々に与えられた任務は、聖女リーシアに事情を聞くことであって、殺すことではない。ましてや人を傷つけていい権限など持ち合わせていないぞ!」
どうやらこの場にいる者は、全員が町の治安を守る衛士であり、その中でもリーシアも知るラングが、この現場において一番上の立場にいるようだ。
「ですが、我々の公務を妨害したのはあちらであって、自分は職務を全うしたまでです」
「ほう、ならば聞こう? キミは自分たちが衛士だと名乗った上で、剣を抜いたのだろうな?」
「そ、それは……」
ラングの問いに言い澱む男……その姿を見てラングは悟る。
「我々が剣を抜いていいのは、町の治安を守る衛士と知ってなお歯向かう者だけだ! ゆえに町に住む者は我々に協力する義務があり、我々は人々を守る義務がある。我らの素性を明かさずに問答無用で力を行使するキミのやり方には問題があると思うが?」
「いや……その……すみませんでした」
男がラングに頭を下げると――
「それは、私に対していうべき言葉ではないと思うが、違うかね?」
「は、はい。先に素性を明かさずに捉えようとして、申し訳ありませんでした」
――ラングの言葉に、慌てて男がリーシアに頭を下げた。それを見た少女は、握った拳を開きながら構えを解く。すると剣を収めた衛士たちが倒れた仲間の元へ駆け寄り、様子をうかがう。
「いえ、私も話をリゲルに危害を加えられると思い、やり過ぎたかもしれません。謝ります。すみませんでした」
リーシアは倒れた衛士たちに頭を下げていた。やられる前にやるのが信条の少女も、さすがに今回はやり過ぎたと反省していると……。
「これはどういうことですか?」
部屋の中からトーマス神父が現れ、リーシアの隣に並び立つ。
「あなたは?」
「この教会を預かる神父で、トーマスと申します」
「トーマス神父? 女神教の? お噂はかねがね。私の名はラング、アルムの町で衛士長に就くものです。部下がお騒がせしてしまい申し訳ありません」
「いえ、こちらも些かやり過ぎてしまったようで、申し訳ない」
立場ある二人が互いに頭を下げ謝罪する。
「それで、今日はどういった御用件でここに? なぜリーシアを捉えようとするのですかな?」
「ええ、今日私たちがここに来たのは、聖女リーシアさんに事情を聞くために、詰所にまで出頭して欲しいと願ってのことなんです」
「私に事情を聞くために? なんの事情ですか?」
「君にはある嫌疑が掛けられている」
「リーシアに嫌疑ですと?」
ラングの言葉に、なぜかリーシアの心音がドクンと大きく脈打つ。
「キミに虚偽報告の嫌疑が掛けられた。聖女として噂のキミにあるまじき、不名誉なことで信じるに値しない話なんだが、通報されたからには、事情を聞く必要がある。なに、どうせキミの人気に嫉妬した者がいう、根も歯もない戯言だろう。悪いようにはしないから、一緒に詰所まで同行願えるかな?」
「ええ、別に詰所と行くには構いませんが……私に虚偽報告の嫌疑ですか?」
まさかと思いつつ、出来るだけ平静を装おうリーシアだったが、次に告げられたラングの言葉に目を見開いた。
「勇者ヒロと聖女リーシアの二人が、実はオークヒーローを殺さずに生かして逃したというデタラメな話だよ」
〈二人だけの秘密が白日の元に晒されとき、破滅が足音を立て聖女の前に現れた〉
窓から差し込む日差しの眩しさで、リーシアが目を覚ました。
「いったたたた、なんですか……この頭痛は?」
いつもの目覚めと違い頭がズキズキと痛む。いままで感じたことがない痛み……まるで頭の内側から不意にハンマーでガンガン叩かれたような頭痛に、思わずこめかみに指をそえグイグイ押していた。
「胃がムカムカして最悪な気分です。ここは……私の部屋? 私は一体? 確か昨夜は教会で私のお祝い会を開いてもらって、生まれてはじめてお酒を飲んで、それから……あれ?」
そこから先の記憶がまったく思い出せない。とりあえず起きようと上半身を起こすと、今度はズーンと響くような痛みがリーシアの頭を襲う。
「痛ぅぅ……」
痛みの余韻で動けなくなった少女は視線だけを動かし、状況を把握しようとする。どうやら体を動かさなければ頭に痛みは走らないようだった。
「ここは間違いなく私の部屋ですね。んん? なんで私は修道服のまま、ベッドで寝ているのですか?」
着替えもせずベッドに寝ていたことを不思議に思い、昨日のことを思い出そうとするが……まったく思い出せない!
頭に痛みが響かぬよう、ゆっくりとベッドの端にリーシアは腰掛ける。するとコンコンと部屋のドアを叩く音が聞こえてきた。リーシアが扉に顔を向けようと何気なく顔を上げると――
「いたぁぁぁ……」
――鋭く走る不意な頭痛に、両手で頭を抱えてしまう。
「入りますよ」
静かに渋い声がドアの向こう側から聞こえ、リーシアの返事を待たずに「ガチャッ」と扉が開くとそこにはトーマス神父の姿があった。
「ト、トーマス神父様……お、おはようございます」
「うむ、おはようリーシア……大丈夫かね?」
「はい。大丈夫イッ!……」
再び襲い掛かる頭痛に耐えるリーシア……その姿を見たトーマス神父がリーシアの側にまで近づくと、片手をベットに腰掛けるリーシアの頭の上にかざし、呪文を唱えはじめる。
「天に召します我らが神よ、願わくは我の前にいる哀れな子羊に回復の奇跡を与え給え……キュア」
すると神父のかざした手から、淡い緑色の光りがリーシアに降り注ぐ。温かでそっと染み入るような優しい光りを浴びると、頭の中から殴られていた痛みが『ス~』と引き苦しみから解放された。
「あっ! 頭痛が消えました。トーマス神父様、ありがとうございます♪」
「頭痛は治ったみたいですね。良かった」
「はい。でも、今の頭痛は……?」
リーシアは頭痛の原因に心当たりがなく、不思議に思うと……トーマス神父が苦笑いしていた。
「うむ、ワインによる二日酔いだな」
「ワイン? 二日酔い? そう言えば昨日はみんなに私のお祝いをしてもらって……? アレ? ワインを飲んでからの記憶が……思い出せません?」
「そうか、覚えていないのか……リーシアにとっては、その方がいいかも知れんな」
「その方がいいかも知れない?」
神父の言葉にリーシアの頭上にハテナマークが出まくっていた。
「リーシア、これから旅立つ君に助言しておく。お酒は控えなさい。むしろ口にしないように。止むなく飲む場合は、誰か信頼できる人がそばにいるとき以外は、お酒は飲まないように注意しなさい」
「え? なんで『いいですね?』わ、わかりました」
なんでだろうと口にしようとしたリーシアだったが、トーマス神父が有無をいわさずに約束させられてしまう。
「よろしい。では朝の礼拝に向かいましょう。身支度ができたら礼拝堂に来なさい。皆が待っている」
「え? もうそんな時間なんですか⁈ 急いで向かいます」
トーマス神父が踵を返し、部屋を出て行こうとしたときだった。バタバタと、誰かがリーシアの部屋に向かって走りくる音と振動を感じる。
「ん? この足音はリゲル? 随分と慌ただしいですが……」
「ふむ、廊下を走るのはあまりよろしくないな。朝からこれほど慌てるとは……リーシアではあるまいし」
長年、一緒に生活することで、足音と歩くリズムで顔を見なくても誰が歩いて来るのかを聞き分けた二人は、扉の前にまで走り来るリゲルの到着を待つ。
「ところでトーマス神父、まるで私がいつも慌てて走っているみたいな言い方はやめてください」
「おや? キミはよく朝の礼拝に、遅刻ギリギリですべり込むイメージがあったのでね」
「ホッホッホッホッ、そ、そうでしたっけ?」
その答えに笑って誤魔化すリーシアを、トーマス神父はジト目で見ていた。
そしてリーシアの部屋の前にリゲルが到着するやいなや、『ゴンッ! ゴンッ!』と部屋の中で寝ているであろう姉を起こそすため、乱暴に木の扉を叩く。
「リーシアお姉ちゃん! 大変だよ、早く起きて!」
「ど、どうしましたかリゲル⁈」
「なんか知らない人達がたくさん来て、リーシアお姉ちゃんを連れて来いって!」
弟の酷い慌てように、何か尋常ならざるものをリーシアとトーマス神父が感じ取ると、部屋の廊下を次々と乱暴に走る音と振動に二人は気がつく。その足音は一緒に住む家族の誰の者とも違う……聞いたことがない複数の足音だった。
「待て! キサマ、なぜ突然走り出した!」
「リーシアお姉ちゃん!」
「リーシアだと? その部屋に例の聖女がいるのか⁈ そこを退け、庇い立てするならお前も同罪だ。捕らえろ!」
「わっ! 離して!」
「コラッ! 暴れるな、大人しくしなければ、子どもといえど容赦せんぞ」
ドタバタと誰かが捕まり、それでも暴れて抵抗する音が扉の向こうから聞こえてきた。
「おのれ、我らに抵抗するのならば……腕の一本くらいは覚悟しろ!」
「逃げて、リーシアお姉ちゃん!」
リゲルの必死な声を耳にしたリーシアは、迷わず神父の脇をすり抜けて扉の前へ立っていた。木の扉一枚を隔てて感じる気配を頼りに、少女が震脚を踏む。木の床が割れ、莫大な力が小柄な体を駆け上がり、体の捻りで力が増幅されていく。そして突き出した拳が扉に触れた瞬間――
「大人しくしろ、グハッ!」
――リゲルの腕を掴み、殴ろうとしていた男の顔に突如衝撃が走り、殴り飛ばされる。木の扉越しに感じた気配に合わせ、リーシアが練り上げた気と力を扉の反対側にいた者へ解き放っていた。
リゲルの無事を感じた少女は、勢いよく扉を開け放ち、部屋から飛び出して行く。そしてリゲルを守るように背にすると、謎の気配たちと対峙していた。
床に倒れた男の他に、八人の武装した男たちが、一斉に腰に差した剣を抜きながらリーシアに切っ先を向ける。
「リーシアお姉ちゃん!」
「リゲル、ケガはありませんね?」
「うん。でも……」
対峙した男達に注意を向けながらも、チラリと肩越しにリゲルを見たリーシアは弟の無事な姿に安堵する。
「キサマがリーシアだな? 大人しくしろ!」
「あなた達は誰ですか⁈ 私の家族に危害を加えるというなら容赦はしませんよ!」
「抵抗するつもりか? ならば力ずくで取り押さえるまでだ!」
先頭にいた男が、一足飛びで腰だめにした剣を少女へと突き出す。低い天井の室内では、剣を振りかぶる戦い方はできない。その動きだけで、この男がよく訓練された者であると見てとれた。
最短最速の突き……逃げ場の少ない室内戦において、最適な解を繰り出すのだが、相手が悪すぎた。最強のオークヒーローと災厄の憤怒……強大な敵との戦いを経て成長したリーシアに、それはなんの脅威にもならない。
闘気を瞬時に身にまとい強固にしたリーシアの掌底が、突き出された男の剣を左右から打ち払うと、剣身が根本からポッキリと折れ、天井に突き刺さる。突然消えた剣身に気を取られた男の腹部に痛みが走ると、そのまま意識を刈り取られ、倒れ伏してしまう。
「手加減するな! あのオークヒーローを倒した勇者の仲間だぞ? 殺す気でやらねば捉えられんぞ」
必殺の腹キックを決めたリーシアが、右足を前に出し覇神六王流の基本の構えを取ると、二人の男が剣をコンパクトに持ち、廊下の通路を塞ぐように並びながら剣を振るう。
「大人しく捕まれ!」
左下からの切り上げと右上からの切り下げ……左右から迫る逃げ場のないコンビネーションに、リーシアは臆することなく前に踏み出る。
「覇神六王流! 双竜脚!」
前に出した左足を軸に回転させ、後ろ回し蹴りを繰り出したリーシアの足裏が、左下から迫る剣の側面を蹴り上げた。攻撃の軌道が変わると同時に、蹴り飛ばされた剣が右上から迫るもう一つの剣にぶつかっていた。
「なに⁈」
高速回転する体によって繰り出された強烈な蹴撃が、男たちの攻撃を無効化すると、間髪を容れずに蹴り放った右足を軸に、クルリと体を回転させ蹴り放たれた少女の左足が男の顔面を捉える。
回転により生まれた遠心力と絶妙な重心移動から繰り出された二連撃は、さながら凶悪な暴風のように右の男を蹴り飛ばし、左にいた男を巻き込んで、そのまま壁に叩きつけた。
「つ、強い……クッ! 女、抵抗するな。我々を誰が知っているのだろうな」
「あなた達が誰かは知りませんよ。ですが、私の家族に危害を加えるならば、容赦はしません!」
すると廊下の先から新たなる複数の知らぬ足音を感じたリーシアは、再び気を練りながら油断なく構える。
「応援か? ありがたい! あの女は手強いぞ、油断するな!」
剣を構えるリーダーらしき者が声を上げて注意を呼びかけると、増援の者が次々と剣を抜き構えるのだが、ひとりだけ剣を抜かずにいる者がいた。
「双方とも手を下ろせ!」
剣を抜かずに男が声を大にしながらリーシアの前に歩み出る。その者を見たリーシアは思わず戸惑ってしまう。
「ラングさん?」
そこにはかつて、軒先に置いてあったツボを割ってしまい、ヒロを確保し注意してくれた町の衛士、ラングの姿があった。
「すると、この人たちは……まさか……」
「ラング隊長、コイツは危険です。こちらの話を聞かず、衛士である自分たちに問答無用で攻撃を仕掛けてきました。聖女といえど油断したら殺されます」
「なっ! 先に仕掛けてきたのはそちらですよ。それに衛士だなんて名乗られてもいません」
「いいから剣を納めろ! 我々に与えられた任務は、聖女リーシアに事情を聞くことであって、殺すことではない。ましてや人を傷つけていい権限など持ち合わせていないぞ!」
どうやらこの場にいる者は、全員が町の治安を守る衛士であり、その中でもリーシアも知るラングが、この現場において一番上の立場にいるようだ。
「ですが、我々の公務を妨害したのはあちらであって、自分は職務を全うしたまでです」
「ほう、ならば聞こう? キミは自分たちが衛士だと名乗った上で、剣を抜いたのだろうな?」
「そ、それは……」
ラングの問いに言い澱む男……その姿を見てラングは悟る。
「我々が剣を抜いていいのは、町の治安を守る衛士と知ってなお歯向かう者だけだ! ゆえに町に住む者は我々に協力する義務があり、我々は人々を守る義務がある。我らの素性を明かさずに問答無用で力を行使するキミのやり方には問題があると思うが?」
「いや……その……すみませんでした」
男がラングに頭を下げると――
「それは、私に対していうべき言葉ではないと思うが、違うかね?」
「は、はい。先に素性を明かさずに捉えようとして、申し訳ありませんでした」
――ラングの言葉に、慌てて男がリーシアに頭を下げた。それを見た少女は、握った拳を開きながら構えを解く。すると剣を収めた衛士たちが倒れた仲間の元へ駆け寄り、様子をうかがう。
「いえ、私も話をリゲルに危害を加えられると思い、やり過ぎたかもしれません。謝ります。すみませんでした」
リーシアは倒れた衛士たちに頭を下げていた。やられる前にやるのが信条の少女も、さすがに今回はやり過ぎたと反省していると……。
「これはどういうことですか?」
部屋の中からトーマス神父が現れ、リーシアの隣に並び立つ。
「あなたは?」
「この教会を預かる神父で、トーマスと申します」
「トーマス神父? 女神教の? お噂はかねがね。私の名はラング、アルムの町で衛士長に就くものです。部下がお騒がせしてしまい申し訳ありません」
「いえ、こちらも些かやり過ぎてしまったようで、申し訳ない」
立場ある二人が互いに頭を下げ謝罪する。
「それで、今日はどういった御用件でここに? なぜリーシアを捉えようとするのですかな?」
「ええ、今日私たちがここに来たのは、聖女リーシアさんに事情を聞くために、詰所にまで出頭して欲しいと願ってのことなんです」
「私に事情を聞くために? なんの事情ですか?」
「君にはある嫌疑が掛けられている」
「リーシアに嫌疑ですと?」
ラングの言葉に、なぜかリーシアの心音がドクンと大きく脈打つ。
「キミに虚偽報告の嫌疑が掛けられた。聖女として噂のキミにあるまじき、不名誉なことで信じるに値しない話なんだが、通報されたからには、事情を聞く必要がある。なに、どうせキミの人気に嫉妬した者がいう、根も歯もない戯言だろう。悪いようにはしないから、一緒に詰所まで同行願えるかな?」
「ええ、別に詰所と行くには構いませんが……私に虚偽報告の嫌疑ですか?」
まさかと思いつつ、出来るだけ平静を装おうリーシアだったが、次に告げられたラングの言葉に目を見開いた。
「勇者ヒロと聖女リーシアの二人が、実はオークヒーローを殺さずに生かして逃したというデタラメな話だよ」
〈二人だけの秘密が白日の元に晒されとき、破滅が足音を立て聖女の前に現れた〉
0
お気に入りに追加
145
あなたにおすすめの小説

備蓄スキルで異世界転移もナンノソノ
ちかず
ファンタジー
久しぶりの早帰りの金曜日の夜(但し、矢作基準)ラッキーの連続に浮かれた矢作の行った先は。
見た事のない空き地に1人。異世界だと気づかない矢作のした事は?
異世界アニメも見た事のない矢作が、自分のスキルに気づく日はいつ来るのだろうか。スキル【備蓄】で異世界に騒動を起こすもちょっぴりズレた矢作はそれに気づかずマイペースに頑張るお話。
鈍感な主人公が降り注ぐ困難もナンノソノとクリアしながら仲間を増やして居場所を作るまで。

爺さんの異世界建国記 〜荒廃した異世界を農業で立て直していきます。いきなりの土作りはうまくいかない。
秋田ノ介
ファンタジー
88歳の爺さんが、異世界に転生して農業の知識を駆使して建国をする話。
異世界では、戦乱が絶えず、土地が荒廃し、人心は乱れ、国家が崩壊している。そんな世界を司る女神から、世界を救うように懇願される。爺は、耳が遠いせいで、村長になって村人が飢えないようにしてほしいと頼まれたと勘違いする。
その願いを叶えるために、農業で村人の飢えをなくすことを目標にして、生活していく。それが、次第に輪が広がり世界の人々に希望を与え始める。戦争で成人男性が極端に少ない世界で、13歳のロッシュという若者に転生した爺の周りには、ハーレムが出来上がっていく。徐々にその地に、流浪をしている者たちや様々な種族の者たちが様々な思惑で集まり、国家が出来上がっていく。
飢えを乗り越えた『村』は、王国から狙われることとなる。強大な軍事力を誇る王国に対して、ロッシュは知恵と知識、そして魔法や仲間たちと協力して、その脅威を乗り越えていくオリジナル戦記。
完結済み。全400話、150万字程度程度になります。元は他のサイトで掲載していたものを加筆修正して、掲載します。一日、少なくとも二話は更新します。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。

夢幻の錬金術師 ~【異空間収納】【錬金術】【鑑定】【スキル剥奪&付与】を兼ね備えたチートスキル【錬金工房】で最強の錬金術師として成り上がる~
青山 有
ファンタジー
女神の助手として異世界に召喚された厨二病少年・神薙拓光。
彼が手にしたユニークスキルは【錬金工房】。
ただでさえ、魔法があり魔物がはびこる危険な世界。そこを生産職の助手と巡るのかと、女神も頭を抱えたのだが……。
彼の持つ【錬金工房】は、レアスキルである【異空間収納】【錬金術】【鑑定】の上位互換機能を合わせ持ってるだけでなく、スキルの【剥奪】【付与】まで行えるという、女神の想像を遥かに超えたチートスキルだった。
これは一人の少年が異世界で伝説の錬金術師として成り上がっていく物語。
※カクヨムにも投稿しています

日本列島、時震により転移す!
黄昏人
ファンタジー
2023年(現在)、日本列島が後に時震と呼ばれる現象により、500年以上の時を超え1492年(過去)の世界に転移した。移転したのは本州、四国、九州とその周辺の島々であり、現在の日本は過去の時代に飛ばされ、過去の日本は現在の世界に飛ばされた。飛ばされた現在の日本はその文明を支え、国民を食わせるためには早急に莫大な資源と食料が必要である。過去の日本は現在の世界を意識できないが、取り残された北海道と沖縄は国富の大部分を失い、戦国日本を抱え途方にくれる。人々は、政府は何を思いどうふるまうのか。

【ヤベェ】異世界転移したった【助けてwww】
一樹
ファンタジー
色々あって、転移後追放されてしまった主人公。
追放後に、持ち物がチート化していることに気づく。
無事、元の世界と連絡をとる事に成功する。
そして、始まったのは、どこかで見た事のある、【あるある展開】のオンパレード!
異世界転移珍道中、掲示板実況始まり始まり。
【諸注意】
以前投稿した同名の短編の連載版になります。
連載は不定期。むしろ途中で止まる可能性、エタる可能性がとても高いです。
なんでも大丈夫な方向けです。
小説の形をしていないので、読む人を選びます。
以上の内容を踏まえた上で閲覧をお願いします。
disりに見えてしまう表現があります。
以上の点から気分を害されても責任は負えません。
閲覧は自己責任でお願いします。
小説家になろう、pixivでも投稿しています。
鬼神転生記~勇者として異世界転移したのに、呆気なく死にました。~
月見酒
ファンタジー
高校に入ってから距離を置いていた幼馴染4人と3年ぶりに下校することになった主人公、朝霧和也たち5人は、突然異世界へと転移してしまった。
目が覚め、目の前に立つ王女が泣きながら頼み込んできた。
「どうか、この世界を救ってください、勇者様!」
突然のことに混乱するなか、正義感の強い和也の幼馴染4人は勇者として魔王を倒すことに。
和也も言い返せないまま、勇者として頑張ることに。
訓練でゴブリン討伐していた勇者たちだったがアクシデントが起き幼馴染をかばった和也は命を落としてしまう。
「俺の人生も……これで終わり……か。せめて……エルフとダークエルフに会ってみたかったな……」
だが気がつけば、和也は転生していた。元いた世界で大人気だったゲームのアバターの姿で!?
================================================
一巻発売中です。
月が導く異世界道中
あずみ 圭
ファンタジー
月読尊とある女神の手によって癖のある異世界に送られた高校生、深澄真。
真は商売をしながら少しずつ世界を見聞していく。
彼の他に召喚された二人の勇者、竜や亜人、そしてヒューマンと魔族の戦争、次々に真は事件に関わっていく。
これはそんな真と、彼を慕う(基本人外の)者達の異世界道中物語。
漫遊編始めました。
外伝的何かとして「月が導く異世界道中extra」も投稿しています。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる