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第17章 勇者と嵐の旅立ち編
第204話 飛報×朗報×誤報の嵐!
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「ねえ。聞いた? あのオークヒーローを討伐隊が倒したらしいわよ」
「ああ、聞いた、聞いた。でも実際に倒したのは討伐隊ではなく教会にいるシスター、ファイナルウェポンらしいぞ」
「俺が聞いたのは、拳鬼の連れが腹パンチ一発でオークヒーローを沈めたって聞いたぞ」
「私の子どもが孤児院の子から聞いたっていっていたわ。ブラッディーシスターが連れの男とたったふたりで、オークの群れを千切っては投げ、千切っては投げで殲滅したって」
「ワシが孫から聞いたのは、アルムのシスターアンタッチャブルが、オークヒーローを拳での殴り合いの末、撲殺したと……」
アルムの中心にある広場で、人々が集まり自分の聞いた噂話を口々にしていた。二週間前、オークヒーローの出現とその眷属によるスタンピードの報に、町は恐怖に包まれていた。
オークのスタンピードだけならまだしも、伝説にあるオークヒーローの出現が、恐怖に拍車をかけ人々を絶望の淵へと追いやったのだ。
アルムに立ち寄った商人や旅人、遠方に伝手がある者は真っ先に町を逃げ出し、逃げ出せなかった人々は家の中に閉じこもり、嵐が過ぎ去るのをただ黙って待つしかなかった。
そんな折、子ども達の間で朝からおかしな噂が流れ、昼過ぎにはその噂が子どもを通して大人たちの耳にも入りはじめたのだ。
曰く、オークヒーローは倒されアルムに振りかかった破滅は回避されたと……そんな馬鹿なと大人たちは思ったが、広場に集まった人々は互いの聞いた内容を話すうちに、噂が本当ではないかという雰囲気になってきていた。
そして嘘かまことかわからない噂を確かめようと、情報が早く集まる冒険者ギルドの受付に、人々が押し寄せていたのである。
「オークたちはどうなったんだ? 町の広場でオークは討伐されたと聞いたが?」
「討伐隊は戻って来たのか? オークヒーローが倒されたのなら、もう俺たちは逃げたり、家に閉じこもらなくてもいいのか?」
「責任者を出せ! 現状を説明しろ!」
普段は冒険者しかいない冒険者ギルドのカウンター前が、真偽を確かめるために集まった町の人々でごった返していた。
「皆さん、落ち着いてください。冒険者ギルドにはオーク討伐の報は入っておりません。現在、オーク討伐隊との連絡も取れない状況です」
「ですから、我々にもオークヒーロー討伐完了の話は入ってきていないのです」
受付窓口では、ギルド職員が根も葉もない噂話の対応に追われていた。人々はただオークが討伐されたという言葉を求め詰め寄るが、何の情報もない以上、職員たちも答えられるわけがなかった。
「何度お問い合わせ頂いても、いまだオーク討伐の報は冒険者ギルドには入って来ていません」
「なら町で噂になっている話はなんなんだ⁈ 皆が朝から一斉に同じ噂話をしているんだぞ?」
「現在その噂の出所を調査中です。それがわかるまで軽率な行動を控えていただきますようお願いします」
昼過ぎから起こりはじめた討伐確認の問い合わせに、ギルドの受付はテンテコ舞いだった。現状、パーティーシステムのメールが謎の障害により機能しなくなり、依然オーク討伐隊との連絡は取れないままであった。
町の人々がオークに対する恐怖から逃れるために、嘘の噂話が広がったとは思えない。噂が一貫して孤児院の子ども経由であることから、タダの妄想からくる噂の話でないことは明白だった。
「そんなことをいって! 責任者をだせ! 噂の真偽を早く確かめさせろ!」
「何回もいいますが、現在確認中です! ギルドマスターがいても答えは変わりません!」
いまやギルドの窓口は、殺気だった町の人々の怒声で、一瞬即発な様相を醸し出していた。対応に追われたギルド職員たちも、何度同じことを言っても引き下がらない町の人々に、イラつきが見えはじめ、口調が強くなる。
「なんだその態度は? お前らギルドは俺たちが依頼を出さなければ仕事にありつけないんだぞ? 依頼主に向かってその態度はなんだ!」
「あなたがどれだけギルドに依頼を出していようが、関係ありません。あなたができないことを、冒険者ギルドがクエストとして受け回っているだけであって、あなたの方が上の立場なわけではありませんので!」
売り言葉に買い言葉……ギルド内のあちこちで、ことの真偽を確かめようとして、職員と町の人がぶつかり、険悪なムードが漂いはじめたその時――
「朗報です! オークヒーローとオーク達が討伐されました!」
――ギルドの出入り口のドアが『バン!』と開き、ギルド職員の制服を着た男が息を切らしながら、冒険者ギルド内に駆け込んできた。
「なに! 本当か⁈」
「オークヒーローが倒されたのか!」
「何だって⁈ じゃあ、俺たちは助かったのか?」
討伐の言葉がギルド内を津波のように次々と波及していく。
「そうです! 討伐隊が見事に打ち倒してくれました。もう安心です。アルムの町を襲う脅威は取り払われました」
「もうオークに殺されるかもしれないと、ビクビクしなくていいんだな?」
「はい。もうこのアルムの町はオークに襲われる心配はありません。オークヒーローを含めたすべてのオークは、ヒロと名乗る冒険者と、この町の教会に住むリーシアさんのふたりの活躍で討伐されました」
「それは本当か⁈ 詳しく話が聞きたい。副ギルドマスターに詳細を説明してくれ」
受付にいた年配の職員が、『ガタッ!』とイスから急ぎ立ち上がると、朗報を知らせてくれたギルド職員の男を急ぎ副ギルドマスターの元へと連れて行ってしまう。そして残された人々は、声を高らかに歓喜の声をあげて喜び合う。
「あのオークヒーローが倒された⁈ 俺たちは助かったのか?」
「うおぉぉぉぉ! 町のみんなに知らせろ!」
「良かった。オークは全滅したのね。これで町を出て行った人たちも戻ってくるわ。本当に良かった……」
「ああ、きっと戻って来るさ。さあ、町のみんなに知らせるんだ」
さっきまで漂っていた殺気走った雰囲気は霧散し、ギルド内は歓喜の渦で満たされていた。降って湧いた朗報に皆が顔を綻ばせ喜び合う。
「さっきはすまなかったな……家族を守るのに必死で安心できる答えが欲しかったんだ」
「いえ、こちらこそギルドの職員でありながら、受付業務で感情的になっていました。申し訳ありませんでした」
さっきまで一瞬即発だった二人が、討伐成功の朗報に冷静さを取り戻し、互いに謝罪をしていた。
「それにしても、あのギルドに飛び込んで来た職員は誰だったかな? クエストを依頼するのにここにはよく来るが、あまり見ない顔だったな? 見たことはあるはずなんだが……名前が思い出せない」
「そういえば? あれは誰だったんだろう? たしかにここの職員のはずだったが……ん? あんな右頬に奇妙なアザがある奴の名前を忘れるはずないんだが?」
「まあ、ギルドの職員には間違いないだろう。それより家族にこの話を知らせないと、本当にすまなかったな。それじゃあ」
「はい。こちらこそ申し訳ありませんでした。またのお越しをお待ちしております」
受付け越しに別れを告げる二人……だが、もう二人の頭からはギルドに飛び込んで来た男のことはすでに忘れ去られ、オークが討伐された知せらしか、記憶に残っていないのであった。
その日の夕方……アルムの町にはオークヒーロー討伐とオーク殲滅の朗報が大々的に流され、喜びに湧くアルムの町はちょっとしたお祭り騒ぎになるのであった。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
「リー……シ……ちゃ……」
「……ん……zzZZZ」
微睡の中で、誰かが少女を呼ぶ声が聞こえる……だが、長い激闘の果てに訪れた平穏に、体は休息を求め、意識を再び深い眠りの底へと誘う。
「リーシア……お姉ちゃん……」
「リ……ゲル……あと五分だけ……zZ」
毎日交わす日常の会話……そんな他愛のない会話ですら、命懸けの戦いから生還した少女は幸せを感じずにはいられなかった。弟分であるリゲルの声に、リーシアは寝ぼけながら返事をする。
「リーシアお姉ちゃん。マズイよ~! 起きて、起きて!」
「まだ……大丈夫です……いざとなれば……走りますから……ムニュ」
「ほう? アルムの町が救われたことを、神と女神に感謝する礼拝の最中、一体どこへ走るのかね?」
渋い声が少女の耳に入った瞬間、リーシアはガバッと上体を起こし、何事もなかったかのように祈りだしていた。薄らと片目を開けて様子をうかがうと……すぐ隣にトーマス神父が立ち、少女を冷ややかな目で見下ろしている姿が見えた。
心の中で汗をダラダラとかくリーシア…… 昼過ぎから皆が教会の礼拝堂に集まり、神に感謝を捧げている最中、よほど疲れが溜まっていたのか、退屈な……ありがたい神父の言葉を聞いている内に寝入ってしまったようだった。
加えて、昨日はオークヒーローとの激闘をみんなに夜遅くまで語っていたため、少し寝不足気味だった。そのことを考慮すると、礼拝の最中に寝入ってしまったとしても仕方がない。そう自分の中で言い訳をするリーシアは――
「な、なんのことでしょう? 礼拝の最中、走るなんて……ホホホホ」
―― トボケる一手に打って出た。だがしかし!
「リーシアお姉ちゃん、涎が……まったく誤魔化せていないよ」
リゲルの言葉に『ハッ!』となり、リーシアが口元をゴシゴシとシスター服の袖で拭う……それを見た周りのみんなが一斉に笑い出した。
「プッハッハッハッハッ、さすがリーシア! 聖女スキルを手に入れたといわれて、落ち着いた雰囲気になっていたから、随分と変わったかと思っていたら……まったく変わらないわね」
「ウフッフッフッ、やっぱり、リーシア姉はこうでなくちゃね」
「アッハッハッハッハッ、全然変わっていない。安心した~」
「よ、涎を出しながら礼拝中に寝入るって……プッ! さすがはリーシア姉さん、そんな器用なこと普通できないよ」
「はあ~、またやってしまいました……フフッ」
礼拝堂に笑いが渦巻き、その中心でリーシアは罰が悪そうに……微笑んでいた。
「リーシア……変わらないようですね。これは喜ぶべきか悲しむべきか判断に困りますよ」
隣りに立つトーマス神父は、そんな皆を温かい目で見ながら苦笑していた。そんな時だった――『バン!』と礼拝堂の扉が、勢いよく開け放たれ、ドカドカと沢山の見知らぬ人たちが、礼拝堂の中へと慌ただしく立ち入る。
礼拝堂の中へ入るなり、先頭にいた男がキョロキョロと辺りを見回すと、リーシアの隣に立つトーマス神父を見つけて指差す。
何事かと思わず立ち上がったリーシアは、重心をコントロールしながら拳を構え、トーマス神父の前に立ちふさがると……。
「おお、あなたはシスターリーシア! みんなシスターリーシアがいたぞ!」
先頭で指を指していた人物が少女の姿を見るなり、声を上げて駆け出していた。それに続けとばかりに残された人達も走る出す。ただならぬ雰囲気に、リーシアが震脚と拳を打ち出すタイミングを測ると、トーマス神父が肩に手を置きそれを制した。
「待ちなさい。話を聞いてからです」
「……はい」
リーシアが肩に置かれた手を見ながら拳を下ろすと、先頭を走る男がリーシアの前で止まり両手を前に差し出してきた。
少女が攻撃されたのかと勘違いして手で攻撃を受け流そうとしたとき、少女の握った拳を男の手が包み込む、上下にブンブンと振り回す。
「シスターリーシア! アルムの町を救ってくれてありがとう!」
「シスター! あなたのおかげで町は救われました」
「本当にこんな小柄な女の子が……信じられないわ」
「こんな小さな手で、あの伝説のオークヒーローを倒したなんて……本当にありがとう」
「……え?」
突然の感謝の嵐にリーシアは面を食らい、キョトンとしてしまう。だが同時に疑問が湧き、思わず呟いてしまう。
「な、なんで皆さんがそんな話を?」
オークヒーローを倒した話はまだ秘密であり、この場にいる教会の家族と衛士のラングにしか、まだ話していない。知るはずのない情報を、なぜと思ったリーシアは……何人かの子どもが、あらぬ方向を向いて口笛を吹いているのに気付いた。
「昼ぐらいから、オークが討伐されたと噂が流れ、先ほど冒険者ギルドにオーク殲滅の朗報が入ったんです。それでオークたちが殲滅されたことを、町のみんなが知ったんですよ」
「町ではもう噂で持ちきりよ。シスターリーシアと冒険者ヒロがあのオークヒーローを倒し、オークの集落を討伐隊と力を合わせて殲滅したと」
「オークヒーローを倒した英雄、冒険者ヒロとシスターリーシア、いまやその名を知らぬ者はいないほど、町では話題になっているんですよ」
「はあ……そうなんですか……」
ヒロの名を聞いて気持ちが少し沈み込んでしまうリーシア……だがそんな少女にお構いなしに、集まった人々が感謝の声を上げる。
「本当にありがとう、シスターリーシア。あなたがいなかったら、このアルムの町はどうなっていたことか……そうだ! みんな、この町を救ってくれたお礼に宴を開かないか?」
「おお、いいじゃないか! ここのところ、オークに怯えて家の中に閉じこもってばかりいたしな」
「よし、皆に知らせよう! アルムの町が救われた記念の祭りだ。みんなで酒や料理を持ち込んで宴だ!」
「みんなで祝おう! 町が救われたことを! 新たなる英雄の誕生を!」
すると教会に殺到した一部の人たちが、町の人にこのことを伝えるため、来た時と同じように慌ただしく教会を後にした。
「さあ、宴までまだ時間はあります。宜しければオークヒーローやオーク達と戦った話を、私たちに教えて頂けませんかな?」
「おお、私もぜひ聞きたい!」
「私もです。シスターリーシアと流浪の冒険者ヒロのラブロマンスを!」
「ラ、ラブロマンス? わ、私とヒロは……そんな仲『ヒロ兄ちゃんとリーシアお姉ちゃんは、それはもうラブラブなんです!』では……⁈」
ヒロとの仲を否定しようとした時、家族のみんなが勝手にリーシアの言葉を遮り、ラブラブ宣言をしてしまう。
子どもたちは悪戯っ子の顔でニッシッシッと笑い合い口々に語り出した。
「ちょっ⁈」
「リーシア姉様とヒロ兄様はオークヒーローを倒す中で愛を育みそして……きゃー!」
「リーシア姉ちゃんの蹴りが、こうオークヒーローに決まった時、ヒロ兄ちゃんの剣が爆発したんだよ! こうドカーンて!」
「その時、ヒロさんの拳が真っ赤に燃えて、オマエを殺すと轟き叫んだんだ!」
子どもたちが、昨夜リーシアから聞いた話を多少……脚色して周りにいた人たちに話し出していた。身振り手振りでふたりの戦いと仲の良さを、まるで実際に見て来たかのように説明しまくる。
そんな子どもたちを中心に人垣がいくつも出来上がり、もはやフィクションだらけな、それぞれの思い描く英雄譚とラブロマンスが語られていく。
それを聞いたリーシアは、顔から火が出るほど恥ずかしい思いで叫んでいた!
「ちょ……ちょ、ちょ、ちょ、ちょっと待ってください! なんですかそれは! 待って、待ってくださ~い!」
リーシアの悲鳴にも似た声が礼拝堂に木霊するのだった。
〈少女と子どもたちとの……最後の晩餐が開かれようとしていた。破滅の時まで、残り……〉
「ああ、聞いた、聞いた。でも実際に倒したのは討伐隊ではなく教会にいるシスター、ファイナルウェポンらしいぞ」
「俺が聞いたのは、拳鬼の連れが腹パンチ一発でオークヒーローを沈めたって聞いたぞ」
「私の子どもが孤児院の子から聞いたっていっていたわ。ブラッディーシスターが連れの男とたったふたりで、オークの群れを千切っては投げ、千切っては投げで殲滅したって」
「ワシが孫から聞いたのは、アルムのシスターアンタッチャブルが、オークヒーローを拳での殴り合いの末、撲殺したと……」
アルムの中心にある広場で、人々が集まり自分の聞いた噂話を口々にしていた。二週間前、オークヒーローの出現とその眷属によるスタンピードの報に、町は恐怖に包まれていた。
オークのスタンピードだけならまだしも、伝説にあるオークヒーローの出現が、恐怖に拍車をかけ人々を絶望の淵へと追いやったのだ。
アルムに立ち寄った商人や旅人、遠方に伝手がある者は真っ先に町を逃げ出し、逃げ出せなかった人々は家の中に閉じこもり、嵐が過ぎ去るのをただ黙って待つしかなかった。
そんな折、子ども達の間で朝からおかしな噂が流れ、昼過ぎにはその噂が子どもを通して大人たちの耳にも入りはじめたのだ。
曰く、オークヒーローは倒されアルムに振りかかった破滅は回避されたと……そんな馬鹿なと大人たちは思ったが、広場に集まった人々は互いの聞いた内容を話すうちに、噂が本当ではないかという雰囲気になってきていた。
そして嘘かまことかわからない噂を確かめようと、情報が早く集まる冒険者ギルドの受付に、人々が押し寄せていたのである。
「オークたちはどうなったんだ? 町の広場でオークは討伐されたと聞いたが?」
「討伐隊は戻って来たのか? オークヒーローが倒されたのなら、もう俺たちは逃げたり、家に閉じこもらなくてもいいのか?」
「責任者を出せ! 現状を説明しろ!」
普段は冒険者しかいない冒険者ギルドのカウンター前が、真偽を確かめるために集まった町の人々でごった返していた。
「皆さん、落ち着いてください。冒険者ギルドにはオーク討伐の報は入っておりません。現在、オーク討伐隊との連絡も取れない状況です」
「ですから、我々にもオークヒーロー討伐完了の話は入ってきていないのです」
受付窓口では、ギルド職員が根も葉もない噂話の対応に追われていた。人々はただオークが討伐されたという言葉を求め詰め寄るが、何の情報もない以上、職員たちも答えられるわけがなかった。
「何度お問い合わせ頂いても、いまだオーク討伐の報は冒険者ギルドには入って来ていません」
「なら町で噂になっている話はなんなんだ⁈ 皆が朝から一斉に同じ噂話をしているんだぞ?」
「現在その噂の出所を調査中です。それがわかるまで軽率な行動を控えていただきますようお願いします」
昼過ぎから起こりはじめた討伐確認の問い合わせに、ギルドの受付はテンテコ舞いだった。現状、パーティーシステムのメールが謎の障害により機能しなくなり、依然オーク討伐隊との連絡は取れないままであった。
町の人々がオークに対する恐怖から逃れるために、嘘の噂話が広がったとは思えない。噂が一貫して孤児院の子ども経由であることから、タダの妄想からくる噂の話でないことは明白だった。
「そんなことをいって! 責任者をだせ! 噂の真偽を早く確かめさせろ!」
「何回もいいますが、現在確認中です! ギルドマスターがいても答えは変わりません!」
いまやギルドの窓口は、殺気だった町の人々の怒声で、一瞬即発な様相を醸し出していた。対応に追われたギルド職員たちも、何度同じことを言っても引き下がらない町の人々に、イラつきが見えはじめ、口調が強くなる。
「なんだその態度は? お前らギルドは俺たちが依頼を出さなければ仕事にありつけないんだぞ? 依頼主に向かってその態度はなんだ!」
「あなたがどれだけギルドに依頼を出していようが、関係ありません。あなたができないことを、冒険者ギルドがクエストとして受け回っているだけであって、あなたの方が上の立場なわけではありませんので!」
売り言葉に買い言葉……ギルド内のあちこちで、ことの真偽を確かめようとして、職員と町の人がぶつかり、険悪なムードが漂いはじめたその時――
「朗報です! オークヒーローとオーク達が討伐されました!」
――ギルドの出入り口のドアが『バン!』と開き、ギルド職員の制服を着た男が息を切らしながら、冒険者ギルド内に駆け込んできた。
「なに! 本当か⁈」
「オークヒーローが倒されたのか!」
「何だって⁈ じゃあ、俺たちは助かったのか?」
討伐の言葉がギルド内を津波のように次々と波及していく。
「そうです! 討伐隊が見事に打ち倒してくれました。もう安心です。アルムの町を襲う脅威は取り払われました」
「もうオークに殺されるかもしれないと、ビクビクしなくていいんだな?」
「はい。もうこのアルムの町はオークに襲われる心配はありません。オークヒーローを含めたすべてのオークは、ヒロと名乗る冒険者と、この町の教会に住むリーシアさんのふたりの活躍で討伐されました」
「それは本当か⁈ 詳しく話が聞きたい。副ギルドマスターに詳細を説明してくれ」
受付にいた年配の職員が、『ガタッ!』とイスから急ぎ立ち上がると、朗報を知らせてくれたギルド職員の男を急ぎ副ギルドマスターの元へと連れて行ってしまう。そして残された人々は、声を高らかに歓喜の声をあげて喜び合う。
「あのオークヒーローが倒された⁈ 俺たちは助かったのか?」
「うおぉぉぉぉ! 町のみんなに知らせろ!」
「良かった。オークは全滅したのね。これで町を出て行った人たちも戻ってくるわ。本当に良かった……」
「ああ、きっと戻って来るさ。さあ、町のみんなに知らせるんだ」
さっきまで漂っていた殺気走った雰囲気は霧散し、ギルド内は歓喜の渦で満たされていた。降って湧いた朗報に皆が顔を綻ばせ喜び合う。
「さっきはすまなかったな……家族を守るのに必死で安心できる答えが欲しかったんだ」
「いえ、こちらこそギルドの職員でありながら、受付業務で感情的になっていました。申し訳ありませんでした」
さっきまで一瞬即発だった二人が、討伐成功の朗報に冷静さを取り戻し、互いに謝罪をしていた。
「それにしても、あのギルドに飛び込んで来た職員は誰だったかな? クエストを依頼するのにここにはよく来るが、あまり見ない顔だったな? 見たことはあるはずなんだが……名前が思い出せない」
「そういえば? あれは誰だったんだろう? たしかにここの職員のはずだったが……ん? あんな右頬に奇妙なアザがある奴の名前を忘れるはずないんだが?」
「まあ、ギルドの職員には間違いないだろう。それより家族にこの話を知らせないと、本当にすまなかったな。それじゃあ」
「はい。こちらこそ申し訳ありませんでした。またのお越しをお待ちしております」
受付け越しに別れを告げる二人……だが、もう二人の頭からはギルドに飛び込んで来た男のことはすでに忘れ去られ、オークが討伐された知せらしか、記憶に残っていないのであった。
その日の夕方……アルムの町にはオークヒーロー討伐とオーク殲滅の朗報が大々的に流され、喜びに湧くアルムの町はちょっとしたお祭り騒ぎになるのであった。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
「リー……シ……ちゃ……」
「……ん……zzZZZ」
微睡の中で、誰かが少女を呼ぶ声が聞こえる……だが、長い激闘の果てに訪れた平穏に、体は休息を求め、意識を再び深い眠りの底へと誘う。
「リーシア……お姉ちゃん……」
「リ……ゲル……あと五分だけ……zZ」
毎日交わす日常の会話……そんな他愛のない会話ですら、命懸けの戦いから生還した少女は幸せを感じずにはいられなかった。弟分であるリゲルの声に、リーシアは寝ぼけながら返事をする。
「リーシアお姉ちゃん。マズイよ~! 起きて、起きて!」
「まだ……大丈夫です……いざとなれば……走りますから……ムニュ」
「ほう? アルムの町が救われたことを、神と女神に感謝する礼拝の最中、一体どこへ走るのかね?」
渋い声が少女の耳に入った瞬間、リーシアはガバッと上体を起こし、何事もなかったかのように祈りだしていた。薄らと片目を開けて様子をうかがうと……すぐ隣にトーマス神父が立ち、少女を冷ややかな目で見下ろしている姿が見えた。
心の中で汗をダラダラとかくリーシア…… 昼過ぎから皆が教会の礼拝堂に集まり、神に感謝を捧げている最中、よほど疲れが溜まっていたのか、退屈な……ありがたい神父の言葉を聞いている内に寝入ってしまったようだった。
加えて、昨日はオークヒーローとの激闘をみんなに夜遅くまで語っていたため、少し寝不足気味だった。そのことを考慮すると、礼拝の最中に寝入ってしまったとしても仕方がない。そう自分の中で言い訳をするリーシアは――
「な、なんのことでしょう? 礼拝の最中、走るなんて……ホホホホ」
―― トボケる一手に打って出た。だがしかし!
「リーシアお姉ちゃん、涎が……まったく誤魔化せていないよ」
リゲルの言葉に『ハッ!』となり、リーシアが口元をゴシゴシとシスター服の袖で拭う……それを見た周りのみんなが一斉に笑い出した。
「プッハッハッハッハッ、さすがリーシア! 聖女スキルを手に入れたといわれて、落ち着いた雰囲気になっていたから、随分と変わったかと思っていたら……まったく変わらないわね」
「ウフッフッフッ、やっぱり、リーシア姉はこうでなくちゃね」
「アッハッハッハッハッ、全然変わっていない。安心した~」
「よ、涎を出しながら礼拝中に寝入るって……プッ! さすがはリーシア姉さん、そんな器用なこと普通できないよ」
「はあ~、またやってしまいました……フフッ」
礼拝堂に笑いが渦巻き、その中心でリーシアは罰が悪そうに……微笑んでいた。
「リーシア……変わらないようですね。これは喜ぶべきか悲しむべきか判断に困りますよ」
隣りに立つトーマス神父は、そんな皆を温かい目で見ながら苦笑していた。そんな時だった――『バン!』と礼拝堂の扉が、勢いよく開け放たれ、ドカドカと沢山の見知らぬ人たちが、礼拝堂の中へと慌ただしく立ち入る。
礼拝堂の中へ入るなり、先頭にいた男がキョロキョロと辺りを見回すと、リーシアの隣に立つトーマス神父を見つけて指差す。
何事かと思わず立ち上がったリーシアは、重心をコントロールしながら拳を構え、トーマス神父の前に立ちふさがると……。
「おお、あなたはシスターリーシア! みんなシスターリーシアがいたぞ!」
先頭で指を指していた人物が少女の姿を見るなり、声を上げて駆け出していた。それに続けとばかりに残された人達も走る出す。ただならぬ雰囲気に、リーシアが震脚と拳を打ち出すタイミングを測ると、トーマス神父が肩に手を置きそれを制した。
「待ちなさい。話を聞いてからです」
「……はい」
リーシアが肩に置かれた手を見ながら拳を下ろすと、先頭を走る男がリーシアの前で止まり両手を前に差し出してきた。
少女が攻撃されたのかと勘違いして手で攻撃を受け流そうとしたとき、少女の握った拳を男の手が包み込む、上下にブンブンと振り回す。
「シスターリーシア! アルムの町を救ってくれてありがとう!」
「シスター! あなたのおかげで町は救われました」
「本当にこんな小柄な女の子が……信じられないわ」
「こんな小さな手で、あの伝説のオークヒーローを倒したなんて……本当にありがとう」
「……え?」
突然の感謝の嵐にリーシアは面を食らい、キョトンとしてしまう。だが同時に疑問が湧き、思わず呟いてしまう。
「な、なんで皆さんがそんな話を?」
オークヒーローを倒した話はまだ秘密であり、この場にいる教会の家族と衛士のラングにしか、まだ話していない。知るはずのない情報を、なぜと思ったリーシアは……何人かの子どもが、あらぬ方向を向いて口笛を吹いているのに気付いた。
「昼ぐらいから、オークが討伐されたと噂が流れ、先ほど冒険者ギルドにオーク殲滅の朗報が入ったんです。それでオークたちが殲滅されたことを、町のみんなが知ったんですよ」
「町ではもう噂で持ちきりよ。シスターリーシアと冒険者ヒロがあのオークヒーローを倒し、オークの集落を討伐隊と力を合わせて殲滅したと」
「オークヒーローを倒した英雄、冒険者ヒロとシスターリーシア、いまやその名を知らぬ者はいないほど、町では話題になっているんですよ」
「はあ……そうなんですか……」
ヒロの名を聞いて気持ちが少し沈み込んでしまうリーシア……だがそんな少女にお構いなしに、集まった人々が感謝の声を上げる。
「本当にありがとう、シスターリーシア。あなたがいなかったら、このアルムの町はどうなっていたことか……そうだ! みんな、この町を救ってくれたお礼に宴を開かないか?」
「おお、いいじゃないか! ここのところ、オークに怯えて家の中に閉じこもってばかりいたしな」
「よし、皆に知らせよう! アルムの町が救われた記念の祭りだ。みんなで酒や料理を持ち込んで宴だ!」
「みんなで祝おう! 町が救われたことを! 新たなる英雄の誕生を!」
すると教会に殺到した一部の人たちが、町の人にこのことを伝えるため、来た時と同じように慌ただしく教会を後にした。
「さあ、宴までまだ時間はあります。宜しければオークヒーローやオーク達と戦った話を、私たちに教えて頂けませんかな?」
「おお、私もぜひ聞きたい!」
「私もです。シスターリーシアと流浪の冒険者ヒロのラブロマンスを!」
「ラ、ラブロマンス? わ、私とヒロは……そんな仲『ヒロ兄ちゃんとリーシアお姉ちゃんは、それはもうラブラブなんです!』では……⁈」
ヒロとの仲を否定しようとした時、家族のみんなが勝手にリーシアの言葉を遮り、ラブラブ宣言をしてしまう。
子どもたちは悪戯っ子の顔でニッシッシッと笑い合い口々に語り出した。
「ちょっ⁈」
「リーシア姉様とヒロ兄様はオークヒーローを倒す中で愛を育みそして……きゃー!」
「リーシア姉ちゃんの蹴りが、こうオークヒーローに決まった時、ヒロ兄ちゃんの剣が爆発したんだよ! こうドカーンて!」
「その時、ヒロさんの拳が真っ赤に燃えて、オマエを殺すと轟き叫んだんだ!」
子どもたちが、昨夜リーシアから聞いた話を多少……脚色して周りにいた人たちに話し出していた。身振り手振りでふたりの戦いと仲の良さを、まるで実際に見て来たかのように説明しまくる。
そんな子どもたちを中心に人垣がいくつも出来上がり、もはやフィクションだらけな、それぞれの思い描く英雄譚とラブロマンスが語られていく。
それを聞いたリーシアは、顔から火が出るほど恥ずかしい思いで叫んでいた!
「ちょ……ちょ、ちょ、ちょ、ちょっと待ってください! なんですかそれは! 待って、待ってくださ~い!」
リーシアの悲鳴にも似た声が礼拝堂に木霊するのだった。
〈少女と子どもたちとの……最後の晩餐が開かれようとしていた。破滅の時まで、残り……〉
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