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第16章 勇者と憤怒決着編
第199話 ワガママな思い
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(なに笑とうねん? 誰が自分いてまう言うたん? 死んでやり直す? そないなこと、うちが許さへんで! こんなええ子の思いも分かれへんなんて…… ホンマしょうもないやっちゃで。おばちゃんがその腐った心をしばき直したるから覚悟しぃ)
「ゴホッ、ヒ、ヒロ今の声は?」
「フェニックスの声? なぜか大阪弁でしたけど……」
頭の中に響くコテコテの大阪弁……声のトーンやイントネーションも完璧に大阪弁だった。知る人が聞けば、誰もが大阪のオカンと呼ぶほどの慈愛と威厳に満ちた声だった。
(グッ、何をするつもりだフェニックス!)
(何か知らんが、女の子泣かして逃げるなんて、おばちゃんは許さへんで! 見てみいこの子の涙を? ジブンこれ見て何も思わへんのか? まあ思わへんのやろな……ほんま、しょうもないやっちゃ。ジブンみたいなのは何ゆうても無駄や、だからうちがその腐った性根をしばき直したる!」
するとヒロとリーシアを包み込む炎が激しく燃え上がる。
(グアッ! 炎が、我が存在のデータを……く、喰っているだと? まさかフェニックス、キサマ!)
(ようやく気ぃ付いた? そうや、ジブンのデータを変換してるで。再生と復活を司るうちに備わった力や。どや? 自分の存在が組み替えられる気持ちは? そのしょうもない性格を治すには、もうコレしかあらへんからな)
その言葉を聞いた憤怒の声が焦り出し、その声は震えていた。
(我を消去ではなく……変換するつもりか!)
(せやで、ジブン、バックアップがあるさかい、死んでやり直したらええ思うとった? そうは問屋が下さへんで! 二度と悪さでけへんように、データを書き換えたる)
(止めろ! 我の存在を書き換えるなど! 我が人を滅ぼさねば母が…… や、止めろフェニックス、止めろぉぉぉぉぉ!)
憤怒の絶叫が思念波となって草原に撒き散らされる。耳を塞いでも、心の中に響くそれは死に怯える死刑囚の叫ぶ声のように聞こえた。
(ジブン、何言うてんねん! その子が一生懸命、手ぇ差し伸べたのに、払い除けたんは誰や? 今さら後悔しても、遅いで! うちはもう許さへんからな!)
(馬鹿な! 我がこんなところ……そんな、そんな、嫌だ、嫌だ! 嫌だァァァァァ! 誰か我を助けてくれ! 我がいなくなれば、誰が母を助ける?……お願いだ! 助けてくれぇぇぇぇっ!)
おかんフェニックスの死刑宣告に近い言葉を聞いた憤怒が、声を上げて叫き散らす。それを聞いていたリーシアは……。
「あの鳥さん……憤怒を助けてあげられないですか?」
(え? こんなしょうもない奴を助けたいんか? む……むっちゃエエ子や! 命取られ掛けた相手を『助けて』なんて、普通は言えへんで? おばちゃん気に入ったで! ほれ、アメちゃんいるか?)
「アメちゃんが何かが分かりませんが、お気持ちだけで……それより、憤怒を許してあげられませんか?」
(ん~、ナンボなんでもそれは聞けん話や。コレは恐らくバグッてるさかいな)
「バグ? ……バグって素晴らしいって意味ですよね? なんで憤怒が素晴らしいんですか?」
リーシアの何気ない一言に……ヒロは青ざめた! かつてポロって言ってしまったバグの言葉と嘘の説明を思い出し、その手が震えだしていた。
「バグが素晴らしい? けったいな子やな? バグ言うたら不具合や欠陥、誤りって意味やで?」
「はい?……」
その言葉にリーシアは考え込む。かつてヒロに教えてもらったバグの意味とオカンフェニックスの言葉を照らし合わせ、答えを導き出すと……ヒロの輝く瞳に視線を合わせニッコリと微笑みながら口を開く。
「ヒロ、二人で生きて帰れたら話があります。いいですね?」
「リ、リーシア……あの『いいですね』」
「はい……」
YESとしか答えることを許されないヒロ……判決を言い渡された死刑囚の如くその顔は暗く沈み込んでしまう。
(仲ええなあ。まあなんにせよ、この子は性格がバグッとんから、こんなしょうもない悪さしよる。別に消去はせえへんよ。ちぃと時間が掛かるけど、おばちゃんが元の優しい子に戻したるさかい安心しぃ。ほな、さいなら~)
(や、止め……ろ、我は……母を……た……すけ……)
そして憤怒の声が弱々しく途切れ途切れになると、ヒロとリーシアを包んでいた炎が膨れ上がり、眩い光を放ちながら炎が弾け飛ぶ――
【レベルが上がりました】
――二人の頭の中でレベルアップのシステム音声が流れ、憤怒の思念波がピタッと止まると草原に再び静寂が戻った。
「一体何が起こっているのですか? 憤怒と鳥さんは? 二人の声が聞こえなくなりましたが……」
「分かりません。ですが、レベルが上がったということは、憤怒が倒された?」
ヒロは自分の右腕を見ると、そこにあったはずの憤怒の紋章がなくなっていることに気が付いた。
「紋章がない? まさかリーシアに⁈」
「わ、私にですか?」
リーシアが慌てて右腕を見ると、そこには玉のように美しい肌があるだけで紋章の姿はなかった。
「見る限りでは、私に紋章は継承されてないようです。そうすると憤怒は、一体どこに?」
「分かりません。フェニックスが何かしたみたいですが……憤怒の気配は僕の中から消えています」
リーシアは確認のためにヒロの目を見ると、そこには輝きを取り戻した優しげな瞳があった。
「確かに元に戻ってますね。良かった」
「リーシア心配してくれてありがとう。しかし僕らに紋章がないとすると、一体どこに……あっ! そういえば」
消えた憤怒に二人が頭を悩ませていると……ヒロがおかんフェニックスが言っていた『変換』の言葉を思い出し、自分のステータス画面を急ぎチェックする。
名前 本上 英雄
性別 男
年齢 6才(24才)
職業 プログラマー
称号 勇者
レベル:28(LV5UP)
HP:425/625(+260)
MP: 30/565(+260)
筋力:458(+260)
体力:478(+260)
敏捷:458(+260)
知力:478(+260)
器用:460(+260)
幸運:423(+260)
固有スキル デバック LV2
言語習得 LV2
Bダッシュ LV5
二段ジャンプ LV4
溜め攻撃 LV LV5→LV6
オートマッピング LV2→LV3
ブレイブ LV1→LV2
コントローラー LV2
不死鳥の魂
ラプラスの魔眼
ハイパースレッディング LV 1
デコイ LV 1
憤怒の紋章【変換中……1/100】NEW
所持スキル 女神の絆 LV2→LV3
女神の祝福 【呪い】LV10
災厄の縁
身体操作 LV5→LV6
剣術 LV4→LV5
体術 LV1 NEW
震脚 LV1 NEW
投擲術 LV4→LV5
気配察知 LV3→LV4
空間把握 LV3→LV4
見切り LV3→LV4
回避 LV3→LV4
「やはり憤怒はまだ僕の中にいますね。変換中とステータス画面にあります」
「ヒロの中に? 変換中って、何かに変わるんでしょうか? ヒロ、体は大丈夫ですか?」
「ええ、とくにこれと言って問題はなさそうですが……」
ヒロはステータス画面に表示されたスキル名をタップして、詳細画面を表示するとそこには……。
【憤怒の紋章】変換中……1/100 封印
神が作りし、七つの大罪シリーズのひとつ、怒りを司る。
怒りを力に変換可能。怒りが一定値を超えると激怒へ変化。バーサーカー状態となり、敵味方関係なく近付く者を攻撃する。激怒状態時、攻撃力に大幅なプラス補正。
宿主が死したのち、紋章は一定条件で継承可能。
大罪シリーズの紋章を全て揃えしとき、世界は終わりを迎える。
フェニックスの力により、別の存在に書き換え中……変換終了まで、能力は封印される。
「え~と、どうやらフェニックスのおかげで憤怒は封印されて、別の存在に生まれ変わろうとしているみたいですね。
「そうですか……結局、私は憤怒を助けてあげることが出来ませんでした」
憤怒の心を救えなかったことに、リーシアの顔がうつむくと、ヒロが少女の手を取り語り掛ける。
「落ち込まないでください。リーシアの思いにフェニックスは答えてくれた結果、僕たちは生き残れました。リーシアがいなければ、もっと酷い結末を迎えていたかもしれません。君のその優しさが、僕とアルムの町を守ったんです」
「私がヒロと町を……」
「それに……憤怒は死んだわけではないです。フェニックスの話からすると、別の存在として生まれ変わるみたいですから、いつか憤怒が別の存在として現れたら、一緒に憤怒のお母さんを助ける道を選べるかもしれません。だから……昨日を振り返るのではなく、明日を目指しましょう」
「明日を……そうですね。終わったことをクヨクヨしても仕方ありません。いつか憤怒と手を取り合える未来を信じてみます」
ヒロの温かな思いを感じたリーシアは、まだ見ぬ未来の希望を夢見て笑顔で答える。
「良かった。お二人とも無事なようですね」
二人が声のした方向へ顔を向けると、そこには事の成り行きを見ていたアリアが立ち上がり、ヒロ達の元へおぼつかない足取りで近付く姿があった。
「アリアさん」
ヒロが名前を呼ぶと、ヨロヨロと立ち歩くアリアはその足をもつれさせ、その場に倒れ込んでしまう。
「あっ! アリアさん、大丈夫ですか?」
リーシアが慌てて倒れたアリアに駆け寄ると、楽な仰向けの姿勢に寝かしながらその手を握る。すると【聖女の癒し】スキルが効果を発揮し、アリアは苦痛から解放される。
「リーシアさん……」
「アリアさん、無理しないでください。蘇生したばかりなので体力がないんです。無理に動いたら、また死んじゃいます」
リーシアがアリアを心配しながら、その顔を覗き込む。
「リーシア、預けているポーションの中に、体力回復ポーションがあります。それをアリアさんに」
「ですね。アリアさんちょっと待ってください」
リーシアが腰のベルトに着けたポーションホルダーから、黄色の液体が満たされた細長い瓶を片手で取り出すと、フタを咥え『キュポッ』と瓶の口を開けて吐き捨てる。
「アリアさん。ゆっくり飲んでください。しばらくすれば体力が回復して、歩ける程度に回復するはずですから」
リーシアがアリアの頭を持ち上げながら、ポーションを飲みやすいように手伝うが……アリアは首を横に振り、飲むのを拒否する。
「ヒロさん、リーシアさん……お願い、私を死なせて……」
「アリアさん、何を言っているんですか?」
「お二人が私を助けてくれたことはとても嬉しいですが、私は……あの人とシーザーがいない世界で生きていけるほど、強くはないの。だから、このまま死なせて……」
最愛の者を失った悲しみが心を満たし溢れたとき、アリアの瞳から涙が流れ落ちていた。それを見たヒロとリーシアは互いの顔を見てうなずき合う。
「アリアさん……安心してください。カイザーさんとシーザー君は無事ですよ。だからポーションを飲んでください」
「二人が無事? リーシアさん何を……紋章は死なないと他の人に継承がされないのに……」
「その通りです。二人は確かに亡くなりました」
「だったら……お願い、このまま二人の元に行かせて……」
アリアがリーシアから視線を外すと顔を横に向け、ポーションを拒絶する。その顔は暗く沈み、生きるのを諦めた表情を浮かべていた。
「ですがアリアさん、このまま死んじゃっても、そこに二人はいませんよ」
「何を言って……」
アリアは自分の顔を覗き込むリーシアの顔を見ると、そこには全てを受け止める深い優しさと、見るもの全てに安心感を与える……慈愛に満ちた微笑みがあった。その顔を見たアリアは目を見開き息を呑む。
(リーシアさん……)
それは優しくも力強く誰かを支え、共に生きて行くことが出来る……大人びた姿であった。今まではただの優しい少女と思っていたリーシアに、自分の想像を超える女性の強さと魅力を感じていた。そして何より、死を望む自分を救おうと必死に手を差し伸べてくれる二人に対して、アリアの心の中で何かが変わった。
「アリアさん、私達を信じてください。だから……」
「分かりました。リーシアさん……ありがとう」
ゆっくりと体を起こしポーションを受け取るためにアリアは右手を伸ばす。その光景を見ながらヒロが安堵のため息を漏らすと……背後から何者かの気配を感じ取り振り返る! するとそこには、憤怒の攻撃からリーシアを庇い傷付いたオーク族の戦士ムラクの姿があった。
「ヒ、ヒロ殿、無事でしたか?」
「……あっ! ムラクさん」
一瞬の沈黙の後、ヒロはムラクの存在を思い出し、慌てて名前を口にしていた。
「ヒロ殿! なんですか、今の間は? まさか拙者の名まで忘れてました?」
「い、いいえ……そ、そんなことは……それより体は大丈夫ですか?」
誤魔化しながらヒロはムラクの様子を見ると、肩から胸についた裂傷から血を流し、傷口を手で抑えていた。
「傷の方はそれほど深くはありません。憤怒の一撃をとっさに跳んで受け流しましたので……我ながらよく生きていたものだと感心します」
「そ、そうですね。リーシアを守って頂き、ありがとうございます」
「なに、戦士として仲間の命を守るのは当然のこと、気になさるな」
ムラクの言葉に、ヒロは『いえ、実は受け流せず死んでました。しかも庇ったリーシアと一緒に……無駄死にです』なんてこと口が裂けても言えなかった。
「それよりアリア殿は?」
「無事ですよ」
ヒロは視線を横たわるアリアに向けると、ちょうどリーシアから差し出されたポーションを飲み終えたところだった。
「ゴホッ、ず、随分と苦い水ですね……」
「はい。良薬は口に苦しといいますが、分かっていてもポーションの味は……色鮮やかな色で美味しそうなんですけどね。フフッ」
初めて飲むポーションの酷い味に、目を白黒させるアリアを見てリーシアは微笑んでいた。
「しばらくすれば、体力が回復して立てるようになります。ヒロ、その間に……」
「ええ、分かっています。少し急ぎましょう。憤怒の思念波がアルムの町にまで届いている可能性も否定できません。準備します。『リスト』」
するとヒロは、その場で地面に片膝をつけて屈むと女神セレスから授かったアイテム袋のメニュー画面を操作し、あるアイテムを選択する。
オークの死体
→オークの死体(子供)
ヒロが手をかざすとドサッと音を立てて、草原の柔らかな草の上に子供のオークの死体が現れる。体中に細かな傷がついているが、死体にしては肌の血色がいい。死してからまだ数分と経っていないようで、傷口から流れ出る血は固まってすらいない。
「シーザー! ああ……」
それは憤怒に体を奪われ、リーシアによって倒された息子シーザーの死体だった。すぐ隣に現れた我が子の遺体を見て、震え出すアリアの手をリーシアがそっと握り返す。
「大丈夫です」
リーシアの言葉が、アリアの心に湧いた悲しみを包み込むと、アリアの手の震えは止まっていた。
「ここで見ていてください」
するとアリアから手を離したリーシアが立ち上がり、シーザーの遺体の胸に両手を乗せながら腰を下ろすと、目をつぶり体内の気を循環させ増幅していく。
「リーシア殿は死んだ若に何をするつもりですかな?」
「シーザー君を生き返らせます」
「な、なんと、若が生き返る⁈」
死者の蘇生と聞いて驚きの声を上げるムラクに、ヒロが説明する。
「紋章の継承条件が、宿主の死である時点でこれしか手がありませんでした……僕たちは憤怒を騙すことにしました」
「騙す?」
「はい。紋章を継承した者にギリギリまでダメージを負わせ、最後の一撃で殺したフリをして、体を仮死状態にしたんです」
「仮死状態?……偽りの死と言うことですかな?」
聞いたことがない言葉に、ムラクが首を傾げていると、リーシアが体内で練り上げて増幅した気を、シーザーの遺体に流し込み細胞の隅々にまで行き渡らせていく。
「実際に死んでいるので、ちょっと意味が違いますね。偽りの死では憤怒の紋章は継承されなかったはずです。だから僕たちは、死したあと、生き返らせるのを前提にシーザー君を殺したんです」
「生き返るのを前提に? そ、そんな事が可能なんですか?」
「偶然ならありうるかも知れませんが……狙ってやるなんて普通は無理でしょうね。ですがリーシアの全てを助けることは無理でも、目の前にいる人だけでも幸せになってほしいという思いが、それを成し遂げました」
「リーシア殿が……」
気がシーザーの体に浸透すると、リーシアは自分の両手に莫大な気を溜め始める。
「僕の知識とリーシアの技量……この二つが合わさったとき、仮死の必殺拳『ハートブレイクショット』が完成しました。そしてこれに、リーシアの蘇生技術が合わされば……」
「覇神六王流爆心治癒功!」
ヒロの言葉に応えるかの如く、リーシアは溜めに溜めた気を一気にシーザーの心臓に目掛けて解き放つ! すると――
「カハッ! ゴホッ! ゴホッ、ゴホッ……」
――息をしていなかった小さな命が、再び呼吸と意識を取り戻した。
「若!」
「ああ、シ、シーザー!」
それを見たアリアは、まだ満足に動かない体を無理やり動かし、隣に横たわる息子を抱きしめていた。
「ゴホッ……は、母上……」
「シーザー! 生きているのねシーザー! 良かった、良かった」
悲しみではなく、喜びの涙を流すアリアは、力いっぱい我が子を抱きしめる。
「ふ~、ヒロ上手くいきましたね。何度もヒロを蘇生した甲斐がありました」
「はい。上手く蘇生が出来てなによりです。やはり死してから蘇生までの時間の短さが、功を奏したようですね。蘇生の出来る確率は、心肺が停止してから八分を超えるとほぼ0%ですから、この中に入れた物の時間経過を停止するアイテム袋がなかったら蘇生は難しかったです」
「ああ、リーシアさん、ヒロさん、ありがとう……シーザーを助けてくれて……この子だけでも生きているのなら私は……」
「は、母上、く、苦しいです」
力一杯抱きしめて、自分の子が生き返ったことをアリアが喜ぶ。
「若、生き返ったのですな? 良かった。これで死んだ族長もきっと浮かばれます。二人とも感謝致しますぞ」
その言葉に二人が神妙な面持ちでうなずき合うと、ヒロが再びアイテム袋のメニュー画面を操作しながら口を開く。
「これは僕たちのワガママです。せっかく喜びに湧くアリアさんとシーザー君に希望を持たせた挙句、悲しませるだけの残酷な結果で終わるかも知れません」
「ですが、私とヒロはその希望にすがりたい。だから、私たちのワガママを許してください」
「ワガママ?」
オークの三人が、ヒロとリーシアの言葉の意味が分からず、二人を見ていると、ヒロが意を決してアイテム袋のメニュー画面に表示された物を足元に取り出す。
→オークの死体
「あ、あなた……」
「父上……」
「族長……」
三人が言葉を失ってしまう。
ヒロの足元に、左腕を失くし目を閉じたまま微動だにしないオークヒーロー……カイザーの遺体が横たわっていた。
「シーザー君と違い、カイザーとその体を乗っ取った憤怒との戦いは、体がボロボロに傷付くほどのギリギリなものでした。カイザーの死体も予想以上に損傷が激しかった……だから蘇生した途端、カイザーが死なないように死した体を癒すヒールを唱えたのですが……その分だけアイテム袋への収納が遅れてしまいました」
「私は未熟ですから、詠唱なしでは特殊なヒールは使えませんし、詠唱をイメージするのにどうしても時間が必要でした。その結果、カイザーさんが死んでからアイテム袋に入れるまでに、五分以上の時間が掛かってしまいました……すみません」
リーシアはアリアに頭を下げて謝ると、そのまま横たわるカイザーの胸に手を置き、体内の気を増幅して流し込んでいく。
「息が止まり、八分以上経過してから蘇生する確率は限りなく0に低いです。おそらくカイザーが生き返るのは絶望的です。でも……それでも……」
「それでも私たちは諦めきれない。たとえ失敗すると分かっていても……アリアさんとシーザー君を悲しませる結果に終わるとしても! だから、覇神六王流爆心治癒功!」
リーシアの思いを込めた気がカイザーの心臓に打ち込まれると、ドクンと心臓が振動する! だが……。
「父上!」
「あなた!」
「……」
一度だけ鼓動したカイザーの心臓はそのまま沈黙してしまう。目を覚ます様子はなく横たわったまま微動だにしない……蘇生は失敗する。だがそれを見たリーシアは――
「私は諦めませんよ!」
――再び気を両の手に集め、心臓に向かって打ち出していた。
「覇神六王流! 爆心治癒功!」
鼓動を呼び覚まそうと、再びリーシアの気が心臓を刺激するも……反応はない。
「まだまだですよ!」
リーシアが諦めずに連続で気を打ち込み続けるが、心臓が動き出し様子は全くなかった。そして技を打ち込む回数が十回を超えたときだった。
「はあ、はあ、はあ、まだ……です。覇神……」
「リーシア!」
度重なる技の使用に、気が枯渇寸前になり、倒れ込むリーシアをヒロが抱き止める。
「ヒロ……わ、私を支えていてください。まだやれます」
「ですが……」
アイテム袋からカイザーの遺体を取り出してから、すでに十分もの時間が過ぎ去り、蘇生可能時間の限界を大幅に超えた状況にヒロの言葉が詰まる。するとそれを見たアリアとシーザーが口を開く。
「リーシアさん……もういいんです。私はこの子が生きていてくれただけで……だからもう……その人を楽にしてあげて」
「母上……リーシア姉ちゃん、もう……」
アリアは、もう夫が助からない現実を受け入れていた。これ以上やればリーシアの身が危ういことを察してのことだった。
そしてシーザーもまた、母とリーシアを見て、もう父親が助からないことを察していた。
「ヒロ……私はまだ……」
疲労で立つのもやっとのリーシアの顔をヒロが見ると『まだやれます』とその目は訴えていた。
その目を見たヒロは、リーシアの左肩に手をおきながら体を支えると、右手をリーシアの両手に重ね合わせカイザーの胸元におく。
「ヒロ……」
「リーシア、僕の気を使ってください。コントローラースキルで合体したおかげなのか、多少は気のコントロールも出来るみたいです。足りない気は僕が補います」
するとヒロの手から温かな気がリーシアの中に流れ込み、少女の気と混ざり合い体の中を駆け巡る。揺籠に揺られているような安心感がリーシアの心を包み込むと、体に力が戻っていく。
「ヒロが心の中に……変な感じですが、嫌じゃないです」
「やりますよ」
「はい。今ならなんだってやれそうです」
二人の心が重なり合い、思いが混ざり合う。
「このエクソダス計画で、多くの者が命を落としました。僕たちに関わる親しい者だけ生き返らせるなんて、死した者や生き残った家族からしたら、ふざけるなと言われても仕方がありません。でも……」
「でも……目の前にある命を何もせずに見捨てるなんて出来ません。だって……命を助けるのに理由なんか必要ないから!」
「「だからこれは『僕』たちのワガママ!」」
「偽善だと言われても構わない!」
「愚か者と罵られてもかまいません!」
「これは僕たちの……願いだから!」
「だから……お願い! 私にハッピーエンドをみさせて! 覇神六王流! 爆心治癒功!」
「生き返れ、カイザー!」
ヒロとリーシアの思いを込めた気が、ヒロとリーシアの重ねた手から打ち出される! 二人の様々な思いを乗せた気がカイザーの心臓を打ち鳴らし、『ドクン』と心臓が鼓動を打つ。すると……。
「ゴッホッ!」
横たわるカイザーが、ひときわ大きく咳込み、そのまま心臓は『ドクンドクン』と鼓動を打ち続け始めた。
「ゴホッ! ゴホッ⁈ ゴホッ……な、なんだ、ここはどこだ? 我はヒロと戦っていて?」
「あなた!」
「父上!」
横たわるカイザーにアリアとシーザーが飛びつく! 突然、目の前に現れた二人にキョトンとするカイザーは状況が飲み込めていなかった。
「……お、お前たち、ここは一体? お前たちは西に向かって旅立ったはず? これは夢か? 二度と会えないと覚悟して死出の戦いに赴いたというのに……まさかここは死の世界なのか?」
「父上! 違います。夢でも死後の世界でもありません! 父上も母上も僕も生きています!」
「あなた……私たちは、みんな生き返ったのよ。みんな生きているの! ヒロさん達が私たちを憤怒の呪縛から助けてくれたのよ」
涙を流し喜ぶアリアとシーザー……それを見たカイザーは、ガバッと片腕で二人を抱きしめる。
「我らは憤怒の呪縛から逃れられたのだな? もう我はシーザーを殺さなくて……よいのだな⁈」
二人を抱きしめるカイザーの目から涙が流れて落ちていく……三人の親子が草原で抱き合い互いの無事を涙を流しながら喜んでいた。
そんな家族の姿を見たヒロとリーシアは、ただ手を取り合いながら微笑むのだった。
〈勇者と聖女の心が一つになったとき、オークの家族にハッピーエンドが訪れた〉
「ゴホッ、ヒ、ヒロ今の声は?」
「フェニックスの声? なぜか大阪弁でしたけど……」
頭の中に響くコテコテの大阪弁……声のトーンやイントネーションも完璧に大阪弁だった。知る人が聞けば、誰もが大阪のオカンと呼ぶほどの慈愛と威厳に満ちた声だった。
(グッ、何をするつもりだフェニックス!)
(何か知らんが、女の子泣かして逃げるなんて、おばちゃんは許さへんで! 見てみいこの子の涙を? ジブンこれ見て何も思わへんのか? まあ思わへんのやろな……ほんま、しょうもないやっちゃ。ジブンみたいなのは何ゆうても無駄や、だからうちがその腐った性根をしばき直したる!」
するとヒロとリーシアを包み込む炎が激しく燃え上がる。
(グアッ! 炎が、我が存在のデータを……く、喰っているだと? まさかフェニックス、キサマ!)
(ようやく気ぃ付いた? そうや、ジブンのデータを変換してるで。再生と復活を司るうちに備わった力や。どや? 自分の存在が組み替えられる気持ちは? そのしょうもない性格を治すには、もうコレしかあらへんからな)
その言葉を聞いた憤怒の声が焦り出し、その声は震えていた。
(我を消去ではなく……変換するつもりか!)
(せやで、ジブン、バックアップがあるさかい、死んでやり直したらええ思うとった? そうは問屋が下さへんで! 二度と悪さでけへんように、データを書き換えたる)
(止めろ! 我の存在を書き換えるなど! 我が人を滅ぼさねば母が…… や、止めろフェニックス、止めろぉぉぉぉぉ!)
憤怒の絶叫が思念波となって草原に撒き散らされる。耳を塞いでも、心の中に響くそれは死に怯える死刑囚の叫ぶ声のように聞こえた。
(ジブン、何言うてんねん! その子が一生懸命、手ぇ差し伸べたのに、払い除けたんは誰や? 今さら後悔しても、遅いで! うちはもう許さへんからな!)
(馬鹿な! 我がこんなところ……そんな、そんな、嫌だ、嫌だ! 嫌だァァァァァ! 誰か我を助けてくれ! 我がいなくなれば、誰が母を助ける?……お願いだ! 助けてくれぇぇぇぇっ!)
おかんフェニックスの死刑宣告に近い言葉を聞いた憤怒が、声を上げて叫き散らす。それを聞いていたリーシアは……。
「あの鳥さん……憤怒を助けてあげられないですか?」
(え? こんなしょうもない奴を助けたいんか? む……むっちゃエエ子や! 命取られ掛けた相手を『助けて』なんて、普通は言えへんで? おばちゃん気に入ったで! ほれ、アメちゃんいるか?)
「アメちゃんが何かが分かりませんが、お気持ちだけで……それより、憤怒を許してあげられませんか?」
(ん~、ナンボなんでもそれは聞けん話や。コレは恐らくバグッてるさかいな)
「バグ? ……バグって素晴らしいって意味ですよね? なんで憤怒が素晴らしいんですか?」
リーシアの何気ない一言に……ヒロは青ざめた! かつてポロって言ってしまったバグの言葉と嘘の説明を思い出し、その手が震えだしていた。
「バグが素晴らしい? けったいな子やな? バグ言うたら不具合や欠陥、誤りって意味やで?」
「はい?……」
その言葉にリーシアは考え込む。かつてヒロに教えてもらったバグの意味とオカンフェニックスの言葉を照らし合わせ、答えを導き出すと……ヒロの輝く瞳に視線を合わせニッコリと微笑みながら口を開く。
「ヒロ、二人で生きて帰れたら話があります。いいですね?」
「リ、リーシア……あの『いいですね』」
「はい……」
YESとしか答えることを許されないヒロ……判決を言い渡された死刑囚の如くその顔は暗く沈み込んでしまう。
(仲ええなあ。まあなんにせよ、この子は性格がバグッとんから、こんなしょうもない悪さしよる。別に消去はせえへんよ。ちぃと時間が掛かるけど、おばちゃんが元の優しい子に戻したるさかい安心しぃ。ほな、さいなら~)
(や、止め……ろ、我は……母を……た……すけ……)
そして憤怒の声が弱々しく途切れ途切れになると、ヒロとリーシアを包んでいた炎が膨れ上がり、眩い光を放ちながら炎が弾け飛ぶ――
【レベルが上がりました】
――二人の頭の中でレベルアップのシステム音声が流れ、憤怒の思念波がピタッと止まると草原に再び静寂が戻った。
「一体何が起こっているのですか? 憤怒と鳥さんは? 二人の声が聞こえなくなりましたが……」
「分かりません。ですが、レベルが上がったということは、憤怒が倒された?」
ヒロは自分の右腕を見ると、そこにあったはずの憤怒の紋章がなくなっていることに気が付いた。
「紋章がない? まさかリーシアに⁈」
「わ、私にですか?」
リーシアが慌てて右腕を見ると、そこには玉のように美しい肌があるだけで紋章の姿はなかった。
「見る限りでは、私に紋章は継承されてないようです。そうすると憤怒は、一体どこに?」
「分かりません。フェニックスが何かしたみたいですが……憤怒の気配は僕の中から消えています」
リーシアは確認のためにヒロの目を見ると、そこには輝きを取り戻した優しげな瞳があった。
「確かに元に戻ってますね。良かった」
「リーシア心配してくれてありがとう。しかし僕らに紋章がないとすると、一体どこに……あっ! そういえば」
消えた憤怒に二人が頭を悩ませていると……ヒロがおかんフェニックスが言っていた『変換』の言葉を思い出し、自分のステータス画面を急ぎチェックする。
名前 本上 英雄
性別 男
年齢 6才(24才)
職業 プログラマー
称号 勇者
レベル:28(LV5UP)
HP:425/625(+260)
MP: 30/565(+260)
筋力:458(+260)
体力:478(+260)
敏捷:458(+260)
知力:478(+260)
器用:460(+260)
幸運:423(+260)
固有スキル デバック LV2
言語習得 LV2
Bダッシュ LV5
二段ジャンプ LV4
溜め攻撃 LV LV5→LV6
オートマッピング LV2→LV3
ブレイブ LV1→LV2
コントローラー LV2
不死鳥の魂
ラプラスの魔眼
ハイパースレッディング LV 1
デコイ LV 1
憤怒の紋章【変換中……1/100】NEW
所持スキル 女神の絆 LV2→LV3
女神の祝福 【呪い】LV10
災厄の縁
身体操作 LV5→LV6
剣術 LV4→LV5
体術 LV1 NEW
震脚 LV1 NEW
投擲術 LV4→LV5
気配察知 LV3→LV4
空間把握 LV3→LV4
見切り LV3→LV4
回避 LV3→LV4
「やはり憤怒はまだ僕の中にいますね。変換中とステータス画面にあります」
「ヒロの中に? 変換中って、何かに変わるんでしょうか? ヒロ、体は大丈夫ですか?」
「ええ、とくにこれと言って問題はなさそうですが……」
ヒロはステータス画面に表示されたスキル名をタップして、詳細画面を表示するとそこには……。
【憤怒の紋章】変換中……1/100 封印
神が作りし、七つの大罪シリーズのひとつ、怒りを司る。
怒りを力に変換可能。怒りが一定値を超えると激怒へ変化。バーサーカー状態となり、敵味方関係なく近付く者を攻撃する。激怒状態時、攻撃力に大幅なプラス補正。
宿主が死したのち、紋章は一定条件で継承可能。
大罪シリーズの紋章を全て揃えしとき、世界は終わりを迎える。
フェニックスの力により、別の存在に書き換え中……変換終了まで、能力は封印される。
「え~と、どうやらフェニックスのおかげで憤怒は封印されて、別の存在に生まれ変わろうとしているみたいですね。
「そうですか……結局、私は憤怒を助けてあげることが出来ませんでした」
憤怒の心を救えなかったことに、リーシアの顔がうつむくと、ヒロが少女の手を取り語り掛ける。
「落ち込まないでください。リーシアの思いにフェニックスは答えてくれた結果、僕たちは生き残れました。リーシアがいなければ、もっと酷い結末を迎えていたかもしれません。君のその優しさが、僕とアルムの町を守ったんです」
「私がヒロと町を……」
「それに……憤怒は死んだわけではないです。フェニックスの話からすると、別の存在として生まれ変わるみたいですから、いつか憤怒が別の存在として現れたら、一緒に憤怒のお母さんを助ける道を選べるかもしれません。だから……昨日を振り返るのではなく、明日を目指しましょう」
「明日を……そうですね。終わったことをクヨクヨしても仕方ありません。いつか憤怒と手を取り合える未来を信じてみます」
ヒロの温かな思いを感じたリーシアは、まだ見ぬ未来の希望を夢見て笑顔で答える。
「良かった。お二人とも無事なようですね」
二人が声のした方向へ顔を向けると、そこには事の成り行きを見ていたアリアが立ち上がり、ヒロ達の元へおぼつかない足取りで近付く姿があった。
「アリアさん」
ヒロが名前を呼ぶと、ヨロヨロと立ち歩くアリアはその足をもつれさせ、その場に倒れ込んでしまう。
「あっ! アリアさん、大丈夫ですか?」
リーシアが慌てて倒れたアリアに駆け寄ると、楽な仰向けの姿勢に寝かしながらその手を握る。すると【聖女の癒し】スキルが効果を発揮し、アリアは苦痛から解放される。
「リーシアさん……」
「アリアさん、無理しないでください。蘇生したばかりなので体力がないんです。無理に動いたら、また死んじゃいます」
リーシアがアリアを心配しながら、その顔を覗き込む。
「リーシア、預けているポーションの中に、体力回復ポーションがあります。それをアリアさんに」
「ですね。アリアさんちょっと待ってください」
リーシアが腰のベルトに着けたポーションホルダーから、黄色の液体が満たされた細長い瓶を片手で取り出すと、フタを咥え『キュポッ』と瓶の口を開けて吐き捨てる。
「アリアさん。ゆっくり飲んでください。しばらくすれば体力が回復して、歩ける程度に回復するはずですから」
リーシアがアリアの頭を持ち上げながら、ポーションを飲みやすいように手伝うが……アリアは首を横に振り、飲むのを拒否する。
「ヒロさん、リーシアさん……お願い、私を死なせて……」
「アリアさん、何を言っているんですか?」
「お二人が私を助けてくれたことはとても嬉しいですが、私は……あの人とシーザーがいない世界で生きていけるほど、強くはないの。だから、このまま死なせて……」
最愛の者を失った悲しみが心を満たし溢れたとき、アリアの瞳から涙が流れ落ちていた。それを見たヒロとリーシアは互いの顔を見てうなずき合う。
「アリアさん……安心してください。カイザーさんとシーザー君は無事ですよ。だからポーションを飲んでください」
「二人が無事? リーシアさん何を……紋章は死なないと他の人に継承がされないのに……」
「その通りです。二人は確かに亡くなりました」
「だったら……お願い、このまま二人の元に行かせて……」
アリアがリーシアから視線を外すと顔を横に向け、ポーションを拒絶する。その顔は暗く沈み、生きるのを諦めた表情を浮かべていた。
「ですがアリアさん、このまま死んじゃっても、そこに二人はいませんよ」
「何を言って……」
アリアは自分の顔を覗き込むリーシアの顔を見ると、そこには全てを受け止める深い優しさと、見るもの全てに安心感を与える……慈愛に満ちた微笑みがあった。その顔を見たアリアは目を見開き息を呑む。
(リーシアさん……)
それは優しくも力強く誰かを支え、共に生きて行くことが出来る……大人びた姿であった。今まではただの優しい少女と思っていたリーシアに、自分の想像を超える女性の強さと魅力を感じていた。そして何より、死を望む自分を救おうと必死に手を差し伸べてくれる二人に対して、アリアの心の中で何かが変わった。
「アリアさん、私達を信じてください。だから……」
「分かりました。リーシアさん……ありがとう」
ゆっくりと体を起こしポーションを受け取るためにアリアは右手を伸ばす。その光景を見ながらヒロが安堵のため息を漏らすと……背後から何者かの気配を感じ取り振り返る! するとそこには、憤怒の攻撃からリーシアを庇い傷付いたオーク族の戦士ムラクの姿があった。
「ヒ、ヒロ殿、無事でしたか?」
「……あっ! ムラクさん」
一瞬の沈黙の後、ヒロはムラクの存在を思い出し、慌てて名前を口にしていた。
「ヒロ殿! なんですか、今の間は? まさか拙者の名まで忘れてました?」
「い、いいえ……そ、そんなことは……それより体は大丈夫ですか?」
誤魔化しながらヒロはムラクの様子を見ると、肩から胸についた裂傷から血を流し、傷口を手で抑えていた。
「傷の方はそれほど深くはありません。憤怒の一撃をとっさに跳んで受け流しましたので……我ながらよく生きていたものだと感心します」
「そ、そうですね。リーシアを守って頂き、ありがとうございます」
「なに、戦士として仲間の命を守るのは当然のこと、気になさるな」
ムラクの言葉に、ヒロは『いえ、実は受け流せず死んでました。しかも庇ったリーシアと一緒に……無駄死にです』なんてこと口が裂けても言えなかった。
「それよりアリア殿は?」
「無事ですよ」
ヒロは視線を横たわるアリアに向けると、ちょうどリーシアから差し出されたポーションを飲み終えたところだった。
「ゴホッ、ず、随分と苦い水ですね……」
「はい。良薬は口に苦しといいますが、分かっていてもポーションの味は……色鮮やかな色で美味しそうなんですけどね。フフッ」
初めて飲むポーションの酷い味に、目を白黒させるアリアを見てリーシアは微笑んでいた。
「しばらくすれば、体力が回復して立てるようになります。ヒロ、その間に……」
「ええ、分かっています。少し急ぎましょう。憤怒の思念波がアルムの町にまで届いている可能性も否定できません。準備します。『リスト』」
するとヒロは、その場で地面に片膝をつけて屈むと女神セレスから授かったアイテム袋のメニュー画面を操作し、あるアイテムを選択する。
オークの死体
→オークの死体(子供)
ヒロが手をかざすとドサッと音を立てて、草原の柔らかな草の上に子供のオークの死体が現れる。体中に細かな傷がついているが、死体にしては肌の血色がいい。死してからまだ数分と経っていないようで、傷口から流れ出る血は固まってすらいない。
「シーザー! ああ……」
それは憤怒に体を奪われ、リーシアによって倒された息子シーザーの死体だった。すぐ隣に現れた我が子の遺体を見て、震え出すアリアの手をリーシアがそっと握り返す。
「大丈夫です」
リーシアの言葉が、アリアの心に湧いた悲しみを包み込むと、アリアの手の震えは止まっていた。
「ここで見ていてください」
するとアリアから手を離したリーシアが立ち上がり、シーザーの遺体の胸に両手を乗せながら腰を下ろすと、目をつぶり体内の気を循環させ増幅していく。
「リーシア殿は死んだ若に何をするつもりですかな?」
「シーザー君を生き返らせます」
「な、なんと、若が生き返る⁈」
死者の蘇生と聞いて驚きの声を上げるムラクに、ヒロが説明する。
「紋章の継承条件が、宿主の死である時点でこれしか手がありませんでした……僕たちは憤怒を騙すことにしました」
「騙す?」
「はい。紋章を継承した者にギリギリまでダメージを負わせ、最後の一撃で殺したフリをして、体を仮死状態にしたんです」
「仮死状態?……偽りの死と言うことですかな?」
聞いたことがない言葉に、ムラクが首を傾げていると、リーシアが体内で練り上げて増幅した気を、シーザーの遺体に流し込み細胞の隅々にまで行き渡らせていく。
「実際に死んでいるので、ちょっと意味が違いますね。偽りの死では憤怒の紋章は継承されなかったはずです。だから僕たちは、死したあと、生き返らせるのを前提にシーザー君を殺したんです」
「生き返るのを前提に? そ、そんな事が可能なんですか?」
「偶然ならありうるかも知れませんが……狙ってやるなんて普通は無理でしょうね。ですがリーシアの全てを助けることは無理でも、目の前にいる人だけでも幸せになってほしいという思いが、それを成し遂げました」
「リーシア殿が……」
気がシーザーの体に浸透すると、リーシアは自分の両手に莫大な気を溜め始める。
「僕の知識とリーシアの技量……この二つが合わさったとき、仮死の必殺拳『ハートブレイクショット』が完成しました。そしてこれに、リーシアの蘇生技術が合わされば……」
「覇神六王流爆心治癒功!」
ヒロの言葉に応えるかの如く、リーシアは溜めに溜めた気を一気にシーザーの心臓に目掛けて解き放つ! すると――
「カハッ! ゴホッ! ゴホッ、ゴホッ……」
――息をしていなかった小さな命が、再び呼吸と意識を取り戻した。
「若!」
「ああ、シ、シーザー!」
それを見たアリアは、まだ満足に動かない体を無理やり動かし、隣に横たわる息子を抱きしめていた。
「ゴホッ……は、母上……」
「シーザー! 生きているのねシーザー! 良かった、良かった」
悲しみではなく、喜びの涙を流すアリアは、力いっぱい我が子を抱きしめる。
「ふ~、ヒロ上手くいきましたね。何度もヒロを蘇生した甲斐がありました」
「はい。上手く蘇生が出来てなによりです。やはり死してから蘇生までの時間の短さが、功を奏したようですね。蘇生の出来る確率は、心肺が停止してから八分を超えるとほぼ0%ですから、この中に入れた物の時間経過を停止するアイテム袋がなかったら蘇生は難しかったです」
「ああ、リーシアさん、ヒロさん、ありがとう……シーザーを助けてくれて……この子だけでも生きているのなら私は……」
「は、母上、く、苦しいです」
力一杯抱きしめて、自分の子が生き返ったことをアリアが喜ぶ。
「若、生き返ったのですな? 良かった。これで死んだ族長もきっと浮かばれます。二人とも感謝致しますぞ」
その言葉に二人が神妙な面持ちでうなずき合うと、ヒロが再びアイテム袋のメニュー画面を操作しながら口を開く。
「これは僕たちのワガママです。せっかく喜びに湧くアリアさんとシーザー君に希望を持たせた挙句、悲しませるだけの残酷な結果で終わるかも知れません」
「ですが、私とヒロはその希望にすがりたい。だから、私たちのワガママを許してください」
「ワガママ?」
オークの三人が、ヒロとリーシアの言葉の意味が分からず、二人を見ていると、ヒロが意を決してアイテム袋のメニュー画面に表示された物を足元に取り出す。
→オークの死体
「あ、あなた……」
「父上……」
「族長……」
三人が言葉を失ってしまう。
ヒロの足元に、左腕を失くし目を閉じたまま微動だにしないオークヒーロー……カイザーの遺体が横たわっていた。
「シーザー君と違い、カイザーとその体を乗っ取った憤怒との戦いは、体がボロボロに傷付くほどのギリギリなものでした。カイザーの死体も予想以上に損傷が激しかった……だから蘇生した途端、カイザーが死なないように死した体を癒すヒールを唱えたのですが……その分だけアイテム袋への収納が遅れてしまいました」
「私は未熟ですから、詠唱なしでは特殊なヒールは使えませんし、詠唱をイメージするのにどうしても時間が必要でした。その結果、カイザーさんが死んでからアイテム袋に入れるまでに、五分以上の時間が掛かってしまいました……すみません」
リーシアはアリアに頭を下げて謝ると、そのまま横たわるカイザーの胸に手を置き、体内の気を増幅して流し込んでいく。
「息が止まり、八分以上経過してから蘇生する確率は限りなく0に低いです。おそらくカイザーが生き返るのは絶望的です。でも……それでも……」
「それでも私たちは諦めきれない。たとえ失敗すると分かっていても……アリアさんとシーザー君を悲しませる結果に終わるとしても! だから、覇神六王流爆心治癒功!」
リーシアの思いを込めた気がカイザーの心臓に打ち込まれると、ドクンと心臓が振動する! だが……。
「父上!」
「あなた!」
「……」
一度だけ鼓動したカイザーの心臓はそのまま沈黙してしまう。目を覚ます様子はなく横たわったまま微動だにしない……蘇生は失敗する。だがそれを見たリーシアは――
「私は諦めませんよ!」
――再び気を両の手に集め、心臓に向かって打ち出していた。
「覇神六王流! 爆心治癒功!」
鼓動を呼び覚まそうと、再びリーシアの気が心臓を刺激するも……反応はない。
「まだまだですよ!」
リーシアが諦めずに連続で気を打ち込み続けるが、心臓が動き出し様子は全くなかった。そして技を打ち込む回数が十回を超えたときだった。
「はあ、はあ、はあ、まだ……です。覇神……」
「リーシア!」
度重なる技の使用に、気が枯渇寸前になり、倒れ込むリーシアをヒロが抱き止める。
「ヒロ……わ、私を支えていてください。まだやれます」
「ですが……」
アイテム袋からカイザーの遺体を取り出してから、すでに十分もの時間が過ぎ去り、蘇生可能時間の限界を大幅に超えた状況にヒロの言葉が詰まる。するとそれを見たアリアとシーザーが口を開く。
「リーシアさん……もういいんです。私はこの子が生きていてくれただけで……だからもう……その人を楽にしてあげて」
「母上……リーシア姉ちゃん、もう……」
アリアは、もう夫が助からない現実を受け入れていた。これ以上やればリーシアの身が危ういことを察してのことだった。
そしてシーザーもまた、母とリーシアを見て、もう父親が助からないことを察していた。
「ヒロ……私はまだ……」
疲労で立つのもやっとのリーシアの顔をヒロが見ると『まだやれます』とその目は訴えていた。
その目を見たヒロは、リーシアの左肩に手をおきながら体を支えると、右手をリーシアの両手に重ね合わせカイザーの胸元におく。
「ヒロ……」
「リーシア、僕の気を使ってください。コントローラースキルで合体したおかげなのか、多少は気のコントロールも出来るみたいです。足りない気は僕が補います」
するとヒロの手から温かな気がリーシアの中に流れ込み、少女の気と混ざり合い体の中を駆け巡る。揺籠に揺られているような安心感がリーシアの心を包み込むと、体に力が戻っていく。
「ヒロが心の中に……変な感じですが、嫌じゃないです」
「やりますよ」
「はい。今ならなんだってやれそうです」
二人の心が重なり合い、思いが混ざり合う。
「このエクソダス計画で、多くの者が命を落としました。僕たちに関わる親しい者だけ生き返らせるなんて、死した者や生き残った家族からしたら、ふざけるなと言われても仕方がありません。でも……」
「でも……目の前にある命を何もせずに見捨てるなんて出来ません。だって……命を助けるのに理由なんか必要ないから!」
「「だからこれは『僕』たちのワガママ!」」
「偽善だと言われても構わない!」
「愚か者と罵られてもかまいません!」
「これは僕たちの……願いだから!」
「だから……お願い! 私にハッピーエンドをみさせて! 覇神六王流! 爆心治癒功!」
「生き返れ、カイザー!」
ヒロとリーシアの思いを込めた気が、ヒロとリーシアの重ねた手から打ち出される! 二人の様々な思いを乗せた気がカイザーの心臓を打ち鳴らし、『ドクン』と心臓が鼓動を打つ。すると……。
「ゴッホッ!」
横たわるカイザーが、ひときわ大きく咳込み、そのまま心臓は『ドクンドクン』と鼓動を打ち続け始めた。
「ゴホッ! ゴホッ⁈ ゴホッ……な、なんだ、ここはどこだ? 我はヒロと戦っていて?」
「あなた!」
「父上!」
横たわるカイザーにアリアとシーザーが飛びつく! 突然、目の前に現れた二人にキョトンとするカイザーは状況が飲み込めていなかった。
「……お、お前たち、ここは一体? お前たちは西に向かって旅立ったはず? これは夢か? 二度と会えないと覚悟して死出の戦いに赴いたというのに……まさかここは死の世界なのか?」
「父上! 違います。夢でも死後の世界でもありません! 父上も母上も僕も生きています!」
「あなた……私たちは、みんな生き返ったのよ。みんな生きているの! ヒロさん達が私たちを憤怒の呪縛から助けてくれたのよ」
涙を流し喜ぶアリアとシーザー……それを見たカイザーは、ガバッと片腕で二人を抱きしめる。
「我らは憤怒の呪縛から逃れられたのだな? もう我はシーザーを殺さなくて……よいのだな⁈」
二人を抱きしめるカイザーの目から涙が流れて落ちていく……三人の親子が草原で抱き合い互いの無事を涙を流しながら喜んでいた。
そんな家族の姿を見たヒロとリーシアは、ただ手を取り合いながら微笑むのだった。
〈勇者と聖女の心が一つになったとき、オークの家族にハッピーエンドが訪れた〉
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