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第14章 勇者と魔王降臨編
第162話 魔王降臨……◯◯が真の正体を現した!
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「そ、そんな……なんで?」
ヒールの回復により体力を消耗しペタンと座り込んだリーシアが、ゆっくりと立ち上がるアリアの姿を呆然と見ていた。
「憤怒! きさま!」
腹部の傷から流れ出る血で、着ている服を真っ赤に染め上げたアリアを見ながらヒロが声を荒らげる。
「あっはっはっはっはっはっ、いいぞ! 最高だ。その顔が見たかった。守ったと思った瞬間に落胆するその顔がなあ。さあ人よ、滅べ、滅べ! 滅び去れ! 我が母のために全て滅びよ!」
優しかった顔が醜悪に歪み、血の色よりも真っ赤な瞳が、怒りで燃え上がるかのような虹彩を放っていた。
「なんで……どうしてですか⁈ アリアさんは直系の子孫ではありません。あなたを倒したのは私なのに、どうして⁈」
体に力が入らないリーシアは、憤怒が取り憑いたアリアの姿を見上げながら嘆く。
「ああ、たしかに我を倒したのはお前だった。アッハッハッハッハッハッハッ!」
「ならどうして⁈」
「憤怒は紋章の継承条件を偽っていたんです。おそらく直系の子孫ではなく……それに近い家族へ取り憑けたのでしょう」
その質問に、ヒロが憤怒の代わりに答えていた。
「クックックックッ、ご明察だ! だが嘘を吐いた覚えはないな。我は子孫にしか乗り移れないなど一言も言った記憶はない! 紋章の継承条件を勝手に間違えたのはお前たちだ!」
「それじゃあ……」
「そうだ! 我は子孫だけではない。その血を遡って継承が可能なのだ。最初から我を倒すことなど、できなかったのさ。さあこれで全ては振り出しに戻った。いや……あの餓鬼より、この愚かなオークの方が力を出せる分、強くなったか? ハッハッハッハッハッハッ!」
「そんな……では私たちがやってきた事は、無駄だったというのですか?」
すでに力を使い果たし満足に体を動かすこともできない自分と、動けはするが度重なる連戦で体力を消耗しているヒロ……そして言葉通りなら、憤怒はアリアの体に取り憑くことで元の力を取り戻している。シーザーに取り憑いたとき以上の力を持って……。
もはや絶望的な状況に、リーシアの心は闇に塗りつぶされていく。
「そうだ! お前たちは無駄な努力をしただけだったのだよ。はっはっはっはっはっはっ」
憤怒の言葉にリーシアがうつむいてしまう。
「……」
「ああ、いいぞ! その絶望に染まる姿、実にいい! 最高の気分だ。クックックックッ!」
下卑た笑いでリーシアを見る憤怒の顔は、醜悪に歪んでいた。絶望の闇が、リーシアの心を閉ざそうとした時だった。
「いや……リーシア! まだ諦めるな」
希望が彼女の闇に染まる心へ、一条の光を差し照らした。
「ヒロ?」
「奴は嘘を吐いています!」
「嘘?」
「そうです。奴の行動で確信しました。憤怒には、もう後がありません」
「後がないだと? 戯言を言うな」
「戯言じゃない。ヒントはアリアさんが現れた時、お前の焦りが消えた事と、カイザーが紋章を手に入れた時の話だ」
「ヒロ、どう言う事ですか?」
「お前の継承条件は直系の子孫だけではなく、血を遡って継承されると言ったな?」
「ああ、その通りだ。故に一族の血を分けた者がいる限り、我は何度でも甦り、きさまらを滅ぼしてくれる!」
「それは本当なんだろうさ! だが憤怒……お前は隠しているだろう? 本当の継承条件を!」
「本当の継承条件?」
「そう。紋章の継承……正式な条件は宿主が死んだ時、血を分けた直系の子孫に紋章が継承される。これはどんなに離れていても問題ない。だが、血を分けた子供がいない場合に問題があるんだ」
「キサマ!」
その言葉に憤怒の顔は険しくなる。
「おそらくお前は、血を媒介にして取り憑くのだろう? カイザーの血を引くシーザー君は距離に関係なく取り憑けるが、問題はそれ以外だ。おそらくお前の継承条件は、血を遡って取り憑く場合、対象が自分の近くにいなければいけないんじゃないか?」
「なぜ、きさまがそれを知っている!」
「カイザーが森でお前を手に入れた時、見たことがない魔物の死体に触れて、右腕に紋章を宿したとアリアさんは言っていた。倒した相手に取り憑けるお前が、なぜ死体に宿ったままでいた? 『人を滅ぼせ!』と、うるさいお前がなぜ?」
「たしかにおかしいですね? すぐに人を滅ぼそうと動くイメージがあるのに……なんか変です」
「そう。憤怒はまだ隠しているんです。直系の子孫の話は本当だが、それ以外の継承にはある条件が必要になることを」
「ある条件?」
「その条件とはおそらく『距離』……直系の子孫以外は、相手が極近い距離にいなければ取り憑けない」
「なるほど。だからアリアさんが現れる前は焦りが見えていたのに、シーザー君のお母さんだと分かった途端、余裕が現れたんですね」
「そう。そしてこれは推測ですが……あなたは赤の他人に取り憑くのに強さは関係ありませんね……この場合の継承条件は宿主が死したあと、直接死体ないし紋章に触れなければならないと見ました」
その時、憤怒の口元がほんの少し吊り上がるのをヒロは見逃さなかった。
「情報修正です。他人に取り憑くには、別の要素がまだありますね。アリアさんを傷つけたことを考えると……相手の血か、傷が必要と見ました。でなければ、わざわざアリアさんを刺した理由が見つからない」
「そう言うことですか……戦力にならないアリアさんを傷つけたのは、継承条件のためだったんですね」
「そう。でなければこれから取り憑く相手を瀕死にする意味がありません。近くにいるだけでいいのなら、無傷で乗り移れるのに、お前はそれをしなかった」
「なぜだ、なぜそこまで分かる⁈」
「ゲーマーだからこそですよ」
「ゲーマー?」
「ゲーマーとは神の頂きに挑まんとする崇高なる者! ゲームで遊ぶためならば、命も惜しまない挑戦者!」
「遊び? 遊戯のことか? バカな! 遊戯などと言うくだらぬ行為で、我の秘密にたどり着いたというのか⁉︎」
「ゲーマー舐めないでください! ゲーム攻略の鉄則はトライ&エラー! ほんの些細な情報からも攻略の糸口を見つけ出す洞察力! 得られた情報を分析し最良の方法を導き出す考察力! 困難な状況ほど燃え上がり決して諦めない忍耐力! あらゆる可能性を信じ何度失敗しても挑戦し続ける不屈の精神力!」
「な、なんだ⁈ きさまは何を言っているんだ⁈」
「日夜ゲーム攻略に時間と命を費やし、人生の全てを捧げた勇者に、勝利できない戦いなんて存在しない!」
ドヤ顔のヒロを見て唖然とする憤怒と、そして『また始まっちゃいました』とため息を吐くリーシア……。
「だ……だがそれが分かったところで現状は変わらん! 貴様らは消耗し我は再び回復した。もうお前らに勝機はないわ!」
「勝機はない? 何を言っているんですか? 僕たち廃ゲーマーが、この程度のことで攻略を諦めるとでも? むしろここからが腕の見せどころですよ。クリアー条件が難しいほど燃え上がるのは、廃ゲーマーの性ですから!」
「ならばやってみるがいい! 我は憤怒、怒りを司る者。全力を持って相手をしてやる。さあ絶望の淵で後悔しながら死ねがいい。滅べ! 滅べ! 人は全て滅び去れ!」
憤怒の顔が醜悪に歪み、右腕に宿る紋章が禍々しい輝きを放つとアリアの体がゆっくりと浮き上がる。
「これは……また触手ドラゴン状態になるつもりですか⁉︎」
地上5メートルの位置にまで上昇した所で、憤怒の動きはピタッと止まる。
「さあ、今度こそ人に絶望を、きさまらには地獄を! 人よ、報いを受けるがいい!」
憤怒が怨嗟の声を上げると、アリアの体中から触手が生え出し、その姿を覆い隠してゆく。
「位置が拙い、Bダッシュ!」
ヒロが猛ダッシュでリーシアの元へと駆けつける。途中、ミスリルロングソードの回収も忘れない。
「リーシア、ここにいると巨体に踏み潰されます。移動しますよ」
「はい。でも、その前にシーザー君を……」
チラリと横に倒れているシーザーをヒロは見た。
「わかっています」
すると腰に吊るしたアイテム袋を素早く手にしたヒロは、袋の口でシーザーに触れ、小さな体を袋の中へ回収する。
「これで良し。リーシア急ぎますので、失礼します」
「え? ええ! ちょっ! ヒロ⁈」
ヘタリ込んだリーシアの背中と両ひざの下に手を回したヒロが、彼女をお姫様抱っこして立ち上がると、体重××kgのリーシアを軽々と抱き上げて走り出す!
女の子の夢……お姫様抱っこを何の前触れもなくリーシアは体験してしまった。アワアワしながらパニクる少女が、ふとヒロの精悍な横顔を見ると、その顔をさらに真っ赤にしてうつむいてしまう。
「これだけ距離があれば、ん? リーシアどうしましたか?」
「ひゃあ、あ、な、な、な、何でみょいてふ!」
バグるリーシア……戦闘中のため、ヒロは仕方なく地面に少女をそっと降ろす。
「ひりゅ、頬をちゅねってください」
「え~と、こうですか?」
ヒロは手に持った剣を地面に突き刺すと、空いた手でリーシアの張りのある健康的な頬をツマミ、軽く捻る。
「痛っ!」
目をギュッとつぶり、軽い痛みに耐えたリーシアが心をリセットする。
「だ、大丈夫ですか?」
「……はい。なんとか」
平常心を取り戻したが、恥ずかしい姿を見せてしまいションとする少女に、ヒロがアイテム袋からポーションを取り出す。
「まだ立てなさそうですね。体力回復ポーションです。飲めますか?」
手に持つポーションを見たリーシア……これが最後になるかもしれないという思いが心をよぎる。
「いえ、すみません。体が動かなくて……の、飲ませてくれますか? あの……今度はいいですから」
その言葉にヒロは真剣な顔つきに変わり、ポーションの蓋を開けた。
「リーシア……」
「ヒロ……」
目をつぶるリーシア……そして待つこと数秒の後、少女の口にやさしく何かが触れる。
「ん、んん? ん~⁈」
なんか妙な違和感にリーシアが目を開けると、少女の口にポーション瓶の口が突っ込まれていた。そして急いで飲ますため、ヒロは瓶の角度を上げてラッパ飲み状態にする。ゴクゴクと一気にポーションの中身をリーシアは飲み干す。
「プハァッ、ヒ、ヒロ!」
「え? どうしましたか? 憤怒の変身が終わりそうなので急いで飲ませたのですが……無理をさせてしまったみたいですね。すみません」
頭を下げるヒロに、リーシアは苦笑するしかなかった。むしろ生きるか死ねかの戦いの中でそんなことを考えてしまった自分が恥ずかしくなってしまった。
「いえ、大丈夫ですよ。ヒロ、飲ませてくれてありがと」
「どういたしまして、回復はどうですか?」
「フッフッ、そんなすぐにはポーションの効果は現れないですよ。少なくとも十分は経過しないと……それに体力が戻ったとしても、動くだけで精一杯で戦うのは厳しそうです。ごめんなさい」
謝るリーシアに、ヒロはアイテム袋から最後のポーションを全て取り出しリーシアの腰にあるポーションホルダーに入れてゆく。
「リーシア大丈夫です。残りの回復ポーションを渡しておきます。ダメージを負ったら躊躇せず使ってください。いざとなったら、あの計画は中止します。君の命の方が大事ですから」
「ヒロ……わかりました。でもギリギリまでは使いませんよ?」
「それで構いません。それじゃあ行きます」
全てのポーションを入れ終わったヒロが立ち上がると、地面に突き刺したミスリルロングソードを手にし、そのまま宙に浮かぶ憤怒の方へと歩きだした。
だが数歩、足を踏み出した所でヒロは立ち止まりリーシアに振り返る。
「どうしました?」
「リーシア、戦いが終わったら、僕にポーションを飲ませてください」
「はい。もちろん傷を負っているでしょうから、回復はしますよ?」
「その時は、瓶から直接じゃない方でお願いしますね」
「……フッフッフッ、いいですよ。約束です」
「良かった。じゃあ、今度こそ行ってきます」
「ヒロ、行ってらっしゃい」
少女は約束を交わした男は戦場へと歩き出す。
宙に浮かぶ憤怒は見るヒロ……空中には無数の触手を組み合わせてできた触手の繭が蠢いていた。
大きさは触手ドラゴン状態が7メートルを超えていたのに対して、繭は遥かに小さい2メートル程度……だが変身に掛かる時間は触手ドラゴン以上に長い。
「これはいよいよ最終形態になるみたいですね……RPGのボス戦じゃ定番なイベントだけど……これは持てる力を出し切らないと勝てそうにありませんね」
勇気を手にする剣に溜めしながら、ヒロはパーティーメニュー画面を開きステータスの最終確認をする。
名前 本上 英雄
性別 男
年齢 6才(27才)
職業 プログラマー
レベル :23 ブレイブ状態
HP:150/400(+220) → 750/2000
MP:50/350(+220)→ 250/1750
筋力:306(+220)→ 1530
体力:326(+220)→ 1630
敏捷:306(+220)→ 1530
知力:326(+220)→1630
器用:316(+220)→1520
幸運:291(+220)→1450
固有スキル デバック LV 2
言語習得 LV 2
Bダッシュ LV 5
二段ジャンプ LV 4
ブレイブチャージ LV 4
オートマッピング LV 2
ブレイブ LV 1
コントローラーLV 2
不死鳥の魂
所持スキル 女神の絆 LV 2
女神の祝福 【呪い】LV 10
身体操作 LV 5 → LV 10
剣術 LV 4 → LV 10
投擲術 LV 3 → LV 10
気配察知 LV 2 → LV 10
空間把握 LV 2 → LV 10
見切り LV 2→ LV 10
回避 LV 2 → LV 10
これから始まる戦いは、勇者として全てを出し切らねば勝つことはできない。ダメージを受けHPが1になろうが逃げ出せない憤怒との最終決戦……負ければ自分とリーシアだけではない。アルムに住む町の人が……いやガイヤに住まう全ての人々が根絶やしにされてしまう。
「はは……まるでゲームの中にいるみたいじゃないか……やり直しが効かない、一度きりの戦い。プレイの代償は自分とみんなの命……」
ヒロは変身を終えようとする憤怒を見て震え出した。だが、それは決して恐れからくる震えではなかった……男の中からドス黒い感情が湧き上がり、呟く。
「ああ、燃えるじゃないか! ヒリヒリと焼けつくような感覚! 懐かしい実に懐かしい! 最高のシチュエーションだ! これに打ち勝った時の最上の喜びこそ生きていると実感できる最高の瞬間! 僕にとってゲームも現実も大差ない! ゲームに命を懸ける廃ゲーマーが現実《リアル》で命を懸けるだけの話だ」
彼は歓喜していた。夢にまで見たゲームが現実《リアル》に現れたことを……ヒロは憤怒に打ち勝つため、隠し続けていた狂える本能を心の奥底から呼び覚ます。
ゲーム鬼……それはゲームにかける情熱から付いた称号ではない。相手に勝つためならば、いかなる手段を用いても必ず勝利を捥ぎ取る情け容赦ないプレイヤーにつけられた忌むべき名……廃ゲーマーの頂点! 最狂にして最凶を冠する魔王の称号!
「ああ、そうだ……これは、これこそが僕の求めていた世界だ!」
〈ゲームと現実がひとつになった時、ゲーム鬼英雄は真の正体を現した〉
ヒールの回復により体力を消耗しペタンと座り込んだリーシアが、ゆっくりと立ち上がるアリアの姿を呆然と見ていた。
「憤怒! きさま!」
腹部の傷から流れ出る血で、着ている服を真っ赤に染め上げたアリアを見ながらヒロが声を荒らげる。
「あっはっはっはっはっはっ、いいぞ! 最高だ。その顔が見たかった。守ったと思った瞬間に落胆するその顔がなあ。さあ人よ、滅べ、滅べ! 滅び去れ! 我が母のために全て滅びよ!」
優しかった顔が醜悪に歪み、血の色よりも真っ赤な瞳が、怒りで燃え上がるかのような虹彩を放っていた。
「なんで……どうしてですか⁈ アリアさんは直系の子孫ではありません。あなたを倒したのは私なのに、どうして⁈」
体に力が入らないリーシアは、憤怒が取り憑いたアリアの姿を見上げながら嘆く。
「ああ、たしかに我を倒したのはお前だった。アッハッハッハッハッハッハッ!」
「ならどうして⁈」
「憤怒は紋章の継承条件を偽っていたんです。おそらく直系の子孫ではなく……それに近い家族へ取り憑けたのでしょう」
その質問に、ヒロが憤怒の代わりに答えていた。
「クックックックッ、ご明察だ! だが嘘を吐いた覚えはないな。我は子孫にしか乗り移れないなど一言も言った記憶はない! 紋章の継承条件を勝手に間違えたのはお前たちだ!」
「それじゃあ……」
「そうだ! 我は子孫だけではない。その血を遡って継承が可能なのだ。最初から我を倒すことなど、できなかったのさ。さあこれで全ては振り出しに戻った。いや……あの餓鬼より、この愚かなオークの方が力を出せる分、強くなったか? ハッハッハッハッハッハッ!」
「そんな……では私たちがやってきた事は、無駄だったというのですか?」
すでに力を使い果たし満足に体を動かすこともできない自分と、動けはするが度重なる連戦で体力を消耗しているヒロ……そして言葉通りなら、憤怒はアリアの体に取り憑くことで元の力を取り戻している。シーザーに取り憑いたとき以上の力を持って……。
もはや絶望的な状況に、リーシアの心は闇に塗りつぶされていく。
「そうだ! お前たちは無駄な努力をしただけだったのだよ。はっはっはっはっはっはっ」
憤怒の言葉にリーシアがうつむいてしまう。
「……」
「ああ、いいぞ! その絶望に染まる姿、実にいい! 最高の気分だ。クックックックッ!」
下卑た笑いでリーシアを見る憤怒の顔は、醜悪に歪んでいた。絶望の闇が、リーシアの心を閉ざそうとした時だった。
「いや……リーシア! まだ諦めるな」
希望が彼女の闇に染まる心へ、一条の光を差し照らした。
「ヒロ?」
「奴は嘘を吐いています!」
「嘘?」
「そうです。奴の行動で確信しました。憤怒には、もう後がありません」
「後がないだと? 戯言を言うな」
「戯言じゃない。ヒントはアリアさんが現れた時、お前の焦りが消えた事と、カイザーが紋章を手に入れた時の話だ」
「ヒロ、どう言う事ですか?」
「お前の継承条件は直系の子孫だけではなく、血を遡って継承されると言ったな?」
「ああ、その通りだ。故に一族の血を分けた者がいる限り、我は何度でも甦り、きさまらを滅ぼしてくれる!」
「それは本当なんだろうさ! だが憤怒……お前は隠しているだろう? 本当の継承条件を!」
「本当の継承条件?」
「そう。紋章の継承……正式な条件は宿主が死んだ時、血を分けた直系の子孫に紋章が継承される。これはどんなに離れていても問題ない。だが、血を分けた子供がいない場合に問題があるんだ」
「キサマ!」
その言葉に憤怒の顔は険しくなる。
「おそらくお前は、血を媒介にして取り憑くのだろう? カイザーの血を引くシーザー君は距離に関係なく取り憑けるが、問題はそれ以外だ。おそらくお前の継承条件は、血を遡って取り憑く場合、対象が自分の近くにいなければいけないんじゃないか?」
「なぜ、きさまがそれを知っている!」
「カイザーが森でお前を手に入れた時、見たことがない魔物の死体に触れて、右腕に紋章を宿したとアリアさんは言っていた。倒した相手に取り憑けるお前が、なぜ死体に宿ったままでいた? 『人を滅ぼせ!』と、うるさいお前がなぜ?」
「たしかにおかしいですね? すぐに人を滅ぼそうと動くイメージがあるのに……なんか変です」
「そう。憤怒はまだ隠しているんです。直系の子孫の話は本当だが、それ以外の継承にはある条件が必要になることを」
「ある条件?」
「その条件とはおそらく『距離』……直系の子孫以外は、相手が極近い距離にいなければ取り憑けない」
「なるほど。だからアリアさんが現れる前は焦りが見えていたのに、シーザー君のお母さんだと分かった途端、余裕が現れたんですね」
「そう。そしてこれは推測ですが……あなたは赤の他人に取り憑くのに強さは関係ありませんね……この場合の継承条件は宿主が死したあと、直接死体ないし紋章に触れなければならないと見ました」
その時、憤怒の口元がほんの少し吊り上がるのをヒロは見逃さなかった。
「情報修正です。他人に取り憑くには、別の要素がまだありますね。アリアさんを傷つけたことを考えると……相手の血か、傷が必要と見ました。でなければ、わざわざアリアさんを刺した理由が見つからない」
「そう言うことですか……戦力にならないアリアさんを傷つけたのは、継承条件のためだったんですね」
「そう。でなければこれから取り憑く相手を瀕死にする意味がありません。近くにいるだけでいいのなら、無傷で乗り移れるのに、お前はそれをしなかった」
「なぜだ、なぜそこまで分かる⁈」
「ゲーマーだからこそですよ」
「ゲーマー?」
「ゲーマーとは神の頂きに挑まんとする崇高なる者! ゲームで遊ぶためならば、命も惜しまない挑戦者!」
「遊び? 遊戯のことか? バカな! 遊戯などと言うくだらぬ行為で、我の秘密にたどり着いたというのか⁉︎」
「ゲーマー舐めないでください! ゲーム攻略の鉄則はトライ&エラー! ほんの些細な情報からも攻略の糸口を見つけ出す洞察力! 得られた情報を分析し最良の方法を導き出す考察力! 困難な状況ほど燃え上がり決して諦めない忍耐力! あらゆる可能性を信じ何度失敗しても挑戦し続ける不屈の精神力!」
「な、なんだ⁈ きさまは何を言っているんだ⁈」
「日夜ゲーム攻略に時間と命を費やし、人生の全てを捧げた勇者に、勝利できない戦いなんて存在しない!」
ドヤ顔のヒロを見て唖然とする憤怒と、そして『また始まっちゃいました』とため息を吐くリーシア……。
「だ……だがそれが分かったところで現状は変わらん! 貴様らは消耗し我は再び回復した。もうお前らに勝機はないわ!」
「勝機はない? 何を言っているんですか? 僕たち廃ゲーマーが、この程度のことで攻略を諦めるとでも? むしろここからが腕の見せどころですよ。クリアー条件が難しいほど燃え上がるのは、廃ゲーマーの性ですから!」
「ならばやってみるがいい! 我は憤怒、怒りを司る者。全力を持って相手をしてやる。さあ絶望の淵で後悔しながら死ねがいい。滅べ! 滅べ! 人は全て滅び去れ!」
憤怒の顔が醜悪に歪み、右腕に宿る紋章が禍々しい輝きを放つとアリアの体がゆっくりと浮き上がる。
「これは……また触手ドラゴン状態になるつもりですか⁉︎」
地上5メートルの位置にまで上昇した所で、憤怒の動きはピタッと止まる。
「さあ、今度こそ人に絶望を、きさまらには地獄を! 人よ、報いを受けるがいい!」
憤怒が怨嗟の声を上げると、アリアの体中から触手が生え出し、その姿を覆い隠してゆく。
「位置が拙い、Bダッシュ!」
ヒロが猛ダッシュでリーシアの元へと駆けつける。途中、ミスリルロングソードの回収も忘れない。
「リーシア、ここにいると巨体に踏み潰されます。移動しますよ」
「はい。でも、その前にシーザー君を……」
チラリと横に倒れているシーザーをヒロは見た。
「わかっています」
すると腰に吊るしたアイテム袋を素早く手にしたヒロは、袋の口でシーザーに触れ、小さな体を袋の中へ回収する。
「これで良し。リーシア急ぎますので、失礼します」
「え? ええ! ちょっ! ヒロ⁈」
ヘタリ込んだリーシアの背中と両ひざの下に手を回したヒロが、彼女をお姫様抱っこして立ち上がると、体重××kgのリーシアを軽々と抱き上げて走り出す!
女の子の夢……お姫様抱っこを何の前触れもなくリーシアは体験してしまった。アワアワしながらパニクる少女が、ふとヒロの精悍な横顔を見ると、その顔をさらに真っ赤にしてうつむいてしまう。
「これだけ距離があれば、ん? リーシアどうしましたか?」
「ひゃあ、あ、な、な、な、何でみょいてふ!」
バグるリーシア……戦闘中のため、ヒロは仕方なく地面に少女をそっと降ろす。
「ひりゅ、頬をちゅねってください」
「え~と、こうですか?」
ヒロは手に持った剣を地面に突き刺すと、空いた手でリーシアの張りのある健康的な頬をツマミ、軽く捻る。
「痛っ!」
目をギュッとつぶり、軽い痛みに耐えたリーシアが心をリセットする。
「だ、大丈夫ですか?」
「……はい。なんとか」
平常心を取り戻したが、恥ずかしい姿を見せてしまいションとする少女に、ヒロがアイテム袋からポーションを取り出す。
「まだ立てなさそうですね。体力回復ポーションです。飲めますか?」
手に持つポーションを見たリーシア……これが最後になるかもしれないという思いが心をよぎる。
「いえ、すみません。体が動かなくて……の、飲ませてくれますか? あの……今度はいいですから」
その言葉にヒロは真剣な顔つきに変わり、ポーションの蓋を開けた。
「リーシア……」
「ヒロ……」
目をつぶるリーシア……そして待つこと数秒の後、少女の口にやさしく何かが触れる。
「ん、んん? ん~⁈」
なんか妙な違和感にリーシアが目を開けると、少女の口にポーション瓶の口が突っ込まれていた。そして急いで飲ますため、ヒロは瓶の角度を上げてラッパ飲み状態にする。ゴクゴクと一気にポーションの中身をリーシアは飲み干す。
「プハァッ、ヒ、ヒロ!」
「え? どうしましたか? 憤怒の変身が終わりそうなので急いで飲ませたのですが……無理をさせてしまったみたいですね。すみません」
頭を下げるヒロに、リーシアは苦笑するしかなかった。むしろ生きるか死ねかの戦いの中でそんなことを考えてしまった自分が恥ずかしくなってしまった。
「いえ、大丈夫ですよ。ヒロ、飲ませてくれてありがと」
「どういたしまして、回復はどうですか?」
「フッフッ、そんなすぐにはポーションの効果は現れないですよ。少なくとも十分は経過しないと……それに体力が戻ったとしても、動くだけで精一杯で戦うのは厳しそうです。ごめんなさい」
謝るリーシアに、ヒロはアイテム袋から最後のポーションを全て取り出しリーシアの腰にあるポーションホルダーに入れてゆく。
「リーシア大丈夫です。残りの回復ポーションを渡しておきます。ダメージを負ったら躊躇せず使ってください。いざとなったら、あの計画は中止します。君の命の方が大事ですから」
「ヒロ……わかりました。でもギリギリまでは使いませんよ?」
「それで構いません。それじゃあ行きます」
全てのポーションを入れ終わったヒロが立ち上がると、地面に突き刺したミスリルロングソードを手にし、そのまま宙に浮かぶ憤怒の方へと歩きだした。
だが数歩、足を踏み出した所でヒロは立ち止まりリーシアに振り返る。
「どうしました?」
「リーシア、戦いが終わったら、僕にポーションを飲ませてください」
「はい。もちろん傷を負っているでしょうから、回復はしますよ?」
「その時は、瓶から直接じゃない方でお願いしますね」
「……フッフッフッ、いいですよ。約束です」
「良かった。じゃあ、今度こそ行ってきます」
「ヒロ、行ってらっしゃい」
少女は約束を交わした男は戦場へと歩き出す。
宙に浮かぶ憤怒は見るヒロ……空中には無数の触手を組み合わせてできた触手の繭が蠢いていた。
大きさは触手ドラゴン状態が7メートルを超えていたのに対して、繭は遥かに小さい2メートル程度……だが変身に掛かる時間は触手ドラゴン以上に長い。
「これはいよいよ最終形態になるみたいですね……RPGのボス戦じゃ定番なイベントだけど……これは持てる力を出し切らないと勝てそうにありませんね」
勇気を手にする剣に溜めしながら、ヒロはパーティーメニュー画面を開きステータスの最終確認をする。
名前 本上 英雄
性別 男
年齢 6才(27才)
職業 プログラマー
レベル :23 ブレイブ状態
HP:150/400(+220) → 750/2000
MP:50/350(+220)→ 250/1750
筋力:306(+220)→ 1530
体力:326(+220)→ 1630
敏捷:306(+220)→ 1530
知力:326(+220)→1630
器用:316(+220)→1520
幸運:291(+220)→1450
固有スキル デバック LV 2
言語習得 LV 2
Bダッシュ LV 5
二段ジャンプ LV 4
ブレイブチャージ LV 4
オートマッピング LV 2
ブレイブ LV 1
コントローラーLV 2
不死鳥の魂
所持スキル 女神の絆 LV 2
女神の祝福 【呪い】LV 10
身体操作 LV 5 → LV 10
剣術 LV 4 → LV 10
投擲術 LV 3 → LV 10
気配察知 LV 2 → LV 10
空間把握 LV 2 → LV 10
見切り LV 2→ LV 10
回避 LV 2 → LV 10
これから始まる戦いは、勇者として全てを出し切らねば勝つことはできない。ダメージを受けHPが1になろうが逃げ出せない憤怒との最終決戦……負ければ自分とリーシアだけではない。アルムに住む町の人が……いやガイヤに住まう全ての人々が根絶やしにされてしまう。
「はは……まるでゲームの中にいるみたいじゃないか……やり直しが効かない、一度きりの戦い。プレイの代償は自分とみんなの命……」
ヒロは変身を終えようとする憤怒を見て震え出した。だが、それは決して恐れからくる震えではなかった……男の中からドス黒い感情が湧き上がり、呟く。
「ああ、燃えるじゃないか! ヒリヒリと焼けつくような感覚! 懐かしい実に懐かしい! 最高のシチュエーションだ! これに打ち勝った時の最上の喜びこそ生きていると実感できる最高の瞬間! 僕にとってゲームも現実も大差ない! ゲームに命を懸ける廃ゲーマーが現実《リアル》で命を懸けるだけの話だ」
彼は歓喜していた。夢にまで見たゲームが現実《リアル》に現れたことを……ヒロは憤怒に打ち勝つため、隠し続けていた狂える本能を心の奥底から呼び覚ます。
ゲーム鬼……それはゲームにかける情熱から付いた称号ではない。相手に勝つためならば、いかなる手段を用いても必ず勝利を捥ぎ取る情け容赦ないプレイヤーにつけられた忌むべき名……廃ゲーマーの頂点! 最狂にして最凶を冠する魔王の称号!
「ああ、そうだ……これは、これこそが僕の求めていた世界だ!」
〈ゲームと現実がひとつになった時、ゲーム鬼英雄は真の正体を現した〉
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