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第13章 勇者と憤怒の紋章編
第156話 バグ聖女よ……門を開け!
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それはリーシアとゼスが修行の旅の途中……ある山の麓を歩いていた時のことだった。
「リーシアよ、今からワシが教える技は、非常に危険なもの故、無闇に使うのを禁じる。いいな?」
師である拳聖ゼスが弟子のリーシアに声を掛け、そんな話を始めた。
「ん、なんですか唐突に……技の伝授って正気ですか⁈ 今の状況分かってます⁈」
リーシアは構え、目の前で動く巨大なものを警戒しながらも、横にいるゼスの声に応えていた。
「ふむ。巨人族の亜種、トロールに襲われておるな」
「おるなって……冷静に答えないでください! あんなのどうやって勝つんですか! 体長10メートルはありますよ! 体格差でいったら六倍も違うんですよ? あっ!」
リーシアは目の前で腕を振りかぶり、猛烈な勢いで振り下ろしたトロールの攻撃を横に移動して避けると……ズシンと揺れ、大地に大きな拳の跡が残る。
横にチョコンと攻撃を避けたリーシアは、すかさず振り下ろしたトロールの腕に向かって勁を内包した拳を放つが、その巨体に大したダメージは入らない。
「やはり大きさが違いすぎます。ネズミと人間くらいの体格差じゃ勝負になりせんよ! 逃げますか師父?」
リーシアがチラリとゼスを見ると、トロールに対峙し、殺る気マンマンでマントを脱ぎ捨てて構えだした。
「まさか、殺る気ですか?」
「いいかリーシア? たとえ魔物であろうと、男が戦いを挑まれて逃げるなど笑止!」
「いいえ……私は女ですから! 復讐を果たすまで死ぬ訳にはいかないんで、私ひとりで逃げていいですか?」
「いや……そこは『一緒に戦います』とか言うところじゃないか?」
ジト目で見るゼスの視線を、リーシアは冷ややかな目で受け流す。
「男のアホなロマンにつき合う気はありません。この間もそう言って、襲いかかってきたミノタウロスを倒したら、雪崩のように仲間が集まってきて逃げましたよね?」
「うむ。あれはいい経験を積めた」
「うむ。じゃないですよ! 結局逃げ切れず、全部倒すのに二人で半日掛かったんですよ! 学習能力はないんですか!」
「だが、おかげでいろいろ学べただろう? 実戦に勝る修練はない!」
ゼスと対峙していたトロールが。アリを踏み潰すかの如く足を踏み出すが……老拳士は横に滑るかのように構えたまま姿勢を崩さず、攻撃を避けてしまう。
恐るべきほど静かで、無駄のない震脚にリーシアが舌を巻いた。
「今どうやって震脚したんですか? 相変わらず戦いにおいてだけは尊敬します……はあ~、ホッ!」
「おまえなあ、仮にも師に向かってその言い草はないだろう……はあ~、フン!」
この弟子にして師匠あり……何となく似ている二人は互いにため息を吐き、トロールの攻撃を避けながら話を続ける。
「とにかくこの技を覚えれば、お前は最強の道へまた一歩近づけるのだ。何が不服なんだ?」
「いや、だから私は最強なんて目指していないんですよ! いい加減覚えてください。ボケるのは私と別れた時にお願いします」
「まあ、そう言うな。この技は覚えておいて損はない。お前の復讐の助けになるだろう」
復讐と戦闘狂のボケ老人の相手……二つを秤に置いたリーシアの天秤は、ボケ老人に傾いた。
「分かりました……で? 今回は、このトロールで何を教えてくれるんですか?」
「お前に今より教えるは、覇神六王流の真髄だ」
「真髄?」
執拗に攻撃するトロールの攻撃を難なく避ける二人……巨体で動きが遅いとはいえ、一撃でももらえば致命傷となる攻撃を、まるで子供を相手にするが如く軽く避ける。
「とくに体格で劣る女のお前は、これを覚えねば復讐の道半ばで命を落とすことになるだろう。だから死ぬ気で覚えろ!」
「仕方ありません。覚えて上げます。サッサと教えてください」
「……おまえ本当にワシを師と思っているのか?」
「少し頭のネジは緩んでいますが……間違ったことは言わない師だとは思ってますよ?」
「もういい……いいか? 今から教える技は、体格差を覆すため、覇神六王流開祖が長い年月をかけて編み出した奥義だ」
「体格差を覆す?」
「そうだ。我ら拳士がいくら体を鍛えようが、魔獣相手に戦えるのは、せいぜい自分の倍の大きさまでが限界であろう。フンッ!」
「確かに、実際に今、トロールに攻撃しても筋肉量や体重差で攻撃が効きませんね。っと!」
話しながらも二人はトロールの攻撃を避け続ける。
「だが、このガイヤにはトロールより巨大な魔物も存在する。攻撃が効かないからと逃げていては戦いにならん。だからこそ……この技を覇神六王流は編み出した。見ているがいい! 体と気のコントロールを極めた覇神六王流に、敵の大きさは関係ないことを見せてやろう!」
言うや否や、ゼスが全身の気をコントロールする。
リーシアはゼスが全身の気を循環させ、増幅して行くのを感じていた。
体の中で膨れ上がった気が……ゼスの全身を駆け巡り、信じられない量の気が体の中に留まっていく。
「な? なんですかそれ! 丹田以外で気を増幅して留めているんですか⁈」
「そうだ! 人体には経絡と言われる気の通り道があり、その途中に開門、休門、生門、傷門、驚門、死門と呼ばれる六つの門がある。丹田とは最初の門、門開を意味する」
「フムフム、六つの門ですか」
「この経絡の門を意図的に開き、気を流すことで爆発的な力が得られるのだが……門を一つ開くたびに体への負担は激しくなり、六門全てを開けば……待っているは死だ。ワシですら四つ目の『傷門』までしか開くことはできん」
「え~と……それってつまり、自爆技ですか?」
「うむ! 正道と覇道を経て六つの門を開いた時、神すらもねじ伏せる力を得る……故にわが流派は、覇神六王流と呼ばれるのだ。見るがいい! これがお前が目指すべき道だ!」
トロールが当たらない攻撃に苛立ち、ゼスを捕まえようと前屈みになり腕を伸ばした瞬間、ゼスが内包した莫大な気を拳に集め、巨大な手に拳を突き出すと……トロールの腕が、あらぬ方向に吹き飛ばされ破壊される。
「増幅された気は肉体を強固にし、無双の力をその身に宿す! これこそが覇神六王流を最強と言わしめし技、『六道開門』だ!」
ゼスがトロールの左胸に向かって、ノーモーションで飛び上がる!
「覇神六王流! 龍牙心破拳!」
膨大な気をまとった両拳を上下に揃え貫手で突き出した。ゼスの両腕がトロールの胸に二の腕の半ばまで突き刺さると、その両手でトロールの心臓を掴んでいた……そして体内で龍の顎が閉じられた!
断末魔を上げるトロールの胸に、ゼスが足を掛けると胸から心臓を無理やり引き抜き跳び下がる。
ゼスの手には、噛みちぎられたトロールの心臓が握られていた。
心臓を引き抜かれて生きていられる生物はいない……トロルはそのまま仰向けに地響きを立てて倒れると、ピクリとも動かなくなった。
「リーシア、この技を覚える道は険しいぞ? 生半可な覚悟では二つ目の門すら開くことは叶わん。覚悟はよいか?」
握りつぶしたトロールの心臓を片手に、リーシアの元に歩くゼス……その言葉にリーシアは……。
「え? そんな技いりませんよ。何度も言いますけど、別に私は最強を目指しているわけではありませんから! そう言う技は別の人にお願いします」
「なっ! せっかくワシがお前のためを思って教えてやると言うのに、お前はいらないというのか⁈」
「はい! これっぽっちも欲しいと思いません! それより早く次の町へ行きますよ。師父につき合わされてこんな山道まできた理由が、今の技なら必要ないですからね」
「いや……これはお前のためを思ってだな?」
いらないと断り続けるリーシアとお前のためにと技の習得をススメるゼス。気がつけば……その場ですでに三十分が経過していた。
「も~、しつこいですね。はあ~……仕方ありません。付き合ってあげます。手短にお願いします」
「おお! そうか! 覚えてくれるか……良かった」
師父のしつこさに弟子が折れた。リーシアは技の習得を嫌々ながら学ぶことになり、ゼスは涙目になる。立場が逆転した奇妙な師弟関係がそこにはあった。
「ん~と、それでどうすればいいんですか?」
「うむ。まずは経絡にある門を探すところからだな。気を循環させて違和感を感じる場所みつけるんだが、これだけで下手をしたら何年も掛かる」
するとリーシアが目を閉じ、気を体に循環させていく。
いつも通りスムーズな気の流れを感じると、ゼスがさっき見せた気の増幅場所を探り、何となくイメージする。その場所を通った気が膨れ上がるイメージを……するといつもの丹田の上で何となく気が膨れた。
「ん~、これですかね? えい!」
するとその場所を通った気が膨れ上がり、その量を一気に増やしていた。
「そ、そんなばかな! 第二門が開いただと⁈ ワシはまだ技の概要を説明しただけだぞ!」
「これでいいですか? 意外に簡単ですね」
「簡単って……ワシですら、第二門を開くのに十年も掛かったのに」
「まあ、そう言われましても、開けちゃいましたし……あ! 次の門も行けそうです。試してみますね」
「ま、待て! リーシア! まだ開いてはならん! 死ぬぞ!」
「え?」
ちょうどリーシアが第三門を開こうとした瞬間、突如体から力が抜け、リーシアが腰から崩れて仰向けに崩れ落ちてしまう。
「言わんことではない……」
「はれ? にゃんで?」
体中の力が抜け、呂律すら回らなくなるリーシアは、まともに声すらも出せなくなる。
「第二門を開くだけでも体にとてつもない負担が掛かるのだ。普通は長い修練の果てに、開門に耐えられる体を作っていくものなんだ。体が出来ていないのに門を開ければそうなって当然だ」
「やっぴゃり、こにょ技はいりまへん」
ヘロヘロになりながら、ゼスを恨めしく見るリーシア……そんな弟子に師父は笑いながら話しかける
「まったく……仕方ない。今日はここまでにして、次の町へ向かおう」
リーシアを背負い歩き出すゼス。
しばらくして、初めての開門で疲れ果てたリーシアは、そのまま背中で眠りについてしまう。
「ふ~、こうして寝ていれば普通の娘なのだがな。恐るべきは血筋か? まさにリーシアの才は、ヤツの血を引いている証。この子ならあるいは極められるかもしれん。覇神六王流が最終奥義を……」
老いた拳聖は幼き拳士を背負い、ただ歩く……来たるべき日に向け、幼き少女が拳聖となる時を夢見て……自らの復讐のために、少女の牙を今はただ静かに研ぎ鍛えるのであった。
…………
「さあ、自分の罪に懺悔しろ!」
(これで終わりです!)
「覇神六王流! 絶技六式!」
生半可な攻撃では、この巨体に打ち勝つことはできないほど、体格差があり過ぎる……そう判断した聖女は、迷わず覇神六王流の奥義を発動する。
「六道開門!」
聖女が第二門『休門』と第三門『生門』の二つを開くと、流れる気が二つの門で増幅され体の中を駆け巡ってゆく。体内から気が迸り、体の六箇所に膨大な気が集まる。
「行くぜ!」
聖女が震脚を踏むと、地を滑るように大地を疾走し憤怒の巨体の前脚へと躍り出た。
震脚の勢いを余すことなく攻撃に乗せるリーシア! 恐ろしいほど流麗な動きで、上段回し蹴りが憤怒の右前脚に打ち込まれる。
聖女の気を込めた蹴りが、樹齢何十年に匹敵する太さの前脚を蹴り抜く!
ヒロが見るモニターには、信じられない光景が映し出されていた。触手で形成された憤怒の太い右前脚を、聖女の細い足が完全にへし折っていたのだ。
蹴り抜いた足から膨大な気が前脚に浸透し、憤怒がバランス崩し膝を折る。
(な、なんだこの威力は⁈ ……ダ、ダメだ! リーシアこれは!)
ありえない蹴りの威力に、ヒロは直前に使った技が原因だと瞬時に悟った。こんな馬鹿げた威力の技がノーリスクで使えるわけがない。リスクがあるからこそ、自分にこの技の存在を隠していた……止めなければとヒロは声を上げる
「オレに構うな! 止まるんじゃねえ!」
聖女が叫びながらも、蹴り抜いた足で震脚を踏むと次の左前脚へ飛ぶ!
「覚悟の上だ! これがラストチャンスだろ!」
モニターに映る時間は残り40秒を切っていた。
もはやこれがヒロとリーシアにできる最後の攻撃……少女の覚悟にヒロは苦しみながら思いに応える
(クッ! サポートします! Bダッシュ!)
少しでも聖女の負担を軽くするため、頭のスイッチをオンに入れ、スローモーションの世界から彼女のサポートに徹する。
憤怒の左前脚へ跳躍した聖女は、膨大な気と力のベクトルを余すことなく攻撃に乗せた後ろ回し蹴りを放つ!
今度は聖女の振り抜いた足が、憤怒の右前脚を削り飛ばし、大穴を開ける!
完全に前脚を失いバランスを保てなくなった憤怒が聖女に向かって倒れ込んで来た。
「こんなとこで死んでたまるかよ!」
三度の震脚を踏み、倒れ込む憤怒の巨体の下を聖女が高速で潜り抜け、後脚へと大地を疾走する!
…………
モニターに映るリーシアは憤怒の下をかい潜り、右後脚へと高速で接近していた。
技を放つタイミングを測りながら、リーシアが次に取る行動を頭の中で予想したヒロがコントローラーにコマンドを入力すると……リーシアが膨大な気を内包した拳を、腰だめからフック気味に後脚へと撃ち放つ!
体全体を使った刈り取るような肝臓打ちが炸裂し、憤怒の脚を破壊する。
打ち込まれた拳の反対側が爆発にしたかのように吹き飛び、大きな穴を穿つ! 『通し』と呼ばれる浸透系の打撃技が、後脚を完全に破壊する、
およそ人が放てる限界を超えた馬鹿げた威力に、ヒロの顔は暗くなる。
それは一撃を放つごとにモニターに現れた謎のゲージに光が灯り、リーシアのHPが一気に減少するからだった。
今の攻撃で三つ目のゲージが灯り、残りHPが半分近くまで減ってしまった。画面には暗いままのゲージが三つ残っている。絶技六式のコマンドを入力した後に打ち出す技が関係しているのだろうが……詳細が分からない。
戦いの中ヒントを探すため、リーシアの技表を表示した時、いくつかの新技と注意書きが更新されていることにヒロは気付き、顔が凍りついた。
リーシア技一覧
A=Pボタン B=Kボタン C=Gボタン
震脚
P + K + G
Bダッシュ
→→ + K
タメ攻撃
← 五秒経過 + P or K
波動掌
↓↘︎→ + P
ヒール(滅)
→↓↘︎ + P or K
肝臓打ち
↓↙︎← + P
マゼルパンチ
←↓↙︎ + P
ジャックロール
↓↙︎←↖︎↑↗︎→↘︎↓ + P
ハートブレイクショット
→→←↙︎↓↘︎→ + P
上段回し蹴り
↓↘︎→ + K
後ろ回し蹴り
↓↙︎← + K
肘鉄
←タメ→ + P
膝蹴り
←タメ→ + K
連凰脚
↙︎タメ↗︎ + K
爆心治癒功
↓タメ↑ + G
音叉波動掌 必殺技ゲージ1消費
震脚×2 + →←↙︎↓↘︎→ + P
絶技六式 必殺技ゲージ2消費
→↓↘︎→↘︎↓↙︎←→← + P +G
最終奥義???? 特殊条件+残りHP10%以下時
→↘︎↓↙︎←↖︎←↗︎→←→↓↘︎↖︎↗︎↙︎↓→ + P + K + G
注意 特殊条件が発動時、発動キャンセルは不可。入力を失敗したプレイヤーキャラは強制ゲームオーバー
「強制ゲームオーバー⁈ つまり僕が入力をしくじれば、その時点でリーシアの命はないというのか? そんな……」
そこには対戦格闘ゲーム史上、最も難しいとされた伝説の必殺技コマンドが記されていた!
〈聖女の命を掛けたコマンド入力が、希望に突きつけられた!〉
「リーシアよ、今からワシが教える技は、非常に危険なもの故、無闇に使うのを禁じる。いいな?」
師である拳聖ゼスが弟子のリーシアに声を掛け、そんな話を始めた。
「ん、なんですか唐突に……技の伝授って正気ですか⁈ 今の状況分かってます⁈」
リーシアは構え、目の前で動く巨大なものを警戒しながらも、横にいるゼスの声に応えていた。
「ふむ。巨人族の亜種、トロールに襲われておるな」
「おるなって……冷静に答えないでください! あんなのどうやって勝つんですか! 体長10メートルはありますよ! 体格差でいったら六倍も違うんですよ? あっ!」
リーシアは目の前で腕を振りかぶり、猛烈な勢いで振り下ろしたトロールの攻撃を横に移動して避けると……ズシンと揺れ、大地に大きな拳の跡が残る。
横にチョコンと攻撃を避けたリーシアは、すかさず振り下ろしたトロールの腕に向かって勁を内包した拳を放つが、その巨体に大したダメージは入らない。
「やはり大きさが違いすぎます。ネズミと人間くらいの体格差じゃ勝負になりせんよ! 逃げますか師父?」
リーシアがチラリとゼスを見ると、トロールに対峙し、殺る気マンマンでマントを脱ぎ捨てて構えだした。
「まさか、殺る気ですか?」
「いいかリーシア? たとえ魔物であろうと、男が戦いを挑まれて逃げるなど笑止!」
「いいえ……私は女ですから! 復讐を果たすまで死ぬ訳にはいかないんで、私ひとりで逃げていいですか?」
「いや……そこは『一緒に戦います』とか言うところじゃないか?」
ジト目で見るゼスの視線を、リーシアは冷ややかな目で受け流す。
「男のアホなロマンにつき合う気はありません。この間もそう言って、襲いかかってきたミノタウロスを倒したら、雪崩のように仲間が集まってきて逃げましたよね?」
「うむ。あれはいい経験を積めた」
「うむ。じゃないですよ! 結局逃げ切れず、全部倒すのに二人で半日掛かったんですよ! 学習能力はないんですか!」
「だが、おかげでいろいろ学べただろう? 実戦に勝る修練はない!」
ゼスと対峙していたトロールが。アリを踏み潰すかの如く足を踏み出すが……老拳士は横に滑るかのように構えたまま姿勢を崩さず、攻撃を避けてしまう。
恐るべきほど静かで、無駄のない震脚にリーシアが舌を巻いた。
「今どうやって震脚したんですか? 相変わらず戦いにおいてだけは尊敬します……はあ~、ホッ!」
「おまえなあ、仮にも師に向かってその言い草はないだろう……はあ~、フン!」
この弟子にして師匠あり……何となく似ている二人は互いにため息を吐き、トロールの攻撃を避けながら話を続ける。
「とにかくこの技を覚えれば、お前は最強の道へまた一歩近づけるのだ。何が不服なんだ?」
「いや、だから私は最強なんて目指していないんですよ! いい加減覚えてください。ボケるのは私と別れた時にお願いします」
「まあ、そう言うな。この技は覚えておいて損はない。お前の復讐の助けになるだろう」
復讐と戦闘狂のボケ老人の相手……二つを秤に置いたリーシアの天秤は、ボケ老人に傾いた。
「分かりました……で? 今回は、このトロールで何を教えてくれるんですか?」
「お前に今より教えるは、覇神六王流の真髄だ」
「真髄?」
執拗に攻撃するトロールの攻撃を難なく避ける二人……巨体で動きが遅いとはいえ、一撃でももらえば致命傷となる攻撃を、まるで子供を相手にするが如く軽く避ける。
「とくに体格で劣る女のお前は、これを覚えねば復讐の道半ばで命を落とすことになるだろう。だから死ぬ気で覚えろ!」
「仕方ありません。覚えて上げます。サッサと教えてください」
「……おまえ本当にワシを師と思っているのか?」
「少し頭のネジは緩んでいますが……間違ったことは言わない師だとは思ってますよ?」
「もういい……いいか? 今から教える技は、体格差を覆すため、覇神六王流開祖が長い年月をかけて編み出した奥義だ」
「体格差を覆す?」
「そうだ。我ら拳士がいくら体を鍛えようが、魔獣相手に戦えるのは、せいぜい自分の倍の大きさまでが限界であろう。フンッ!」
「確かに、実際に今、トロールに攻撃しても筋肉量や体重差で攻撃が効きませんね。っと!」
話しながらも二人はトロールの攻撃を避け続ける。
「だが、このガイヤにはトロールより巨大な魔物も存在する。攻撃が効かないからと逃げていては戦いにならん。だからこそ……この技を覇神六王流は編み出した。見ているがいい! 体と気のコントロールを極めた覇神六王流に、敵の大きさは関係ないことを見せてやろう!」
言うや否や、ゼスが全身の気をコントロールする。
リーシアはゼスが全身の気を循環させ、増幅して行くのを感じていた。
体の中で膨れ上がった気が……ゼスの全身を駆け巡り、信じられない量の気が体の中に留まっていく。
「な? なんですかそれ! 丹田以外で気を増幅して留めているんですか⁈」
「そうだ! 人体には経絡と言われる気の通り道があり、その途中に開門、休門、生門、傷門、驚門、死門と呼ばれる六つの門がある。丹田とは最初の門、門開を意味する」
「フムフム、六つの門ですか」
「この経絡の門を意図的に開き、気を流すことで爆発的な力が得られるのだが……門を一つ開くたびに体への負担は激しくなり、六門全てを開けば……待っているは死だ。ワシですら四つ目の『傷門』までしか開くことはできん」
「え~と……それってつまり、自爆技ですか?」
「うむ! 正道と覇道を経て六つの門を開いた時、神すらもねじ伏せる力を得る……故にわが流派は、覇神六王流と呼ばれるのだ。見るがいい! これがお前が目指すべき道だ!」
トロールが当たらない攻撃に苛立ち、ゼスを捕まえようと前屈みになり腕を伸ばした瞬間、ゼスが内包した莫大な気を拳に集め、巨大な手に拳を突き出すと……トロールの腕が、あらぬ方向に吹き飛ばされ破壊される。
「増幅された気は肉体を強固にし、無双の力をその身に宿す! これこそが覇神六王流を最強と言わしめし技、『六道開門』だ!」
ゼスがトロールの左胸に向かって、ノーモーションで飛び上がる!
「覇神六王流! 龍牙心破拳!」
膨大な気をまとった両拳を上下に揃え貫手で突き出した。ゼスの両腕がトロールの胸に二の腕の半ばまで突き刺さると、その両手でトロールの心臓を掴んでいた……そして体内で龍の顎が閉じられた!
断末魔を上げるトロールの胸に、ゼスが足を掛けると胸から心臓を無理やり引き抜き跳び下がる。
ゼスの手には、噛みちぎられたトロールの心臓が握られていた。
心臓を引き抜かれて生きていられる生物はいない……トロルはそのまま仰向けに地響きを立てて倒れると、ピクリとも動かなくなった。
「リーシア、この技を覚える道は険しいぞ? 生半可な覚悟では二つ目の門すら開くことは叶わん。覚悟はよいか?」
握りつぶしたトロールの心臓を片手に、リーシアの元に歩くゼス……その言葉にリーシアは……。
「え? そんな技いりませんよ。何度も言いますけど、別に私は最強を目指しているわけではありませんから! そう言う技は別の人にお願いします」
「なっ! せっかくワシがお前のためを思って教えてやると言うのに、お前はいらないというのか⁈」
「はい! これっぽっちも欲しいと思いません! それより早く次の町へ行きますよ。師父につき合わされてこんな山道まできた理由が、今の技なら必要ないですからね」
「いや……これはお前のためを思ってだな?」
いらないと断り続けるリーシアとお前のためにと技の習得をススメるゼス。気がつけば……その場ですでに三十分が経過していた。
「も~、しつこいですね。はあ~……仕方ありません。付き合ってあげます。手短にお願いします」
「おお! そうか! 覚えてくれるか……良かった」
師父のしつこさに弟子が折れた。リーシアは技の習得を嫌々ながら学ぶことになり、ゼスは涙目になる。立場が逆転した奇妙な師弟関係がそこにはあった。
「ん~と、それでどうすればいいんですか?」
「うむ。まずは経絡にある門を探すところからだな。気を循環させて違和感を感じる場所みつけるんだが、これだけで下手をしたら何年も掛かる」
するとリーシアが目を閉じ、気を体に循環させていく。
いつも通りスムーズな気の流れを感じると、ゼスがさっき見せた気の増幅場所を探り、何となくイメージする。その場所を通った気が膨れ上がるイメージを……するといつもの丹田の上で何となく気が膨れた。
「ん~、これですかね? えい!」
するとその場所を通った気が膨れ上がり、その量を一気に増やしていた。
「そ、そんなばかな! 第二門が開いただと⁈ ワシはまだ技の概要を説明しただけだぞ!」
「これでいいですか? 意外に簡単ですね」
「簡単って……ワシですら、第二門を開くのに十年も掛かったのに」
「まあ、そう言われましても、開けちゃいましたし……あ! 次の門も行けそうです。試してみますね」
「ま、待て! リーシア! まだ開いてはならん! 死ぬぞ!」
「え?」
ちょうどリーシアが第三門を開こうとした瞬間、突如体から力が抜け、リーシアが腰から崩れて仰向けに崩れ落ちてしまう。
「言わんことではない……」
「はれ? にゃんで?」
体中の力が抜け、呂律すら回らなくなるリーシアは、まともに声すらも出せなくなる。
「第二門を開くだけでも体にとてつもない負担が掛かるのだ。普通は長い修練の果てに、開門に耐えられる体を作っていくものなんだ。体が出来ていないのに門を開ければそうなって当然だ」
「やっぴゃり、こにょ技はいりまへん」
ヘロヘロになりながら、ゼスを恨めしく見るリーシア……そんな弟子に師父は笑いながら話しかける
「まったく……仕方ない。今日はここまでにして、次の町へ向かおう」
リーシアを背負い歩き出すゼス。
しばらくして、初めての開門で疲れ果てたリーシアは、そのまま背中で眠りについてしまう。
「ふ~、こうして寝ていれば普通の娘なのだがな。恐るべきは血筋か? まさにリーシアの才は、ヤツの血を引いている証。この子ならあるいは極められるかもしれん。覇神六王流が最終奥義を……」
老いた拳聖は幼き拳士を背負い、ただ歩く……来たるべき日に向け、幼き少女が拳聖となる時を夢見て……自らの復讐のために、少女の牙を今はただ静かに研ぎ鍛えるのであった。
…………
「さあ、自分の罪に懺悔しろ!」
(これで終わりです!)
「覇神六王流! 絶技六式!」
生半可な攻撃では、この巨体に打ち勝つことはできないほど、体格差があり過ぎる……そう判断した聖女は、迷わず覇神六王流の奥義を発動する。
「六道開門!」
聖女が第二門『休門』と第三門『生門』の二つを開くと、流れる気が二つの門で増幅され体の中を駆け巡ってゆく。体内から気が迸り、体の六箇所に膨大な気が集まる。
「行くぜ!」
聖女が震脚を踏むと、地を滑るように大地を疾走し憤怒の巨体の前脚へと躍り出た。
震脚の勢いを余すことなく攻撃に乗せるリーシア! 恐ろしいほど流麗な動きで、上段回し蹴りが憤怒の右前脚に打ち込まれる。
聖女の気を込めた蹴りが、樹齢何十年に匹敵する太さの前脚を蹴り抜く!
ヒロが見るモニターには、信じられない光景が映し出されていた。触手で形成された憤怒の太い右前脚を、聖女の細い足が完全にへし折っていたのだ。
蹴り抜いた足から膨大な気が前脚に浸透し、憤怒がバランス崩し膝を折る。
(な、なんだこの威力は⁈ ……ダ、ダメだ! リーシアこれは!)
ありえない蹴りの威力に、ヒロは直前に使った技が原因だと瞬時に悟った。こんな馬鹿げた威力の技がノーリスクで使えるわけがない。リスクがあるからこそ、自分にこの技の存在を隠していた……止めなければとヒロは声を上げる
「オレに構うな! 止まるんじゃねえ!」
聖女が叫びながらも、蹴り抜いた足で震脚を踏むと次の左前脚へ飛ぶ!
「覚悟の上だ! これがラストチャンスだろ!」
モニターに映る時間は残り40秒を切っていた。
もはやこれがヒロとリーシアにできる最後の攻撃……少女の覚悟にヒロは苦しみながら思いに応える
(クッ! サポートします! Bダッシュ!)
少しでも聖女の負担を軽くするため、頭のスイッチをオンに入れ、スローモーションの世界から彼女のサポートに徹する。
憤怒の左前脚へ跳躍した聖女は、膨大な気と力のベクトルを余すことなく攻撃に乗せた後ろ回し蹴りを放つ!
今度は聖女の振り抜いた足が、憤怒の右前脚を削り飛ばし、大穴を開ける!
完全に前脚を失いバランスを保てなくなった憤怒が聖女に向かって倒れ込んで来た。
「こんなとこで死んでたまるかよ!」
三度の震脚を踏み、倒れ込む憤怒の巨体の下を聖女が高速で潜り抜け、後脚へと大地を疾走する!
…………
モニターに映るリーシアは憤怒の下をかい潜り、右後脚へと高速で接近していた。
技を放つタイミングを測りながら、リーシアが次に取る行動を頭の中で予想したヒロがコントローラーにコマンドを入力すると……リーシアが膨大な気を内包した拳を、腰だめからフック気味に後脚へと撃ち放つ!
体全体を使った刈り取るような肝臓打ちが炸裂し、憤怒の脚を破壊する。
打ち込まれた拳の反対側が爆発にしたかのように吹き飛び、大きな穴を穿つ! 『通し』と呼ばれる浸透系の打撃技が、後脚を完全に破壊する、
およそ人が放てる限界を超えた馬鹿げた威力に、ヒロの顔は暗くなる。
それは一撃を放つごとにモニターに現れた謎のゲージに光が灯り、リーシアのHPが一気に減少するからだった。
今の攻撃で三つ目のゲージが灯り、残りHPが半分近くまで減ってしまった。画面には暗いままのゲージが三つ残っている。絶技六式のコマンドを入力した後に打ち出す技が関係しているのだろうが……詳細が分からない。
戦いの中ヒントを探すため、リーシアの技表を表示した時、いくつかの新技と注意書きが更新されていることにヒロは気付き、顔が凍りついた。
リーシア技一覧
A=Pボタン B=Kボタン C=Gボタン
震脚
P + K + G
Bダッシュ
→→ + K
タメ攻撃
← 五秒経過 + P or K
波動掌
↓↘︎→ + P
ヒール(滅)
→↓↘︎ + P or K
肝臓打ち
↓↙︎← + P
マゼルパンチ
←↓↙︎ + P
ジャックロール
↓↙︎←↖︎↑↗︎→↘︎↓ + P
ハートブレイクショット
→→←↙︎↓↘︎→ + P
上段回し蹴り
↓↘︎→ + K
後ろ回し蹴り
↓↙︎← + K
肘鉄
←タメ→ + P
膝蹴り
←タメ→ + K
連凰脚
↙︎タメ↗︎ + K
爆心治癒功
↓タメ↑ + G
音叉波動掌 必殺技ゲージ1消費
震脚×2 + →←↙︎↓↘︎→ + P
絶技六式 必殺技ゲージ2消費
→↓↘︎→↘︎↓↙︎←→← + P +G
最終奥義???? 特殊条件+残りHP10%以下時
→↘︎↓↙︎←↖︎←↗︎→←→↓↘︎↖︎↗︎↙︎↓→ + P + K + G
注意 特殊条件が発動時、発動キャンセルは不可。入力を失敗したプレイヤーキャラは強制ゲームオーバー
「強制ゲームオーバー⁈ つまり僕が入力をしくじれば、その時点でリーシアの命はないというのか? そんな……」
そこには対戦格闘ゲーム史上、最も難しいとされた伝説の必殺技コマンドが記されていた!
〈聖女の命を掛けたコマンド入力が、希望に突きつけられた!〉
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