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第13章 勇者と憤怒の紋章編
第153話 聖女とバイクと異世界暴走族
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男は画面に釘付けだった。
一生出会えないと半ば諦めていた思い人に、再び出会えた喜びに彼の心は涙に溢れていた。
手に握るコントローラーは歓喜に打ち震えていたが、その指はミスなく的確にボタンを操作する。
(ああ……これです……これなんです! これのために僕は生きていると言っても過言はありません)
ヒロは小型のモニターに映ったキャラを操作しながら、感動で心が震えていた。
(いいですよ、このスピード感! 先の見えないフィールドを駆け抜けるスリル……堪りません!)
右から左へスクロールする森のフィールドを、デフォルメされたリーシアがバイクに跨り爆走していた。ヒロが十字キーの上下ボタンで彼女の走行ラインを変えながら、迫りくる木や林を避けて行く。
(おっと、前に狼たちの群が!)
画面の外から狼たちが二頭スクロールインし、バイクが後ろから追い駆ける。
(さあ、どうする? ここは一気に追い抜いて、アレを試してみますか⁈)
一瞬で判断したヒロが、ターボボタンに指を掛けながら、森の段差が現れるのを待つ……するとすぐさま、狼たちがいない隣の走行ラインに森の段差が表示され、バイクが迫る。
(ココです! ターボ全開!)
迷いなくターボボタンをヒロは押すと、一時的にバイクが急加速する。ヒロが森の段差に差し掛かるタイミングで十時ボタンの左を押し込むと、バイクの前輪が浮き上がりウィリー状態になる……そのまま段差を踏み越えたバイクは、大きくジャンプして狼たちを飛び越えていく。
(着地は地面と平行に!)
地面に対してバイクが平行になるように、着地点の確認と角度調整を行い、華麗に着地を決める聖女!
狼たちよりも頭ひとつ分前に出たバイクが、狼に挟まれる形で画面内を並走する。
(今です!)
そしてヒロが十字キーの上下を小刻みに押し、狼がいる上下ラインに、バイクを無理やり侵入させると……バイクとぶつかった狼たちが、その場でタテに二回転し画面の外にフェードアウトしていった。
(よし、予想どおりです!)
ヒロが片手をコントローラーから離し、ガッツポーズを決める。
「な、なんだ? ヒロ何が起こっているんだ?」
暴れ馬に跨った聖女は、今起きた異常な現象に驚きの声を上げていた。
遥か後方で無惨にも転げ回り、戦線を離脱する二頭の狼たちを、バックミラー越しに少女は確認する。
(うまくいきました。やはりこのバイクは、エキサイティングバイクを元にしていましたか……いや~懐かしい! バイクゲーの元祖にして初まりの伝説を、異世界で再びプレイできるなんて感動ですよ!)
エキサイティングバイク……ウラコンが発売された翌年にリリースされ、オフロードバイクの一種であるモトクロスをモチーフにした、バイクゲームの草分け的存在……それがエキサイティングバイクだ!
横スクロール型のシンプルなレースゲームであるが、ただ平坦な道を走るのではなく、アップダウンがある障害物をジャンプで飛び越え、悪路をウィリーで駆け抜けるモトクロの醍醐味を体感できるバイクゲームである。
アクセルとターボのボタンを操り、最速を目指して爆走するのだが……このターボが曲者だった。
エンジンにオーバーヒートの概念を取り入れた世界初のバイクゲーであり、ターボ全開で走り続けるとエンジンが焼け付き、止まってしまうシステムが採用されていたのだ。
ターボを使い、ライバルキャラを抜き去る爽快感に酔いしれ、オーバーヒートで抜き去られるゲーマーは続出した。
そして障害物を飛び越えた後の車体のコントロールに失敗すれば、クラッシュしてしまうため、常に気の抜けない緊張感がプレイヤーを襲う。
レースである以上、数多くのライバルキャラと同じ画面内を走行するのだが、このゲーム……実はライバルキャラと順位を争うゲームではなかった!
単純にコースのラップタイムを競い合うレースゲームであり、純粋にプレイヤーのテクニックを突き詰めて最速を目指す、やり込み型レースゲームなのだ!
走行ラインを確保しつつ、いかにして障害物を最速でクリアーするかが勝負の鍵を握り、邪魔なライバルキャラを転倒させて、無理やり走行ラインを開けタイムを縮める荒技まで存在した。
インターネットがない時代……世界最速タイムが何秒なのか誰も分からないまま、自分こそ最速を胸に、ゲーマー達は孤独な戦いを続けた。
ゲーム誕生の黎明期……誰もが我こそが最速を謳った元祖やり込み型バイクゲーム……それがエキサイティングバイクだ!
「え、えきさいてぃんぐばいく? またゲームの話か?」
(はい! 原理は分かりませんけど、【暴れ馬召喚】スキルはおそらく僕の知るゲーム知識を元にしてバイクの概念をこのガイヤの世界で再現しているみたいですね)
「え? ヒロの世界ってあんな風にぶつかっただけで相手が吹き飛ぶのか……? 危ねえ世界なんだな」
(いえ、現実ではありえません。ゲームの中だけの話です。本来ならあんな高速で相手と接触したら一緒に転倒してしまいます。あれは未成熟なプログラム技術の関係で、1ドットでも相手より自分が前に出ていれば、ぶつかった相手が強制的に転倒してしまう仕様なんです)
「現実ではない? ゲームの中だけの話?」
ゲームが何なのか分からない聖女にとって、ヒロの言葉は謎掛けのように聞こえ、今いちピンとこない。
(エキサイティングバイクは、長いゲーム史の中でも最初期に発売されたレースゲームですから、細かな所の作り込みが大味だったんです)
「大味? ゲームって料理のことなのか?」
(いいえ、違います。今のは言葉の例えですよ。なんて言ったらいいのか……ゲームがない世界でゲームを語るのは難しいですね)
ヒロが頭を傾げ、少女にどう説明したものかと頭を悩ませる。
(そうですね……ゲームとは自分の空想の世界を、他人に体験してもらう遊びと思ってもらえば良いですかね? あのおかしな転倒は、妄想した人が考えた結果だと思ってください)
「ん~、よく分からねえや! まあゲームについては今度教えてくれよ。それより今は!」
聖女が前を見ると、まだ数十の魔物が遥か前方を走る憤怒との間を暴走し、進路を塞ぐかのように立ち塞がっていた。
最後尾には、かつて死闘を繰り広げた、強敵ランナーバードが追走する。
それはさながらその魔物の集団は、夜の街に爆音を響かせながら、行き場のない情熱を暴走という行為で発散させる暴走族を連想させた。
(もう【コントローラー】スキルの残り時間がありません。一気にアレを叩き潰して憤怒とのタイマンに持ち込みます。リーシアしっかり掴まっててください!)
「いよっしゃー! 行くぜ相棒!」
待ってましたと言わんばかりに、エンジンが高い爆音を南の森に響かせると、バイクはグングン加速する!
後ろから近づく暴れ馬に気づき、再び攻撃をしようとランナーバードが速度を落とす。
一瞬にして空いていた距離を縮め、ランナーバードとバイクが並走しようとした時、ヒロは一気にターボボタンを押し、バイクを急加速させる。
ランナーバードを一気に追い抜き、タイヤ一つ分バイクが前に出る。
ヒロは容赦なく、バイクの走行ラインをランナーバードの走るラインに割り込ませ、車体をぶつけた!
「グェェェェ」
突然体がタテに回転し、視界がクルクル回ったかと思った瞬間、ランナーバードの頭が地面に激突し、首の骨を折りながら地面を転がり絶命していた。
「エグいなこれ……」
聖女がバックミラー越しにランナーバードの最後を見届け、あまりにも理不尽な殺され方に憐んでいた。
(明日は我が身です。これは敵も有効なはずですから、気をつけてください)
「え? まさか相手がオレ達より前に出て、体当たりされたら……」
(こちらがタテに、二回転するハメになります。だから相手を追い抜き、追い越す際は注意してください)
「へっ、上等だ! もし転倒してもオレがフォローしてやるから、安心しな」
(その言葉、期待しますよ。さあ、残りをサッサと片付けます)
「任せな、行くぜ!」
再びアクセル全開で加速するバイク……後ろから接近する聖女に憤怒の思念を発した。
「その愚かなる人を滅せ!」
その思念に反応した暴走集団が一斉にバイクの周りを囲もうと団子状態で速度を落とす。
シカーンを始め森林狼やイノーシ……見たことがない馬型の魔物の姿まであり、その数は三十を超えていた。
横に広がり憤怒に向かわせまいと、道を塞ぐ。
「どうするヒロ? アレじゃ、追い抜けないぜ」
モニターの映る画面一杯に広がり群れる魔物たち……全ての走行ラインは塞がれ、前に出られない。
1ドットでも前に出られれば敵を転倒させられるが、狭い森林の中を集団で走られては、追い抜くことができない。
「ん? ここ見覚えがあるぞ。ヒロ、まずい! もうココは、アルムの町に近いんじゃ⁈」
そうこうしている内に、憤怒との距離はドンドン離されていく。
簡易MAPをヒロがチラ見すると、もうすぐ南の森を抜け、草原に出てしまう場所にまで来てしまった。
草原に出てしまえば、アルムの町はもう目と鼻の先である……人を憎む憤怒が町に入れば、その被害は想像もできない。聖女は焦り始めるが……ヒロは冷静に状況を見極めていく。
(リーシア、あの集団を強行突破します。合わせてください)
「ああ、分かったけど、どうやって? ……え? ……まあぶっつけ本番になるけどやるしかねえか……よし、やるぜヒロ!」
脳内でヒロの説明が終わると、バイクが加速を始める。
集団との距離を詰め、ヒロがスピードを調節して付かず離れずの距離を保ちチャンスを待つ。
ジリジリとスピードを落とし下がる暴走集団とバイク……半分以上。魔物に埋め尽くされたゲーム画面をヒロが凝視する。
脳内スイッチを入れ、すでにスローモションの世界で彼は待ち続けた……そして一瞬のグラフィックの変化を彼は見逃さない。
瞬時に走行ラインを変え、バイクの前輪を上げてウィリー状態になると、ターボボタンで急加速する。
そして魔物たちが走り去った道から若干段差がついた地面がバイクの前に現れると、迷わずアクセルを全開にしたバイクが坂に乗り上げ、震脚を踏んだ!
宙を舞うバイクは加速のスピードをそのままに、低角度で魔物達の頭上を飛び越えようとするが……前輪を上げたバイクは、そのまま空中でタテに回転する。少女が逆さまになり真下に顔を向けると、先頭を走る巨馬の姿を捉えた。
「覇神六王流! 波動衝!」
震脚により発生した力の波を相手の体内で爆発させる必殺の拳が巨大な馬型の魔物の首に打ち込まれる。
「ヒヒーン!」と、声を上げて首の骨を破砕された馬型の魔物は、そのままバランスを崩して後続を巻き込んで転倒してしまう。
攻撃を終えた聖女とバイクは、そのままクルッと、もう半回転すると、空いた空間へ見事に着地を決める。
(ココです!)
ヒロがすかさず十字キーを操作して左右にいた魔物に体当たりをかますと、魔物たちはタテに回転し後続を巻き込んで次々と転倒していく。
全ての走行ラインにいた魔物が転倒し、暴走集団が全て画面からフェードアウトする。
「やったぜ! あとはあの憤怒の野郎だけだ!」
(ええ! ここは森の出口付近で、辺りの魔物は冒険者に狩り尽くされていますから、もう狂化できません。リーシア……決着をつけますよ)
「ああ! 今までやりたい放題やってくれたらツケを、まとめて返してもらうぜ」
暴れ馬がグングン加速すると、遠くに見えた憤怒の姿がドンドン大きくなり、森を抜け草原に差し掛かった所で、ついにヒロ達は憤怒に追いついた!
バイクを加速させ憤怒に並走すると、凶々しいオーラをまとった憤怒の紋章が、父であるオークヒーローと同じ右腕で輝いていた。
両肩から触手を生やし、シーザーは怒りで顔の表情を歪ませる。
やはりオークの……ましてや子供の体では、力を満足に出せない。……走るスピードも時速50キロ程度で決して遅くはないが早すぎもしない。
あと少しで、憎き人がたむろする町にたどり着くというのに、自分の邪魔をする存在に追いつかれ、苛立ちを隠せない憤怒が、並走するバイクを片付けようと肩の触手を振る!
(リーシア避けて! 横からぶつかってシーザー君を転倒させるわけにはいきません)
「わかってる!」
聖女がバイクのステアリングを切り、車体を倒すと触手が彼女の頭上を通り過ぎて行く。
そして後輪が横に滑り、直線ドリフトの要領で車体を斜めにしたまま前に進む。
絶妙なバランス感覚でバイクの転倒を防ぐ聖女……バイクの後輪がシーザーに当たる寸前、憤怒はジャンプしてバイクの蹴りを空中で避けた。
ニヤリと口元を釣り上げる憤怒だったが、聖女もまた口元を釣り上げていた。
「空中ならもう逃げ場はねえぜ」
車体を真っすぐに戻した聖女が、エンジンを噴かし前輪を持ち上げると……憤怒に蹴りが入る。
ウィリー状態から前輪に激突された憤怒は、避けられないと知るや、肩から生やした触手を防御に回し直撃を避けると、地面に叩きつけながらも転がり、その動きを止めた。
うつ伏せの状態からヨロヨロと立ち上がる憤怒……どうやら両肩の触手で受け身を取り、転倒のダメージを逃すことで致命傷だけは避られたようだった。
体中を擦りむき、血を流す憤怒……そして目の前には、暴れ馬のエンジンを高らかに鳴らす聖女が立ち塞がる。
〈暴走集団を率いていた憤怒の前に…… 暴れ馬に跨った聖女が現れた!〉
一生出会えないと半ば諦めていた思い人に、再び出会えた喜びに彼の心は涙に溢れていた。
手に握るコントローラーは歓喜に打ち震えていたが、その指はミスなく的確にボタンを操作する。
(ああ……これです……これなんです! これのために僕は生きていると言っても過言はありません)
ヒロは小型のモニターに映ったキャラを操作しながら、感動で心が震えていた。
(いいですよ、このスピード感! 先の見えないフィールドを駆け抜けるスリル……堪りません!)
右から左へスクロールする森のフィールドを、デフォルメされたリーシアがバイクに跨り爆走していた。ヒロが十字キーの上下ボタンで彼女の走行ラインを変えながら、迫りくる木や林を避けて行く。
(おっと、前に狼たちの群が!)
画面の外から狼たちが二頭スクロールインし、バイクが後ろから追い駆ける。
(さあ、どうする? ここは一気に追い抜いて、アレを試してみますか⁈)
一瞬で判断したヒロが、ターボボタンに指を掛けながら、森の段差が現れるのを待つ……するとすぐさま、狼たちがいない隣の走行ラインに森の段差が表示され、バイクが迫る。
(ココです! ターボ全開!)
迷いなくターボボタンをヒロは押すと、一時的にバイクが急加速する。ヒロが森の段差に差し掛かるタイミングで十時ボタンの左を押し込むと、バイクの前輪が浮き上がりウィリー状態になる……そのまま段差を踏み越えたバイクは、大きくジャンプして狼たちを飛び越えていく。
(着地は地面と平行に!)
地面に対してバイクが平行になるように、着地点の確認と角度調整を行い、華麗に着地を決める聖女!
狼たちよりも頭ひとつ分前に出たバイクが、狼に挟まれる形で画面内を並走する。
(今です!)
そしてヒロが十字キーの上下を小刻みに押し、狼がいる上下ラインに、バイクを無理やり侵入させると……バイクとぶつかった狼たちが、その場でタテに二回転し画面の外にフェードアウトしていった。
(よし、予想どおりです!)
ヒロが片手をコントローラーから離し、ガッツポーズを決める。
「な、なんだ? ヒロ何が起こっているんだ?」
暴れ馬に跨った聖女は、今起きた異常な現象に驚きの声を上げていた。
遥か後方で無惨にも転げ回り、戦線を離脱する二頭の狼たちを、バックミラー越しに少女は確認する。
(うまくいきました。やはりこのバイクは、エキサイティングバイクを元にしていましたか……いや~懐かしい! バイクゲーの元祖にして初まりの伝説を、異世界で再びプレイできるなんて感動ですよ!)
エキサイティングバイク……ウラコンが発売された翌年にリリースされ、オフロードバイクの一種であるモトクロスをモチーフにした、バイクゲームの草分け的存在……それがエキサイティングバイクだ!
横スクロール型のシンプルなレースゲームであるが、ただ平坦な道を走るのではなく、アップダウンがある障害物をジャンプで飛び越え、悪路をウィリーで駆け抜けるモトクロの醍醐味を体感できるバイクゲームである。
アクセルとターボのボタンを操り、最速を目指して爆走するのだが……このターボが曲者だった。
エンジンにオーバーヒートの概念を取り入れた世界初のバイクゲーであり、ターボ全開で走り続けるとエンジンが焼け付き、止まってしまうシステムが採用されていたのだ。
ターボを使い、ライバルキャラを抜き去る爽快感に酔いしれ、オーバーヒートで抜き去られるゲーマーは続出した。
そして障害物を飛び越えた後の車体のコントロールに失敗すれば、クラッシュしてしまうため、常に気の抜けない緊張感がプレイヤーを襲う。
レースである以上、数多くのライバルキャラと同じ画面内を走行するのだが、このゲーム……実はライバルキャラと順位を争うゲームではなかった!
単純にコースのラップタイムを競い合うレースゲームであり、純粋にプレイヤーのテクニックを突き詰めて最速を目指す、やり込み型レースゲームなのだ!
走行ラインを確保しつつ、いかにして障害物を最速でクリアーするかが勝負の鍵を握り、邪魔なライバルキャラを転倒させて、無理やり走行ラインを開けタイムを縮める荒技まで存在した。
インターネットがない時代……世界最速タイムが何秒なのか誰も分からないまま、自分こそ最速を胸に、ゲーマー達は孤独な戦いを続けた。
ゲーム誕生の黎明期……誰もが我こそが最速を謳った元祖やり込み型バイクゲーム……それがエキサイティングバイクだ!
「え、えきさいてぃんぐばいく? またゲームの話か?」
(はい! 原理は分かりませんけど、【暴れ馬召喚】スキルはおそらく僕の知るゲーム知識を元にしてバイクの概念をこのガイヤの世界で再現しているみたいですね)
「え? ヒロの世界ってあんな風にぶつかっただけで相手が吹き飛ぶのか……? 危ねえ世界なんだな」
(いえ、現実ではありえません。ゲームの中だけの話です。本来ならあんな高速で相手と接触したら一緒に転倒してしまいます。あれは未成熟なプログラム技術の関係で、1ドットでも相手より自分が前に出ていれば、ぶつかった相手が強制的に転倒してしまう仕様なんです)
「現実ではない? ゲームの中だけの話?」
ゲームが何なのか分からない聖女にとって、ヒロの言葉は謎掛けのように聞こえ、今いちピンとこない。
(エキサイティングバイクは、長いゲーム史の中でも最初期に発売されたレースゲームですから、細かな所の作り込みが大味だったんです)
「大味? ゲームって料理のことなのか?」
(いいえ、違います。今のは言葉の例えですよ。なんて言ったらいいのか……ゲームがない世界でゲームを語るのは難しいですね)
ヒロが頭を傾げ、少女にどう説明したものかと頭を悩ませる。
(そうですね……ゲームとは自分の空想の世界を、他人に体験してもらう遊びと思ってもらえば良いですかね? あのおかしな転倒は、妄想した人が考えた結果だと思ってください)
「ん~、よく分からねえや! まあゲームについては今度教えてくれよ。それより今は!」
聖女が前を見ると、まだ数十の魔物が遥か前方を走る憤怒との間を暴走し、進路を塞ぐかのように立ち塞がっていた。
最後尾には、かつて死闘を繰り広げた、強敵ランナーバードが追走する。
それはさながらその魔物の集団は、夜の街に爆音を響かせながら、行き場のない情熱を暴走という行為で発散させる暴走族を連想させた。
(もう【コントローラー】スキルの残り時間がありません。一気にアレを叩き潰して憤怒とのタイマンに持ち込みます。リーシアしっかり掴まっててください!)
「いよっしゃー! 行くぜ相棒!」
待ってましたと言わんばかりに、エンジンが高い爆音を南の森に響かせると、バイクはグングン加速する!
後ろから近づく暴れ馬に気づき、再び攻撃をしようとランナーバードが速度を落とす。
一瞬にして空いていた距離を縮め、ランナーバードとバイクが並走しようとした時、ヒロは一気にターボボタンを押し、バイクを急加速させる。
ランナーバードを一気に追い抜き、タイヤ一つ分バイクが前に出る。
ヒロは容赦なく、バイクの走行ラインをランナーバードの走るラインに割り込ませ、車体をぶつけた!
「グェェェェ」
突然体がタテに回転し、視界がクルクル回ったかと思った瞬間、ランナーバードの頭が地面に激突し、首の骨を折りながら地面を転がり絶命していた。
「エグいなこれ……」
聖女がバックミラー越しにランナーバードの最後を見届け、あまりにも理不尽な殺され方に憐んでいた。
(明日は我が身です。これは敵も有効なはずですから、気をつけてください)
「え? まさか相手がオレ達より前に出て、体当たりされたら……」
(こちらがタテに、二回転するハメになります。だから相手を追い抜き、追い越す際は注意してください)
「へっ、上等だ! もし転倒してもオレがフォローしてやるから、安心しな」
(その言葉、期待しますよ。さあ、残りをサッサと片付けます)
「任せな、行くぜ!」
再びアクセル全開で加速するバイク……後ろから接近する聖女に憤怒の思念を発した。
「その愚かなる人を滅せ!」
その思念に反応した暴走集団が一斉にバイクの周りを囲もうと団子状態で速度を落とす。
シカーンを始め森林狼やイノーシ……見たことがない馬型の魔物の姿まであり、その数は三十を超えていた。
横に広がり憤怒に向かわせまいと、道を塞ぐ。
「どうするヒロ? アレじゃ、追い抜けないぜ」
モニターの映る画面一杯に広がり群れる魔物たち……全ての走行ラインは塞がれ、前に出られない。
1ドットでも前に出られれば敵を転倒させられるが、狭い森林の中を集団で走られては、追い抜くことができない。
「ん? ここ見覚えがあるぞ。ヒロ、まずい! もうココは、アルムの町に近いんじゃ⁈」
そうこうしている内に、憤怒との距離はドンドン離されていく。
簡易MAPをヒロがチラ見すると、もうすぐ南の森を抜け、草原に出てしまう場所にまで来てしまった。
草原に出てしまえば、アルムの町はもう目と鼻の先である……人を憎む憤怒が町に入れば、その被害は想像もできない。聖女は焦り始めるが……ヒロは冷静に状況を見極めていく。
(リーシア、あの集団を強行突破します。合わせてください)
「ああ、分かったけど、どうやって? ……え? ……まあぶっつけ本番になるけどやるしかねえか……よし、やるぜヒロ!」
脳内でヒロの説明が終わると、バイクが加速を始める。
集団との距離を詰め、ヒロがスピードを調節して付かず離れずの距離を保ちチャンスを待つ。
ジリジリとスピードを落とし下がる暴走集団とバイク……半分以上。魔物に埋め尽くされたゲーム画面をヒロが凝視する。
脳内スイッチを入れ、すでにスローモションの世界で彼は待ち続けた……そして一瞬のグラフィックの変化を彼は見逃さない。
瞬時に走行ラインを変え、バイクの前輪を上げてウィリー状態になると、ターボボタンで急加速する。
そして魔物たちが走り去った道から若干段差がついた地面がバイクの前に現れると、迷わずアクセルを全開にしたバイクが坂に乗り上げ、震脚を踏んだ!
宙を舞うバイクは加速のスピードをそのままに、低角度で魔物達の頭上を飛び越えようとするが……前輪を上げたバイクは、そのまま空中でタテに回転する。少女が逆さまになり真下に顔を向けると、先頭を走る巨馬の姿を捉えた。
「覇神六王流! 波動衝!」
震脚により発生した力の波を相手の体内で爆発させる必殺の拳が巨大な馬型の魔物の首に打ち込まれる。
「ヒヒーン!」と、声を上げて首の骨を破砕された馬型の魔物は、そのままバランスを崩して後続を巻き込んで転倒してしまう。
攻撃を終えた聖女とバイクは、そのままクルッと、もう半回転すると、空いた空間へ見事に着地を決める。
(ココです!)
ヒロがすかさず十字キーを操作して左右にいた魔物に体当たりをかますと、魔物たちはタテに回転し後続を巻き込んで次々と転倒していく。
全ての走行ラインにいた魔物が転倒し、暴走集団が全て画面からフェードアウトする。
「やったぜ! あとはあの憤怒の野郎だけだ!」
(ええ! ここは森の出口付近で、辺りの魔物は冒険者に狩り尽くされていますから、もう狂化できません。リーシア……決着をつけますよ)
「ああ! 今までやりたい放題やってくれたらツケを、まとめて返してもらうぜ」
暴れ馬がグングン加速すると、遠くに見えた憤怒の姿がドンドン大きくなり、森を抜け草原に差し掛かった所で、ついにヒロ達は憤怒に追いついた!
バイクを加速させ憤怒に並走すると、凶々しいオーラをまとった憤怒の紋章が、父であるオークヒーローと同じ右腕で輝いていた。
両肩から触手を生やし、シーザーは怒りで顔の表情を歪ませる。
やはりオークの……ましてや子供の体では、力を満足に出せない。……走るスピードも時速50キロ程度で決して遅くはないが早すぎもしない。
あと少しで、憎き人がたむろする町にたどり着くというのに、自分の邪魔をする存在に追いつかれ、苛立ちを隠せない憤怒が、並走するバイクを片付けようと肩の触手を振る!
(リーシア避けて! 横からぶつかってシーザー君を転倒させるわけにはいきません)
「わかってる!」
聖女がバイクのステアリングを切り、車体を倒すと触手が彼女の頭上を通り過ぎて行く。
そして後輪が横に滑り、直線ドリフトの要領で車体を斜めにしたまま前に進む。
絶妙なバランス感覚でバイクの転倒を防ぐ聖女……バイクの後輪がシーザーに当たる寸前、憤怒はジャンプしてバイクの蹴りを空中で避けた。
ニヤリと口元を釣り上げる憤怒だったが、聖女もまた口元を釣り上げていた。
「空中ならもう逃げ場はねえぜ」
車体を真っすぐに戻した聖女が、エンジンを噴かし前輪を持ち上げると……憤怒に蹴りが入る。
ウィリー状態から前輪に激突された憤怒は、避けられないと知るや、肩から生やした触手を防御に回し直撃を避けると、地面に叩きつけながらも転がり、その動きを止めた。
うつ伏せの状態からヨロヨロと立ち上がる憤怒……どうやら両肩の触手で受け身を取り、転倒のダメージを逃すことで致命傷だけは避られたようだった。
体中を擦りむき、血を流す憤怒……そして目の前には、暴れ馬のエンジンを高らかに鳴らす聖女が立ち塞がる。
〈暴走集団を率いていた憤怒の前に…… 暴れ馬に跨った聖女が現れた!〉
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これはそんな真と、彼を慕う(基本人外の)者達の異世界道中物語。
漫遊編始めました。
外伝的何かとして「月が導く異世界道中extra」も投稿しています。

友人(勇者)に恋人も幼馴染も取られたけど悔しくない。 だって俺は転生者だから。
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だが、此の状態は彼にとっては『本当の幸せ』を掴む事に必要だった
何故なら、彼は『転生者』だから…
今度は違う切り口からのアプローチ。
追放の話しの一話は、前作とかなり似ていますが2話からは、かなり変わります。
こうご期待。
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