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第13章 勇者と憤怒の紋章編
第146話 ドワルドの災難
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それはヒロが、シーザーにリンボーのコツを教えた日の出来事だった。
「リーシア、どうですか?」
「ん~、やはり無詠唱で回復魔法を使うと威力が半減しますね。昔、母様が教えてくれた通りです」
ヒロとリーシアは、オークヒーローを倒すべく、囚われた牢内でアレコレと戦う術を模索していた。
「やはり無詠唱は難しそうですね」
「はい。さすがに戦いの最中、頭の中で詠唱をイメージしながら動くのは厳しいです」
デバッグスキルにより、文字化けしていたスキルが直り、禁忌の回復魔法(滅)が、攻撃に転用できないか検証している時だった。
「ヒールなら、威力を犠牲にすれば詠唱がなくても打てますけど……それ以上の回復魔法だと、最後のキーワードを唱えただけでは発動すらしてくれませんね」
ヒロとリーシアは、揃ってステータス画面に映し出されたスキルの説明文を見ていた。
【回復魔法(滅)】LV 10
神が封印した禁忌の回復魔法。
強力過ぎる回復力で、いかなる怪我も瞬時に癒すが、回復スピードに体細胞が耐え切れず細胞が崩壊する。
崩壊を耐え切ったとしても、肉体の再生に体力が瞬時に使われ、最悪の場合……衰弱死する。
およそ生命活動をしている生物で、滅せない生き物はいない。回復魔法の名を冠しながら、回復ができない禁断の魔法。
痛みを感じず、癒されながら死んでいくさまは、正にヘブン&ヘルを体現する。
誤って味方に使用しないよう、十分な注意が必要である。
LV 1 ヒール
LV 2 キュア
LV 3 エリアヒール
LV 4 オートヒール
LV 5 ハイヒール
LV 6 オールキュア
LV 7 ハイエリアヒール
LV 8 フルオートヒール
LV 9 リバイバー
LV 10 ファイナルヒール
「まあ、一番威力の低いヒールですら、無詠唱で僕が死ぬくらいですから、これ以上の回復魔法は過剰すぎで、使う意味がないかな?」
「ですね。子供の頃、母様の使っていた回復魔法を真似して詠唱を口ずさんでいましたから、詠唱文は大体覚えています。詠唱自体は問題ありませんが……詠唱内容をイメージしながら戦うのは難しいです」
頭の中で数学の問題を解きながら、英文法の問題を口ずさみ、同時に回答するのと同じくらいの難易度に、ヒロもあきらめる道しか見いだせなかった。
「それにヒール以上の回復魔法は、消費MPが多すぎて今のリーシアの最大MPでは使えませんからね。コントローラースキルで聖女モードになれば、全ての問題は解決しますが……」
「パンチとキックと跳びヒザ、どれがいいですか? 選ばしてあげます!」
「すみませんでした!」
手をポキポキ鳴らしながらヒロに問い掛けるリーシア……ヒロは0.3秒で渾身の土下座スタイルに移行する。
コントローラースキルの所為で性格が大幅に変わるリーシアの聖女モード……普段の彼女からは想像もできないガサツで、男勝りの言葉遣いを彼女は嫌っていた。
聖女モード中の出来事は全て覚えており、自分の中にもう一人の自分が現れ、勝手に体を動かすらしい。
普段のリーシアなら絶対に使わない言動に、彼女自身も困惑していた。
初めてコントローラースキルを使ったあと、リーシアが鬼気迫る顔で地面を無言で叩きまくっていたのを、ヒロは思い出していた。
「ヒロ、次にあのスキルの話をしたら、問答無用ですからね!」
「は、はい……」
「はあ~、しかし憧れの回復魔法で回復ができないと改めて知ると悲しいです。……でも、新しい攻撃手段が手に入っただけ良しとしましょう」
「オークヒーローと戦うにしても、現状ヒールだけでも大幅な戦力アップです。あの謎の防御スキルも、魔法なら攻撃が通りそうですから、リーシアの回復魔法に期待大です」
「はい。任せてください。オークヒーローは、私が仕留めてみせますよ♪」
それはシーザーが怪我を負い、死の淵を彷徨う1日前の出来事だった。
…………
「ドワルド指揮官!」
「ナ、ナータか⁈現状はどうなっている。あの触手はなんだ。説明しろ!」
ヒロ達と別れたナターシャが、討伐隊の指揮官であるドワルドに作戦の概要と戦力の提供を相談するが……。
「ダメだ! それでアレを倒せる保証がない! それにあのオークと協力しろだと? ふざけるな! 王国騎士団の指揮官が、討伐対象のオークと肩を並べて戦う? そんな末代まで後ろ指を刺されるマネできるか!」
「ドワルド指揮官、現状で最もあのオークヒーローを倒すのに最善な方法は、いま話した方法しかないわ。戦力の一点集中による強行突破。そして中心にいるオークヒーローを倒すしか……」
「ダメだ! 兵士を集めろ。触手をやる前にあのオーク供を倒すぞ! 伝令、戦える者を集めろ!」
「ちょっ! 待ちなさいドワルド指揮官。あのオーク達は触手攻略に力を貸してくれるみたいなの。今は少しでも戦力が必要よ!」
「ああ、分かっているさ! だがな、ワシにも後がないのだ! このまま逃げ帰れば討伐失敗の汚名を着させられて良くて投獄だ! 悪ければ財産没収のうえ死刑! 残された家族はオークの手を借りた恥知らずで、無能な家の者と言われるのだぞ! かと言ってアレを倒せる保証もない! もうワシに残された道……潔く死ねしかないのだ」
ドワルドが肩を落とし、思い詰めた顔で俯いてしまった。
だが、そんな絶望に打ちひしがれるドワルドの肩にナターシャが手を置く。
「フッ、安心しなさい。最悪、討伐失敗の汚名は私が被るわ」
「な、なんだと?」
「指揮官のドワルドは戦いの中、指揮ができないほど負傷し、代わりに指揮を受け継いだ私が討伐に失敗した事にするといいわ」
「そ、それがお前になんのメリットがある? 勝手な指揮権の行使は重罪なんだぞ?」
「分かってるわ。でも、あの憤怒の人を憎む怒りは尋常じゃない。この地上から人が一人残らず居なくなるまで止まらないかもしれないわ。アレを放っておけばアルムの町は間違いなく滅ぼされる……あとがないのは私も同じなのよ」
「……お前が汚名を被ると言うならいいだろう。だが、あんな化け物に勝算はあるのか?」
「ええ、絶望の果てにこそ希望がある。あとは私たちがただ運命を受け入れて、自分が成すべきことを、ただ実行するだけよ」
「希望?」
「ええ、勇者と言う希望が私たちにはあるわ!」
「あいつが勇者だと? ……良いだろう。せいぜい情けなく負傷して退場するとしよう。今ワシが成すべきことは、討伐隊の指揮権をお前に渡すことなんだろうしな」
「そうね。それじゃあ、ひと芝居打ってもらうわよ?」
「ああ、どうせあとはないんだ。助かるのなら、何だってやってやる……それと新兵はワシと一緒に逃がさせてもらうぞ」
「あら? 優しいのね。若い子の未来を案ずるなんて」
「ふん。貴様が思っているのとは違う。逃げる時に若い奴らの方が、体力がある。最悪ワシを背負って逃げてもらうためだ!」
「フッフッ、そう言うことにしといてあげるわ♪ さあ、それじゃあ行きましょうか? 派手に負傷して退場してもらわないといけないしね」
「分かっている。伝令! 兵士を集めろ! あのオーク供を討伐する!」
「あのオークをですか? あれは味方なのでは?」
「ばかもん! モンスターに仲間もへったくれもあるか! 戦いの最中いつ寝返るか分かったもんじゃない!すぐに生き残った兵士を集め、先に討伐する! 急げ!」
ドワルドの命に、その場に踏みとどまり生き残った兵士たちが整列して集まる。その数、約200人……900人もいた討伐隊の兵士は半数以下になっていた。
大半が殺されるか逃亡しており、あの化け物相手にこの人数で勝てるかと言われれば難しいだろう。
戦えば十中八九死ぬ……整列した兵士たちの顔は、だれもが憤怒を恐れ、足を震わせながらが整列する者までいた。
だがその兵士たちの顔は絶望には染っていなかった。
それは希望を見たからだった。
あのオークヒーローを圧倒し、憤怒の攻撃をも凌ぐ冒険者……ヒロとリーシアの姿に希望を見いだしていたからだった。
『勝てるかもしれない!』、絶望に染まった心に希望の光が差した時、彼らの中に勇気が生まれた。
彼らは逃げない。
たとえ自分の力がなんの役に立たなくても、逃げるわけにはいかなかった。
天災以上の脅威であるアレを放置すればどうなるか……天災ならば、過ぎ去るのを待てば良い。
だがアレは絶対に人を一人残らず殺し尽くすまで、殺戮を続けるだろう。
そうなれば、自分の愛する者が無惨に殺される……その光景を思い浮かべた時、怒りが湧き上がり、彼らから逃げる選択肢を奪っていた。
整列する兵士たちは愛する者を守るため、死を覚悟して立ち並ぶ。
「よし! 揃ったな! 聞け! 我らはこれよりあの触手の森を切り開き、中心にいるであろう化け物を退治する! おそらくお前たちは死ぬだろう……」
その言葉に兵士達の顔が一瞬暗くなるが、決して誰も顔を下に向けなかった。
「だが、希望はある。あのオークヒーローと互角に戦うあの冒険者がまだ健在だ! 我らの仕事は、触手の森を切り開き、あの冒険者を中心部にいる化け物の元にまで送り届けることだ!」
「やってやるさ!」
「ああ! あの冒険者を送り届けるだけなら、なんとかなる!」
「だが、全員で死ぬわけにはいかない! このことを、王国に……全世界に知らせる必要がある。そこで若い入団一年未満の兵士は、全員退却を命じる」
「なっ! 俺たちも戦うぞ!」
「ああ! ここで逃げてなんになるんだ!」
「黙れヒヨッ子! これは命令だ! あそこにいるオーク達を倒したあと、速やかに退却を命じる。このことを王国騎士団に伝えろ!」
「あのオーク達を退治する? アレは味方じゃないのか?」
兵士の一人がオーク討伐の言葉を、聞き間違いかと口にするが……。
「馬鹿か! あれはオークだぞ? 討伐対象として、さっきまで戦っていた相手だ。そんな奴と肩を並べて戦えるか? いきなり後ろから攻撃されては敵わん。今の内に討伐する! 全員、ワシについて来い!」
ドワルドと横に控えていたナターシャが、オークのいる方へと歩き出すと、整列した兵士たちも行進を始める。
「ナータ、あとは分かっているな?」
歩きながら、小声で一緒に横を歩くナターシャにドワルドが最終確認をする。
「ええ、あとはドワルド指揮官がオークを殺す命令を下した際に、私がアナタを殴って気絶させ、指揮権を一時的に私が預かるわ」
「本気でやれよ。手加減せず派手に気絶させろ。でないと逃げ出す口実が弱くなる」
「わかったわ」
そして二人の会話が終わった時、聖女とオークのいる場所に、ドワルド達はたどり着いた。
「ん? なんだ?」
聖女が自分たちにゾロゾロと近づく集団を見て、何事かと顔を向けていた。
(準備が整ったので、知らせにきたのかな?)
モニターに映る集団の様子を見て、呑気にヒロが口を開く。
聖女達の前で討伐隊が止まると、ナターシャと恰幅の良い中年男性が前に出る。
「ナターシャの姉御、このおっさんだれ?」
「おっさんだと⁈ 口の利き方が知らない小娘のようだな?」
「あん? なんだと⁈」
目つきを鋭くしたリーシアが、ドワルドに眼
を飛ばしていた。
「リーシアちゃん。こちらはオーク討伐隊のドワルド指揮官よ」
「へ~、それじゃあ話はついて、一緒に戦ってくれるのか?」
「ああ、一緒に戦ってはやる」
「お? お前なかなか話が分かるじゃん」
「戦ってはやるが、そのオークと一緒には戦えん! 囲め!」
ドワルドの号令と共に、200名の勇敢な兵士達がリーシアとオーク達を中心に武器を構えて囲む。
二重三重の厚い壁が聖女とオーク達を包囲する。
「な、何のつもりだ!」
聖女が武器を向ける兵士たちを睨みつけると、目が合った兵士は目を背けてしまう。
「なんのつもりだと? 貴様こそ、オークと何をしている! まさかそのオークと共に戦うなんて言うなよ?」
ドワルドが一歩踏み出し、少女の前に立つ。
「はあ? おまえこの状況で何言ってんだ? 今は一人でも戦力が必要だって言うのに、人もオークも関係あるかよ!」
「馬鹿を言うな! コイツらは討伐対象だぞ! このままコイツらと戦って、突然、後ろから寝首を掻かれては堪らんのだ! 不安要素は取り除く必要がある。故にそのオーク達を先に討伐する。殺れ!」
「ふざけんな! コイツらだって守りたいものがある! それを守るために命懸けで戦うんだ! お前たちだって同じだろう? 守りたい者があるから、逃げずに立ち向かうんだろ? その思いに人もオークも関係ねえ!」
聖女が兵士たちを見回すと、一人二人と武器を掲げていた者たちが……その矛を下ろしていく。
「ば、馬鹿もん! 武器を下ろすな! あのオークを倒せ! なぜ言う事を聞かん!」
次々と武器を下ろす兵士たち……ついに全員が武器を下ろし構えを解いていた。
「へへっ、みんな分かってんじゃん」
聖女は兵士たちの行動を見て笑っていた。
「武器を構えろ! なぜ構えん! これは命令無視だ! 王国騎士団の軍規を犯す行為なんだぞ? 全員分かっているのか?」
だが、兵士たちはドワルドの命令に誰一人として従わない。
「ナータ! そのオークたちを殺せ! これは命令だ!」
その時、ドワルドはナターシャに向かって片目を一瞬つぶる……それはうまくやれとの合図だった。
「ドワルド指揮官……悪いけど、その命令は聞けないわ」
「なんだと?」
「あの化け物に勝つためなら、私はオークとだって手を組むわ。私にも守りたいものがあるから」
「クッ! 貴様がやらないのならワシがやってやる!」
腰に差した剣を抜き、リーシアの横にいるオークに斬り掛かっていく!
(よし! あとはナータに剣を弾かせ、殴られて気絶すればワシの役目は終わりだ! あとは罪をナータに着せてワシは生きて帰れる!)
だが、そんなドワルドの思惑は、イレギュラーな存在……聖女によって崩された!
「ざけんな! 男が命を掛けて戦おうって時に、水を差してんじゃねえよ!」
聖女が震脚を踏み、ドワルドの前に飛び出る!
「リ、リーシアちゃんダメよ!」
ドワルドを止めに入る予定だったナターシャが、聖女の突然の動きに一瞬、出遅れてしまった!
すでに聖女は攻撃のモーションに入り、ドワルドの剣を軽くいなしながら、捻りを入れたコークスクリューブローが、ドワルドの左胸に打ち込まれていた!
「ナニ?」
打ち込まれた瞬間、心臓に走る衝撃にドワルドが言葉を失い……意識が途切れてしまう。膝から力が抜け、その場に倒れ込むドワルド……彼の心臓は完全に止まっていた。
「あっ! ヤベ!」
(ちょっ! リーシア何しているんですか!)
「いや~、みんなが命懸けで戦おうとしているのに、こいつがグダグダとイチャモンをつけてくるから、ついサクッと」
(サクッと心臓を止めないでください! はやく蘇生して! まずいですよ!)
「わざとじゃねえよ。ついカッとなってコークスクリューブローを打っちまっただけで、事故なんだよ事故! 信じてくれよ! てかコイツうるせいから、この際このままで良くねえ? どうせオレたちの足を引っ張るだけだろ?」
(ダメですよ! この人、討伐隊の指揮官でしょう? いくらなんでも殺したらマズすぎます! 早く蘇生して!)
「ええ、いいよ別に」
(リーシア! お願いですから!)
「チッ! しょうがねえな。蘇生すればいいんだろ……蘇生すれば」
聖女がドワルドの横にしゃがみ込み、嫌々その手をドワルドの胸に置き、慣れた手つきでドワルドの体内に気を送り循環させると……。
「爆心治癒功!」
聖女の腕から気の打ち出され、ドワルドの心臓を刺激すると……トクンという音が鳴り、彼の心臓が再び規則正しい刻を刻み始め、一発で蘇生に成功する。
ヒロと言う練習台を糧に、聖女はその蘇生技術に磨きが掛かっていた。
「ふ~、これでいいだろ?」
(あぶなかった……リーシア、人の心臓を勝手に止めないように注意してください。)
「ああ、悪かったって……次は気をつけて打つからさ。許してくれよ」
(いや、気をつけて打つもなにも……もう気軽に心臓を止めないと約束してください)
「わ、分かったよ。もうしないからさ。許してくれよ」
なぜかいつもと逆のやり取りに、ヒロは疲れを感じていた。そしていつも自分は。彼女にこんな気持ちにさせていたのかと改めて反省するのだった。
「リ、リーシアちゃん? ドワルド指揮官は?」
「ナターシャの姉御、起きないけど息は吹き返したぜ。気絶しちまってるのかな? 騒がしちまってサーセン!」
聖女は背を真っすぐに頭を下げる。
「……まあ、結果的には望む形になったのだから良しとするけど……もう少し穏便にね」
ナターシャが苦笑いしながら、リーシアを嗜なめた。
ナターシャは地面に横たわるドワルドが気絶していることを確認すると、兵士たちに振り向き声を上げる。
「ドワルド指揮官が負傷された! 意識がない以上、この場は、冒険者ギルドマスターである私が指揮を取るわ! いいわね!」
今の状況で反対する者など居るはずがなかった。
「よし。では入団一年未満の兵士は、ドワルド指揮官を連れて速やかに退却しなさい! そしてこの状況を王国に必ず伝えるのよ!」
「いや! オレは戦うぞ!」
「自分もだ! ここで退却してなんになる!」
「死ぬのなんて怖くないぞ!」
血気盛んな兵士が声を上げて命令を拒絶するが……。
「ここで全員が戦って全滅するわけにはいかないの! 知り得た情報を持ち帰らなければ、私たちは犬死によ?
あとに残った者に思いを託すためにも、必ず生きて逃げてちょうだい!」
その言葉に、若い兵士は押し黙り三十人近い兵士が、横たわるドワルドを連れて退却を始める。
「よし。次に冒険者は、ここで強制クエストを解除するわ! 今降りても。ペナルティーは発生しないし報酬もそれなりに払う。速やかに退却するも、この場に留まって戦うも自由に決めてちょうだい」
「はっ! 今さらここで降りろ? 降りられるわけないだろ!」
「ここでアレを倒せば、おれら伝説になるんだぜ? ロクな死に方をしない冒険者家業……同じ死ぬなら、今死ぬ方を選ぶさ!」
その場に留まっていた数組の冒険者パーティーは、誰も逃げ出さなかった。
「伝説……フフ、そうね。これに勝てば私たちは間違いなく伝説になるわ。オークヒーローを打ち倒した勇者の……三代目勇者ヒロの伝説に、私たちの名は残る! みんな力を貸してちょうだい!」
ナターシャは声を上げると、聖女に顔を向けてほほ笑んでいた。
勇者……ガイアにおいて知らぬ者はいない伝説であり、憧れの姿をその場にいた皆が目撃する。
ヤンキー座りでMP回復ポーションをラッパ飲みする、はしたない格好の聖女を!
「ぷは~、苦っげ~! マジでポーションの味ってどうにかできねえのかよ? こんなの飲みもんじゃねえって!」
その姿を見て、ナターシャ達は苦笑するしかないのだった。
「さあ、始めましょう! 新たなる伝説を私たちの手で作り出すのよ!」
〈新たなる勇者の伝説に、ヤンキー座りの一節が書き加えられた!〉
「リーシア、どうですか?」
「ん~、やはり無詠唱で回復魔法を使うと威力が半減しますね。昔、母様が教えてくれた通りです」
ヒロとリーシアは、オークヒーローを倒すべく、囚われた牢内でアレコレと戦う術を模索していた。
「やはり無詠唱は難しそうですね」
「はい。さすがに戦いの最中、頭の中で詠唱をイメージしながら動くのは厳しいです」
デバッグスキルにより、文字化けしていたスキルが直り、禁忌の回復魔法(滅)が、攻撃に転用できないか検証している時だった。
「ヒールなら、威力を犠牲にすれば詠唱がなくても打てますけど……それ以上の回復魔法だと、最後のキーワードを唱えただけでは発動すらしてくれませんね」
ヒロとリーシアは、揃ってステータス画面に映し出されたスキルの説明文を見ていた。
【回復魔法(滅)】LV 10
神が封印した禁忌の回復魔法。
強力過ぎる回復力で、いかなる怪我も瞬時に癒すが、回復スピードに体細胞が耐え切れず細胞が崩壊する。
崩壊を耐え切ったとしても、肉体の再生に体力が瞬時に使われ、最悪の場合……衰弱死する。
およそ生命活動をしている生物で、滅せない生き物はいない。回復魔法の名を冠しながら、回復ができない禁断の魔法。
痛みを感じず、癒されながら死んでいくさまは、正にヘブン&ヘルを体現する。
誤って味方に使用しないよう、十分な注意が必要である。
LV 1 ヒール
LV 2 キュア
LV 3 エリアヒール
LV 4 オートヒール
LV 5 ハイヒール
LV 6 オールキュア
LV 7 ハイエリアヒール
LV 8 フルオートヒール
LV 9 リバイバー
LV 10 ファイナルヒール
「まあ、一番威力の低いヒールですら、無詠唱で僕が死ぬくらいですから、これ以上の回復魔法は過剰すぎで、使う意味がないかな?」
「ですね。子供の頃、母様の使っていた回復魔法を真似して詠唱を口ずさんでいましたから、詠唱文は大体覚えています。詠唱自体は問題ありませんが……詠唱内容をイメージしながら戦うのは難しいです」
頭の中で数学の問題を解きながら、英文法の問題を口ずさみ、同時に回答するのと同じくらいの難易度に、ヒロもあきらめる道しか見いだせなかった。
「それにヒール以上の回復魔法は、消費MPが多すぎて今のリーシアの最大MPでは使えませんからね。コントローラースキルで聖女モードになれば、全ての問題は解決しますが……」
「パンチとキックと跳びヒザ、どれがいいですか? 選ばしてあげます!」
「すみませんでした!」
手をポキポキ鳴らしながらヒロに問い掛けるリーシア……ヒロは0.3秒で渾身の土下座スタイルに移行する。
コントローラースキルの所為で性格が大幅に変わるリーシアの聖女モード……普段の彼女からは想像もできないガサツで、男勝りの言葉遣いを彼女は嫌っていた。
聖女モード中の出来事は全て覚えており、自分の中にもう一人の自分が現れ、勝手に体を動かすらしい。
普段のリーシアなら絶対に使わない言動に、彼女自身も困惑していた。
初めてコントローラースキルを使ったあと、リーシアが鬼気迫る顔で地面を無言で叩きまくっていたのを、ヒロは思い出していた。
「ヒロ、次にあのスキルの話をしたら、問答無用ですからね!」
「は、はい……」
「はあ~、しかし憧れの回復魔法で回復ができないと改めて知ると悲しいです。……でも、新しい攻撃手段が手に入っただけ良しとしましょう」
「オークヒーローと戦うにしても、現状ヒールだけでも大幅な戦力アップです。あの謎の防御スキルも、魔法なら攻撃が通りそうですから、リーシアの回復魔法に期待大です」
「はい。任せてください。オークヒーローは、私が仕留めてみせますよ♪」
それはシーザーが怪我を負い、死の淵を彷徨う1日前の出来事だった。
…………
「ドワルド指揮官!」
「ナ、ナータか⁈現状はどうなっている。あの触手はなんだ。説明しろ!」
ヒロ達と別れたナターシャが、討伐隊の指揮官であるドワルドに作戦の概要と戦力の提供を相談するが……。
「ダメだ! それでアレを倒せる保証がない! それにあのオークと協力しろだと? ふざけるな! 王国騎士団の指揮官が、討伐対象のオークと肩を並べて戦う? そんな末代まで後ろ指を刺されるマネできるか!」
「ドワルド指揮官、現状で最もあのオークヒーローを倒すのに最善な方法は、いま話した方法しかないわ。戦力の一点集中による強行突破。そして中心にいるオークヒーローを倒すしか……」
「ダメだ! 兵士を集めろ。触手をやる前にあのオーク供を倒すぞ! 伝令、戦える者を集めろ!」
「ちょっ! 待ちなさいドワルド指揮官。あのオーク達は触手攻略に力を貸してくれるみたいなの。今は少しでも戦力が必要よ!」
「ああ、分かっているさ! だがな、ワシにも後がないのだ! このまま逃げ帰れば討伐失敗の汚名を着させられて良くて投獄だ! 悪ければ財産没収のうえ死刑! 残された家族はオークの手を借りた恥知らずで、無能な家の者と言われるのだぞ! かと言ってアレを倒せる保証もない! もうワシに残された道……潔く死ねしかないのだ」
ドワルドが肩を落とし、思い詰めた顔で俯いてしまった。
だが、そんな絶望に打ちひしがれるドワルドの肩にナターシャが手を置く。
「フッ、安心しなさい。最悪、討伐失敗の汚名は私が被るわ」
「な、なんだと?」
「指揮官のドワルドは戦いの中、指揮ができないほど負傷し、代わりに指揮を受け継いだ私が討伐に失敗した事にするといいわ」
「そ、それがお前になんのメリットがある? 勝手な指揮権の行使は重罪なんだぞ?」
「分かってるわ。でも、あの憤怒の人を憎む怒りは尋常じゃない。この地上から人が一人残らず居なくなるまで止まらないかもしれないわ。アレを放っておけばアルムの町は間違いなく滅ぼされる……あとがないのは私も同じなのよ」
「……お前が汚名を被ると言うならいいだろう。だが、あんな化け物に勝算はあるのか?」
「ええ、絶望の果てにこそ希望がある。あとは私たちがただ運命を受け入れて、自分が成すべきことを、ただ実行するだけよ」
「希望?」
「ええ、勇者と言う希望が私たちにはあるわ!」
「あいつが勇者だと? ……良いだろう。せいぜい情けなく負傷して退場するとしよう。今ワシが成すべきことは、討伐隊の指揮権をお前に渡すことなんだろうしな」
「そうね。それじゃあ、ひと芝居打ってもらうわよ?」
「ああ、どうせあとはないんだ。助かるのなら、何だってやってやる……それと新兵はワシと一緒に逃がさせてもらうぞ」
「あら? 優しいのね。若い子の未来を案ずるなんて」
「ふん。貴様が思っているのとは違う。逃げる時に若い奴らの方が、体力がある。最悪ワシを背負って逃げてもらうためだ!」
「フッフッ、そう言うことにしといてあげるわ♪ さあ、それじゃあ行きましょうか? 派手に負傷して退場してもらわないといけないしね」
「分かっている。伝令! 兵士を集めろ! あのオーク供を討伐する!」
「あのオークをですか? あれは味方なのでは?」
「ばかもん! モンスターに仲間もへったくれもあるか! 戦いの最中いつ寝返るか分かったもんじゃない!すぐに生き残った兵士を集め、先に討伐する! 急げ!」
ドワルドの命に、その場に踏みとどまり生き残った兵士たちが整列して集まる。その数、約200人……900人もいた討伐隊の兵士は半数以下になっていた。
大半が殺されるか逃亡しており、あの化け物相手にこの人数で勝てるかと言われれば難しいだろう。
戦えば十中八九死ぬ……整列した兵士たちの顔は、だれもが憤怒を恐れ、足を震わせながらが整列する者までいた。
だがその兵士たちの顔は絶望には染っていなかった。
それは希望を見たからだった。
あのオークヒーローを圧倒し、憤怒の攻撃をも凌ぐ冒険者……ヒロとリーシアの姿に希望を見いだしていたからだった。
『勝てるかもしれない!』、絶望に染まった心に希望の光が差した時、彼らの中に勇気が生まれた。
彼らは逃げない。
たとえ自分の力がなんの役に立たなくても、逃げるわけにはいかなかった。
天災以上の脅威であるアレを放置すればどうなるか……天災ならば、過ぎ去るのを待てば良い。
だがアレは絶対に人を一人残らず殺し尽くすまで、殺戮を続けるだろう。
そうなれば、自分の愛する者が無惨に殺される……その光景を思い浮かべた時、怒りが湧き上がり、彼らから逃げる選択肢を奪っていた。
整列する兵士たちは愛する者を守るため、死を覚悟して立ち並ぶ。
「よし! 揃ったな! 聞け! 我らはこれよりあの触手の森を切り開き、中心にいるであろう化け物を退治する! おそらくお前たちは死ぬだろう……」
その言葉に兵士達の顔が一瞬暗くなるが、決して誰も顔を下に向けなかった。
「だが、希望はある。あのオークヒーローと互角に戦うあの冒険者がまだ健在だ! 我らの仕事は、触手の森を切り開き、あの冒険者を中心部にいる化け物の元にまで送り届けることだ!」
「やってやるさ!」
「ああ! あの冒険者を送り届けるだけなら、なんとかなる!」
「だが、全員で死ぬわけにはいかない! このことを、王国に……全世界に知らせる必要がある。そこで若い入団一年未満の兵士は、全員退却を命じる」
「なっ! 俺たちも戦うぞ!」
「ああ! ここで逃げてなんになるんだ!」
「黙れヒヨッ子! これは命令だ! あそこにいるオーク達を倒したあと、速やかに退却を命じる。このことを王国騎士団に伝えろ!」
「あのオーク達を退治する? アレは味方じゃないのか?」
兵士の一人がオーク討伐の言葉を、聞き間違いかと口にするが……。
「馬鹿か! あれはオークだぞ? 討伐対象として、さっきまで戦っていた相手だ。そんな奴と肩を並べて戦えるか? いきなり後ろから攻撃されては敵わん。今の内に討伐する! 全員、ワシについて来い!」
ドワルドと横に控えていたナターシャが、オークのいる方へと歩き出すと、整列した兵士たちも行進を始める。
「ナータ、あとは分かっているな?」
歩きながら、小声で一緒に横を歩くナターシャにドワルドが最終確認をする。
「ええ、あとはドワルド指揮官がオークを殺す命令を下した際に、私がアナタを殴って気絶させ、指揮権を一時的に私が預かるわ」
「本気でやれよ。手加減せず派手に気絶させろ。でないと逃げ出す口実が弱くなる」
「わかったわ」
そして二人の会話が終わった時、聖女とオークのいる場所に、ドワルド達はたどり着いた。
「ん? なんだ?」
聖女が自分たちにゾロゾロと近づく集団を見て、何事かと顔を向けていた。
(準備が整ったので、知らせにきたのかな?)
モニターに映る集団の様子を見て、呑気にヒロが口を開く。
聖女達の前で討伐隊が止まると、ナターシャと恰幅の良い中年男性が前に出る。
「ナターシャの姉御、このおっさんだれ?」
「おっさんだと⁈ 口の利き方が知らない小娘のようだな?」
「あん? なんだと⁈」
目つきを鋭くしたリーシアが、ドワルドに眼
を飛ばしていた。
「リーシアちゃん。こちらはオーク討伐隊のドワルド指揮官よ」
「へ~、それじゃあ話はついて、一緒に戦ってくれるのか?」
「ああ、一緒に戦ってはやる」
「お? お前なかなか話が分かるじゃん」
「戦ってはやるが、そのオークと一緒には戦えん! 囲め!」
ドワルドの号令と共に、200名の勇敢な兵士達がリーシアとオーク達を中心に武器を構えて囲む。
二重三重の厚い壁が聖女とオーク達を包囲する。
「な、何のつもりだ!」
聖女が武器を向ける兵士たちを睨みつけると、目が合った兵士は目を背けてしまう。
「なんのつもりだと? 貴様こそ、オークと何をしている! まさかそのオークと共に戦うなんて言うなよ?」
ドワルドが一歩踏み出し、少女の前に立つ。
「はあ? おまえこの状況で何言ってんだ? 今は一人でも戦力が必要だって言うのに、人もオークも関係あるかよ!」
「馬鹿を言うな! コイツらは討伐対象だぞ! このままコイツらと戦って、突然、後ろから寝首を掻かれては堪らんのだ! 不安要素は取り除く必要がある。故にそのオーク達を先に討伐する。殺れ!」
「ふざけんな! コイツらだって守りたいものがある! それを守るために命懸けで戦うんだ! お前たちだって同じだろう? 守りたい者があるから、逃げずに立ち向かうんだろ? その思いに人もオークも関係ねえ!」
聖女が兵士たちを見回すと、一人二人と武器を掲げていた者たちが……その矛を下ろしていく。
「ば、馬鹿もん! 武器を下ろすな! あのオークを倒せ! なぜ言う事を聞かん!」
次々と武器を下ろす兵士たち……ついに全員が武器を下ろし構えを解いていた。
「へへっ、みんな分かってんじゃん」
聖女は兵士たちの行動を見て笑っていた。
「武器を構えろ! なぜ構えん! これは命令無視だ! 王国騎士団の軍規を犯す行為なんだぞ? 全員分かっているのか?」
だが、兵士たちはドワルドの命令に誰一人として従わない。
「ナータ! そのオークたちを殺せ! これは命令だ!」
その時、ドワルドはナターシャに向かって片目を一瞬つぶる……それはうまくやれとの合図だった。
「ドワルド指揮官……悪いけど、その命令は聞けないわ」
「なんだと?」
「あの化け物に勝つためなら、私はオークとだって手を組むわ。私にも守りたいものがあるから」
「クッ! 貴様がやらないのならワシがやってやる!」
腰に差した剣を抜き、リーシアの横にいるオークに斬り掛かっていく!
(よし! あとはナータに剣を弾かせ、殴られて気絶すればワシの役目は終わりだ! あとは罪をナータに着せてワシは生きて帰れる!)
だが、そんなドワルドの思惑は、イレギュラーな存在……聖女によって崩された!
「ざけんな! 男が命を掛けて戦おうって時に、水を差してんじゃねえよ!」
聖女が震脚を踏み、ドワルドの前に飛び出る!
「リ、リーシアちゃんダメよ!」
ドワルドを止めに入る予定だったナターシャが、聖女の突然の動きに一瞬、出遅れてしまった!
すでに聖女は攻撃のモーションに入り、ドワルドの剣を軽くいなしながら、捻りを入れたコークスクリューブローが、ドワルドの左胸に打ち込まれていた!
「ナニ?」
打ち込まれた瞬間、心臓に走る衝撃にドワルドが言葉を失い……意識が途切れてしまう。膝から力が抜け、その場に倒れ込むドワルド……彼の心臓は完全に止まっていた。
「あっ! ヤベ!」
(ちょっ! リーシア何しているんですか!)
「いや~、みんなが命懸けで戦おうとしているのに、こいつがグダグダとイチャモンをつけてくるから、ついサクッと」
(サクッと心臓を止めないでください! はやく蘇生して! まずいですよ!)
「わざとじゃねえよ。ついカッとなってコークスクリューブローを打っちまっただけで、事故なんだよ事故! 信じてくれよ! てかコイツうるせいから、この際このままで良くねえ? どうせオレたちの足を引っ張るだけだろ?」
(ダメですよ! この人、討伐隊の指揮官でしょう? いくらなんでも殺したらマズすぎます! 早く蘇生して!)
「ええ、いいよ別に」
(リーシア! お願いですから!)
「チッ! しょうがねえな。蘇生すればいいんだろ……蘇生すれば」
聖女がドワルドの横にしゃがみ込み、嫌々その手をドワルドの胸に置き、慣れた手つきでドワルドの体内に気を送り循環させると……。
「爆心治癒功!」
聖女の腕から気の打ち出され、ドワルドの心臓を刺激すると……トクンという音が鳴り、彼の心臓が再び規則正しい刻を刻み始め、一発で蘇生に成功する。
ヒロと言う練習台を糧に、聖女はその蘇生技術に磨きが掛かっていた。
「ふ~、これでいいだろ?」
(あぶなかった……リーシア、人の心臓を勝手に止めないように注意してください。)
「ああ、悪かったって……次は気をつけて打つからさ。許してくれよ」
(いや、気をつけて打つもなにも……もう気軽に心臓を止めないと約束してください)
「わ、分かったよ。もうしないからさ。許してくれよ」
なぜかいつもと逆のやり取りに、ヒロは疲れを感じていた。そしていつも自分は。彼女にこんな気持ちにさせていたのかと改めて反省するのだった。
「リ、リーシアちゃん? ドワルド指揮官は?」
「ナターシャの姉御、起きないけど息は吹き返したぜ。気絶しちまってるのかな? 騒がしちまってサーセン!」
聖女は背を真っすぐに頭を下げる。
「……まあ、結果的には望む形になったのだから良しとするけど……もう少し穏便にね」
ナターシャが苦笑いしながら、リーシアを嗜なめた。
ナターシャは地面に横たわるドワルドが気絶していることを確認すると、兵士たちに振り向き声を上げる。
「ドワルド指揮官が負傷された! 意識がない以上、この場は、冒険者ギルドマスターである私が指揮を取るわ! いいわね!」
今の状況で反対する者など居るはずがなかった。
「よし。では入団一年未満の兵士は、ドワルド指揮官を連れて速やかに退却しなさい! そしてこの状況を王国に必ず伝えるのよ!」
「いや! オレは戦うぞ!」
「自分もだ! ここで退却してなんになる!」
「死ぬのなんて怖くないぞ!」
血気盛んな兵士が声を上げて命令を拒絶するが……。
「ここで全員が戦って全滅するわけにはいかないの! 知り得た情報を持ち帰らなければ、私たちは犬死によ?
あとに残った者に思いを託すためにも、必ず生きて逃げてちょうだい!」
その言葉に、若い兵士は押し黙り三十人近い兵士が、横たわるドワルドを連れて退却を始める。
「よし。次に冒険者は、ここで強制クエストを解除するわ! 今降りても。ペナルティーは発生しないし報酬もそれなりに払う。速やかに退却するも、この場に留まって戦うも自由に決めてちょうだい」
「はっ! 今さらここで降りろ? 降りられるわけないだろ!」
「ここでアレを倒せば、おれら伝説になるんだぜ? ロクな死に方をしない冒険者家業……同じ死ぬなら、今死ぬ方を選ぶさ!」
その場に留まっていた数組の冒険者パーティーは、誰も逃げ出さなかった。
「伝説……フフ、そうね。これに勝てば私たちは間違いなく伝説になるわ。オークヒーローを打ち倒した勇者の……三代目勇者ヒロの伝説に、私たちの名は残る! みんな力を貸してちょうだい!」
ナターシャは声を上げると、聖女に顔を向けてほほ笑んでいた。
勇者……ガイアにおいて知らぬ者はいない伝説であり、憧れの姿をその場にいた皆が目撃する。
ヤンキー座りでMP回復ポーションをラッパ飲みする、はしたない格好の聖女を!
「ぷは~、苦っげ~! マジでポーションの味ってどうにかできねえのかよ? こんなの飲みもんじゃねえって!」
その姿を見て、ナターシャ達は苦笑するしかないのだった。
「さあ、始めましょう! 新たなる伝説を私たちの手で作り出すのよ!」
〈新たなる勇者の伝説に、ヤンキー座りの一節が書き加えられた!〉
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