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第10章 勇者と親子の絆編
第93話 オーク……幻想と現実の間
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「ヒロ! 起きてる?」
オーク村に来て三日目……朝日が登り始め、まだ薄暗い洞窟の中にシーザーの声が聞こえてきた。
ヒロとリーシアは、気配察知スキルで予め近づく者がいるのを察知し、眠りから目を覚ましていた。
「あ~、コラ~ 子供が勝手に人族に話し掛けちゃダメだべ~ 喰われちまうぞ~」
「大丈夫だよ。ね~、ヒロ聞いてよ」
入り口からシーザーと、ムラクとは違う別のオークの声が聞こえてくる。
ヒロとリーシアを見張る者は、四交代制でヒロ達を監視しており、今はムラクとは別のオークがヒロ達を見張っていた。
ムラクは夕方から夜半に掛けての見張りらしく、一日一回の差し入れがある夕刻が担当の時間だった。
他のオークとは、まだ喋ったことがないため、ヒロとリーシアは少し警戒しながら入り口に設けられた木の格子に近づきシーザーと言葉を交わす。
「シーザー君、おはようございます」
「聞いて! 俺リンボーの試練で50cmを潜り抜けたんだ!」
「おお、やりましたね。これで狩りに連れて行ってもらえますね」
「うん! 今日この後、早速連れて行ってもらえるんだ」
「ん~? お前、オラ達と喋れるだが~? びっぐらごいた~」
シーザーとヒロが会話している姿を見た別の見張りが、驚きの声を上げた。
「喋れるのは僕だけです。初めましてヒロといいます」
「ほへ~ これはご丁寧に、オラ~オク次郎っていうだ~ よろしくな~」
オク次郎を名乗るオークは、ヒロにペコリて頭を下げて名乗り返してくれた。どうやらかなりマイペースなオークの様で、間延びした口調がノンビリした印象を与え、眠たげなトロンとした目が、それに拍車を掛けていた。
「あ~ シ~坊、あんまり近づいちゃダメだからな~ も少し離れるべ~」
「大丈夫だよ。オク次郎は相変わらず心配性だな~」
「マネしてもいいたべが~ も少し下がるべ~ ほれ~」
すると、おっとりとした印象からは想像もつかない鋭い動きで、手に持った槍の柄を前に突き出していた。シーザーを退がらせたオク次郎の動きにはまったく無駄がなく、ヒロは鋭い一撃に舌を巻いていた。
「オク次郎さん……お強いですね?」
「んだな~ 長く生きてるからな~ これくらい強くないと生きられなかっただ~ まあ、おら程度、年いった奴なら普通だべ~」
「オク次郎世代って、第一次ベビーラッシュ時代でしょ?」
「んだ~ あの頃は食い物が少なくてひもじかっただ~ 生きるために必死で食べ物を探してな~ お陰で狩りの腕が上がって、この通りだべ~」
突き出していた槍を高速に回し、手元に戻したオク次郎……その動きは少なくともベテランの域に手が掛かる中級冒険者では相手にならない力量の片鱗を見せていた。
「おお! 俺もそんな風に槍を振れるようになるかな?」
「あ~、頑張って狩りをしてればなれるべ~ オラですらこの通りだ~ シ~坊なら、きっとできるようになるさ~」
「ありがとう、オク次郎、あっ! そろそろ時間だ。じゃあヒロ行って来る。狩りで獲物が獲れたら、ヒロ達にも食べさせてあげるから、楽しみにしていてね」
「今日の差し入れを楽しみにしています」
「絶対獲ってくる! 行ってきます!」
元気一杯のシーザーは、そうヒロと約束すると、村に向かって走り出して行った。
「さあ、話はおしまいだ~ 大人しくするべ~」
「分かりました。オク次郎さん見逃してくれてありがとうごさいます」
「あ~ 子供が懐いていたから~ 悪い奴じゃあんめい。少しくらいなら問題ないべ~」
オク次郎はそうヒロに告げると牢屋の前に立ち、再び槍を手に見張りへと戻る。
ヒロはオク次郎の振る舞いに、魔物と言えど人と同じく、心ある者もいるのだと感じ始めていた。
「おはようございます。ヒロ、シーザー君はなんて言っていたんですか?」
「リーシア、おはよう。昨日、無事にリンボーの試練で50cmの高さをクリアーしたそうです」
「おお! 良かったですね」
リーシアがパッと顔を綻ばせて喜ぶ。他人の幸福を素直に喜ぶリーシアを見て、ヒロも嬉しくなった。
「早速、狩りに連れて行ってもらう様で、獲物が獲れたら。僕たちに差し入れしてくれるそうですよ」
「お肉ですか! そう言えばここ数日、果物とリンド焼きしか食べてないですね……」
「食事どころではなかったですから。それにいつ戦いになるか分からない状況でお腹を膨らませるのは……」
「ですね」
「夕方の差し入れに期待して、朝ごはんを少し食べておきましょう。体力も回復しとかないといけませんし。リーシア食べたい物はありますか?」
「シチューが食べたいです!」
ヒロの質問に即答するリーシア、ガッツリ系のリクエストにヒロは苦笑しながらも、アイテム袋から屋台で買ったシチューを容器ごと取り出していた。
木製の底の深い皿に注がれた赤いシチューとスプーンをリーシアに渡すと、嬉しそうに頬張り始める。
「ん~♪ ポマトの酸味がなんとも言えませんね。お肉もトロットロになるまで煮込まれて柔らかいです。お野菜もゴロゴロ入っていて食べ応えがありますね」
「これは僕の国だと、ビーフシチューと言う料理に近いですね。コクは薄いですが、酸味が強くてコレはこれで美味しいです」
「まさか囚われの身の牢屋で温かいシチューを頬張る日が来ようとは夢にも思いませんでした。人生何が起こるか分からないって言いますが……ヒロと一緒にいると、妙に納得してしまいます」
リーシアはシチューを口にしながら、しみじみと感じた事をヒロに話す。
「僕も牢屋で温かいシチューを可愛い女の子と二人っきりで食べる日が来るとは思いませんでしたよ」
「え? か、可愛いい、な、何を……」
リーシアの言葉にヒロが、さりげなく意地悪な言葉を掛ける。最近のリーシアは、この手の話に耐性がなく、思考がバグッてしまう事にヒロは気づき、その反応が面白くてワザと意地悪な言葉を使うようになってきていた。
所謂、気になる異性にチョッカイを出したくなるあの感情である。
戸惑うリーシアを見て、ヒロはつい顔が綻んでしまう。
「も、もういいです! ヒロがどんな人か、私も分かってきましたから……女性に面と向かって可愛いなんて言う人は、社交辞令か、からかっているかのどちらかです! 後者だとしたら後で腹パンチですよ!」
拳を握りヒロに見せつけるリーシア……そっと皿を地面に置き、無言で土下座するヒロ!
いつもと変わらない朝が。そこにはあるのだった。
食事を終えたヒロとリーシアは、昨日話し合った内容を整理しながら、新たな情報を確認していた。
「さっきオク次郎さんの槍捌きを見せてもらいましたが、かなりの熟練度でしたね。あれは間違いなく中級冒険者並みの力量でした」
接近戦を得意とするリーシアの意見から、ヒロはオークの戦力を分析し始めた。
「オク次郎さんレベルが数匹なら問題ないですが、シーザー君が言っていた、第一次ベビーラッシュ時代って言葉が気になります」
ヒロは言語スキルの特性が、ガイヤの言葉を翻訳する際、元の世界に近い言葉で翻訳していることに気がついていた。ベビーラッシュの言葉から、オークの子供が一度に多く生まれた時期がある事を安易に想像させられる。
しかも、オク次郎レベルのオークが同年代に数多くいる事も……。
「もしオク次郎さんレベルが100匹もいたとすると……」
「ヒロ……もはやアルムの町レベルでは手がつけられません」
リーシアは知っていた。いくら強い者がいたとしても、数の暴力には勝てないことを。
「オークヒーローだけでも万単位の軍勢で倒せるかどうかなのに、オークの戦士も強いとなれば、もう国レベルの戦力が必要になりますよ」
急いで討伐しなければ、時が経てばたつ程、オークは数を増やし、手が付けられなくなるとヒロは考えていた。
「とりあえず、いま分かっている情報をメールでケイトさんに知らせましょう」
ヒロがパーティーメニューを開き、見知った情報を打ち込んでいると、リーシアがヒロの上着の袖を遠慮がちに引っ張ってきた。
「どうしましたリーシア?」
「ヒ、ヒロは何とも思わないのですか?」
神妙な面持ちのリーシア……。
「何がですか?」
「オーク達の事です! ヒロは今、情報をまとめてメールしようとしてますが、それが何を意味するか分かっているのですか?」
「ええ……分かっていますよ」
「だったら」
リーシアがヒロを睨むが、ヒロは涼しい顔で受け流す。
「リーシア……僕もオーク達と言葉を交わしてみて、人とオークが生きると言う意味では、その差はないのではと感じました」
「私も感じています。オークも同じ女神を崇め、家族を作り、命を営んでいるのを」
「シーザー君やムラクさんを見て、魔物と言えど心があるのだと僕は知りました」
「ヒロはそれが分かっていて、オークを大量討伐するクエストに手を貸すのですか? あの子も殺されるのですよ⁈」
あの子の言葉に、ヒロの脳裏にシーザーの姿が映った。
「そうですね……このままでは、あの子も殺されるでしょう」
「なんでヒロはそんなに冷静なんですか? 私には分かりません……」
「冷静ではありませんよ? 冷静であろうとしているだけです。今も僕の心の中は、一杯いっぱいで迷ってばかりなんです」
ヒロはリーシアの澄んだエメラルドグリーンの瞳を、真っ直ぐな目で見つめた。
「リーシア……僕は君を死なせなくないんです。教会の人達や孤児院の子供達、アルムの町に住む人々を……人とオーク……どちらかを選択しなければならないのなら、僕は迷わず人を選びます」
「ヒロ……」
リーシアの瞳が悲しみに包まれる。
「私も分かってはいます。でもあのオークの子を見ていたら……リゲルを思い出してしまうんです。姿や形はもちろん、種族だって違うのにですよ。なのにシーザー君を見ていると死なせたくないと思う私がいるんです……ヒロ、私はおかしいのでしょうか?」
リーシアの問いに、ヒロが顔を横に振る。
「リーシア、君の思いは間違ってはいないです。僕も思いはリーシアと一緒です。シーザー君を殺したいわけではないです」
「ヒロ、それでは!」
「ですが、現状ではどうする事もできません。囚われの身である僕らには、ただ助けを待つことしかできないのです」
「……」
「ですが……針の穴を通すくらい難しい条件になりますが、可能性がないわけではありません」
「本当ですか!」
リーシアはヒロの一言に、期待を込めて声を上げた。
それはヒロが今まで、一度たりとも勝算のない話をしたことがないと知っていたからだった。
「でも、その道は茨ですよ、その道を進めば人もオークも最小の犠牲で生き残れるでしょう」
どんなに困難な道でも、二人ならきっと乗り越えられる。リーシアは極限の状態からも、常に切り抜け続けてきたヒロの考えに絶対の信頼を寄せていた。その信頼がリーシアに茨の道を選択させる。
「例えどんなに難しくても、道があるのなら!」
その答えを聞いたヒロの顔は暗くなり、リーシアに冷酷な言葉を伝える。
「ですがその道を歩めば、リーシア……あなたと僕は確実に人の敵になりますよ」
「人の敵?」
「間違いなくお尋ね者です。もう二度とアルムの町には入れないばかりか、下手したらマルセーヌ王国から追われます。町に入れば裏切り者として、町の住人からは石を投げつけられるでしょう」
「お、お尋ね者……」
「それだけの覚悟がリーシアにありますか?」
「……」
リーシアは押し黙ってしまった。
ヒロは仕方がないとリーシアを責める事はしなかった。実際オークを救うことはできる。凄まじい難易度のイベントをクリアーするのが条件になるが……可能ではある。
オーク討伐を実行して生き残るのがイージーモードなら、オークと人、両方を助ける道はナイトメアモード程、難易度に開きがある。
しかも成功する確率が、限りなく0%に近い、奇跡的に成功したとしても、最低でもアルムの町を出て行かなくてはならない。
ヒロ一人だけならどうとでもなるが、リーシアもお尋ね者になれば、教会や孤児院の子供たちにも波及するかもしれない。
やるからには、全ての悪意を一身に受ける覚悟が必要だった。
「私は……どうしたら……」
選ぶ事ができず、答えが出せない自分に憤りを感じたリーシアは……いつの間にか涙を流していた。
「リーシア、自分を責めないでください。僕もオーク達を助けたいと言う気持ちは一緒です。ですがハッピーエンドなんて現実にはありえない……幻想なんです」
その一言を残して、ヒロはメールにオーク村で知り得た情報を打ち込み終えると、ケイトへと送るのであった。
〈現実と理想……その間にそびえ立つ幻想と言う名の壁が二人の前に立ちはだかった〉
オーク村に来て三日目……朝日が登り始め、まだ薄暗い洞窟の中にシーザーの声が聞こえてきた。
ヒロとリーシアは、気配察知スキルで予め近づく者がいるのを察知し、眠りから目を覚ましていた。
「あ~、コラ~ 子供が勝手に人族に話し掛けちゃダメだべ~ 喰われちまうぞ~」
「大丈夫だよ。ね~、ヒロ聞いてよ」
入り口からシーザーと、ムラクとは違う別のオークの声が聞こえてくる。
ヒロとリーシアを見張る者は、四交代制でヒロ達を監視しており、今はムラクとは別のオークがヒロ達を見張っていた。
ムラクは夕方から夜半に掛けての見張りらしく、一日一回の差し入れがある夕刻が担当の時間だった。
他のオークとは、まだ喋ったことがないため、ヒロとリーシアは少し警戒しながら入り口に設けられた木の格子に近づきシーザーと言葉を交わす。
「シーザー君、おはようございます」
「聞いて! 俺リンボーの試練で50cmを潜り抜けたんだ!」
「おお、やりましたね。これで狩りに連れて行ってもらえますね」
「うん! 今日この後、早速連れて行ってもらえるんだ」
「ん~? お前、オラ達と喋れるだが~? びっぐらごいた~」
シーザーとヒロが会話している姿を見た別の見張りが、驚きの声を上げた。
「喋れるのは僕だけです。初めましてヒロといいます」
「ほへ~ これはご丁寧に、オラ~オク次郎っていうだ~ よろしくな~」
オク次郎を名乗るオークは、ヒロにペコリて頭を下げて名乗り返してくれた。どうやらかなりマイペースなオークの様で、間延びした口調がノンビリした印象を与え、眠たげなトロンとした目が、それに拍車を掛けていた。
「あ~ シ~坊、あんまり近づいちゃダメだからな~ も少し離れるべ~」
「大丈夫だよ。オク次郎は相変わらず心配性だな~」
「マネしてもいいたべが~ も少し下がるべ~ ほれ~」
すると、おっとりとした印象からは想像もつかない鋭い動きで、手に持った槍の柄を前に突き出していた。シーザーを退がらせたオク次郎の動きにはまったく無駄がなく、ヒロは鋭い一撃に舌を巻いていた。
「オク次郎さん……お強いですね?」
「んだな~ 長く生きてるからな~ これくらい強くないと生きられなかっただ~ まあ、おら程度、年いった奴なら普通だべ~」
「オク次郎世代って、第一次ベビーラッシュ時代でしょ?」
「んだ~ あの頃は食い物が少なくてひもじかっただ~ 生きるために必死で食べ物を探してな~ お陰で狩りの腕が上がって、この通りだべ~」
突き出していた槍を高速に回し、手元に戻したオク次郎……その動きは少なくともベテランの域に手が掛かる中級冒険者では相手にならない力量の片鱗を見せていた。
「おお! 俺もそんな風に槍を振れるようになるかな?」
「あ~、頑張って狩りをしてればなれるべ~ オラですらこの通りだ~ シ~坊なら、きっとできるようになるさ~」
「ありがとう、オク次郎、あっ! そろそろ時間だ。じゃあヒロ行って来る。狩りで獲物が獲れたら、ヒロ達にも食べさせてあげるから、楽しみにしていてね」
「今日の差し入れを楽しみにしています」
「絶対獲ってくる! 行ってきます!」
元気一杯のシーザーは、そうヒロと約束すると、村に向かって走り出して行った。
「さあ、話はおしまいだ~ 大人しくするべ~」
「分かりました。オク次郎さん見逃してくれてありがとうごさいます」
「あ~ 子供が懐いていたから~ 悪い奴じゃあんめい。少しくらいなら問題ないべ~」
オク次郎はそうヒロに告げると牢屋の前に立ち、再び槍を手に見張りへと戻る。
ヒロはオク次郎の振る舞いに、魔物と言えど人と同じく、心ある者もいるのだと感じ始めていた。
「おはようございます。ヒロ、シーザー君はなんて言っていたんですか?」
「リーシア、おはよう。昨日、無事にリンボーの試練で50cmの高さをクリアーしたそうです」
「おお! 良かったですね」
リーシアがパッと顔を綻ばせて喜ぶ。他人の幸福を素直に喜ぶリーシアを見て、ヒロも嬉しくなった。
「早速、狩りに連れて行ってもらう様で、獲物が獲れたら。僕たちに差し入れしてくれるそうですよ」
「お肉ですか! そう言えばここ数日、果物とリンド焼きしか食べてないですね……」
「食事どころではなかったですから。それにいつ戦いになるか分からない状況でお腹を膨らませるのは……」
「ですね」
「夕方の差し入れに期待して、朝ごはんを少し食べておきましょう。体力も回復しとかないといけませんし。リーシア食べたい物はありますか?」
「シチューが食べたいです!」
ヒロの質問に即答するリーシア、ガッツリ系のリクエストにヒロは苦笑しながらも、アイテム袋から屋台で買ったシチューを容器ごと取り出していた。
木製の底の深い皿に注がれた赤いシチューとスプーンをリーシアに渡すと、嬉しそうに頬張り始める。
「ん~♪ ポマトの酸味がなんとも言えませんね。お肉もトロットロになるまで煮込まれて柔らかいです。お野菜もゴロゴロ入っていて食べ応えがありますね」
「これは僕の国だと、ビーフシチューと言う料理に近いですね。コクは薄いですが、酸味が強くてコレはこれで美味しいです」
「まさか囚われの身の牢屋で温かいシチューを頬張る日が来ようとは夢にも思いませんでした。人生何が起こるか分からないって言いますが……ヒロと一緒にいると、妙に納得してしまいます」
リーシアはシチューを口にしながら、しみじみと感じた事をヒロに話す。
「僕も牢屋で温かいシチューを可愛い女の子と二人っきりで食べる日が来るとは思いませんでしたよ」
「え? か、可愛いい、な、何を……」
リーシアの言葉にヒロが、さりげなく意地悪な言葉を掛ける。最近のリーシアは、この手の話に耐性がなく、思考がバグッてしまう事にヒロは気づき、その反応が面白くてワザと意地悪な言葉を使うようになってきていた。
所謂、気になる異性にチョッカイを出したくなるあの感情である。
戸惑うリーシアを見て、ヒロはつい顔が綻んでしまう。
「も、もういいです! ヒロがどんな人か、私も分かってきましたから……女性に面と向かって可愛いなんて言う人は、社交辞令か、からかっているかのどちらかです! 後者だとしたら後で腹パンチですよ!」
拳を握りヒロに見せつけるリーシア……そっと皿を地面に置き、無言で土下座するヒロ!
いつもと変わらない朝が。そこにはあるのだった。
食事を終えたヒロとリーシアは、昨日話し合った内容を整理しながら、新たな情報を確認していた。
「さっきオク次郎さんの槍捌きを見せてもらいましたが、かなりの熟練度でしたね。あれは間違いなく中級冒険者並みの力量でした」
接近戦を得意とするリーシアの意見から、ヒロはオークの戦力を分析し始めた。
「オク次郎さんレベルが数匹なら問題ないですが、シーザー君が言っていた、第一次ベビーラッシュ時代って言葉が気になります」
ヒロは言語スキルの特性が、ガイヤの言葉を翻訳する際、元の世界に近い言葉で翻訳していることに気がついていた。ベビーラッシュの言葉から、オークの子供が一度に多く生まれた時期がある事を安易に想像させられる。
しかも、オク次郎レベルのオークが同年代に数多くいる事も……。
「もしオク次郎さんレベルが100匹もいたとすると……」
「ヒロ……もはやアルムの町レベルでは手がつけられません」
リーシアは知っていた。いくら強い者がいたとしても、数の暴力には勝てないことを。
「オークヒーローだけでも万単位の軍勢で倒せるかどうかなのに、オークの戦士も強いとなれば、もう国レベルの戦力が必要になりますよ」
急いで討伐しなければ、時が経てばたつ程、オークは数を増やし、手が付けられなくなるとヒロは考えていた。
「とりあえず、いま分かっている情報をメールでケイトさんに知らせましょう」
ヒロがパーティーメニューを開き、見知った情報を打ち込んでいると、リーシアがヒロの上着の袖を遠慮がちに引っ張ってきた。
「どうしましたリーシア?」
「ヒ、ヒロは何とも思わないのですか?」
神妙な面持ちのリーシア……。
「何がですか?」
「オーク達の事です! ヒロは今、情報をまとめてメールしようとしてますが、それが何を意味するか分かっているのですか?」
「ええ……分かっていますよ」
「だったら」
リーシアがヒロを睨むが、ヒロは涼しい顔で受け流す。
「リーシア……僕もオーク達と言葉を交わしてみて、人とオークが生きると言う意味では、その差はないのではと感じました」
「私も感じています。オークも同じ女神を崇め、家族を作り、命を営んでいるのを」
「シーザー君やムラクさんを見て、魔物と言えど心があるのだと僕は知りました」
「ヒロはそれが分かっていて、オークを大量討伐するクエストに手を貸すのですか? あの子も殺されるのですよ⁈」
あの子の言葉に、ヒロの脳裏にシーザーの姿が映った。
「そうですね……このままでは、あの子も殺されるでしょう」
「なんでヒロはそんなに冷静なんですか? 私には分かりません……」
「冷静ではありませんよ? 冷静であろうとしているだけです。今も僕の心の中は、一杯いっぱいで迷ってばかりなんです」
ヒロはリーシアの澄んだエメラルドグリーンの瞳を、真っ直ぐな目で見つめた。
「リーシア……僕は君を死なせなくないんです。教会の人達や孤児院の子供達、アルムの町に住む人々を……人とオーク……どちらかを選択しなければならないのなら、僕は迷わず人を選びます」
「ヒロ……」
リーシアの瞳が悲しみに包まれる。
「私も分かってはいます。でもあのオークの子を見ていたら……リゲルを思い出してしまうんです。姿や形はもちろん、種族だって違うのにですよ。なのにシーザー君を見ていると死なせたくないと思う私がいるんです……ヒロ、私はおかしいのでしょうか?」
リーシアの問いに、ヒロが顔を横に振る。
「リーシア、君の思いは間違ってはいないです。僕も思いはリーシアと一緒です。シーザー君を殺したいわけではないです」
「ヒロ、それでは!」
「ですが、現状ではどうする事もできません。囚われの身である僕らには、ただ助けを待つことしかできないのです」
「……」
「ですが……針の穴を通すくらい難しい条件になりますが、可能性がないわけではありません」
「本当ですか!」
リーシアはヒロの一言に、期待を込めて声を上げた。
それはヒロが今まで、一度たりとも勝算のない話をしたことがないと知っていたからだった。
「でも、その道は茨ですよ、その道を進めば人もオークも最小の犠牲で生き残れるでしょう」
どんなに困難な道でも、二人ならきっと乗り越えられる。リーシアは極限の状態からも、常に切り抜け続けてきたヒロの考えに絶対の信頼を寄せていた。その信頼がリーシアに茨の道を選択させる。
「例えどんなに難しくても、道があるのなら!」
その答えを聞いたヒロの顔は暗くなり、リーシアに冷酷な言葉を伝える。
「ですがその道を歩めば、リーシア……あなたと僕は確実に人の敵になりますよ」
「人の敵?」
「間違いなくお尋ね者です。もう二度とアルムの町には入れないばかりか、下手したらマルセーヌ王国から追われます。町に入れば裏切り者として、町の住人からは石を投げつけられるでしょう」
「お、お尋ね者……」
「それだけの覚悟がリーシアにありますか?」
「……」
リーシアは押し黙ってしまった。
ヒロは仕方がないとリーシアを責める事はしなかった。実際オークを救うことはできる。凄まじい難易度のイベントをクリアーするのが条件になるが……可能ではある。
オーク討伐を実行して生き残るのがイージーモードなら、オークと人、両方を助ける道はナイトメアモード程、難易度に開きがある。
しかも成功する確率が、限りなく0%に近い、奇跡的に成功したとしても、最低でもアルムの町を出て行かなくてはならない。
ヒロ一人だけならどうとでもなるが、リーシアもお尋ね者になれば、教会や孤児院の子供たちにも波及するかもしれない。
やるからには、全ての悪意を一身に受ける覚悟が必要だった。
「私は……どうしたら……」
選ぶ事ができず、答えが出せない自分に憤りを感じたリーシアは……いつの間にか涙を流していた。
「リーシア、自分を責めないでください。僕もオーク達を助けたいと言う気持ちは一緒です。ですがハッピーエンドなんて現実にはありえない……幻想なんです」
その一言を残して、ヒロはメールにオーク村で知り得た情報を打ち込み終えると、ケイトへと送るのであった。
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