勇者ですか? いいえ……バグキャラです! 〜廃ゲーマーの異世界奮闘記! デバッグスキルで人生がバグッた仲間と世界をぶっ壊せ!〜

空クジラ

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第9章 勇者と聖女誕生編

第87話 セレス……女神失楽園

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「ぽぉぉぅ!」


 その奇怪な声は、天界にある建物の中から聞こえてきた。

 昨日より、ある部屋の中から時折り聞こえてくる謎の奇声……それは今や天界で唯一の存在、大地の女神セレスの部屋から聞こえていた。

 プライベートとして使用している部屋には、女神セレス以外の姿はなく、部屋の真ん中でセレスは何かに熱中していた。

 ペタンと床に女の子座りするセレス……手に持ったコントローラーから、ガシャガシャとした激しい音が部屋の中に鳴り響く。
 コントローラーに添えられた指を忙しなく動かし、セレスの目はモニターを凝視したまま、微動だにしない。


「ああ、マイコー様、歌と踊りで敵すらも味方にするその慈愛……素晴らしいです。マイコー様! キャー♪」


 画面に映るキャラを称賛するセレスの姿に、もはや女神の威厳はなかった!



 マイコージャンクソンムーンランナー……それは世界的演歌歌手、マイコー・ジャンクソンさんを主人公とした世界的アクションゲームだった。

 マイコーさんとは、演歌に踊りの要素を取り入れた世界初のダンシング演歌歌手として、スターダムを上り詰め世界中で大人気となったスーパースターである。

 子供達に夢と希望を届ける演歌歌手……そんなマイコーさんが監修してできたのが、このゲームだった。

 マイコーさん、基本的に非暴力を掲げているため、ゲームの中に出てくる悪人を、決して倒したり殺したりはしない。

 ムーンパワーで悪人の心を浄化し、誘拐された子供達を助けるそのさまは、まさに非暴力の体現者であった。

 手足を振ればムーンパワーの光が飛び散り、帽子を飛ばすハットアタックが心を浄化する。

 ステージに張り巡らされた罠は、後ろ向きに進むムーンランの高速移動で全て回避! 

 極めつけは体力が半分以下の時に使える歌と踊りの歌謡ショー! 技が発動すれば、敵味方関係なしに一緒に踊りだし、全てを浄化するダンスアタック! 

 流星の力を借りてロボマイコーに変身すれば、レーザービームとミサイルで悪の心を浄化する!

 マイコー様に暴力の二文字は決してない!

 横スクロールアクションゲームをプレイしていたのに、何故か最終ステージで、突然3Dシューティングゲームに早変わり!

 宇宙船同士で明らかに攻撃し合って爆発しても……浄化しているのだ! 

 大事なことなので、もう一度言おう……マイコーさんは非暴力の体現者であると!


 
「まさか、最終ステージが3Dシューティングゲームになるなんて……良い意味で予想を裏切るゲームシステム! まさに神ゲーです。マイコーさん……最高ぽおぉぉぉぉぅ!」


 思わずマイコーさんの決め台詞を、セレスは口に出してしまう

 ヒロにゲーム機とソフトの作成を依頼され、ヒロの記憶から、ついに作成されたゲーム機……その名はギガドライブ!

 数多あまたのゲームハード会社に先駆け、家庭用ゲーム機としては初の16bitCPUを搭載したモンスターマシン! ゲーム業界のF1とまで言わしめた伝説……それがギガドライブだった。
 

「それにしてもこのゲーム機なるもの……ヒロ様が必死になるのもうなずけます。まさかこんなに面白いなんて……テストプレイのはずが楽しくて、つい手が止まらなくなり遊んで……コホン、違います! ヒロ様に完璧なゲームを届けるために、私がしっかりとテストプレイをしているのです」


 これは仕事と自分に言い聞かせるセレスは、気を取り直して、次の仕事に取り掛かる。


「さあ、次は新作の『ぶよぶよ』です。パズルゲーと呼ばれるジャンルみたいですが、キャラも可愛くて楽しそうです」


 ギガドライブの電源をOFFにし、ソフトのカートリッジを抜くセレス。取り外したマイコーのソフトは、同じくセレスが再現したゲームパッケージに納められる。

 ヒロの記憶から再現された外箱のパッケージを閉じると、大事な宝物のように、部屋に備え付けられていた棚へしまう。

 そして棚から別のゲームを取り出し、パッケージからカセットを取り出すと、ギガドライブへ差し込み……電源をONにする。

 浮き上がるSAGAのロゴ……SAGAとはギガドライブを開発したハードメーカーであり、ギガドライブの全てのソフトは起動すると、このロゴが必ず表示されのである。

 ゲームによっては、このSAGAのロゴ表示が凝った作りをしており、マニアを唸らせることで有名だった。

 タイトルである『ぶよぶよ』の文字が表示されて、スタートボタンを迷わず押して、ゲームを始めるセレス。


「どうやら上から落ちてくるスライムの色を、タテヨコに四つ集めて消していくゲームみたいですね。連続で消すと魔法が発動して敵にお邪魔スライムを送れると……以下に早く、かつ連続で連鎖するかが鍵ですね」


 すっかりゲームの虜になってしまったセレス……テストプレイと称し、クリアーしたゲームタイトルはすでに四本を超えていた! 

 ヒロの記憶を頼りにゲームへの理解を深め、セレスの手はプロ顔負けのコントローラー捌きで、次々と再現されたゲームをクリアーしていた。

 ガイアに迫る崩壊の危機を忘れ、ゲームに没頭するセレス……すでにプレイ開始から、夜を徹し二日目に突入する。

 小まめにヒロの記憶から、ゲームのプレイ画面を確認し修正を加えるセレス……ゲームの完成度はどんどん上がっていく。

 ゲームをやったことがないセレスにとって、膨大なプレイデーターからゲームを再現するのは流石に骨が折れた……だが、ゲームをプレイすることで、ゲームの何たるかを多少なりとも理解したセレスは、次々とゲームソフトの作成とテストプレイを繰り返していた。


「はっ! いけません! さっきもあと五分と言って、すでに二十五時間経過しています。いい加減、女神としての仕事に戻らないと……あと五分プレイしたら仕事に戻りましょう」


 そう呟くとセレスの手は、止まる気配がない!

 初めて体験するゲームの面白さに、もはや歯止めが効かなくなり、駄目女神が完成されつつあった。

 そんな凄まじい指捌きで、コントローラーを操作するセレスの耳に、部屋のドアをノックする音聞こえてくる。

 ドキリとするセレス……すると、ドアをノックする音が再び聞こえてきた。


「セレス様、部屋に入ってよろしいですか?」

「ま、待ってください!」


 部屋の中に入ろうとする何者かに、今の姿を見られるわけにはいかない……急ぎモニターとゲーム機を異空間の穴へ放り込み片付けると、セレスは急ぎ身だしなみを整える。

 姿見の鏡に映り込む自分の服装をチェックする。シワひとつない、朝顔の花の如く裾が広がるワンピースを着こなすセレス……そのワンピースは、波のような形状の裾が優雅な印象を見る者に与え、女神の威厳を際立たせていた、

 服装に問題がない事を確認すると、セレスがドアの向こうにいる、顔も分からない人物に声を掛ける。


「どうぞ、お入りなさい」

「セレス様、入ります」


 そう言って部屋の中に、見習い女神の一人が入ってきた。


「どうしましたか?」


 一日中、部屋に閉じ籠ってゲーム三昧の女神が、どうしたもこうしたも無い……お約束の言葉として、セレスは見習い女神に言葉を掛ける。


「女神セレス様、緊急の報告がございます。先程マナの流れの中で、また勇者の魂が流れてく姿を見たと言う報告が入りました」

「……勇者とはヒロ様のことですか?」

「はい。この間も流されていた様ですが……」

「ちょ、ちょっと待ってください。確かめます」


 セレスが女神の絆で繋がったヒロの心にアクセスし、直近の記憶を確認すると……。


「ヒロ様……死んでますね。オークヒーローで一回、パーティーメンバーに一回、これで通算三回目の死亡ですか……短期間でコレは死に過ぎです」

「一人の生き物の魂が浄化されずに、これだけマナの流れに流される人もなかなかおりません。いかが致しますか?」

「ええ、報告ご苦労様です。アナタは下がりなさい。あとは私が処理します」

「分かりました。それでは失礼します」


 部屋を出て行く見習い女神を確認すると、セレスは急ぎ神力を使って膨大なマナの流れの中からヒロを探し始めた。


「ヒロ様、どこですか? ゲームソフトを作り出すために、できるだけ神力を節約して探さなければ…… こんな無駄な事で貴重な神力を消費するのは極力避けたいところですね。あのゲームも早く作ってプレイしたいですし……アッ! 見つけました!」


 意外に早く見つかったヒロ……そのままではマナの流れに流されて浄化されかねない状況に、致し方なくセレスは少ない神力を使って、ヒロの魂を自分の元へと召還する。

 セレスが目を閉じて集中すると、目の前の床が光り始め、円形の魔法陣が浮かび上がる。

 魔法陣を描く光が輝きを増し、目も開けられぬ程の強い光を発した瞬間、魔法陣の真ん中にヒロが現れた!

 ラッコの様に仰向けになり、お腹に乗せたコントローラーを一心不乱にヒロは操作していた。


「はいだらー!」

「え? は、はいだらー?」


 突然叫ぶヒロの魂……意味不明な言葉にセレスの頭上にハテナマーク浮かび上がる。


「ふ~! ついクリアしちゃいましたね。やはりブレイブステーション2のS.O.Eはロボットアクションゲームの最高峰ですね。何度やっても面白い!」

「ブレイブステーション2? ロボット? ってなんですか?」

「神ゲーです! あれ? セレス様? なんで僕は……」


 妄想プレイに没頭し過ぎ、セレスにマナの流れから救い出された事に気づいていなかったヒロは、ようやくセレスの存在に気がついた。


「ヒロ様がマナの流れに流されていましたので、マズイと思い勝手ながら私の元へ召還しました」

「僕がマナの流れに……? 記憶が……」

「恐らくマナの流れに流されている内に、直近の記憶が浄化されて消えてしまったのかも知れません……」

「ポカポカとした流れに、気分が良かったので思わず妄想ゲームをプレイしてしまいました。セレス様、助けて頂いて、ありがとうございます」
 

 ヒロがペコリと頭を下げると、セレスも釣られて頭を下げてしまう。


「いえ、ヒロ様にガイアでの調査依頼をしたのは私ですから、サポートは当然です。気になさらないでください。とりあえず記憶が大幅に消えていなくて安心しました。しかしヒロ様……短期間で三回もお亡くなりになるのはどうかと……マナの流れに何度も流されるのは、あまりオススメしません」


 セレスが困り顔でヒロに苦言を述べる。


「今回は偶然、神界の者がマナの流れに流されているヒロ様を発見できたので、お救いしましたが……運が悪かったら、そのまま記憶を消されて転生していました」

「ですよね……気をつけたい所ではありますが……なかなかガイアで生きるのは大変ですね」

「ん~、仕方ありません。貯めた神気を消費してしまいますが、ヒロ様が死んで転生してしまっては、元も子もありません……今回だけ特別にヒロ様に何か力をお授けしましょう」

「いいんですか? 貴重な神気を使ってしまって?」

「これがヒロ様の助けとなるのなら、構いません」


 するとセレスは、ヒロの右手を両手で包むと目を閉じた。

 至近距離から覗くセレスの顔に、ヒロは相変わらずドギマギしてしまう。見事なプロポーションをした絶世の美少女である。リーシアとはまた別のベクトルを持った美しさにヒロは溜め息を飲む。

 つないだ手から暖かいモノが、ゆっくりとヒロの中に流れ込んでくる。

 身体の中に流れ込む神気にヒロは身を委ねる。


「終了しました。これでガイヤで蘇生した時に、新たなるスキルが授かるはずです。生き返ったら確認してみてください」

「セレス様、ありがとうございます」

「どう致しまして。いまヒロ様の遺体の近くで、パーティーメンバーのリーシアさんが蘇生を開始しましたから、間もなく生き返るかと……ですが本当にお気を付けください。身体がバラバラになったり、原型を留めないほど遺体の損傷が激しいと、蘇生も難しくなりますから……決して無理はせず、死なないようにしてください」

「分かりました。心配して頂いて、ありがとうございます」


 何から何まで世話を焼いてくれるセレスに、ヒロは頭が上がらない。感謝の礼を述べている時……ヒロの目にある物が映り込んだ!


「まさかあれはギガドライブのソフトパッケージ!」


 ヒロは女神の部屋に備え付けられた棚に置いてあった、ギガドライブのパッケージを発見した!
 

「Bダッシュ!」


 セレスを忘れ、Bダッシュまで用いて棚に近づくヒロは、棚に置いてあった数本のパッケージを手にする!


「マイコージャクソン! ソニックザホッドドック! ザ・スーパー忍びさん! ぶよぶよつう! ギガドライブのパッケージがなぜここに! まさかゲーム機とソフトが完成したのですか? セレス様!」


 凄まじい剣幕のヒロ……パッケージ裏の説明書きを見て、中身を開けると、中に入っていた説明書を愛おしそうに眺め始めた。

 セレスがゲーム機とソフト、そしてモニターまで完成した事を言おうと口を開いた時、セレスの心の中の何かがささやいた。正直に言えば、もうしばらくゲームはプレイできなくなる。ゲーム機はまだ完成していないと言いなさい……セレスの心の中で光と闇の葛藤が始まる。

 ヒロとの約束で作ったゲーム機は完成している。すぐに渡すべきだと言う善の心。

 今渡したら、次のゲーム機が作れる神気が貯まるまで、ゲームはお預けよ。それでもいいの? と囁く悪の心。
 
 数秒の葛藤の後、セレスが出した答えは……。


「ヒロ様、申し訳ありません。ようやく一部の記憶の変換が終わりましたが、まだゲームそのモノが何かが分からず、ゲーム機の完成には至っておりません。それはヒロ様の記憶に出てきた物を、形だけ再現した物になります。ですので、まだゲームはプレイできません」


 申し訳なさそうな顔で謝るセレス。


「そうでしたか……でもこれで一歩前進しましたね。記憶が一部変換できたなら、他の記憶も時間を掛ければ見れるって事でしょうし、気長に完成を待ちます」

「そう言って頂けると助かります。アッ! そろそろ蘇生しますよ。準備はいいですか?」

「準備も何も、僕はする事が何もありませんから……蘇生がうまくいくことを願うだけですね」

「ところで、このソフトのパッケージは持っていってもいいですか?」


 ドキリと焦るセレス……まだテストプレイを終えてないゲームもあり、まだヒロに渡すわけにはいかなかった。


「えと……本体が完成した時に、プレイに問題がないか確認したいので、できれば置いていって頂けると助かります。同じソフトを二つ作って、神気を無駄に消費するわけにはいきませんから……」

「これって神気で作っているんですね。確かに神気を無駄にするわけにはいきませんよね。外側のパッケージとソフトだけあっても意味がありませんし、無理を言ってしまいました」

「いえ、次に出会えるまでに、ゲーム機を渡せるよう、私も頑張ります!」

「ぜひ、お願いします」


 すると、ヒロの体が段々と色が薄くなっていく事に、二人は気がついた。


「どうやら無事に蘇生するみたいですね。良かったです」

「はい。色々とご迷惑をお掛けしてしまい、申し訳ありません」

「ガイヤでの異変の調査、引き続きお願いします」

「引き受けました。セレス様、行ってきます」


 そう言うと、別れを告げたヒロの身体は完全に消え、部屋の中には、女神セレス以外は誰もいなくなった。


「ふ~、危なかったです。もう少しでゲーム機が完成している事に気づかれる所でした。次の神気が貯まるまで、ゲームができないなんて拷問です。ヒロ様には悪い事をしましたが、完璧なゲームを届けるために、テストプレイは絶対にやらなければ……」

 決して自分が楽しむためではないと、セレスは自らに言い聞かせる。そしてゲーム機とモニターを空中から出現させると、また部屋の真ん中でセレスはゲームの続きに興じるのであった。


【ヒロが新たなるスキル『不死鳥の魂フェニックスソウル』を獲得した】



〈女神セレスは、ゲーム廃神の道を歩み始めた!〉
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