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第8章 勇者と囚われの虜囚編
第71話 ヒロ……過去との邂逅
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「ん……ん、ん」
ボンヤリとした意識の中から少女が覚醒し、ゆっくりとまぶたを開く。すると目覚めた少女の目に、見たこともない世界が飛び込んで来た。
「ここ……どこですか?」
見知らぬ場所で意識を取り戻したリーシアが、最初に発した言葉は定番のものだった。いつの間にか椅子に座っていたリーシアは、わけが分からず周りをキョロキョロと見回していた。
自分と同じくらいの歳をした男女が、等間隔に配置された机に座り、静かに目の前に立つ男の言葉に耳を傾けていた。
三十人を超える男女が男の言葉を、ただ黙って耳を傾けていた。
男の背には、見たこともない文字が書き出され、時折、手に持った白い棒で文字を書き足すと、周りに座る者たちも、それに合わせて書き出された文字を手元の紙に書き写していく。
リーシアはふと目線を落とすと、自分が着ている服がいつも着ている冒険者の皮鎧や、シスターの服装でないことに気がつく。
「この服は?」
見たことのないデザインの服……白い半袖シャツに白のサマーセーター、エンジ色の丈が短いスカートに、赤い大きめのリボンが可愛く首元を飾っていた。
「これは……可愛いですね♪」
なかなか可愛いデザインの服に、リーシアの気分が上がり、思わず嬉しくなる。
「しかし、ここは一体……私は確かオークヒーローと戦って……そうだ! ヒロは⁈」
テンションが上がった所で、リーシアは今の状況を整理しようと、直前までの出来事を思い出し、思わず立ち上がってしまった。
「では、この問題を芦屋さん? 突然どうしましたか?」
目の前で話をしていた男が、突然席から立ち上がり、声を上げたリーシアを心配して話し掛けて来る。
何が起きているか分からないリーシア……自分の事を芦屋と呼んだ男に、確認のために質問をしてみる。
「あの……ここは一体……みなさんは?」
「ここは学校です。出席番号1番 芦屋 理央さん、寝不足ですか? それとも体調が悪いですか?」
「が、学校? 芦屋 理央? ここは学校……す、すみませんでした」
リーシアはとりあえず学校と言う言葉から、目の前にいる男が教師であると推測すると……すぐさま謝罪して、そのまま椅子に座り席に着く。
自分の身に何が起きているのか、サッパリなリーシア……見たことも聞いたこともない場所に突然放り出され、芦屋 理央と言う名前で呼ばれている状況に戸惑っていた。
「ふむ、あまり無理をしないように。では、この問題を誰かにやってもらおう……」
教師の男が部屋の中にいる男女を見回して行くと、ある場所でその動きが止まる。リーシアは、教師の視線の先を確認するとそこには……。
「本上さん、この問題を解いてみなさい」
「……」
窓際の席で、一心不乱に何かに熱中しているヒロの姿があった!
「……ヒロ?!」
そこには今よりも若く、少年から青年へ変わる前の、幼さが残るヒロがいた。
「またゲームやっているよ。それも堂々と……」
「ノートすら取っていないな」
「なんだあいつ?」
「そもそも、ゲーム機を授業中に持ち込んで遊ぶなんておかしくない?」
「入学式の首席挨拶で宣言したからだろ。学力さえキープしていれば、授業中にゲームしていても問題はないはずです。次の中間テストから全教科満点を維持する限り授業中でもゲームをやらして頂きますって……」
「いくら自由が売りの校風で、生徒の自主性を尊重すると言っても限度があるだろ……」
「そんなこと無理だろうと、学校も冗談で受けたのが、間違いだったよな……」
「まさか中間テストを全教科満点なんて……途中から授業中の問題に一問でも答えられなかったらゲーム禁止の追加条件まで付けられたのに、未だに全問正解だろ?」
「色んな意味で頭がおかしいだろ本上は……」
周りから、ヒロに対する不満が漏れ聞こえて来た……ヒソヒソと話す者、口を閉じ視線すら向けない者とで、見事に分かれていた。
「本上さん! この問題を解いてみなさい!」
「今セーブしますから、ちょっと待ってください」
「早くしなさい! この問題が解けなければ約束通り、今後学校でのゲームを禁止します」
強い口長で声を上げる教師の言葉に、ヒロはようやく席を立ち、教師と並んで壁に書き出された問題を見る。
「これを解けばいいんですか?」
「解けるものならな!」
ヒロが教師の書き出した問題をジッと眺め、動きを止める。
「なあ、あの問題わかるか?」
「全然わからないわ……」
「本当に高校レベルの問題か?」
「あれは本上をへこませるための特別な問題だろ」
「やっぱり? 僕も進学塾でかなり先まで進んでいるのに全くわからないぞ?」
教師の男は黙ったまま固まっているヒロを見て、してやったりの表情をしていた。
「本上さんでも分からない問題があるようだね。仕方がない。学生とは学ぶ者だ。約束通り、問題が解けないのなら今後ゲーム機を学校に持ち込むのを禁止に……⁈」
教師の男が話している最中に、ヒロは手に白い棒を持つと、その手の動きは迷いなく、残像を残すスピードで答えを書き出し始めた。しばらくすると……。
「っと、こんなとこですね。先生できました。あとココ、問題文が間違っていますよ」
男性教師が書いた問題の間違いを赤い棒で×を付けて、ヒロが訂正していた。
「せ、正解です。よく勉強しているようですね……席に戻ってゲームをしてよろしい」
「はい、では失礼します」
ヒロは席に座るなり、ゲームを再開していた。
周囲の者に合わせることなく、黙々とひとり何かに熱中するヒロ……そんな姿を見たリーシアは、それがまるで誰かに助けを求めて泣いている子供のように思えてしまった。
そのまま授業は何事もなく進み、鐘の音がリーシアの耳に聞こえてくると、皆が一斉に机の上を片付け始める。
「今日の授業はここまで、続きは次回だ」
男性教師がそれだけを言うと、生徒に何も関心がないのか、誰にも話し掛けることなく部屋を出て行ってしまう。
生徒たちも事務的な教師の態度に馴れた様子で、教師の話を無視して仲の良い者同士で雑談を始めていた。
リーシアはどうしたものかと思い、とりあえずヒロに声を掛けるべく席を立とうとするが……すでにヒロは別の生徒に話し掛けられていた。
ただ、その雰囲気が少しと言うか……かなりに険悪なムードが漂っているのをリーシアは感じてしまった。
「おい、本上! おまえ何様のつもりだ? 勉強ができるからって何しても良いとおもってんのか?」
「おい、聞いてるのかよ」
「無視してんじゃねえよ」
何人かの同級生がヒロを囲み声を荒らげるが、ヒロは完全に無視してゲームに熱中していた。
「ねえ、あれ……まずくない?」
「誰か助けてあげないと……」
「あれって地元で有名な……誰か先生を呼んで来いよ」
「馬鹿だよアイツ……」
遠巻きにヒロとイジメを行う同級生の姿を見たリーシアは、ヒソヒソと話す他の生徒の言葉に耳を傾けていた。
「な、なんですか……あれ、本当にヒロですか? なんか怖い雰囲気です」
いつもニコニコしてバカな事ばかりするヒロと、雰囲気がまるで違うことにリーシアは戸惑いを隠せずにいた。
そしてついに、無視されたことに腹を立てた同級生の一人が、ヒロのゲーム機を叩いて地面に落としてしまった。
地面に落とされ壊れる4DS……ヒロは壊れた4DSを見つめていた。
「悪い悪い、ついぶつかっちまったよ。ワザとじゃないからさ~、許してくれよ~、本上く~ん アハハハハハハ」
「そうそう、ワザとじゃないのからさ、許してやれよ~ハハハハハ」
「それよりお前見てるとムカつくからさ~、休み時間くらいは空気を読んでどっか行って来んない? ウザいからさ~ 分かるだろ? みんなが迷惑してるのが?」
悪意に満ちた言葉を、平然と言う同級生の男たち……リーシアが『ムッ』として席を立ち上がろうとした時、ヒロが先に動いていた。
「な、何でこんな事するんだ○○君?」
ヒロがオドオトした声でイジメてきた男の名前を呼んだ。
「はあ? 分かんねえの? お前がムカつくからだよ!」
「○○君はムカつくから、僕の4DSを叩き落として壊したの? ○○県立開帝高校、1年A組の教室の中で? ○月○日の12時40分のお昼休みに、ワザワザゲームをしている僕の席を三人で取り囲んで? 僕はいま悲しいよ」
「そうだよ。ムカつくから、お前の4DSを壊してやったんだよ!」
「てか、本上! お前生意気なんだよ! ぶっ殺すぞ!」
「□□□君は僕が生意気だから、○月○日の12時41分に僕を殺そうとしているの? とっても怖いよ……殺されそうになるなんて……」
「何言ってんだお前? 頭おかしいんじゃねーの? 馬鹿と天才は紙一重って言うけど本上は馬鹿の方だったか? 納得だよ」
「もう話すだけでムカつくからさ、早く教室から出て行けよ!」
「△△さん……君も○月○日12時41分に○○君と□□□君の二人で本上英雄を囲んで、4DSを壊したばかりか、話すだけでムカつくから教室から出て行けって理不尽な事を言うのかい? これってイジメだよね?」
「そうだよ。イジメてんだよ! 分かんねえの? お前みたいな生意気な奴見てるだけで普通ムカつくんだよ! 頼むから、俺らの前から消えろよ。嫌なら痛い目に合わせてやっても良いんだぜ? ほら教室から出てけよ!」
「△△君は○○君と□□□君と三人で本上 英雄を、暴力を使って教室から出て行けと言うの?」
「そうだよ! てかオイ! さっきからなんなんだよオメーはよ!」
ヒロが胸ぐらを掴まれて無理矢理に立たされた姿見た瞬間、リーシアが席から立ち上がるが……。
「痛いよ△△さん、本上の襟首を乱暴に手で持たないでよ。痛いよ。お願いだ。教室から出て行くから暴力はやめてよ」
そう言い残すと、ヒロは鞄と壊された4DSを持って教室を早足で出て行ってしまった。その時、教室の扉を開けて出て行くヒロの顔がリーシアにはハッキリと見えていた。
「あ~、やっと目障りな奴が目の前から消えてくれたよ。スッキリしたわ~、みんなもそう思うだろう?」
「思う、思う、勉強ができるからって生意気だったし」
「オイ、次に本上が教室に来たらみんなで言ってやろうぜ? 二度と学校に来るなってさ」
悪意が教室の中に立ち込め、それに賛同する者が何人も現れる……だが、悪意が渦巻く教室の中で何かに怯え震えている者も何人かいた。
ヒロを排除しようとする者、それに賛同する者、机に座り静かに静観する者、怯える者、様々な思惑が交差する教室の中、リーシアは人知れず教室を抜け出すとヒロの後を追っていた。
見た事がない建物の中を、ヒロの姿を探してリーシアが闇雲に走り、なかなか見つからないヒロにリーシアが走りながら小さく呟いた。
「教室を出て行くヒロのあの顔は、なにかやらかす時の顔です。と、止めないと……あの子達、とんでもない目に合うかも知れません」
リーシアはヒロと出会ってから一緒に過ごした時間は短いが、何となくヒロの性格は分かってきた。
何か行動を開始した時には、もう全てがヒロの手の中……戦う前からすでに勝負を決めている。そんなイメージをヒロに持ち始めていた。
ヒロを止めるため、言い知れぬ一抹の不安を抱えながらも、リーシアはヒロの姿を探し求めるのだった。
一方……昼食中の教室では、ヒロの話題で持ち切りになっていた。仲の良い生徒同士が集まりお昼ご飯を食べる中、ヒロについて『あーでもない、こーでもない』と思い思いに話し合っていた。
大半のものはヒロについてあまり良い印象を持っておらず、否定的な意見の者が多かった。
肯定する者は誰もおらず、残りは少数の我関せずで別の話題に夢中な者と……何かに怯える者たちに分かれていた。
教室の片隅に集まりヒソヒソと小声で話し合う何かに怯える者たち……彼らは青ざめた顔で、これから起こるであろうことに恐怖していた。
「知らないわよ……どうなっても」
「アイツらは知らないんだ。本上の恐ろしさが……」
「シッ! 話に加わるな。巻き添えは御免だ」
「本上の……ゲーム鬼の邪魔をしやがった。もうマトモな人生は送れないぞ」
同じ中学から来た彼らは知っていた。本上 英雄の恐るべき過去と、ゲームに全てを捧げた廃ゲーマーの真の恐ろしさを……この時、教室の中でそれを知る者は彼らしかいないのだった。
そして一時間後、昼休みの終了を告げる鐘がなったとき、教室の中の悪意たちは……ゲーム鬼に恐怖するのだった。
〈ゲーム鬼の逆襲が始まった!〉
ボンヤリとした意識の中から少女が覚醒し、ゆっくりとまぶたを開く。すると目覚めた少女の目に、見たこともない世界が飛び込んで来た。
「ここ……どこですか?」
見知らぬ場所で意識を取り戻したリーシアが、最初に発した言葉は定番のものだった。いつの間にか椅子に座っていたリーシアは、わけが分からず周りをキョロキョロと見回していた。
自分と同じくらいの歳をした男女が、等間隔に配置された机に座り、静かに目の前に立つ男の言葉に耳を傾けていた。
三十人を超える男女が男の言葉を、ただ黙って耳を傾けていた。
男の背には、見たこともない文字が書き出され、時折、手に持った白い棒で文字を書き足すと、周りに座る者たちも、それに合わせて書き出された文字を手元の紙に書き写していく。
リーシアはふと目線を落とすと、自分が着ている服がいつも着ている冒険者の皮鎧や、シスターの服装でないことに気がつく。
「この服は?」
見たことのないデザインの服……白い半袖シャツに白のサマーセーター、エンジ色の丈が短いスカートに、赤い大きめのリボンが可愛く首元を飾っていた。
「これは……可愛いですね♪」
なかなか可愛いデザインの服に、リーシアの気分が上がり、思わず嬉しくなる。
「しかし、ここは一体……私は確かオークヒーローと戦って……そうだ! ヒロは⁈」
テンションが上がった所で、リーシアは今の状況を整理しようと、直前までの出来事を思い出し、思わず立ち上がってしまった。
「では、この問題を芦屋さん? 突然どうしましたか?」
目の前で話をしていた男が、突然席から立ち上がり、声を上げたリーシアを心配して話し掛けて来る。
何が起きているか分からないリーシア……自分の事を芦屋と呼んだ男に、確認のために質問をしてみる。
「あの……ここは一体……みなさんは?」
「ここは学校です。出席番号1番 芦屋 理央さん、寝不足ですか? それとも体調が悪いですか?」
「が、学校? 芦屋 理央? ここは学校……す、すみませんでした」
リーシアはとりあえず学校と言う言葉から、目の前にいる男が教師であると推測すると……すぐさま謝罪して、そのまま椅子に座り席に着く。
自分の身に何が起きているのか、サッパリなリーシア……見たことも聞いたこともない場所に突然放り出され、芦屋 理央と言う名前で呼ばれている状況に戸惑っていた。
「ふむ、あまり無理をしないように。では、この問題を誰かにやってもらおう……」
教師の男が部屋の中にいる男女を見回して行くと、ある場所でその動きが止まる。リーシアは、教師の視線の先を確認するとそこには……。
「本上さん、この問題を解いてみなさい」
「……」
窓際の席で、一心不乱に何かに熱中しているヒロの姿があった!
「……ヒロ?!」
そこには今よりも若く、少年から青年へ変わる前の、幼さが残るヒロがいた。
「またゲームやっているよ。それも堂々と……」
「ノートすら取っていないな」
「なんだあいつ?」
「そもそも、ゲーム機を授業中に持ち込んで遊ぶなんておかしくない?」
「入学式の首席挨拶で宣言したからだろ。学力さえキープしていれば、授業中にゲームしていても問題はないはずです。次の中間テストから全教科満点を維持する限り授業中でもゲームをやらして頂きますって……」
「いくら自由が売りの校風で、生徒の自主性を尊重すると言っても限度があるだろ……」
「そんなこと無理だろうと、学校も冗談で受けたのが、間違いだったよな……」
「まさか中間テストを全教科満点なんて……途中から授業中の問題に一問でも答えられなかったらゲーム禁止の追加条件まで付けられたのに、未だに全問正解だろ?」
「色んな意味で頭がおかしいだろ本上は……」
周りから、ヒロに対する不満が漏れ聞こえて来た……ヒソヒソと話す者、口を閉じ視線すら向けない者とで、見事に分かれていた。
「本上さん! この問題を解いてみなさい!」
「今セーブしますから、ちょっと待ってください」
「早くしなさい! この問題が解けなければ約束通り、今後学校でのゲームを禁止します」
強い口長で声を上げる教師の言葉に、ヒロはようやく席を立ち、教師と並んで壁に書き出された問題を見る。
「これを解けばいいんですか?」
「解けるものならな!」
ヒロが教師の書き出した問題をジッと眺め、動きを止める。
「なあ、あの問題わかるか?」
「全然わからないわ……」
「本当に高校レベルの問題か?」
「あれは本上をへこませるための特別な問題だろ」
「やっぱり? 僕も進学塾でかなり先まで進んでいるのに全くわからないぞ?」
教師の男は黙ったまま固まっているヒロを見て、してやったりの表情をしていた。
「本上さんでも分からない問題があるようだね。仕方がない。学生とは学ぶ者だ。約束通り、問題が解けないのなら今後ゲーム機を学校に持ち込むのを禁止に……⁈」
教師の男が話している最中に、ヒロは手に白い棒を持つと、その手の動きは迷いなく、残像を残すスピードで答えを書き出し始めた。しばらくすると……。
「っと、こんなとこですね。先生できました。あとココ、問題文が間違っていますよ」
男性教師が書いた問題の間違いを赤い棒で×を付けて、ヒロが訂正していた。
「せ、正解です。よく勉強しているようですね……席に戻ってゲームをしてよろしい」
「はい、では失礼します」
ヒロは席に座るなり、ゲームを再開していた。
周囲の者に合わせることなく、黙々とひとり何かに熱中するヒロ……そんな姿を見たリーシアは、それがまるで誰かに助けを求めて泣いている子供のように思えてしまった。
そのまま授業は何事もなく進み、鐘の音がリーシアの耳に聞こえてくると、皆が一斉に机の上を片付け始める。
「今日の授業はここまで、続きは次回だ」
男性教師がそれだけを言うと、生徒に何も関心がないのか、誰にも話し掛けることなく部屋を出て行ってしまう。
生徒たちも事務的な教師の態度に馴れた様子で、教師の話を無視して仲の良い者同士で雑談を始めていた。
リーシアはどうしたものかと思い、とりあえずヒロに声を掛けるべく席を立とうとするが……すでにヒロは別の生徒に話し掛けられていた。
ただ、その雰囲気が少しと言うか……かなりに険悪なムードが漂っているのをリーシアは感じてしまった。
「おい、本上! おまえ何様のつもりだ? 勉強ができるからって何しても良いとおもってんのか?」
「おい、聞いてるのかよ」
「無視してんじゃねえよ」
何人かの同級生がヒロを囲み声を荒らげるが、ヒロは完全に無視してゲームに熱中していた。
「ねえ、あれ……まずくない?」
「誰か助けてあげないと……」
「あれって地元で有名な……誰か先生を呼んで来いよ」
「馬鹿だよアイツ……」
遠巻きにヒロとイジメを行う同級生の姿を見たリーシアは、ヒソヒソと話す他の生徒の言葉に耳を傾けていた。
「な、なんですか……あれ、本当にヒロですか? なんか怖い雰囲気です」
いつもニコニコしてバカな事ばかりするヒロと、雰囲気がまるで違うことにリーシアは戸惑いを隠せずにいた。
そしてついに、無視されたことに腹を立てた同級生の一人が、ヒロのゲーム機を叩いて地面に落としてしまった。
地面に落とされ壊れる4DS……ヒロは壊れた4DSを見つめていた。
「悪い悪い、ついぶつかっちまったよ。ワザとじゃないからさ~、許してくれよ~、本上く~ん アハハハハハハ」
「そうそう、ワザとじゃないのからさ、許してやれよ~ハハハハハ」
「それよりお前見てるとムカつくからさ~、休み時間くらいは空気を読んでどっか行って来んない? ウザいからさ~ 分かるだろ? みんなが迷惑してるのが?」
悪意に満ちた言葉を、平然と言う同級生の男たち……リーシアが『ムッ』として席を立ち上がろうとした時、ヒロが先に動いていた。
「な、何でこんな事するんだ○○君?」
ヒロがオドオトした声でイジメてきた男の名前を呼んだ。
「はあ? 分かんねえの? お前がムカつくからだよ!」
「○○君はムカつくから、僕の4DSを叩き落として壊したの? ○○県立開帝高校、1年A組の教室の中で? ○月○日の12時40分のお昼休みに、ワザワザゲームをしている僕の席を三人で取り囲んで? 僕はいま悲しいよ」
「そうだよ。ムカつくから、お前の4DSを壊してやったんだよ!」
「てか、本上! お前生意気なんだよ! ぶっ殺すぞ!」
「□□□君は僕が生意気だから、○月○日の12時41分に僕を殺そうとしているの? とっても怖いよ……殺されそうになるなんて……」
「何言ってんだお前? 頭おかしいんじゃねーの? 馬鹿と天才は紙一重って言うけど本上は馬鹿の方だったか? 納得だよ」
「もう話すだけでムカつくからさ、早く教室から出て行けよ!」
「△△さん……君も○月○日12時41分に○○君と□□□君の二人で本上英雄を囲んで、4DSを壊したばかりか、話すだけでムカつくから教室から出て行けって理不尽な事を言うのかい? これってイジメだよね?」
「そうだよ。イジメてんだよ! 分かんねえの? お前みたいな生意気な奴見てるだけで普通ムカつくんだよ! 頼むから、俺らの前から消えろよ。嫌なら痛い目に合わせてやっても良いんだぜ? ほら教室から出てけよ!」
「△△君は○○君と□□□君と三人で本上 英雄を、暴力を使って教室から出て行けと言うの?」
「そうだよ! てかオイ! さっきからなんなんだよオメーはよ!」
ヒロが胸ぐらを掴まれて無理矢理に立たされた姿見た瞬間、リーシアが席から立ち上がるが……。
「痛いよ△△さん、本上の襟首を乱暴に手で持たないでよ。痛いよ。お願いだ。教室から出て行くから暴力はやめてよ」
そう言い残すと、ヒロは鞄と壊された4DSを持って教室を早足で出て行ってしまった。その時、教室の扉を開けて出て行くヒロの顔がリーシアにはハッキリと見えていた。
「あ~、やっと目障りな奴が目の前から消えてくれたよ。スッキリしたわ~、みんなもそう思うだろう?」
「思う、思う、勉強ができるからって生意気だったし」
「オイ、次に本上が教室に来たらみんなで言ってやろうぜ? 二度と学校に来るなってさ」
悪意が教室の中に立ち込め、それに賛同する者が何人も現れる……だが、悪意が渦巻く教室の中で何かに怯え震えている者も何人かいた。
ヒロを排除しようとする者、それに賛同する者、机に座り静かに静観する者、怯える者、様々な思惑が交差する教室の中、リーシアは人知れず教室を抜け出すとヒロの後を追っていた。
見た事がない建物の中を、ヒロの姿を探してリーシアが闇雲に走り、なかなか見つからないヒロにリーシアが走りながら小さく呟いた。
「教室を出て行くヒロのあの顔は、なにかやらかす時の顔です。と、止めないと……あの子達、とんでもない目に合うかも知れません」
リーシアはヒロと出会ってから一緒に過ごした時間は短いが、何となくヒロの性格は分かってきた。
何か行動を開始した時には、もう全てがヒロの手の中……戦う前からすでに勝負を決めている。そんなイメージをヒロに持ち始めていた。
ヒロを止めるため、言い知れぬ一抹の不安を抱えながらも、リーシアはヒロの姿を探し求めるのだった。
一方……昼食中の教室では、ヒロの話題で持ち切りになっていた。仲の良い生徒同士が集まりお昼ご飯を食べる中、ヒロについて『あーでもない、こーでもない』と思い思いに話し合っていた。
大半のものはヒロについてあまり良い印象を持っておらず、否定的な意見の者が多かった。
肯定する者は誰もおらず、残りは少数の我関せずで別の話題に夢中な者と……何かに怯える者たちに分かれていた。
教室の片隅に集まりヒソヒソと小声で話し合う何かに怯える者たち……彼らは青ざめた顔で、これから起こるであろうことに恐怖していた。
「知らないわよ……どうなっても」
「アイツらは知らないんだ。本上の恐ろしさが……」
「シッ! 話に加わるな。巻き添えは御免だ」
「本上の……ゲーム鬼の邪魔をしやがった。もうマトモな人生は送れないぞ」
同じ中学から来た彼らは知っていた。本上 英雄の恐るべき過去と、ゲームに全てを捧げた廃ゲーマーの真の恐ろしさを……この時、教室の中でそれを知る者は彼らしかいないのだった。
そして一時間後、昼休みの終了を告げる鐘がなったとき、教室の中の悪意たちは……ゲーム鬼に恐怖するのだった。
〈ゲーム鬼の逆襲が始まった!〉
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