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第3章 勇者と異世界、初めて編
第26話 勇者×変態=○○○犯!
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衛士ラングに付き添い、町の詰所にまで同行したリーシアは、地下の留置所で不気味な動きをする生き物を目撃した。
「な⁈……」
「何をしているんだアイツは……?」
その生き物を鉄格子越しに見たリーシアは言葉を失い、ラングは頭を抱えた。
不気味な動きをする生き物は、黙々と手足を動かして何かに没頭しているのだが、その手足の動きがなんと言おうか……とにかく気持ち悪かった。
両膝を合わせ膝を立てた状態で、地べたに座る格好はいわゆる……体育座りと呼ばれる座る方だ。
体をコンパクト畳み座ることで、集団行動の集合時に、密集して集まれる利点がある。
不気味な生き物は、体育座りをした状態から両手を前に突き出し、親指を忙しく動かしていた。
指の動きに連動して腕も小刻みに動かし、時たま『ここだああぁぁぁぁ』とか『キエエエエエエェェイ!』と奇声を発しては、腕を大きく動かし、何かを避けるように体を大きく揺らしていた。
リーシアも、上半身の不気味な動きだけだったら……まだ我慢ができた。
だが、そこに下半身の動きが合わさると、想像を絶する気持ち悪さに顔をしかめていた。
体育座りをした生き物は、裸足で踵を揃え、足の親指を使って何かをグリグリしつつ、小刻みに何かを押す仕草をしている。
普通にそんな格好で長時間、足の指を動かし続けていれば足が吊りそうなものだが、一定時間毎に急に動きをピタッと止めては、足を伸ばして休憩する……休息の間もブツブツと何かを呟き、息が荒らい。
そして再び手足を忙しく動かす動作を繰り返す……目を閉じたまま、ニヤニヤしたり険しい顔をしたりと、表情を絶えず変え続ける生き物を見てリーシアは思った。
『この生き物に関わってはいけない』と!
「お、おい……ヒロ、大丈夫か⁈」
あまりにもおかしなヒロの言動に、ラングが心配して声を掛けるがまったく聞こえていない。
「もう少し……ここを駆け抜ければ、ベストタイム更新だあぁぁぁぁぁぁぁ!」
「あの……やはり知らない人でした。こんな気持ち悪い動きの人、見たことがないです。人違いでしたので帰らせてもらいますね」
突如、声を上げる気持ち悪い生き物にリーシアは見切りをつけ、サッサと帰る事にした。
踵を返して出口へ早足で歩くリーシアの耳に、気持ち悪い生き物の声が届いてしまう。
「リーシア、待ってください! お願いします。カムバァッ~ク!」
大声で名前を呼ばれるが、無視を決め込むリーシアはドンドン遠ざかり出口へと急ぐ。
まだ引き返せる! いま関われば、何か取り返しがつかない事になる……嫌な予感しかしないリーシアは、その直感に素直に従おうとしたが……運命はリーシアを逃さなかった!
「僕です! ヒロです! 忘れたんですか? 南の森で裸を見せた仲じゃないですか! 忘れたのなら見せますから思い出してください!」
「裸を見せた仲って……お前ら森の中で何をしてた! お前は何で服を脱ぎ出してるんだ!」
リーシアの耳に聞きづてならない言葉が届き、足を止める。このまま立ち去れば、あの気持ち悪い生き物との関係は絶てるだろう。
だが間違いなく変な噂が町を駆け巡り、下手したら町を出歩けなくなる可能性がリーシアの頭をよぎった。
何事もなかったかのように無視を決めて立ち去るか、助けて誤解を解くべきか……二つの選択を天秤に掛けた結果、助ける方に針は傾いていた。
「クッ、卑怯ですよヒロ……仕方ありません」
何事もなく立ち去りたい気持ちはあったが、そのまま立ち去るのもバツが悪い。リーシアは仕方なしと、再び気持ち悪い生き物=ヒロの元に戻ってきた。
「ああ、良かった。リーシア思い出してくれたんですね。良かったです。脱いだ甲斐がありました」
鉄格子越しにリーシアが、冷ややかな目でヒロを見据えた。
上半身裸で、ベルト代わりの腰紐を解いていたため、ズボンがズリ落ちそうになるヒロを見て、リーシアが呆れ返っていた。
「変態さん……あなたは露出狂ですか? まずは服を着てくれませんか? 変な噂を立てられては困りますので!」
どうやらリーシアの中でヒロの株価は大暴落中みたいだ。何となく空気を読み、いそいそと服を無言で着だすヒロを尻目に、ラングがリーシアに話し掛ける。
「うむ……取り敢えず知り合いという事でいいな?」
「残念ながら知り合ってしまいました……変態がご迷惑をお掛けして申し訳ありません」
「そうか……まあなんだ。気を落とさずに面倒を見てやってくれ。悪い奴ではないようだしな、気持ち悪いが」
「ええ……これも女神の試練と思って受け入れます。気持ち悪いですけど」
「あのリーシア、ラングさん、いくら僕でも気持ち悪いを連呼されると傷つくのですが……」
酷い言われように声を上げるヒロだが、さらなる追い打ちをリーシアが言い放つ!
「え? 傷つく心があるのですか、変態さん?」
株価が上昇する気配はまるでない。
ここで反論したらどうなるか分からない……ヒロは直感に従い無言でやり過ごす事にした。
服を着終えたヒロは、ラングと話し込むリーシアを改めて見る。
昨日出会った時は革鎧にキュロットスカートと、動きを重視した格好で、活発なリーシアにとても似合っていたが、今日はシスター服で、昨日とはガラッと印象が違って見える。
紺色のシスター服に、金色に輝く髪をベールの下に隠す姿は、清楚なイメージを見る者に与える。
胸に輝く十字架が、神に仕えるシスターである事を主張していた。
あまりのイメージの変わりように、ヒロは戸惑ってしまう……普通の人が見たら、神秘的な雰囲気と清楚さを持つリーシアに心を射抜かれてしまうだろう。
だが、ライナーバードを仕留めた場面に居合わせ、死にかけたヒロは騙されない!
「誤解があると困りますので言っておきます。私とあの変態は南の森の中で偶然出会い、町まで案内しただけの仲です。付け加えますと、裸だったのは変態だけですので、誤解がないようにお願いします」
「そうか……あまり詳しくは聞かないでおこう」
ヒロの発言に、おヒレを付けられ噂が立たぬよう、ラングに釘をさすリーシア……ラングも危険な雰囲気を感じ取り、詮索はせず他言無用を誓うのだった。
「それでは、私は入り口で待ってますから、手続きをして来てください。余計な事をしないで速やかにですよ? ヒロ、いいですね?」
「イエッサー!」
ジロリと睨むリーシア……少し怒りが収まったみたいだ。
リーシアが入り口に向かって歩き出し、ヒロとラングは取り残される。
「お前、あの子を怒らせるなよ。女性は怒ると手がつけられないからな」
「それは……」
「うまくやっていくコツは、相手の話を極力聞いてやる事だ。俺のカミさんと同じ怒り方だったからな……」
「ああなった場合、どうすれば……」
「余計な事は言わずに真っ先に謝れ! 言い訳をせずに黙って謝れ! 罵られようがとにかく謝れ! 殴られようが謝り通せ! 怒っている理由を絶対に聞くな、誠心誠意謝れ! 同じ過ちを犯さないように全力で謝れ!」
「ラングさん、肝に命じときます」
人生の先輩であるラングからの、悲痛なアドバイスに何かを感じたヒロは、心のノートにありがたい言葉を書き込むのだった。
「じゃあ取り調べ室に行くぞ」
ラングが鉄格子に掛けられた鍵を開けてもらい、ヒロはようやく留置場から解放される。
そのままヒロは1階に設けられた取り調べ室で、持ち物の鞄とアイテム袋を返却され、釈放の手続きをする。
「それじゃあ罰金と弁済金、合わせて銀貨10枚だ。金はあるか?」
「はい、大丈夫です。」
ヒロは鞄から銀貨10枚を取り出してラングに渡す。
昨日のリーシアからアイテム袋は出来るだけ秘密にする話を聞いた後、必要な物は革の鞄の中にあらかじめ入れておいのだ。
「よし、あとはコレにサインをしたら釈放だ。文字は書けるか?」
「ええ、書けます。」
そう聞くと、ラングは机に備え付けられた引き出しから、文字が書かれた紙と、墨が付いた筆を取り出した。
目の前に出された紙に書かれた文字を見るが、ヒロには全く読めない。言語習得のお陰でガイア大陸の標準言語を習得したはずだが、どうやら覚えられたのは言葉だけで、文字は読めないみたいだ。仕方なしとヒロは日本語の漢字でサインする。
「変わったサインだな。お前の国の文字か?」
「はい。日本語の漢字です」
「日本語? 聞いた事ないな……まあいい、これで手続きは終了だ。二度とやるなよ?」
「ラングさん、お世話になりました。」
「ああ、次にやったら強制労働だからな?」
「二度とやりません……ありがとうございました。」
ラングに釘を刺されようやく解放されたヒロは、入り口で待っていたリーシアと合流し詰所を後にした。
「まったく……何をしているんですかヒロ?」
「リーシアありがとう。助かりました」
「お礼は要らないですよ。私としてはヒロのアイテム袋に入っているシカーンとランナーバードが惜しかっただけですので!」
どうやら、ヒロを心配して迎えに来てくれたと言うよりは、アイテム袋内にある魔物の死体の方が重要だったようだ。
怒りながら歩き出したリーシアの後を、ヒロは追い掛ける。どこに向かっているか分からないまま、無言で町を歩く二人は、町の中心付近の噴水のある広場に出た。
「……」
無言でズンズン歩くリーシア。まだ怒りが治ってはいないようだ。ここはラングさんのアドバイスをヒロは素直に実行へ移す。
「待ってくださいリーシア!」
少し大きめな声が、前を歩くリーシアの足を止めさせた。
ヒロは振り向いて立ち止まるリーシアに歩み寄る。
「リーシア、謝ります」
「……何を謝るのですか? 別に謝ってもらう言われはないです」
頭を下げるヒロをリーシアは冷ややかな目で見る
「すみませんでした」
「……何に対して謝っているのですか?」
頭を下げたまま再び謝るヒロにリーシアが声を返す。
心なしか、口調に混じる険が和らいていた。
「自分の行動がリーシアを不快にさせてしまった事に対してです。申し訳ありませんでした!」
「本当に反省していますか?」
「海よりも深く猛省しています」
「……」
どうやら怒りの理由は合っていたようだ。許してもらえるまで全力で謝るしかない。
「二度と森での事は話しません。本当に申し訳ありませんでした」
「……分かりました。じゃあ、あそこで売っているリンド焼きをご馳走になることで、全てを水に流しますよ」
リーシアは道端に出店しているいくつかの屋台から、指を差してヒロに教える。
「分かりました。すぐに買ってきますね」
ヒロはそう言い残し、すぐに屋台へと目的のリンド焼きを買いに走る。
「リンド焼きを二つください」
「あいよ。2個で400銅貨だよ」
「1銀貨で足りますか?」
貨幣価値が全く分からないが、銅貨より銀貨の方が価値は高いだろうと推測し屋台のおっちゃんに確認する。
「ああ、大丈夫だ。600銅貨のお釣りだ。待ってな、すぐに焼くから」
そう言うと、手早くお玉みたいな器具で別の器から白い液体をすくい、焼けた鉄板の上に垂らし焼いていく。
薄く伸ばされた生地はすぐに焼け、裏返しにすると反対にもしっかりと狐色の焦げ目を入れる。
焼けた生地を鉄板から降ろすと、薄くスライスした何かを敷き詰め、上から黄色い液体をかけクルクルと生地を巻いていく……元の世界で言うなら、クレープに近い形状の食べ物のようだ。
「あいよ、お待たせ!」
「ありがとう」
礼を言い、リンド焼きを受け取ると、ヒロはリーシアの元へと歩き出す。
「ヒロ、こっちです」
リーシアは、噴水の備え付けられたベンチに腰掛けて待っていてくれた。
丁度、お昼時という事もあり、ベンチはすでに人で埋まってしまっていたが、リーシアが席を取っておいてくれたみたいだ。
「お待たせしました。はい、どうぞ」
「ありがとうございます♪」
リーシアが笑顔でリンド焼きを受け取り、ベンチに並んで腰掛けると、熱々のリンド焼きを二人は同時に頬張る。
「ん~♪ リンドは甘酸っぱくて、蜂蜜と合わせると幸せな味になりますね」
「たしかにコレは美味しいですね」
リンドは、リンゴに近い食感と味の果物だった。
甘酸っぱさと蜂蜜の甘さが、絶妙なハーモニーを奏で出し、リーシアの言うように幸せな気持ちになる。
蜂蜜も元の世界の様にクドイ甘さではなく、サッパリとした甘さで酸味が強い果物との相性が良かった。
生地は少し硬いクレープ生地と言った所で、中々に美味しい。
特にヒロにとっては女神から貰ったパンと干し肉以外で、初めて味わう異世界の食べ物に舌鼓を打つっていた。
少し大きめのリンド焼きを、早々に食べ終えてしまったヒロ……リーシアはまだリンド焼きを、小さな口でハムハムとパクついている。
リーシアが食べ終えるのを待つ間に、ヒロはスキル【言語習得】について考えていた。
固有スキルとして習得した言語スキル……日本語とガイアの世界で、似たような物は名前も似ているのをヒロは感じる。
リンド=リンゴ シカーン=シカ ウサギ=ウサミン
リーシアが捕まえた獲物の名前を聞いた時も、類似する形状と名前だった。
言語習得をした時点で自分の記憶の中から、この世界で近い性質の物に同じ名前を、もしくは同じような名前を付けて変換されているのではないかと、ヒロは推測していた。
これは元の世界の知識が、そのまま利用できる可能性を物語っており、この世界では珍しい物も元の世界ではポピュラーな物なのかも知れない。
ヒロは名前からある程度は推測できる可能性がある事を、頭の片隅に置いておく事にする。
「美味しかったです♪ ご馳走様でした」
リーシアもリンド焼きを食べ終わり、ご満悦である。
「それではヒロ、約束した時間も過ぎましたし、昨日のランナーバードをどうするか話しましょう」
「はい。というか……どうすれば良いか分からないので、リーシアにお任せになっちゃいます」
元々この世界の知識がないヒロには、ランナーバードの価値が分からず、せいぜい肉を切り分けてコンガリ焼いて食べるくらいしか思い付かなかった。
「そうですね。ランナーバードは巨体ですから、取れる肉の量が多くて美味ですが、日持ちはしないです。食べる量だけ確保して、売ってしまうのが良さそうですね。それに魔石が取れれば売れますよ」
魔物の体内には魔力が溜まりやすく、一定のランクの魔物になれば魔石と呼ばれる石が取れる事があるらしい。
石は大きければ大きいほど良しとされ、加工する事で便利なアイテムを作り出せる。
「解体の手間暇と素材を売った後のイザコザを考えると、少し安く見積もられますが、冒険者ギルドで引き取ってもらった方が堅実ですが……」
リーシアは顎に手をやり、考え込む。
「冒険者ギルド以外に売りに行くと、問題があるんですか?」
素朴な疑問をリーシアに聞いてみると、困った顔をして答えてくれた。
「冒険者ギルド意外に持ち込むと、不当に安く見積もられたり、解体に失敗したと嘘を突かれて、素材を盗られたりする事があるのです……」
「ええ……でもそんな事してたら、噂になって誰も寄り付かなくなるんじゃ……」
「普通だったら問題ですが、巧妙に隠されて証拠も残りません」
どうやら、冒険者ギルド以外だと、着服に加担してる者が多いるらしく、証拠も中々上がらないみたいだ。
「その点、冒険者ギルドは安くなりますが公平です。冒険者同士で報酬の奪い合いが起こらないよう、キッチリと分けてくれます。報酬の分け方で死人は出ませんね」
「それなら多少安くても面倒にならない、冒険者ギルドに持ち込んでもらっても、僕は構いませんよ」
リーシアの負担が減るのなら、自分の取り分を渡しても良いと考えるヒロは冒険者ギルドへ持ち込む方を選択する。
「ん~分かりました。では冒険者ギルドに持ち込みましょう。必要な量のお肉は引き取って、後は全て買い取ってもらいます。お金は山分けでいいですか?」
「リーシアにお任せします」
「はい。任されました。では冒険者ギルド目指して出発です♪」
リーシアを連れられて冒険ギルドへと向かいヒロ……二人の足取りは軽く、意気揚々と歩き出していた。
この時、冒険者ギルドへと向かう二人には、このあとに起こる『異世界あるある』な、テンプレ的な運命が待ち受けていようとは、夢にも思わないのであった。
〈勇者変態(前科一犯)が釈放された!〉
「な⁈……」
「何をしているんだアイツは……?」
その生き物を鉄格子越しに見たリーシアは言葉を失い、ラングは頭を抱えた。
不気味な動きをする生き物は、黙々と手足を動かして何かに没頭しているのだが、その手足の動きがなんと言おうか……とにかく気持ち悪かった。
両膝を合わせ膝を立てた状態で、地べたに座る格好はいわゆる……体育座りと呼ばれる座る方だ。
体をコンパクト畳み座ることで、集団行動の集合時に、密集して集まれる利点がある。
不気味な生き物は、体育座りをした状態から両手を前に突き出し、親指を忙しく動かしていた。
指の動きに連動して腕も小刻みに動かし、時たま『ここだああぁぁぁぁ』とか『キエエエエエエェェイ!』と奇声を発しては、腕を大きく動かし、何かを避けるように体を大きく揺らしていた。
リーシアも、上半身の不気味な動きだけだったら……まだ我慢ができた。
だが、そこに下半身の動きが合わさると、想像を絶する気持ち悪さに顔をしかめていた。
体育座りをした生き物は、裸足で踵を揃え、足の親指を使って何かをグリグリしつつ、小刻みに何かを押す仕草をしている。
普通にそんな格好で長時間、足の指を動かし続けていれば足が吊りそうなものだが、一定時間毎に急に動きをピタッと止めては、足を伸ばして休憩する……休息の間もブツブツと何かを呟き、息が荒らい。
そして再び手足を忙しく動かす動作を繰り返す……目を閉じたまま、ニヤニヤしたり険しい顔をしたりと、表情を絶えず変え続ける生き物を見てリーシアは思った。
『この生き物に関わってはいけない』と!
「お、おい……ヒロ、大丈夫か⁈」
あまりにもおかしなヒロの言動に、ラングが心配して声を掛けるがまったく聞こえていない。
「もう少し……ここを駆け抜ければ、ベストタイム更新だあぁぁぁぁぁぁぁ!」
「あの……やはり知らない人でした。こんな気持ち悪い動きの人、見たことがないです。人違いでしたので帰らせてもらいますね」
突如、声を上げる気持ち悪い生き物にリーシアは見切りをつけ、サッサと帰る事にした。
踵を返して出口へ早足で歩くリーシアの耳に、気持ち悪い生き物の声が届いてしまう。
「リーシア、待ってください! お願いします。カムバァッ~ク!」
大声で名前を呼ばれるが、無視を決め込むリーシアはドンドン遠ざかり出口へと急ぐ。
まだ引き返せる! いま関われば、何か取り返しがつかない事になる……嫌な予感しかしないリーシアは、その直感に素直に従おうとしたが……運命はリーシアを逃さなかった!
「僕です! ヒロです! 忘れたんですか? 南の森で裸を見せた仲じゃないですか! 忘れたのなら見せますから思い出してください!」
「裸を見せた仲って……お前ら森の中で何をしてた! お前は何で服を脱ぎ出してるんだ!」
リーシアの耳に聞きづてならない言葉が届き、足を止める。このまま立ち去れば、あの気持ち悪い生き物との関係は絶てるだろう。
だが間違いなく変な噂が町を駆け巡り、下手したら町を出歩けなくなる可能性がリーシアの頭をよぎった。
何事もなかったかのように無視を決めて立ち去るか、助けて誤解を解くべきか……二つの選択を天秤に掛けた結果、助ける方に針は傾いていた。
「クッ、卑怯ですよヒロ……仕方ありません」
何事もなく立ち去りたい気持ちはあったが、そのまま立ち去るのもバツが悪い。リーシアは仕方なしと、再び気持ち悪い生き物=ヒロの元に戻ってきた。
「ああ、良かった。リーシア思い出してくれたんですね。良かったです。脱いだ甲斐がありました」
鉄格子越しにリーシアが、冷ややかな目でヒロを見据えた。
上半身裸で、ベルト代わりの腰紐を解いていたため、ズボンがズリ落ちそうになるヒロを見て、リーシアが呆れ返っていた。
「変態さん……あなたは露出狂ですか? まずは服を着てくれませんか? 変な噂を立てられては困りますので!」
どうやらリーシアの中でヒロの株価は大暴落中みたいだ。何となく空気を読み、いそいそと服を無言で着だすヒロを尻目に、ラングがリーシアに話し掛ける。
「うむ……取り敢えず知り合いという事でいいな?」
「残念ながら知り合ってしまいました……変態がご迷惑をお掛けして申し訳ありません」
「そうか……まあなんだ。気を落とさずに面倒を見てやってくれ。悪い奴ではないようだしな、気持ち悪いが」
「ええ……これも女神の試練と思って受け入れます。気持ち悪いですけど」
「あのリーシア、ラングさん、いくら僕でも気持ち悪いを連呼されると傷つくのですが……」
酷い言われように声を上げるヒロだが、さらなる追い打ちをリーシアが言い放つ!
「え? 傷つく心があるのですか、変態さん?」
株価が上昇する気配はまるでない。
ここで反論したらどうなるか分からない……ヒロは直感に従い無言でやり過ごす事にした。
服を着終えたヒロは、ラングと話し込むリーシアを改めて見る。
昨日出会った時は革鎧にキュロットスカートと、動きを重視した格好で、活発なリーシアにとても似合っていたが、今日はシスター服で、昨日とはガラッと印象が違って見える。
紺色のシスター服に、金色に輝く髪をベールの下に隠す姿は、清楚なイメージを見る者に与える。
胸に輝く十字架が、神に仕えるシスターである事を主張していた。
あまりのイメージの変わりように、ヒロは戸惑ってしまう……普通の人が見たら、神秘的な雰囲気と清楚さを持つリーシアに心を射抜かれてしまうだろう。
だが、ライナーバードを仕留めた場面に居合わせ、死にかけたヒロは騙されない!
「誤解があると困りますので言っておきます。私とあの変態は南の森の中で偶然出会い、町まで案内しただけの仲です。付け加えますと、裸だったのは変態だけですので、誤解がないようにお願いします」
「そうか……あまり詳しくは聞かないでおこう」
ヒロの発言に、おヒレを付けられ噂が立たぬよう、ラングに釘をさすリーシア……ラングも危険な雰囲気を感じ取り、詮索はせず他言無用を誓うのだった。
「それでは、私は入り口で待ってますから、手続きをして来てください。余計な事をしないで速やかにですよ? ヒロ、いいですね?」
「イエッサー!」
ジロリと睨むリーシア……少し怒りが収まったみたいだ。
リーシアが入り口に向かって歩き出し、ヒロとラングは取り残される。
「お前、あの子を怒らせるなよ。女性は怒ると手がつけられないからな」
「それは……」
「うまくやっていくコツは、相手の話を極力聞いてやる事だ。俺のカミさんと同じ怒り方だったからな……」
「ああなった場合、どうすれば……」
「余計な事は言わずに真っ先に謝れ! 言い訳をせずに黙って謝れ! 罵られようがとにかく謝れ! 殴られようが謝り通せ! 怒っている理由を絶対に聞くな、誠心誠意謝れ! 同じ過ちを犯さないように全力で謝れ!」
「ラングさん、肝に命じときます」
人生の先輩であるラングからの、悲痛なアドバイスに何かを感じたヒロは、心のノートにありがたい言葉を書き込むのだった。
「じゃあ取り調べ室に行くぞ」
ラングが鉄格子に掛けられた鍵を開けてもらい、ヒロはようやく留置場から解放される。
そのままヒロは1階に設けられた取り調べ室で、持ち物の鞄とアイテム袋を返却され、釈放の手続きをする。
「それじゃあ罰金と弁済金、合わせて銀貨10枚だ。金はあるか?」
「はい、大丈夫です。」
ヒロは鞄から銀貨10枚を取り出してラングに渡す。
昨日のリーシアからアイテム袋は出来るだけ秘密にする話を聞いた後、必要な物は革の鞄の中にあらかじめ入れておいのだ。
「よし、あとはコレにサインをしたら釈放だ。文字は書けるか?」
「ええ、書けます。」
そう聞くと、ラングは机に備え付けられた引き出しから、文字が書かれた紙と、墨が付いた筆を取り出した。
目の前に出された紙に書かれた文字を見るが、ヒロには全く読めない。言語習得のお陰でガイア大陸の標準言語を習得したはずだが、どうやら覚えられたのは言葉だけで、文字は読めないみたいだ。仕方なしとヒロは日本語の漢字でサインする。
「変わったサインだな。お前の国の文字か?」
「はい。日本語の漢字です」
「日本語? 聞いた事ないな……まあいい、これで手続きは終了だ。二度とやるなよ?」
「ラングさん、お世話になりました。」
「ああ、次にやったら強制労働だからな?」
「二度とやりません……ありがとうございました。」
ラングに釘を刺されようやく解放されたヒロは、入り口で待っていたリーシアと合流し詰所を後にした。
「まったく……何をしているんですかヒロ?」
「リーシアありがとう。助かりました」
「お礼は要らないですよ。私としてはヒロのアイテム袋に入っているシカーンとランナーバードが惜しかっただけですので!」
どうやら、ヒロを心配して迎えに来てくれたと言うよりは、アイテム袋内にある魔物の死体の方が重要だったようだ。
怒りながら歩き出したリーシアの後を、ヒロは追い掛ける。どこに向かっているか分からないまま、無言で町を歩く二人は、町の中心付近の噴水のある広場に出た。
「……」
無言でズンズン歩くリーシア。まだ怒りが治ってはいないようだ。ここはラングさんのアドバイスをヒロは素直に実行へ移す。
「待ってくださいリーシア!」
少し大きめな声が、前を歩くリーシアの足を止めさせた。
ヒロは振り向いて立ち止まるリーシアに歩み寄る。
「リーシア、謝ります」
「……何を謝るのですか? 別に謝ってもらう言われはないです」
頭を下げるヒロをリーシアは冷ややかな目で見る
「すみませんでした」
「……何に対して謝っているのですか?」
頭を下げたまま再び謝るヒロにリーシアが声を返す。
心なしか、口調に混じる険が和らいていた。
「自分の行動がリーシアを不快にさせてしまった事に対してです。申し訳ありませんでした!」
「本当に反省していますか?」
「海よりも深く猛省しています」
「……」
どうやら怒りの理由は合っていたようだ。許してもらえるまで全力で謝るしかない。
「二度と森での事は話しません。本当に申し訳ありませんでした」
「……分かりました。じゃあ、あそこで売っているリンド焼きをご馳走になることで、全てを水に流しますよ」
リーシアは道端に出店しているいくつかの屋台から、指を差してヒロに教える。
「分かりました。すぐに買ってきますね」
ヒロはそう言い残し、すぐに屋台へと目的のリンド焼きを買いに走る。
「リンド焼きを二つください」
「あいよ。2個で400銅貨だよ」
「1銀貨で足りますか?」
貨幣価値が全く分からないが、銅貨より銀貨の方が価値は高いだろうと推測し屋台のおっちゃんに確認する。
「ああ、大丈夫だ。600銅貨のお釣りだ。待ってな、すぐに焼くから」
そう言うと、手早くお玉みたいな器具で別の器から白い液体をすくい、焼けた鉄板の上に垂らし焼いていく。
薄く伸ばされた生地はすぐに焼け、裏返しにすると反対にもしっかりと狐色の焦げ目を入れる。
焼けた生地を鉄板から降ろすと、薄くスライスした何かを敷き詰め、上から黄色い液体をかけクルクルと生地を巻いていく……元の世界で言うなら、クレープに近い形状の食べ物のようだ。
「あいよ、お待たせ!」
「ありがとう」
礼を言い、リンド焼きを受け取ると、ヒロはリーシアの元へと歩き出す。
「ヒロ、こっちです」
リーシアは、噴水の備え付けられたベンチに腰掛けて待っていてくれた。
丁度、お昼時という事もあり、ベンチはすでに人で埋まってしまっていたが、リーシアが席を取っておいてくれたみたいだ。
「お待たせしました。はい、どうぞ」
「ありがとうございます♪」
リーシアが笑顔でリンド焼きを受け取り、ベンチに並んで腰掛けると、熱々のリンド焼きを二人は同時に頬張る。
「ん~♪ リンドは甘酸っぱくて、蜂蜜と合わせると幸せな味になりますね」
「たしかにコレは美味しいですね」
リンドは、リンゴに近い食感と味の果物だった。
甘酸っぱさと蜂蜜の甘さが、絶妙なハーモニーを奏で出し、リーシアの言うように幸せな気持ちになる。
蜂蜜も元の世界の様にクドイ甘さではなく、サッパリとした甘さで酸味が強い果物との相性が良かった。
生地は少し硬いクレープ生地と言った所で、中々に美味しい。
特にヒロにとっては女神から貰ったパンと干し肉以外で、初めて味わう異世界の食べ物に舌鼓を打つっていた。
少し大きめのリンド焼きを、早々に食べ終えてしまったヒロ……リーシアはまだリンド焼きを、小さな口でハムハムとパクついている。
リーシアが食べ終えるのを待つ間に、ヒロはスキル【言語習得】について考えていた。
固有スキルとして習得した言語スキル……日本語とガイアの世界で、似たような物は名前も似ているのをヒロは感じる。
リンド=リンゴ シカーン=シカ ウサギ=ウサミン
リーシアが捕まえた獲物の名前を聞いた時も、類似する形状と名前だった。
言語習得をした時点で自分の記憶の中から、この世界で近い性質の物に同じ名前を、もしくは同じような名前を付けて変換されているのではないかと、ヒロは推測していた。
これは元の世界の知識が、そのまま利用できる可能性を物語っており、この世界では珍しい物も元の世界ではポピュラーな物なのかも知れない。
ヒロは名前からある程度は推測できる可能性がある事を、頭の片隅に置いておく事にする。
「美味しかったです♪ ご馳走様でした」
リーシアもリンド焼きを食べ終わり、ご満悦である。
「それではヒロ、約束した時間も過ぎましたし、昨日のランナーバードをどうするか話しましょう」
「はい。というか……どうすれば良いか分からないので、リーシアにお任せになっちゃいます」
元々この世界の知識がないヒロには、ランナーバードの価値が分からず、せいぜい肉を切り分けてコンガリ焼いて食べるくらいしか思い付かなかった。
「そうですね。ランナーバードは巨体ですから、取れる肉の量が多くて美味ですが、日持ちはしないです。食べる量だけ確保して、売ってしまうのが良さそうですね。それに魔石が取れれば売れますよ」
魔物の体内には魔力が溜まりやすく、一定のランクの魔物になれば魔石と呼ばれる石が取れる事があるらしい。
石は大きければ大きいほど良しとされ、加工する事で便利なアイテムを作り出せる。
「解体の手間暇と素材を売った後のイザコザを考えると、少し安く見積もられますが、冒険者ギルドで引き取ってもらった方が堅実ですが……」
リーシアは顎に手をやり、考え込む。
「冒険者ギルド以外に売りに行くと、問題があるんですか?」
素朴な疑問をリーシアに聞いてみると、困った顔をして答えてくれた。
「冒険者ギルド意外に持ち込むと、不当に安く見積もられたり、解体に失敗したと嘘を突かれて、素材を盗られたりする事があるのです……」
「ええ……でもそんな事してたら、噂になって誰も寄り付かなくなるんじゃ……」
「普通だったら問題ですが、巧妙に隠されて証拠も残りません」
どうやら、冒険者ギルド以外だと、着服に加担してる者が多いるらしく、証拠も中々上がらないみたいだ。
「その点、冒険者ギルドは安くなりますが公平です。冒険者同士で報酬の奪い合いが起こらないよう、キッチリと分けてくれます。報酬の分け方で死人は出ませんね」
「それなら多少安くても面倒にならない、冒険者ギルドに持ち込んでもらっても、僕は構いませんよ」
リーシアの負担が減るのなら、自分の取り分を渡しても良いと考えるヒロは冒険者ギルドへ持ち込む方を選択する。
「ん~分かりました。では冒険者ギルドに持ち込みましょう。必要な量のお肉は引き取って、後は全て買い取ってもらいます。お金は山分けでいいですか?」
「リーシアにお任せします」
「はい。任されました。では冒険者ギルド目指して出発です♪」
リーシアを連れられて冒険ギルドへと向かいヒロ……二人の足取りは軽く、意気揚々と歩き出していた。
この時、冒険者ギルドへと向かう二人には、このあとに起こる『異世界あるある』な、テンプレ的な運命が待ち受けていようとは、夢にも思わないのであった。
〈勇者変態(前科一犯)が釈放された!〉
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