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第2章 レアクエスト編
第24話 リンとビーストナイト
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「ご主人様に仇なす不届き者め! 我が剣の錆にしてくれる! 覚悟するがいい!」
鋼鉄の鎧に身を包んだ騎士は、手にした盾から剣を引き抜くと、剣の切っ先をカオスドラゴンに向け、リンの前に立ちはだかった。
「コタロウ!」
「ご主人、大事はないか⁈ いくら獣の心が強く出ていたとはいえ、助けるのが遅れてしまった。面目ない」
「うん。私なら大丈夫。それより……」
「グアォォ!」
突然の乱入者に、混沌の竜が大きな吠え声を上げ威嚇していた。それは自分よりも小さく矮小なものに、攻撃を邪魔されたことへの怒りの咆哮でもあった。
「ドラゴンか? この世界では珍しい。だが、例え相手が誰であろうと、我がご主人を傷付けようとするのならば、討ち滅ぼすのみ」
「ダメ、そのドラゴンに倒されたりクエストが失敗したら、コタロウとクマ吉のデータが消えちゃう。もう召喚できないって……だから戦っちゃダメ!」
「むう? このドラゴンに負ければ我の存在が消える? ……ご主人よ、心配は無用。我はドラゴン如きに遅れなど取らん。安心して見ているといい」
「待ってコタロウ!」
剣を手にしたコタロウは、リンの静止を振り切ってカオスドラゴンに向かって走り出していた。そして入れ替わるように、ハルカはリンの元へとたどり着く。
「リン、大丈夫⁈」
「はーちゃん、お願いコタロウを止めて!」
「リン、落ち着きなさい」
「でも、このままクエストに失敗したらコタロウが……いなくなっちゃう!」
涙を溜め必死に懇願するリンを見て、ハルカはそっと親友の体を抱きしめていた。
「まずは落ち着きなさい。冷静になるの。いい? 目をつぶって、はい! 深呼吸、スーハー」
「う、うん。スーハー、スーハー……」
ハルカに抱かれたリンは、その身を預けると目をつぶり、何度か深い深呼吸を繰り返した。バーチャルな世界なのに、自分を抱きしめる親友の体温と吐息を感じ、リンは安心を覚える。
何度か深呼吸を繰り返すリン、やがてカオスドラゴンを見て震えていた体は止まり、心は落ち着いていく。
「……落ち着いた?」
「うん。いつもありがとう、はーちゃん」
「それは言わない約束だよ、おとっつぁん」
「はーちゃん……見たね?」
「見ましたとも……リン推薦の『大江戸サイバー捜査網』! ネットで見かけて一作目だけね。まさかおとっつぁんが、サイボーグなんて予想外よ。サイボーグなのに咳き込んで寝たきりって、ツッコミどころ満載だったわ」
「でしょう? 二作目もオススメだよ。次のお泊まり会で絶対見ようね」
「楽しみにしているわ」
さっきまで感じていたカオスドラゴンが放つ重圧は和らぎ、リンとハルカの周囲にいつもの空気が流れはじめる。
「よし! じゃあ、次はアレをどうにかして、クエスト達成する方法を考えるわよ」
「うん。はーちゃん♪」
いくぶんか落ち着きを取り戻したリンは、手を握りながら閉じていた目をゆっくりと開き、ハルカから体を離す。つないだ手から伝わる、たしかな温もりが二人の心から恐怖と不安を拭い去っていた。
もう恐れはない。しっかりとした眼差しで、二人の少女は巨竜に立ち向かう騎士の姿を追う。
「グォォォォ!」
「やはり、どの部位を攻撃しても弾かれるか」
カオスドラゴンの攻撃を巧みに避け続けるコタロウは、素早く手にした剣で攻撃すると、ウロコが爆発し剣は跳ね返されてしまう。
「コタロウの剣も効かないの⁈」
「予想はしていたけど、全身を覆うウロコは一定の衝撃を受けると、爆発して弾き返すみたい。アレをどうにかしないと……」
「ウロコが? なら、ウロコの生えていない部分を攻撃すれば? たとえば……顔とか!」
リンは閃いたとハルカに尋ねるが、ハルカは浮かない顔をする。
「ん~、たしかに、顔ならウロコで覆われていないけど……罠っぽいのよね」
「罠?」
「そう。あんなわかりやすい弱点を、これ見よがしにさらけ出すものかなって?」
「じゃあ、顔を攻撃したら?」
「なにかありそうね」
「コタロウに知らせなきゃ! コタロウ~!」
大きな声を出し、コタロウに忠告しようとするリンだったが――
「グォォォォ!」
――カオスドラゴンの上げた咆哮が、ご主人様の声を遮り愛犬に届かない。
「む、ご主人の声が聞こえたような? 気のせいか? しかしその体……いや、ウロコは一定のダメージを受けると、爆発して攻撃を跳ね返すようだな。オマケにウロコを飛ばして、攻撃までするとは恐れ入った。見たこともない攻防一体の能力、たしかに厄介だが……フッ」
すでにいくどかの剣を放ち、リアクティブアーマーの爆発に攻撃を防がれたコタロウは、剣を構えながら不敵な笑みを浮かべていた。
「だが、やりようはある。それにしても『グオグオ』やかましい奴だ。カオスドラゴン? 狂った獣風情が、いくら声を上げて威嚇したところでムダだ。弱い犬ほどよく吠えるというが、ドラゴンでも同じらしい」
「グギャアァァァァア!」
「お前も同じ獣風情だろうと吠えたか? そうだな。だが、我を同じ獣だと思うなよ? 我はコタロウ、ご主人様に忠節を尽くす剣にして盾となる獣の騎士だ。さあ、竜退治といこうか!」
剣を手に走り出したコタロウ……馬鹿にされたと感じた混沌の竜は、怒りの声を上げながら、騎士に向って振り上げた腕を打ち下ろしていた。人など易々と切り裂いてしまうような、凶悪で鋭い爪がコタロウへと迫るが――
「当たらなければ意味はないぞ」
――コタロウはヒラリと爪を避け、カオスドラゴンの腕を踏み台にすると、顔に向かって飛び上がった。
「もらった!」
コタロウは手にした騎士剣を上段に構え、カオスドラゴンの顔に目掛けて、真っすぐに斬り下ろす――
「なに!」
――だが、カオスドラゴンは放たれたコタロウの攻撃を見るや否や、迫りくる剣を避けようともせず、逆に喰らいついてきた!
ビッシリと口の中に生え揃った硬い牙が、コタロウの剣を受け止め、火花を散らす。
「ぬう、こやつ!」
剣を手放さず、宙吊り状態になってしまったコタロウ、カオスドラゴンの閉じた口から灼熱の炎が漏れる。
「グゥゥゥゥゥ!」
「ぬおー!」
カオスドラゴンは、剣を咥えたまま、首を捻ってタメを作る。それはコタロウを放り投げ、逃げ場のない空中で必殺のブレスを撃ち込むためだった。
「コタロウ! 避けて~!」
「逃げなさい! ブレスが来るわよ!」
「ご主人、わかっている!」
必殺のブレスを先読みしていたコタロウに、焦りの色はなかった。
口を開き、勢いよく放り投げられた瞬間、ドラゴンの下アゴに向かって鋼鉄の足を蹴り上げる。コタロウを放り投げ、ブレスを吐こうとする矢先の出来事……当然、ブレスは止められず、強制的に閉じられた口の中で爆散する。
「これでもうブレスは吐けまい!」
してやったりとコタロウが思った瞬間、カオスドラゴンの目は細まり、閉ざされていた口を、空中にいたコタロウへと向けた。
「なんだと!」
コタロウは思わず驚愕の声を上げてしまった。それはドラゴンの口内で爆発したブレスの炎が、閉じた口を突き破って放たれたからであった。
カオスドラゴンは口を閉じたまま、ブレスを吐き出していたのだ。牙は吹き飛び、下アゴを失くしながらも、灼熱のブレスを逃げ場のない空中にいたコタロウに向かって解き放つ。
とっさに腕に装備していた鋼鉄の盾を構えたとき、ブレスの炎がコタロウの体を包み込んだ。直撃だけは回避したコタロウだったが、ドラゴンのブレスをモロに受け、数十メートル先にある洞窟の壁へと叩きつけられた。
「コタロウ!」
「なんて奴なの⁈ 自分へのダメージもお構いなしなんて!」
ブレスにより洞窟の岩肌と地面は焼かれ、灼熱の吐息が通った痕は黒く変色していた。リンはいまだモウモウと立ち昇る黒煙の中にいるであろう愛犬の無事を祈りながら、視線をキョロキョロと動かしコタロウの姿を探す。するとムクリと立ち上がる人影を見つける。
「コタロウ!」
「クッ! 自爆覚悟で攻撃を優先するとは……」
焼けただれた大地から立ち上がる鋼鉄のナイト、腕に装備していた盾はドロドロに溶け、グニャリと歪な形に姿を変えていた。
「よもや盾すら溶かすブレスとは……直撃していたら、この鋼鉄のボディーといえど、タダではすまなかった」
「よかった。大丈夫そう」
コタロウの健在な姿を見てリンはホッと胸をなで下ろす。
「コタロウの盾を溶かすほどのブレスなんて、ヤバすぎだわ。でも盾は犠牲になったけど、これでブレスは吐けなくなったかも」
ハルカはコタロウの無事な姿を目にすると、すぐにカオスドラゴンを探しはじめた。洞窟の中を静かな風が吹き、少しずつ立ち昇る黒煙を押し流すと、徐々に広間の視界がクリアーになっていく。
そして煙が晴れたとき、リンたちの前に下アゴを失くし、おぞましい顔へと変貌を遂げたカオスドラゴンが現れた。
「……」
「あっ! 口がなくなってる」
無言のカオスドラゴンを見てリンは驚く。顔の下半分を失い、残った上半分とノドも、自らのブレスにより焼きタダレていたからだった。
「コタロウを倒すために、無理やりブレスを吐いたのね。でも、その代償は大きかった。これで厄介な遠距離からのブレス攻撃は封じたはずよ」
「はーちゃん、アレ……い、痛そうだね。大丈夫かな?」
「イヤイヤイヤイヤ、リン! 敵を心配してどうするのよ! 私たちはこれからアレを倒さなきゃいけないのよ⁈」
「えへへ、そうだったね」
「はあ~、いつものリンらしいわね」
ため息を吐きながら苦笑いするハルカを見て、リンは微笑んでいた。
「これは……このドラゴンの目は、まったく衰えていない!」
口を失くしたカオスドラゴン……しかし、その瞳に宿る狂気の色は変わらず、怒りの視線をコタロウにぶつけていた。
もはや役に立たないスクラップと化した盾を投げ捨てると、騎士は剣の切っ先をドラゴンに向け両手で構える。
すると……カオスドラゴンの顔の傷口が、ボコボコと泡立つようにうごめきだす。
「な、なにあれ?」
「まさか……再生能力⁈」
カオスドラゴンの傷ついた顔のあちこちから肉が盛り上がり、失った口や鼻を形作っていく……そして失われた下アゴは完全に再生し、元の姿へと戻ってしまう。
「グォォォォッ!」
高らかに吼えるカオスドラゴン……それはまるで、『貴様の小賢しい攻撃など、我には無意味だ』と言っているようだった。
「傷口を一瞬で治す再生能力に、自らが傷つくのもお構いなしの狂える獣か……少々厄介だな」
「ギュアァァァァァァ!」
すると先制とばかりに混沌の竜は動き出す。十数メートル離れていた距離を一足飛びで詰め、凶々しい爪の一撃をコタロウに放つ。
「だが!」
迫り来るカオスドラゴンの凶爪、しかしコタロウは避けようともせず、斜め上から振り下ろされた腕に向かって、一歩前へ踏み込んだ。
ドラゴンの爪は、横から叩きつけられた騎士剣によって、内へと流されてしまう。それと同時に腕を潜り抜けたコタロウは、ドラゴンの脇を斬りつけながら走り抜けていく。
刹那に巻き起こった爆発に、コタロウの攻撃は弾き返される。剣で斬りつけた衝撃に、リアクティブアーマーは反応し、散弾銃のようにウロコを周囲に撒き散らしていた。
「所詮は獣……ご主人様を得た騎士が負ける道理などない!」
「グォォォォ!」
ドラゴンの脇を走り抜け、ウロコの散弾攻撃を回避したコタロウは、素早く振り向くと、再び剣を構える。
長い首を伸ばし、後ろ向きのまま後方にいる鬱陶しい敵を睨む混沌の竜……二匹の間に沈黙が流れる。そして――
「参る!」
「グギャアァァァァッ!」
――獣騎士《ビーストナイト》vs 混沌の竜の死闘は幕を上げた。
……to be continued 「リンと獣たちの狂宴 前編」
鋼鉄の鎧に身を包んだ騎士は、手にした盾から剣を引き抜くと、剣の切っ先をカオスドラゴンに向け、リンの前に立ちはだかった。
「コタロウ!」
「ご主人、大事はないか⁈ いくら獣の心が強く出ていたとはいえ、助けるのが遅れてしまった。面目ない」
「うん。私なら大丈夫。それより……」
「グアォォ!」
突然の乱入者に、混沌の竜が大きな吠え声を上げ威嚇していた。それは自分よりも小さく矮小なものに、攻撃を邪魔されたことへの怒りの咆哮でもあった。
「ドラゴンか? この世界では珍しい。だが、例え相手が誰であろうと、我がご主人を傷付けようとするのならば、討ち滅ぼすのみ」
「ダメ、そのドラゴンに倒されたりクエストが失敗したら、コタロウとクマ吉のデータが消えちゃう。もう召喚できないって……だから戦っちゃダメ!」
「むう? このドラゴンに負ければ我の存在が消える? ……ご主人よ、心配は無用。我はドラゴン如きに遅れなど取らん。安心して見ているといい」
「待ってコタロウ!」
剣を手にしたコタロウは、リンの静止を振り切ってカオスドラゴンに向かって走り出していた。そして入れ替わるように、ハルカはリンの元へとたどり着く。
「リン、大丈夫⁈」
「はーちゃん、お願いコタロウを止めて!」
「リン、落ち着きなさい」
「でも、このままクエストに失敗したらコタロウが……いなくなっちゃう!」
涙を溜め必死に懇願するリンを見て、ハルカはそっと親友の体を抱きしめていた。
「まずは落ち着きなさい。冷静になるの。いい? 目をつぶって、はい! 深呼吸、スーハー」
「う、うん。スーハー、スーハー……」
ハルカに抱かれたリンは、その身を預けると目をつぶり、何度か深い深呼吸を繰り返した。バーチャルな世界なのに、自分を抱きしめる親友の体温と吐息を感じ、リンは安心を覚える。
何度か深呼吸を繰り返すリン、やがてカオスドラゴンを見て震えていた体は止まり、心は落ち着いていく。
「……落ち着いた?」
「うん。いつもありがとう、はーちゃん」
「それは言わない約束だよ、おとっつぁん」
「はーちゃん……見たね?」
「見ましたとも……リン推薦の『大江戸サイバー捜査網』! ネットで見かけて一作目だけね。まさかおとっつぁんが、サイボーグなんて予想外よ。サイボーグなのに咳き込んで寝たきりって、ツッコミどころ満載だったわ」
「でしょう? 二作目もオススメだよ。次のお泊まり会で絶対見ようね」
「楽しみにしているわ」
さっきまで感じていたカオスドラゴンが放つ重圧は和らぎ、リンとハルカの周囲にいつもの空気が流れはじめる。
「よし! じゃあ、次はアレをどうにかして、クエスト達成する方法を考えるわよ」
「うん。はーちゃん♪」
いくぶんか落ち着きを取り戻したリンは、手を握りながら閉じていた目をゆっくりと開き、ハルカから体を離す。つないだ手から伝わる、たしかな温もりが二人の心から恐怖と不安を拭い去っていた。
もう恐れはない。しっかりとした眼差しで、二人の少女は巨竜に立ち向かう騎士の姿を追う。
「グォォォォ!」
「やはり、どの部位を攻撃しても弾かれるか」
カオスドラゴンの攻撃を巧みに避け続けるコタロウは、素早く手にした剣で攻撃すると、ウロコが爆発し剣は跳ね返されてしまう。
「コタロウの剣も効かないの⁈」
「予想はしていたけど、全身を覆うウロコは一定の衝撃を受けると、爆発して弾き返すみたい。アレをどうにかしないと……」
「ウロコが? なら、ウロコの生えていない部分を攻撃すれば? たとえば……顔とか!」
リンは閃いたとハルカに尋ねるが、ハルカは浮かない顔をする。
「ん~、たしかに、顔ならウロコで覆われていないけど……罠っぽいのよね」
「罠?」
「そう。あんなわかりやすい弱点を、これ見よがしにさらけ出すものかなって?」
「じゃあ、顔を攻撃したら?」
「なにかありそうね」
「コタロウに知らせなきゃ! コタロウ~!」
大きな声を出し、コタロウに忠告しようとするリンだったが――
「グォォォォ!」
――カオスドラゴンの上げた咆哮が、ご主人様の声を遮り愛犬に届かない。
「む、ご主人の声が聞こえたような? 気のせいか? しかしその体……いや、ウロコは一定のダメージを受けると、爆発して攻撃を跳ね返すようだな。オマケにウロコを飛ばして、攻撃までするとは恐れ入った。見たこともない攻防一体の能力、たしかに厄介だが……フッ」
すでにいくどかの剣を放ち、リアクティブアーマーの爆発に攻撃を防がれたコタロウは、剣を構えながら不敵な笑みを浮かべていた。
「だが、やりようはある。それにしても『グオグオ』やかましい奴だ。カオスドラゴン? 狂った獣風情が、いくら声を上げて威嚇したところでムダだ。弱い犬ほどよく吠えるというが、ドラゴンでも同じらしい」
「グギャアァァァァア!」
「お前も同じ獣風情だろうと吠えたか? そうだな。だが、我を同じ獣だと思うなよ? 我はコタロウ、ご主人様に忠節を尽くす剣にして盾となる獣の騎士だ。さあ、竜退治といこうか!」
剣を手に走り出したコタロウ……馬鹿にされたと感じた混沌の竜は、怒りの声を上げながら、騎士に向って振り上げた腕を打ち下ろしていた。人など易々と切り裂いてしまうような、凶悪で鋭い爪がコタロウへと迫るが――
「当たらなければ意味はないぞ」
――コタロウはヒラリと爪を避け、カオスドラゴンの腕を踏み台にすると、顔に向かって飛び上がった。
「もらった!」
コタロウは手にした騎士剣を上段に構え、カオスドラゴンの顔に目掛けて、真っすぐに斬り下ろす――
「なに!」
――だが、カオスドラゴンは放たれたコタロウの攻撃を見るや否や、迫りくる剣を避けようともせず、逆に喰らいついてきた!
ビッシリと口の中に生え揃った硬い牙が、コタロウの剣を受け止め、火花を散らす。
「ぬう、こやつ!」
剣を手放さず、宙吊り状態になってしまったコタロウ、カオスドラゴンの閉じた口から灼熱の炎が漏れる。
「グゥゥゥゥゥ!」
「ぬおー!」
カオスドラゴンは、剣を咥えたまま、首を捻ってタメを作る。それはコタロウを放り投げ、逃げ場のない空中で必殺のブレスを撃ち込むためだった。
「コタロウ! 避けて~!」
「逃げなさい! ブレスが来るわよ!」
「ご主人、わかっている!」
必殺のブレスを先読みしていたコタロウに、焦りの色はなかった。
口を開き、勢いよく放り投げられた瞬間、ドラゴンの下アゴに向かって鋼鉄の足を蹴り上げる。コタロウを放り投げ、ブレスを吐こうとする矢先の出来事……当然、ブレスは止められず、強制的に閉じられた口の中で爆散する。
「これでもうブレスは吐けまい!」
してやったりとコタロウが思った瞬間、カオスドラゴンの目は細まり、閉ざされていた口を、空中にいたコタロウへと向けた。
「なんだと!」
コタロウは思わず驚愕の声を上げてしまった。それはドラゴンの口内で爆発したブレスの炎が、閉じた口を突き破って放たれたからであった。
カオスドラゴンは口を閉じたまま、ブレスを吐き出していたのだ。牙は吹き飛び、下アゴを失くしながらも、灼熱のブレスを逃げ場のない空中にいたコタロウに向かって解き放つ。
とっさに腕に装備していた鋼鉄の盾を構えたとき、ブレスの炎がコタロウの体を包み込んだ。直撃だけは回避したコタロウだったが、ドラゴンのブレスをモロに受け、数十メートル先にある洞窟の壁へと叩きつけられた。
「コタロウ!」
「なんて奴なの⁈ 自分へのダメージもお構いなしなんて!」
ブレスにより洞窟の岩肌と地面は焼かれ、灼熱の吐息が通った痕は黒く変色していた。リンはいまだモウモウと立ち昇る黒煙の中にいるであろう愛犬の無事を祈りながら、視線をキョロキョロと動かしコタロウの姿を探す。するとムクリと立ち上がる人影を見つける。
「コタロウ!」
「クッ! 自爆覚悟で攻撃を優先するとは……」
焼けただれた大地から立ち上がる鋼鉄のナイト、腕に装備していた盾はドロドロに溶け、グニャリと歪な形に姿を変えていた。
「よもや盾すら溶かすブレスとは……直撃していたら、この鋼鉄のボディーといえど、タダではすまなかった」
「よかった。大丈夫そう」
コタロウの健在な姿を見てリンはホッと胸をなで下ろす。
「コタロウの盾を溶かすほどのブレスなんて、ヤバすぎだわ。でも盾は犠牲になったけど、これでブレスは吐けなくなったかも」
ハルカはコタロウの無事な姿を目にすると、すぐにカオスドラゴンを探しはじめた。洞窟の中を静かな風が吹き、少しずつ立ち昇る黒煙を押し流すと、徐々に広間の視界がクリアーになっていく。
そして煙が晴れたとき、リンたちの前に下アゴを失くし、おぞましい顔へと変貌を遂げたカオスドラゴンが現れた。
「……」
「あっ! 口がなくなってる」
無言のカオスドラゴンを見てリンは驚く。顔の下半分を失い、残った上半分とノドも、自らのブレスにより焼きタダレていたからだった。
「コタロウを倒すために、無理やりブレスを吐いたのね。でも、その代償は大きかった。これで厄介な遠距離からのブレス攻撃は封じたはずよ」
「はーちゃん、アレ……い、痛そうだね。大丈夫かな?」
「イヤイヤイヤイヤ、リン! 敵を心配してどうするのよ! 私たちはこれからアレを倒さなきゃいけないのよ⁈」
「えへへ、そうだったね」
「はあ~、いつものリンらしいわね」
ため息を吐きながら苦笑いするハルカを見て、リンは微笑んでいた。
「これは……このドラゴンの目は、まったく衰えていない!」
口を失くしたカオスドラゴン……しかし、その瞳に宿る狂気の色は変わらず、怒りの視線をコタロウにぶつけていた。
もはや役に立たないスクラップと化した盾を投げ捨てると、騎士は剣の切っ先をドラゴンに向け両手で構える。
すると……カオスドラゴンの顔の傷口が、ボコボコと泡立つようにうごめきだす。
「な、なにあれ?」
「まさか……再生能力⁈」
カオスドラゴンの傷ついた顔のあちこちから肉が盛り上がり、失った口や鼻を形作っていく……そして失われた下アゴは完全に再生し、元の姿へと戻ってしまう。
「グォォォォッ!」
高らかに吼えるカオスドラゴン……それはまるで、『貴様の小賢しい攻撃など、我には無意味だ』と言っているようだった。
「傷口を一瞬で治す再生能力に、自らが傷つくのもお構いなしの狂える獣か……少々厄介だな」
「ギュアァァァァァァ!」
すると先制とばかりに混沌の竜は動き出す。十数メートル離れていた距離を一足飛びで詰め、凶々しい爪の一撃をコタロウに放つ。
「だが!」
迫り来るカオスドラゴンの凶爪、しかしコタロウは避けようともせず、斜め上から振り下ろされた腕に向かって、一歩前へ踏み込んだ。
ドラゴンの爪は、横から叩きつけられた騎士剣によって、内へと流されてしまう。それと同時に腕を潜り抜けたコタロウは、ドラゴンの脇を斬りつけながら走り抜けていく。
刹那に巻き起こった爆発に、コタロウの攻撃は弾き返される。剣で斬りつけた衝撃に、リアクティブアーマーは反応し、散弾銃のようにウロコを周囲に撒き散らしていた。
「所詮は獣……ご主人様を得た騎士が負ける道理などない!」
「グォォォォ!」
ドラゴンの脇を走り抜け、ウロコの散弾攻撃を回避したコタロウは、素早く振り向くと、再び剣を構える。
長い首を伸ばし、後ろ向きのまま後方にいる鬱陶しい敵を睨む混沌の竜……二匹の間に沈黙が流れる。そして――
「参る!」
「グギャアァァァァッ!」
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また、おーぷん2ちゃんねるにいわゆるSS形式で投稿したものですので読みづらい面もあるかもですが、お付き合いいただけますと幸いです。
姉妹作「新訳零戦戦記」「信長2030」
共々宜しくお願い致しますm(_ _)m
改造空母機動艦隊
蒼 飛雲
歴史・時代
兵棋演習の結果、洋上航空戦における空母の大量損耗は避け得ないと悟った帝国海軍は高価な正規空母の新造をあきらめ、旧式戦艦や特務艦を改造することで数を揃える方向に舵を切る。
そして、昭和一六年一二月。
日本の前途に暗雲が立ち込める中、祖国防衛のために改造空母艦隊は出撃する。
「瑞鳳」「祥鳳」「龍鳳」が、さらに「千歳」「千代田」「瑞穂」がその数を頼みに太平洋艦隊を迎え撃つ。
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