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「俺らに竜の血が入ってるっても、全然人間と変わらねえんだし。第一、ヘリオスも俺も、自分のやるべきことをちゃんとやってんだ。何言われても気にならねえよ」

そうして手を左右に振り、おどけた顔を見せた。そしてそのままルピナスの頭に持たれかかるように手を乗せると、前方にいるトエイとヘリオスに憂いた視線を向けた。

「…………解決、だよな。終わりだよな」

「……ええ」

反乱軍と思われていたのは、実はマグナドラゴンで。そしてそのマグナドラゴンは今去った。
後は、焼けた街を元に戻し、当面の民の生活の保障などの事務的な問題だけしか残っていない、筈。
なのに、アインはその頭の中にじわりと広がる妙な感覚に不安を抱いていた。
無邪気に、笑うトエイ。その笑顔は青い空のように清やかで、湖のように透明なのに。
反して、何故にこの心はざわつくのか。
そしてそう感じていたのは、ヘリオスも同じだった。

   *   *   *

マグナドラゴンの急襲から、七日ほどが経った。
ヘリオスは、火災の原因は竜の反乱によるものだと発表し、アインとの自身の関係性も告白しようとしたが、それは静かに止められた。アインは、このまま聖騎士を続けるらしく、もしかしたら他国に出るかもしれないからむやみに目立ちたくないと言い放ったからだ。

「国を広げるのはお前の役目。俺は戦うのが役目」

双子の兄である彼を官僚か何かとして公然の場に出したかったヘリオスだったのだが、仕方ない、と了承を意味する息を吐いた。
ならばルピナス、と彼が視線を向けると、彼女もまた、首を横に振ったのだった。
その後、ヘリオスは首都アグラの復興と、民の生活の保障を最優先に考え、行動した。戦にばかりかまけている殺戮王と称されていた彼の行動に、一部の民は戸惑っていた。
それもその筈、ヘリオスは自ら首都の中を歩き回り、その被害の甚大さと、民の声を直接聞いて回るという行動に出ていたのだ。

「……あ、は、はいっ。あのっ、足りないのは……水だけで。あの、あの。……食物は、十分」

「ならばいい。次へ行くぞ」

ヘリオスはそう言うと、怯えた様子の民を尻目に、己の足で砂土を踏み去っていった。
雲の上の神にも等しい存在だった彼が目の前に立って自分達の言葉に耳を傾けているというだけで、民は混乱した。民たちは立ち去る彼の背中を壁の向こうから盗み見ながら、苦笑いを見せた。

「国にディアナドラゴンがいるのといないのとでは、こうも違うのかね」

雲一つ無い空には、燃える太陽。
照りつける暑さにさすがに体力を奪われたのか、ヘリオスは手に持っていた剣を側にいた部下に預け、髪を後ろでひとつに縛った。

「ヘリオスー!」

「ディアナ様、そのような姿では白い御肌が……! 」

腕も足も大きく露出した短い裾のワンピースを着た少女は、耳下までの銀の髪をさらさらと揺らしながらこちらに駆け寄ってきた。その後ろを、侍女らしき年配の女性が必死に追い掛けている。

「……トエイ。城の中を走」

そう言って、少し不機嫌に目を細めるヘリオスの心中など構わず、トエイは更に足の速度を速め、彼の胸の中へと勢い良く飛び込んでいった。
そうされては、ヘリオスは彼女を優しく受けとめることしか出来ず、ついその口元を緩めてしまう。

「申し訳ありません陛下……」

息を切らした侍女が深々と頭を下げるの見て、ヘリオスは「かまわん」とだけ答えた。

「ディアナ様、せめてこれだけでも肩に」

そうして侍女はトエイの肩にそっと白いヴェールをかけると、そのまま頭を下げ後ろ歩きにその場を立ち去った。それを手を振り見送ると、トエイはヘリオスに視線を合わせ、微笑んだ。

「お帰りなさい」

「ああ、今帰った」

ぎゅ、と自身の体に身を寄せる彼女に答えるように腕を回し、同じように力を込めた後、二人は並んで城の回廊を歩いた。 

あの後、ヘリオスはトエイにも問い掛けた。

「お前は、どうする」

「私はヘリオスと居たいよ。どうせなら、ディアナドラゴンとして」

考える間を与えるつもりだったヘリオスは、肝を抜かれた。まさか何も考えずにそう答えたのではないかと心配したルピナスが柔らしく確認するも、トエイの口からはやはり同じ言葉しか出てこなかった。

「……駄目かな」

「駄目じゃないけど、まさか水を出す気じゃないでしょうね?」

「無茶はしないよ。少しずつ、考えてやるから。それに、ディアナドラゴンが王様であるヘリオスの側にいるって分かれば、街の皆の見方も変わるかなーって」

ついこの間まで、何も知らない子供だったのに。

「頭の回る子……」

感心するルピナスだが、そうでは無かった。彼女は知略を巡らせてそう言ったのではない。
彼女なりに、"どうすればヘリオスと一緒に過ごせるか"を純粋に考えた結果に過ぎないのだ。
しかしそれは見事に全ての事柄へのプラスとなり、凍てついた心を持つヘリオスの安寧の糧となる。
そして、トエイは昨日のうちに大々的に城へと迎え入れられ、全ての民が待ち望んだ「ディアナドラゴン」として再起したのだった。

「今日も暑いね」

部屋の窓から外を覗くトエイは、その眼に降り注ぐ日差しを片手で遮りながら、ぽつりと呟いた。

「例年に比べ、この国の気温は上昇している。お前には……辛い環境かもしれん」

ヘリオスは部屋の中央に据えられた椅子に上着をかけ、首筋に流れる汗を布で拭き取っていく。
その行動に気付いたトエイは、小走りに彼に駆け寄った。彼の手から布を奪うと、彼の汗を拭ってやった。
トエイの背はヘリオスの肩付近までだけしか無い。にも関わらず、懸命に腕を伸ばす彼女を見て、ヘリオスは気恥ずかしそうに頬を染めた。

「お前がそんな侍女みたいな世話をしなくても構わん」

「そうなの?でも"しんこんふーふ"はこうするってアインが」

「……あの調子者め」

何を吹き込んだのだ、とヘリオスは眉間に皺を寄せた。その嫌悪感が自分に向けられたのではと感じたトエイは、顔に影を落とした。
だがヘリオスはその変化をいち早く察知し、すぐに話題を変えた。

「そういえば、そろそろ時間だな」

「あ……本当だ、早く準備しなきゃいけないね」

トエイはヘリオスの汗を拭うのをやめると、忙しなく部屋の隅のクローゼットに向かい、その中から紫色のローブを取出しまたこちらに戻ってきた。

「はいっ」

それは、私用の際にヘリオスが羽織るローブ。彼はそれを着流すように纏う。そして、

「お前はもう出れるのか。そのままか?」

と、まるで彼女の夫のような口振りで問い掛けた。

「うん、早く行こう!」

トエイは焦りがちに答えると、部屋の窓を閉めた。そして急いた様子でヘリオスの腕を引き、扉を開けた。
彼女が急ぐのには訳がある。
今日はこれから、どうしても外せない大事な用があるのだ。

それは。
大切な家族の、新天地への旅立ちの見送りだった。

「ルピナス、ノーブル皇国ってすごいの?」

トエイは、微笑みながらそう聞いた。乾いた砂漠の街道を背に、深緑の髪をたなびかせるルピナスは、顔にそれがかからぬよう押さえている。

「魔導術に関してはは世界一の国だからね。皇帝は気難しいので有名だけど」

「よくそんなとこの学院からお呼びがかかったな。教師なんか出来んのかよ」

今だにそれが信じられないといった様子のアインに対し、ルピナスは胸を張った。が、すぐに困ったように笑ってみせた。

「確かにあたしもびっくりしたわ。なんでも、様々な分野の教師を精力的に迎えいれているみたいなのよ。でもそれでわざわざあたしを呼ぶかしらねえ……」

お呼びがかかって嬉しい反面、ルピナスはまだ浮いた気持ちでいるようだ。

「第一線を征くドラゴンハンター、そして希少生物保護管理官(アミュレシア)。経歴だけは、一人前以上だからな」

「だけって何よヘリオス」

「誉めたんだ」

「おーい、兄ちゃんのことも誉めろよヘリオス」

不満そうに声を出すアインに、ヘリオスは冷ややかな視線を返した。

「お前は天覧試合に行くだけだろうが。ダイアンサスの名を落とすようなことだけはするなよ」

「はいはい。お前の名前、更に上げてきてやるよ。この剣でな」

どん、とアインはヘリオスの胸を押すと、自身の背中の細い剣を親指で差した。上品な柄の装飾が、屈強な身体を持つ彼にひどく似合わない。

「それはこの国の古代の宝物だ。失うなよ」

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