神創系譜Episode of Diansas「水竜の夢」

橘伊鞠(ろさ)

文字の大きさ
16 / 23

16

しおりを挟む
「俺らに竜の血が入ってるっても、全然人間と変わらねえんだし。第一、ヘリオスも俺も、自分のやるべきことをちゃんとやってんだ。何言われても気にならねえよ」

そうして手を左右に振り、おどけた顔を見せた。そしてそのままルピナスの頭に持たれかかるように手を乗せると、前方にいるトエイとヘリオスに憂いた視線を向けた。

「…………解決、だよな。終わりだよな」

「……ええ」

反乱軍と思われていたのは、実はマグナドラゴンで。そしてそのマグナドラゴンは今去った。
後は、焼けた街を元に戻し、当面の民の生活の保障などの事務的な問題だけしか残っていない、筈。
なのに、アインはその頭の中にじわりと広がる妙な感覚に不安を抱いていた。
無邪気に、笑うトエイ。その笑顔は青い空のように清やかで、湖のように透明なのに。
反して、何故にこの心はざわつくのか。
そしてそう感じていたのは、ヘリオスも同じだった。

   *   *   *

マグナドラゴンの急襲から、七日ほどが経った。
ヘリオスは、火災の原因は竜の反乱によるものだと発表し、アインとの自身の関係性も告白しようとしたが、それは静かに止められた。アインは、このまま聖騎士を続けるらしく、もしかしたら他国に出るかもしれないからむやみに目立ちたくないと言い放ったからだ。

「国を広げるのはお前の役目。俺は戦うのが役目」

双子の兄である彼を官僚か何かとして公然の場に出したかったヘリオスだったのだが、仕方ない、と了承を意味する息を吐いた。
ならばルピナス、と彼が視線を向けると、彼女もまた、首を横に振ったのだった。
その後、ヘリオスは首都アグラの復興と、民の生活の保障を最優先に考え、行動した。戦にばかりかまけている殺戮王と称されていた彼の行動に、一部の民は戸惑っていた。
それもその筈、ヘリオスは自ら首都の中を歩き回り、その被害の甚大さと、民の声を直接聞いて回るという行動に出ていたのだ。

「……あ、は、はいっ。あのっ、足りないのは……水だけで。あの、あの。……食物は、十分」

「ならばいい。次へ行くぞ」

ヘリオスはそう言うと、怯えた様子の民を尻目に、己の足で砂土を踏み去っていった。
雲の上の神にも等しい存在だった彼が目の前に立って自分達の言葉に耳を傾けているというだけで、民は混乱した。民たちは立ち去る彼の背中を壁の向こうから盗み見ながら、苦笑いを見せた。

「国にディアナドラゴンがいるのといないのとでは、こうも違うのかね」

雲一つ無い空には、燃える太陽。
照りつける暑さにさすがに体力を奪われたのか、ヘリオスは手に持っていた剣を側にいた部下に預け、髪を後ろでひとつに縛った。

「ヘリオスー!」

「ディアナ様、そのような姿では白い御肌が……! 」

腕も足も大きく露出した短い裾のワンピースを着た少女は、耳下までの銀の髪をさらさらと揺らしながらこちらに駆け寄ってきた。その後ろを、侍女らしき年配の女性が必死に追い掛けている。

「……トエイ。城の中を走」

そう言って、少し不機嫌に目を細めるヘリオスの心中など構わず、トエイは更に足の速度を速め、彼の胸の中へと勢い良く飛び込んでいった。
そうされては、ヘリオスは彼女を優しく受けとめることしか出来ず、ついその口元を緩めてしまう。

「申し訳ありません陛下……」

息を切らした侍女が深々と頭を下げるの見て、ヘリオスは「かまわん」とだけ答えた。

「ディアナ様、せめてこれだけでも肩に」

そうして侍女はトエイの肩にそっと白いヴェールをかけると、そのまま頭を下げ後ろ歩きにその場を立ち去った。それを手を振り見送ると、トエイはヘリオスに視線を合わせ、微笑んだ。

「お帰りなさい」

「ああ、今帰った」

ぎゅ、と自身の体に身を寄せる彼女に答えるように腕を回し、同じように力を込めた後、二人は並んで城の回廊を歩いた。 

あの後、ヘリオスはトエイにも問い掛けた。

「お前は、どうする」

「私はヘリオスと居たいよ。どうせなら、ディアナドラゴンとして」

考える間を与えるつもりだったヘリオスは、肝を抜かれた。まさか何も考えずにそう答えたのではないかと心配したルピナスが柔らしく確認するも、トエイの口からはやはり同じ言葉しか出てこなかった。

「……駄目かな」

「駄目じゃないけど、まさか水を出す気じゃないでしょうね?」

「無茶はしないよ。少しずつ、考えてやるから。それに、ディアナドラゴンが王様であるヘリオスの側にいるって分かれば、街の皆の見方も変わるかなーって」

ついこの間まで、何も知らない子供だったのに。

「頭の回る子……」

感心するルピナスだが、そうでは無かった。彼女は知略を巡らせてそう言ったのではない。
彼女なりに、"どうすればヘリオスと一緒に過ごせるか"を純粋に考えた結果に過ぎないのだ。
しかしそれは見事に全ての事柄へのプラスとなり、凍てついた心を持つヘリオスの安寧の糧となる。
そして、トエイは昨日のうちに大々的に城へと迎え入れられ、全ての民が待ち望んだ「ディアナドラゴン」として再起したのだった。

「今日も暑いね」

部屋の窓から外を覗くトエイは、その眼に降り注ぐ日差しを片手で遮りながら、ぽつりと呟いた。

「例年に比べ、この国の気温は上昇している。お前には……辛い環境かもしれん」

ヘリオスは部屋の中央に据えられた椅子に上着をかけ、首筋に流れる汗を布で拭き取っていく。
その行動に気付いたトエイは、小走りに彼に駆け寄った。彼の手から布を奪うと、彼の汗を拭ってやった。
トエイの背はヘリオスの肩付近までだけしか無い。にも関わらず、懸命に腕を伸ばす彼女を見て、ヘリオスは気恥ずかしそうに頬を染めた。

「お前がそんな侍女みたいな世話をしなくても構わん」

「そうなの?でも"しんこんふーふ"はこうするってアインが」

「……あの調子者め」

何を吹き込んだのだ、とヘリオスは眉間に皺を寄せた。その嫌悪感が自分に向けられたのではと感じたトエイは、顔に影を落とした。
だがヘリオスはその変化をいち早く察知し、すぐに話題を変えた。

「そういえば、そろそろ時間だな」

「あ……本当だ、早く準備しなきゃいけないね」

トエイはヘリオスの汗を拭うのをやめると、忙しなく部屋の隅のクローゼットに向かい、その中から紫色のローブを取出しまたこちらに戻ってきた。

「はいっ」

それは、私用の際にヘリオスが羽織るローブ。彼はそれを着流すように纏う。そして、

「お前はもう出れるのか。そのままか?」

と、まるで彼女の夫のような口振りで問い掛けた。

「うん、早く行こう!」

トエイは焦りがちに答えると、部屋の窓を閉めた。そして急いた様子でヘリオスの腕を引き、扉を開けた。
彼女が急ぐのには訳がある。
今日はこれから、どうしても外せない大事な用があるのだ。

それは。
大切な家族の、新天地への旅立ちの見送りだった。

「ルピナス、ノーブル皇国ってすごいの?」

トエイは、微笑みながらそう聞いた。乾いた砂漠の街道を背に、深緑の髪をたなびかせるルピナスは、顔にそれがかからぬよう押さえている。

「魔導術に関してはは世界一の国だからね。皇帝は気難しいので有名だけど」

「よくそんなとこの学院からお呼びがかかったな。教師なんか出来んのかよ」

今だにそれが信じられないといった様子のアインに対し、ルピナスは胸を張った。が、すぐに困ったように笑ってみせた。

「確かにあたしもびっくりしたわ。なんでも、様々な分野の教師を精力的に迎えいれているみたいなのよ。でもそれでわざわざあたしを呼ぶかしらねえ……」

お呼びがかかって嬉しい反面、ルピナスはまだ浮いた気持ちでいるようだ。

「第一線を征くドラゴンハンター、そして希少生物保護管理官(アミュレシア)。経歴だけは、一人前以上だからな」

「だけって何よヘリオス」

「誉めたんだ」

「おーい、兄ちゃんのことも誉めろよヘリオス」

不満そうに声を出すアインに、ヘリオスは冷ややかな視線を返した。

「お前は天覧試合に行くだけだろうが。ダイアンサスの名を落とすようなことだけはするなよ」

「はいはい。お前の名前、更に上げてきてやるよ。この剣でな」

どん、とアインはヘリオスの胸を押すと、自身の背中の細い剣を親指で差した。上品な柄の装飾が、屈強な身体を持つ彼にひどく似合わない。

「それはこの国の古代の宝物だ。失うなよ」

しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

遡ったのは君だけじゃない。離縁状を置いて出ていった妻ーー始まりは、そこからだった。

沼野 花
恋愛
夫と子供たちに、選ばれなかったイネス。 すべてを愛人に奪われ、彼女は限界を迎え、屋敷を去る。 だが、その先に待っていたのは、救いではなかった。 イネスを襲った、取り返しのつかない出来事。 変わり果てた現実を前に、 夫はようやく、自分が何を失ったのかを思い知る。 深い後悔と悲しみに苛まれながら、 失ったイネスの心を取り戻そうとする夫。 しかし、彼女の心はすでに、外の世界へと向かっていた。 贖罪を背負いながらもイネスを求め続ける夫。 そして、母の心を知っていく子供たち。 イネスが求める愛とは、 そして、幸せとは――。

夫と息子に邪険にされたので王太子妃の座を譲ります~死に戻ってから溺愛されても今更遅い

青の雀
恋愛
夫婦喧嘩の末に置き去りにされた妻は、旦那が若い愛人とイチャついている間に盗賊に襲われ、命を落とした。 神様の温情により、10日間だけこの世に戻った妻と護衛の騎士は、その10日間の間に心残りを処分する。それは、娘の行く末と……もし、来世があるならば、今度は政略といえども夫以外の人の妻になるということ。 もう二度と夫と出会いたくない彼女は、彼女を蔑ろにしてきた息子とも縁を切ることを決意する。 生まれかわった妻は、新しい人生を強く生きることを決意。 過去世と同じ轍を踏みたくない……

身代わりで呪いの公爵に嫁ぎましたが、聖女の力で浄化したら離縁どころか国一番の溺愛妻になりました〜実家が泣きついてももう遅い〜

しょくぱん
恋愛
「お前のような無能は、死神の生贄にでもなっていろ」 魔力なしの無能と蔑まれ、家族に虐げられてきた伯爵令嬢レティシア。 彼女に命じられたのは、近づく者すべてを病ませるという『呪いの公爵』アレクシスへの身代わり結婚だった。 鉄格子の馬車で運ばれ、たどり着いたのは瘴気に満ちた死の城。 恐ろしい怪物のような男に殺される――。 そう覚悟していたレティシアだったが、目の前の光景に絶望よりも先に別の感情が湧き上がる。 (な、何これ……汚すぎるわ! 雑巾とブラシはどこ!?) 実は、彼女が「無能」と言われていたのは、その力が『洗浄』と『浄化』に特化した特殊な聖女の魔力だったから。 レティシアが掃除をすれば、呪いの瘴気は消え去り、枯れた大地には花が咲き、不気味だった公爵城はまたたく間にピカピカの聖域に塗り替えられていく。 さらには、呪いで苦しんでいたアレクシスの素顔は、見惚れるほどの美青年で――。 「レティシア、君は一体何者なんだ……? 体が、こんなに軽いのは初めてだ」 冷酷だったはずの公爵様から、まさかの執着と溺愛。 さらには、呪いが解けたことで領地は国一番の豊かさを取り戻していく。 一方で、レティシアを捨てた実家は、彼女の『浄化』を失ったことで災厄に見舞われ、今さら「戻ってきてくれ」と泣きついてくるが……。 「私は今、お城の掃除と旦那様のお世話で忙しいんです。お引き取りくださいませ」 これは、掃除を愛する薄幸令嬢が、その愛と魔力で死神公爵を救い、最高に幸せな居場所を手に入れるまでのお話。

妻からの手紙~18年の後悔を添えて~

Mio
ファンタジー
妻から手紙が来た。 妻が死んで18年目の今日。 息子の誕生日。 「お誕生日おめでとう、ルカ!愛してるわ。エミリア・シェラード」 息子は…17年前に死んだ。 手紙はもう一通あった。 俺はその手紙を読んで、一生分の後悔をした。 ------------------------------

異世界で目覚めたら、もふもふ騎士団に保護されてました ~ちびっ子だけど、獣人たちの平穏のためお世話係がんばります!!~

ありぽん
ファンタジー
神のミスで命を落とした芽依は、お詫びとして大好きな異世界へ転生させてもらえることに。だが転生の際、またしても神のミスで、森の奥地に幼女の姿で送られてしまい。転生の反動で眠っていた瞳は、気づかないうちに魔獣たちに囲まれてしまう。 しかしそんな危機的状況の中、森を巡回していた、獣人だけで構成された獣騎士団が駆け付けてくれ、芽依はどうにかこの窮地を切り抜けることができたのだった。 やがて目を覚ました芽依は、初めは混乱したものの、すぐに現状を受け入れ。またその後、同じ種族の人間側で保護する案も出たが、ある事情により、芽依はそのまま獣騎士団の宿舎で暮らすことに。 そこで芽依は、助けてくれた獣騎士たちに恩を返すため、そして日々厳しい任務に向かう獣人たちが少しでも平穏に過ごせるようにと、お世話係を買って出る。 そんな芽依に、当初は不安だった獣人たちだったが、元気で明るい瞳の存在は、次第に獣人たちの力となっていくのだった。 これはちびっ子転生者の芽依が、獣人や魔獣たちのために奮闘し、癒しとなっていく。そんな、ほっこりまったり? な物語。

人質5歳の生存戦略! ―悪役王子はなんとか死ぬ気で生き延びたい!冤罪処刑はほんとムリぃ!―

ほしみ
ファンタジー
「え! ぼく、死ぬの!?」 前世、15歳で人生を終えたぼく。 目が覚めたら異世界の、5歳の王子様! けど、人質として大国に送られた危ない身分。 そして、夢で思い出してしまった最悪な事実。 「ぼく、このお話知ってる!!」 生まれ変わった先は、小説の中の悪役王子様!? このままだと、10年後に無実の罪であっさり処刑されちゃう!! 「むりむりむりむり、ぜったいにムリ!!」 生き延びるには、なんとか好感度を稼ぐしかない。 とにかく周りに気を使いまくって! 王子様たちは全力尊重! 侍女さんたちには迷惑かけない! ひたすら頑張れ、ぼく! ――猶予は後10年。 原作のお話は知ってる――でも、5歳の頭と体じゃうまくいかない! お菓子に惑わされて、勘違いで空回りして、毎回ドタバタのアタフタのアワアワ。 それでも、ぼくは諦めない。 だって、絶対の絶対に死にたくないからっ! 原作とはちょっと違う王子様たち、なんかびっくりな王様。 健気に奮闘する(ポンコツ)王子と、見守る人たち。 どうにか生き延びたい5才の、ほのぼのコミカル可愛いふわふわ物語。 (全年齢/ほのぼの/男性キャラ中心/嫌なキャラなし/1エピソード完結型/ほぼ毎日更新中)

『白い結婚だったので、勝手に離婚しました。何か問題あります?』

夢窓(ゆめまど)
恋愛
「――離婚届、受理されました。お疲れさまでした」 教会の事務官がそう言ったとき、私は心の底からこう思った。 ああ、これでようやく三年分の無視に終止符を打てるわ。 王命による“形式結婚”。 夫の顔も知らず、手紙もなし、戦地から帰ってきたという噂すらない。 だから、はい、離婚。勝手に。 白い結婚だったので、勝手に離婚しました。 何か問題あります?

敗戦国の姫は、敵国将軍に掠奪される

clayclay
恋愛
架空の国アルバ国は、ブリタニア国に侵略され、国は壊滅状態となる。 状況を打破するため、アルバ国王は娘のソフィアに、ブリタニア国使者への「接待」を命じたが……。

処理中です...