新、有楽町で会いましょう

充太郎

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第二十章「似てるところ」

似てるところ

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金曜の夜に森乃ちゃんから電話がかかってきた。

「こんばんは、ソラさん。いまいいですか?」

「こんばんは。大丈夫だよ」そう答えた瞬間に大ちゃんとの水曜日の話が一気に思い出された。

「ソラさん、明日もし都合つくなら会ってもらえませんか?」

ルイへのプレゼントは土日のどちらかで買いに行けば問題なかったので、「何時でも、いいよ」と答えた。

「じゃあ、明日は私に任せてもらってもいいですか?」

「うん、いいけど。任せていいのかな?」

「はい。それじゃあ、場所と時間はメールしますね!」

「うん」

「では明日!おやすみなさい」そう森乃ちゃんは言って、あっという間に電話が終わってしまった。

僕は、てっきり大ちゃんとの事でも言われるのかと思い構えていたので拍子抜けした。


その後、ビールを飲みながら曙さんのラジオを聞いて掲示板に「ソラ@こんばんわ!」と書き込んだら、ラジオを聞いていたハーマーさんから電話がきた。

「元気か?ソラ君!」

「はい、元気です。ハーマーさんは?」

「あぁ、元気だよ。いまさっき曙の掲示板にソラ君が書き込んだからさ、ちょっと電話しようと思って」

「ありがとうございます」

「明日さ、みんなで飲むんだけど、よかったら来ないか?」

「明日は、もし用事終わればとかでもいいですか?」

「あぁ、予定あるなら無理しなくていいから。おそらく19時ぐらいから新橋だから。連絡ちょうだい」

「わかりました!ありがとうございます」

「オッケー。じゃあね」

やっぱり、兄弟とは似てるものだなと思った。
ハーマーさんも森乃ちゃんも、あっという間に電話が終わるし、兄弟そろって同じ日に誘われるとは思わなかったが反面嬉しくもあった。

携帯をみるとハーマーさんとの電話の間に森乃ちゃんからのメールがきていた。


「森乃です。:明日は12時に恵比寿、待ち合わせでいいですか?」

僕は恵比寿かぁ~、と思ったが「OKです!」と返信するとすぐに「お昼食べないで来てくださいね。おやすみなさい」と返信があった。


明日、森乃ちゃんと会う事で何かしらの話になるだろうと予想した。いかなる結果になったとしても傷つけてしまう様な気がしてならい。  

少し気が引けたが明日がそのタイミングなんだろう。そんな事をベッドの中で考えていたら、いつの間にか電気も付けっ放しで寝てしまっていた。



翌朝起きて時間を確認すると10時を回っていた。昨夜はそのまま寝てしまったので目覚ましのセットを忘れていた。これじゃあ、朝ごはんを用意している暇もないと思い、慌ててシャワーを浴びた。

それでも、恵比寿に着いたのは待ち合わせの10分前だった。土曜の12時は思った以上に人が多かった。
改札を抜けると森乃ちゃんは柱の前に立って携帯をいじっている。

「お待たせ!」

「あっ!ビックリしたぁ。早いですね、ソラさん」

そんなやり取りをした後、僕は森乃ちゃんについて代官山方面へ歩いて行った。

久しぶりに会う森乃ちゃんは、とても健康的で可愛らしい女性だった。
実際、こうして2人で会話をしながら並んで歩いていると、凄く楽しい。
ルイと歩いているのとは、また少し違った感覚だった。

程なく歩くと、森乃ちゃんが予約してくれたお店はカジュアルフレンチのチョットした有名店だった。
どうして僕が、このお店を知っていたかと言うとラン姉ちゃんと旦那さんが結婚した後、両家で食事会をしたお店だった。まぁ、
もちろんお店を選んだのはラン姉ちゃんだが、その時に「なかなか予約取れないんだよ」と僕と母親にお店が決まった時に嬉しそうに話していた。

お店に入ると森乃ちゃんは受付で名前を伝えた。
その間、店内を見回すと殆どのテーブルが埋まっている。
だいたいは、カップルか女性同志で、さすがに男性一人とか二人組みはいなかった。ふらっと入るようなお店でもない。

綺麗な店員さんにテーブルまで案内され僕らは椅子に座った。


「凄い混んでるね。予約して良かったぁ~」

「わざわざ、ありがとうね」

「ううん、私こそ恵比寿まで呼んでしまって、迷惑じゃなかったですか?」

「いやいや、なかなかこっちまで来ないしね。料理はどうする?」

「ランチはコースでABCの3つから選ぶんですよ。どうします?」

そうして、2人でメニューを見た。
僕は朝ごはんを食べ損ねたのでお腹が空いていた。
ボリュームのあるメインが牛肉のCコースにした。森乃ちゃんは、まんべんなく食べられるAコースでオーダーすることにした。

料理が届くまでの間、急に本題を話すのも何かと思い、黙って周りを見渡していた。
前にこのお店に来た時は人数も多かったので奥の個室に入ったが、今座っているテーブルからの眺めは、また別の物だった。

そういえば、この前に森乃ちゃんとお昼を食べた時も、こんな感じで料理が届くまでたいした会話もなかった気がする。
そう思い森乃ちゃんを見ると、森乃ちゃんは窓の外を眺めていた。
しばらくすると料理が運ばれて来て順に食べた。
森乃ちゃんは何度も「美味しい」と笑顔で言った。

メインの牛肉を切っている時、森乃ちゃんが言った。


「ソラさんって、先にお肉を全部切ってから食べるんですね」

「うん、おそらくマナー的にはダメだよね?確か」

「いえいえ、私はどちらでもいいんですけど、父も兄も先に全部切ってから食べるんです」

「そうなんだ」

「だから、同じだなと思って。つい…嫌な気分になりました?」

「ううん。ぜんぜん」そう言ってはみたものの、女の人は色々見ているなと思って、少し気をつけないといけない。

「初めてソラさんと大島さんに会った時にも思ったんです」

「なにを?」

「あの時、魚料理だったじゃないですか。大島さんは一口ずつ切っていたんですけど、ソラさんは先に食べやすい様に魚の身をほとんど取ってたんです」

「確かに、いつもそうしてるかな。無意識だけど」

「女の人って、そういうの見てるんですよ。けっこう」

「おそれいります」そう言って2人とも笑った。

「ただ、興味がないと見ないんですよ、そういうのって」

「そっかぁ、気をつけないとな……」その後、なんともいえない間が続いた。

料理を食べ終わって、この後どうするのかと思っていたら、映画行ってもいいですか?と森乃ちゃんは言った。

断る理由もなかったので「いいよ」と返事をすると僕らは電車で新宿に向かった。
土曜の昼を過ぎた山の手線は空いていたが、新宿の山の手線ホームは凄く人で混んでいた。
森乃ちゃんは離れないようにする為なのか僕のコートを掴んでいたけど特に気にしないように振舞った。

東口にある映画館に着いたが上映時間まで少し時間があったので森乃ちゃんは近くのゲームセンターに行きませんか?と僕の腕をつかんだ。
言われるままにゲームセンターに入ると森乃ちゃんは言いにくそうにプリクラのコーナーを指差した。

「えっ!恥ずかしいからいいよ」

「せっかくだから、ソラさん、撮りましょうよ!ダメですかぁ?」その「ダメですかぁ?」の言い方がとても可愛くて「せっかくだから」と言って機械に入ってしまった。

昔のプリクラと違ってカメラの周りが凄く明るかった。
森乃ちゃんは素早くお金を入れて「ソラさん」と腕を組まれた。
僕は普通に立っていると画面から顔が見切れていたので中腰になってカメラを見ていた。
あまりの速さに機械の声がカウントをとってシャッターが切られた。
ひと息つこうと思った矢先に間髪いれず、また機械の声がカウントを始めた。
結局何回撮るんだ?とその度に中腰にになっていたら終わっていた。最近のプリクラはポーズまで要求してくる。恥ずかしかったが森乃ちゃんは言われた通りにポーズを取っていたので、僕も背中合わせに真似をしたりした。
その後、落書きみたいな事をしたが、ここでも時間制限があって操作の仕方がよくわからないまま、日付のスタンプと◯△□のスタンプを何個かつけた。
写真が出来上がって森乃ちゃんは、そのスタンプに笑っていた。
森乃ちゃんはとても器用に名前をいれたりフレームを組み合わせてデコってくれていた。
出来上がったプリクラをみると、僕と森乃ちゃんは恋人の様でとても楽しそうにしていた。
おそらく、どの写真も森乃ちゃんが笑顔だから、そう見えるのかも知れない。
また、機械がポーズを要求してきた写真なんかは、とても躍動感があって素晴らしいとさえ感じた。

「なんだか、プリクラ見てると恋人みたいですね」映画館に向う途中で森乃ちゃんはプリクラをひらひら振りながら言った。

「そんな感じに見えるよね」

「本当に、そう思ってますぅ?」

「うううん」

「怪しいなぁ。ソラさん」



映画館に着いて飲み物とポップコーンを買って、劇場に入った。
普段はポップコーンとかは食べないが、森乃ちゃんは映画館では必ず「ポップコーンは必須です」と笑って言った。

映画はクリスマスのアニメ映画だった。
森乃ちゃんに渡されて3Dメガネをかけた。
鏡で確認は出来なかったがおそらくこの3Dメガネは似合ってないだろう。
その証拠に森乃ちゃんがくすくす笑っていた。

「まぁ、似合ってないのは知ってるけど、森乃ちゃん笑い過ぎ」僕は周りに人がいたので耳の近くで言った。

「変じゃないんですけど、なんか可愛くて」



映画の内容は、小さな無人島に住む怪獣?みたいのが、初めて海を渡って島を出たけども辿り着いた先では自分の見た目が怪獣で人々に恐れられたりイジメられたりで、泣く泣く自分が住んでた無人島に戻るんだけど、帰った島の家の中には知らない女の子が自分のベッドで寝ている。
で、その女の子は自分の事を恐れるどころかむしろ優しく接してくれる。

しばらく無人島で一緒に遊んで過ごすが別れの時が訪れてしまう。
その女の子はサンタクロースの孫娘で今年のクリスマスから、おじいちゃんの代わりに世界中にプレゼントを配りにいかなければならないと言う。

そこで怪獣は行かないで欲しいと女の子にお願いするが、どうしてもプレゼントは配りに行かなければならないと言う。
その代わりに女の子から怪獣にプレゼントをあげるから考えて欲しいと提案する。


一つは「怪獣を人間の姿に変えてあげる。そうすれば街に行っても恐れられる事もなければ、もっと沢山の人と友達になれると思う。その代わり怪獣にはもう2度と女の子の姿は見えなくなる」と言う。

もう一つは「怪獣の元に残ってずっと一緒に遊んで暮らしましょう。その代わり今年のクリスマスから世界中の子供達にプレゼントは届く事がない」と言った。
初めて出来た友達に怪獣は、どうしようもなく悩んで答えを出す。そう言った内容だった。



島に戻って、女の子と遊んでいるシーンなんかは楽しく見ていたのに急に、見ている自分も怪獣に感情移入してしまっていた。ラストではおもわず涙が出てしまった。

エンドロールが流れて森乃ちゃんを見ると泣いていた。


いや、これは泣くよと思った。


とりあえずエンドロールが流れ終わるまでスクリーンを見ていよう、そしてサントラ盤が欲しいと衝動が走った。

「ソラさん、どうでしたか?」

「いや、凄く良かったよ。全然知らなかったから、いい話だね」

「良かったぁ~。ソラさん泣いてましたけどね」

「そうねwまぁ、森乃ちゃんも泣いてたけどね」そう言って2人とも笑っていた。

とりあえずサントラが欲しかったのでCDショップに行くことにした。
森乃ちゃんも欲しいと言ったので、お昼のお礼に2枚買ってプレゼントした。
その頃には森乃ちゃんと大ちゃんの事もすっかり忘れて街を歩いていた。おそらく映画を観て涙を流したせいなのか、気持ちがすっきりしていた。

「ソラさん、夜ご飯どうします?」

「食べていこうか」僕はどうせ、家に帰ってもご飯の準備はしていなかったので、食べて行くことにした。
でも、このまま夜まで一緒に居てもいいのか?とも一瞬思った。

「予定とかなかったんですか?」

「特にはない……?」

「??」

「いやっ!そういえば昨日、ハーマーさんから連絡きたんだった。新橋で飲むから都合つくならおいでって」

「えっ!お兄ちゃんからですか?」

「うん。曙さんとかと飲むって」

「もし、あれでしたらいいですよ。お兄ちゃんの方に行っても……」

そう言う森乃ちゃんは、わかりやすいぐらい急にテンションが下がっている。
どうしようか迷ったが、ここから新橋に向かうのも悩ましかったし今日は森乃ちゃんに誘ってもらっていたので、後でハーマーさんにはメールする事に決めた。

「いや、一緒にご飯食べよう。ハーマーさんにはメールしておくよ」

「本当ですかぁ?」急に笑顔になった森乃ちゃんが可愛く見えた。

そう思うと急に森乃ちゃんの事を意識してしまう。
どうしてこんなに可愛い子が自分に好意を持ってくれているんだろう?もしルイが居なければ、僕は森乃ちゃんの事を好きだったかもしれない……いや好きになってたかもしれない。
間違いなくこの気持ちにブレーキをかけているのはルイの存在だった。
だから僕は平常心を保てていた。
でも、こう思う自分が酷く卑しい奴だとも思ってしまう。そう考えた途端、土曜の新宿は混んでいて、しかも凄く五月蝿と思った。


「ソラさん?」

「あっ、ごめんね。どこ行こうか?どんなの食べたい?」

「本当に大丈夫ですか?」

「うん。どうする?」

「そうですね、ソラさんが食べたいものでいいですよ。お酒メインでもいいですし」

「じゃあ、そんなにガヤガヤしてないとこにしようか」

「そうですね」

と、言ったもののガヤガヤしてない店なんて、知らなかったから、とりあえず2人で街を歩いた。
西口付近で京都料理のお店があったので、そこに入る事にした。
入口の雰囲気からして静観な佇まいだった。
お店に入ると着物姿の店員さんが「ご予約のお客様でしょうか?」と聞かれたので「してないと入れませんか?」と返すと「いえ、大丈夫ですよ。いらっしゃいませ」とお辞儀をしてくれた。もう既にいいお店だなと思った。

通された席は個室になっていて、ある程度の広さもあって落ち着くことが出来た。
温かいおしぼりをもらってメニューを見た。思ったより値段が高かったが、たまにはいいかとさえ思わせてくれる感じで完全に雰囲気に飲まれていた。

乾杯は森乃ちゃんもビールに付き合ってくれた。

僕等はある程度、料理を頼んで、さっき観た映画の話で盛り上がった。
その話がとても楽しかった。

僕が思うより森乃ちゃんは色々な事を考えていて自分でも気がつかなかった映画のシーンの感想を話していた。
僕は、そこまで深く感じる事が出来なかったから勉強になった。
その話をする森乃ちゃんが凄く大人に思えて、ただただ感心するばかりだった。
そんな風に熱心に話を聞きながら、僕と森乃ちゃんは日本酒を飲んでいた。1度トイレに立つと、かなり酔っている事がわかった。
と、いうかトイレから個室に戻る時、どこが自分達の居る個室かわからなかった。
流石にふらふらウロウロしている僕は目立っていたようで、着物姿の店員さんが笑顔で「お客様、こちらですよ」とドアを開けてくれた。

ドアが開いた瞬間、僕は笑ってしまった。
そうすると店員さんが「やっと素敵な彼女さんに会えましたね」と笑顔で僕の顔を見て戻っていった。
一瞬、森乃ちゃんは真顔になった気がしたが、目があって森乃ちゃんは言った。


「ソラさん、迷ってたんですかぁ?」


「迷ってたっていうか、なんていうかね」と、また笑ってしまったら、つられて「酔ってるんですか?」と森乃ちゃんも笑っていた。そうすると「私もお手洗いに」と席を立った。

その間、僕はハーマーさんに参加出来ないメールを送った。
さすがに森乃ちゃんと一緒ですとは書けなかったが…

戻ってきた森乃ちゃんは「まだ飲みますか?」と聞いてきたので「大丈夫だよ」と言うと日本酒を頼んだ。
その後も僕等は飲み続けた。
そしてわかったのは、森乃ちゃんは、かなりお酒が強いという事だった。   

ただ陽気になっているのはわかったから僕も楽しかった。
そう思うとルイとの時は、こんなに飲んだ事は無いと思った。

「森乃ちゃん、お酒強いね?でも大丈夫だよね?」

「全然平気ですよ。でも酔ってはいますけど、いい気分です。っっていうか楽しいんです。ソラさんとだから。本当に今日は楽しいなぁ」

「それは、良かった」

「それは良かったって、ソラさんは楽しくなかったんですか?私はソラさんが楽しんでくれているのかが知りたいんです」

「いや、楽しいよ、今も楽しいし」

「本当ですかぁ?」

「うん」

それから、たわいもない話を2~30分したぐらいから森乃ちゃんの雰囲気がおかしくなってきた。これは誰が見ても、いい酔っ払いだった。とりあえずケタケタ笑っていた。

「森乃ちゃん、大丈夫?」

「大丈夫ですよぉ~、ソラさぁ~ん」

まぁ、酔っているだけなら問題ないか。いざとなったらタクシーで家まで送ればいい。

「そろそろ帰るかな?」

「もう少し飲みましょうよ!せっかくなんですし。もしかして明日予定ありますかぁ~?あっ!もしかしたら女の人に会うのかしらぁ?」

「いや、女の人には会わないけど」

「ふぅーん、てっきりルイさんかなぁ?って。ルイさん、凄い美人で優しいですもんねぇ~。ソラさんのラジオも聞いてくれてるしぃ」

「……」

「あれ、変な事言いました?それとも、そうでしたぁ?」

「いや……」そう言った時、森乃ちゃんは「気持ち悪くなってきたかも」とトイレに立った。

このまま、この話が続いたら、なんて返そうと迷っていたので助かったが、ルイの名前が出ると思わなかったので焦ってしまった。
それから10分ぐらいたったが森乃ちゃんは戻って来なかったので、トイレを見に行った。
さすがに女子トイレに入る事は出来なかったので、店員さんにお願いすると、中から何か声が聞こえたが内容はわからなかった。

数分すると店員さんに「席に戻られて大丈夫ですよ」と言われ、お願いする事にした。
席に戻ると別の店員さんがお茶を持ってきてくれたので、ありがたく頂いた。

「お待たせしました」と店員さんが森乃ちゃんと戻って来たので椅子に座らせた。

「閉店まで時間ありますので、ごゆっくりどうぞ」と言われたので、礼を言った。

「森乃ちゃん、帰れる?」

「ダメです、まだ」

参ったなと思っていると森乃ちゃんは寝てしまった。

僕はもう一度、参ってしまった。
煙草を一本吸って考えよう。
そうだ、そうしようと自分に言い聞かせ煙草を吸ったが、やはり何も思いつかなかった。とりあえず水を頼んで、森乃ちゃんを起こして飲ませた。

「ソラさん、ごめんなさい。私……」

「無理して話さなくていいよ。とりあえず、もう少しお店にいる?」

「いえ、お店の人にも迷惑なので、外出たいです……」

「わかった」

そう言って僕はお会計を済ませて、お店の人にも礼を言った。「よくなるまで居てもらっても大丈夫ですよ」と言ってくれたが、丁重に断って森乃ちゃんと外に出た。外は思ったよりも寒くなくて気持ちが楽になった。

「森乃ちゃん、どうする?終電ないからタクシーで送るけど乗れる?」

「いまタクシー乗れません…」

「そっかぁ。う~ん、家に連絡しなくて大丈夫?もう遅いし」

「大丈夫です」

さっきより新宿の街は人が少なく西口付近は、むしろ寂しいぐらいだった。
これが歌舞伎町ならまた違うんだろうけど、それはそれで大変だった様な気がする。
でも、このまま外に居て風邪でもひいたら大変だなと思った時、森乃ちゃんは僕に抱きついていた……

「ん?森乃ちゃん、具合悪い?」

「それも、あるけど違います…」

あまりにも不意打ちで動揺していた。
それでも、抱きついている森乃ちゃんは暖かくて不思議な気持ちがした。
ただ、道路沿いだったのですぐ横には乗客待ちのタクシーが居て我にかえった。

「ソラさん…」

「ん…」

「わがまま言っていいですか……」森乃ちゃんは下を向いたまま言った。

「うん」

「今日は帰りたくないです…」

「でもね」

「迷惑ですか?」

「いや、そうじゃないけど」

「じゃあ帰ったら誰か待ってる人居るんですか…」

「いや、居ないけど。じゃあ、何処にしようか?カラオケボックスとかで朝まで待とうか?」

「そんなんじゃなくて、泊まりたいです。横になって…わがままですか……」

「いや、わがままだとは思わないけど」

自分さえしっかりしていれば問題ないだろうと思い腹をくくった。
場所も西口だったので目に見える場所にシティーホテルがあったから、そこに向かった。

その間、森乃ちゃんは黙っていた。それは具合が悪くて黙っているのか、それとも事の気まずさによるものなのかは僕にはわからなかった。


時間は遅かったがホテルのフロントでは特に手間取る事なく部屋のキーを貰った。


エレベーターを出て部屋に入るとダブルベッドが一つと小さなテーブルと椅子が二つ、テレビ・冷蔵庫そして鏡台があった。


森乃ちゃんは何も言わずベッドに横になった。


何か声をかけようとも思ったが僕は黙って部屋の窓から外を見た。


そこから見えるのは、さっき僕等が居た場所だった。おそらく止まっているタクシーもそのままだった。


振り返って森乃ちゃんを見ると寝ていた。

僕は少し安堵してシャワーを浴びたいなと思ったが、その音で起こしたら悪いと思いユニットバスに移動して歯を磨いた。
歯を磨きながらソファーがあれば、そこで眠ろうと考えていたがソファーが無かったので椅子で寝るしかないな、と思い歯磨きを終えてユニットバスを出た。


ユニットバスの電気を消してあらためて暗い部屋に戻ると森乃ちゃんはベッドに座っていた。

「ごめん、起こしちゃった?」

「ごめんなさい。私……シャワー浴びていいですか?」

「あっ、もちろんいいけど大丈夫?」

「はい」それだけ言って森乃ちゃんはユニットバスに向かった。

森乃ちゃんが素に戻ったみたいだったので僕は安心してベッドの奥で横になった。
森乃ちゃんが戻ってきたら椅子に移動しよう。
そんな事をユニットバスから聞こえるシャワーの音を聞きながら考えていると心地良くなってしまい、いつの間にか寝てしまった。


身体が揺れているのに気付き目を開けると森乃ちゃんが横に座っていた。

僕は「ごめん」と言って起き上がり森乃ちゃんを見るとバスタオル一枚の姿で僕を見ていた。

不思議な感じだなと思った。

部屋の中は唯一、外からのネオンだけが少しだけ物の形を浮かび上がらせている。

その中で生きている物は僕と森乃ちゃんだけだった。おそらく白いであろうバスタオルは違う色にも見えた。

そして、この空気は僕にとって居心地のいいものではなかった。

バスタオル一枚の女性が目の前に居る状況は、本来なら喜ばしい事だろう。だけど今の僕にとって間がもたなかった。
時間がたったせいか僕の目も暗闇に慣れてきて部屋の中がわかるようになると、さっきまで不思議だなと思わせた空間も現実味を帯びてくる。

目を合わせた森乃ちゃんは真っ直ぐに僕の事を見ていた。

「ソラさん…」

「あっ、もう具合大丈夫?」

「ソラさん……ソラさんに伝えたい事があるんです」

「うん。今だよね?その前に水とか飲む?」僕はそう言ってベッドから立ち上がり小さな冷蔵庫に水を取りに行こうとした時、後ろから森乃ちゃんが抱きついてきた。

「ソラさん………」

僕は黙ったまま立っていた。

「ソラさん。どうしてはぐらかすんですか?もう気づいてるんですよね?私の気持ち……ソラさんが好きだって事………」

また、こう言う話になると外の音がやけに聞こえてくる。
遠くの方で救急車のサイレンの音が聞こえてきた。
ホテルの目の前にある道路からも車が走る音が聞こえ、これはトラックだろうと思われる音も聞こえていた。


「………」

「ソラさん、私は聞いているんです」

僕は急な展開で緊張していた。何て言えばいいんだろう。

「ソラさん……」

ルイが居なければ嬉しいはずだった。僕は酷く暗い気持ちになっていた。


「森乃ちゃん……」

「………」

「ごめんね……」そう言って抱きつく森乃ちゃんの腕を外して振り返ると森乃ちゃんの身体からバスタオルは落ちてしまっている。

目が慣れていたので、その身体のラインをはっきり確認する事が出来た。

暗闇の中に浮かび上がる白い身体と胸は生々しく、そのまま森乃ちゃんの表情を確認すると視線は下を向いている。

僕も視線を下にそらすと森乃ちゃんの陰毛が目についた。

はっきりとわからなったが、それはちょうどいい形のちょうどいい量に思えた。
僕は落ちていたバスタオルを取って森乃ちゃんの肩にかけた。

バスタオルをかけてあげると森乃ちゃんはベッドの中に潜り込み少し時間がたつと小さく泣いていた。

こういう経験のない僕は、どうしていいのかわからなかった。

とりあえず、ベッドから移動して窓際にある椅子に座って外を眺めていた。
窓には反射した自分の顔とシーツにくるまっている森乃ちゃんの形も見えていた。
このまま先に帰ろうとも考えたが、それはそれでいけない気もした。
だけど今から「ごめんね、僕はルイの事が好きなんだ」と伝えたところで何かが変わるとも思えない。

僕は森乃ちゃんを眺めながら目を閉じた。



翌朝、外に走る車の音で目が覚めると、森乃ちゃんは服を着てベッドに座っていた。

「おはよう、起きてたんだね」

「おはようございます。ソラさん…」

「いいよ。何も言わなくて。具合悪いの収まった?」

「いえ……二日酔いですw」

「けっこう飲んだもんね」

森乃ちゃんは髪の毛を触りながら言った。

「ソラさん、昨日は迷惑かけて、すいませんでした」

「ううん、迷惑かけてないよ」

「でも…」

「僕こそ、何も出来なかったから。こういう風になった事、今までなかったから…」

「私も無いです。だけど本当にそう思ってたんです」

「うん」


凄く天気が良くて、窓際の僕は少し暑かった。こういう話をするなら明るい方がいいなとも思えた。


「私、別に積極的な方じゃないんで……昨日はたまたまそうなって」

「大丈夫だよ。ちょっとびっくりしたけど、たまたまバスタオル外れただけだよねw」

「いや…笑い事じゃないですw」そう言って笑ってくれたので安心した。

「ソラさんは、誰が好きなんですか?聞いちゃダメですか?」

そう聞かれて僕はルイの事を正直に話た。



森乃ちゃんは僕がルイの事を話し終えると「上手く行きそうな気がします」と言ってくれた。

「もしルイさんにあのオフ会で会ってなかったら、私にもチャンスありましたか?」

「うん。ありましたっていうか、意識したと思う。大ちゃんが、その前に居たけど」

「大島さん…」

「大ちゃんにも似たような質問されたよ」

「ソラさん人気者ですね。でも昨日の事は私とソラさんの秘密でお願いします……」


その後、僕らはチェックアウトしたら朝ごはんを食べて帰ろうと言う事になった。
出る準備をしてロビーで手続きをしていると「ソラ君!」と後ろから声をかけられた。

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