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3話
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ミシェルはあまりにもショッキングな出来事を目の当たりにし冷静ではいられなかった。落ち着かない心をなだめるためにも、どこかで休む必要があった。そこで目についたカフェに入ることにした。
「いらっしゃいませ」
ウェイトレスの軽やかな声が響く。ミシェルは窓際の席に腰を下ろし、適当にお茶を注文する。しかし、目の前のカップからは湯気が立ち上るものの、その香りすら感じ取れないほど思考が混乱していた。
「あの……こちら、忘れ物をされていた方ではないでしょうか?」
ふいにウェイトレスが小さな袋を持って近づいてきた。中にはレースのハンカチのようなものが見える。
「いいえ、それは私のものではありませんわ」
ミシェルは首を振った。自分ではそんなものを失くした覚えはない。
「そうですか……申し訳ありません。お客様によく似た方が先ほどいらしたので、もしやと思いまして」
「よく似た方……ですか?」
反射的に問い返してしまう。ウェイトレスは少し困ったような表情を見せた。
「はい、顔立ちや雰囲気がそっくりで、遠目には間違いやすいかもしれません。でもお連れの男性がいらっしゃったのですから人違いだったと思います。申し訳ありませんでした」
「男性?」
ミシェルの声がわずかに震えた。尋ねるつもりはなかったのに、自然と言葉が口をついて出た。
「はい、とても紳士的な方でした。背が高く、黒いコートを着ていらっしゃいました」
その特徴だけで十分だった。間違いなくアンドルーだ。そして彼と一緒にいたのがニコルであるなら――。
「その方たち、何か話をしていましたか?」
「あ、はい……確か楽しそうにお話をされていましたが、詳しい内容までは分かりません。でも恋人みたいな雰囲気でした」
ウェイトレスの言葉は無邪気だが、ミシェルの胸には鋭い痛みが走る。もう確信に近い疑念が膨れ上がっていく。
「そう……ありがとう。これ以上は大丈夫です」
精一杯平静を装って微笑み、ミシェルは視線をカップに戻した。しかし、温かいはずのお茶の味はまったく感じられない。代わりに、頭の中を駆け巡るのは怒りとも悲しみともつかない感情だった。
(どうしてニコルなの? どうして妹がこんなことを……)
理解できない現実に、ミシェルは自分の思考が迷子になってしまう。夫婦として新しい生活を始めたばかりのはずだった。それなのに、アンドルーは既に別の女性と親密な時間を過ごしているというのか?
(でも、本当に驚くべきことなのかしら?)
冷静になればなるほど、過去の出来事が次々と思い起こされる。結婚前からアンドルーの態度には違和感があった。帰宅する時間も不規則になり、二人きりの会話も減っていた。それを忙しさのせいだと納得させようとしていた自分が愚かに思えてくる。
「……すべて、計算だったのかもしれないわ」
ぽつりと呟いたミシェルの言葉は、店内のざわめきに溶けていく。アンドルーにとって自分は単なる道具だったのではないかという疑念が再び浮かび上がる。地位や家柄を利用するためだけに結婚を持ちかけ、一方でニコルとの間には愛があるのかもしれない。まだ彼とニコルの関係は不明だ。しかし、何でもない関係の二人が恋人に思われるような雰囲気であるはずがない。
「浮気しているのか明らかにしないとね。いつからなのかも……」
自分に言い聞かせるように、ミシェルは小さく息を吐いた。今は感情に流されず、次の行動を考えなければならない。この状況を打破する方法を見つけなければ。
(アンドルー、あなたは私を裏切った。そしてニコル……あなたも同じ罪を犯したのね)
証拠はなくとも二人の関係は十分に怪しいものだ。それは恐らく浮気関係にあるのだとミシェルは考えていた。証拠の有無なんてもう必要なくなっていた。
どうすべきか、という問題には答えが出ていた。裏切り者たちに制裁を与えなくてはならない。ミシェルは決意した。
「いらっしゃいませ」
ウェイトレスの軽やかな声が響く。ミシェルは窓際の席に腰を下ろし、適当にお茶を注文する。しかし、目の前のカップからは湯気が立ち上るものの、その香りすら感じ取れないほど思考が混乱していた。
「あの……こちら、忘れ物をされていた方ではないでしょうか?」
ふいにウェイトレスが小さな袋を持って近づいてきた。中にはレースのハンカチのようなものが見える。
「いいえ、それは私のものではありませんわ」
ミシェルは首を振った。自分ではそんなものを失くした覚えはない。
「そうですか……申し訳ありません。お客様によく似た方が先ほどいらしたので、もしやと思いまして」
「よく似た方……ですか?」
反射的に問い返してしまう。ウェイトレスは少し困ったような表情を見せた。
「はい、顔立ちや雰囲気がそっくりで、遠目には間違いやすいかもしれません。でもお連れの男性がいらっしゃったのですから人違いだったと思います。申し訳ありませんでした」
「男性?」
ミシェルの声がわずかに震えた。尋ねるつもりはなかったのに、自然と言葉が口をついて出た。
「はい、とても紳士的な方でした。背が高く、黒いコートを着ていらっしゃいました」
その特徴だけで十分だった。間違いなくアンドルーだ。そして彼と一緒にいたのがニコルであるなら――。
「その方たち、何か話をしていましたか?」
「あ、はい……確か楽しそうにお話をされていましたが、詳しい内容までは分かりません。でも恋人みたいな雰囲気でした」
ウェイトレスの言葉は無邪気だが、ミシェルの胸には鋭い痛みが走る。もう確信に近い疑念が膨れ上がっていく。
「そう……ありがとう。これ以上は大丈夫です」
精一杯平静を装って微笑み、ミシェルは視線をカップに戻した。しかし、温かいはずのお茶の味はまったく感じられない。代わりに、頭の中を駆け巡るのは怒りとも悲しみともつかない感情だった。
(どうしてニコルなの? どうして妹がこんなことを……)
理解できない現実に、ミシェルは自分の思考が迷子になってしまう。夫婦として新しい生活を始めたばかりのはずだった。それなのに、アンドルーは既に別の女性と親密な時間を過ごしているというのか?
(でも、本当に驚くべきことなのかしら?)
冷静になればなるほど、過去の出来事が次々と思い起こされる。結婚前からアンドルーの態度には違和感があった。帰宅する時間も不規則になり、二人きりの会話も減っていた。それを忙しさのせいだと納得させようとしていた自分が愚かに思えてくる。
「……すべて、計算だったのかもしれないわ」
ぽつりと呟いたミシェルの言葉は、店内のざわめきに溶けていく。アンドルーにとって自分は単なる道具だったのではないかという疑念が再び浮かび上がる。地位や家柄を利用するためだけに結婚を持ちかけ、一方でニコルとの間には愛があるのかもしれない。まだ彼とニコルの関係は不明だ。しかし、何でもない関係の二人が恋人に思われるような雰囲気であるはずがない。
「浮気しているのか明らかにしないとね。いつからなのかも……」
自分に言い聞かせるように、ミシェルは小さく息を吐いた。今は感情に流されず、次の行動を考えなければならない。この状況を打破する方法を見つけなければ。
(アンドルー、あなたは私を裏切った。そしてニコル……あなたも同じ罪を犯したのね)
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