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1話
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応接間の暖炉には小さな火が揺れていた。ミシェルは重いドアを静かに閉め、室内に目をやった。アンドルーとニコルがソファに腰掛け、楽しそうに会話をしているのが見えた。
「……お帰りなさい、お姉様」
ニコルがこちらに気づき、少し慌てた様子で立ち上がる。アンドルーも顔を向けたが、その表情には特に罪悪感は見られない。
「ただいま戻りました。お二人とも随分と仲良くされていらっしゃるようですね」
ミシェルは努めて平静を装いながら言った。テーブルの上には紅茶のカップが二つ。どうやら自分を待っていたわけではないらしい。
「やはり忙しいか。結婚式が済んだら、ゆっくりしような」
「ええ、そうしましょう」
ミシェルは微笑んだが、アンドルーは立ち上がった。
「では、俺はこれで失礼する。明日も打ち合わせで忙しいからな」
「もう帰るの?」
「ああ。忙しいのはもう少しだ。後でミシェルとの時間が取れるからな」
「そう、ね」
せっかく会えたのにすぐに帰ろうとするアンドルーにミシェルは不満を抱いた。確かに今が忙しいときで、結婚すれば二人だけの時間も十分に取れるだろう。
ミシェルは自分を納得させようとしたが、何か違和感を覚えた。
「じゃあな」
そのような彼女に構うことなく、彼はさっさと部屋を後にした。
「ニコル、あなたとアンドルー様は最近仲が良いみたいね」
ミシェルは妹の向かいに座りながら言った。ニコルは少し照れたように笑う。
「だって、もうすぐ義理の家族になるんですもの。仲良くしておいたほうがいいと思いまして」
「そうね……確かにその通りだわ」
ミシェルは同意しながらも、胸の奥に引っかかる感覚を拭えないでいた。ここ数ヶ月、アンドルーが何か隠しているような気がしていた。以前なら毎日のように訪れていたのに、最近ではその頻度も少なくなっていた。忙しいからと言われれば納得できなくはない。しかしどこか納得できない自分がいた。
特に今日のように顔を会わせてもすぐに帰ってしまうのはおかしい。ミシェルは彼の態度に、ますます疑問を抱いた。
「ところでお姉様、ドレスの準備は順調ですか?」
ニコルが話題を変えようとしてきた。その意図を感じ取りつつ、ミシェルは微笑む。
「ええ、おかげさまで。あなたにも手伝ってもらわなければいけないわね」
「もちろんです! わたしがしっかりサポートしますから」
妹の明るい声に不安が溶けていく。しかし、アンドルーへの不信感を抱いてしまったからには簡単には払しょくできない。
二年前、初めてアンドルーと出会った時のことを思い出す。社交界での舞踏会で、彼はとても紳士的で、自分のすべてを受け入れてくれるような気がした。でも最近では、彼の視線が時折冷たく感じられることもあった。
「お姉様、どうかしましたか? 少し青ざめていらっしゃるようですが」
「いいえ、なんでもないの。ちょっと疲れが溜まっているだけよ」
「それなら早く休まれたほうがいいですね」
ニコルは心配そうに眉をひそめる。その表情は本物の心配に見えるが、妹のずる賢さを知っているミシェルは完全には安心できない。
「ありがとう、そうするわ。あなたも早く休んでちょうだい」
「はい、おやすみなさいませ」
ニコルが部屋を出て行くと、ミシェルは一人残された。暖炉の火を見つめながら、自分の直感を信じるべきかどうか考え込む。
(何かがおかしい。でも、何が?)
過去に何度か、アンドルーの行動に疑問を感じたことはあった。しかし、いつも「気のせいだろう」と自分を納得させてきた。今回のことも、単なる思い過ごしなのかもしれない。
それでも、どうしても解消されない不安が胸の奥に渦巻いている。結婚式まであと数日。このまま進めて本当に大丈夫なのだろうか?
「考え過ぎよ」
自分でも薄っぺらい言葉だとミシェルは自嘲気味に笑った。
「……お帰りなさい、お姉様」
ニコルがこちらに気づき、少し慌てた様子で立ち上がる。アンドルーも顔を向けたが、その表情には特に罪悪感は見られない。
「ただいま戻りました。お二人とも随分と仲良くされていらっしゃるようですね」
ミシェルは努めて平静を装いながら言った。テーブルの上には紅茶のカップが二つ。どうやら自分を待っていたわけではないらしい。
「やはり忙しいか。結婚式が済んだら、ゆっくりしような」
「ええ、そうしましょう」
ミシェルは微笑んだが、アンドルーは立ち上がった。
「では、俺はこれで失礼する。明日も打ち合わせで忙しいからな」
「もう帰るの?」
「ああ。忙しいのはもう少しだ。後でミシェルとの時間が取れるからな」
「そう、ね」
せっかく会えたのにすぐに帰ろうとするアンドルーにミシェルは不満を抱いた。確かに今が忙しいときで、結婚すれば二人だけの時間も十分に取れるだろう。
ミシェルは自分を納得させようとしたが、何か違和感を覚えた。
「じゃあな」
そのような彼女に構うことなく、彼はさっさと部屋を後にした。
「ニコル、あなたとアンドルー様は最近仲が良いみたいね」
ミシェルは妹の向かいに座りながら言った。ニコルは少し照れたように笑う。
「だって、もうすぐ義理の家族になるんですもの。仲良くしておいたほうがいいと思いまして」
「そうね……確かにその通りだわ」
ミシェルは同意しながらも、胸の奥に引っかかる感覚を拭えないでいた。ここ数ヶ月、アンドルーが何か隠しているような気がしていた。以前なら毎日のように訪れていたのに、最近ではその頻度も少なくなっていた。忙しいからと言われれば納得できなくはない。しかしどこか納得できない自分がいた。
特に今日のように顔を会わせてもすぐに帰ってしまうのはおかしい。ミシェルは彼の態度に、ますます疑問を抱いた。
「ところでお姉様、ドレスの準備は順調ですか?」
ニコルが話題を変えようとしてきた。その意図を感じ取りつつ、ミシェルは微笑む。
「ええ、おかげさまで。あなたにも手伝ってもらわなければいけないわね」
「もちろんです! わたしがしっかりサポートしますから」
妹の明るい声に不安が溶けていく。しかし、アンドルーへの不信感を抱いてしまったからには簡単には払しょくできない。
二年前、初めてアンドルーと出会った時のことを思い出す。社交界での舞踏会で、彼はとても紳士的で、自分のすべてを受け入れてくれるような気がした。でも最近では、彼の視線が時折冷たく感じられることもあった。
「お姉様、どうかしましたか? 少し青ざめていらっしゃるようですが」
「いいえ、なんでもないの。ちょっと疲れが溜まっているだけよ」
「それなら早く休まれたほうがいいですね」
ニコルは心配そうに眉をひそめる。その表情は本物の心配に見えるが、妹のずる賢さを知っているミシェルは完全には安心できない。
「ありがとう、そうするわ。あなたも早く休んでちょうだい」
「はい、おやすみなさいませ」
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(何かがおかしい。でも、何が?)
過去に何度か、アンドルーの行動に疑問を感じたことはあった。しかし、いつも「気のせいだろう」と自分を納得させてきた。今回のことも、単なる思い過ごしなのかもしれない。
それでも、どうしても解消されない不安が胸の奥に渦巻いている。結婚式まであと数日。このまま進めて本当に大丈夫なのだろうか?
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自分でも薄っぺらい言葉だとミシェルは自嘲気味に笑った。
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